ようこそ人間讃歌の楽園へ 作:gigantus
3日目の昼、綾小路は初日に高円寺がした質問が気になっていたため森を探索しようとしていた。
森へ入ろうとしたそのとき、背後から駆け足でくる少女の姿があった。
「はぁっ、はぁっ、ふぅ……こ、これから綾小路君はどうするつもりなの?」
どうやら綾小路を見つけて急いで走って来たらしく、佐倉は乱れた呼吸を整えながらそう尋ねた。
「一昨日の昼に高円寺と一緒に森を探索しただろ? そのときアイツが言ってたことが気になってな」
「それって、ここがどんな風に見えるかって言ってた話?」
「あぁ。もしかしたらこの森にはまだ秘密があるのかもしれない。高円寺はどこまでも自由な奴だが、ただ会話するためにあの質問をしたわけじゃないだろ」
「た、確かに高円寺君は頭はいいもんね……もしかしたら何かに気づいたのかも」
「それを確かめるために少し森をぶらついてみようと思った」
「わ、私もついていっちゃダメ……かな? 足手纏い、だけど……」
「やめたほうがいいんじゃないか? 色々噂が立ったら困るだろ?」
「そんなの、全然気にしないよ。それに……綾小路君となら別に……」
最後の方はあまりに小さい声で綾小路には聞こえていなかった。
「じゃあまぁ、一緒に行くか?」
「うんっ」
こうして二人は一緒に森を探索することとなった。
道中、無言でいるのも変だと思った綾小路は身近な話題を振った。
「女子連中とは上手くいってるか? こういう生活だと一人じゃやってけないだろ」
「ううん、それは全然……元々クラスに話す人いないし」
自分で言っていて恥ずかしくなったのか、髪の毛をくるくる巻きながら佐倉は呟く。
「私って本当ダメだなぁ……勉強もスポーツも出来ないし、全然成長してない」
「そんなことはない。佐倉はちゃんと成長してきてるぞ」
「私が成長してる? あはは……それはないよ」
「本当だ。自分じゃ分からないかもしれないが、ちょっとずつ、だが確実に成長してる」
綾小路は心からそう思っていた。
それを態度で伝えることで佐倉に訴えかけていた。
彼の気持ちが伝わったのか否か、佐倉は歩みを止め、綾小路を見つめる。
「大丈夫だ。佐倉にはすぐに友達が出来るよ。もっともっと学校が楽しくなるはずだ」
そう語る綾小路と目が合うと、佐倉は慌てて視線を逸らして俯いてしまった。
出会った時は目を合わせることすら出来なかったのだから、これでも大きな変化だろう。
そこで一旦会話が途切れたのをきっかけに、二人は再び歩き出した。
しばらく歩いていくと、森は段々と荒れていき道も生い茂った木々をかき分けて進むようになる。
先頭に立った綾小路が後ろからついてくる佐倉のために道を切り開いていった。
前方がどんどん険しくなるのを感じながらもしばらく歩みを続けて数十分。
そろそろ休憩を挟んだ方がいいと判断した綾小路は振り返る。
彼が振り返ると思っていなかったのか、佐倉はビクッと肩を震わせる。
「ちょっと休憩するか。目的地まではもう少し時間がかかりそうだから」
ちょうど佐倉も疲労が溜まっていたのか、その提案に少し嬉しそうに頬を緩めていた。
綾小路は極力暑くなさそうな影の出来る木陰を探し、二人くらいが座れそうな根の間に腰を下ろした。
しかし佐倉は遠慮しているのか、彼から少し離れたところに座ろうとした。
「ここ座れよ」
デコボコの地面に座る佐倉を慮った綾小路はそう言った。
「いい、の?」
「そんなところじゃ満足に休めないぞ。気にしなくていい」
「う、うん。ありがとう……」
短いやり取りの後、佐倉は遠慮がちに隣に腰を下ろした。
微かにお互いの体操服の袖が触れ合うほどの距離だ。
「ごめんね気遣ってくれて。ちょっと疲れちゃった」
「森の中を歩くのは疲れるからな。仕方ない」
