ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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王は宴へと繰り出し、彼らは格闘少女を拾う。

 

 

 

 時間は少し巻き戻り、試験開始直前。

 Dクラスの生徒の集団から少し離れたところにCクラスの生徒が集まっていた。

 担任である坂上先生が試験のルールやマニュアルの使い方などを一通り説明した。

 先生が説明を終えて去っていくと、クラスのリーダーである龍園がクラスメイト全員を見回す。

 

「テメェら、この試験のルールは頭に叩き込んだな?」

 

 ギロリと睨まれ、一同は身を竦ませ目を逸らす。

 彼らは確かに坂上先生からルール説明は一通りうけた。

 しかし、頭に叩き込んだかと言われると自信はない。

 ましてや龍園に向かって堂々とそれを宣言できる者などいなかった。

 

「チッ、まぁいい。全員がルールを把握していようがいまいが俺が理解していればどうでもいい」

 

 最初から期待などしていなかったのか、龍園は別段不機嫌になることもなかった。

 

「方針を発表する。全員耳の穴かっぽじってよく聞け」

 

 彼がそう言うと、周りは一瞬で静寂に包まれた。

 恐怖による支配は未だ健在のようだ。

 

「リーダーに関してはこの俺がやる。そして俺達Cクラスがこの試験をどう臨むかだが──」

 

 龍園はニヤリと笑みを浮かべ、その先を口にした。

 

「──この試験は放棄する。 300ポイント全て使ってバカンスを楽しむぞ」

 

 彼のその言葉にクラスは騒然とした。

 ざわざわとした喧騒を龍園は黙って傍観する。

 

「あの、龍園さん。試験を放棄するってどういうことですか……?」

 

 彼の側近の一人である石崎が恐る恐るそう尋ねる。

 

「そのままの意味だ。このクソ暑い中、無人島で皆で力を合わせてサバイバルだぁ? ハッ、ふざけろ。そんなもん俺は真っ平御免だ」

 

 唾を吐き捨てるように龍園はこの試験のコンセプトを否定した。

 

「マニュアルにポイントで買えるもんは全部載ってる。全員好きなもんを選んで好きに買って好きに遊べ。とにかくCクラスはポイントを節約するだの、協力して生き残るだなんてイイ子チャンな選択はしねぇ」

 

「で、でもそれだとDクラスの奴らに差を詰められるんじゃ……連中はただでさえクラスポイントが少ない。節約して乗り切ってくるかもしれませんよ?」

 

「石崎、テメェ無能のくせに変に真面目チャンだなぁ。えぇ?」

 

 僅かに口角を上げ、どこか可笑しそうに龍園は石崎を見る。

 彼の眼光に本能的な恐怖を感じた石崎は冷や汗を浮かべた。

 

「猿が足掻こうが所詮は猿知恵でしかねぇ。そもそも、この試験でポイントを節約して自給自足のサバイバルなんて本気でやってくるクラスはいねぇよ。いるとしたらそいつらは相当な無能だ。救いようのねぇカスだと笑ってやれ」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「つまり龍園氏はこう言いたいのですよ、石崎氏」

 

 話に入ってきたのは金田という男子。

 龍園にその知力を買われている生徒だ。

 彼はメガネをクイっと上げると、石崎を横目に語る。

 

「この試験において重要なのは、如何にして自分たちのクラスが円満に試験を終えるか。過酷な環境下でのサバイバルなど一学生たちが行うにしては些か無謀にすぎる。試験開始時の支給物資はクラス全員に行き渡るとは到底思えないほどに少ない。ポイントの消費を抑え、スポットを占有して物資を得ることは確かに試験を有利に運びます。しかし、1週間という期間を考えれば必ずどこかで綻びが生まれます。その綻びは時が経つにすれ大きくなり、そして破綻する。そうなってしまえばそれまでの苦労など水の泡。無駄な努力にしかなり得ません。重要なのは、ポイントを如何に賢く使うか。転じてそれは、この1週間をどう過ごすかに焦点が当てられます。そこで龍園氏は大胆にも、我々Cクラスの方針を当初の予定であるバカンスに決めたのです」

 

 金田の説明は概ね当たっていたのか、龍園はクツクツと笑う。

 

