ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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彼は罪を被り、孤独少女は鍍金の女王へ事実を突きつける。

 

 

 

「(何を考えてるんだアイツは!?)」

 

 悲嘆の叫びや怒号が飛び交う中、伊吹澪は焦っていた。

 目の前の喧騒が何処か遠くに聞こえるような感覚。

 壁一枚隔てたような、スピーカー越しに聞いているような感覚が彼女を包む。

 つい先ほどまであったはずの余裕は跡形もなく雲散霧消していた。

 それほどまでに今の彼女は焦っていた。

 今日は特別試験5日目。時刻は午前7時。

 彼女が身を置いているDクラスのベースキャンプで事件は起こった。

 クラスのリーダーである男子、平田洋介の彼女である軽井沢恵の下着が何者かによって盗まれた。

 厳密には鞄から無くなっていたが正しいのだが、状況を考えれば盗まれたと見るのが妥当だろう。

 事が発覚し、被害者である少女の取り巻きたちは真っ先にクラスの男子に疑いの目を向けた。

 声を荒らげ、感情的に喚き散らして男子を問い詰める様を見ながら伊吹は内心ほくそ笑んでいた。

 

 何を隠そう、この事件を仕組んだのは彼女なのだ。

 

 早朝誰も起きていないことを確認した彼女は、テント前に山と積んであった鞄の中から軽井沢の鞄を選び、中から下着を抜き取った。

 そしてその下着を、ある男子の鞄の中へ忍ばせたのだ。

 初日から今日に至るまで、彼女はDクラスの状況をずっと観察していた。

 その過程で、積んである鞄の一つ一つが誰のものであるかを把握していたのだ。

 下着を抜き取る相手は、出来るだけ目立つ女生徒が望ましかった。

 地味な女子の下着を盗んでも、本人が隠して有耶無耶にされてしまうことも考えられたからだ。

 だからこそ、伊吹はターゲットを軽井沢に決めた。

 軽井沢と平田の関係はCクラスである伊吹にも知れ渡っていた。

 故にその人選は当然の流れだったと言えよう。

 次に偽の加害者。つまり罪を擦りつける相手も伊吹は選んでいた。

 下着泥棒という下劣な行いが明るみになったときに真っ先に疑われる男子。

 本人が否定しても信じてもらえないような男子。

 正直ここに関しては伊吹は特に慎重に選ぶことはなかった。

 クラスの中心におり、信頼もあるであろう平田は当然ながら選外。

 そして伊吹が敵に回したくない相手である黛も選外だった。

 そうなったとき、彼女の脳裏に浮かんだのは自分をベースキャンプまで連れてくることを決めた山内だった。

 彼ならば罪を着せても心は痛まなかった。

 元より伊吹にとってDクラスの人間は、ただ一人を除いてどうでもいい存在でしかないのだから。

 しかし彼女はここで一つ工夫を凝らした。

 安易に山内に罪を着せるのではなく、彼と一緒にいた池という男子に狙いを定めたのだ。

 正直犯人役はどちらでも良かったのだが、観察した過程で池の方が犯人役をやらせるのに相応しいと伊吹は判断した。

 結果、彼女は池を偽の犯人に仕立て上げることを決め、彼の鞄に下着を詰めた。

 全ては順調だった。

 Dクラスの女子たちは男子を犯人と決めつけ、荷物チェックを決行させた。

 よし、これでいい。

 伊吹は自身の作戦の成功を確信していた。

 荷物チェックが行われれば、池の鞄から軽井沢の下着が出てくる。

 そうなればいくら池が否定しようと、状況証拠から彼が犯人である事が確定する。

 後は簡単な流れのはずだった。

 Dクラスはこの事件を皮切りに内部分裂が起こり、軋轢が生じる。

 バラバラになった集団は統率が取れず、必ず穴が生まれる。

 そうなれば彼女の目的であるこの試験におけるDクラスのリーダーを探ることも容易になる。

 そうなるはずだったのだが……

 彼女の計画は大きく狂わされることとなる。

 それは今から少し前まで遡る──

 