「旅行に出発するとき、最初はすごく憂鬱だったんだ。友達もいない私が旅行したって楽しくなんてないし。だから部屋にずっと閉じこもっているつもりだった。なのにこんなことになっちゃって。試験だなんて言われて……」
木に背を預け、佐倉は空を見上げた。
「でも今は……少しだけ来て良かった、って思ってる。こんな風に綾小路君とお喋りする機会なんて、学校じゃなかなかないから……」
深い森の中、座り込む二人の間に穏やかな空気が流れる。
「ずっとこうしていられたらいいのに──」
「そうだな」
佐倉の呟きを綾小路は肯定した。
この島に来て3日目、お互いに最も長い時間を過ごしているのが隣にいる相手だった。
しかし二人とも不思議と虚しくはなく、少しお互いの距離が縮まったように感じていた。
それが友達としてなのか、あるいはそれ以外の何かなのかは不明。
しかし、二人の関係は確実に少しずつ変化していた。
「健、見てみなよ」
「おぉ! スゲェ!」
綾小路と佐倉が森を探索している頃、柚椰と須藤は森の中であるものを見つけた。
森の中を進んだ先にあった開けた場所。
そこは畑になっていたようで、あるものが生っていた。
「これは随分立派なスイカだね」
「デケェな。バスケのボールくらいあんぞ」
どうやらそこはスイカ畑になっていたようで、耕された土の上には大玉のスイカがゴロゴロ転がっていた。
スイカはかなり状態が良く、徹底管理がなされているのが見て取れた。
「自生してるもの……じゃないだろうね。学校が意図して育てたものだろう」
「ってことはこれ持って帰っていいのか!?」
「いいんじゃないかな。要はこれは足を使って探索すれば食べ物は島にあるということだからね」
「じゃあ抱えられるだけ抱えて持って帰ろうぜ! こんな立派なスイカ、他の奴らも腰抜かすぜ!」
「健、ジャージを脱いでくれないか」
柚椰がそう言うと、須藤はなぜかオドオドしながら自分の身体を抱き締めた。
「はっ!? ま、待て柚椰! 確かに俺はお前に感謝してるし良い奴だって思ってる! けど、あくまでお前とはダチとして付き合っていきたいっつーか」
「何を勘違いしてるのか知らないけど、ジャージを風呂敷代わりにするから脱げと言っているんだよ」
「な、なんだよ脅かすなよ……」
「君が勘違いしただけだろう……」
ぶつくさ言いながらジャージを脱ぐ須藤に柚椰は頭を抱えた。
その後、柚椰は須藤が脱いだジャージを受け取るとジッパーを締め、ジャージの裾からスイカを入れた。
そして両方の袖を持つとスイカを入れた裾部分が上になるように一回捻る。
そして須藤の背後に回り、彼の首に苦しくないように巻きつけた。
「裾の方を下にすると落ちるから気をつけてね。普通に歩いていれば落ちないはずだから」
「おう」
「あとは両腕に一玉ずつ抱えて持って行こう」
「体操服の中に入れればもう一個くらい持っていけんじゃね? ほら、妊婦みてぇにすればよ」
「うーん、まぁ確かにもう一度来たときにまだ残っているとも限らないか」
こうして二人は両手にスイカを1玉ずつ、そして着ている体操着の中に1玉。
須藤はそれに加え、ジャージの中に1玉と合計7玉のスイカを持って拠点に戻った。
スイカをありったけ抱えて戻ってきた二人がクラスから讃えられたのはまた別の話である。
須藤と柚椰が拠点に戻った頃、綾小路と佐倉は再び探索を開始した。
休憩場所から目的地まではそう遠くなかったようで、20分ほどで以前木に結びつけていたハンカチがある場所まで辿り着いた。
綾小路はハンカチを佐倉へ返すと、改めて高円寺が立っていたであろう場所に立ち周囲を見回す。
「何か気づかないか?」
「うーん、何か違うかなぁ……?」
二人はキョロキョロと周りを見るが、視界に広がるのは森一色。
特に何か変なところはなかった。