「金田の言ってることは概ね正解だ。この1週間、俺たちはポイントを稼ぐことも、節約することもしねぇ。この試験の本質は『自由』。なら好きに遊ぼうが自由だろ。好きなだけ遊んで、遊びに飽きたらリタイアしろ。元のポイントが0なら何十人リタイアしようがポイントは減らねぇんだからな」

 

 それはあまりに奇抜な作戦だろう。

 ポイントが0より下にはならないというルールを逆手に取った方法だ。

 しかし、試験を放棄すると言われてはいそうですかと全員が納得できるわけもなかった。

 

「それじゃあ、Dクラスの奴らとの差を自分から縮めてるようなものだろ。いくら今大差がついてるからってその差に胡座をかくようなことをするのは反対だ」

 

 龍園の方針に意を唱えたのは伊吹という女子。

 未だ彼の支配に抗う生徒の一人だ。

 彼女は自殺行為とも取れる龍園の方針に納得しかねるようだ。

 しかし彼女の反対意見を聞いて尚、龍園は愉快そうに笑った。

 

「伊吹、俺があの猿共をつけ上がらせるような真似をみすみすやると思うか? 当然アイツらを潰す策は考えてある。アイツらだけじゃねぇ。AクラスもBクラスも、一切合切引き摺り下ろす算段は立ててあるんだよ」

 

「成る程。リーダー当てですね龍園氏?」

 

 金田は龍園の真の狙いに気づいたようだ。

 彼の言葉に周りの生徒達も驚く。

 

「リーダーを当てればプラス50ポイント。だが肝心なのはそこじゃねぇ。当てられたクラスにマイナス50ポイントのペナルティが課せられるってところだ。例えば、俺たちが試験最終日にBクラスのリーダーを当てたとする。その場合、Cクラスにはプラス50ポイント、Bクラスにはマイナス50ポイント。即座に利益になるのは言うまでもねぇが50ポイントだ。だが、クラス間の差に目を向ければその倍、100ポイント分の差が縮まることになる。上のクラスへ昇る足がかりになり、同時に他のクラスの足を引くことができる。後生大事に残してやがったポイントを、せこせこ占有で稼いだボーナスを掻っ攫ってやれるのさ」

 

 これこそが龍園の作戦。

 防衛ではなく攻撃。

 徹底的に他クラスのマイナスを狙う超攻撃型。

 他でもない龍園だからこそ実行できる策だ。

 作戦の全貌を聞いた伊吹はひとまず矛を収めた。

 

「……分かった。一応は納得する。それで、リーダー当てはどうやるつもり?」

 

「詳しい作戦は俺が選出した人間にだけ教えるつもりだ。()()()()()()()()()。とりあえずベースキャンプを決めるが、場所はもう考えてある。ついてこい」

 

 そう言うと龍園はクラスメイトを置いてスタスタと先に歩き出してしまった。

 彼の後を追うように、クラスメイトも急いで移動を開始した。

 

 

 

 

 

 数十分後、Cクラスは300ポイント全てを消費した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前3時30分。

 川の畔にテントが5つ並んでいる。

 Dクラスのベースキャンプの設営は恙無く進んだ。

 川で汲んだ水も沸騰させたものや浄水器にかけたものをテントの側に置いたタンクに溜めてあった。

 ともかく水は確保できた。とあれば次に確保するものは……

 

「皆、ちょっといいかな」

 

 平田の点呼でクラスメイトが集合する。

 

「とりあえず拠点は決まって、水も十分に確保できた。次は食料と……あとは明かりの確保が必要だと思うんだ」

 

 彼の言う通り水の次は食料、そして明かりが必要だ。

 前者は当然ながら全員の食事のためには必須。

 そして言わずもがな後者も重要だ。

 夜に明かりがないというのは避けなければならない。

 支給されている懐中電灯2本では心許ない。

 何か別の方法で以って明かりを用意しなければならなかった。

 

「この辺りで焚火をするのに使えそうな枝を拾って燃料として集めておこうと思う」

 

「確かに火があると安心するもんな」

 

 池は平田の意見に肯定的なようだ。

 他の面々も焚火をするというのはいい案だと思っていた。

 

「食料確保は釣竿が4本あるから魚釣りに4人。森の中にも食べられるものがあるかもしれないから引き続いて森の探索にも行きたいね」

 

