ようこそ人間讃歌の楽園へ 作:gigantus
無人島での特別試験が終わってから3日が経過した。
高度育成高等学校の生徒たちを乗せた豪華客船では、何事も起きることなく平穏な時間が流れていた。
無人島でのサバイバルという過酷な試験を乗り越え、ようやく生徒たちは旅行らしい旅行を満喫できるようになった。
至れり尽くせりの設備が整った豪華客船、嫌なことも忘れられる夢のような旅行の最中。
うら若き少年少女にとっては何かイベントが起きても不思議では無い。
噂では既に幾つかカップルが誕生したとかしていないとか。
しかしそんなことは彼、綾小路清隆には無縁だった。
試験前と何も変わらない、孤独な時間が彼には流れている。
「(いや、厳密には変わりつつあるが……)」
目下綾小路が考えているのは己のこれからの身の振り方。
彼の入学時からの目論見は大きく軌道修正を強いられることになっていた。
この学校を選んだ一番の理由である『外部との接触の禁止』。
それが今『ある男』……彼の父親によって根底から覆されようとしている。
その兆候があることを彼は担任である茶柱先生から告げられた。
そして現在、彼は自身の身の安全を保障してもらう代わりにAクラスを目指すために尽力する契約を結んでいる。
先生の話が真実であるのか嘘であるのかを確かめる術は今の所ない。
綾小路には契約を呑む以外選択肢はなかった。
「(だが、いつまでも言いなりになるつもりはない)」
彼が茶柱先生に従っているのは、あくまで現時点での話に過ぎない。
必要な情報が揃い次第、逆に自分の方から仕掛けることも彼は考えていた。
先手必勝。やられる前にやる。
先生が自分を退学にするつもりならば、こちらは相手を辞職に追い込むことも辞さない構えだった。
「(それに問題は
目下の懸念材料は何も茶柱先生だけではなかった。
彼が思い返したのは先日の無人島での特別試験。
そこでDクラスは他クラスを抑えて見事1位という大健闘をした。
その勝利に表立って貢献したのが黛柚椰。
そして彼と協力してDクラスを勝利に導いた陰の立役者こそ綾小路だった。
二人以外にも、クラスの調和を維持した平田や櫛田。
柚椰の考えを汲み取ってクラスに思考することを促した堀北も勝利に健闘したと言えるだろう。
今回の試験で勝利に貢献したのは綾小路を含め全部で5人。
その中で綾小路が気になっていたのは3人。
クラスを導いた平田と櫛田、そして柚椰だ。
綾小路清隆という人間は根本的に人を
クラスメイトたちを仲間と思ったことはなく、ましてや心配をしたこともない。
彼にとって何よりも優先すべきことは『勝利』ただ一つ。
最後に『勝って』さえいれば、その過程で何が犠牲になろうと構わない。
綾小路にとって平田も、櫛田も、堀北も、そして柚椰も
道具だからこそ、その道具に不可解な点があれば見過ごすことはできない。
この学校におけるDクラスとは落ちこぼれの集まりだ。
学力、知性、判断力、身体能力、協調性。
それらのステータスが全体的に低いか、あるいは極端な偏りがあるか。
あるいは人間性に致命的な欠陥を抱えている人間がDクラスに集められていることはこの数ヶ月で綾小路も理解していた。
須藤や池、山内は学力が低く、人間性はお世辞にも完成されているとは言えない。
堀北は文武両道ではあれど、協調性が絶望的であり、人間性にも難があった。それは高円寺も同様だ。
誰しもが何か欠陥を抱え、それが足枷となったが故にDクラスに配属された。
では先の3人はどうだろうか。
平田は成績優秀、スポーツ万能。そして協調性も高いクラスのリーダーだ。
櫛田も成績は上の中でスポーツも苦手というわけではない。協調性は言わずもがなだ。
これまで接してきた上で、2人には欠点らしい欠点が見つからないというのが綾小路の正直な感想だった。
強いて挙げるならば平田はクラスの和を意識しすぎるが故に、イレギュラーへの対応力が弱い。