 

 

「柚椰テメェッ!!!」

 

 女子と男子、睨む者たちと睨まれる者たち。

 そんな一触即発の状況を打ち壊したのは一人の男子の怒号だった。

 一体何事かと女子たちはそれまで男子全体に向けていた敵意の視線から声を荒らげる須藤と、彼に胸倉を掴まれている柚椰へと視線を絞った。

 

「どういうつもりだ……!?」

 

「どういうつもりもなにも、見たままだろう。どうしたんだい? 君はとうとう目の前の事象さえ正常に判断できない程に頭が悪くなったのかな?」

 

「ふざけんなッ! テメェ、一体どういうつもりでこんなことしやがったのかって聞いてんだよ!」

 

 鋭い目つきで睨みつけ凄む須藤に対して柚椰は冷たく辛辣な言葉をぶつける。

 その態度に一層須藤の怒気が強まっていく。

 

「ちょっ! なに!? 一体どうしたのよ!?」

 

「そうだよ! なんで黛君が胸倉掴まれてるの!」

 

 いきなり始まった男子二人の争いに女子たちはそれまでの敵意を一旦納め、どういうことかと男子たちに理由を尋ねた。

 ただ男子が言い争っていたならば別段止めに入ることも、ましてや事情を聞くこともしなかっただろう。

 しかし、争いの渦中にいたのが柚椰であるならば話は別だった。

 Dクラスの女子の中で柚椰は平田と同じくらいに信頼が厚い男子だ。

 品行方正、文武両道、眉目秀麗を地で行き、平田と同じく誰にでも優しい。

 ほとんどの男子が参加した女子の胸の大きさを測る賭け事にも柚椰は毅然とした態度で不参加を表明したのも記憶に新しい。

 そんな彼は既に女子の中ではかなりの注目株であり、人気の男子だった。

 その彼が胸倉を掴まれるまでの事に発展しているというのだから、当然女子たちは事情を問い質さなければならなかった。

 しかし──

 

「い、いや、黛君は……」

 

 男子を代表して平田が女子たちに説明をしようと試みたが、何故か彼は言葉に詰まっていた。

 平田だけでなく他の男子たちもどこかばつが悪そうに、言いたくなさそうに目を逸らす。

 男子たちのその態度に女子たちは困惑する。

 そんな中、女子たちに事情を説明したのは意外な事に須藤だった。

 

「……コイツの鞄の中から出てきたんだよ。女子の下着がな」

 

「え……」

 

「「「──っ!?」」」

 

 須藤の発言に篠原を始め女子たちは皆一様に驚愕していた。

 彼の言う事が本当であるならば、それが意味することは一つ。

 この事件の犯人が柚椰であるということだ。

 

「う、嘘でしょ……? 黛君がそんなことするわけ」

 

「そ、そうだよね。何かの間違いじゃ……」

 

 先ほどまで男子全員に対して敵意を向けていた篠原や、彼女と一緒に男子を睨んでいた女子たちは須藤の発言を受け入れられなかった。

 それほどまでに彼女たちは柚椰を信用していたのだろう。

 しかしその信用を、彼女たちの信頼を否定したのは柚椰本人だった。

 

「そうだよ。俺がやったんだ」

 

「どうして……」

 

「ん?」

 

「どうしてこんなことしたの!?」

 

 自身にかけられた容疑を肯定した柚椰に篠原が声を荒らげる。

 彼女と同じように他の女子たちも困惑半分悲しみ半分といった表情で柚椰を見ていた。

 

「どうしたの皆……?」

 

 いつの間にかテントから出てきていた櫛田が、今の状況を飲み込めていないのか誰にでもなく問いかける。

 しかし須藤に胸倉を掴まれ、篠原に詰め寄られている柚椰の姿を見た彼女は段々と状況を理解した。

 けれど理解出来ない、理解したくないといったように櫛田は顔を青ざめさせる。

 

