ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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彼らは今後の方針を決める。

 

 

 

「つ、追加ルール? まだなんかあるんすかぁ……」

 

 茶柱先生が口にした言葉に池が目を回していた。

 もう既に彼の脳は多すぎるルールにオーバーヒートしているのだろう。

 しかしそんな彼を他所に茶柱先生は説明を続ける。

 

「間も無くお前たちはこの島を自由に移動できるようになるわけだが、島の各所にはスポットとされる場所が幾つか設けられている。それらには占有権と呼ばれるものが存在し、占有したクラスのみ使用できる権利が与えられる。どう活用するかは権利を得たクラスの自由だ。ただし占有権は8時間しか意味を持たず、自動的に権利が取り消される仕組みになっている。そして、スポットを1度占有するごとに1ポイントのボーナスが与えられる。このポイントは試験中に使用することはできないが、試験終了時に加算される仕組みだ。学校側は常に監視しているため、このルールにおける不正の余地はない。心しておくように」

 

「え、それってスゲェ大事じゃないっすか! ポイント付いてくるなんて美味しすぎる! 俺たちで全部取ってやろうぜ!」

 

 池は目を輝かせ、すぐにでも探しに行こうと仲間を誘い始める。

 マニュアルにもスポットについては書かれており、スポットにはどのクラスが占有しているかを示す装置が置かれているようだ。

 スポットの確保はポイントを稼ぐ上で重要な要素だろう。

 

「焦る気持ちはわかるが、このルールには大きなリスクがある。それを考慮した上で利用するかを検討することだな。そのリスクも含めてマニュアルに書いてあるから目を通しておけ」

 

 茶柱先生の言うように、マニュアルには箇条書きで追加ルールが書き記されてあった。

 

 ・スポットを占有するには専用のキーカードが必要である

 ・1度の占有につき1ポイントを得る。占有したスポットは自由に使用することができる

 ・他クラスが占有しているスポットを許可なく使用した場合、マイナス50ポイント

 ・キーカードを使用することが出来るのはリーダーとなった人物に限定される

 ・正当な理由なくリーダーを変更することは出来ない

 

 大まかなルールは以上。

 茶柱先生が追加で説明した内容は以下の通りだ。

 

 ・占有権がリセットされた後、同じ場所を続けて占有することも可能

 ・同時に複数のスポットを占有することも可能

 

 仮に1箇所を1日占有し続けた場合、そのクラスは3ポイントを得る。

 そしてそれを1週間続けた場合、最終的に得られるポイントは21ポイント。

 同時に複数のスポットを抑えられればさらにポイントが加算される。

 一見するとこれは単なる早い者勝ち。

 強引にスポットを繰り返し占拠すれば勝てる仕組みに見えるが、そう甘くは出来ていない。

 茶柱先生が告げた最後のルールが以下の通りだ。

 

 ・試験最終日、点呼の際にリーダーは他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる

 ・リーダーを的中させた場合、的中させたクラス一つにつきプラス50ポイント

 ・リーダーを的中させられなかった場合、外したクラス一つにつきマイナス50ポイント

 ・リーダーを的中させられた場合、マイナス50ポイント

 

 そう、試験最終日に他クラスのリーダー当てが行われるというのだ。

 当てれば50ポイントと大きなプラスとなるが、外せば大きなマイナスとなる。

 加えて、当てられてしまった場合も大きなマイナスとなる。

 つまり他のクラスにリーダーを知られてしまえば、損害を被ることになるのだ。

 これを踏まえると、先のスポットの件が簡単な話ではなくなってくる。

 スポットの占有は、リーダーを見破られるリスクを高めることになる。

 つまり折角稼いだボーナスポイントを失う危険があるのだ。

 これによって、占有合戦に参加することへの躊躇いが生まれる。

 

「参加するしないは自由だが、例外なくリーダーは必ず一人決めてもらう。欲を出さなければリーダーだと知られることもなく済むだろう。リーダーが決まったら私のところに来るように。その際にリーダーの名前を刻印したキーカードを支給する。制限時間は今日の点呼まで。もしそれまでに決まらない場合はランダムで選出するからそのつもりでいろ」

 

