ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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彼らは審判の刻へ向けて準備を進める。

 

 

 

 昼休み、教室では明日に迫った審議についての作戦会議が開かれていた。

 堀北と綾小路の席を中心に須藤、池、山内の3人と櫛田と柚椰が集まるといった状態だ。

 

「明日、勝てるかな私たち……」

 

「ここまできたらもう後には引けねぇだろ。なぁ?」

 

 櫛田と須藤は同時に堀北に意見を求める。

 答えるのが面倒なのか、堀北は無言でパンを口に運んだ。

 

「おい堀北、どうなんだよ実際」

 

 空気を読めない須藤が、堀北の顔を覗き込む。

 

「汚い顔を近づけないでくれないかしら須藤君」

 

「き、汚くねぇよ……」

 

 あまりに鋭利な言葉のナイフに須藤は思いっきり傷ついたのか、動揺する。

 

「現状勝つ確率は五分五分よ。対抗する証拠は集まってきたけど、それでも必ず勝てるかと言えば正直厳しい状況ね」

 

「真実を知る目撃者、敵の過去の素行の悪さ。それだけで十分じゃねぇのか?」

 

 須藤はあまり状況を悪く考えていないのか楽観的だ。

 

「審議の場に黛君が参加出来ないと言っている以上、私と綾小路君が参加することになる。正直綾小路君じゃ不安が残るけれど、相手方の主張を変えさせないという作戦でいく以上、黛君が出てくるという情報を相手に与えるわけにはいかないわ」

 

「不安ならやっぱり俺は参加しないほうがいいんじゃないか?」

 

「あら、貴方に拒否権なんてあるわけがないじゃない。消去法で貴方以外に適任がいないのだから参加する以外に選択肢はないわ」

 

「さいですか……」

 

「頼んだよ綾小路。俺の分まで頑張って堀北をアシストしてくれ」

 

「他人事だな黛……」

 

 一人蚊帳の外だからかヘラヘラと笑っている柚椰に綾小路は恨めしそうな視線を送る。

 

「そういえば、黛君は裏で情報を集めていたわけだけど、収穫はあったのかしら?」

 

「確かに、まだ黛から報告は1つもなかったな。どうなんだ?」

 

 堀北と綾小路は柚椰に収穫はあったのか尋ねた。

 須藤と櫛田もそこは気になっていたのか柚椰の返答を待った。

 

「あぁ、収穫はあったよ。さっき茶柱先生に言ってきたところさ」

 

「そう、私たちには教えてくれないのかしら?」

 

「そうだぜ! 俺の停学がかかってんだから教えてくれよ」

 

 未だ詳しくは話そうとしない柚椰に堀北と須藤は不満そうだ。

 そんな2人からの不満の声に柚椰はニコリと笑った。

 

「安心していいよ。俺が持ってきた情報は間違いなく有力な証拠になる。明日、審議が始まればその時点で相手の投了だ。この勝負は必ず勝てる」

 

「……そう、黛君がそう言うのなら信じましょう」

 

「だな、信じてるぜ」

 

 2人は柚椰の自信満々な発言を信用して、それ以上深く聞くことはしなかった。

 綾小路と櫛田も同じく、柚椰のことを信じることにしたようだ。

 

「あ、おいちょ、まだ読んでる途中なんだから返せよ!」

 

「いいじゃねーかよ。俺だって金半分出したんだからさ。後で渡すって」

 

 池と山内は漫画の週刊誌を取り合っていた。

 先ほどから静かだったのは漫画を読んでいたかららしい。

 ポイントが無い無いと言う割には、毎週雑誌を買う金を捻出している辺りやりくりが上手いのかもしれない。

 

「あれ……?」

 

 2人の雑誌の取り合いを見ていた櫛田が、何かに気づいたのか考え込む素振りを見せた。

 

「もしかして……」

 

「どうした?」

 

 考え込んでいる櫛田に綾小路が声をかける。

 