その点においては櫛田は完全に平田の上位互換とも言えるほどに臨機応変な対応を特別試験では見せていた。
つまり櫛田は良く言えば柔軟性がある。
悪く言えば切り捨てるという決断が出来ないといったところだ。
特別試験5日目に起きた事件で起きた軽井沢の孤立。
あそこで櫛田は彼女を切り捨てることも、彼女を自分のグループに吸収する選択肢も存在していた。
しかし櫛田はそれをしなかった。それを欠点と言うのならば欠点だろうか。
そして一番の謎。
「(柚椰の欠点。アイツがDに居る原因はなんだ……?)」
綾小路は柚椰のスペック、人間性、そしてこれまでの行いを振り返った。
柚椰はスペックは高円寺と同等以上に高く、協調性も平田や櫛田と並ぶほどに高い。
性格もお人好しを絵に描いたようなもので、落ちこぼれだった須藤にも手を差し伸べ、彼の窮地を二度も救った。
堀北の性格を軟化させたのも柚椰と関わったことが起因しており、彼女を成長させる要因になったことも特別試験で理解できた。
非の打ち所がない柚椰は間違いなくAクラス相当の実力を持つ優秀な人間だった。
では一体何故、彼はDクラスに配属されたのか。
「(考えられるとすれば、5日目のアレか……?)」
真っ先に思い当たったのは5日目の朝に柚椰が起こした一つの行動だった。
クラスの不和を防ぐために彼が決行した自己犠牲。
下着泥棒の罪を被り、クラスの敵になることを選択した彼の行動。
柚椰に欠点があるとすれば、その自己犠牲だろうか。
「(過去に自己犠牲によって何か仕出かしたということか……?)」
もし、過去に彼が罪を被ったまま、真相が明らかにならなかったことがあったとしたら。
それはそのまま彼の汚点となり、消えない経歴として残るのではないだろうか。
結果、それを学校側が調査の過程で知り、彼の欠点として処理したのではないだろうか。
だとすれば辻褄は合う。推測としては尤もらしいものだった。
しかし──
「(
これまで過ごした日々の中で、柚椰が計算高い人間であることは綾小路も理解していた。
どこまでも抜け目なく、念入りに、着実に、水面下で勝ちへの道筋を作り上げる。
そしてその一手で以って、確実に勝利をもぎ取る。
「(手法そのものは俺と似ているな……
綾小路が気にかかっているのは、そこまでの頭が働く人間がつまらないミスを犯すのかという点。
明確な勝ち筋を見出し、下準備を怠らない男がみすみす汚名を背負うようなことになるだろうか。
もしかしたらそのようなこともあるかもしれない。
柚椰といえど下手を打つことはあるのかもしれない。
であるならば、所詮はその程度の人間だったというだけのこと。
勝ち続けられない人間など、綾小路の敵ではなかった。
しかし──
「(やはり信用は出来ないな)」
明確な答えは分からない。
真相は柚椰本人にしか分からない。
だからこそ、綾小路は彼を信用しない。
柚椰は優秀なのだろう。人格も優れているのだろう。
彼は信頼出来る協力者として扱えるだろう。
けれど決して
「(Cクラスの最終的なリーダーを知っていた理由も気になるしな)」
綾小路が思い返したのは6日目の夜の柚椰からの報告。
彼はCクラスのリーダーが伊吹に変わったことを報告してきた。
一体彼はどのようにしてそれを知ったのだろうか。
伊吹と龍園のやりとりを身を潜めて監視していたのだろうか。
確かに周りが森で囲まれている島の中でならば身を隠すことは容易だろう。
ルールの穴に気づいた龍園が周囲の警戒を怠って伊吹にリーダーを変更することを喋ることもあるかもしれない。
ありえる話。ありえそうな話。
そうであるかもしれないし、そうでないかもしれない。
確実な真実を知ることは出来ない。
「(やはり柚椰は決して信用出来ない)」
綾小路は改めて柚椰の計算高さを理解した。
可能性の高い推測は導き出せても、確定出来る要素は残さない。
人間は、自分にとって都合のいい可能性を
それは下着泥棒のときでもそうだった。
