ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:夏葉真冬

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彼らは孤島に降り立つ。

 

 

 

常夏の海。広がる青空。澄み切った空気。

潮風は優しく身体を包み、真夏の熱を感じさせないほど心地よい。

現在地は太平洋のど真ん中。

四方八方を取り囲むのは海。海。海。

 

「うおおおおお!!最高だあああああ!!」

 

豪華客船のデッキから高らかに両手を挙げ、池の叫び声が響き渡る。

普段であればどこからか煩いと文句がとんできそうなものだが、今日に限ってはそんな意見が出ることもない。

クラスメイトは各々至福のひと時を堪能している。

特等席とも言えるデッキのベストポジションから眺める海はまさしく絶景と言える。

 

「凄い眺め!マジ超感動なんだけど!」

 

船内から出て来た軽井沢率いる女子グループが、満面の笑みを浮かべ大海を指差す。

女子たちは皆海を眺め、感動の声を上げていた。

 

「期末テストも無事に乗り切れてよかったよな~」

 

「ほんとな、須藤だって今回は余裕だったみたいだし?」

 

池と山内は、この前終わった期末テストについて振り返っていた。

山内に話を振られた須藤は、余裕そうに胸を張っていた。

 

「へへっ、今の俺には期末テストなんざ取るに足らねぇ障害だったわけだな」

 

「よく言うぜ。でもまぁ、こんなに晴れ晴れした気分でバカンスにこれるとは思わなかったよな」

 

池のその言葉に須藤はうんうん、と頷く。

 

「高校生でまさかこんな豪華旅行が出来るなんてな。しかも2週間だぜ2週間。

 実家の父ちゃん母ちゃんが聞いたらひっくり返るかもな」

 

須藤の言うように、一般人からすればあまりに規格外の旅行だろう。

国が支援しているこの学校では、学費や雑費を払う必要が全くない。

当然この旅行も破格の対応だ。

彼らが乗っている客船は外観は言うに及ばず、施設も非常に充実。

一流の有名レストランから演劇が楽しめるシアター。

さらには高級スパまで完備されている。

個人でこの旅行をしようと思ったなら、シーズンオフでも十万以上はかかるだろう。

そんな贅の限りを尽くした旅行が今日から始まった。

予定では最初の1週間は無人島に建てられているペンションで過ごす。

そしてその後の1週間は客船内での宿泊という行程だ。

午後5時に1年生が一斉にバスへ乗り込み東京湾へ向かうと、生徒を乗せて港からこの客船は出発。

朝食を船内のラウンジで食べた後、生徒たちは各々自由行動となった船内で気ままな時間を過ごしていた。

この船内のどの施設も生徒は無料で利用することができる。

常日頃ポイント不足で悩んでいるDクラスの者たちにとっては渡りに船だろう。

 

「んー、絶景だねぇ」

 

「ねっ!ほんと、凄い景色.....」

 

デッキの柵に身体を預け、柚椰と櫛田は大海を眺めていた。

そよぐ潮風に髪を揺らし、微笑みながら並ぶ美男美女。

一つの芸術のように、絵画の一枚のように完成されたその姿は周りの視線を惹く。

男子からは嫉妬の篭った負の視線を、女子からは羨望といった正の視線を。

 

「豪華客船でクルーズとか、流石お国運営の学校だね」

 

「なんか船の中に色々施設もあるみたいだよ?遊ぶところもいっぱい!」

 

「それは退屈しなくて済みそうだね。尤も、()()()()()()()()の話だけど」

 

「......そうだね」

 

柚椰の言葉に櫛田は表情を引き締める。

彼らがこんなやり取りをする理由は後々語るとしよう。

 

「あ、綾小路君だ」

 

ふと櫛田が自分たちから少し離れたところで同じように景色を見ている綾小路を見つけた。

彼女が声をかけると、綾小路もこちらに気づいたようで近づいてくる。

 

「綾小路君一人?堀北さんと一緒じゃないの?」

 

「別に俺はあいつのお守りじゃないからな。というか、あいつの最近のお守りは黛だろ」

 

櫛田に問われた綾小路はそう言いながら柚椰を見た。

 

「そういえば朝食の時に見たっきりだね」

 

「旅行を満喫するような人間じゃなさそうだし、部屋にいるんじゃないか?」

 

