ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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三者三様、少年少女は奮闘する。

 

 

 

 森を抜ける直前の茂みから見えた浜辺に、Cクラスの大勢の生徒が見える。

 綾小路と堀北が見たCクラスの状況は彼らの想像の斜め上を行っていた。

 

「嘘でしょ……まさか、こんなことってあり得る?」

 

 目の前の光景に堀北は何度もあり得ないと口にしていた。

 仮設トイレやシャワーが設置されているのはDクラスも同じであったがそれ以外が問題だった。

 日光対策のタープにバーベキューセット。

 チェアーにパラソル。スナック菓子とドリンクと娯楽に必要なありとあらゆる設備が備えられていた。

 肉を焦がす煙と笑い声。

 沖合では水上バイクが駆け抜け、海を満喫する生徒が悲鳴をあげながら楽しんでいる。

 ざっと見渡すだけでも150ポイント以上を吐き出していることが伺えた。

 

「……もしかしてCクラスの取った選択は」

 

「あぁ、柚椰が言っていた最初の選択肢。ポイントを全て使ってバカンスを楽しむことにしたんだろ」

 

「確かめに行きましょう。Cクラスがどういうつもりでその選択をしたのか」

 

 茂みから二人で浜辺へと足を踏み入れ、砂を踏みしめていく。

 するとすぐに男子生徒が一人彼らに気づき、傍にいた男子に声をかける。

 相手はチェアーに体を預けているようで二人からは顔が見えない。

 すぐに男子は綾小路たちに方へ駆け寄ってきた。

 

「あの、龍園さんが呼んでます……」

 

 そう伝えに来た男子に覇気はなく、どこか怯えた様子だ。

 男子の様子を見た二人は、以前柚椰が言っていたことを思い出した。

 

「どうやらCクラスの王様は柚椰君の言う通りかなりの暴君のようね」

 

「そうみたいだな」

 

 二人は呼びに来た男子生徒に返事をして彼の後をついていく。

 そしてこの現状を指示したと思われる男の傍へと近づいた。

 

「よう、Dクラスの猿共。来ると思ったぜ」

 

「随分と羽振りが良いのね。相当豪遊しているようだけど」

 

 堀北が水着姿でチェアーに寝そべる龍園を見下ろした。

 

「見ての通りだ。俺たちは楽しい楽しいバカンスを満喫してるのさ」

 

「そう、Cクラスはポイントを残すことを捨てたのね」

 

「おうとも。こんな島でせこせこサバイバルなんて馬鹿らしいからな」

 

「それは貴方の独断かしら? だとしたら傍若無人としか言えないわね」

 

「俺がYesと言えば他の奴らもYesと言う。王である俺の言うことは絶対だ」

 

 龍園はクツクツと笑い、無線機のそばに置いてあった水のペットボトルを手にした。

 

「たった2日でどれだけポイントを使ったの。見渡すだけでも100ポイントは優に超えているように見受けられるけど」

 

「さぁ幾らだろうなぁ。ちまちま計算なんてしてねぇもんでな」

 

 そう言うと龍園はペットボトルのキャップを開け、一口飲んだ。

 すると何かお気に召さなかったのか眉を顰めて舌打ちした。

 

「チッ、もう温くなってやがる。おい石崎。キンキンに冷えた水持ってこい」

 

「は、はい」

 

 傍でバレーをしていた石崎が慌ててテントの中へと水を取りに行った。

 

「俺たちはバカンスを楽しむことを選んだ。つまり、この試験中お前らの敵にはなりようがないってことだ。わかるだろ?」

 

「そうね。目下の敵である貴方たちが早々に脱落してくれて助かるわ」

 

「ククッ。あぁ、俺たちが悠々自適なバカンスを楽しんでいる間に、お前らは少しでも差を縮められるように頑張れ。現状俺たちCクラスとお前たちDクラスの間には大きなポイント差があるんだからな」

 

「貴方たちはずっとそうやって胡座をかいているといいわ。必ず足を掬ってあげる」

 

「そうかい。じゃあ、楽しみにしてるぜ」

 

 話は終わりだと踵を返そうとした堀北だったが、一歩踏み出したところで思いとどまった。

 

