ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

31 / 77
孤独少女たちは審議に臨み、彼はそれを眺む。

 

 

 

 審議の日当日。

 放課後を告げるチャイムが鳴るのと当時に、綾小路と堀北が席を立った。

 

「心の準備はいい? 須藤君」

 

「あぁ……勿論。さっさとケリをつけようぜ」

 

 精神統一していたのか、目を閉じ腕を組んでジッとしていた須藤が目をゆっくり開く。

 

「須藤君、分かっているとは思うけれど、審議の場では大人しくしているのよ」

 

「あぁ、分かってる」

 

「相手が嘘を並べ立てていても、それに声を荒らげて反論することは愚行よ。いいわね?」

 

「あぁ」

 

「それと、審議の場では礼儀正しくしていること。間違っても机に肘をついたり、先生にタメ口をきくなんてことはご法度よ」

 

「分かってるっての! お前は俺のお袋か!」

 

 念を押し続ける堀北にいい加減鬱陶しいのか須藤がつっこむ。

 

「貴方のような手のかかる息子を持つなんて真っ平御免だわ」

 

 そんな須藤のツッコミを何を馬鹿なことをと堀北は切り捨てる。

 どうやら二人とも、いつも通りの言葉の応酬を繰り広げるだけの余裕はあるらしい。

 

「頑張ってね堀北さん、須藤君!」

 

 櫛田からのエールに堀北はスルー、須藤はガッツポーズを以って応えた。

 

「大丈夫か佐倉」

 

 綾小路は椅子に座ったまま固まっている佐倉に声をかけた。

 すると彼女は微かに唇を震わせながら席を立った。

 

「うん……大丈夫。ありがとう……」

 

 どうやら綾小路の想定していた以上に、佐倉の緊張度合いが高い。

 まだ審議が始まっていないのにこの精神状態では、まともに話すことすら出来ないかもしれない。

 

「さくら」

 

「うひゃぁっ!?」

 

 いきなり背後から肩を掴まれたことで佐倉はびっくりして飛び上がった。

 彼女の両肩を掴んだのは柚椰だった。

 

「緊張してるかい?」

 

「ま、黛君……うん、やっぱりまだちょっと怖い、かな……」

 

「そう、まぁ仕方ないよ。自分が事件の目撃者として証言台に立つなんてのは誰でも緊張するものさ」

 

 佐倉の緊張を柚椰は理解しているよ、と優しく微笑む。

 

「君は自分が見たものを正直に話せばいい。ただ素直に、ありのままを語ればいいんだ。それで万が一状況が好転しなかったとしても、それは君の責任じゃない。君のやるべきことは、ただあの日起きた出来事を話すだけだ。後のことは堀北と綾小路がやってくれるさ。そうだろう?」

 

「えぇ。佐倉さん、証言さえしてもらえれば、あとはこちらの仕事よ。貴女は別段責任を感じる必要はないの」

 

「そうだな。俺も出来る限りのことはする。だから心配するな」

 

 柚椰に振られた二人は各々自分なりの言葉で佐倉を気遣った。

 その言葉に安心できたのか、佐倉はコクンと頷いた。

 

「さて、そろそろ行かないといけない。じゃあ佐倉、堂々と胸を張って行っておいで」

 

 話は終わりだ、と言うように柚椰は佐倉の背中をトンと押した。

 柚椰からのエールに佐倉は再び頷くと、先に歩き出した堀北たちの後を小走りで追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は3時50分。話し合いは4時から行われる。

 4人で職員室まで移動すると、ちょうど廊下に出ようとしていたのか、茶柱先生と鉢合わせになった。

 

「来たか。では、向かうとしよう」

 

「職員室でやるわけじゃないんですね」

 

「勿論だ。この学校には特殊なルールが複雑に存在する。今回のようなケースでは問題のあったクラスの担任と、その当事者が各々主張を交わし、そして最終的に生徒会の判決で決着がつけられる」

 

 生徒会、という単語を聞いた瞬間堀北の足が止まった。

 茶柱先生は少しだけ振り返り、鋭い瞳で堀北の顔を覗き込む。

 

「やめておくなら今のうちだぞ、堀北」

 

 須藤は事情が分からず頭に疑問符を浮かべていた。

 

「……行きます。大丈夫です」

 

 明らかに強がりであると分かる返答だったが、先生を含め誰も何も言わなかった。

 職員室のある1階フロアから階段を3つ上がった4階に、その部屋はあった。

 部屋の入り口には『生徒会室』と書かれたネームプレートが刺さっている。

 茶柱先生は扉をノックした後、その中へと足を踏み入れた。

 後に続くように堀北たちも中へ入る。

 生徒会室には長机が置かれており、ぐるりと長方形を作っていた。

 Cクラスの生徒3人は既に着席しており、その横にはメガネをかけた30代後半と見られる男性教師も同席していた。

 

「遅くなりました」

 

「まだ予定時刻前ですよ。お気になさらず」

 

「お前たち、面識は?」

 

 茶柱先生は堀北たちに尋ねるが、全員目の前の先生と面識はない。

 

「Cクラスの担任、坂上先生だ。それから──」

 

 先生は部屋の奥に座る、一人の男子生徒に視線を移す。

 

「彼がこの学校の生徒会長だ」

 