「あ、ううん。なんでも無い。ちょっと引っかかっただけだから」

 

 そう言いつつも、櫛田は端末を取り出して何やら調べ物を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、柚椰は1人校内を歩いていた。

 目的は、明日の審議への仕込みを行うためだ。

 これから会う相手には事前に連絡はしてある。

 あとは直接会って交渉をするだけだった。

 

「どうも会長、お久しぶりです」

 

「あぁ。直接会うのは久しぶりだな」

 

 生徒会室に入ると、柚椰は部屋の主である堀北会長に挨拶をする。

 堀北会長も柚椰に対して一定の信頼があるからか、他の生徒に対するそれより幾分か対応がフランクだ。

 

「明日はお前のクラスの生徒の起こした事件に対する審議の日だな。お前が俺を訪ねてきたのはそのことだろう?」

 

「流石ですね。話が早くて助かります」

 

 これから会いに行くとしか連絡していないにも関わらず、既に用件に当たりをつけている堀北会長に柚椰はニコリと笑う。

 

「Dクラスは一丸となって事件の証拠集めに奔走していると聞いたぞ。どうやらクラスの結束は着々と深まっているようだな」

 

「事件の当事者である須藤が中間テストを経て真面目になったことが功を奏しました。おかげさまで貴方の妹さんも捜査には協力的ですよ」

 

「鈴音がか? それは……意外だな」

 

 柚椰の言葉を聞いた堀北会長は意外そうな、けれど少し嬉しそうに若干頬を緩ませる。

 

「彼女も少しずつではありますが人と関わり始めています。俺のことも友達として認めてくれていますから」

 

「ふん、黛と関わることで鈴音が少しでも孤独と孤高の意味の違いを理解し始めたのなら言うことはない。俺が言っても意固地になるだけだったからな。その点に関しては感謝している」

 

「いえいえ、会長には俺もお世話になっていますから。それ相応の結果は出させてもらいますよ。一之瀬さんも既に生徒会入りを諦めています。南雲副会長の情報を教えたら首を縦に振ってくれました」

 

「そうか。ならば、俺がお前に情報を与えたことにも意味が生まれたということだな」

 

「今後も彼の戦力を削ぐことはさせていただきます。妹さんに関しても、会長の後を追って生徒会に入る以外で、何か別の目標を作らせることが出来ればと考えてますよ」

 

「なにからなにまで理解しているということか。つくづくお前は侮れないな」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです。憧れになろうとしたら、それはアイデンティティを失うことになる。貴方の姿を追い続けても、妹さんが辿り着くのは所詮()()()()()()()()だ。恐らく貴方はそれに気づいていたからこそ、彼女に冷たく当たっているのでしょう?」

 

「ふっ……以前から感じていたが、どうやらお前は人の気持ちを汲み取ることに長けているらしい」

 

 柚椰が自分の考えを既に理解してくれているということに堀北会長は柔らかい表情を浮かべていた。

 

「それで話を戻すが、事件の審議についてお前は俺に何用でここに来たんだ?」

 

「明日の審議ですが、生徒会が裁判官として参加すると俺は踏んでいます。当たっていますか?」

 

 堀北会長は驚いたような、けれど柚椰の洞察力を踏まえればまぁ気づくだろうな、といった顔をした。

 

「その通りだ。今回のような場合、最終決定は我々生徒会に委ねられている」

 

「やはりそうでしたか。会長は事件の詳細についてどの程度ご存知ですか?」

 

 柚椰がそう尋ねると、堀北会長は腕を組んで背もたれに寄りかかった。

 

「双方の言い分を聞いているのみだな。事件現場の特別棟の階段付近には監視カメラはない。映像があれば、この程度の事件は審議するまでもなく処分が下されるのだが......今回は場所が悪かったな。学校側も確実な情報というのが手に入っていない」

 

「だから明日の審議の場で双方から証拠が上がってくるのを待ち、それを加味して判決を下すと?」

 