「用件がもう一つあったわ。貴方のクラスの伊吹さん、うちのベースキャンプにいるわ」

 

「ほう、それがどうした」

 

「彼女、顔を腫らしていたわ。あれはどういうこと? 貴方がやったのかしら」

 

「あぁ、その通りだ」

 

 龍園はチェアーにどっかりと身体を預けて踏ん反り返った。

 

「伊吹は俺の方針に逆らった。だから力ずくでここから叩き出してやっただけのことだ」

 

 そう言って手で頬を叩くような動作を見せる。

 やはり伊吹を殴ったのは龍園で間違いないらしい。

 

「もう一人逆らった男がいたが、そいつも同じようにここから追い出した。死んだって報告は聞いてねぇから、そいつもどこかでしぶとく生き延びてるだろうさ」

 

 およそ仲間に向けるものとは思えない発言。

 しかし彼の発言で綾小路たちはあることに気づいた。

 それは、伊吹が点呼に不在でもCクラスに影響がないということだ。

 だから心配もしなければ、探そうともしない。

 

「そう、そういうこと……既にCクラスは1ポイントも残してないってことね」

 

「そういうことだ。昨日の段階でこのクラスのポイントは0。だから伊吹がどうなろうとポイントを引かれることはない。それがどれだけ自由なことか分かるか?」

 

「ポイントが0であることを逆手に取ったのね。ということは、遊びに飽きたら()()()()()()()でもするつもりかしら?」

 

 堀北がそう尋ねると、龍園はニヤリと口角を上げた。

 

「ほう、存外聡いな。まぁ、試験放棄を選んだ俺たちがどうしようがお前らには関係ないことだろ?」

 

「そうね、その通りだわ。これ以上ここにいるのは時間の無駄ね」

 

「またな鈴音」

 

「……どこで調べたのか知らないけれど、気安く人の名前を呼ばないでくれるかしら」

 

 堀北は殺意にも似た敵意を滲ませた眼光で龍園を睨む。

 

「あのクソ野郎にしてやられてからDクラスの中で目ぼしい奴を一通り調べたのさ。お前みたいな強気な女は嫌いじゃないぜ。いずれ俺の前で屈服させてやるよ。そのときは最高の気分を味わえるだろうぜ」

 

 彼はそう言って、右手を自らの股間に持っていき水着の上から触れて挑発した。

 

「そう。精々叶わない妄想に夢を膨らませているといいわ」

 

 ありったけの侮蔑を込めた目で龍園を見下した後、堀北は背を向けて歩き出す。

 彼女の後を追うように綾小路もその場を去った。

 

 

 

 

 

「Cクラスは本当にポイントを使い切ったみたいだな」

 

「そうね。でも、ただの負け犬にしては彼の目は好戦的な感情を隠し切れていない。恐らくCクラスの本当の狙いは──」

 

「リーダーを当てることによるボーナスポイント、だな」

 

 二人は龍園率いるCクラスの本当の作戦に気づいていた。

 

「それにしても、よく龍園たちがリタイアするつもりだって分かったな」

 

「簡単なことよ。点呼のペナルティが怖くないなら、()()()()()()()()()()()()()()ということ。他のクラスへの妨害行為によるプライベートポイント剥奪のペナルティ以外は彼らにとっては最早ペナルティにならない。つまりこの島を汚そうがリタイアしようが痛くも痒くもないのよ」

 

「好きなだけ遊んだあとはリタイアして船の中で豪遊、か……龍園は随分と大胆な奴だな」

 

「ただの愚か者でしょう……と、前の私なら言っていたでしょうね」

 

 そう呟く彼女の表情は真剣だった。

 

「問題はここからよ。彼の本当の狙いがリーダー当てだとして、どうやって彼は他のクラスのリーダーを知るつもりなのかしら? 貴方も見たから分かるでしょうけど、Cクラスの生徒は皆海で遊び呆けていたわ。他のクラスの偵察をしている素振りもない。なのに何故彼はあんなにも強気だったのか」

 

「もうお前は気づいてるんじゃないか? 龍園の打った手を」

 

 堀北の表情と語り口から、綾小路は彼女が既に自分と柚椰が出した結論に同じように行き着いたと確信していた。

 