 堀北会長は妹に目を向けることもなく、机に置いた書類に目を通している。

 しばらくの間、堀北は兄に視線を送っていたが、相手にされてないと認識すると目を伏せてCクラスの生徒たちの前に腰を下ろした。

 

「ではこれより、先日に起こった暴力事件について、生徒会及び事件の関係者。担任の先生を交え審議を執り行いたいと思います。進行は、生徒会書記、橘が務めます」

 

 ショートカットの女性、橘書記が、そう言い軽く会釈した。

 彼女は事件の概要を双方に分かりやすく説明していく。

 概要といっても、Cクラス側とDクラス側の主張を加味したざっくりとしたものだったが。

 

「──以上のことを踏まえ、原告であるCクラスの訴えが真実であるかを見極めさせていただきます」

 

 説明を終えると、橘書記は一度前置きをした後、Dクラスの面々へ視線を向ける。

 

「小宮君たちバスケット部2名は、須藤君に呼び出され特別棟へ行った。そこで一方的に喧嘩を吹っかけられ殴られたと主張しています。須藤君、それは本当ですか?」

 

「いいえ、違います。それは真っ赤な嘘。でっち上げです」

 

 事前の忠告をちゃんと覚えているからか、須藤はタメ口をきくこともなく努めて冷静に反論した。

 

「では須藤君にお聞きします。真実を教えていただけますか?」

 

「俺はあの日、部活の練習を終えた後に小宮と近藤に特別棟に呼び出されました。呼び出される理由に心当たりはあったので、俺は渋々その呼び出しに応じたんです」

 

「心当たり、というのは具体的に言えますか?」

 

 橘書記の問いに須藤はコクリと頷く。

 

「俺は事件の日の少し前に、バスケ部の顧問の先生から、夏の大会でレギュラーに迎え入れるかもしれないと言われたんです。小宮と近藤は以前、部活中に言い争いをしてた相手なので、呼び出しはその事に対するやっかみか何かだと思いました。勿論無視することも出来ました。だけど、また部活中に争いになるよりはさっさと清算したいと思ったので応じました」

 

 須藤の丁寧な話ぶりに綾小路も、あの堀北でさえ目を丸くしていた。

 真面目になったとは感じていたがここまで丸くなるものかと感心しているようだ。

 

「それは嘘です。僕たちが須藤君に呼び出されて特別棟に行ったんです」

 

 須藤の冷静な語り口に焦ったのか、小宮が口を挟んだ。

 

「小宮君、今は須藤君への質問をしている最中です。口を挟まないでください」

 

「っ! ……すいません」

 

 しかし橘書記は堀北会長同様厳格な人間なのか、質疑の邪魔を許さない。

 彼女が強い口調で戒めると、小宮は渋々黙り込んだ。

 

「では、続いて呼び出された後のことについて話していただけますか?」

 

「はい。特別棟に行くと、そこには呼び出した張本人の小宮と近藤だけじゃなく、そこにいる石崎も何故かその場にいました。俺はそのとき、この場で殴り合いでもさせるつもりなのかと感じました」

 

「それは何故ですか?」

 

「呼び出した二人が、わざわざガタイのいい石崎を連れてやってくるなんてどう考えてもおかしいからです。不審に思っていたら、小宮と近藤は俺に『痛い目を見たくなかったらバスケ部を辞めろ』と脅してきました」

 

「違います。僕たちはそんなことを言っていません」

 

 小宮の次は近藤が話に割って入ってきた。

 

「近藤君、先の小宮君にも言いましたが、まだ質疑の途中です。お静かに」

 

「くっ……!」

 

 またしても横槍を入れてきたことに橘書記は再び毅然とした態度でそれを切り捨てた。

 

「では、須藤君は二人からの言葉に怒りを覚え、彼らに暴力を振るったということですか?」

 

 須藤はその問いに首を左右に振った。

 

「いいえ。俺は少し前からあまり軽率な行動はしないようにと、あるクラスメイトに釘を刺されていました。俺はそのことを肝に銘じていたので、二人からの要求を突っぱねて帰ろうとしたんです」

 

「なるほど。では、何故自制していたにも関わらず暴力を振るうに至ったのですか?」

 

「二人は俺が脅しに屈しないと分かると、俺のダチを……俺を救ってくれた恩人たちの悪口を言い始めたんです。俺に勉強を教えてくれた、俺を助けてくれた仲間のことを二人は『クズ』、『腰抜け』、『落ちこぼれ』と罵倒してきたんです」

 

「違っ──」

 

「小宮君、今度勝手に話し始めると、退廷させますよ」

 

「──っ!」

 

 須藤の主張に口を挟もうとする小宮だったが橘書記の忠告に黙らざるをえない。

 

「散々罵倒した後、『お前みたいなクズに優しくする奴らもどうせ皆クズなんだろ』『違うってんならかかってこい』と言って殴りかかってきました。殴りかかられたことと、恩人を好き勝手に馬鹿にされたことに頭に来た俺は、3人を相手に殴り合いをしました」

 

「それが須藤君が主張する事の顛末、ということですね?」

 

「はい」

 

 一通り事件当時の流れを説明し終えると、須藤は大きく息を吐き出して席に座った。

 

「どうやら原告側と被告側で主張は真っ向から食い違っているようですね。しかし、共通することもありました。では続いて小宮君、近藤君へそれぞれ質問を行います」

 

 須藤の主張を聞き終えた後、今度はCクラス側への質疑に入った。

 

