ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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格闘少女は彼と出会い、俺様御曹司は島を去る。

 

 

 

 中学三年生の時、ある夏の日。

 その日は取り立てて何も語ることのない平凡な一日だった。

 朝はじっとりとした蒸し暑さにうんざりしながら目を覚まし、だるい身体に鞭を打ってベッドから起き上がる。

 2年以上ほぼ毎日のように着ている制服に身を包み、朝食を口の中へと押し込む。

 見慣れた通学路を歩き、見慣れた校門を潜り、見慣れた校舎へと入る。

 高校受験を控えていることもあって、教師の授業にも熱が入っている。

 何にしてもいつも通り授業が次々進められ、放課後になる。

 部活に入っていない”私”はいつもこのまま家に帰る。

 いや、帰ろうとする。

 だけど──

 

「伊吹ぃー、ちょーっといいー?」

 

「一緒に帰ろーよー」

 

「まぁ、アンタに拒否権なんてないけど」

 

 これもいつも通り。

 帰ろうとすると必ず声をかけてくる女子が3人。

 三年に進級してから同じクラスになった女達。

 新学期早々、私は彼女達に目をつけられた。

 私は元々人とあまり馴れ合わなかった。

 というより、人付き合いが苦手だった。

 それは異性相手だけでなく、同性も同じだ。

 小学校の時はそれなりに友達もいたと思う。

 それなりに話す相手もいたし、一緒に遊んだこともそれなりにあった。

 でも、それが本当に友達だったかと聞かれれば……

 とにかく、この学校に私の友達はいなかった。

 連中にとって私は格好の標的だったんだろう。

 

「……今行く」

 

 朝にベッドから起き上がるのと同じくらい、いやそれ以上に重い身体に鞭を打って席を立つ。

 いつも通りの日常。いつも通りの1日。

 これから先の出来事も、いつも通りのこと。

 そうなるはずだった……

 

 

「伊吹ぃ、悪いんだけどアタシらちょっと金欠でさぁー」

 

「そーそー、だからちょーっとだけでいいからさ」

 

「今日は樋口さん一枚でいいよぉー」

 

 学校から出て、通学路の途中の路地裏に連れ込まれてお馴染みのセリフを吐かれる。

 彼女達に目をつけられてからこんなことばかり。

 元々あまり散財する性格じゃなかった私を、金を貯め込んでいる女とでも判断したんだろう。

 私が体のいい金蔓として扱われるまでにそう時間はかからなかった。

 

「もう渡すお金なんて残ってない……バイトもできない中学生にそんなにお金あるわけないでしょ」

 

 そう、貸すお金なんてもうとっくに残っていない。

 そもそもこいつらにお金を貸して返ってきたことは一度だってない。

 こいつらも最初から返すつもりもないのは分かっている。

 だから、意味なんてないと理解しているこのセリフを言うのもお決まり。

 

「はぁー?」

 

「おい伊吹、アンタ調子乗ってんじゃないの?」

 

「アンタに拒否権なんてないって言ってんじゃん」

 

 こいつらのこの反応もお決まり。

 至っていつも通り。変わらない日常。

 私だって、こいつらに思うところがないわけじゃない。

 でも、こいつらは学校ではそれなりに幅を利かせている女達だ。

 そんな彼女達に反抗すればどうなるかは容易に想像できる。

 ただ一人でいるのは慣れている。

 今までもそうだったし、これからもそうすればいいだけ。

 でも周りが敵になるなら話は違う。

 こいつらが私を潰すと表明すれば、周りは皆嫌でもこいつらに味方するだろう。

 賛同じゃなくて同調。

 自分が標的にされない為に、それが不本意なことであっても。

 

「(面倒くさい……)」

 

 心の中でつぶやいてみる。

 変わらない日常。いつも通りの日々。

 ともすればそれは、()()()()()()()()ものだってこと。

 何か違うことをしてみても、どうせこの日常は変わらない。

 いや、むしろもっと最悪な日常に変わるかもしれない。

 だったら別にいい。

 今のこの日常で私は生きていけている。

 それでいい。

 別に死ぬわけじゃないし、どうでもいい。

 