「確かに、部屋で本でも読んで寛いでるのかもね」

 

「そういえば、お昼は島のプライベートビーチで自由行動だよね!楽しみだなぁ」

 

櫛田は堀北のことからこの後の行程について話題をシフトする。

この学校は、南に小さな島を一つ所有しているようで、この船は今そこへ向かっている。

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。

 間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧いただけるでしょう』

 

突如そんな『奇妙な』アナウンスが船で流される。

櫛田を始めとする周りの生徒たちはさして気にした様子もなく楽しみにしているようだ。

続々と生徒が集まりだすと、数分後その島は姿を現した。

 

「おおおおお!あれが無人島か〜!」

 

池が歓喜の声をあげる。地平線の彼方、視界に小さく島のようなものが見えた。

他の生徒たちもそれに気づき、一斉にデッキへ集まり始める。

群衆が押し寄せると、それまでベストポジションにいた綾小路や柚椰たちを押しのける横暴な男子生徒たちが現れる。

 

「おい邪魔だ、どけよ不良品ども」

 

威圧しながら男子の一人が見せしめの如く綾小路の肩を突き飛ばした。

それによってバランスを崩した綾小路だったが、横にいた柚椰がすかさず支えることで転倒を避ける。

 

「おっと、大丈夫?」

 

「あぁ、悪い」

 

よろける綾小路を見て、突き飛ばした男子とその取り巻きは蔑むように笑った。

 

「テメェ何しやがる!」

 

綾小路が突き飛ばされるのを見ていたのか、須藤がすぐに噛み付いてきた。

櫛田は心配した様子で綾小路と柚椰の傍に寄ってくる。

 

「お前らもこの学校の仕組みは理解してるだろ。ここは実力主義の学校だ。

 Dクラスに人権なんてない。不良品は不良品らしく大人しくしてろ。こっちはAクラス様なんだよ」

 

その言葉に須藤だけでなく、池や他のDクラスの男子たちも怒りを露わにし始める。

一触即発の空気の中、その場を収めようとしたのは意外にも柚椰だった。

 

「それは失礼したね。ここがAクラスの占有エリアだというのは知らなかったよ。

 ほら皆、移動しようか。デッキの端でも景色は見えるから心配いらないさ」

 

暗に相手の言い分に従うようなことを言う柚椰に、当然ながらDクラスの男子たちはいい顔をしない。

須藤は柚椰が言うならと渋々従うような顔をしているが、池や山内は未だ不満ありありと言った様子だ。

 

「おう、お前は自分の身の程を分かってるみてぇだな」

 

「そうそう、不良品は俺たちAクラスの言うことに素直に従ってればいいんだよ」

 

調子に乗り始めたAクラスの男子たちはニヤニヤしながらさらに罵倒を重ねる。

柚椰は彼らに一瞥もくれず、こっそり腕時計を触りながら池たちだけに視線を向けた。

 

「ほら、俺たちは()()ここにいて景色は十分に堪能していただろう?

 彼らは後から()()()()やってきて自分たちはAクラスだから場所を寄越せと言ってきたんだ。

 実に()()()()()()()()()だけど、

 ここは俺たちが大人になって()()()()()()()()ダメじゃないか。そうだろう?」

 

言葉こそ池たちに向けられているが、その内容はAクラスの男子たちに向けた皮肉が思いっきり込められていた。

その言葉に一瞬ポカンとしていたAクラスだったが、やがて柚椰がこちらを罵倒したのだと気づき顔を真っ赤にし始める。

 

「テメェ調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

綾小路を突き飛ばした男子が柚椰を威圧する。

同じように取り巻きもまた怒りに駆られ、柚椰を取り囲む。

須藤が参戦しようと動き出そうとするが、それを柚椰は手で制止する。

 

「おや、何か気に障るようなこと言ったかな?間違ったことを言ったつもりはないんだけど」

 

「あぁ!?」

 

「俺は仲間たちに譲り合いの精神を説いていたのになんで邪魔をするのかな。

 自分たちが頭の悪いことを言ったという心当たりでもあるのかい?」

 

火に油を注ぐ柚椰に我慢できなくなったのか、最初に罵倒を浴びせた生徒がついに彼の胸倉を掴んだ。

 