「そうなるな。だが、どちらが仕掛けたにせよ、場所を考えると作為的なものを感じるというのが俺の個人的な見解だ」

 

「おや、貴方も今回の事件に意図的なものを感じているのですか?」

 

「暴力事件を起こすような生徒はこれまでもいたが、どいつもこいつも野蛮な生徒だった。場所を選ばず、直情的且つ突発的に暴力を振るったケースばかりだったからな。今回のようなケースは前例がない。だからこそ単純な事件構造ではないと推測したまでだ」

 

「やはり頭がキレますね。仰る通り、今回の事件は仕組まれたものです。それもCクラスのリーダーが指示した狡猾な作戦ですね」

 

「ほう、なぜそう言い切れる? お前のことだ。単なる擁護ではないんだろう?」

 

「勿論。俺は既に真実を握っています。Cクラスが訴えた内容と証言、その全てをひっくり返す確たる証拠を、ね」

 

 柚椰がそう言うと、堀北会長の目が鋭くなった。

 

「面白い。須藤の無罪ではなく、相手の偽証を証明する作戦ということか。では、その証拠を持って審議に臨むといい。有力な証拠であると判断すればこちらもそれを材料とし、Cクラスの訴えを棄却する」

 

「いえ、明日の審議に俺は参加しません」

 

「なに? どういうことだ」

 

 茶柱先生の時と同じような反応を堀北会長も示した。

 

「審議に参加するのは当事者である須藤、そして妹さんと綾小路の計3名。加えて証人としてDクラスの女生徒が1名です」

 

「証人がいたのか。だが、同じクラスの人間では信憑性は薄い」

 

「えぇ、それは理解しています。審議に参加する人間の情報は明日にでも相手方に伝わるでしょう。俺が参加しない理由は1つ。相手に訴えの内容を変えさせないためです」

 

「なるほどな。お前が出てくると分かれば、相手が須藤の過剰防衛の線で攻めてくると読んだわけか」

 

「流石ですね。相手の出方も既に予想しているとは」

 

「ふん、仕組んだのがCクラスであるならば、どうにかして須藤を停学に、あるいはDクラスに何かしらのペナルティを課そうとすることは予想できる。恐らくお前はCクラスのリーダーに警戒されているのだろう? お前ほど頭の回転が早い人間が目をつけられないはずはない」

 

「高く買っていただけるのは光栄ですが、俺は大した人間ではありませんよ」

 

「大した人間じゃない相手に、俺は取引を持ちかけたりはしない」

 

 柚椰の謙遜を堀北会長は鼻で笑った。

 

「証人として召喚する女生徒も、相手方を油断させるためのブラフです。同じクラスからの証人なんてもの、相手も脅威には感じないはずですからね。どうして早く名乗り出なかった、脅されているんじゃないか、なんて言ってくるであろうことは読めています」

 

「だろうな。では、お前は審議に参加せずにどうやって状況を好転させるというんだ?」

 

「こちら側が動くのは担任である茶柱先生です。といっても須藤の弁護ではなく、あくまで相手側への追求に徹してもらいますが」

 

「ふむ、相手に偽証を認めさせるために、か?」

 

「えぇ。偽証が証明された場合に、相手にそれを認めさせる。その上で、相手が訴えの内容を変えてくるならば、一から提訴し直すように求める。そしてそれでも相手が提訴するというのなら、こちら側が訴えた内容の審議に持ち込むといった流れです」 

 

 そこまで聞くと、堀北会長は柚椰の狙いに気づいたのかクツクツと笑い始めた。

 

「クククッ、なるほどな。読めたぞ黛。お前の作戦がな」

 

「おや、理解していただけましたか?」

 

