ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:夏葉真冬

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彼は仮説を検証する。

 

 

 

自己紹介の一幕から数時間が経過した。

入学式は滞りなく行われ、生徒は再び教室で軽くホームルームをした後に解散となった。

するとゾロゾロとクラスメイトたちが身支度を整えて教室を出て行き始めた。

7割近くの生徒は学生寮へ帰るようで、残る3割はいくつかのグループに分かれて早くも遊びに繰り出すつもりのようだ。

 

「あ、ねぇねぇ黛君っ」

 

鞄を肩に掛け、教室を出ようとした柚椰に櫛田が声をかけてきた。

 

「今からみんなと軽くお茶しにいくんだけど、一緒に行かない?」

 

どうやら用件は遊びのお誘いだったようだ。

入学初日にして、早くもクラスの中心的立ち位置を獲得した櫛田からの直々のお誘い。

彼女に直接誘われたという羨ましさに、同行する予定だった男子たちは柚椰を睨んでいた。

そんな男子たちの視線が痛いからか、柚椰は苦笑いしながら頭を掻いた。

 

「あー、俺もみんなとお茶したいのは山々なんだけど...

 ちょっと先に行きたいとこあるんだよね。だからごめんね」

 

「行きたいとこって?」

 

「寮生活だし日用品を買いにね。

 新年度だから混むだろうし、早めに買って揃えとくかなって」

 

「なるほど~黛君頭良いね!」

 

「生活力あるのは櫛田的にポイント高いかな?」

 

「うんうん、高い高い!」

 

誘いを断ったにも関わらず櫛田から好感を得たことに、見ていた男子たちは一層嫉妬の篭った視線を柚椰にぶつけた。

そんなことに気づいているのかいないのか、尚も柚椰は櫛田と会話を続けた。

 

「あ、なんだったら櫛田の分も買っとこうか?

 ティッシュとかタオルとか、消耗品なら男女関係なく使うだろう?」

 

「なっ!?」

 

「あんにゃろー!?」

 

「こうもさり気なく紳士ぶりをアピールしやがるとは!」

 

柚椰がした提案を耳に入れた男子たちは皆戦慄していた。

自然に女子に優しくし、自らの存在をアピールする手腕。

既に男子たちの中で、黛柚椰は抜け目のない奴だという認識で固まった。

尤も、当の本人である柚椰はそんなことは一切考えていないのだが。

 

 

「えぇっ!?そ、そんなの悪いよ~!黛君に余計な荷物増やしちゃうし」

 

「気にしなくていいよ。男手なんて使えるときに使っとくものさ。

 代わりに立て替えておくくらい構わないよ」

 

「うーん、じゃあお願いしちゃおっかな?」

 

櫛田は柚椰の厚意に素直に甘えることにしたようだ。

 

「はいよ、任せといて。

 あ、部屋番号教えてくれれば後で部屋まで届けるけど?」

 

「と、届けてくれるの!?」

 

まさかそこまでやってくれるとは思っていなかったのか櫛田は驚いていた。

聞いていた男子たちも驚いている、というよりキレている。

男子たちからすれば柚椰は入学初日、今日知り合った仲にも関わらずグイグイ攻めているように見えるからだ。

 

「手を出すなら終いまでってのが俺のポリシーでね。

 俺の部屋にあるから取りに来いってそれじゃあ結局櫛田に持たせることになるでしょ?

 荷物になる物もあるし、最後までやらせてよ。

 あ、でも流石に男に部屋番号教えるのは女性的に不味いかな?」

 

「う、ううん!黛君のことは信用してるから平気だよっ!...意地悪だけど」

 

「聞こえてるよー」

 

「てへっ」

 

櫛田は自分で頭をコツンと突いて照れ笑いを浮かべた。

あざといと言われても仕方のない行為だが櫛田がやると何故か自然に感じられる。

現に男子たちはハートを射抜かれている様だ。

 

「まぁいいや、じゃあ帰ってきたら連絡して。持っていくから」

 

「分かった!じゃあお願いしますっ」

 

「はい、お願いされます」

 

最後に軽く言葉を交わし、二人は会話をそこで終えた。

あまりに自然な二人のやりとりは、本当に今日知り合ったばかりなのかと疑いたくなるほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(これから先は、僕の仮説を立証するために必要な調()()だ)」

 