「まさか……」

 

「黛君の鞄から軽井沢さんの下着が出てきたんだって」

 

 呆然と立ち尽くす櫛田に女子の一人が事情を説明する。

 その言葉を聞いた櫛田は悲しそうに眉を下げた。

 

「嘘でしょ柚椰君……? 嘘だよね……? 柚椰君がそんなっ……」

 

「鞄から物が出てきたんだ。動かぬ証拠だろう? 信じたくないのならそれでも構わないけどね。ちょっと魔が差したというのかな。言ってしまえば、ただの暇つぶしだったんだ」

 

「嘘だよ! 柚椰君はそんなことしない! だって柚椰君は──」

 

「優しくて、いつもクラスのことを考えている良い人だから。かい?」

 

「っ!」

 

「だからこそ、だよ。君たちに信用されているからこそ疑われないと思ったんだ。女子の下着が無くなった状況で、君たちは男子を疑いはすれど、必ず平田と俺を容疑者から外すだろうと考えた上でやったんだ。でも我ながら詰めが甘かったよ。下着はどこか適当な場所に捨てておくか、他の男子の鞄にでも入れておけばよかったね。そうすれば他の奴に罪を擦りつけることが出来たのに」

 

「……」

 

 柚椰のあんまりな発言に櫛田だけでなく他の女子たちも黙り込む。

 彼女たちは柚椰に怒りというよりは悲しみの感情を向けていた。

 裏切られたような、騙されたような感情。

 今まで自分たちから信用を得てきた目の前の男は、その信用を利用して非道な行いに出た。

 その事実を未だ信じられないのだ。

 

「あぁ、ちなみにどうして軽井沢のだったのかというと、別に理由はないよ。正直誰でも良かったんだ。適当に鞄を取ったら、たまたま彼女の鞄だったというだけだ。だから彼女に実は密かに好意を抱いていたとか、そんなことは微塵もない。ここ、重要だよ?」

 

 柚椰は罪を認めつつもヘラヘラとした態度を崩さない。

 彼のその態度に、ようやく女子たちも彼が犯人だという認識を持ったのか徐々に彼を睨み出した。

 しかしその一方で、平田含め男子たちはどこか居心地が悪そうに目を伏せる。

 

「でも今になって後悔しているよ。どうして軽井沢の鞄だったんだろうってね」

 

 皆が皆沈黙する中、須藤の手を解いた柚椰がそう言って櫛田に歩み寄っていく。

 そして彼女の耳元で()()()囁いた後、柚椰はニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「これが桔梗や鈴音だったら、実は俺が犯人なんだと言っても君たちは許してくれただろうにね」

 

「──っ」

 

「櫛田さん!」

 

 彼のその言葉が決定打となったのか、櫛田は膝から崩れ落ちた。

 すかさず近くにいた女子が彼女の身体を支える。

 

「バレてしまった以上、もうここには居ることは出来ないね。仕方ない。じゃあここから俺は別行動をさせてもらうよ。あぁ、一応点呼のときは居てあげよう。俺もポイントは欲しいからね」

 

 そう言うと彼はケラケラと笑いながらベースキャンプを去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(黛君……君は……)」

 

 クラスメイトに背を向け去っていく柚椰を見ながら平田は歯を食いしばっていた。

 彼を始めとするDクラスの男子たちはここに至るまでの事情を全て知っていた。

 知った上で傍観することしか出来なかった。

 口を挟めば、柚椰を庇おうとすれば彼の行いが全て無駄になると理解しているが故に。

 だがしかし、そうであっても、結果として柚椰を犠牲にした事には変わりない。

 その事実が平田の心に重くのしかかっていた。

 池の鞄から下着が出てきた際に柚椰が出した解決策。

 それは──

 

「待ってくれ黛君! つまり君は──」

 