「小宮君。貴方と近藤君は以前から須藤君とは揉め事があったと主張していますね。その揉め事について具体的に答えてください」

 

「揉め事というか、須藤君がいつも僕たちに絡んでくるんです」

 

「絡むとは?」

 

「彼は僕らよりもバスケットが上手いので、その自慢をしてくるんです。僕らも負けないように練習していますが、それを馬鹿にされるのは気持ちの良いものじゃなかったので、そういう意味では度々ぶつかっていました」

 

「なるほど。近藤君、小宮君の発言に間違いはないですか?」

 

「はい。俺も小宮も、須藤君に馬鹿にされていました」

 

 二人の話は作り話なのか、須藤は眉間に皺を寄せ始めた。

 しかし声を荒らげて反論することはしない。

 それは悪手だと先ほどの自分の質疑応答の際に理解したからだ。

 

「両方の言い分が食い違っている以上、今ある証拠で判断していかざるを得ませんね」

 

「僕たちは須藤君に滅茶苦茶に殴られました。一方的にです」

 

 Cクラス側は自分たちが負った怪我を判断材料に持っていくつもりのようだ。

 

「おい堀北」

 

 ジッと俯き、黙り込んでいる堀北に綾小路は声をかける。

 しかし彼女は地蔵のように全く動かない。

 というより心ここに在らずといった状態だ。

 

「Dクラス側からの新たな証言がなければ、このまま進行しますがよろしいですか?」

 

 生徒会も、先生も、このまま有益な証拠が出なかった場合、今あるもので裁きを下すだろう。

 状況は須藤にとって圧倒的に不利だった。

 いくら彼本人が冷静に状況を説明したとしても、それを裏付ける証拠がないのだから。

 

「おい、堀北」

 

 綾小路はなんとか堀北を現実に引き戻そうと声をかける。

 しかし彼女は兄を前にして完全に縮こまってしまっている。

 

「どちらが呼び出したにせよ、どんな意図があったにせよ、今ここにあるものが証拠だ。現状、須藤の主張を裏付ける証拠はない。加えてCクラスの生徒は皆怪我をしている。これでは、須藤が一方的に相手を殴ったという主張を認めざるを得ないな」

 

「ぐっ……!」

 

 生徒会長の冷たい発言に思わず食ってかかりそうになる須藤。

 しかしそれでは逆効果だと理解しているが故に何も言えない。

 だがこのままでは本当にCクラスの訴えが認められてしまう。

 背に腹は代えられないと判断し、綾小路は強硬手段に打って出た。

 

「ひゃっ!?」

 

 いきなりの衝撃に堀北は可愛らしい声を上げる。

 綾小路がやったことは簡単だ。

 彼女の脇腹を思いっきり擽ったのだ。

 さっさと堀北を復活させるべく、綾小路は彼女の脇腹を擽り続ける。

 

「ちょ、な、や、やめっ!?」

 

 呆気にとられている先生たちを横目に、綾小路は堀北を擽る。

 もう十分だと思うタイミングで、綾小路は手を離した。

 堀北は半泣きになりながらも、強烈に彼を睨み見上げる。

 手段は強引だったが、結果として堀北は復活した。

 

「お前が戦わなきゃこのまま敗北だ」

 

「っ……」

 

 やっと事態を飲み込めたのか、堀北は一度Cクラス、教師、そして兄を見る。

 そして今、自分たちが置かれた絶体絶命のピンチを認識する。

 

「……失礼しました。私から、質問させていただいてもよろしいですか?」

 

「構いませんか? 会長」

 

「許可する。次からはもっと早く答えるように」

 

 堀北はゆっくりと椅子を引き、立ち上がる。

 

「先ほど、貴方たちは須藤君に呼び出され特別棟に行ったと言いました。須藤君は一体誰を、どのような理由で呼び出したのですか?」

 

 今更なにを、と小宮たちは顔を見合わせる。

 

「答えてください」

 

 堀北は追撃するように一言付け足した。橘書記もそれを認める。

 

「俺と近藤を呼び出した理由は知りません。ただ、部活が終わって着替えてる最中に、今から顔を貸せって言われて……俺たちが気に入らないとか、そんな理由じゃないでしょうか。それがなんだって言うんですか」

 

「では、どうして特別棟には石崎君も居たのでしょうか? 彼はバスケット部員ではありませんし無関係のはず。現場にいたのは大変不自然に思えますが?」

 

「それは……用心のためですよ。須藤君が暴力的なのは知ってましたから」

 

「なるほど。つまり須藤君に暴力を振るわれるかもしれない、そう感じていたと?」

 

「そうです」

 

 まるでその質問をされることを想定しているかのように、小宮はスムーズに答えた。

 

「小宮君の主張は分かりました。それで中学時代、暴力沙汰が絶えなかった石崎君を用心棒代わりに連れて行ったということですね。地元では名の通った荒くれ者であり、周辺学校の生徒からも恐れられていた彼を」

 

 堀北のその発言に小宮をはじめとするCクラスの生徒たちは目を見開いた。

 特に張本人である石崎は大変動揺しているようだ。

 その反応に堀北は目ざとく気づく。

 

「石崎君の経歴については一般生徒からの情報提供です。恐らく同郷の生徒がいたのでしょう。ですがどうやら本当のようですね。これが全くの嘘ならば石崎君が動揺するはずがありませんから」