「テメェ、いっぺん痛ぇ目に遭わねぇと分からねぇみたいだな」

 

凄んでくる相手に対して、柚椰はヘラヘラとした態度を崩さない。

 

「暴力?おー、怖い怖い。別に殴りたきゃ殴ればいいさ。

 ただ、こんな場所で暴力を振るってタダで済むとは思ってないよね?」

 

そう言いながら、柚椰は自分たちから少し離れたところにいる集団を指で示した。

そこにはこちらを見ている生徒がおり、中には端末のカメラで撮影している者までいた。

 

「うっ......」

 

動画を撮られていると分かり、柚椰に凄んでいた相手の勢いが一気に無くなる。

同時に取り巻きもまた、周りの視線を気にし始めたのか徐々に敵意を引っ込めはじめた。

 

「流石にこっちとしても、Cクラスとゴタゴタがあったばかりだからさ。

 学校にまた審議させるのも申し訳ないんだよね。

 尤も、今回のコレに関しては負けるつもり毛頭ないけど」

 

「ぐっ......」

 

「だからさ、譲ってあげるって言ってるんだからここは素直に受け取っておきなよ。

 俺たちは別に君たちと喧嘩をしようだなんて考えてるわけじゃないんだからさ。そうだろ皆?」

 

「え、あ、おう!そうだよな池、俺らは喧嘩しようなんて考えてねぇよな!」

 

柚椰に話を振られた須藤は池の肩に腕を回して同調するように促す。

暗にパスを渡されたと察したのか、池もニヤニヤしながら同じように山内と肩を組んだ。

 

「だな〜俺ら優しいし!譲り合いって大事だからな!」

 

「俺らは先に絶景を堪能したもんな!ここはAクラスに譲ってあげるのが男だよな〜!」

 

その言葉に他のDクラスの面々も同調し始める。

 

「さて、じゃあ移動しようか。ほら、場所は空いたんだから心置きなく島を見物していってよ」

 

自分の胸倉を掴んでいる手を解き、最後に相手の肩をポンと叩き、柚椰はその場から離れた。

後に続くようにDクラスの面々もその場をどいた。

Aクラスの生徒たちは未だ苛立ちが残っているのか苦い顔をしていたが、それ以上何か言うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

デッキの端に移動したDクラス一同。

そこに今しがたやってきたのか、平田が声をかける。

 

「やぁ皆、ここにいたんだね。.......何かあったの?」

 

平田は何かを感じ取ったのかそう尋ねた。

というのも、須藤や池、山内が妙にニヤニヤしており、他の生徒も何故か面白おかしそうにしていたからだ。

 

「いや、特になにもないぞ」

 

綾小路が代表して平田になんでもないと告げた。

 

「そうそう、ちょっとイイコトしただけだって」

 

須藤が晴れやかな笑顔でそう答える。

その顔に平田はキョトンとしていたが、それ以上何か聞くことはしなかった。

 

「なあ平田。おまえ軽井沢とはどこまで進んでんだよ」

 

軽井沢の傍に寄って行こうとしない平田に池がニヤニヤしながら話しかける。

 

「折角の旅行なんだから、もっとイチャイチャしてもいいんだぜ?」

 

他の女子の目が平田に向くのが嫌なのか、そんな風に茶化す。

 

「僕らには僕らのペースがあるから。ごめん、三宅君が困ってるみたいだから行くよ」

 

端末が鳴ったのか、平田は操作しながら船内に戻っていく。

流石は人気者ということか。

 

「......」

 

船内に戻っていく平田の背を見ながら、柚椰は何かを考えていた。

一方、池と山内は平田の態度に不満そうにぶうたれていた。

 

「何だあいつ。旅行先でもクラスメイトの心配ばっかりかよ」

 

「でも軽井沢も軽井沢で、最近あんまベタベタしないよな。

 ......もしかして二人が別れたとか?だとしたら最悪だぞ」

 

「あぁ、櫛田ちゃんを巡るライバルが増える!」

 

およそ杞憂としか言えない心配だが、彼らの言う通り平田と軽井沢は最近あからさまな接触がない。

別段喧嘩したとか険悪になったという噂も流れていない。仲良く話している姿は見られているからだ。

 