「そう、この事件の罪を全て俺が被る。犯人が見つかればひとまずこの騒動は収まるはずだ」

 

「そんなこと君がやる必要はない! なんとか別の方法を探して──」

 

「じゃあ平田が犯人という事にするかい? その場合、彼女の下着を盗んだ変態として残りの時間を過ごす事になるけど」

 

「っ! ……それは」

 

「健の言う通り、容疑者はこのベースキャンプにいる全員が当てはまる。加えて現段階では誰が犯人かを決定づける証拠は無い。下着が捨てられていなくてよかったね。もしこれで物が無くなっていたら女子たちは残りの日数、ずっと俺たち全員を疑っていただろう。今打てる最善の策は、誰でもいいから犯人役を立てて事件を終息させることだ」

 

「……だからお前が冤罪を背負うってことかよ」

 

 平田と柚椰の問答に入ってきたのは須藤だった。

 以前停学一歩手前まで追い込まれたことのある彼だからこそ、柚椰がやろうとしていることは看過できなかった。

 恩人であり仲間である彼にみすみす濡れ衣を着せることなど須藤には出来なかった。

 

「犯人になった俺はまず間違いなく君たちと一緒に行動することは出来なくなるだろう。当然ながら残りの日数は君たちと別行動をとる事になるけど、まぁ心配いらないよ」

 

「でも黛君、それじゃあ君があまりに……」

 

 柚椰がやろうとしているのはあまりに酷い自己犠牲だった。

 クラス皆が幸せになることを目指している平田にとって、それはあまりに残酷な選択だ。

 しかし彼の心配を他所に、柚椰はふわりと微笑んだ。

 

「大丈夫、俺もずっと犯人でいるつもりはないよ。必ず真犯人は見つけ出すつもりだ」

 

「見つけ出すってどうやってやんだよ……?」

 

 平田や須藤だけでなく、他の男子たちも柚椰の事を心配していた。

 万が一真犯人が現れなければ、柚椰はこれから先ずっと下着泥棒の汚名を着せられたまま学校生活を送ることになるのだから。

 

「犯人を見つけ出すヒントは犯行動機だ。推測されるのは全部で三つ。一つ目は性的嗜好。二つ目は軽井沢への個人的な恨み」

 

「恨みって……軽井沢に何かされたことのある奴ってことか?」

 

 山内が柚椰にそう尋ねる。

 

「そう。恨みから彼女を困らせるために犯行に及んだ可能性も考えられる。そして三つ目の可能性、それはDクラスの中を混乱させるための策略だ」

 

「──っ! 待てよ、ってことはよ……」

 

 柚椰が口にした三つ目の可能性を聞いて、須藤は一人の容疑者が思い当たった。

 恐らく他の男子たちも同じ可能性に行き着いたのか目を見開いている。

 

「現段階では、どれもこれもが可能性の話でしかない。証拠がこの場にはないからね。けど、まだ猶予はある。要は試験が終わるまでの間に犯人が見つかればいいんだ」

 

「勝算はあるのか?」

 

 そう尋ねたのは綾小路だった。

 協力者である柚椰がクラスを離れるとあってはこの後の計画に支障をきたす可能性がある。

 それを踏まえても、柚椰が博打に打って出るつもりならば彼は止めるつもりだった。

 

「俺も自分なりに足掻くつもりだよ。最終手段も考えてある」

 

「……そうか」

 

 柚椰の眼差しと口調から決して運否天賦ではないのだと察したのか、綾小路はそれ以上何も言わなかった。

 

「健、これから俺は君に酷な事を頼むけどいいかな?」

 

「……なんだよ?」

 

 最後に柚椰は須藤に自分を締め上げる役を頼み、先の一幕へ至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柚椰がベースキャンプを去ってから暫くした後、テント前にはクラス全員が集まっていた。

 そこには目を真っ赤に腫らしながらも、怒りに震える軽井沢の姿もある。

 