 

「ち、違う! 俺はそんなことしてねぇよ!」

 

「石崎君、静粛に。まだ質問の途中です」

 

 動揺を言い当てられたことに石崎は狼狽えたが、すかさず橘書記が黙らせる。

 堀北の語り口と攻め方を見ていた綾小路は、なんだか黛に似てきたな、と感じていた。

 

「小宮君、貴方は石崎君が荒事に強いと知った上で連れて行った。違いますか?」

 

「い、いいえ、あくまで自分の身を守るためですよ。それに、石崎君が喧嘩が強いことで有名なんて知りませんでした。ただ、頼りになる友達なので連れて行っただけです」

 

 堀北もまた、頭の中でイメージトレーニングを行なっていたのか冷静に話を聞く。

 そしてすぐさま次の一手を打つ。

 

「小宮君が石崎君のことを知らないのは分かりました。しかし、彼の経歴を踏まえると、小宮君と近藤君と同じようにそこまで一方的に殴られたことが理解できませんね。人から恐れられるというのは、単に喧嘩っ早いからという理由ではないでしょう。怖がられ、恐れられ、忌避されるのは喧嘩が強いから。これまで喧嘩で勝ち続けてきたからではありませんか? そんな石崎君が須藤君に一方的に殴られ、そこまでの怪我を負うのでしょうか?」

 

「それは……僕たちに喧嘩の意思がなかったからですよ」

 

「三対一でも? 囲んで殴ればいくら相手が須藤君でも、貴方たちは好きに殴れたはずです。明らかに有利な状況で、以前から争っていた相手を、それでも殴らなかったのですか?」

 

「そ、そうです」

 

「石崎君もそれは変わりませんか?」

 

「お、おう」

 

 石崎は堀北から目を逸らしながらも答える。

 

「以上でDクラスの主張は終わりか?」

 

 黙って聞いていた堀北会長がそう尋ねる。

 

「須藤君が相手を殴り傷つけたことは事実です。しかし、先に喧嘩を仕掛けてきたのはCクラスです。その証拠に、一部始終を目撃した生徒もいます」

 

「では、Dクラスから報告のあった目撃者を入室させてください」

 

 橘書記が促したことで、佐倉が生徒会室に入ってきた。

 不安げな、どこか落ち着かない様子の彼女は足元を見ている。

 

「1-D、佐倉愛里さんです」

 

「目撃者がいるというので何事かと思いましたが、Dクラスの生徒ですか」

 

 Cクラス担任の坂上先生はメガネを拭きながら失笑した。

 

「何か問題でもおありですか、坂上先生」

 

「いえいえ、どうぞ進めてください」

 

 茶柱先生と坂上先生の視線が一度交錯する。

 

「では証言をお願いしてもよろしいですか。佐倉さん」

 

「は、はい……あの、私は……」

 

 言葉が止まる。

 そして、静寂の時が流れた。

 沈黙が続けば続くほど、佐倉はどんどん下を向き、顔を青ざめさせていく。

 

「佐倉さん……」

 

 堀北もたまらず声をかけるが、さっきまでの彼女同様声は届かない。

 

「どうやら、彼女は目撃者ではなかったようですね。これ以上は時間の無駄です」

 

「そう結論を急ぐことはないでしょう、坂上先生」

 

「急ぎたくもなりますよ。こんな無駄なことで、私の生徒は苦しんでいます。彼らはクラスのムードメーカーで、多くの仲間たちに心配をかけていることを気にしています。バスケットにも彼らはひた向きに取り組んでいる。そんな彼らの貴重な時間を奪っているのですから。担任として、それを見過ごすわけにはいきません」

 

「ふむ、確かに坂上先生の言うことも一理ありますね。だが、佐倉は私の受け持つ生徒だ。貴方が生徒を慮るように、私も彼女を慮る道理がある。私は彼女が口を開くまで待つことを求めますよ」

 

 茶柱先生が味方をするような言葉を口にしたことに綾小路と堀北は目を丸くした。

 今まで突き放すような、どこか冷たい言い回しばかりをしていた彼女がここにきて初めて自分たちの味方になったのだから。

 その時だった。予期せぬ声が生徒会室に大きく響き渡った。

 

「私は確かに見ましたっ!!」

 

 それが佐倉の声だと周りが認識するのに、数秒は要した。

 それだけ意外な、振り切ったボリュームだった。

 

「最初にCクラスの生徒が須藤君に殴りかかったんです。間違いありません!」

 

 佐倉は必死に、そして真摯に証言をした。

 彼女の勇気と決意の表れであるその堂々たる姿に綾小路は心の中で拍手を送る。

 しかし、そんな彼女の勇気も、この場においてはあまり意味をなさない。

 

「すまないが、私から発言させて貰ってもよろしいかな?」

 

 手を挙げたのは坂上先生だった。

 

「本来、極力教師は口を挟むべきではないと理解しているが、この状況はあまりに生徒が不憫だ。生徒会長、構わないかな?」

 

「許可します」

 

 堀北会長から許可を得ると、坂上先生は佐倉へ視線を向ける。

 

「佐倉君と言ったね。私は君を疑っているわけではないが、それでも1つ聞かせてほしい。君は目撃者として名乗りを上げたのが随分遅かったようだね。それはどうしてかな? 本当に見たのなら、もっと早く名乗り出るべきだった。違うかね?」