「伊吹さん。そして彼が言っていた、反対していたもう一人の男子。前者は私たちDクラスに、そしてもう一人は恐らく……」

 

「AクラスかBクラスに同じように匿われている可能性が高い、ってことか」

 

「彼は二人を追い出したんじゃない。スパイとしてこちらに送り込んできた。私はそう考えているわ。伊吹さんの腫れた頬も、同情を買わせて潜り込みやすくするための演出」

 

「なるほどな。ということは、俺たちはまんまとスパイを迎え入れてしまったわけか」

 

「他人事のように言っているけれど、貴方も彼女を連れてきた共犯でしょう」

 

「伊吹を連れて行くって言い出したのは山内だぞ? 俺は波風立たないように同調しただけだ」

 

「同調した時点で同罪でしょう……」

 

 あくまでも自分は悪くないというようにしれっとしている綾小路に堀北は頭を抱えた。

 

「それで、今の結論を踏まえてお前はどう動くつもりなんだ?」

 

 綾小路は堀北を試した。

 自分と柚椰と同じ考えに至った今、彼女はどう動くのか。

 その返答次第では、彼女を仲間に引き入れるのも吝かではないと思ったのだ。

 

「Dクラスの中にも伊吹さんを100%信用しているわけじゃない人もいるでしょう。それこそ平田君でさえ、彼女がスパイだって疑いは僅かながらでも持っているはずよ」

 

「だがその上で平田は伊吹を匿うことを決めた。柚椰だって説得に参加してたぞ」

 

「平田君に関しては疑いよりも目の前の哀れな人に手を差し伸べることを選んだだけでしょう。柚椰君に関しては……もしかしたら知った上で泳がせているのかもしれない」

 

「どうしてそう思う? アイツも平田に負けず劣らずお人好しだぞ」

 

「柚椰君は平田君とは違うわ。彼は確かに優しいけれど、誰彼構わず考えなしに手を差し伸べたりはしない。彼が誰かを助けるようなことをするときは、それが自分か、あるいはその人のためになるか。考えられる可能性は二つ。柚椰君は自分がリーダーだとバレることはないっていう確信がある。あるいは伊吹さんを泳がせることで逆にCクラスのリーダーを探るつもりか。そのどちらかよ」

 

「どちらにしても全てはアイツのみぞ知るってところだな」

 

「柚椰君が傍観という選択をしたのなら、その選択には意味があるはずよ。なら私がすべきことは、伊吹さんから目を離さないこと。同じ女である私の方が彼女を監視するには適任でしょうし」

 

 堀北はこの後の自身の動きについてはひとまずそう結論づけた。

 その返答は綾小路にとってはお気に召すものだったらしく、彼はそれ以上何も言うことはなかった。

 

「ところで綾小路君、さっきからずっと気になっていたのだけれど。どうして柚椰君を名前で呼んでいるのかしら?」

 

「昨日話の流れでな。名前で呼び合おうと言ってきたのは柚椰の方だぞ」

 

「……そう。そうなの。分かったわ」

 

 帰り道、堀北は何故かずっと不機嫌そうだったと後に綾小路は語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、Cクラスはそんな感じだったんだね」

 

 一旦ベースキャンプに戻った二人は待っていた柚椰にCクラスの状況を報告した。

 柚椰は二人からの報告にはさほど驚いた様子はない。

 

「柚椰はCクラスがポイントを全て使うと読んでいたのか」

 

「クラスポイント差とクラスの特徴を考えると、一番その選択をしそうなのがCクラスだったからね」

 

「俺も実際に会ってみて思ったが、龍園はかなり大胆な男みたいだな」

 

「恐れを知らない、というよりはメリットの方が上回ってると判断すれば躊躇しないってところかな」

 

「柚椰君」

 

 男子二人が話しているとそこに堀北が入ってきた。

 彼女は相変わらずどこか不機嫌そうである。

 

「貴方は伊吹さんのこと、()()()()()()の?」

 

 彼女のその問いに、柚椰は一瞬だけ驚いたような顔をした。

 しかしすぐにその表情はニヤリとした悪どい笑みへと変わる。

 

「なるほど。その質問をするということは鈴音は気づいたのかい?」

 