「最悪……! 下着盗むなんて最低!」

 

 彼女はこの場にいない柚椰に対して罵詈雑言を浴びせかけていく。

 事情を知っている男子たちは彼女の言い草に口を挟もうとするが、既の所で思い留まる。

 罪を被った仲間の想いを無下にしないためにも、彼らは耐えなければならなかった。

 

「自分が信用されてるから疑われないと思ったとかホント最低! 私たちのこと今までずっと騙してたってことじゃん! それに何? 誰でも良かったって!? ただの変態じゃない!」

 

 積もり積もった怒りが爆発したように、軽井沢の暴言が止まらない。

 彼女の取り巻きたちもそれを止めることはしなかった。

 柚椰に対してまだ僅かでも信用が残っているが故か。

 しかし状況証拠は揃っており、本人がそれを認めている以上、現実は残酷だ。

 

「変態とこれからも同じクラスなんて無理! なんでクラス替えがないのよ! そうだ、学校に言えばあの変態を追放することが出来るんじゃ──」

 

「いい加減その口を閉じてくれないかしら? 不愉快すぎて身体に障るのだけど」

 

 軽井沢の止まらない暴言を堀北が心底不快そうに遮った。

 彼女は眉間に皺を寄せ、殺意にも似た敵意を軽井沢に向ける。

 いきなりそのような目で睨まれれば、軽井沢も勢いを殺される。

 

「な、なによ。なんか言いたいことでもあるわけ?」

 

「えぇ、それはもう。言いたいことは山ほどあるわ。穴だらけの自白をして勝手に出て行った柚椰君にも、それを真実と受け止めている貴女にもね」

 

「どういうことよ! アイツが自分でやったって言ったんならアイツが犯人でしょ!?」

 

「愚か者ここに極まれりね。頭が残念な人だとは思っていたけれど、これほどとは思わなかったわ」

 

「はぁっ!?」

 

「平田君。確認するけれど、柚椰君はどういった流れで犯行を認めたのかしら?」

 

 詰め寄ってくる軽井沢を無視して堀北は平田に詳しく事情を問い質す。

 クラス中の視線が平田に向く中、彼はポツポツと当時の状況を語り出した。

 

「……僕たちはお互いの潔白を証明するために、まず男子の中だけで荷物確認をしたんだ。そして黛君の鞄の中から軽井沢さんのと思われる女性用の下着が出てきて……」

 

「彼はそれを自分が盗んだと認めたのね?」

 

「……うん」

 

 平田は言いづらそうに、認めたくなさそうに頷いた。

 

「そう……今の話を聞いて、何か思ったことはないのかしら?」

 

 堀北はクラスメイトを見渡してそう尋ねる。

 その問いに軽井沢が不機嫌そうに言い返す。

 

「何が。盗んだものを自分の鞄に入れてたってだけでしょ」

 

「まずそこからおかしいのよ。普通盗んだ物を自分の鞄に入れるかしら? 事件が発覚すれば疑われるのはクラスの男子たち。そうなれば男子の荷物を確認することくらい簡単に想像がつくはずだけど。私が犯人だったなら、下着はどこか別のところに隠すか捨てるかして証拠隠滅を図るわ。にも関わらず下着は柚椰君の鞄から出てきた。これはどういうことかしら?」

 

 堀北の淡々とした解説をクラスメイトは黙って聞いていた。

 彼女の言うことは尤もだったからか、クラスの中に違和感が広がり始める。

 

「そもそも私達の鞄は男子のものも含めて全てがテントの前に置かれていた。篠原さん、貴女は男子を問い詰めるときに言ったわよね? 『荷物は外に置いてあったから盗ろうと思えば盗れる』って」

 

「い、言ったけど……」

 

「つまり言い方を変えれば誰にでも犯行は可能ってことじゃないかしら? 鞄から下着を盗ることも。それこそ、盗った下着を誰かの鞄に入れて罪を擦り付けることも、ね」

 