「あぁ。恐らくお前は明日の審議の直前に相手側を訴える書類を担任に握らせるのだろう? その上で、審議の場でお前が持っている証拠を突きつける。相手は訴えの取り下げか、さらなる提訴を選択させられる。前者を選べば審議の意味がなくなり須藤は無罪。後者を選べは審議になり、お前たちDクラスが勝つ。今のまま審議が開かれた段階で相手の敗北が確定する。というのがシナリオだな?」

 

「大正解。満点回答ですね。会長と話すのは楽しいですよ」

 

「世辞はいい。して、その証拠の提出はどうするつもりだ? 鈴音か綾小路にでも伝えておくのか?」

 

「いえ、Dクラス側からの証拠提出なんて相手からしたら認めたくなくて仕方ないでしょう。どうにかして言いがかりをつけてごねるはずです。そこで俺は確実な方法を取ります。今日貴方に会いに来たのはそのためですよ」

 

 柚椰はそこで言葉を一旦切ると、堀北会長をまっすぐ見つめた。

 

「俺はDクラスとして証拠を提出するのではありません。一般生徒として学校側に、生徒会長である貴方に事件の詳細な情報を提供するんです」

 

「──! ほう、なるほど。そういう作戦か」

 

「事件を目撃したのは俺のクラスの生徒以外にもいたのですよ。それはDクラスではなくCクラスでもない、全くの第三者です。俺はその人から得た情報を、審議を行う生徒会へ情報提供として差し上げるだけです。裁判官である貴方が事件の詳細を知らない以上、生徒からの情報は必要なはずですから」

 

「Dクラスのお前からの証拠提出ではなく、我々生徒会が情報収集を行なった過程で一般生徒から情報を得たということにするわけか。あくまでお前は一般生徒からの情報を代理で提出したに過ぎない。相手側も我々が集めた情報とあれば言いがかりをつけることは出来ないだろう。それをすれば、心証が悪くなると理解しているからな」

 

「その通りです。これにてチェックメイト。俺たちDクラスの勝利です」

 

 完璧な柚椰の作戦に堀北会長は感心していた。

 相手の逃げ道を徹底的に封じ、確実に勝ちへの道筋を作り上げる。

 一種の詰め将棋のような思考に堀北会長は改めて柚椰を高く評価した。

 

「お前の考えは分かった。それで、その証拠というのは?」

 

「それは明日、審議の途中に出したいのですよ。勝ちを疑わないCクラスの滑稽な様を貴方にもご覧になっていただきたいので。なので会長──」

 

 

 

 

 

 

 

「──審議中、()()()()()を切らないでいて欲しいのですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、綾小路の部屋に須藤を除くメンバーが集まっていた。

 普段は馴れ合いを好まない堀北もしっかりと参加している。

 

「何か進展があったの? 櫛田ちゃん」

 

「そうね、話してもらえないかしら? 

 話があるから綾小路君の部屋に集まってとメールが来たときは何事かと思ったわ」

 

 池と堀北は、この集まりを設けた櫛田に本題を尋ねる。

 

「進展も進展、凄いことに気づいちゃった。綾小路君、パソコン借りていいかな?」

 

 その申し出に綾小路が頷くと、櫛田はパソコンを起動してインターネットへと接続する。

 

「じゃーん! 皆さん、これをご覧下さーい!」

 

 櫛田がアクセスしたのは誰かのブログのようだった。

 個人制作というよりは業者が手掛けたような本格的なサイトだ。

 

「あれ? この写真って、雫じゃん」

 

 サイトを見た池がそう呟く。

 

「雫?」

 

「グラビアアイドルだよ。ちょっと前まで少年誌にも出てたことあるんだぜ!」

 

 知らないといったリアクションをする綾小路に興奮気味に説明する池。

 ブログには個人でアップしたと思われる画像がいくつか載っている。

 グラビアアイドルというだけあって、容姿もプロポーションも文句のつけようがない。

 

「この子に見覚えないかな?」

 

「見覚えも何も、雫でしょ?」

 

 櫛田の問いに池は首を傾げる。

 

「よく見て」

 