女子たちは無意識の内に男子を犯人と決めつけ、無意識に平田と柚椰を信用して容疑者から外していた。
信頼は信用を呼び、無意識の内に真実を見定める目を曇らせる。
「(無意識の信頼。根拠のない信用。か……柚椰は侮れない)」
柚椰がそれを
自分が行動することによって周囲がどのような反応を示すかを理解している。
コミュニティにおける自分の立ち位置を理解している。
周囲からの信頼を得るためにはどう振る舞えばいいのか、どう立ち回るべきかを理解している。
黛柚椰という男の実力は目に見えるものではなく、そういったもの。
人が集まる環境に自然と溶け込み、自然と信用される立ち位置を勝ち取る。
それは人間の心理を深く理解しているが故の強さであると綾小路は察した。
「(もし、アイツが敵に回ることがあれば……間違いなく厄介な相手になる)」
この先もしも、柚椰が自分の敵になることがあれば。
己の邪魔をする障害となったならば。
「(容赦なく潰すだけだ。俺にとって、情の湧く相手なんてものは1人もいない)」
そう、それが綾小路清隆の在り方。
自分の道を阻む者がいるのなら潰す。
自分の敵として立ちはだかるのなら潰す。
情けなんてものはかける余地もない。
そもそも彼に情けをかける感情なんてものは存在していなかった。
たとえクラスメイトであろうと、たとえ家族であろうとそれは変わらない。
だからこそ──
「柚椰とは
協力者として、柚椰は確かに使える優秀な駒だった。
わざわざ詳しく話さなくても考えが伝わり、見解を述べることができる。
それは綾小路が無人島試験で実感したことだった。
上手く扱うことが出来れば柚椰は非常に強力な武器になる。
しかしいくら強力な道具でも使い手に牙を剥く危険があるものを無闇に使うわけにはいかない。
そのため綾小路は柚椰とはまた別の駒を求めた。
弱みを握り、確実に支配できる駒を。
飼い主に噛み付くようなことがあればすぐに始末できるような扱いやすい駒を。
「「いただきます」」
船内最上階のデッキにあるレストランで、平田と柚椰は食事を摂っていた。
ちょうど同じタイミングで昼食を食べにきた柚椰を平田が誘ったのだ。
「改めてありがとう黛君」
「どうしたんだい? 藪から棒に」
「特別試験でDクラスが1位になれたのは君のおかげだったから」
「今回は運が良かっただけだよ。これからはどうなるか分からないさ」
柚椰の言葉を謙遜と受け取ったのか平田は柔らかく微笑む。
「軽井沢に下着は返せたかい?」
「うん。伊吹さんが犯人だと分かって君の誤解も解けたからね」
「それはよかった」
無人島でのトラブルも無事に後処理が済んだことで平田も胸を撫で下ろしていた。
しかし彼は一転して真剣な表情になると柚椰にある相談を持ちかけた。
「実は黛君に少し相談があるんだ……」
「なにかな?」
「僕と堀北さんの橋渡し役になってほしいんだ」
「鈴音の? どうしてまた」
「君が犯人を装ってクラスから離脱したとき、堀北さんは一番早く君の意図に気づいた。彼女が皆にそれを伝えてくれたおかげで、クラスの中で君を信じる雰囲気が生まれたんだ。事情を知っていた僕たち男子にとって彼女の存在はとても助かった」
平田は堀北が皆の前で己の立てた仮説を語ったときのことを思い出していた。
あのとき彼女が立てた仮説はまさにその通りといったものだった。
柚椰が離脱した後、どのようにして皆を纏めるべきか悩んでいた平田にとって、彼女のそれは救いの手だった。
それを櫛田が汲み取り、上手く落とし所を作ったことで皆が分裂することなく纏まったのだ。
試験後半におけるクラスの功労者は堀北と櫛田だと平田は感じていたのだ。
「清隆から聞いたよ。鈴音のことは俺にとっても予想外の好転だった」
「今回の一件で堀北さんも君を信頼してるんだって分かったよ。そしてやっぱり、僕たちがこれから他のクラスと戦う為には、堀北さんの力が必要だってことも。彼女のように堂々と皆の前で自分の意見が言える人っていうのは重要だと思うんだ」