 柚椰は食料確保における具体的な役割を提示した。

 

「じゃあ魚釣りは俺が行くぜ」

 

「俺も俺も!」

 

 いの一番に名乗り出たのは須藤と池。

 彼らは釣れる自信があるのか既に釣竿を手に取っていた。

 他にも釣りに興味がある男子が2名いたため魚釣り係はすぐに埋まった。

 

「釣った魚を針から外すのって結構コツいるから出来なかったら言ってくれ。まぁ俺も釣りやったことはあっても釣れたことはあんまないんだけど!」

 

 可笑しそうにゲラゲラと笑う池。

 彼の発言に若干の不安もあるが、彼が経験者であることは確かだった。

 そのためか後で申し出た男子二人は幾分安心しているようだ。

 

「じゃあ早速行ってくるぜ。バカみてぇに釣ってきてやらぁ」

 

「大船に乗った気で待っててくれよ! 大漁で帰ってくるからさ!」

 

 須藤は自信に満ち溢れた言葉を残して早速川へと繰り出した。

 それに続くように池達も釣竿片手にその場を後にした。

 

「大丈夫なのアイツら……」

 

 池の発言もあってか、篠原は若干心配そうだ。

 彼女同様、女子も何人かは彼らの釣果が不安の様子だ。

 

「まぁまぁ、次は森の探索と枝拾いの人を決めようか」

 

「じゃあ今度は俺も探索に行くよ」

 

 柚椰は先ほど待機していたからか、今度は探索に行くと申し出た。

 同じように先ほど探索に行っていた男子も再び探索に行くと手を挙げ始める。

 そうこうしているうちに人数が一定数集まったことで、彼らは探索のために森へと入っていった。

 

「じゃあ最後、枝拾いだけどどうしようか」

 

「それくらいなら私やるー」

 

「私もー」

 

 比較的楽な仕事であるからか、女子達が一人また一人と名乗りを上げた。

 体力に自信のない幸村や外村もこれならばと手を挙げていった。

 

「その辺にあるものを適当に拾ってくればいいんだろ。なら俺も行く」

 

 他に名乗り出ている人がいるからか綾小路も手を挙げた。

 何かしら仕事をしておこうという考えなのだろう。

 ある程度人数が集まったが、問題はグループ分けだった。

 一人で出歩くのは危ないという考えから先程の探索同様2,3人ほどで1チームを作ることになった。

 しかしこれまた先程同様綾小路はあぶれてしまった。

 しかも今回はあぶれたのは彼一人だ。

 チームが決まった者達が次々出払って行く中、ポツンと残された綾小路。

 まだここにいるどこか別のチームに加えてもらおうかと考え始めた矢先、彼のもとにトコトコとやってくる者がいた。

 

「あ、あの……私も、一緒に行ってもいい、かな……?」

 

 そう、探索の時にも一緒に行動した佐倉である。

 同情から名乗り出てくれたのかと少し悲しくなった綾小路だったが、これ幸いと飛びついた。

 

「助かる。でもいいのか? 別に休んでてもいいんだぞ」

 

「大丈夫。私も、クラスのために何かしておいたほうがいいかなって……」

 

 彼女も綾小路同様、何か仕事をしておこうという考えのようだ。

 似た者同士だな、と内心ホッとしながらも綾小路は彼女の申し出をありがたく受け取った。

 

「じゃあ行くか」

 

「う、うん」

 

「な、なあ!」

 

 佐倉を伴って森へ向かおうとした綾小路に後ろから山内が声をかけた。

 彼は小走りで綾小路達のところへ駆け寄ってくる。

 

「俺も手伝ってやるよ! 人手は多い方がいいだろ?」

 

 事前に名乗り出なかった山内だが、どうやら考えが変わったようだ。

 

「いいのか? 須藤達について行って釣りの手伝いとかでもいいんだぞ」

 

「まぁほら、こういう時は助け合いだろ? なぁ、佐倉」

 

「ぁ……は、はい……」

 

 いきなり話を振られた佐倉は萎縮した様子で綾小路の背中に隠れて頷いた。

 山内とは殆ど会話したことがない彼女。

 緊張するのも無理はないか、と綾小路は内心佐倉を慮っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……ようやく一人になれた」