 櫛田はアイドル雫の画像をアップで表示する。

 池はその画像をまじまじと見た後……

 

「可愛い〜!」

 

「じゃなくって! ……これ、佐倉さんじゃない?」

 

「はい? 櫛田ちゃん、誰が誰だって?」

 

「同じクラスの佐倉さん」

 

「……いやいやいや! 佐倉って、ありえないっしょ〜」

 

 なんの冗談だと池は笑い飛ばす。

 一方、横にいた山内は段々と表情が硬くなっていく。

 

「なぁ池……俺、冷静に見てみると、その、ちょっと佐倉っぽい気がするなって」

 

「いやいや、だってメガネかけてないぜ? 髪型だって違うし」

 

「その覚え方は単細胞すぎるだろ……」

 

 あまりに雑な覚え方をしている池に綾小路がつっこんだ。

 しかし池はまだ納得していないのか、綾小路と画面を交互に見ている。

 

「あの佐倉が、雫……うっそだぁ〜! ちょっと雰囲気は似てるけど、別人だって。だって雫ってめっちゃ明るい感じするぜ? なぁ綾小路」

 

 池は綾小路に話を振る。

 アップされた写真はどれも可愛く撮れており、自撮りに慣れている様子が窺える。

 

「佐倉からメガネを取って、髪型をこれにすれば確かに当てはまると思うぞ?」

 

「そうかぁ〜?」

 

「ねぇ、黛君はどう思うかな?」

 

 男子2人のやりとりを他所に、櫛田は柚椰の見解を求めた。

 柚椰は自分で持ってきていた缶コーヒーを片手に本を読んでいたが、櫛田に尋ねられたことで顔を上げた。

 

「ん? あぁ、それか。うん、佐倉の正体は雫だよ? 間違いない」

 

「えぇっ!? 黛君知ってたの!?」

 

 櫛田が大声で驚いたことで池と山内、綾小路や堀北も一斉に柚椰を見た。

 

「マジかよ黛! お前本当に雫が佐倉だってのか!?」

 

「っつーか知ってたのかよ!?」

 

 池と山内は仰天と言わんばかりにひっくり返っていた。

 

「ブログの写真だけでも裏付ける証拠はあるよ。そうだろう綾小路?」

 

「あぁ。ここを見てみろ」

 

 柚椰に話を振られた綾小路は一つ頷くと、ブログにアップされている一枚の写真を指で差した。

 

「僅かにだが、寮の部屋の扉が写ってる」

 

「あっ! 確かに、この寮と同じだね!」

 

 つまりこの写真は、高確率で寮の部屋にて撮影された一枚であるということだ。

 

「じゃあやっぱり佐倉は雫なんだ……まだ全然ピンとこないけど」

 

「よく気づいたな櫛田」

 

「池君たちが週刊誌読んでるの見て思い出したんだよね。なんか佐倉さんってどこかで見たことあるなって前から思ってたから」

 

「俺らのクラスにグラドルがいたなんて! 興奮してきたな!」

 

「だな!」

 

 興奮を抑えきれない池と山内はスーパーハイテンションになっている。

 全部聞いている櫛田はアハハと乾いた笑いを漏らしているが、内心はドン引きしていることを柚椰は知っている。

 

「でも確か雫って、人気が出始めた後に急に姿消しちゃったんだよな」

 

 アイドルとして活動する一方、学校では目立たない物静かな生徒。

 コインの表裏のようにまるで違う生活を生み出した理由は何なのだろう。

 

「ところで黛はいつ佐倉がアイドルだって気づいたんだ?」

 

 綾小路が当然の疑問を柚椰に投げかける。

 

「佐倉を観察していた過程でね。たまたまネットを漁っていたらこのブログに行き着いて、目元に既視感があったんだ」

 

「なるほどな、お前の観察眼ならそういう気づき方もあるか」

 

 柚椰の説明に綾小路は納得したように頷いた。

 