 キーカードに名前が書かれているということは、それを見られただけでも致命傷になりうるということだ。

 リーダーの選出、そしてキーカード管理とどちらも気をつけなければならない。

 茶柱先生の説明は以上のようで、さっさとその場を離れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 茶柱先生が去った後、平田がすぐに行動を開始した。

 

「リーダーを誰にするかは時間もあるし後で考えよう。まずはベースキャンプをどこにするかだね。このまま浜辺に陣取るか、森の中に入っていくのか。スポットのことはその後で考えるべきじゃないかな」

 

 マニュアルには、簡素ではあるが島の地図が付属していた。

 島のサイズや形だけが書かれたとてもシンプルなものだ。

 

「シンプルというより、これはもう雑としか言えないね」

 

 地図を見ていた平田に柚椰が声をかける。

 彼もまた、マニュアルに付いている地図の簡素さに思うところがあるらしい。

 

「自分たちで必要な部分を埋めろ、ってことなのかもしれないね」

 

「島の探索、そして物資の確保。当面の目的はその辺りになるかな」

 

「ベースキャンプは先生たちがいる船の傍がいいんじゃないの?」

 

 意見交換をしている二人に佐藤が進言した。

 しかし、その意見に平田は難色を示す。

 

「いや、そうとも限らないよ。スポットの存在もそうだけど、ここには何もないからね」

 

「拠点に何を望むかだね。水場が近いところがいいのか、雨風を凌げるようなところがいいのか。この暑さだし日陰もないところというのは厳しいかもしれないね」

 

 柚椰は拠点として好ましい地形について見解を述べた。

 平田もその意見には同意なのかコクリと頷く。

 しかし拠点の話をしている彼らとは離れたところで、今も尚トイレ論争は続いていた。

 

「あんなのでトイレなんて絶対無理だから!」

 

「じゃあどうしろっつーんだよ。お前は1週間我慢できるっていうのかよ」

 

「そういう問題じゃないでしょ!」

 

 池と篠原を中心として簡易トイレ肯定派と否定派が真っ二つに別れていた。

 言い争う声があまりにも大きかったからか、平田と柚椰にもそれは聞こえてくる。

 

「……まずはアレをどうにかしないといけないね」

 

「確かマニュアルに載ってるポイントで買えるものに仮設トイレがあったよ」

 

 そう言って平田はマニュアルを開き、該当する箇所を指で差した。

 仮設トイレと銘打ってはいるが、その機能は申し分ないようで、水洗式で家庭用と遜色ないものだった。

 これは1基につき20ポイントという値段がついている。

 

「とりあえず皆を集めて意見を纏めようか」

 

 平田は池と篠原、そして彼らの周りにいる者たちを全員呼び寄せた。

 そしてマニュアルに載っている仮設トイレの存在を教える。

 

「それ絶対いる! ほんとはそれでも嫌だけど、それじゃないと無理!」

 

 案の定、篠原は真っ先に飛びついた。

 彼女を皮切りに多くの女子がそれに賛同する。

 女性にとってはトイレの存在はまず最優先なのかもしれない。

 

「ちょ、ちょっと待てよお前ら! 20ポイントだぜ!? たかがトイレに!」

 

 賛成ムードに異を唱えるのは、少しでもポイントを節約したい池。

 そして簡易トイレでもいいと思っている一部の男子たちだ。

 

「皆、ここは冷静になって考えよう。言い争うのはよくない」

 

 一向に意見がまとまらないため、平田がそう言って取りまとめようと試みる。

 しかし、どうにも対立構造は終わりそうにない。

 

「20ポイントということはプライベートポイントに換算すると2000ポイントだね。現金で考えても2000円。それで衛生が買えるなら安いんじゃないかな?」

 

 けろっとした顔でそう言ったのは柚椰だった。

 

「そ、そうよ! 2000円で買えるなら安いものじゃん!」

 

 これ幸いと篠原が柚椰に乗ってくる。

 

「いやいや! 一人2000だぜ!? クラス全員分で考えたら80000じゃねぇか!」

 

 池は脳内で計算したのか、クラス全体の費用に換算して異を唱える。

 

「それでも1週間で割れば一人当たり300円もいかないでしょうが!」

 

「その300円が大事なんだろ!?」

 