敷地内に設けられているコンビニに入店すると、柚椰は店内を注意深く観察し始めた。

店員や利用している生徒、そして陳列されている商品一つ一つを彼は見ていく。

 

「(生徒の収入源であるポイントが流動的であるならば、大なり小なり貧富の差が生まれるはずだ)」

 

生徒の実力がそのままポイントに反映され、それが生徒の月収入となるというのなら、

月に10万貰える生徒もいれば、月に5万、いや3万という生徒もいる可能性がある。

当然使える額が減れば買えるものの範囲も狭くなる。

先月まで買えていたものが今月は買えないということもありえない話ではない。

浪費癖がついている生徒の場合、ポイントが減るという現象は最悪だろう。

 

「(節約を心がけると言っても限度がある。であれば当然何処かにあるはずだ)」

 

柚椰は店内を物色しながらも、自分の必要な物と、先ほど櫛田に頼まれた物を一通りカゴに入れていった。

ティッシュやタオル、トイレットペーパー、台所洗剤や石鹸などの消耗品を取り敢えずカゴにぶち込む。

 

「(生きていく上で...いや生徒として相応しい身嗜みを整えるというのは学校も望んでいるはず)」

 

彼は思案しながら店内を歩いていた。

そしてカップ麺のコーナーを通りかかると──

 

 

「あれ?綾小路じゃないか」

 

「え」

 

「あら、良かったじゃない綾小路君。貴方の存在を認知してくれている人がいて」

 

カップ麺を手に取っている綾小路と、一人の女子生徒を発見した。

 

 

「俺の名前、覚えているのか...?」

 

綾小路はどこか感動した様な顔で柚椰に尋ねた。

まさかそんなことを尋ねられると思っていなかった柚椰はキョトンとした。

 

「さっき自己紹介してたじゃない。そりゃ覚えてるよ。

 綾小路清隆、得意なものはないけど皆と仲良くできるように頑張りますって」

 

「ふっ、なんの捻りも面白味もない、実に貴方らしい自己紹介ね綾小路君」

 

「放っておいてくれ...自己紹介って結構緊張するんだぞ」

 

柚椰によって明かされた綾小路の自己紹介の内容を聞いて、女子生徒は小馬鹿にするように笑った。

対する綾小路は先の自己紹介の時の記憶が蘇ったのかどこか項垂れている。

 

「確かに特技とか趣味とか、ウケる自己紹介って結構難しいしねぇ。

 あれはあれで無難で良かったと思うよ?」

 

「そう言ってもらえると幾分楽になる...そういうお前は黛、だよな?」

 

「あぁ、黛柚椰。苗字でも名前でも適当に呼んでくれていいよ。

 それでそちらさんは──」

 

「......」

 

柚椰がそれとなく隣にいる女子生徒に名前を尋ねたが、当の女子生徒は沈黙を貫いていた。

 

 

「おい堀北、聞かれてるぞ」

 

「言ったでしょう?私は友人を作るつもりはないの」

 

綾小路が名前を名乗るように促したが、堀北と呼ばれた生徒はバッサリと切り捨てた。

取りつく島もない態度に普通ならそこで気まずさが生まれるはずだ。

しかし──

 

 

「堀北って言うのか。下の名前は?」

 

綾小路が苗字を口にしたのを柚椰は逃さなかった。

そして改めて今度は下の名前を聞こうと尋ねた。

 

「貴方のせいで苗字が知られたじゃないの」

 

「たかが苗字だろうが...っていうか、ここまできたらもう諦めて名乗れよ」

 

女子生徒は余計なことをしてくれたと言わんばかりに綾小路を睨んだ。

しかし綾小路も面倒臭いのか、いい加減諦めろと再度彼女に促した。

するとようやく折れたのか、女子生徒は心底鬱陶しそうに──

 

「堀北鈴音よ......別に覚えなくていいわ」

 

あまりにも愛想なく名前を名乗った。 

 

「うん、よろしく。しかし鈴音っていい名前だねぇ」

 

「いらないお世辞をどうもありがとう。別によろしくするつもりはないけれど」

 

笑顔で語りかけてくる柚椰を堀北はこれまたバッサリと切り捨てた。

誰にでもこの態度なのかと綾小路は改めて彼女の社交性の壊滅さに呆れていた。

 

「ところで二人は何買いに来たの?やっぱり消耗品かな?」

 

「あぁ、まぁ、そんなところだ」

 

「別に何だっていいでしょう」

 