「目に見える事象から導き出される安易な結論に逃げず、自分で思考できる人間、ということかい?」
その言葉に平田は頷く。
「あれから男子だけじゃなく女子の中にも堀北さんを慕う人も出てきたみたいだし、彼女が皆と仲良く出来ればもっとクラスの雰囲気も良くなると思う。協力し合えればCクラスやBクラス、ううん、Aクラスにだって上がれる気がするんだ」
平田は入学して間もない段階で堀北を買っていたのだろう。
彼女が持ちうるポテンシャルの高さに気づいていたが故に、今が良い機会だと踏んだのだ。
「橋渡しか……まぁ鈴音も別にクラスメイトを嫌っているわけではないみたいだよ。一応健とかとは会話が出来ているからね。と言っても、ほとんど言い争いに近いけど」
「ははは……でも、端から見てたら2人の仲が悪いわけじゃないってことは分かるよ。須藤君も堀北さんも、そういうやり取りが楽しいからやってるんだよね?」
「健も鈴音が歯に衣着せないというのは分かっているからね。鈴音も鈴音で、これまでのことで健のことは一応認めているみたいだから」
「入学当時の印象からは想像できないよ。ところで、黛君はどうやって堀北さんと仲良くなったの?」
堀北をクラスに馴染ませるためにまずは友達から始めてみるつもりなのか、平田はそんな質問をした。
その質問に対して柚椰は顎に手を当て思案すると、やがて口を開く。
「平田には教えるけど、最初は少し狡い手を使ったんだ」
「狡い手?」
予想外の言葉に平田は首を傾げる。
「鈴音が自分に自信を持っていることを逆手にとったってことさ。『友達になったら勉強を教えてあげるよ。案外君より出来るかもしれないから』とね」
「なるほど……敢えて堀北さんを焚きつけたんだね」
「そういうこと。それでひとまずお試し期間ということで友達付き合いを始めたんだ。明確に友達認定されたのは5月頭のときだね。この学校のシステムが明かされた日だ」
「結構早かったんだね」
「俺が早々にシステムに気づいていたということと、小テストで満点だったことが大きかったみたいだね。今でこそ損得関係なく仲良くしてくれているけど、最初は俺が彼女にとってメリットを齎す人間だったからってことなんだ」
「そうだったんだ……2人にも色々あったんだね」
初めて詳しい事情を聞いた平田は、2人の人間関係の変化が思いの外特殊だったことが意外だったのか驚いていた。
「じゃあ堀北さんと仲良くなるには、僕たちが使える人だって思ってもらわないとダメだってことかな」
「どうだろうね。今の鈴音なら少しは歩み寄ってくれるかもしれないな。彼女も1人の力ではAクラスに上がるのは無理だと分かっているみたいだからね。特別試験の時、桔梗のことをアシストしていたんだろう? それは以前の彼女では考えられなかったことだ」
「! そういえばそうだね。堀北さんは櫛田さんとも関わろうとしなかったから驚いたよ」
「鈴音も少しずつ変わり始めてるってことさ。必要とあらば、きっと手を貸してくれるよ」
「そうだね。そうだといいな」
柚椰の言葉に安心したのか、平田は食事を再開した。
だがちょうどそのとき、誰かが近づいてくるのに気づいたようで彼は一瞬戸惑ったような表情を柚椰に向けた。
「平田君っ! ここにいたんだ……一緒にご飯食べ──あっ……」
嬉しそうな、けれどどこか焦っているような声をデッキに響かせながらやってきたのは軽井沢だった。
彼女は平田を見つけるや否や嬉しそうな顔で駆け寄ってきたが、同席しているのが柚椰だと分かった途端その勢いは急速に萎んだ。
柚椰は軽井沢の表情から彼女の気持ちを察したのか食事の手を止めて席を立った。
「どうやらお邪魔みたいだね。俺はもう行くよ」
「えっ、まだ食べ終わってないじゃないか」
席を立った理由を察しつつも、平田はそう言って呼び止めるが柚椰は自分の食事を手に取った。
「あまり食が進まなくてね。あぁ、俺のことは気にしなくていい。彼女と二人きりのランチを楽しんでよ」