「いいからアンタは黙って金渡せばいいんだよ!」

 

 痺れを切らしたのか、連中の一人が声を荒らげて怒鳴る。

 甲高い耳障りな声。聞くに堪えない。

 こいつの声ってのはどうしてこんなに不愉快なんだろう。

 

「(最悪……)」

 

 心の中でつぶやいてみる。

 口に出してもいいけど、余計面倒なことになることをわざわざしない。

 どうせ最後は無理矢理にでも財布を取られて中身を抜かれる。

 何をしても、何を言っても変わらない。

 どうせ無駄なんだから。

 そう自分に言い聞かせて、私は鞄のファスナーを開けた。

 そのときだった──

 

 

 

 

「いじめかい? 良くないな。実に良くない」

 

 

 

 路地裏に、非日常の声が響いた。

 日常の侵入者に私は勿論、私に金を集ろうとしていた連中も目を向ける。

 そこに立っていたのは一人の男。

 背丈は高く、身体つきは細め。

 半袖の白いワイシャツに黒のスラックス。

 髪は短髪とセミロングの中間くらいの黒髪。

 顔立ちは眉目秀麗。学校にいたら間違いなく人気者になってそうなくらいには整っていた。

 男はヘラヘラしたような笑顔を浮かべてこちらに近づいてくる。

 

「なんだよお前、関係ねーだろ」

 

「そーそー、アタシら別にいじめてねぇしー」

 

「ちょーっとこの子にお金借りようとしてただけだしー」

 

 侵入者の男を女達は睨む。

 大方ただの野次馬、あるいは正義感に駆られた痛い奴とでも思ったんだろう。

 しかし連中の言葉に対しても、男は笑みを崩さない。

 

「君たち、中学生にしては結構派手な格好をしているね。制服を着ていてもその下にはアクセサリーが付けられていて、髪で隠れているけどピアスもつけている。そして鞄には付けすぎと思えるくらいのストラップ。対してそこにいる女の子は制服はきちんと着ていて、化粧も何もしていない。鞄は使い込まれていて装飾品は1つも付いていない。お友達同士のお金の貸し借りにしては、随分と見た目に差があるように見えるけどね」

 

「それはコイツがダサいだけだし!」

 

「つーか何なのお前! 関係ねぇだろっつってんじゃん!」

 

「いきなり出てきてキモいんだよ!」

 

 淡々と分析する男に居心地の悪さを感じた女達が敵意をむき出しにする。

 このまま話を続けていれば分が悪いと思ったんだろう。

 

「そうだね。関係ない。君たちがここで殴られようが襲われようが。俺は赤の他人だから、今日この日この時間この場所で君たちとこうして言葉を交わしているのも偶然の産物だ。だから君たちが俺に対していかなる感情を抱こうが関係ない。そして……」

 

 男はそこで言葉を切ると、ポケットからあるものを取り出した。

 それは長方形の薄い箱。

 私も、女達も、現代人なら誰もが見慣れたもの。

 そう、スマートフォンだ。

 

「君たちがお金を集っていた一部始終を録画した動画を、俺が君たちの学校に提出しても関係ない。よね?」

 

 男がニヤリと笑って口にした言葉に女達は言葉を失った。

 つまり目の前の男はその手に持ってるスマートフォンでずっと自分たちを録っていたんだろう。

 現場を押さえられている。

 その事実は女達の勢いを殺すのに十分すぎた。

 

「その制服、第二中だよね? 制服着たままカツアゲなんて録ってくださいと言っているようなものだよ? あぁ、安心していいよ。第二中には俺の友達がいるから、送りつけておけば明日にでも先生が君たちを呼び出すんじゃないかな。君たちみたいな派手な見た目をした子たちを、先生が目をつけてないことはないだろうからね。ちょうどいいお説教の材料が出来て先生たちも喜ぶさ。そうなれば後は先生と君たち、あとは君たちの親御さんも呼んで三者面談だ。うん、実に面白いことになりそうだと思わないかい?」