「1ヶ月でポイントをバカみたいに使いまくったバカに言われたくないわよ!」

 

「なんだとぉ!?」

 

 トイレの話から今度は金遣いの話にシフトしていく二人。

 流石に彼らを担いできた両派閥も呆れてきている。

 

「どうしよう黛君、これじゃあ一向に話が進まないよ……」

 

 平田もどうにかしようとは思っていても、中々打開策が見つからないようだ。

 彼に尋ねられた柚椰は言い争う二人を眺めながら呟く。

 

「この試験の難しいところは、()()()()()()()なのかもしれないね」

 

「──っ! そうか、この島で生き残れっていうのはそういう目的ってことだね?」

 

 平田は柚椰が言いたいことを理解したのか、その表情は強張っている。

 

「となると、大元の方針を決めるべきだね」

 

「どういうことかな?」

 

「あー、全員聞いてくれるかな」

 

 柚椰は全員に聞こえるように声を張る。

 それによって一旦言い争いは収まり、池と篠原、そしてクラス中の視線が柚椰に集まった。

 

「いつまでもトイレがどうこう、ポイントがどうこう言うのは正直に言って建設的じゃない。既に他クラス、特にAクラスやBクラスは行動を開始してるみたいだよ?」

 

 柚椰が指で差した方向に全員が視線を移す。

 そこには数人で固まって森へ入っていく様子が見えた。

 恐らくスポットやベースキャンプ地を探すためだろう。

 一方Cクラスはこちら同様、未だ纏まりが出来ていない様子だ。

 

「1人で1週間島で生き延びろというのなら、トイレは我慢すればいいし、食べ物も水も現地調達でいい。けれど、40人全員が生き延びることが目的なら話はそう簡単なことじゃないってことくらいは分かるだろう?」

 

 柚椰の言うことは尤もだったのか、全員が一旦頭を冷やす。

 

「クラス単位で生活することが前提である以上、クラス全体の方針を決めたほうがいい。この試験にどう臨むのか、何を最終目標とするのかをね」

 

「なるほど、大元の方針っていうのはそういうことだね?」

 

 平田は先ほど柚椰が言っていたことの意味が分かったようだ。

 

「さて、今この時点で俺たちにはいくつか選択肢がある。その中からどれを選ぶのかを決めればトイレの論争も終着するさ」

 

「選択肢って?」

 

 そう尋ねたのは櫛田だった。

 女子の代表とも言える彼女が聞く姿勢を取ったことで女子の関心が柚椰に向く。

 同時に櫛田を好いている男子たちも耳を傾け始めた。

 その様子に柚椰は内心ニヤリと笑い、選択肢を提示した。

 

 

 

 

 

「一つ目、300ポイントを()()()()()使()()()()()()1週間のバカンスを満喫する」

 

 

 

 

 

「はぁぁぁっ!?」

 

 真っ先に叫んだのは池だった。

 

「何考えてんだよ黛!」

 

「真嶋先生も言っていただろう? 何をしようが自由だって。当初の予定通り島でのバカンスを楽しむのも勿論自由さ。この暑い中で島でサバイバルなんて辛いことをするより、優雅な時間を過ごすことを選ぶのも賢い選択じゃないかな?」

 

「ポイントは試験の後クラスポイントになるんだぜ!? そっちの方がいいに決まってるだろ!?」

 

 先ほどまで対立していた篠原でさえ、池の意見にはコクコクと頷いている。

 どうやらこの選択肢は到底受け入れられるものではないようだ。

 

「じゃあ二つ目、ポイントを徹底的に節約して1週間生き延びる」

 

「そうそれ! そっちを選ぶに決まってんじゃん!」

 

「何があっても、どんな不測の事態があっても、その場にある物でなんとかする。正真正銘のサバイバル生活だ。勿論、食料が確保できなければ食事は無しだし、テントが壊れたら野宿だね。島を汚すのがご法度な以上、その辺りで用を足すのもダメだ。一個の簡易トイレを全員で回しながら原始人じみた生活を送る。そうすればポイントは減らないし、夏休み明けの懐は潤うね」

 

「うっ、それは……」

 

 池も流石にそれはキツイと考えたのか、少し苦い顔をする。

 