「そ、それは……!」

 

「つまり柚椰君の鞄から下着が出てきて、彼が犯行を認めたからといって彼が本当に犯人であるとは限らないのよ」

 

「じゃ、じゃあ黛君はなんで犯人だって認めたの? やってないなら認める理由がないじゃん!」

 

 篠原の疑問は尤もだった。

 もし柚椰が犯人でないのなら、わざわざ自分が犯人だと言う理由がない。

 一体何故彼はわざわざ自分から罪を被るようなことをしたのだろうか。

 

「ここからは私の推測よ。恐らく、最初に下着が入っていたのは別の男子の鞄だったんじゃないかしら?」

 

「「「──っ!」」」

 

 堀北の仮説に男子たちは息を呑んだ。

 しかし動揺を悟られぬよう、努めて平静を装う。

 

「鞄が一箇所に纏めて置いてあることから、犯人は誰にでも罪を着せることが出来る。けどだからといって、容疑者不明のままいけばこのクラスはどうなるかしら? それこそ初日に彼が言った最悪のケースになり得るんじゃない?」

 

「じゃあまさか黛君は……」

 

「自分を犯人にして強引に事態を収めようとした。私はそう考えているわ」

 

「そ、そんなのアンタの勝手な想像でしょ! アイツが本当に犯人かもしれないじゃん!」

 

 堀北に圧倒されかけた軽井沢だったが、それでも柚椰への疑いは晴れていないらしく声を荒らげる。

 感情的になっている彼女に対し、堀北の方は至って冷静だった。

 

「えぇ、だから言ったでしょう。私の推測だって。貴女が柚椰君を犯人だと決めつけて罵声を浴びせかけているのと同じように、私も彼が無実であると本気で信じているだけよ。少なくとも私は貴女より遥かに彼のことを知っている自負がある。どっちにしてもいずれ証明されるはずよ。私の主張と貴女の主張、どちらが真実なのかはね」 

 

 彼女は柚椰が犯人だとは全く思っておらず、真犯人は別にいると主張している。

 対して軽井沢は本人が自白しているのと、鞄に下着が入っていたことから柚椰が犯人だと思い込んでいた。

 両者の主張は真っ向から対立しており、現状これの真偽を判断できる材料がない。

 しかし堀北はいずれ真相は明らかになると確信していた。

 それは偏に、彼女の柚椰に対する信頼だろうか。

 そこで話は終わりかと思われたが、堀北はまだ言い足りないのか顔を顰めて軽井沢を睨む。

 彼女が苛立っているのは柚椰が犯人として受け入れられていることの他にもあるのだ。

 

「そもそも貴女、自分は何の罪もないかのように振舞っているけど、自分がこうなったことに心当たりはないのかしら?」

 

「何それ。そんなの無いに決まってんじゃん」

 

 いきなり何を言い出すのかと軽井沢は不機嫌そうに言い返す。

 そんな彼女に対して堀北は腕を組み呆れたような表情をした。

 

「本当にそうかしらね。私は貴女のことはよく知らないし知る気もないわ。でも今までの学校生活を見る限り、随分と好き勝手に振舞ってきたように見られたけれど。あれは5月頃だったかしらね。貴女クラス中を回ってポイントを借りてなかった? あの時借りていたポイントは結局返済したのかしら?」

 

「──っ! そ、それは……」

 

 痛いところを突かれたとばかりに軽井沢は顔を顰める。

 その表情から彼女が未だ借金を返済していないことは明白だった。

 

「その顔を見る限り、未だに返済してないようね。自分の日頃の行いが悪いからこんな問題に発展したとは考えなかったのかしら。恨みを買ってもおかしくない行動をしてきた自覚はある?」

 

「そ、そんなのアンタだってそうじゃん! 友達もいないし口も悪いアンタなんてもっと恨まれて──」

 

「私は人と馴れ合いたくないから突き放した。けど貴女は友達であることを盾にして人からポイントを巻き上げた。どちらが恨みを買いやすいかは明白じゃない」

 

