ようこそ人間讃歌の楽園へ 作:gigantus
時間は巻き戻り、試験開始から1時間が経過した14時。
龍園が金田と伊吹を呼び寄せ、森の中へと連れ込んだ。
「金田、伊吹。テメェらにはこれから1週間、クラスを勝たせるために動いてもらう」
「ふむ、なるほど。読めましたよ龍園氏」
龍園が自分たちに何をさせようとしているのかを既に金田は察しているようだ。
「他クラスへ潜り込み、リーダーを探れと仰るのですね?」
「察しが早くて助かるな。その通りだ」
「なんで二人? 3クラスあるんだからあと一人要るんじゃないの?」
伊吹は呼び出されたのが自分と金田の二人であることが解せなかった。
自分たちCクラスを除けば、他クラスはA、B、Dの3クラスのはず。
にも関わらず呼び出されたのは二人。一体どういうことなのか。
幸いにも、その疑問を龍園はすぐに解消した。
「潜り込むのはBクラスとDクラスの2クラスだけだ。Aクラスは無視していい」
「ほう、してそれは何故?」
金田は興味深そうにメガネをクイっと上げる。
「Aクラスの葛城と取引をした。いわば協力関係になったってことだ」
そう言うと、龍園はジャージのポケットから折りたたまれた紙を取り出した。
彼はその紙を広げると二人にそこに記載されている内容を見せる。
『契約書』
葛城康平(以下「甲」とする)と龍園翔(以下「乙」とする)は以下の通り契約を締結する。
1.当試験において乙は甲に対し、200ポイント相当の物資を購入して譲渡する。
2.乙はBクラスとDクラスのリーダーを探り、得た情報を甲へと伝える。
3.乙が本契約の1及び2を達成した場合、甲は当試験に参加したAクラスの全生徒から毎月2万プライベートポイントを回収し、乙へと譲渡する。これは本校卒業まで継続するものとする。
4.下記に署名した者は、本契約内容に同意したものとする。
「俺たちはポイントを全て使って好きなだけ楽しむ。飽きたら道具を全てAクラスに譲る。食料と水に関してはAクラス全員が生き残れるだけの量を揃える必要があるから先に購入するぞ。とにかくこれでAクラスは俺たちのお下がりを貰って1週間乗り切れるってわけだ」
「なるほど、先ほどポイントを全て使うと仰っていたのはこのためだったということですか」
金田はルールを説明されてからすぐにここまでの策を練っていた龍園に感心しているのかニヤリと笑った。
「葛城がこの契約を結んだってことは、私たちが今回戦うのはBとDだけってわけ?」
「いいや、Aクラスも獲物だ。必ず潰す」
伊吹の問いに龍園は獰猛さを孕んだ笑みを以って答える。
「よく見てみろ。契約内容には『甲は乙の、乙は甲のクラスを攻撃してはいけない』なんて書いてねぇだろ?」
「──っ!」
改めて契約書に目を通して、伊吹は気づいた。
そして抜け目のない龍園に改めて戦慄する。
「だがAクラスに堂々とスパイを送り込めば当然警戒されるだろうな。だからAクラスにはこっちからは何もしない」
「どういうこと?」
「何もしなくてもAクラスのリーダーの情報は手に入るってことだ。
龍園は少し前に言ったことを再び口にする。
どこか含みのある言葉に伊吹は眉を顰めたが、特に深く聞くことはなかった。
「とにかく、テメェらにはこれからBクラスとDクラスそれぞれに潜り込んでもらう。割り振りだが金田がB、伊吹がDだ。いいな?」
その言葉にすぐに伊吹が声を上げる。
「はぁ? なんで私がDなんだよ」
「猿共の中に放り込むなら女のテメェの方がやりやすいと判断した。それだけだ」
「ふざけんな。誰が好き好んであんな奴らのところに行かなきゃいけないんだよ。金田がDで私がBでいいだろ」