 

 男はペラペラと、矢継ぎ早に、心底楽しそうに喋る。

 彼が喋れば喋るほど、女達の顔は青ざめていく。

 その姿に私は内心こう思っていた。

「ざまぁみろ」ってさ。

 心の中でそう思っていると、男がチラリとこちらを見た気がした。

 

「さて、じゃあ君たちに選択肢をあげようか。君たちがここで大人しく立ち去れば、俺は君たちを見逃してあげよう。あぁでも、またその子に絡んだりしたら.......」

 

「い、行こうよ!」

 

「うん!」

 

「伊吹! アンタ覚えてなよ!」

 

 男の言葉を聞き終わるより先に、連中は急ぎ足で逃げていった。

 路地裏に残っているのは私と男の二人だけ。

 呆然と立ち尽くす私。

 その私に、男はゆっくりと近づいてきた。

 

「怪我はないかな?」

 

「……はい」

 

 男が年上に見えたそのときの私は、思わず敬語でそう答えていた。

 

「ありがとう……ございました……」

 

「気にしなくていいよ。俺は本当にたまたま通りかかっただけなんだ」

 

 私が口にした礼の言葉に、男は柔和な笑みを浮かべて答えた。

 変わらない日常。いつも通りの日々。当たり前の日常。

 変わることのない日常。変わることのない日々。変わることのない日常。

 それが──

 

 

「俺は黛柚椰。よろしくね」

 

 

 目の前の男によって、変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだね。こうして直接話すのはほぼ一年ぶりかな?」

 

「そう……だな」

 

 隣に座り、思い出深そうに語る柚椰に対して、伊吹は体育座りで抱え込んだ足をギュッと抱きしめる。

 

「同じ高校に進学したんだから話しかけてくれればよかったのに。寂しいな」

 

「……アンタだって私に話しかけてこなかったじゃん」

 

 眉を下げて悲しそうに呟く柚椰に白々しいと言うように吐き捨てる伊吹。

 両者の相手に対する感情の浮き沈みは正反対と言えるだろう。

 

「俺は君のことをとても気に入っているんだよ? 初めて出会ったときに比べて君は大きく変化した。君は進化したんだ。今でもあのとき君に出会ったことは運命だと思っているよ」

 

「──っ!」

 

 柚椰の言葉が癇に障ったのか、伊吹は彼をキッと睨む。

 

「アンタが私を救ってくれたことには今でも感謝してる。アンタが救ってくれたから私は変われた。でも、アンタがどうしようもないほどに狂ってるってことも私は嫌ってほど知ってる」

 

「酷いな。()()()()()柚椰と呼んでくれてもいいんだよ?」

 

「誰が……!」

 

 思わず声を荒らげそうになる伊吹を柚椰は面白そうに笑う。

 

「初めて出会ったあのときから、君は少しずつそれまでの日常から離れていった。いや、正確にはそれより前の日常に戻ったという認識のほうが正しいね。でも最後の最後、君が明確に変化した()()()()()()。それを引いたのは他ならない()()()()()()だということを忘れてはいけないよ?」

 

「っ……!」

 

 柚椰の言葉に思うところがあるのか、伊吹は言葉を飲み込む。

 そう、彼女が大きく変わることになった分岐点。

 それは目の前の男と出会った日ではない。

 それより後、正確には彼と過ごすようになってからしばらくした()()()()()()

 彼女が今の彼女になった原点にして原因。

 それを引き起こしたのは、引き起こさせたのは紛れもない自分自身であることを、彼女は理解していた。

 

「君は()()()()()。だから俺はそれに()()()。それだけのことだよ。俺は()()()()を後悔はしていないし、むしろ良かったことだと思っているよ。何故なら、その証拠に今こうして君は生きていて、こうして俺と言葉を交わしている。君は新しい自分になることが出来て、俺はそんな君を見ることが出来た。お互い幸せになれたのだから上等じゃないか」

 

「……だからって、あんなことして許されるわけないでしょ」

 