 

 森の中を悠々と歩く男が一人。

 彼はDクラスのリーダー、黛柚椰だ。

 出発時に一緒にいた二人のクラスメイトとは既にはぐれていた。

 いや、意図的に撒いたと言ったほうが正しいだろうか。

 一人になる時間が欲しかったため、彼は班員を置いてどんどん先へと進んだ。

 

「まずは情報収集だ」

 

 彼は頭の中で既にこの試験の作戦を練っていた。

 各クラスのベースキャンプの場所。

 島に点在するスポットの把握。

 そして各クラスのリーダーの特定。

 やるべきことは山積みだった。

 

()()()()()()()もあるんだ。仕込みはしておかなければね」

 

 ニヤリと笑い、彼は森の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベースキャンプからそう遠くない場所で、綾小路達は枝集めをしていた。

 あまり奥に行ってしまうと迷う可能性があった故の判断だ。

 

「な、なあ綾小路。ここだけの秘密にしてほしいんだけどさ」

 

 山内が枝を片手に綾小路に近づいていくと、彼の首に手を回して耳打ちする。

 

「俺さ……佐倉狙おうと思うんだ」

 

「え?」

 

「いや、櫛田ちゃんってレベル高すぎるじゃん? コミュ力も高いし。だからこの際その高い目標は捨てようと思うんだよ。それに比べて佐倉って人を苦手にしてるってか、その、男慣れ全くしてないしさ。ぶっちゃけ、この旅行で行けるとこまで行こうと思ってんだよ。多分あの手の女の子は優しく気配りできる男を演出すれば落ちると思うんだよな。何ならキスくらいまでするぜ。いやマジで。この際佐倉でオッケー。いや、佐倉がいい」

 

「この際って、今まで何一つ佐倉に絡んでなかっただろ。随分急だな」

 

「いやさ、見る目がなかったって反省してんだよ、それに関してはさ。地味だから目に留まってなかったけど、すげぇ可愛いし。アイドルだし? 胸はもう、最高だし。ジャージ着込んでも丸分かり、目立って仕方ないよな〜」

 

 ぐへへ、と手で揉む動作をする山内。

 彼が急に手伝いを申し出た理由はこれらしい。

 つまり佐倉は本命だった櫛田を諦めた末の滑り止め。

 

「(何故だろうな……()()()()()())」

 

 急に胸の内に芽生えた靄に綾小路は違和感を覚えた。

 

「だから応援してくれよ。例えば今から俺と佐倉を二人きりにするとかさ」

 

「それは応援とは言わないんじゃないか?」

 

「何だよお前、もしかしてお前も佐倉狙ってんのか? あのおっぱいか!」

 

 山内は佐倉の魅力を胸だけだとでも思っているのだろうか。

 彼の性的嗜好は置いておいて考えても、佐倉は決して楽な攻略対象ではないことを綾小路は知っている。

 櫛田と違い、佐倉は男とのやり取りにとにかく不慣れだ。 

 これが純粋に友達になりたいだけだったなら協力するのも吝かではなかった綾小路。

 しかし、異性として狙っている男と突然二人きりにさせるわけにはいかなかった。

 それは佐倉が自分のことを信用してくれていることへの対価だろうか。

 それとも()()()()()()があるのだろうか。それは彼自身にもまだ分からない。

 

「今は諦めてくれ。お前がもう少し佐倉と仲良くなったら考える。それに、早いうちに戻ってちゃんと焚火ができるかどうか試しておきたいし。だろ?」

 

 協力を取り付けられなかったことにがっくりと肩を落とす山内。

 しかし彼はすぐに気を持ち直した。

 

「ったく固いよな。まぁいいか。綾小路が佐倉狙いじゃないならいいや」

 

 綾小路はライバルではないと判断したのか、山内は楽観的だ。

 

「ほら枝しっかり集めろよ。俺も向こうでちゃんと拾うからさ」

 

 彼はそう言って自分が集めていた枝を綾小路に押し付けた。

 両手で抱えるように受け取り、地面に落とすのを阻止する。

 その後も枝集めを続けたが、佐倉は警戒しているのか一人で黙々と枝を集めていた。

 