「テメェに拒否権はねぇよ。黙って従え」
伊吹の抗議の声を龍園はバッサリ切り捨てる。
最初から彼女の反対など彼にとってはどうでもいいことなのだろう。
決定事項だとでも言うように、龍園はさっさと話を進めてしまう。
「テメェらには鞄を持って所定のクラスの奴らの近くまで行ってもらう。だが遭遇するより前に、テメェらが安心だと思う場所にこれを埋めろ」
そう言うと龍園はあるものを二人に投げてよこした。
それは掌に収まるくらいの大きさの長方形の箱。
受け取った二人は一目でそれが無線機だと分かった。
「端末を持ち込めない以上、連絡手段はその無線機だ。肌身離さず持っていれば万が一のこともある。だからスパイとして潜り込む前にどこか別の場所に隠しておけ。報告はその無線機を以って行う。いいな?」
「……」
「了解です。して、リーダーの情報はどのようにやり取りするのですか? 先の取引の内容を考えるとAクラスにも情報を流す以上、口頭では信憑性に欠けるのでは?」
「それに関してはこれを使え」
龍園は新たにもう一つ、あるものを出して二人に渡した。
「デジタルカメラだ。既に坂上からポイントで買っておいた。それでキーカードを撮影しろ。この島じゃ写真の合成なんざできねぇからな。写真に収めておけば確実な情報が手に入る」
「なるほど、理解しました」
金田は段取りについては概ね把握したのか、納得した様子だ。
「……」
反対に伊吹は未だ不満そうだった。
それほどまでに自分がDクラスの担当であることが嫌なのだろう。
「そんなに不満そうにすんな。Dクラスには
龍園が口にした「アイツ」という単語。
そして凡そ女子相手に言うにしてはあまりに最低な言葉。
それらに一層伊吹の眉間に皺が寄る。
「チッ……」
伊吹は不愉快そうに舌打ちすると、無線機とデジカメを持ってベースキャンプへ戻っていってしまった。
おそらく鞄をとりに戻ったのだろう。
後に残されたのは龍園と金田の二人。
金田もそれまで納得していた表情から一転、龍園が指している人間が思い当たったのか懐疑的な表情を浮かべていた。
「龍園氏、分かりきったことを尋ねますが、そのアイツとは黛氏のことですか?」
「あぁ、正解だ。アイツなら伊吹が自分のクラスに来ても快く迎え入れるはずだ」
「ふむ……つまり龍園氏は黛氏が伊吹氏を見逃す、と?」
金田は今ひとつ龍園が柚椰を信じている理由が分からなかった。
「黛は伊吹がスパイとして送り込まれたことにはすぐに気づくだろうよ。そしてそれを指示したのが俺だってことにもな。その上でアイツは黙ってそれを受け入れるはずだ。むしろクラスの猿共に伊吹を匿うように積極的に呼びかけることもしてくるだろうな」
「龍園氏はなぜそこまで黛氏を?」
「金田、前にアイツが俺たちの溜まり場に乗り込んできたときのことを思い出してみろ」
そう言われ、金田は夏休み前に起きた出来事を思い返した。
Cクラスが会合と称して集まっていたクラブに件の男は一人やってきた。
場違いな空気の中、男は笑みを崩さず悠々とその場に居座った。
自分たちのリーダーである龍園と対等であるかのように話す男。
時折煽るようなことを口にして、周りを戦々恐々とさせたのも記憶に新しい。
その場で男が語ったのは人間を愛しているという己の信条。
人類愛。およそ正気の人間が口にするものではないことを男は大真面目に語り聞かせた。
男が持つ人間への愛。男が掲げる人間讃歌。
おそらくあの場の誰一人とて、自分たちのリーダーである龍園でさえ理解できなかっただろう。
それほどまでに男の思考は、情愛は狂っていた。
しかし、金田は彼にどこか