「えぇ。Cクラスの状態を見て、彼らの本当の狙いがリーダー当てにあることには気づいたわ。そしてリーダーを探る方法が伊吹さんを使ったスパイ作戦だってこともね」

 

「うん、恐らくだけどそれで正解だと思うよ。龍園は他クラスにスパイを送り込んでリーダーを探らせる魂胆なんだろう。清隆、鈴音にも伊吹のことを話しても構わないかい?」

 

「あぁ。堀北は自分の力でこの結論を導き出したんだ。俺がどうこう言える立場じゃない」

 

 綾小路は堀北ならば自分たちの話し合いに参加させても良いと判断したようだ。

 彼の許しを得ると、柚椰は改めて堀北に向き直る。

 

「昨日の夜、俺と清隆は伊吹がスパイだという結論を出した。だけどこれは現時点ではあくまで推測でしかない。だから清隆から彼女を見つけたときにあることに気づいたという情報を聞いた俺は、それを踏まえて彼女と最初に遭遇した場所に何か手がかりがあるかもしれないと考えたんだ」

 

「なるほどね。綾小路君が柚椰君ではなく私をわざわざ誘った理由が分かったわ。私たちがCクラスの方へ行っている間に、柚椰君はその場所を捜索したのね?」

 

「その通り。だけど、いくら清隆が場所を覚えているとはいえそこは森の中だ。簡単に見つけることは出来ないはずだろう? にも関わらず、俺はすぐに伊吹が居たと思われる場所を見つけた。それは何故だと思う?」

 

 その問いに堀北は暫し思案する。

 すると数秒と経たずに彼女は結論を出した。

 

「森の中に目印でもあった、とかかしら?」

 

「正解。伊吹が居たと思われる場所のすぐ近くの枝にハンカチが結び付けられていたんだ。ハンカチは女性物。つまり彼女が自分で結んだものだと分かったよ」

 

「わざわざ目印を付けているということは、その場所には何かあったってこと?」

 

「それも含めて二人に詳しく話しておくよ」

 

 柚椰は堀北と綾小路二人を見渡すと自分が見たものについて話し出す。

 

「清隆、伊吹を見つけたときに彼女の手に土がついていたと言ったね?」

 

「あぁ」

 

「土?」

 

「なんでも清隆が言うには彼女の爪に土が付いていたらしいんだ。爪に土が付くということは地面に爪を立てたか、或いは地面を手で掘っていたかのどちらかだ。実際に現地に行ってみると、彼女がいた場所付近の地面で1箇所だけ色が濃かったところがあったんだ。まるでつい最近掘り起こしたみたいにね」

 

 その言葉に堀北は何かに気づいたように目を見開く。

 

「──っ! ということは」

 

「うん、その場所を掘ってみたら口を縛ったビニール袋が出てきたのさ。明らかに何かが入っている重さのね」

 

「何が入ってたんだ?」

 

「無線機。ポイントで買えるものの中にあっただろう?」

 

「! なるほどな……」

 

 柚椰が告げた情報を聞いた綾小路は合点がいったような表情を浮かべる。

 

「Cクラスのベースキャンプにも無線機が無かったかい?」

 

「あぁ。龍園が座っていた椅子の傍に無造作に置いてあった」

 

「つまり伊吹さんはDクラスのリーダーが分かり次第、その場所に埋めてあった無線機で報告を行う手筈だということね」

 

「彼女以外にもAクラスかBクラスにもスパイが潜んでいる可能性は高い。俺と清隆はこの後Bクラスのベースキャンプに行ってみようと思う」

 

「そう。なら私はここに残って伊吹さんを見ているわ」

 

 堀北がそう申し出ると、柚椰は意外そうな顔をした。

 

「意外だね。君なら一緒に行きたがると思ったんだけど」

 

「リーダーである貴方が動き回ることは一見すると危険だわ。でもそれは、あちこち移動する人間がリーダーである可能性は低いという()()()()でもある。柚椰君の狙いはそこでしょう? あえてベースキャンプに留まらずに移動し続けることで疑いの目を逸らす。伊吹さんにここに残っている人間の中にリーダーがいると思い込ませるのよね?」

 

「鈴音が俺のこと理解してくれているみたいで嬉しいよ」

 