 

 茶柱先生と同じく、坂上先生もその点において追求してきた。

 

「それは……巻き込まれたくなかったからです……」

 

「どうして巻き込まれたくないと?」

 

「私は、人と話すのが得意じゃないので……」

 

「なるほどよく分かりました。ではもう一つ。人と話すのが得意ではない貴方が、週が明けた途端目撃者として名乗り出たのは不自然じゃないですか? 私には、Dクラスが口裏を合わせて貴女に嘘の証言をさせているようにしか見えない」

 

 Cクラスの生徒たちは、その言葉に合わせて、僕たちもそう思いますと答えた。

 

「そんな……私はただ、本当のことを……」

 

「私には君が自信を持って証言しているようには見えないのだよ。それは本当に嘘をついているから、その罪悪感に苛まれているからじゃないかな?」

 

「ち、違います!」

 

 坂上先生からの追求を佐倉は首をブンブンと振って否定する。

 

「私は君を責めているわけではないよ。恐らくクラスのため、須藤君を救うため、嘘をつくことを強いられたのではないかな? 今正直に告白すれば君が罰せられることはないだろう」

 

 容赦ない心理攻撃に、さすがに見かねた堀北が手を挙げる。

 

「それは違います。佐倉さんは確かに対話が得意ではありません。しかし、本当に事件を目撃したからこそこの場に立っているんです。もし嘘の証言をさせるならば、彼女以外にも適任がいたとは思いませんか?」

 

「思いませんね。Dクラスにも優秀な生徒はいる。堀北さん、貴女のようなね。しかし、あえて佐倉さんのような生徒を立たせることで信憑性を持たせたかったのではないですか?」

 

 やはりDクラスの目撃者というのは有効打にならない。

 どれだけ真実を語ろうと、庇っている、嘘をついているといくらでも理由がつけられるのだ。

 坂上先生は勝ちを確信しているからか、不敵に微笑んで腰を下ろそうとした。

 

「証拠ならあります!」

 

 佐倉は机に手のひらを叩きつけた。

 そこには数枚の長方形の紙のようなものが置かれていた。

 

「それは……」

 

 言葉以外のものが出てきたことで、坂上先生の表情が固まる。

 

「私が、あの日あの場所にいた証拠です!」

 

 橘書記は佐倉に断りを入れてから、机に置かれた紙に手を伸ばした。

 

「これは……会長」

 

 どうやら紙の正体は写真らしく、彼女はそれを堀北会長に提出する。

 写真に目を通すと、堀北会長は机の上にならべ、全員が見えるようにした。

 その写真に写っていたのは、佐倉とは似ても似つかない愛くるしい表情を浮かべている彼女。

 アイドルの雫だった。

 

「私はあの日、自分を撮るために人のいない場所を探してました。その時に撮った証拠として日付も入ってます」

 

 日付は先々週の金曜日の夕方。

 事件が起きた時間と一致する。

 綾小路と堀北も、佐倉が持っていた本物の証拠に息を呑んだ。

 今まで被害者を装っていたCクラスの3人にも動揺が走る。

 

「これは何で撮影したものかな?」

 

「デジタルカメラですけど……」

 

 その返答を聞くと、坂上先生は鼻で笑った。

 

「確かデジカメは日付の変更が容易にできたはずだ。パソコン上で日付だけ変えて印刷すれば当時の時間帯に合わせることは可能だ。証拠としては不十分です」

 

「しかし坂上先生、これは違うと思いますが?」

 

 堀北会長は下に重なっていたもう一枚の写真をスライドさせる。

 

「これは……!?」

 

 そこには喧嘩の状況をはっきりと写し出されていた。

 事件現場で、須藤が石崎を殴った直後と思われる写真だ。

 

「なるほど。どうやら貴女が現場にいたというのは本当のようだ。ですが、この写真ではどちらが喧嘩を仕掛けたかは分かりません。貴女が最初から一部始終を見ていた確証にもなりえませんし」

 

 写真は喧嘩が終わったタイミングのものだ。

 確かにこれでは決定的な証拠とは呼べない。

 

「どうでしょう茶柱先生、ここは落としどころを模索しませんか」

 

 坂上先生は茶柱先生に話を振った。

 

「落としどころ、ですか」

 

「今回私は、須藤君が嘘をついて証言したと確信しています」

 

「っ!」

 

 その発言に食ってかかろうとした須藤だが、彼は必死に堪えた。

 

「このままでは話し合いは平行線。私たちは訴えの内容を変えませんし、そちらさんも目撃者と口裏を合わせ諦めない。つまり、相手が嘘をついていると応酬して止まない。提出された証拠も決定的なものとは言い難い。そこで落としどころです。私はCクラスの生徒にも僅かながら責任はあると思います。3人いたことや、一人は喧嘩慣れしている過去を持っているそうなので、それは問題でしょう。そこで須藤君に2週間の停学、Cクラスの生徒たちに1週間の停学。それでいかがでしょう? 罰の重さの違いは、相手を傷つけたかどうか、その違いです」

 

 堀北会長は黙ってその話を聞いていた。

 坂上先生の話を噛み砕くと、Cクラスが半分譲歩すると認めたことでもあった。

 本来は1ヶ月以上の停学となっていたものが2週間となればかなりの譲歩だ。

 