全く理解できないのではなく、少し、僅かながらでも理解できる部分が存在している
別次元の人間でありながら、どこか自分たちと同じなのではないかと錯覚させる歪さ。
それが男の持つ雰囲気であり、同時に武器なのだ。
全く違う部類の人間であるはずなのに、親しみやすさを感じさせる。
あの男の恐ろしさはそういったところなのかもしれないと金田は思ったのだ。
「黛はイカれたクソ野郎だ。それはテメェも分かるだろ」
「えぇ、まぁ」
「だが、アイツの思考を深く考察してみれば、付け入る隙が見えてくる」
「付け入る隙、ですか」
「黛は人間を愛してるなんてイカれたことを口にした。だがそれは見方を変えれば大概のことは
「それに関してはクラスの結束を固めるため、と称していましたが?」
「その通りだ。つまり大きな目的のためなら誰が足掻こうが知ったことじゃねぇってのがアイツの思考なのさ。それがたとえ同じクラスの奴だろうと、アイツは大きな目的のために使い潰すし見逃す。黛は伊吹がスパイだと知っても、自分のクラスの奴らがどう動くかを見るために見逃すはずだ。アイツが掲げる人間讃歌に則って言えば、猿共が成長するのを見たいってところだろ」
「……理解に苦しみますね」
「同感だ。黛を理解しようなんて考えるのは時間の無駄だから諦めろ。アイツはどうしようもなく狂ってやがるが、頭はキレる油断ならねぇ奴だ。だがアイツは小さな動きにはさして事を起こすことはしねぇ。Dクラスは伊吹でも容易に潜り込めるだろう。だから俺は伊吹をDに当てがった」
「では伊吹さんはDクラスのリーダーの情報を得ることが出来ると?」
「いや、勝率は五分五分といったところだな。先も言ったがアイツは油断ならねぇ。今回の試験の一番の敵はAでもBでもねぇ。Dクラス、いや黛が最大の壁だ。アイツをどう上手く動かせるかでこの試験の勝敗は大きく変わると俺は考えている」
「フフッ、なるほど。龍園氏は黛氏を逆に
金田は龍園の狙いに気づいた。
我らのリーダーは、あの男を敵とするのではなく味方とする事を選んだのだ。
勿論信用はしていないだろう。
だがそれ以上に、龍園は黛柚椰という人間の異常性を買ったのだ。
彼の人類愛を逆手に取り、自身の企てを上手く運ばせる。
肝の据わりかたも、行動の大胆さも、全てが突き抜けている。
やはりCクラスのリーダーは龍園しかいないと金田は確信した。
「イカレ野郎も使いようってことだ。この試験、勝ちにいくぞ」
「ククッ、やはり我々のリーダーは貴方しかいませんよ」
Cクラスの王たる男と、その参謀たる男はこの戦いの行く末に笑みを浮かべた。
時間は進み、日が沈み夜になった20時。
Dクラスのベースキャンプでは茶柱先生の号令の下点呼が行われた。
「よし、高円寺を除けば全員いるな」
先刻リタイアした高円寺を除けば、Dクラスは全員揃っていた。
点呼によるマイナスペナルティはひとまず回避できたということだ。
「では後は寝るなり遊ぶなり好きにするといい。ただし、分かっているとは思うが朝にも点呼があるからくれぐれも寝坊はしてくれるなよ」
茶柱先生はそう言い残すとさっさと教員用のテントに戻っていってしまった。
「黛、いいか?」
「うん、構わないよ」
解散になるや否や、綾小路は柚椰に声をかける。
用件は既に伝えられているためか、柚椰は二つ返事で了承した。
この後何をするかを楽しげに話し合っているクラスメイトを他所に、二人は森の方へと歩いて行った。
「この辺りでいいか」
森に入って少し歩いたところで綾小路は足を止めて柚椰に向き直る。
「それで、昼に言っていた大事な話とは一体なにかな?」
気を遣ったのか、柚椰の方から話を切り出す。
「実はなんだが……」