「許す許さないなんてものは所詮個人の価値観だよ。第三者から見たらあの結末は因果応報、天誅といったところだろう。そもそも、何が善で何が悪かなんてものは一人一人によって違うということは、前に教えたはずだよ? 俺は自分のことを善だとは微塵も思っていない。勿論、君が俺を悪だと思うのならそれでも構わないよ。でも、俺を悪だと断じ、忌避している君は、果たして()と呼べるのかい? 結果として悪である俺を求めて、悪だと理解していた結末を叩き出した大元の原因である君は」

 

「……分かってるよ。私だって、善人じゃないってことくらい」

 

 伊吹は俯き、戒めるようにそうつぶやいた。

 その返答に満足したのか、柚椰はニコリと笑った。

 

「うん、澪ちゃんはそれでいいんだよ。あのことは君を変えたことであると同時に軛でもある。人間が変わるためには、ときとして別の何かを抱えなければいけない。君は今を生きる代わりに消えない過去、拭い去れない罪悪感を抱えて生きていく。あぁ、勿論それは巡り巡れば俺の所為であり、そもそも君が抱え込むことではないよ。でも、俺がそう言おうが他の誰かがそう言おうが、君のそれは消えることはない。何故なら他ならぬ()()()が、それを罪だと認識しているのだから」

 

「……」

 

 柚椰のその言葉に、伊吹はもう何も言うことはなかった。

 

「まぁ、昔話は尽きないけどひとまず置いておこう。今はそうだね……君が龍園クンの指示でここに来たことについて話そうか」

 

「──っ! やっぱりアンタは気づいてるってわけね」

 

 自分がここにいる理由は既にお見通しであることを理解し、伊吹は歯噛みする。

 この作戦は失敗する。

 そう確信した矢先、柚椰は予想外の言葉を口にした。

 

「この状況で他クラスの人間が来たら誰でもスパイだと疑うだろう? あぁでも、安心していいよ。俺は君の目的がスパイだと言うつもりはないんだ」

 

「は?」

 

「おや、言った方が良かったかい? 君にしてみれば、俺が黙っていることはありがたいことだと思うんだけど」

 

「そ、そりゃそうだけど……なんで黙ってるわけ?」

 

「理由はいくつかあるけど、一つは単純に興味本位だね。君がどうやってうちのクラスのリーダーを知るのか興味があるんだ。それと、うちのクラスの皆が君に対してどう行動するかに対する興味もある」

 

「……相変わらず人の行動を見て楽しむのが好きなんだな」

 

「それが生きがいでもあるからね。仕方ないさ」

 

 二人が話していると、そこに平田が綾小路と山内を連れてやってきた。

 

「あれ、黛君どうしたんだい?」

 

「ん、あぁ、見慣れない子がいたから話しかけていただけだよ」

 

 柚椰は伊吹と顔見知りであることを隠した。

 彼の発言に、伊吹も暗黙の了解であると察して黙る。

 

「そうなんだ。えっと、伊吹さん? ちょっと詳しく話を聞きたいんだけど」

 

「邪魔だろ私は。世話になったな」

 

 あくまでも自分はお呼びではないと理解しているというアピールのため、伊吹は立ち上がる。

 

「ちょっと待って。何があったのか聞かせてもらえないかな? 力になりたいんだ」

 

 語気を強めて平田が呼び止める。

 伊吹の腫れた頬を見てただ事じゃないことを察したのだろう。

 

「待ってたって変わらないこともあるだろ。そっちの時間をこれ以上無駄にさせたくない」

 

「これは試験だから、君を疑う生徒がいるのは仕方がない。だけど怪我をして、それもクラスに戻れない君を追い出すような真似はしたくない。そう思ったから、山内君もここに連れて来たんだと思う。だからちゃんと事情を聞かせてほしい」

 

「話してどうにかなる問題じゃない。それに、他クラスの私に作戦が筒抜けになるのは嫌だろ?」

 

 そっぽを向き伊吹は歩き出す。それを平田は少し強引に回り込み制止した。

 