「とりあえず手当たり次第調べてみよう。ただしお互いの姿が見えなくなるまで遠くにはいかないように、定期的に確認しながらな。集中して探してると注意力が散漫になりやすい」
注意を促し、二人は周囲を詳しく捜索し始めた。
生い茂る草木を掻き分け、奥に何かないかと探る。
「わっ!?」
すると茂みを調べていた佐倉が悲鳴に似た声をあげた。
何事かと思い、彼女のもとに近づく綾小路。
「何かあったのか?」
「ねぇ、見て! すごいよ綾小路君っ!」
興奮気味に語る佐倉が見ているものを見るべく、綾小路は彼女の横に立ち、茂みの奥を覗き込んだ。
そこには茂みとは違う緑の葉が伸び、一部から黄色い実を覗かせていた。
「これって、トウモロコシ……だよね?」
「どうやらそうみたいだな」
二人が見つけたのはトウモロコシ畑だった。
時を同じくして柚椰と須藤が見つけたスイカと同様、土は森の土とは色が異なり、人工的に栽培されているのが見て取れた。
「高円寺が言っていたのはこのことか……」
ようやく綾小路は合点がいったのか納得した表情を浮かべた。
恐らく高円寺は早々にこのトウモロコシを見つけ、そしてこの島には人工的に栽培された食料が数多く存在していると推測したのだろう。
そして自分と佐倉が同じ結論を導き出せるか試すために思わせぶりな質問をしたのだと察した。
綾小路はトウモロコシを試しに一本引き抜いて調べてみた。
すると、どうやら品質は良く、店に並んでいるようなものと相違ないとわかった。
「鞄持ってくればよかったね……とてもじゃないけど一度には持って帰れないから」
トウモロコシの数は目視できるだけで4,50本はあり、とても手では抱えられなかった。
考えた結果、綾小路は来ている体操着をおもむろに脱いだ。
「ええええ!? ななな、何してるの綾小路君っ! それは早すぎるよぉ!!」
いきなり服を脱ぎ出したことに仰天した佐倉が抱えていたトウモロコシをボロボロと落とした。
彼女の悲鳴に綾小路は一瞬首を傾げたが、やがて理由を察した。
「あー、悪い。断ってからにすればよかったな。って、早すぎるって何だ……?」
佐倉の最後の方の発言には意味が分からなかったようだが、彼は配慮が足りなかったと反省していた。
「シャツの口を結べば袋の代わりになる。これで運べる量を増やせるはずだ」
即席の袋にトウモロコシを詰められるだけ詰めると綾小路はそれを抱えた。
「ひとまず持っていけるだけ持って帰ろう。他のクラスの人間と鉢合わせすると面倒だ」
「そうだね」
あまり長居することで余計な面倒が起こることを避けるため、二人はそそくさと拠点へと戻っていった。
二人が食料を持って戻って来たことでクラスメイトは歓喜した。
つい数十分前にも柚椰と須藤がスイカを持って帰って来たこともあり、Dクラスの拠点には多くの食料が確保されることとなった。
ちなみに、佐倉と一緒に帰って来た綾小路が何故か上半身裸だったことに山内が仰天して詰め寄るという一幕があったが、綾小路はスルーした。
4日目、折り返し地点ということもあり、Dクラスの面々は無人島生活に慣れてきていた。
森で採れる野菜や果物に川で釣れる魚と食料には困らず、水も常に綺麗なものがストックされているという状態だ。
初日で揃えた備品とリタイアのペナルティ以外に今のところポイントの消費はない。
Dクラスは今のところ順調といっていいだろう。
そんな中、綾小路はボールペンと紙をポケットに入れてベースキャンプを離れた。
目的は島の状況の把握と他クラスの状況の把握だ。
試験は残すところあと3日。
他クラスへの攻撃に打って出るには頃合いだと判断したのだろう。
彼は目下の警戒対象であるAクラスとCクラスの偵察に向かったのだ。
一方その頃、彼の協力者である柚椰はというと……
「はい、トウモロコシとスイカのお裾分けだよ」
「ありがとう黛君。助かるよー」