「決めたぜ春樹。俺、この旅行で櫛田ちゃんに告白する!」

 

「ま、マジかよ。フラれたらすげぇ気まずいじゃん。いいのかよ」

 

「櫛田ちゃんってとにかく可愛いだろ?だから男の大半は付き合いたいって思う。

 でも、レベル高すぎて告白には辿り着いてないはず。

 だからこそ、逆に告白慣れしてないんじゃないかってさ。

 俺の愛の告白に櫛田ちゃんの心が揺れる可能性はあるはずだ。つか、そこしか希望はない!」

 

「そうか......お前、男だな!」

 

「おうよ!男池寛治、この旅行でキメるぜ!」

 

いつもならここで山内も対抗するのだが、彼はそんな様子は全くない。

彼はデッキをキョロキョロと見回して何かを探しているようだ。

 

「どうしたんだよ」

 

「あ、いや、別に」

 

上の空といった感じで聞き流し、山内がそれ以上櫛田について触れることはなかった。

 

「ねぇねぇ櫛田ちゃん。ちょっといいかな」

 

「ん?なにかな?」

 

近くで海を眺めている櫛田に早速接近する池。

 

「そのさ、なんつーか、俺たち出会って4ヶ月くらい経つじゃん?

 だからそろそろ、下の名前で呼んでもいいんじゃないかって。ほら、苗字だと他人行儀だしさ」

 

「そういえば、山内君たちとはいつの間にか名前で呼び合ってるね」

 

「だ、ダメかな?き、桔梗ちゃんって呼んだら」

 

伺いを立てる池に対し、櫛田は屈託のない笑みを浮かべた。

 

「オッケーだよ。私は寛治君って呼べばいいかな?」

 

「うおおおおお!!桔梗ちゃああああん!!」

 

承諾を貰ったことで、池は歓喜のあまり天に吠えた。

その姿がおかしかったのか、櫛田はクスクスと笑う。

 

「(あー......やっぱり名前で呼ばれて嬉しいのは黛君だけだね)」

 

内心でそんなことを思われていると池は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしていると、ついに島がはっきり見えるほどに船が近づいたのか周囲がワッと騒がしくなった。

そのまま船は島につけられるのかと思われたが、何故か桟橋をスルーし、ぐるりと島の周りを回り始めた。

国から借り受けて管理するこの島の面積は約0.5k㎡。標高230m。

数値で見れば小さな島だが、客船に乗り合わせた生徒たちから見れば十分すぎるほどの大きさだった。

どうやら客船は一周回って島の全体を見せてくれるらしい。

島を周回する船は速度を変えず、高々と水しぶきを上げながら不自然な高速航行をする。

 

「凄く神秘的な光景だね!感動するなぁ。ねぇ、黛君もそう思わない?」

 

柵に身体を預け、島を眺めている柚椰に櫛田がそう尋ねた。

 

「そうだね。海も綺麗だし、島も緑が多い。ロケーションとしては最高だね」

 

「うんうん、こんなところで過ごせるなんて夢みたいだよ」

 

目を輝かせている櫛田に対し、柚椰もまた微笑んだ。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。

 生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定のカバンと荷物をしっかりと確認した後、端末を忘れず持ちデッキに集合してください。

 それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします。

 また暫くお手洗いに行けない可能性がありますので、きちんと済ませて置いてください』

 

船内に再びアナウンスが流れる。

どうやらもうすぐ島に上陸するようだ。

 

「私物は持ち込み不可。持っていけるのは指定された物だけ。ね......」

 

「やっぱり、黛君の予想通り何かありそうだね」

 

事前に柚椰から話を聞いていた櫛田は、先ほどの空気から一転して顔を引き締めた。

 

「まぁ、ここで頭を捻っていても仕方ないね。とりあえず着替えに戻ろうか」

 

「そうだね」

 

生徒たちは着替えに戻るためにゾロゾロと部屋に戻るべく移動を始めた。

二人もそれに続くように船内に戻る。

それから生徒たちはジャージに身を包み、デッキへ戻り船が島に着くのを待った。

島が眼前に迫るにつれ、1年生のテンションはどんどん上がっていく。

 

「ではこれより、Aクラスの生徒から順番に降りてもらう。

 それから島への端末の持ち込みは禁止だ。担任の先生に各自提出してから下船するように」

 