「本当に君がスパイだったら、自分から追い出されるようなことは言わない。違う?」

 

「もういいって。私はどこか眠れそうな場所探すだけだから」

 

 伊吹はCクラスに戻るつもりはなかった。

 しかしもうすぐ太陽が沈み、夜がやってくる。

 

「この森の中で女の子一人が野宿するなんて無茶だよ」

 

「無茶でもそうするしかないだろ。私を助けても、おまえらに何の得もないんだから」

 

「損とか得とか関係ないよ。困ってる人を放り出せないだけさ。皆そう思ってる」

 

 クラスの女子が見ればコロッと落ちるような爽やかフェイス。

 そんな風に言われれば虜にされている人間に抗う術はないだろう。

 伊吹は平田の言葉を受け、自身も悟ったように重い口を開いた。

 

「クラスのある男と揉めた。それでそいつに叩かれて追い出された、それだけだ」

 

「っ! それって……!」

 

「Cクラスを纏めているリーダー格の龍園って男子だよ」

 

 目を見開く平田に柚椰が詳しい情報を与える。

 

「酷いな……女の子に手をあげるなんて」

 

「Cクラスの体制を考えればおかしなことじゃないさ。彼は逆らう相手は女子だろうと平気で殴るような人間だ」

 

 柚椰が情報を付け加えれば付け加えるほど、平田や綾小路、山内の顔が歪んでいく。

 龍園という男がどれほどの外道なのか彼らの中でマイナスイメージが蓄積されていく。

 

「これ以上詳しく話すつもりはない。匿ってもらおうとも思わないし、じゃあな」

 

「待って。君が困ってることは分かったし、事情も理解した。少し時間をもらえないかな。そしたら他の皆にも事情を話して君を置いてもらえるように頼んでみるよ。綾小路君、伊吹さんを見ててもらえるかな? 黛君は僕と来てほしい。今から皆に事情を話してくるから」

 

「あぁ」

 

「いいよ」

 

 平田は綾小路をその場に残し、代わりに柚椰を新たに連れて山内と共にクラスのところに戻っていく。

 残された綾小路に対して、伊吹は素直に思ったことを口にする。

 

「マジでお人好しだな、アイツ」

 

「多かれ少なかれ人なんてそんなものだろ。そっちも似たようなもんじゃないのか?」

 

「全然。Cクラスにはそんなお人好しなんて殆どいない」

 

 そう言って伊吹は再び地面に腰を下ろし、体育座りで顔を伏せる。

 

「そうか。そういえば、さっき黛と何を話してたんだ?」

 

「別に……名前を聞かれて、どこのクラスか聞かれただけ。あと、この顔の傷についてもどうしたのか聞かれた。それくらい」

 

「黛も平田に負けず劣らずお人好しだからな」

 

「(コイツもアイツの外面に騙されてる奴か……)」

 

 伊吹は柚椰の本性を知らない綾小路を内心笑いながらも沈黙を貫いた。

 数分後、平田たちの説得の末、伊吹をDクラスで面倒を見ることが決定した。

 中には反対を強く表明した生徒もいたが、柚椰が伊吹を殴った人間の非道さ、乱暴さを語り、平田がCクラスの点呼時のマイナスペナルティについて語ったことで納得したようだ。

 平田本人は損得など考えていなかったが、他の生徒のために実利の問題をあげることでうまく纏めたようだ。

 だがこの場所の占有権問題は非常にデリケートだ。

 伊吹には事情を説明し、不用意に装置に近づかないことを約束させた。

 リーダーを知られないための防止策だ。

 それから急いで夕食の準備に取り掛かり、日が沈む直前に料理が完成した。

 幸いにも須藤たちが魚をそれなりに釣ってきたため、それをメインにしたメニューとなった。

 他にも探索中に見つけたと思われる木の実や果物。野菜などもあったためか、初日にしてかなり豪勢だ。

 

「はい伊吹さん、これ食べて」

 

 一人距離を置いたところで静かにしていた伊吹のもとに、櫛田が料理を運んできた。

 他の生徒が食べているものと同じものだ。

 