綾小路は少し間を置いた後、口を開いた。
「今回の試験から、俺は本気を出そうと思う」
「ほう、それはまた随分急な話だね。突然どうしたんだい?」
柚椰は綾小路の話に少し意外そうな顔になる。
綾小路のこれまでの行いと性格を知っているからか、その心境の変化に驚いていた。
「Aクラスを本格的に目指さざるを得なくなった、ってことだ」
「茶柱先生にでも脅されたのかい?」
「……やっぱり黛は鋭いな」
暗に肯定の意を示した綾小路に柚椰はふわりと微笑んだ。
彼は近くの木に背中を預けると大まかな事情を推測する。
「先生が鈴音に言ったAクラスに上がるために必要な人材。それが俺と君の二人だった。まぁ高円寺も優秀だけど手に負えないから外したんだろうね。この前の事件の裏で動いていた俺はともかく、君はまだ大きく動いていない。恐らく先生に言われたんじゃないか? 『お前が協力していればもっと早く片がついていた』とか」
「驚いたな。そこまで分かるのか」
綾小路は改めて柚椰の推理力に驚いていた。
「茶柱先生が鈴音と同じかそれ以上にAクラスに上がることに拘っていることには気づいていたんだ。だから未だに動かない君に焦れったくなったんじゃないかと考えたんだけど、どうかな?」
「あぁ。あの人は俺に全力を出せと言ってきた」
「でも意外だね。先生に注意されたくらいで君が素直に言う事を聞くなんて。先生に入試や小テストの点数で追及されても受け流していた君らしくないな」
「……」
柚椰の指摘に綾小路は顔には出さないまでも、彼から少し目を逸らした。
「言う事を聞かざるを得ないようなことでも言われたのかい? 『言う通りにしないと退学させる』とか」
「……あぁ」
綾小路は短く肯定の意を示した。
「一教師の一存で生徒を退学になんて出来るわけがない、と言いたいところだけど……あの先生の性格を考えれば、いくらでも問題はでっち上げられるだろうね。しかも君はクラスの中では目立たない立ち位置だから、何か問題が起きたとしても抗議してくれる人が少ない。加えて健の時と違って敵が学校側なら処分を覆すのは容易じゃない。脅しとしては強力だね」
「俺も言ったよ。『アンタ、それでも教師か』ってな」
その言葉に柚椰は可笑しそうにケラケラと笑った。
「ふふっ、確かに。あの人はお世辞にも良い先生とは言えないな。大事なことは話さないし、生徒には辛辣だ。でもまぁ、メリットを提示すれば乗ってくれるだけの頭の良さはあると思うよ。君が本気を出してAクラスに導くというメリットを得る代わりに、あの人は君の身を保証する、といったところかな?」
大体の事情を把握し終え、柚椰は満足そうに空を見上げる。
「上のクラスに行くことに拘りはなく、良い成績を出すことにもあまり積極的じゃない。幸村みたいにハングリーなわけではなく、少し前の池たちのように諦めているわけでもない。君が宙ぶらりんな人間だということは気づいていたけど、退学をチラつかせられたら首を縦に振らざるを得なかったということか。約束された将来とか、至れり尽くせりの環境とか、君はそういうものに興味がないものと思っていたんだが」
「そんなことはないぞ。今回の旅行も、試験じゃなければ俺も満喫するつもりだった」
「そうか。でも、この学校も快適ではあっても最高ではないだろう? 徹底的な実力主義。弱肉強食の学校制度。外部との接触禁止。この学校は一種の隔離訓練施設だと思うんだ。俺の推測だと、君が守りたいのは快適な住環境でも、賑やかな学校生活でもない。君が求めているのはこの学校の
「黛」
そこから先は言わせないと言わんばかりに綾小路は遮る。
彼の声は硬く、どこか険しい色を帯びていた。