拡声器を持った先生の声で、生徒たちは順番に客船の階段を降りていく。

 

「あちぃー。早くしてくれよー。何でAクラスからなんだよー」

 

停泊した船の甲板は降り注ぐ太陽の光から逃れる術がない。

上のクラスから順番ということで、必然的に最後に下船することになるDクラスの面々は不満そうだ。

そうやって暑さに耐えながら待機していると、ようやく堀北も合流してきた。

一見いつもと変わらない様子だが、どこか違和感があることに柚椰はすぐに気づいた。

 

「鈴音、部屋にいたの?」

 

「えぇ、本を読んでいたわ」

 

柚椰が近づいてきたことで彼女の表情が一瞬柔らかくなる。

しかし、やはりどこかいつもとは違う彼女の様子に、柚椰は再び違和感を覚えた。

 

「もしかして、体調悪い?」

 

「え」

 

いきなりそう尋ねられ、堀北は驚いたような表情をした。

 

「髪が乱れてる。それは寝転がってた証拠だ。

 鈴音の性格上、身嗜みを適当にするとは思えない。

 だとすると気が回らないほどに別の何かがあるってことでしょ」

 

「相変わらず柚椰君は人のことをよく見てるのね......」

 

柚椰の分析に堀北は困ったように息を吐いた。

 

「大したことないわ。ちょっと寒気があるだけ」

 

「この暑さの中で寒気がある時点で重症でしょうが」

 

強がりを言う堀北に柚椰も困ったように笑う。

 

「薬は飲んだ?」

 

「えぇ。医務室で貰ってきたわ。島にも持っていくから平気よ」

 

既に保険医には診てもらったのか、薬は処方されているようだ。

だからこそ自身の体調についてあまり重くは考えていないのが見て取れる。

 

「具合が悪くなったら言いなよ?すぐに先生呼ぶから」

 

「えぇ、ありがとう」

 

こちらを気遣う柚椰の言葉に微笑みながら彼女は礼を言う。

やがてDクラスの番が回ってきたのか、出席番号順に下船準備に入る。

しかし、その作業は殊の外時間を要するものだった。

生徒一人一人を先生たちが取り囲み、荷物の検査やボディチェックを行なっている。

そこまで厳重なチェックをすれば、必然的に疑問が出るのも仕方ない。

 

「ねぇ、妙に慎重というか警戒していないかしら?

 端末を没収するなんてテストの時だってやってなかったわ。

 余計な私物の持ち込みを禁止することだってそうだし」

 

「確かに島のペンションに泊まってバカンスって触れ込みにしては自由がないよね」

 

顎に手を当て思案する堀北に対し、柚椰はカラカラと笑っていた。

その態度に何かを感じたのか、堀北は柚椰を見上げる。

 

「柚椰君は何か思い当たるところでもありそうね」

 

「まぁ、船のアナウンスとか島をわざわざ一周したりとか、色々不可解なところはあったからね」

 

「それを踏まえて、柚椰君はどう思うの?」

 

「現時点では、まず間違いなくこの旅行はただのバカンスじゃないってことぐらいかな」

 

「でしょうね。大方、私たちに何かをさせようとしているのでしょう」

 

堀北も不可解であることは感じていたのか、柚椰の見解に頷いていた。

やがて二人の番がやってきて、厳重な検査を受けた後タラップを降りる。

 

「あ、そうだ鈴音」

 

島に降り立つと、柚椰は羽織っていたジャージを脱いで堀北に渡した。

いきなりジャージを渡され、堀北は首をかしげる。

 

「羽織っておきなよ。一枚でも羽織っておけば多少なりとも違うでしょ」

 

柚椰がそう言うと、堀北はジャージを受け取った。

彼女は既に着ていた自分のジャージの上に羽織る形でジャージを着る。

 

「ありがとう、柚椰君」

 

「ん、気にしなさんな。

 さっきも言ったけど、具合が悪くなったら我慢せずに言いなよ」

 

改めて念を押すようにそう言われ、堀北はコクリと頷いた。

心なしか、彼女の顔が赤くなっているのは風邪の所為だろうか。

それとも、別の要因があるのだろうか。それは彼女しか知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。ようやっと原作3巻に突入です。

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