「──っ! と、当然よ。親友なのだから」

 

 プイッとそっぽを向きながらそう呟く堀北。

 しかしその表情は心なしか嬉しそうな、けれど少し恥ずかしそうなものだった。

 

「じゃあ早速Bクラスの所に向かうとしようか」

 

「あぁ、時間は有効に使うべきだ」

 

 柚椰と綾小路はBクラスのベースキャンプを目指して出発しようとした。

 

「鈴音、あとは任せたよ」

 

「えぇ、留守は任せて」

 

 堀北にそう言い残し、二人は出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綾小路と柚椰は朝に神崎に教えられた通り、折れた大木の根元から森の中に入り進んでいく。

 学校が整備した島にも関わらず、折れた大木が放置されていることに二人は違和感を覚える。

 恐らく学校側が目印として意図的に放置しているのではないかと結論づけるとそのまま先へ進む。

 深い森を進んでいくと、わずかに風景が変化する。

 地面は大勢の人間が道を踏みならしたような痕跡があり歩きやすくなっていた。

 単純にこの跡を追っていけばBクラスのキャンプ地に辿り着くのだろう。

 案の定、程なくして二人はBクラスのベースキャンプ地へと辿り着いた。

 

「へぇ、流石はBクラス。実に快適そうな拠点だ」

 

 BクラスのベースキャンプはDクラスのそれと比べると快適という他なかった。

 テントこそDクラスより少ないが、その分をハンモックによって補っている。

 水源は井戸を確保したのか、水を汲む装置のようなものが取り付けられている。

 加えてクラスの雰囲気も良い。

 Dクラスも学校という仮想敵を作ったことで団結しているが、Bクラスは初めから統率が取れているように見えた。

 

「あれ、黛君? それに綾小路君まで。どうしたの?」

 

 二人の気配を感じ取ったのか、一之瀬が彼らの方を振り返り声をかける。

 彼女はハンモックを取り付けようと木に紐を結びつけていた。

 ジャージに身を包む一之瀬は快活な印象を一層引き立てていた。

 

「ちょっと他のクラスはどんな感じか気になってね。この試験は何かと火種には事欠かないだろう?」

 

「あはは。確かに最初は色々苦労したよ? でもなんとかね、色々意見を出し合って工夫してみたんだ」

 

 そう言って微笑み、一之瀬はきゅっと紐を結び終えた。

 

「Bクラスは協力して試験を乗り切ることにしたのか」

 

 クラスの雰囲気を見た綾小路が尋ねる。

 

「うん。ポイントは残せれば残せた方がいいけど、やっぱり皆が不満なく過ごせる環境を作るのを最優先にしたんだ」

 

 一之瀬率いるBクラスは概ねDクラスと同じ方針のようだ。

 それを聞いた二人は今一度ベースキャンプを見渡す。

 

「Bクラスは井戸を水源にしたんだね」

 

「運良くすぐに見つけられたからねー。やっぱり水の確保は大切でしょ?」

 

「確かにね。ちなみに俺たちは川を水源にしているよ」

 

「いいなー。川なら魚も獲れるし遊べるよね」

 

「Bクラスとは協力したいから、もし良ければ遊びに来るといい。”こちらのリーダー”には話を通しておくからペナルティの心配はないよ」

 

「え、いいの?」

 

 柚椰からの申し出に一之瀬は目を丸くした。

 

「勿論。良いよね? 清隆」

 

「あぁ。Bクラスには前に世話になったからな。平田たちも了承してくれると思うぞ」

 

「じゃあ皆に話してみるね。ありがとう二人とも。あ、折角だから中に入って。歓迎するよ!」

 

「いいのか? 他クラスの人間を拠点に入れて」

 

 一応建前として綾小路は尋ねるが、一之瀬は嫌な顔一つせず首を横に振った。

 

「ううん、大丈夫。私は二人のことを知ってるし、神崎君も二人ならOKしてくれると思う。他の皆も二人なら受け入れてくれるよ」

 

「じゃあお言葉に甘えるとしようか」

 

「そうだな」

 

 一之瀬の言葉を信じ、二人は中に入ることを決めた。

 

「じゃあついて来て!」

 