「それ以上は詮索しないでほしい」
「……いいよ、深くは聞かないさ」
柚椰はそれ以上詮索するのは野暮だと思ったのか話をそこで切った。
「話を戻すぞ。俺は本気を出す。ただ俺は目立つのが好きじゃない」
「うん、それで?」
「黛に俺の隠れ蓑になってほしい」
綾小路が言いたいのはつまりこういうことだろう。
自分が今後齎す成果を全て柚椰の手柄だというようにしてほしいと。
自分の存在が目立たないためのスケープゴート。
それが綾小路が柚椰に求めたことだった。
「俺を指名した理由はあるのかい?」
「お前は優秀だ。Dクラスじゃ間違いなくトップクラス。だからだ」
「隠れ蓑にするなら、クラスのリーダーである平田でもいいんじゃないかな? それこそ鈴音でも良いと思うよ」
「平田は頼めば了承してくれると思う。堀北も拒否されるかもしれないが、強引に着せてしまえばどうにかなる。だが、俺は黛がいい。お前が適任だと思った」
「おや、随分俺のことを買ってくれているんだね」
「それに、お前は約束は守るタイプだと踏んだ。口も硬いと思った」
だから、と綾小路は柚椰を真っ直ぐ見つめた。
「俺に協力してくれないか? 頼む」
真剣な眼差しでそう頼み込む綾小路。
彼のその願いを聞いた柚椰は……
「うっ……!」
何故か号泣していた。
「綾小路っ……!」
そして何故か彼は綾小路を抱きしめていた。
「ど、どうした?」
いきなり、しかも同性に抱きしめられたことで綾小路は珍しく狼狽えている。
彼の混乱を他所に柚椰はポロポロと涙を流す。
「何も言わなくていいよ。うん、皆まで言わなくても君の事情は分かったとも」
「は?」
「君がこの学校に来たのは、
「──っ!? な、なに?」
柚椰の言葉にビクリとする綾小路。
「君がこの学校を選んだ理由は恐らく外部からの干渉がされないという点。退学になりたくないということは、君はこの学校から出た瞬間に
「い、いや黛? 俺は──」
「大丈夫、言わなくてもいいさ。全部分かっているよ。君をそんな親の所になんて連れて行かせはしない。俺が君を守ってあげるさ」
「いや、そうじゃなくてだな──」
「気にすることはない。隠れ蓑にでもスケープゴートにでもいくらでもなってあげよう」
「(なんでコイツは一人でこんなに盛り上がってるんだ?)」
綾小路はなんで柚椰がこんなに泣いているのか理解に苦しんでいた。
そして柚椰の発言から彼が行き着いた結論を推測した。
恐らく柚椰の中で、自分は親に虐待されていて、そこから逃げるためにこの学校に来た。
もし退学になり学校から出てしまえば、その酷い親の所に逆戻りしてしまう。
なんて可哀想なんだ、というところだろうとあたりをつける。
「(頭の回転が良すぎてそういう結論に至ったのか?)」
彼は断片的な情報から自分の置かれている境遇を推測したのだろう。
若干違うところもあるが、彼の態度を見る限り自分に同情していることは明白だった。
なにはともあれ、この勘違いは綾小路にとってはありがたかった。
「……引き受けてくれるのか?」
「当たり前だろう? 友達じゃないか」
「そうか。助かる」
綾小路は柚椰の勘違いを利用することに決めたようだ。
事情は違えど、相手が同情して協力を買って出てくれるなら悪い話ではなかったのだ。
「なんでも言ってくれて構わないよ? 君のためなら協力を惜しまないさ」
柚椰は一人で盛り上がっているようで、綾小路を強く抱きしめる。
「そ、そうか。それはありがたい。が、ちょっと苦しい……」
協力してくれるのはありがたいが、柚椰の抱擁の強さに綾小路は少し顔を顰めた。
「ん? あぁ、すまないね」
綾小路からの抗議の声を聞き、柚椰は素直に抱擁を解いた。