Bクラスのベースキャンプにいた。
彼は昨日Dクラスが確保した食料を持ってやってきていた。
協力関係であるBクラスに食料を分けるというのは平田が考えた案だった。
いくら協力関係だとしても貴重な食料を渡すことに最初は反対するものもいたが、Bクラスからも食料を貰ってくるということで纏まった。
「じゃあ私たちからはトマトとナス。あとピーマンのお裾分けだよ!」
「ありがとう。うちの皆も喜ぶよ」
Bクラスも島に人工的に栽培されている食料があることは突き止めたのか、一之瀬がクラスで収穫した野菜の一部を柚椰に渡した。
「スイカは井戸で冷やすといいよ。昨日夕食の後に食べたんだけど甘くて美味しいから」
「うん、分かった。じゃあ神崎君、お願い!」
「分かった。黛、俺からも礼を言わせてもらう。感謝する」
一之瀬からスイカを受け取った神崎は柚椰に改めて礼を言った。
「構わないよ。こちらも野菜を提供してもらったからね。それに、この生活では少しでも潤いがあったほうがいいだろう?」
「そうだな、そういう意味でもスイカはありがたい」
最後にフッと微笑むと、神崎はスイカを抱えて井戸の方へ歩いていった。
どうやら食料の共有というのは双方にとってもメリットがあったようだ。
「折角だからもうちょっとお話していこうよ」
「分かった」
一之瀬と柚椰はテントの側に腰を下ろす。
クラスのリーダーである一之瀬が他クラスの男子と並んで座っているということでベースキャンプで作業をしているBクラスの面々はチラチラと彼らを見ている。
「今日で4日目。この生活もやっと折り返しだね」
「うん、このまま平和に終わるといいなぁー」
そう言うと一之瀬はふぅ、と息を吐き出す。
彼女の顔には心無しか疲れの色が滲んでいる。
「やっぱり疲れは溜まっているかい?」
「うん……慣れない環境だとやっぱりね……それと、うちのクラスでも少なからずトラブルもあったし」
「無人島で集団生活だからね。気をつけていても些細なことでギクシャクするものさ」
どうやらBクラスとはいえ、何事もないわけではないらしい。
小さな諍いは起きていたということだろうか。
すぐに収まる小さなものでも、纏め役である彼女には心労があるのだろう。
「黛君のクラスはどう?」
「最初の方こそ小さな衝突はあったけど、それ以外はこれといって問題はないかな。各々出来ることをやっている状態だね」
「そっか。じゃあうちと大体一緒だね」
お互いのクラスの状況を報告し合った二人は続いて他クラスについての話に移る。
「AクラスとCクラスはどんな感じなのかな」
「Aクラスはとことん堅実にやっていると思うけどね。拠点は絶対死守。スポットの占有もかなり慎重にやっているはずだ」
「他のクラスの人に見られないような場所だけを占有してるって感じかな?」
「そうだろうね。率いているのが葛城である以上、リーダーの正体がバレる危険が少しでもあればスポットの占有はしないと思うよ」
「黛君はAクラスの事情を知ってるの?」
「あぁ。坂柳から事情は聞いている」
「あ、坂柳さんと知り合いなんだ」
「以前食堂で会ったときに仲良くなったんだ。なんでもAクラスは派閥争いが激しいらしいね」
「うん。慎重な葛城君に対して、坂柳さんは好戦的というか攻めたいタイプみたい。だから中々意見が合わないみたいだね」
「でも今回彼女は欠席している。だから必然的に葛城が指揮をとるしかない」
「だから葛城君は今回の試験で一層慎重なのかもしれないね」
「まぁそんなAクラスは現時点でDクラスとBクラスにリーダーを知られてしまっているわけだけどね」
そう言って柚椰はカラカラと笑った。
「あはは、確かにそうだね。でもこれでAクラスにも全く隙がないわけじゃないことが分かったよ」
「クラスのリーダー格が対立している以上、どうしても綻びが生まれる。そういうことじゃないかな?」