「黛君は佐倉さんのこともよく見てるのね」

 

「ん? 俺は大体全員のことを見ているよ。勿論、君のことも」

 

「っ! そう……ならあまり私を放ったらかしにしておくのはどうかと思うけれど」

 

 柚椰の言葉に一瞬言葉に詰まった堀北は、そっぽを向きながらそんなことを言った。

 

「でも不思議だよな〜なんでアイドルなのにあんな地味にしてんだろ」

 

 池がそんなことをつぶやいた。

 華のアイドルであるはずの佐倉が、どうして学校ではああも地味な生徒として過ごしているのだろう。

 雫というグラドルを知っている彼らしい当然の疑問だった。

 

「なにか理由があるんだろう。だから俺は知った上で普通に接していたわけだからね」

 

「そうだよね、隠してるってことは知られたくないってことだろうし……私たちじゃ分からない特別な理由があるのかも」

 

「アイドルという色眼鏡で見られたくない。とかかもな」

 

「それか、本来の佐倉は学校での姿の方なのかもしれない」

 

 綾小路が少し考える素振りを見せながら、そう進言した。

 

「そっか、それもあるかもね……頑張って明るいアイドルを演じてたのかも」

 

「だとしたら、俺たちがいきなり接し方を変えるのは佐倉にとっても良くないかもしれないな」

 

「そうだね……だから池君山内君! アイドルだー! って言って佐倉さんに向かっていっちゃダメだよっ!」

 

「わ、分かってるよ櫛田ちゃん! 流石に俺もそんなミーハーなことしねぇって」

 

「お、おう」

 

 櫛田に念を押されたことで、池と山内は先ほどのハイテンションを改めた。

 その後、たわいもない雑談をした後、集会はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆が帰った後、綾小路はパソコンの前に座り、先ほどまで見ていた雫のブログを改めて見た。

 過去の更新まで遡ってみると、どうやら2年ほど前からブログはスタートしているらしい。

 それは佐倉がグラドルとして活動を始めたタイミングだ。

 これからの思いと抱負が語られている。

 

「なんというか……普通だな」

 

 この時点では、特段注目すべきポイントがあるようには見えない。

 それから1年間、ほぼ365日ブログは更新され続け、その日あった出来事や思いを綴っている。

 ファンからのコメントにも全て対応するという徹底ぶりだ。

 しかし、流石にこの学校に入学してからはコメントに返答をしていない。

 外部との連絡を取ってはいけないという学校のルールは厳守しているようだ。

 あまり表舞台に立っていないとはいえ、佐倉の人気は綾小路が思っているよりずっと高かった。

 

「ツイッターのフォロワー数は……5000、か。結構多いな」

 

 佐倉のツイッターも見てみたが、多くのファンがリプライを送っている。

 復活を望む声や、テレビに出る予定はないのかといったいかにもファンらしい文面が並んでいる。

 そんな中、綾小路はある書き込みに目を留めた。

 時期は今からおよそ3ヶ月前の更新に対するコメントだ。

『運命って言葉を信じる? 僕は信じるよ。これからはずっと一緒だね』

 これだけならファンの行き過ぎた妄想だ。別段気にかける必要はない。

 しかしそれ以降、同じようなコメントは毎日書き込まれており、日々エスカレートしていった。

『いつも君を近くに感じるよ』

『今日は一段と可愛かったね』

『目が合ったことに気づいた? 僕は気づいたよ』

 

「なんだこれ……気持ち悪いな……」

 

 同性の自分がそう思うのだから、佐倉本人は相当な恐怖を感じるだろうと綾小路は思った。

 コメント主は、まるで雫の近くにいるとでも言いたげな書き込みばかりだ。

 この閉鎖された学校の中で、佐倉と触れ合うことのできる人間は限られている。

 生徒、教師、あるいは学校に出入りしている業者関係の人間。

 必然的に連想されるのは、日曜に会った家電量販店の男だった。

 