ひとまずお互いに落ち着いた後、改めて綾小路は真面目な話を始める。
「それで早速で悪いが、お前に報告しておきたいことがある」
「なにかな?」
「実は最初の探索のとき、Aクラスのリーダーを見つけた」
「え、もう分かったのかい?」
あまりに早い成果に柚椰は驚いたような顔になる。
「あぁ。だが少し気になることがあってな。お前の見解を聞きたい」
「聞かせてほしい」
綾小路は洞窟のスポットを見つけたこと。
そしてそこからAクラスの生徒が二人出て来たこと。
内一人は葛城、もう一人は弥彦という男子だということ。
そして葛城という男がキーカードを握っており、自身をリーダーだと言ったこと。
葛城は上陸前からスポットにあたりをつけており、占有ボーナスを稼ぐつもりだということ。
現状Aクラスが警戒しているのはBクラスのみだということなどを話した。
「なるほどね。葛城がリーダーか」
「黛はその葛城という男について何か知っていることはあるか?」
綾小路は他の生徒についてあまり詳しくないため、柚椰の情報を求めた。
「そうだね、まずAクラスにはリーダー格が二人いる。その葛城という男子と、そして坂柳という女子の二人」
「坂柳……確か弥彦と呼ばれていた男が言っていたな」
洞窟の前で葛城ともう一人の男子がしていた話に同じ名字が出て来たのを綾小路は思い出した。
「そう、両者は派閥を作って対立している状態なんだ。俺が面識があるのは坂柳の方。彼女はかなり武闘派の人間だ」
「ということは葛城は……」
「穏健派。それもかなり用心深いタイプらしい。それが坂柳にとっては不満みたいだね」
「なるほどな……となると、尚更葛城の行動が引っかかるな」
「そうだね。周囲を警戒する素振りを見せながら堂々とキーカードを手に持って出て来ている。それに洞窟の前で長々と話しているのも、自分をリーダーだと言ったことも用心深い人間が取る行動にしては違和感があるね」
「ということは、葛城がリーダーだと言ったのはブラフの可能性が高いな」
「洞窟の近くにいたのは葛城ともう一人の男子だけだったのかい?」
「洞窟の中にも入って確かめたが、他に人の気配はなかったな」
「となると、本当のリーダーは必然的に……」
「あぁ。もう一人の方、弥彦と言われていた男だな」
「戸塚弥彦。葛城の派閥にいる人間だね」
「知ってるのか?」
「いや、直接話したことはないよ。ただ、葛城派にいる人間の中では葛城をかなり崇拝している信者らしいね」
「確かに、なにかにつけて葛城を持ち上げる口ぶりだったな」
「なんにしても、これでAクラスのリーダー当ては出来そうだね」
「そうなるな」
「大手柄じゃないか。凄いよ」
「偶然だったが、ラッキーだったな」
これでDクラスはAクラスのリーダーを当てることができる。
こちらはプラス50ポイント。そしてAクラスはマイナス50ポイントが決まった。
綾小路の大健闘と言えるだろう。
「それともう一つ、お前に報告しておきたいことがある」
「それは?」
「今日山内が連れて来た伊吹についてだ」
綾小路は伊吹を見つけたときの状況。
そしてDクラスのベースキャンプに連れてくるまでの経緯を掻い摘んで話した。
「どう思う?」
「うん、まぁ、普通に考えてスパイじゃないかと疑うよね」
「やはりそうなるか」
「そりゃあね。この状況で他クラスの人間がいたら疑うさ。龍園は俺たちが彼女に同情しやすいようにわざと殴った。そんなところじゃないかな?」
「あぁ。俺も同じ結論に至った。恐らくだが、他のクラスにも同じように潜り込ませている可能性が高い」
「明日Bクラスのベースキャンプを探して乗り込んでみるよ。Cクラスの人間がいたら疑いが強まるからね」