「そうかもね。そういえば、Cクラスはどうなったかなぁ」
二人の話題はCクラスへと移った。
「もう全員リタイアした頃かな? 流石に遊び疲れているだろうからね」
「じゃあもうビーチには誰もいないかなぁー。Cクラスのリーダーは誰だったんだろう?」
「さぁ。ただ、大胆な手を打ってくる龍園なら、敢えて意外な人間をリーダーにすることもあるかもしれないね」
「あ、確かにそうかも。Cクラスの雰囲気を知ってると、どうしても龍園君がリーダーだって思い込んじゃうもんね」
「各クラスの中心にいる生徒は必然的に他クラスからも警戒されるからね。打つ手としてはアリだ」
「なんにしても、リーダーを当てるって難しいね」
「あくまでボーナスという位置付けなんだと思うよ。この試験を乗り越えるためには、結局はクラスの結束がモノを言うと俺は思うんだ」
「うん、私もそう思う。だから残り3日、お互い頑張ろうね!」
そう言って一之瀬は立ち上がると、柚椰に向けてふわりとした笑顔を向けた。
「あ、そうだ。実はBクラスに少しいい話があってね」
柚椰もまた立ち上がると一之瀬に向き直った。
「ここから北にまっすぐ進んで、大体20分くらいしたら大きめの岩が転がっているのが見えるはずだ。そこを左に曲がって少ししたところに小屋がある。中には非常用の缶詰やコンロに使うガス缶。まぁとにかくここの生活に役立ちそうな物資が一通り置いてあったよ。小屋の入り口に端末があったからどうやらスポットらしい。幸いまだどのクラスにも占有されていなかった」
「そんな施設があったんだ……全然気づかなかったよー。あれ? Dクラスは占有しなかったの?」
一之瀬は柚椰が言った占有されていないという言葉に引っかかった。
見つけた時点でまだどのクラスにも占有されていないのなら、Dクラスが占有することも可能だったはずだ。
「実は俺が一人でウロウロしてる中で見つけたものなんだ。そのときうちのリーダーはクラスメイトと一緒に別行動をしていたから占有することは出来なくてね。結局その後も言うタイミングを逃して、件の小屋は未だ占有されてないというわけなんだ。だからもうこの際Bクラスが占有してもいいかと思って教えてしまったよ」
あっけらかんと言う柚椰に一之瀬は苦笑いした。
「あはは、じゃあ私たちが占有しても恨みっこなしだよ?」
「勿論。そもそも俺たちは協力関係なんだから、情報をあげても問題はないよ。Dクラスがスポットを占有しても、多分またBクラスにお裾分けをしに来ただろうからね」
「あ、そっか。じゃあ早速行ってみるね!」
「もし占有するならAクラスが来る前に早く行ったほうがいいよ」
「うん、そうする!」
「じゃあ俺はそろそろ行くよ。野菜ありがとう」
柚椰はBクラスから貰った野菜を入れた袋を両手に持って拠点を去ろうとした。
彼の礼の言葉に一之瀬は首を横に振って微笑む。
「ううん、こちらこそスイカとトウモロコシありがとう! クラスの皆にもよろしくね!」
「あぁ、じゃあね」
二人はそこで別れ、一之瀬はクラスメイトを集めて先ほど教えてもらったスポットについての話し合いを始めた。
柚椰はDクラスのベースキャンプへの帰り道をゆっくりと歩いていった。
5日目の朝、Dクラスのベースキャンプにて事件が起こった。
テントの中で眠っていた男子たちに向けて、テントの外から不機嫌な女子の声が聞こえて来た。
「ちょっと男子。集まってもらえる?」
それは一言では終わらず、次第に強い言葉に、怒鳴り声へと変わっていった。
朝から怒号を浴びせかけられれば、当然男子も何事かと意識を覚醒させていく。
「ん゛ー! 一体なんだっつーんだよ……ふぁぁーっ」
須藤が不機嫌そうに身体を起こして大欠伸をする。
「何かあったんだろ。じゃなきゃ朝っぱらから怒鳴られる理由がない」