 そう言うと彼女は振り返り、拠点の中を案内すべく奥へ進んでいった。

 

「清隆、拠点の中にCクラスの人間がいないか探そう。伊吹同様離れた所にいるか、あるいはBクラスに積極的に協力しているかもしれない」

 

「分かった」

 

 二人は小声でそんなやりとりをしつつ一之瀬の後をついていった。

 

「見てもらったから分かると思うけど、私たちのクラスは足りないテントの代わりにハンモックを使うことにしたの。あとは調理器具とランタンと仮設トイレ。釣竿と簡易シャワー。あと食料って感じかな」

 

 一之瀬は二人に拠点を一通り紹介しつつ、ポイントで購入したものを教えた。

 購入したラインナップはハンモックを除けば大体Dクラスと同じだった。

 

「概ねDクラスと同じだな」

 

「ここにある井戸は水量も豊富で水質も良かったからラッキーだったよー。飲み水としても、シャワーの水としても使ってるかな」

 

「こちらは川の水を煮沸させたり簡易浄水器で濾したものを使っているよ。川は綺麗だったけど念のためにね」

 

「あ、そっか。マニュアルに浄水器があったもんね。確かにそうしたほうが安心だよね」

 

「Dクラスも最初はポイントを極限まで節約する派と、最低限の物を揃える派で分かれていたんだけどね。最終的に全員が納得できるラインまで設備を整える案で纏まったんだ」

 

「なるほどー。じゃあ私たちと方針は同じみたいだね」

 

「そういうことだね」

 

 三人はお互いのクラスの状況を伝え合っていた。

 BクラスとDクラスは共にクラスの纏まりを重視する方針で固まっていた。

 

「そうだ。一応聞いておきたいんだけど、私たちは協力関係ってことでいいのかな? リーダーの正体を見破るって追加ルールで、お互いのクラスを除外し合うのも手だと思うんだけど。どうかな?」

 

 一之瀬の提案したこと。

 それはBクラスとDクラスはお互いに相手のクラスのリーダー当てには参加しないという協定だった。

 つまり戦う相手をAクラスとCクラスに絞るということだ。

 

「その提案は魅力的だね。現状一番話を聞いてくれそうなのは一之瀬のクラスくらいだ。清隆はどう思う?」

 

「そうだな。一クラスでも警戒対象から外れるのはありがたい。一之瀬が構わないなら、その提案には賛成したい」

 

「もちろんオッケーだよ」

 

 柚椰も綾小路も、一之瀬の提案には肯定的だったため、協定は結ばれた。

 

「しかし、本当にBクラスは良い雰囲気だね。皆が皆、クラスのために自発的に動いている」

 

 拠点を見渡せば、Bクラスは皆楽しそうに役割を全うしているのが見て取れた。

 一重にそれはクラスの中心である一之瀬の人徳がなせる技だろう。

 

「Dクラスは誰が纏めてるの? やっぱり黛君?」

 

「いや、平田って男子だよ。俺は彼の補佐のような立ち位置かな」

 

「へー、意外だなぁ。黛君ならリーダーにも向いてると思うんだけど」

 

「まさか。俺はただその場その場で意見を出すくらいがちょうどいいんだ。最終判断を下すのは別の人間の方がいい。その点、平田はクラスの雰囲気を汲み取るのに長けているからね」

 

「そっか。でも平田君かぁー。うちの女子にもすごい人気なんだよね」

 

「やっぱり平田はクラス問わず人気なのか?」

 

 綾小路は平田の女子人気についてはやっぱりか、と納得している様子だ。

 彼も平田の物腰の柔らかさは評価していた。

 

「うん。優しそうだし、かっこいいってことで話題は尽きないよ。サッカー部でも一年生ながらもう注目選手みたいだしね」

 

「そうなんだね。あ、もし君さえ良ければ拠点をもう少し見て回ってもいいかな? うちのクラスでも出来るようなことがあれば参考にしたいんだ」

 

「いいよー。私が案内したんだし、ゆっくりしていってね」

 

「ありがとう。じゃあ清隆、少し拠点を見てみようか」

 

「あぁ」

 