「まさか……」

 

 綾小路はすぐさま日曜日の更新のコメント欄を開いた。

 そして嫌な予感は的中し、彼は固唾を呑むこととなる。

『ほら、やっぱり神様はいたよ』

 その文面で綾小路は1つの推測を立てた。

 このコメントを打っているのは家電量販店の店員であり、佐倉がデジカメを買いに行った日に相手は雫の正体が佐倉だと気づいた。

 この気持ち悪いコメントが目立つようになった時期とも一致する。

 そしてこの日、佐倉は壊れたデジカメの修理のために再び店を訪れた。

 店員は運命を感じたはずだ。勝手極まりないがそう推測できる。

 そして店員は佐倉の個人情報を知りたいがために、書類を書かせていたのだろう。

 

「結果として黛に邪魔されたわけだが……」

 

 綾小路はまだ件の店員が書き込んだコメントがあるかどうか探し出した。

 すると予想通り、彼が書いたと思われるコメントが出てくる。

『無視するなんて酷いじゃないか。それとも気が付かなかったのかな?』

『今何してるの? 会いたいよ会いたいよ会いたいよ』

 次々と危ないコメントが出てくる。これを見ている佐倉は恐怖でしかないはずだ。

 

「ん?」

 

 ふと綾小路は、件の店員が書いたコメント以外にあるコメントに目を留めた。

 それはその店員のコメントに対するファンからの返信のようなものだった。

『お前ずっとコメ欄荒らしてるけどマジなんなわけ? キモいんだけど』

『つーか目が合ったとかwww妄想痛いわーww』

『ネトスト乙。雫が訴えたらお前オワリだからww』

『神様なんていねーよバーカ! 雫がお前みたいなキモいの気にかけるわけないじゃん』

 それは相手を煽るような、神経を逆撫でするようなものばかりだ。

 それら全ては同じ人間からのようで、店員のコメントに対して連投するように打たれている。

 

「まずいな……相手は佐倉のすぐ近くにいるというのに……」

 

 相手がただの妄想を書き込んでいると思い込んで好き勝手やっているそのコメント主に綾小路は舌打ちした。

 ストーカーに対してこの対応はあまりに悪手だ。

 一歩間違えば店員がとち狂って佐倉を襲いかねない。

 その危険を綾小路は理解していたが、現状打てる手は殆ど存在しない。

 今日明日でストーカー問題を解決できる策などないのだ。

 綾小路には佐倉からのSOSを待つ以外に取れる手段はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胸を打つ喜劇には綿密な脚本が必要だ」

 

 同時刻、自室に戻った柚椰はパソコンの前に座り、綾小路と同じく雫のブログを見ていた。

 綾小路同様、ストーカーの書き込みを柚椰は笑みを浮かべながら見ている。

 そして何を思ったのか、最新の更新の記事に書き込まれているストーカーのコメントに返信を書いた。

 

「道化は決して白馬の王子にはなり得ない。姫君を脅かす悪漢が関の山だろう……」

 

 そう、ストーカーのコメントに煽るような文面を送っていたのはこの男である。

 日曜日の更新のコメントから、柚椰はずっとストーカーのコメントに対して似たような文面を送りつけていた。

 学校の規則で、外部との連絡は固く禁じられている。

 しかし、柚椰はストーカーがこの敷地内の家電量販店の店員であると知っている。

 だからこそ堂々と彼を煽るような文面を送りつけているのだ。

 

「さて、そろそろ動く頃合いか」

 

 椅子の背もたれに身体を預け、柚椰はカラカラと笑いながら天井を見上げた。

 何故ストーカーを焚きつけるような書き込みを彼は行ったのか。

 それは彼本人しか知る由もない。

 

「どうする佐倉愛里。早く騎士に助けを求めなければ、待っているのは絶望だよ」

 

 柚椰は心底楽しそうに、これから狙われるであろう少女にエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
準備に余念のない黛くんでした。

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