隣で寝ている綾小路も今の怒号で起きたのか、寝ぼけ眼で身体を起こす。
「あれ? 柚椰は……?」
ふと須藤はテントの中に柚椰の姿がないことに気づいた。
「アイツのことだ。多分朝の散歩でもしてるんじゃないか?」
「そーか。ふぁぁーっ……っと、とりあえずテントから出ようぜ」
「あぁ。何が起きたのか事情を聞かないとな」
二人は揃ってテントの外へ出た。
外では一足先に出ていた平田が女子から事情を聞いていた。
「どうしたの?」
「あ、平田君。……悪いけど、男子全員起こして貰っていい? 大変なの」
先ほどテントへ向けて怒号を飛ばした張本人である篠原がそう声をかけた。
彼女から少し離れたところでは、女子の集団が男子が寝ているテントを睨んでいる。
「分かった。声をかけて来るから少し待ってて」
平田は男子が寝ているテント二つに順番に入って中にいる男子たちに起きるよう声をかけた。
それから5分と経たず、男子全員がテントから出て来た。
まだ寝ぼけている男子たちは、テントの外で集まる女子たちを見て初めて只ならぬ状況を察知する。
「おや、どうしたんだい皆? こんな朝早くに」
クラス全員が声のする方に視線を向けると、そこにはタオルを首から下げてこちらを見ている柚椰の姿があった。
その姿から、彼が顔を洗っていたことが見て取れる。
既に一足先に起きて川で顔を洗っていた柚椰は朝早くにクラス全員が集まっている状況に驚いていた。
そんな彼に代表して平田が事情を説明した。
「篠原さんに男子全員を起こすように頼まれたんだ。それで今全員起きて集まってる状態だよ。なんでも大変なことが起きたみたいなんだ」
「大変なこと。一体どんな?」
柚椰がそう尋ねると、篠原は平田と柚椰を除く男子全員に対し、侮蔑を込めた目で言葉を浴びせた。
「今朝、軽井沢さんの下着がなくなってたの。それがどういう意味か分かる?」
「え……下着が……?」
いつも冷静な平田も、思いがけない事態に動揺した様子を見せる。
見れば軽井沢と一部の女子の姿がここにはなかった。
「今、軽井沢さん、テントの中で泣いてる。櫛田さんたちが慰めてるけど」
そう言って、女子のテントを見る篠原。
彼女の口ぶりで男子たちも状況を察したようで慌てた。
「え? なに、なんで下着がなくなって俺ら叩き起こされた挙句睨まれてんの?」
「そんなの決まってんじゃん。夜中にこの中の誰かが鞄を漁って盗んだんでしょ! 荷物は外に置いてあったんだから盗ろうと思えば盗れたわけだしね!」
完全に篠原含め女子たちは男子が犯人だと思っているらしい。
「いやいやいや!? ちょい待ち!」
池は男子と女子を交互に見やる。その様子を見た男子の一人がぼそりと呟いた。
「そういや池、お前昨日の夜遅くにトイレ行ってたよな? しかも結構時間かかってたし」
「はい!? いや、それはライトも無くて暗かったからゆっくり歩いてただけだって!」
「ほんとかよ。下着盗んだのお前じゃねぇの?」
「違うって! いくらなんでもそんなことしねぇよ!」
男子たちの中でアイツが怪しいコイツが怪しいと罪の擦り付け合いが始まる。
「でも、男子が盗ったって証拠はないんじゃないかな。軽井沢さんが無くした可能性だってあると思う」
「そうだそうだ! 俺たちは無関係だぞ! 冤罪だ!」
平田の後ろから男子一同が声を張り上げ無実を訴える。
「僕はこの中に犯人がいるとは思いたくないよ」
男子を疑うというよりは、クラスメイトを疑うのが平田は嫌なようだ。
「まぁ、集団生活の中で女子の下着が無くなったとなれば、必然的に疑われるのが男子の俺たちなのは仕方ないね」
柚椰は状況を踏まえて、今現在男子が敵意を向けられているのは止む無しと判断しているようだ。
「あ、平田君と黛君は疑ってないよ? 二人ともそんなことしないって信じてるし……とりあえず男子の荷物検査させて」