柚椰の申し出に綾小路はキョトンとした顔になる。
「いいのか? お前までスパイだと疑われるかもしれないぞ」
「Bクラスには一之瀬がいる。彼女に話を通してから中に入れば大丈夫だろう。現状彼女と交友があるのは俺と桔梗くらいだからね。あぁ、どうせなら綾小路も来るかい?」
「もし良かったら同行してもいいか? 単身で乗り込むよりは警戒されないだろ」
「じゃあそうしようか」
二人は明日一緒にBクラスのベースキャンプに行くことで話を纏めた。
「それと、これは黛にしか言ってないことだが」
「なんだい?」
「最初に伊吹を見つけたときに違和感があった」
「違和感?」
「あぁ。アイツの手は何故か土で汚れていた。爪にも土が付いていた」
綾小路は伊吹を拾った時に、彼女の手に土が付いているのを見たのだ。
それが彼にはどうにも引っかかるらしい。
「地面に爪を立てた跡ってことかな?」
「Dクラスのベースキャンプに来た時も、足元の草を引き抜いたりしていたから一概に怪しいとは言えないんだがな……」
「うーん、そうか。考えられるとすれば、殴られたとき地面に転がって手に付いたか、そもそもそういう癖があるのか。それとも……」
そこから先を濁して柚椰は暫し思案する素振りを見せる。
「伊吹を見つけた場所は覚えているかい?」
「あぁ。この近くで枝を拾って帰る途中だったからな」
「明日そこも見てみるのはどうだろう? もしかしたらヒントがあるかもしれない」
「そうだな。そうしてみるか」
二人は伊吹の居た場所にも明日行ってみようということになった。
「とりあえず今得た情報はこんなところだ」
「うん、分かった。それとこのことは──」
「あぁ。出来れば俺とお前の二人だけの秘密にしておきたい。他の奴らが自分で気づいたのならその限りじゃないが、こちらから教えることはしないつもりだ」
「それもそうだね。特にスパイの方は言うとかえって混乱させかねない」
「そういうことだ」
ひとまずこの話は二人だけの秘密ということになった。
「そろそろ戻るか」
「あ、先に戻っていてくれないかな? 俺は少し時間を空けて戻るよ」
「どうしてだ?」
「分からないかい? これだよ」
柚椰はそう言って自身の目元を指で差した。
彼の目元は少し腫れており、どう見ても泣いた跡だと分かる。
「二人で出て行って、片方が目を腫らして戻って来たら誤解されてしまうだろう?」
「うっ、それもそうか……」
「綾小路が泣かせたー! とか誤解されたら面倒なことになってしまう」
「確かに。黛を泣かせたとあったら、クラスから大顰蹙を買いそうだ」
クラスでも平田に次いで人気のある柚椰が泣き腫らした顔で帰って来た。
彼と出て行ったのはクラスでも目立たない地味な自分。
うん、誰がどう見ても自分が犯人だ。と綾小路は結論づけた。
このまま帰れば男女問わず自分が吊し上げられることは確定だ、と綾小路は苦笑いする。
「じゃあお前の気遣いに甘えて、俺は先に戻ってるな」
「うん、いいよ。川の水ででも冷やしてから帰るから気にしないでくれ」
「あぁ、分かった」
「じゃあまた後でね。清隆」
「え?」
いきなり下の名前で呼ばれて綾小路はポカンとした。
「俺たちは協力関係、要は相棒だ。だったら下の名前で呼び合ってもいいんじゃないか?」
そう言って柚椰は微笑んだ。
彼にそう言われ、綾小路もまた僅かに口元を緩める。
「あぁ、そうだな。柚椰」
「ん、じゃあね」
二人はそこで別れ、綾小路は一足先にベースキャンプに戻っていった。
あとがきです。
龍園君、黛君の思想を利用しようと画策する。
綾小路君、黛君と相棒になるの巻。