柚椰の質問にあまりにも対照的に回答する綾小路と堀北であった。

ふとそこで綾小路は柚椰が押しているカートに視線を落とした。

 

「黛は...随分と大きな買い物だな」

 

「今日から寮生活だから日用品は揃えとかないとって思ってね。

 まして今日は入学初日だし、売り切れたりしないように早めに買いにきたんだ」

 

「でも一人分にしては多くないか?」

 

「あぁ、俺の分だけじゃないよ。櫛田の分もさ」

 

「櫛田のも?なぜ」

 

綾小路の疑問は尤もだった。

 

「んー、まぁ成り行きで?」

 

「ふっ、入学初日から女子のパシリなんて随分と腰が低いのね貴方」

 

柚椰の返答に堀北は嘲笑した。

 

「おい、堀北」

 

「あはは、別に奢りってわけじゃないさ。ただ立て替えとくだけだよ」

 

堀北の失礼極まりない発言に苦言を呈そうとした綾小路だったが、柚椰は怒ることなく寧ろ笑顔で応対していた。

その対応に、柚椰の懐の広さに綾小路は少し感心した。

 

「おっ、綾小路、堀北!見てみなよ」

 

「どうした?」

 

「何なのよ......」

 

柚椰は何かを発見したのか二人を呼びつけた。

面倒臭そうにしながらも柚椰の指す方を見る辺り、堀北も根は素直なのかもしれない。

 

 

「(そら、やはりあったぞ()()()()が)」

 

 

柚椰が見つけたのはワゴンに雑に置かれていた商品の数々。

それは歯ブラシや絆創膏や髭剃り、箱が凹んだ弁当や崩れたサンドイッチなどバラバラだ。

中にはシャンプーやボディーソープなどもある。

恐らく見切れ品かワケあり商品などだろう。

しかし驚くべきはワゴンに書かれたある文字だ。

 

「無料......?」

 

思わず堀北がそう呟いたのも無理はない。

ワゴンに書かれていたのは無料という文字、そして1ヶ月に3個までという文字だ。

 

 

「すごいね、ワケあり品って言ってもまさかタダなんて」

 

「あぁ、どういうことなんだろうな」

 

「ポイントを使い過ぎた人への救済措置かしら?随分と生徒に甘いのね」

 

興奮する柚椰と真意を計りかねている綾小路、そしてある予測を立てた堀北と反応は三者三様だった。

 

 

「んー、じゃあお言葉に甘えて三点まで頂きます」

 

柚椰はそう言うと歯ブラシと髭剃り、そしてシャンプーを手に取ってカゴへと入れた。

 

「卑しいのね。ポイントがあるのだから別に必要ないでしょうに」

 

あっさりと無料と言う言葉に釣られた柚椰に堀北は呆れていた。

しかしそんな彼女の辛辣な言葉に対しても柚椰はカラカラと笑っていた。

 

「別に何でもかんでもありがたがって貰ってるわけじゃないよ?

 1ヶ月に3個までなら、まずすぐ無くなるものは論外。

 選ぶならよく使うもので且つ月に一回程度変えるような消耗品がベストだ。

 だから歯ブラシ・髭剃り・シャンプーにしたわけ」

 

「結構考えてるんだな」

 

「生活力はあるのね、意外だわ」

 

柚椰のこの説明に綾小路はふむふむと納得していた。

そしてこれには流石の堀北も多少なりとも感心していた。

 

「どうせなら3点全て櫛田さんの消耗品にして、

 無料であることを黙ってポイントを請求すればいいのに」

 

「堀北......」

 

堀北のあまりに酷い発想に綾小路は若干引いていた。

 

「ははっ、確かにそれなら余分にポイントが貰えるね。

 でも流石にそれはしないよ。頼まれてる以上、櫛田の分はちゃんと買い物をする。

 あ、堀北、女性用のシャンプーとかボディーソープってどれがいいか教えてくれないかな?」

 

「嫌よ。貴方の頼みを聞く義理がないもの」

 

柚椰の頼みを堀北は躊躇う事なく拒否した。

 

「全部とりあえず一番安いものってのも失礼だろう?

 女子の好みは同じ女子である堀北に聞いたほうがいいと思ってさ」

 

「なんで私が貴方のお遣いを手伝わなければならないのかしら?