 綾小路は早速拠点内をぶらつくためにその場から離れていった。

 事前に話し合っていた、拠点内にCクラスの人間が居るか探すために。

 

 

「さて一之瀬、ここからは俺と君の二人だけの話にしたいんだけどいいかな?」

 

「え、う、うん。なにかな?」

 

 いきなり真剣な声色に変わった柚椰に一之瀬は少し緊張しながらもコクリと頷く。

 

「俺たちは協力関係を結んだ。つまり戦う相手をAクラスとCクラスに絞ったことになる。だから情報を共有しておこうと思ってね。さっき清隆はCクラスのベースキャンプを偵察に行ったんだけど、どうやらCクラスはリーダー当てのみに焦点を当てているらしい」

 

「どういうことかな?」

 

「Cクラスのリーダー格である龍園はポイントを全て使って、この試験をバカンスとして過ごすことを選んだみたいなんだ」

 

「えぇっ!?」

 

 柚椰が齎した情報に一之瀬は驚いていた。

 つまりCクラスはポイントを残すことを捨てたというのだから驚くなという方が無理な話だ。

 

「ポイントが0なら誰がリタイアしても、島を汚してもそれ以上のマイナスはない。彼はそれを逆手に取ったようだ。好きなだけ遊んで、飽きたら全員で船に戻って船の中で遊ぶ。大胆な作戦だけど、選択としてはこれも悪くない選択だと思う」

 

「確かにそうだね。ポイントポイントってギスギスしちゃうよりは遊んだ方がいいっていうのは賢いのかも。じゃあ、リーダー当てに焦点を当ててるっていうのはどういうこと?」

 

「清隆が言うには試験を放棄したにしては、龍園の態度が妙に強気だったのが引っかかったらしいんだ。そこから考えると、Cクラスの真の狙いはリーダー当てによるボーナスポイントだと推測が立つ」

 

「でも、全クラス当てても150ポイントにしかならないよ? 今更そんなポイントを稼いだって意味が……!?」

 

 そこまで言って一之瀬はあることに気がついた。

 

「気づいたかい? そう。リーダーを当てるというのは自分たちのボーナスを稼ぐこと以外にも利点がある。リーダー当ての本質は、当てたクラスからポイントを奪うことなんだ」

 

「そっか。当てられちゃったクラスはマイナス50ポイント。差で考えれば100ポイント分の差が縮められるってことなんだね」

 

「その通り。つまり龍園は目下の敵であるDクラスとBクラス。そしていずれ倒すつもりであろうAクラス。全てのクラスとの差をここで縮めるつもりなのさ」

 

「侮れないね、龍園君は……」

 

「彼はかなりのやり手だと思うよ。勝負を放棄したように見せてこちらを油断させ、本当は虎視眈々とこちらの足を引こうとしてるわけだからね」

 

「でも、他のクラスのリーダーを探るのは簡単なことじゃないはずだよ。どのクラスもバレないように警戒はしているはずだし」

 

「既に手は打たれているよ。現に今、Dクラスは危機的状況に陥っている」

 

「えっ、黛君のクラスが?」

 

「昨日の夕方、うちのクラスの男子が森の中でCクラスの女子を拾ってきたんだ。顔を殴られていてボロボロになっていた女子をね」

 

「っ! まさか……」

 

 一之瀬はある可能性に思い当たった。

 龍園翔という人間を知っているならば、その可能性は否定できない。

 彼がどういう性格なのかを踏まえればおかしな話ではなかった。

 一之瀬が察したと分かり、柚椰はコクリと頷く。

 

「そう、おそらく龍園が打った策。それは他クラスの中にスパイを送り込むことだ。わざわざ痛めつけて放り出すことで、あたかもクラスから追い出されたように見せかける。結果、Dクラスはまんまとスパイを迎え入れてしまったってわけさ」

 

「ちょ、ちょっと待って! あのさ、黛君に聞いて欲しいんだけど──」

 

「お話中すいません。あの一之瀬さん。中西君はどこにいるか分かりますか」

 

 柚椰と一之瀬の話し合い中に、一人の男子生徒が遠慮がちに入ってきた。

 すると一之瀬は一瞬だけビクリとしたが、すぐに笑顔を作ってその男子に向き直る。

 