「無理無理無理! 絶ッ対無理!」

 

 篠原は断固拒否の姿勢だ。

 

「そ、そんな極端なことしなくても、ポイントは適宜使えばいいんじゃないかな?」

 

 柚椰の選択肢が極端だったからか、平田がそう進言する。

 

「でも現にこうして買う買わないで争っているだろう? それも娯楽品などではなく衛生面においては必要と言わざるを得ないトイレで」

 

 そう言いながらチラリと見られた池と篠原はウッと言いながら目を逸らす。

 

「そもそも必要な物なんて、それこそ男女に関わらず人によって違うものさ。川の水なんて飲めないという人にとってはミネラルウォーターが欲しいだろう。不潔な身体で1週間も過ごせないという人にとってはシャワーが欲しいだろうね。でもそれを買うかどうかの判断の度に、こうして長ったらしく言い争っていたらキリがないと思わないかい?」

 

 ぐうの音も出ない正論に池と篠原だけでなく平田も口を噤んだ。

 

「さて、じゃあ三つ目の選択肢だけど、これが一番現実的だと思うんだ。衣・食・住。全員が納得できる最低ラインをポイントで確保して、その上で1週間生活する」

 

「それが一番ベストかもしれないね」

 

 一番良い選択肢だと判断したのは平田だった。

 

「勿論”全員が”という点が何より重要だよ。誰か一人でも生活にストレスを感じるならそれは補うべきだ。ストレスというものは溜まれば身体に悪影響なだし、結果としてリタイアを招きかねない」

 

「黛、それは流石に甘いんじゃないか?」

 

 そう異を唱えたのは幸村だった。

 

「この試験は他クラスとのポイント差を埋める千載一遇のチャンスなんだぞ? 一人の不満に貴重なポイントは使えない。僕はいつまでもDクラスに居るつもりはないんだ」

 

 どうやら彼は少しでも上のクラスに上がるためのチャンスをモノにしたいようだ。

 そのためにも、柚椰の提示した選択肢は甘すぎると考えているらしい。

 

「幸村、この試験において最も避けなければならないことはなんだと思う?」

 

 異を唱える幸村に柚椰はそう尋ねる。

 

「避けなければならないこと……それは勿論ポイントの無駄遣いだろう」

 

「いいや、それは違うよ」

 

 自信ありげに答えた幸村に柚椰は首を横に振った。

 

「この試験において最も危惧すべきこと。いや、最も恐ろしいことはね──」

 

 

 

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()ことさ」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「──っ!?」」」」

 

 その言葉を聞いたクラスメイトに激震が走る。

 彼の言葉はあまりに物騒。あまりに突拍子も無い。荒唐無稽な仮定。

 そう、考えすぎとしか言えないものだろう。

 

「ちょ、ちょちょちょっと待てよ! 流石に考えすぎじゃねぇ?」

 

「そ、そうだよ! クラスが崩壊するなんて大げさだよ」

 

「……」

 

 池と櫛田が柚椰の話を否定する。

 しかし平田は何か思うところがあるのか黙り込んでいた。

 他の生徒は池と櫛田同様、柚椰の発言は考えすぎだと思っているらしくどこか楽観的だった。

 

「そうかい? 集団生活なんてものは否が応にも不満が溜まるものなんだ。ましてやこの特殊な状況下であれば、その不満はさらに溜まりやすい。ついさっきまで、池と篠原は言い争っていた。そしてその論争はまだ決着がついていないね? ここで強引に多数決を取ってどちらかの意見が採用されても、少数派は不満を抱えたまま次へ進む。そして次にまた何か必要なものが出てくれば、同じように論争をして多数決。多数決は民主主義に則った素晴らしい決め方だけど、少数派はどうしても不満を募らせてしまうんだ。その小さな不満は火種になって蓄積する。水面下で少しずつ、息を潜めて、着実に。そしてその火種はある時、()()()()()()()()()()で、()()()()()()()()()爆発してしまう」

 

 柚椰の言葉に一同は生唾を飲んだ。

 ただの仮定の話でしかないにも関わらず、不思議とそうなってしまうかもしれないと思わせる。

 皆が皆、柚椰が語る仮定の未来に不安を覚え始めた。

 

 