「なんで私に?」

 

「お腹、空いてるでしょ?」

 

「折角調達した食料だろ。自分たちで食べろよ」

 

「大丈夫。思ったよりいっぱい取れたから余っただけだよ。だから気にしないで」

 

「……どいつもこいつもお人好しすぎる」

 

 そう毒づきながらも、伊吹は櫛田から料理の載せられたトレーを受け取った。

 

「遠慮せずに食べてね。それと、あとでお話ししようね。テントで待ってるから」

 

 櫛田はそう告げて自分が座っていた席に戻っていった。

 

 

 

 

 

「なぁ、綾小路」

 

 山内が食事中の綾小路に話しかける。

 

「なんだ?」

 

「いや、こうしてみるとさ、女子って結構派閥が分かれてると思わねぇ?」

 

 そう言われ、綾小路は女子グループを一通り見渡す。

 Dクラスの女子は大まかにわけて二つの集団に分かれていた。

 

「軽井沢率いる女帝チームと、櫛田ちゃんの仲良しチーム。あとそいつらと離れたところに佐倉と堀北」

 

「あぁそうだな。あの二人以外は、女子は皆どっちかのグループに入ってる」

 

「何の話だい?」

 

 山内と綾小路の会話に興味があるのか、柚椰が綾小路の隣に座った。

 

「おお、黛。いやさ、女子グループが綺麗に分かれてるって話してたんだよ」

 

 話し相手が増えたことに嬉しくなった山内が柚椰に話していた話題を軽く説明する。

 彼の説明で大体察しがついたのか、柚椰は柔らかく微笑んだ。

 

「そうだね。佐倉と鈴音以外は皆軽井沢か桔梗、どちらかのグループに入っている」

 

「やっぱお前もそう思う? でもさ、やっぱ大きなグループは櫛田ちゃんの方だよな」

 

 男子3人は再び女子の集団に目を移す。

 このクラスの女子は軽井沢チームと櫛田チームの二つに分かれている。

 しかし、その母数は櫛田の方が多かった。

 入学当初からしばらくの間は、軽井沢が幅を利かせていた。

 あまりクラスの中でも溶け込んでいない地味な女子たちも、なし崩し的に軽井沢の派閥に入っていた。

 しかし最近になって、その女子たちが皆揃って櫛田の方へ鞍替えしたのだ。

 軽井沢と櫛田、親しみやすいのは後者であることは男子もよく知っている。

 だからあまり驚きはしなかった。

 櫛田も彼女たちを快く受け入れ、仲の良い友達として接している。

 

「まぁ、桔梗は誰にでも優しい子だからね。優しい人間が上に立つ派閥の方が居心地がいいのは当然だろう」

 

「まぁなー、軽井沢ってなんかこう、偉そうだもんなー。平田の彼女だからってよぉ」

 

 山内は聞こえないことをいいことに、軽井沢への毒を吐く。

 

「女子ってのは大変なんだな……」

 

 綾小路は女子の交友関係の複雑さに苦笑いしていた。

 

「なんにしても、クラスとして纏まっているならいいんじゃないかな。派閥争いとかそういうのは桔梗も求めていないだろうからね」

 

「だな。櫛田ちゃんはそういうの嫌いだろうし、そもそも軽井沢が対抗心燃やしても櫛田ちゃんには勝てねぇって」

 

 山内はもう女子の実質的なトップは櫛田だと思っているらしい。

 

「櫛田も平田と同じ平和主義みたいだからな。女子同士で争うことはしないだろ」

 

 綾小路も櫛田に対する評価は高いようで、彼女のことを買っているようだ。

 

「まぁ、その話はここでいいとして……なぁ、佐倉一人だと可哀想だし、俺一緒に食べようかな!?」

 

 山内はさっさと話題を打ち切り、一人で黙々と夕食を摂る佐倉に焦点を当てた。

 

「やめた方がいいんじゃないか? 多分怖がられるぞ」

 

「うん、いきなり一緒に食べよう、なんて誘ったらびっくりしてしまうんじゃないかな?」

 