「ふむ……確かに当初の処分を考えれば大分こちらの罰は軽い。提案としてはこれ以上ないくらいの好条件ですね」

 

「そうでしょう」

 

「ですが──」

 

 茶柱先生は鋭い目つきで坂上先生を射抜いた。

 

 

「こちら側は一切譲歩する気はありませんよ。教え子たちが戦うというのなら、私は担任として、それを最後まで見届ける義務がある。レフェリーの真似事などは生徒会の仕事だ。我々担任がやることではない。我々がやることは、彼らを徹底的に争わせ、白黒をつけさせてやることだけです。勝負を降りるならどうぞ勝手にやって下さい。訴えを取り下げるのなら止めはしません。しかしまだ、そちら側がこちらに非があると僅かでもお思いになっているというのなら、譲歩などという生温いことをせず、初志貫徹。徹頭徹尾。自分たちが何の非もない被害者であることを貫いていただきたい」

 

「──っ! では、Dクラスはこの交渉を飲まないと、そういうことですね?」

 

 茶柱先生の強気な発言に坂上先生は顔を顰めた。

 その表情は理解できない、とでも言いたげな様子だ。

 敗北の色が濃い現状で、まだ強気でいられる彼女の態度が分からないのだ。

 

 

 

 ちょうどその時だった。生徒会室に電子音が鳴り響いたのは。

 

 

 

 

「むっ? すまない、俺だ」

 

 鳴ったのはどうやら堀北会長の端末だった。

 厳格な性格である彼が審議の場で電源を切り忘れたことに橘書記は驚いていた。

 

「ふむ……なるほど」

 

 端末を確認した堀北会長は通知された内容に目を通していた。

 堂々と端末を弄る彼に、橘書記が尋ねる。

 

「会長、どうなされたんですか?」

 

「いや、俺も今回の審議にあたって、生徒から情報提供を求めていたのだ。我々生徒会も、事件の概要は双方の言い分を聞いていたのみだったからな。より詳しく状況を知るために、目撃者を募っていたというわけだ」

 

「いつの間に……それでは、今の着信はその情報提供ですか?」

 

 その問いに、堀北会長はニヤリと笑い頷いた。

 

「あぁ。どうやら佐倉以外にも事件の目撃者がいたらしい。それも、彼女のように事件のワンシーンではなく一部始終を、な」

 

「なっ──!?」

 

 堀北会長のその発言に、橘書記を始め生徒会室内全員が息を呑んだ。

 特にCクラスの生徒3人は驚愕のあまり固まっている。

 

「っ、馬鹿なことを。今更目撃者など出てくるわけがありませんよ。どうせそれも、Dクラスの誰かがやったでっち上げでしょう」

 

「ほう、では坂上先生、いやこの場にいる全員に見ていただきましょうか。どうやらこれは写真ではなく、動画のようですよ」

 

 堀北会長はメールに添付されていた動画ファイルをタップすると、端末を机の上に置いた。

 全員がその端末を覗き込んだ途端、動画が再生される。

 

 

 

 

『話は終わりか? なら俺は行くぜ。テメェらの脅しなんざ怖くもねぇからな』

 

『おい待てよ須藤。テメェ、クズのくせに調子乗ってんじゃねぇぞ!』

 

『そうだそうだ。テメェが尻尾振ってる黛って奴、口先だけの腰抜けらしいじゃねぇか』

 

『あ、それ俺も聞いたぜ。なんか山脇に喧嘩売って尻尾巻いて逃げたってよ』

 

『うわ、ダッセー! クズのお守りしてる奴もクズだったってか!』

 

『なんでも聞いた話じゃ、黛以外にも喧嘩売ってきた奴がいたらしいぜ? 確か名前は……堀北だっけか?』

 

『あー知ってる知ってる! そいつも口だけは一丁前の落ちこぼれだって話だぜ?』

 

『所詮Dクラスだもんな。クズに優しくする奴なんてクズしかいねぇわな!』

 

『……おい、テメェら。今、黛と堀北のことなんつった……?』

 

『あぁ? クズのテメェを囲ってるクズだって言ったんだよ!』

 

『違うってんなら、かかってこいよこのクズがァ!』

 

『……上等だゴラァァッ!!!』

 

 

 

 

 動画には、須藤たちが喧嘩を始めるまでのやりとり、そして須藤が3人を殴りつけてその場から去るまでの一部始終が全て収められていた。

 再生が終わり、生徒会室は静寂に包まれる。

 その沈黙を破ったのは堀北会長だった。

 

「ふむ、どうやら動画を見る限り、須藤の主張と一致するな」

 

「そのようですね。この動画に全てが収められている以上、揺るがぬ証拠ということになります」

 

 生徒会二人がどんどん話を進めていく中、坂上先生が待ったをかける。

 

「ま、待ちなさい! こ、こんなものいくらでも捏造できる! Dクラスの生徒が作った偽の映像でしょう!」

 

「いいえ、情報提供者は三年生の一般生徒です。どうやらたまたま特別棟にいたみたいですね。佐倉と同じく、校内を散歩でもしていたのでしょう」

 

「さ、三年だと……!? だ、だが、そうだとしても何故今になって情報提供が来たんだ! こんなものがあるのなら、もっと早くに提出すればよかったはずだ!」

 