「もうこれくらいでいいんじゃね? 他の班の分と合わせれば今日明日は平気っしょ」

 

 気がつけば燃料にするには十分すぎる量が集まっていた。

 山内の一言で枝集めの作業を終えて3人はベースキャンブへ戻り始める。

 

「なぁ佐倉、持つの手伝ってやろうか? 女の子だと大変だろ。怪我するかもだし」

 

 最初からそう切り出すつもりだったのか、山内の手には綾小路の半分ほどしか枝がなかった。

 先ほど語った作戦通り、優しく気配りの出来る男を演出するつもりらしい。

 対照的に綾小路が手伝わないことで、山内の優しさが際立つ狙いもあるのだろう。

 

「だ、大丈夫です……綾小路君、いっぱい持ってるし。手伝ってあげてください」

 

「くぅ〜! 佐倉は優しいなぁ! ったく、一人でいっぱい持つなんて欲張りすぎだぜ綾小路。ほら、半分持ってやるから貸せよ」

 

 そう言って最初に押し付けた量の半分くらいを掴んで回収する。

 佐倉に断られた場合でも優しさをアピールできる二段構えの作戦だったようだ。

 変なところで頭の回る奴だ、と綾小路は苦笑いする。

 満足そうな山内は、意気揚々と歩き出す。そんな帰り道の出来事だった。

 

「最悪……」

 

 大木に背中を預けるようにして座り込み不機嫌そうに呟く一人の少女。

 彼女はDクラスの生徒ではなかった。

 近づいてくる3人に気づくと、一度目を向けた後興味なさそうに視線を外す。

 他クラスの人間なのだから放っておけばいいことは確かだった。

 しかし少女の様子が只事ではないことに3人はすぐに気づいた。

 少女の頬には赤く腫れた跡。誰かに殴られてついたものだと一目で分かる。

 それもかなり強い力で。

 

「なあ。どうしたんだよ、大丈夫か?」

 

 傷ついた女の子を放ってはおけぬと山内が率先して声をかけた。

 

「……放っておいてよ。何でもないから」

 

「何でもないって……全然そうには見えないし。誰にやられたんだ? 先生呼ぼうか?」

 

 腫れの状態から察するに、相当な痛みを伴っていることは見て取れた。

 

「クラスで揉めただけ。気にしないで」

 

 自嘲気味に笑い、少女はそう言って山内の言葉を拒絶する。

 口調こそ強気だが、元気がないのは明らかだ。

 そして揉めたという話も穏やかではなかった。

 

「(周囲は森で囲まれている。もうすぐ日も沈むな)」

 

 綾小路は森を見回し、時間を確認した。

 日没までそう時間はない。

 このまま放置していけば、少女が遭難する可能性も考えられた。

 

「俺たちDクラスの生徒なんだけどさ。良かったらベースキャンプに来なよ」

 

 山内がそう申し出た。

 彼に同意を求められた綾小路と佐倉は少しだけ頷いて話を合わせる。

 

「は? 何言ってんの。そんなことできるわけないでしょ」

 

「困った時は助け合いっていうか、当然っていうか、な?」

 

 少女はそっぽを向いて黙り込む。

 

「私はCクラスだ。お前らの敵ってこと、それくらいわかるでしょ?」

 

「けどさ、こんなところに一人で置いておけないって。だよな?」

 

 その言葉に綾小路と佐倉も同意する。

 

「……バカだなお前ら。相当なお人好し。うちのクラスじゃ考えられない」

 

 少女は山内が折れないと察したのか、重い腰を上げる。

 

「困ってる女の子を放っておけないだけさ」

 

 山内が格好つけて親指を立てる。

 これも佐倉の好感度を稼ぐ作戦の一つなのだろう。

 しかし肝心の佐倉は彼のことを大して気にしている様子はなかった。

 むしろ極力関心を寄せないようにしているようにさえ見える。

 

「でもいいわけ? キャンプの場所を教えても。しかも案内までするとか」

 

 少女の言う通りキャンプ地が分かれば、そのクラスがどのように試験を乗り切るかが見えてくる。

 傾向と対策を練ることもできる上、Dクラスに関して言えばスポットが知られてしまう。

 

「大丈夫だ。別に何も問題はないと思うぞ」

 

 そう答えたのは綾小路だった。

 