 大体、そんなものは本人に連絡して聞けばいいじゃない」

 

「そうか、その手があったか。サンキュー堀北!」

 

まさに天啓といったような顔で礼を述べると、柚椰は端末を取り出して櫛田へメールを送った。

 

「この程度のことで礼を言われる覚えはないのだけれど」

 

頭が良いのか悪いのか分からない柚椰に堀北は呆れたようにそう呟くと、スタスタとレジの方へ歩いていってしまった。

 

「おい堀北......じゃあな黛、俺ももう行くぞ」

 

「はいよ、明日からよろしくね!」

 

綾小路は柚椰に一言かけると、堀北を追いかけるようにレジへと向かっていった。

その後、綾小路と堀北はレジで店員と揉めている赤髪の男に出会うのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(仮説は補強されたな......()()()()()()()()()。それも下手をすれば何も買えないほどにまで)」

 

コンビニでの買い物を終えた柚椰は、一旦荷物を置きにいくために寮への道を歩いていた。

道中彼は先ほどコンビニで見つけたワゴンについて考えていた。

無料のワゴンを見つけたことで、彼の仮説が肉付けされた。

生活必需品の無料配布。

それはつまり、タダでくれてやるからその程度の身嗜みはしろということだろう。

学校のこの措置によって最低ランクの生活は保障される。

 

「(日用品がこれなら、恐らく衣と食にも何かしらの措置が取られているだろう)」

 

生活を営む上で必要な衣・食・住という三つの要素。

住は学生寮とこのワゴンで手に入る。

残る二つも最低限の何かが保障されているであろうことは想像に難くないと柚椰は踏んだ。

恐らく男女共に制服の下に着るであろう肌着や下着類は洋服店に行けば無料のものがあるであろう。

肌着類がないというのは衛生上学校側も無視はできないはずなのだから。

そして最後、食に関しては──

 

「(学食、あるいはスーパーなどに無料のメニューや食料が存在していると考えるのが妥当か)」

 

 

 

 

 

 

宛てがわれた部屋に荷物を置き、柚椰は再び外へと繰り出した。

次に向かうのはつい数時間前まで居たはずの学校。

目的は当然、自分の仮説をさらに補強するための調査だ。

 

「(ポイントは減少する。では、逆に()()()()()()()()()()()。それも自発的な手段で)」

 

学校によってポイントが減らされるということは分かった。

では、ポイントを増やすことは出来るのだろうか。

普通に考えればポイントが増えるということは自分の実力を学校側が高く評価するということだ。

それは定期テストや学校行事での成果、部活動での成果が挙げられるだろう。

しかしそれはあくまでセオリー通りの手段だ。

 

「(生徒間でのポイントの譲渡は可能。ならば必ず存在するはずだ、生徒間での()()()が)」

 

賭け事、とどのつまり博打。

それは古来からある娯楽の一種であり、人間が生み出したスリルのある遊びだ。

生徒間でポイントの譲渡が出来るというのは担任の発言で分かっている。

しかし強引な手段での取引は不可能。

仮に、学校側から貰えるポイントが少なく日常生活を送るのが困難な者が居た場合。

その生徒は必ず思うはずなのだ。

『手っ取り早くポイントを稼ぎたい』と。

それと対照的に、潤沢なポイントを有してはいるものの、もっとポイントが欲しいと考える者もいるはずだ。

となれば当然発生するのだ。

何かしらの手段を用いて行われるポイントを賭けたギャンブルが。

流石に敷地内に競馬場やカジノなどはない。

だとすれば存在しているのはあくまで学校内で、そしてあくまで表向きは賭博ではないとしているもの。

 

「(テストの点数での賭け、スポーツの賭け試合、ボードゲーム、カードゲーム、可能性はいくつかある)」

 

いくつか挙げた候補の中で、特に可能性の高いものに絞って考える。

部活動の一環として行われているという前提で考えるとするならば、それは文化部の可能性が高い。

もちろん運動部でも賭け試合というものが行われている可能性もある。

しかし、それ以上に文化部には賭けに繋がりそうな部活の候補がいくつかあることを既に柚椰は知っていた。

そして幸運なことに、彼の得意とする将棋も囲碁もチェスもこの学校には部活として存在している。

あとはポーカーでもあれば良いと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「(ひとまず今日のところは、ポイントを増やす手段があるかどうかの調査だな)」

 

黛柚椰の検証はまだ続くようだ。

 

 

 




あとがきです。
もうお分かりの通り、黛君は櫛田ちゃんに負けず劣らず二面性があります。

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