「その点についてもメールに書いてありますね。『今年、自分は受験を控えています。もし自分が名乗り出ることで審議の場に召喚されることを考えると、受験勉強の時間を取られるのが嫌でした。しかし、生徒会が情報提供を呼びかけていると聞き、学校への情報提供であれば召喚されることはないと判断しました』とのことです」

 

 堀北会長は坂上先生の逃げ道を徹底的に封じていく。

 どう理由を後付けしたところで、この動画は間違いなく物的証拠に他ならない。

 つまり事件の真実はこの動画の中に収められているのだ。

 

「し、しかし、この動画が本物だとしても、私の生徒たちが一方的に殴られたことには変わりない! 結果として三対一だが、これは須藤君の過剰防衛と言えるのではないですかな!?」

 

 坂上先生がその言葉を口にした瞬間、茶柱先生はニヤリと笑った。

 事前に柚椰と打ち合わせした作戦を発動する好機が、今やってきたのだから。

 

 

「なるほど。ということは、坂上先生並びにCクラスの生徒も()()()()()()()()()わけですね。ならばここまで一貫してなされた主張と証言は全て嘘でしたと認めて下さい。その上で須藤の過剰防衛を証明する証拠を揃え、一から提訴し直していただきたい!」

 

「──っ!?」

 

 茶柱先生の容赦ない追求に坂上先生は言葉を失った。

 Cクラスの生徒たちも一転して絶体絶命に追い込まれたことに動揺している。

 しかし茶柱先生はそこで追撃の手を緩めることはない。

 さらなる一手はすでに打たれているのだから。

 

「もし、そちら側が須藤の過剰防衛の線でそれでも争うというのなら止めません。しかしその前に、我々Dクラスがそちらを訴え、新たな審議に持ち込みます」

 

「Dクラスが訴えるだと……!?」

 

 茶柱先生は愉快そうに、懐から折りたたまれた一枚の紙を取り出した。

 彼女はそれを広げると、全員に見えるように机の上に広げる。

 

「実は今日の放課後、審議が始まるほんの少し前にDクラスの生徒から訴えを起こす書類を受け取っていたんですよ。訴える相手は今回の事件に関わったCクラスの生徒、小宮、近藤、石崎の3名。被害者は須藤健。訴えの発起人は黛柚椰。内容は被害者に対する暴行教唆並びにDクラスの生徒に対する名誉毀損。となっています」

 

「なっ──!?」

 

 坂上先生は茶柱先生が持っていた思わぬ隠し手に完全に虚を衝かれていた。

 訴えを再び起こすには、新たに書類を作成し提出しなければならない。

 しかし相手方は既に書類を完成させ、担任はそれを受け取っている。

 後はそれを学校側として受理すれば訴えは通り、審議が開かれる。

 つまり今から再び訴えの内容を変えて提訴し直したとしても、必ず後手に回ることになるのだ。

 加えて訴えた内容も内容だった。

 Dクラスが新たに訴えるとしている内容は、既に先の動画で証明されている。

 つまり審議が開かれても、この動画を証拠に必ずDクラスが勝つようになっているのだ。

 どう転んでもこちらの勝ち筋はなく、完全な詰み。

 

「まさか、貴女はこれを予期して交渉を突っぱねたのですか……!?」

 

「いえいえ、あくまで私は教え子たちの勝利を信じていただけです。この書類は、もしものときのためにとっておいただけですよ。まさか本当に使うことになるとは思いませんでしたが」

 

 白々しく言う茶柱先生に坂上先生は歯噛みする。

 

「どうなさいますか? 訴えを取り下げ、今回の件を水に流すというのなら、我々もこの書類は提出いたしません。しかし、あくまでも決着を望むのでしたら、まず今回の審議でそちら側の偽証が証明される。その上で我々がCクラスを訴え、罰則を求めます」

 

「ぐぅ……」

 

 最早Cクラスに選択肢は無かった。

 勝負を降りるか、明確な敗北を決定づけられるかの違いでしかない。

 

「坂上先生、ご判断を」

 

 最終判断を下す役割である堀北会長が、Cクラスの決断を求めた。

 小宮を始めとするCクラスの生徒たちも、もう打つ手はないと諦めていた。

 この審議の結末は決まったのだから……

 

「我々Cクラスは……訴えを、取り下げます……」

 

 坂上先生からその言葉を聞いた堀北会長は、ひとつ頷くと判決を言い渡した。

 

「原告が訴えを取り下げたため、今回の審議はこれで終了とする。今回の暴力事件の顛末は既に明らかだが、双方共にこれ以上相手への処罰を求めることはないと判断した。よって、今回の件で双方に処分が下ることはない。以上だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 審議が終わり、生徒会室から全員が退出した。

 坂上先生を始めとするCクラスの面々は、悔しそうに歯噛みしてその場を去っていった。

 残っているのは生徒会の二人と、Dクラスのメンバーだ。

 

「会長、それにしても一体いつの間に情報提供なんて呼びかけてらしたんですか?」

 

「あぁ、少し前にな。しかし、今回は情報を持っている生徒に恵まれたな。あのままでは、遅かれ早かれDクラスの敗北は濃厚だった」

 

「フッ、まさか。我々は必ず勝つと確信していたよ。生徒会長」

 

 不敵に笑う茶柱先生に、堀北会長もまた笑った。

 

「今回はお互いに、アイツに上手く扱われたということですね」

 

「そのようだな。だが、結果としてこちらとしても大白星だよ」

 