どうやらそれが女子一同の総意らしく、男子に犯人がいると決めつけていた。
しかし、当然身に覚えのない男子たちにとっては篠原の要求は不愉快以外の何物でもない。
「は? ふざけんなよ。そんなことする必要ねぇし。断れよ平田」
「ひとまず、僕たち男子で集まって話し合ってみる。少し時間を貰えないかな」
そう言って平田はすぐに男子全員を集め、テントの前で話し合いを始めた。
「女子の言うことなんて無視しようぜ。マジで濡れ衣なんだからさ」
池は無視という選択肢を推奨していた。身に覚えのない彼にとってはこの状況は不快なのだろう。
「だよな。俺たちが軽井沢の下着とか盗るわけねぇじゃん。彼氏持ちだぞ」
山内に続くように他の男子たちもそうだそうだと声を上げる。
実際問題、盗まれたのが軽井沢の下着だというのが大きいのだ。
彼女と平田の関係はクラス全員が知っている。
その上でわざわざ彼女の下着を盗む理由がないのだから。
「僕も君たちを疑うつもりはないよ。けど、それじゃあこの問題は解決しないと思うんだ」
離れたところで同じように固まって話し合っている女子たちは、時折男子たちを睨んでいる。
そんな状況を見て、柚椰がある提案をした。
「じゃあ妥協案を出そう。ひとまず、俺たちの中だけで荷物検査をしてみるというのはどうだろう? 島に持ち込めるものが限られている以上、誰も彼も似たような荷物だろうし、男同士ならまだマシだと思うんだけど、どうかな?」
「僕も黛君の案が良いと思う。最初に僕たちでお互いの潔白を証明しておいたほうがいい」
そう言うと二人は自分の鞄を手に取って男子の輪の中に置いた。
「まずは僕から開けるよ」
一番手を買って出た平田が男子たちの前で鞄の中身を出していった。
勿論女性の下着などあるわけもなく、いたって普通の荷物だった。
「じゃあ次は俺だね」
二番手の柚椰も鞄の中身を一通り出していく。
これまた目立ったものはなく、彼もまた白だった。
「仕方ねぇな……まぁ無実で疑われるのも気分悪ぃしさっさと済ますか」
須藤が頭を掻きながら自分の鞄を引っ掴むと、そのまま男子たちの前でぶちまけた。
彼の鞄にもこれといって不審なものはなく、当然ながら彼も無実だった。
こうして一人、また一人と男子が自分の鞄を公開していった。
そうして残ったのが池と山内、そして綾小路の三人。
「んじゃまぁササッと済ませようぜ。いつまでも睨まれてちゃ居心地悪いったらねぇよ」
「だな」
池と山内はブツブツ言いながら自分の鞄を取って男子の集団に戻る。
しかし池が自分の鞄を見せようとチャックを半分開けたところで、彼の手が止まった。
「どうした?」
「あ、い、いや? なにも?」
山内に尋ねられた池は挙動不審になりながらもなんでもないと言った。
しかしガバッと急に男子たちに背を向けて座り込むと、ゴソゴソと鞄の中を確認して勢い良くチャックを閉めた。
「寛治?」
顔に変な汗をだらだらと流している池を見て流石におかしいと思った山内が彼の肩を揺すった。
「おーい、どうした?」
「へぁっ!? い、いやー、何も? えぇ、なんでもないでございます」
明らかに様子がおかしい池に山内が冗談半分で茶化した。
「なんだよー、まさかマジで下着が入ってたとかか?」
「バッ、ち、違ぇし!」
慌てて否定した池が、鞄を抱えるようにして首を左右に振った。
明らかにおかしい。あまりに露骨な反応に、流石に男子たちも反応した。
「お前、まさか……」
「なんだよ。俺を疑うのか!?」
「いや、そういうわけじゃないけど。……鞄、見せてみろよ」
「あ、ちょっ!?」
山内が池から鞄を引っ手繰ると、男子の輪の中に置いて池の代わりにチャックを開けた。
するとそこには……。
男子が絶対に穿くことのない白い下着が丸まって隠されていた。