「ち、違う! 私は巻き上げたりなんてしてない! ちゃんと後で返すつもりで──」

 

「先月、ようやくこのクラスに再びポイントが支給された。その時点でせめて仲の良い人たちには返済できたはずじゃない。なのに貴女はそれをせず、1ヶ月経っても何もしていない。今の貴女の言葉に説得力はあるのかしらね?」

 

「っ……!」

 

 堀北の言葉に軽井沢は思わず周りを見渡す。

 彼女と日頃連んでいる篠原、佐藤、松下。

 そして彼女がポイントを借りていた女子の面々。

 しかし皆一様に軽井沢の視線から逃れるように目を逸らすか俯いていた。

 その反応は、大なり小なり彼女に思うところがあるという証明だった。

 

「私から見ても篠原さんや佐藤さん、松下さんは良い人だと思うわ。ポイントを貸したきり返す気配もない人の下着が盗まれて、自分のことのように怒れるんですもの。自業自得としか言えないこの状況で、それでも寄り添おうとはしてる。私には到底できないわ。尤も、しようとも思わないけれど」

 

「くっ……!」

 

「ほ、堀北さん、もうそこまでにしてあげてくれないかな?」

 

 言い返す言葉もなく俯く軽井沢を見かねてか平田が割って入る。

 しかし彼の仲裁も意味を成さない。

 堀北は今度は入ってきた平田に矛先を向けた。

 

「平田君、貴方にも責任の一端はあると思うのだけど。曲がりなりにも彼女の恋人であるなら、当然彼女がやってきたことも知っていたはずよね? 何故今まで一度たりとも彼女に注意するなりしなかったのかしら?」

 

「それは……」

 

「大方、クラスの和を乱さないために、と思っていたんでしょうけど。結果としてこの状態よ。彼女は友達を裏切っているのだから」

 

 そう言うと再び軽井沢に視線を移す。

 

「軽井沢さん、私は貴女のグループにも櫛田さんのグループにも入っていないし入るつもりもないわ。けど、そうね……もしどちらかの味方をしろと言われたら……私は迷うことなく櫛田さんの方を選ぶわ。少なくとも彼女は、貴女よりは人の気持ちを考えられる人間でしょうから」

 

「堀北さん! そんな言い方しちゃ可哀想だよ!」

 

 流石に言い過ぎだと思ったのか今度は櫛田が仲裁する。

 しかしこの状況でそれは悪手以外の何物でもない。

 Dクラスの女子は軽井沢と櫛田を筆頭に二つのグループに分かれている。

 そして今、櫛田は責められている軽井沢を助けるために仲裁に入った。

 この時点で二人の力関係が決定付けられたと言っても過言ではないのだ。

 加えて櫛田が口にした『可哀想』という言葉。

 無意識からか、あるいは良心から出たものなのかは定かではない。

 しかしその言葉は皮肉にも()()()()()()()()()()()()ということを浮き彫りにする決定打となってしまった。

 

「そうね。これ以上彼女に何を言っても無駄でしょうしここまでにしておくわ」

 

 言いたいことは全て言い終えたのか、堀北はそこで矛を収めた。

 彼女はもうこの場に用はないと言わんばかりに踵を返し、その場を去ろうとする。

 しかし最後に、堀北は足を止めて顔だけを軽井沢に向けると口を開いた。

 

 

 

「軽井沢さん、この際だからはっきり言わせてもらうわ。貴女が踏ん反り返って座ってる女王の玉座、()()()()()()()()()()わよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
黛君の意図を堀北ちゃんは理解していました。
しかし彼がそんなことを独断で決めたこと、
周りがあっさりそれを事実と受け入れていること、
そして軽井沢ちゃんが被害者ぶっていることにカチンときて言い放ってしまったわけですね。

結果としてある種のファインプレーになってしまってるわけですが。

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