「良い生徒に恵まれましたね、茶柱先生」

 

「あぁ、全くだ」

 

 堀北会長はそう言い残すと、書記の橘を伴ってその場を後にした。

 

 

 

「茶柱先生、アイツとは誰のことですか?」

 

 兄がいなくなったことで、堀北が気になっていたことを質問した。

 

「そうか。お前たちは聞かされていなかったんだったな」

 

「なにをですか?」

 

「なに、単純なことだ。考えてもみろ? 審議の場で、()()()()()()()()()()()()()()生徒会長の端末が鳴る。しかも届いたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを確認してCクラスが動揺し、()()()()()()()()()()()()()()()。すかさずそこで、Dクラスが()()()()()()()()()()()()()()()を突きつける。それら全てが本当にたまたまだと思うか?」

 

 そこまで言われて、ようやく堀北は何かに気づいた。

 同じく話を聞いていた綾小路も、今回の審議を裏で操っていた存在を確信した。

 

「──っ!? まさか……」

 

「おっと、これ以上は蛇足だな。ではお前たち、用が済んだらさっさと帰れ」

 

 茶柱先生は上着の袖のカフスボタンを一個外すと、それを投げてキャッチしながらその場を後にした。

 残されたのは堀北、綾小路、須藤と佐倉の4人だった。

 

 

「綾小路君、まさか今回の審議……」

 

 堀北と同じ結論に至っている綾小路は頷く。

 

「あぁ、恐らく全部黛が裏で仕組んでたんだろうな」

 

「えぇっ!?」

 

「マジかよ!?」

 

 佐倉と須藤はあまりに予想外な事実に仰天していた。

 

「茶柱先生が用意していた書類を作ったのも、先生に当日の流れを指示したのも黛君ね。そして恐らく……」

 

「あぁ、生徒会長の端末にメールで動画を送ったのも黛だろうな。恐らくどこかで審議の様子を聞いてたんだろう。でなきゃあんな都合のいいタイミングでメールは来ない」

 

「で、でも一体どうやって……?」

 

 どのようにして柚椰が審議の様子を聞いていたのか佐倉は分からなかった。

 

「考えられるとすれば、さっき茶柱先生が投げて遊んでいたあのカフスボタンかしら?」

 

「恐らくあれは()()()か何かか。事前に先生に持たせてたんだろうな」

 

「それで審議の様子を聞いてたってことかよ……」

 

 須藤は改めて柚椰の有能さに戦慄していた。

 

「最高のタイミングで確実に相手の息の根を止める一手を打つ。いいえ、それだけではないわね。着実に勝ちへの道筋を彼は念入りに準備していたのよ」

 

「昨日黛が言ってた投了ってのはこういうことだったってことか」

 

「ほ、本当に凄い人だね……黛君って……」

 

「だろ!? 黛はスゲェんだぜ!」

 

 佐倉の褒め言葉に何故か須藤がドヤ顔で胸を張る。

 その態度にカチンときたのか、堀北が食ってかかった。

 

「何故貴方が威張るのかしら須藤君? そもそも貴方が問題を起こさなければ私たちが動くこともなかったのよ。それを理解しているのかしら?」

 

「わ、分かってるよ! それは本当申し訳ねぇと思ってるって」

 

「本当に反省しているのかしら。黛君の手を煩わせるなんて、飼い犬としての自覚がないんじゃない?」

 

「俺は犬じゃねぇ! 失礼なこと言うな!」

 

「いいえ、貴方は犬よ。それもポメラニアンかなにかかしら」

 

「小型犬じゃねぇか!」

 

「14点の貴方なんてポメラニアンで十分よ!」

 

「あぁ!? 堀北テメェ! ポメラニアン馬鹿にすんじゃねぇぞ!」

 

「もうポメラニアンになってるぞ……」

 

 14点と呼ばれることよりポメラニアンを馬鹿にされて怒る須藤に綾小路は呆れていた。

 二人のやりとりを初めて見る佐倉は二人の口喧嘩に驚いてオロオロしている。

 

「ふ、二人とも……喧嘩しないで……」

 

「あー、佐倉。別に気にしなくていいぞ。いつものことだし、これは単なるじゃれあいだから」

 

「え、そうなの……?」

 

「あぁ。その証拠に、二人とも本気で怒ってるわけじゃないだろ?」

 

 綾小路が二人を指差したことで、佐倉は改めて須藤と堀北の様子を見た。

 二人は口喧嘩こそしているが、その様子はどこか穏やかで、それが日常の一幕であると分かる。

 それを見て安心したのか、佐倉はほっと胸を撫で下ろした。

 

「そっか……でも、なんかいいね……あんな風に言い合える関係って」

 

「アイツらは言い合いすぎだけどな」

 

「ふふっ、そうかもね」

 

 佐倉がおかしそうに小さく、しかし確かに声を出して笑った。

 

「あ、あのね、綾小路君……私……」

 

「ん? どうした」

 

 綾小路は自分の袖をチョンと摘む佐倉に聞き返した。

 しかし、彼女は少し考え込むような素振りを見せると、首を横に振った。

 

 

「ううん、なんでもない……」

 

 

 佐倉のその言葉に、綾小路はそれ以上聞き返すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
まさかの15000字オーバーです。
審議のシーンを二日に分けて投稿するのはどうかと思ったので詰め込みました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。