 綾小路と柚椰は冷静に山内の行動を制止した。

 

「くっそー。仲良くなりたいけど、引っ込み思案すぎるのも問題だな……」

 

 二人に忠告されたものの、山内は悩んでいるようでウズウズしていた。

 

「なんだよ春樹、一人で美女ウォッチングかぁ? 俺も交ぜろよ」

 

 挙動不審だった山内が気になったのか、池が新たにそこに加わってきた。

 

「なになに……っと、なんだよ佐倉か。え、なに、お前あのおっぱい見ながら飯食ってんの?」

 

 山内の視線の先を見た池は、ちょっと引きながらそう尋ねた。

 

「バッカちげぇよ! そんなんじゃねぇし!」

 

「えー、じゃあなんだよ。あ、もしかしてお前佐倉のこと──」

 

「そんなんじゃねぇって。ほら早く食おうぜ」

 

 どうやら山内は佐倉狙いに切り替えたことは内緒にしておきたいようだ。

 池の追求を誤魔化すように、ガツガツと料理をかきこんだ。

 

「ねぇ綾小路、もしかして山内って」

 

「あぁ。黛の予想で合ってる」

 

 こっそり耳元で尋ねられたことに綾小路は短く答える。

 それで全てを察したのか、柚椰はそれ以上何も聞かなかった。

 綾小路はいいタイミングだったこともあり、前に話していたことを再び話題に出す。

 

「そうだ、黛」

 

「なんだい?」

 

「昼に言ってたやつだが、点呼の後にでもいいか?」

 

 それは試験開始前に彼が柚椰に言ったことだろう。

 すぐに察した柚椰はニコリと笑って頷いた。

 彼のその反応を了承と受け取った綾小路は彼に感謝の言葉を口にする。

 

「ありがとう」

 

「気にしなくていいよ」

 

 二人が話していると、あることに気がついた平田の声が響いた。

 

「あれ、高円寺君は? 姿が見えないんだけど」

 

 彼の言葉にクラス中が周りを見回した。

 平田の言う通り、夕食の場には高円寺の姿だけが見当たらなかった。

 しかしその異変にすぐに茶柱先生が答えを寄越す。

 

「高円寺ならば、体調不良を訴えて船に戻ったぞ。勿論体調を崩したということで、既にお前たちは30ポイント差し引かれたことになる。これはルール上どうしようもない。高円寺はリタイアとなり1週間船内での治療と待機が義務付けられた」

 

「「「えぇぇぇぇぇぇっ!?」」」

 

 先生の言葉に一斉に衝撃の悲鳴が上がる。

 

「ふざけるなよ高円寺の奴! 何考えてるんだ!」

 

 普段は冷静な幸村が叫び、地面を蹴り上げる。

 ふと綾小路は隣で可笑しそうにケラケラと笑っている柚椰を見た。

 

「楽しそうだな黛」

 

「まぁ予想していたことだからね。高円寺が1週間も島で生活なんてするわけがないとは思っていたよ。彼は自然の中でのキャンプ生活より、豪華客船の中で優雅に過ごしている方が似合うだろう?」

 

「まぁ……そうだな」

 

 綾小路は頭の中で大自然に囲まれている高円寺と、豪華客船で豪遊している高円寺を想像した。

 結果、柚椰の言う通り高円寺は後者を選ぶだろうと納得したのである。

 どこまでも自由な男、高円寺六助。

 彼は以前Aクラスに上がる必要はないと言っていた。

 彼にこの試験で他クラスに勝つなんて考えは毛頭なかったのだろう。

 楽をするためにクラスが30ポイントを失おうが痛くも痒くもないのだ。

 

「いきなりマイナス30ポイントとかふざけんなよ高円寺ィ!」

 

 男子も女子も、高円寺の行動には怒り心頭のようだったが、本人は既にその場にいない。

 彼らの中で、高円寺の高らかな笑い声が響き渡った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
伊吹ちゃんと黛君の出会いの話。
そして高円寺君リタイアする。
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