「この試験でのポイントは、試験終了後にクラスポイントに加算される。それは学校が俺たちに与えた一つの()()なんだ。このルールによってポイントに執着して周囲に我慢を強いる者、この1週間という期間を日常と同じように過ごしたいと思う者、そもそも試験後のプラスを考えず、この1週間を快適に過ごしたいと思う者。こうやってクラスメイトの中で必ず考えが分かれてしまう」

 

 その言葉に先ほど対立していた者たちは皆一様に顔を俯かせる。

 

「目指す方向が違えば、必然的に足並みは揃わない。全員が腰をロープで繋がれた状態で各々が全く違う方向へ歩き出すようなものさ。この試験において何より重要なことは、他クラスよりポイントを残すことでも稼ぐことでもない。いかにして()()()()()()()()、だよ」

 

「そのために全員が最低限マシな生活ができる環境を確保する、ってことか?」

 

 柚椰の言葉を一通り聞き終えた幸村がそう尋ねる。

 その問いに柚椰はコクリと頷く。

 

「だって悔しいとは思わないかい? 学校側は暗に俺たちにこう言ってるんだ。『どうせお前らは自分のことしか考えてない奴らだ。そんなお前らに集団生活なんて無理だろ? 一致団結なんて出来るわけがないんだからさっさと諦めろ』とね。この試験を考えた人間は、今頃涼しい部屋の中でビールでも飲みながらゲラゲラと笑っているだろうさ」

 

「ナメられたもんだな……!」

 

 闘争心に火がついたのか、そう声をあげたのは須藤だった。

 彼と同じように、池や一部の男子たちも怒りを露わにし始める。

 

「だな。要は俺たちが争うのを期待して楽しんでるってことじゃねぇか!」

 

「ふざけやがって、バカにするのもいい加減にしろ!」

 

 先ほどまで仮設トイレに反対していた男子たちは怒りの矛先を学校側へと変えた。

 

「確かに黛の話を聞く限り、この試験を考えた人間は相当性格が悪いみたいだな。ここまでコケにされると正直怒りでどうにかなりそうだ」

 

 幸村もこの試験の底意地の悪さに反吐が出るのか、顔を顰めている。

 

「前言撤回だァ! 篠原!」

 

「ひっ!? な、なによ!」

 

 いきなり大声で名前を呼ばれて篠原は飛び上がった。

 

「悪かった! 俺も節約節約って意固地になりすぎた。ここでいつまでも争うのは学校の思う壺だよな。自分のことばっか考えてて悪かった」

 

 そう言って勢いよく頭を下げる池。

 事情を知らない者からすれば急激な心変わりに映るだろうが、この場においては違う。

 先ほどまで話していた内容が内容だったため、篠原も思うところがあるようだ。

 その証拠に彼女もバツが悪そうに目を逸らしながらも口を開く。

 

「わ、私も……ごめん。ちょっと感情的になってたかも。そうだよね。皆で生活するんだから協力していかないとだもんね」

 

 池と篠原はお互いの非を認め、和解したようだ。

 同じように対立していた者たちも、お互いの気持ちを考えるようになったのか、既に敵対意識はない。

 

「さて、どうやら意見は纏まったみたいだね」

 

「うん、そうだね。ありがとう黛君」

 

 平田はクラスを上手く纏めた柚椰に礼を述べた。

 

「俺はただ口が上手いだけだよ。最終判断は君がするんだ。俺は精々参謀辺りに置いておいてくれ」

 

「じゃあ今後も頼りにさせてもらってもいいかな?」

 

「勿論。俺で良ければ力になるよ」

 

「ありがとう」

 

 柚椰の承諾に平田は笑顔で礼を言った。

 そして彼はクラスメイト全員を見渡す。

 

「じゃあ僕たちDクラスの方針は、黛君の提示した選択肢の三つ目。皆がとりあえず納得できるような環境を整えて生活するってことでいいかな?」

 

「「「さんせーい!」」」

 

 平田の決定にクラスメイトたちは大きな声で肯定した。

 声に出さなかった一部の生徒も、その決定には肯定の様子だ。

 

 

 こうしてDクラスは特別試験における方針を決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
仮想敵を作ることで団結を促す口八丁の黛君でした。

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