「だよな? 問題なしってことで! 俺は山内春樹。よろしく!」

 

「……伊吹」

 

 おそらくそれは少女の名前であろう。

 自己紹介を終え、3人は伊吹を伴ってベースキャンプへ帰り始めた。

 道中、気を利かせた山内が伊吹の鞄を持とうとして一悶着があったが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、本当に最悪……」

 

 Dクラスのベースキャンプに到着し、彼らとは離れた所に腰を下ろしながら伊吹は毒づく。

 目線の先には、Dクラスの者たちが木を組み合わせて焚火の準備をしていた。

 そんな彼らをぼうっと見ながら、伊吹はここに至った経緯を思い出す。

 先ほどの場所に居たのも、山内たちに拾われたのも、全ては自分の所属するCクラスの作戦だった。

 彼女は最初からDクラスに入り込むつもりであの場にいた。

 同情を引くためにご丁寧に殴られた跡をつけて。

 彼女はこの作戦には否定的だった。

 別にリーダーである龍園の方針に反対したわけではない。

 普段は反抗しているが、この試験における作戦に関しては反対してはいなかった。

 では、彼女は何に反対していたのか。

 それは自分がスパイとして潜り込むクラスがDクラスだということについてだ。

 スパイ役は彼女以外にもう一人いた。

 そいつはBクラスの担当に充てがわれていた。

 彼女は龍園に自分がBクラスをスパイすると申し出たが、龍園はそれを却下した。

 結果、彼女はそのままDクラス担当として潜り込むことになった。

 

「(なんで私がDクラスなんだよ……ふざけんな)」

 

 彼女はDクラスには近づきたくはなかった。

 つい先日擦った揉んだがあった相手。

 目下の敵でもあるクラスに潜り込むなど面倒くさいことこの上ない。

 そんな役回りを押し付けた龍園に彼女は内心で怒りを募らせる。

 一旦そこで回想を打ち切り、彼女は再び眼前の光景に意識を向ける。

 見ればDクラスたちは無事に焚火が出来たのか興奮していた。

 

「悪いな。もう少し待ってくれ。お前のことを相談してみるから」

 

 集団から離れ、こちらにやってきた綾小路がそう言った。

 

「別に無理しなくていいって。邪魔することになって悪いと思ってるし」

 

 そう言って伊吹は自分の足元にある草を握り締め、引き抜く。

 

「どうせすぐに追い出されるよ。違う?」

 

「わからないぞ。平田ってヤツは人一倍お人好しだからな」

 

 綾小路は伊吹が追い出されることにはならないだろうと思っていた。

 クラスの中心である平田がそのような判断を下すとは思えなかったからだ。

 

「さっきは自己紹介してなかったからな。俺は綾小路だ」

 

「私ももう一度名乗ったほうがいいの?」

 

「いや、それは大丈夫だ。Cクラスの伊吹。ちゃんと覚えたからな」

 

 そう言って綾小路は再びクラスのところに戻っていった。

 彼が離れていったことで、伊吹はふぅと息を吐き出す。

 表向きには『クラスから追い出された可哀想な女の子』を演じなければならない。

 そのことへのストレスが既に苛立ちへと変わっていた。

 

「(別に、お人好しばかりの馬鹿クラスだったら私だって反対しなかったさ……)」

 

 そう、伊吹は何もDクラスが無能の集まりだったなら喜んでスパイを買って出ていた。

 お人好しばかりが集まる集団ならば、騙すことも、リーダーを知ることもそう難しくはない。

 心が痛まないかと言われれば嘘になるが、自分たちのクラスが勝つためならば喜んでやってやる。

 しかし、彼女が反対した何よりもの理由。

 彼女がこのクラスに潜り込みたくないと思っていた一番の理由。

 それは……

 

 

 

 

 

「やぁ、()()()()。久しぶりだね」

 

 

 

 

 そう言って目の前で笑顔を浮かべるこの男と出会いたくなかったからだ。

 男の名前は黛柚椰。

 伊吹澪にとって少々、いやかなり深く関わりのある男だ。

 そして──

 

 

「本当、最悪……」

 

 

 伊吹澪の人生を()()()()()()()()男だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
伊吹ちゃん、黛君の知り合いだった。

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