「中西君はこの時間だと海の方に行ってるはずだよ。どうかしたの?」

 

「いえ、手伝いに行こうと思いまして。余計なことでしたか?」

 

「ううん、そんなことないよ。金田君の気持ちはすごく嬉しい。じゃあ、向こうで千尋ちゃんたちのフォローをしてくれないかな。私から言われたって話せば大丈夫だから」

 

「分かりました」

 

 短いやり取りの後、金田と呼ばれた男子生徒はその場を去っていった。

 彼が去っていくと一之瀬はほっと息を吐き出す。

 そして再び真剣な顔を作り、柚椰と目を合わせた。

 

「あのね、私たちも昨日Cクラスの男の子を見つけたの。それが──」

 

「彼、ってことだね」

 

 柚椰は一之瀬が言うCクラスの男子が金田のことだとすぐに気づいた。

 

「うん、彼もCクラスの人と揉めたみたいでさ。森の中で一人でいたの。放っておけなくてここに連れてきちゃった。詳しい事情は話してくれなかったけどもしかして……」

 

「恐らくこちらと似たような感じだろうね。彼もまた、龍園に送り込まれたんだろう」

 

「そっか……」

 

 柚椰が肯定したことで一之瀬は俯いた。

 結果としてスパイと思わしき人間を拠点に迎え入れてしまったことに責任を感じているのだろう。

 

「それを踏まえて、一之瀬はこれからどうするつもりなのかな?」

 

「黛君はどうするつもりなの? スパイだって分かった今、その子を追い出すの?」

 

「いや、俺は傍観することにしたよ。幸いにもこちらのリーダーはかなり用心深い人間だ。そう簡単にはバレないだろうと思っているよ。それに......いくらスパイだとはいえ、女の子を追い出してここからは一人で過ごせなんて言うのは酷だろう?」

 

「そうなんだ……やっぱり黛君は優しいね」

 

 そう言って一之瀬は微笑んだ。

 

「俺一人の判断じゃないよ。清隆も俺の判断には賛成してくれたし、平田もそのつもりだったらしいからね」

 

「でも、黛君なら皆を説得して強引に追い出すことも出来たはずだよ? それをしなかったんだからやっぱり優しいよ」

 

「そう言って貰えると幾分か気が楽になるよ。結果として万が一の危険もある選択だったからね」

 

「私が黛君の立場でもそうするよ。だから、私も金田君を追い出したりはしないつもり」

 

「そうか。じゃあお互いリーダーを悟らせないように用心しておかないとね」

 

「うん」

 

 一之瀬並びにBクラスもまた、スパイである金田を泳がせることに決めたようだ。

 

「この後俺と清隆はAクラスのベースキャンプにも行ってみようと思う。もし場所が分かれば教えてもらえないかな?」

 

「多分で良ければ分かるよ。ここを抜けたところに開けた場所があって、右に曲がってまっすぐ行くと洞窟があるの。Aクラスはそこがベースキャンプ、っぽいかな。でも、Aクラスは徹底的に守りに入ってるっていうか、他のクラスを寄せ付けない雰囲気だったから偵察は難しいんじゃないかな」

 

「Aクラスはこの試験を堅実にこなす方針、ということか」

 

「多分そうだと思う」

 

「分かった。貴重な情報だったよ。ありがとう」

 

「いいのいいの! 協力関係なんだし気にしないで。それに……黛君のお願いだもん」

 

 一之瀬は手をモジモジとさせ、俯きながらポソリと呟いた。

 

「じゃあ俺も、その対価として一之瀬に面白い情報をあげよう。本来はポイントか何かで報酬を貰いたいくらいの情報だけど、今回はタダであげるよ。この情報に嘘はないと誓うし、使う使わないは君の自由だ。ただ、使えばBクラスは間違いなくメリットを得られることは保証するよ」

 

 柚椰の言葉に一之瀬は首を傾げる。

 そんな彼女にふわりと微笑みながら、柚椰はその先を口にした。

 

 

 

 

 

 

「この試験におけるA()()()()()()()()()。それは葛城康平の配下である戸塚弥彦だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。あけましておめでとうございます。
本年も「ようこそ人間讃歌の楽園へ」をよろしくおねがいします。
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