「お、俺じゃねぇって! なんか知らねぇけど鞄に入ってたんだよ!」
「お前さ、その言い訳は無いわ……」
慌てふためく池に対して哀れみの目を向ける山内。
「知らないんだってマジで! なんで俺の鞄にパンツがあんだよ!」
「見苦しいぞ寛治」
「もうこれ確定だろ。女子に報告しようぜ」
山内含め男子たちはもう犯人が池であると判断しているらしく、さっさと女子たちに突き出そうとしている。
「俺は無実だって! なぁ綾小路! お前なら信じてくれるよな!?」
縋るように助けを求められた綾小路は頭の中で状況を整理していた。
軽井沢の下着は池の鞄から出てきた。
状況証拠で判断すれば池は限りなく黒だろう。
しかし、そう安直な結論になるほど単純な話なのだろうか。
いつ、どのようにして盗んだかはともかくとして、犯人が自分の鞄に下着を隠すだろうか。
下着が無くなっていることに軽井沢は当然気づく。
そうなれば犯人探しが始まることは明らかなのだ。
犯人をあぶり出すために荷物検査を行うかもしれないというのは簡単に想像がつくはず。
考えられるもう一つの可能性。
それは誰かが池に罪をなすり付けようとしているということだ。
しかしそれも現時点ではあくまで憶測に過ぎない。
「……状況証拠だけを見れば、池が犯人じゃ無いと言い切れる証拠がない」
「綾小路ぃ!」
「だけど、池が間違いなく犯人だとも言い切れない。自分の鞄に入れるとか間抜けすぎる」
「そりゃ確かにそうだけどさ。じゃあ誰かが寛治を犯人に仕立て上げようとしてるってことか?」
「それしか考えられねぇって!」
「つーか篠原の奴、鞄がテントの前にあんだから盗もうと思えば盗めるっつってたけどよ。要は誰でも盗めるってことじゃねぇのか? ここにいる俺ら以外にも、それこそ女子だって出来んだろ」
須藤は鞄の置き場所が置き場所のため、容疑者はこのベースキャンプにいる全員に当てはまると指摘した。
「僕も池君が犯人だなんて思いたくないよ。でも、状況は最悪だ」
「盗まれたのが軽井沢の下着だったというのが大きいね。女子の中でも中心に位置する彼女のものが盗まれたんだ。これはちょっとやそっとじゃ鎮火しそうにない」
平田と柚椰は池が犯人だとは思っておらず、だからといってこのままあやふやにするわけにもいかず手をこまねいていた。
「どうするよ? いつまでもここでコソコソしてたら、それこそ全員吊るし上げられるんじゃね?」
「そうだそうだ! もうこの際、池が持ってたんだからそれでいいだろ!」
「ちょっと待てよ! 俺を見捨てるのか!?」
このままでは本当に犯人ということにされてしまうため、池は必死に無実を主張していた。
「助けてくれよ! なぁ綾小路! 平田! 黛!」
「といってもな……」
「どうすればいいのかな……」
「……」
池は自分が犯人だという説を否定してくれた三人に助けを求めたが、三人とも明確な打開策を見出せないでいた。
味方になってくれる者はおらず、池は途方に暮れたように崩れ落ちた。
「……よし、こうしよう」
そんな重い空気の中、柚椰は明るい声で呟くと池に駆け寄って彼の肩をポンと叩いた。
「黛……?」
既に諦めムードの池が涙目で柚椰を見上げる。
「池、そして皆も聞いてくれるかい?」
柚椰は男子全員を見渡す。
平田含め男子たちは皆何をするつもりなのかと柚椰に視線を向ける。
「今ある情報だと誰が犯人かは分からない。健の言う通り下着を盗むことも、誰かに罪を着せることも誰にでも出来るわけだからね。でもこのまま容疑者不明のままで篠原たちが納得してくれるわけもない。だから──」
全員の視線が柚椰に向く中、彼はニヤリと笑いながら言った。
「この事件の犯人、俺だってことにしてもいいかな?」
あとがきです。喉風邪リターンズで死んでおります。
デフォルトで大蛇丸みたいな声になってて泣きそうです。