そう言い残して柚椰はさっさとその場を去ってしまった。
「あっ……」
去りゆく彼の背に向けて何かを言いかけた軽井沢だったが、明確な言葉になることはなかった。
「酷い目にあった……」
昼食時でもあまりお腹が空いていなかった綾小路は船内をぶらぶらと探索していた。
その道中、彼はボーイと揉めている高円寺に遭遇した。
尤も、揉めているというのは正確ではなく、ボーイが注意を促しているのを高円寺がまるで意に介していないという光景だったのだが。
どうやらプールから上がった高円寺が身体を全く拭かずに船内を歩き回っているのをボーイが咎めていたようだ。
高円寺は綾小路を見るやニコニコしながら近づいて髪をかきあげた。
前述したように高円寺は身体を拭いていなかった為水浸しだった。
結果、綾小路は高円寺から飛び散った水滴を顔面と制服に浴びることになった。
人に水滴を飛ばしておきながら高円寺は全く気にせず、自分の髪のかきあげ方のみにしか意識を向けていなかった。
これ以上巻き込まれたくないと思った綾小路は困り顔のボーイを見捨ててその場から逃げた結果が今である。
「(まぁ夏だしすぐに乾くだろう)」
濡れた髪と制服に不快感を覚えながらも、彼は引き続き船内を探索していた。
船は地上5階地下4階の全9階層に分かれている非常に大きなものである。
地上階には生徒が利用できるラウンジや宴会用のフロア、客室などが設けられている。
地下階には映画館や演劇場などの様々な娯楽施設、屋上にはプールとカフェと至れり尽くせりの環境だ。
現在綾小路が歩いている地上2階は生徒が使っている客室とはまた違った雰囲気があるフロアだった。
何のためのフロアなのか分からないまま歩いていると、ポケットの携帯が震えた。
「ん……メールか」
確認するとメールの差出人は佐倉だった。
事情は分からないが、暇を持て余していたこともあってか綾小路はすぐに承諾の旨の返事を送り、彼女が呼び出した場所へと向かった。
「はぁっ……はぁぁっ……はぁぁぁぁ……」
指定された場所に到着した綾小路が目にしたのは重苦しいような悩み深そうなため息をついている佐倉の姿だった。
「どうしたんだ。随分深いため息だな」
「わぁっ!? あ、綾小路君っ!」
不意打ちだったようで佐倉は丸まっている背筋をピンと張って慌てふためいていた。
「驚かせて悪いな」
「う、ううんっ。私がちょっと、変に緊張してただけだからっ」
そう言うと佐倉は大きく深呼吸して心を落ち着かせる。
「綾小路君って、同室の人は平田君と高円寺君、幸村君……なんだよね?」
「俺か? あぁそうだけど、それがどうかしたのか?」
「うん……実は、その……私、同じ部屋の人のことでちょっと悩んでて」
佐倉の悩みとはルームメイトについてだった。
彼女と同室の女子は篠原、市橋、前園の3人。
篠原は軽井沢のグループに属していた女子で我が強い人間だ。
市橋と前園も篠原に似て強気な性格の女子であり、佐倉とは真逆のタイプだ。
「(こうも真逆の人間ばかりが同じ部屋とは……流石に気の毒になってくるな)」
事情を聞いた綾小路は今まで泣きつかなかった佐倉を褒めたくなった。
「事情は分かったが、どうして俺に?」
「……綾小路君なら、何かアドバイス、くれるんじゃないかな、って」
ぼそぼそと小さく呟く佐倉。
頼れる人間が自分しかいないのだろうと綾小路は察した。
しかし悲しいかな、彼自身も別段ルームメイトと仲が良いというわけではなかった。
「悪いが力になれるかどうかはなんとも言えないぞ。俺も正直同室の中で話す相手は平田くらいだ。その平田も向こうから話しかけてくれるときに話す程度だしな」
「そ、そうなんだ……」
「佐倉のルームメイト達とも仲良い奴はいないしな……」
どうしたものかと綾小路が考え込んでいると、彼と佐倉を見つけた1人の女子がやってきた。
「あれ? 綾小路君と佐倉さん。どうしたの2人して」
やってきたのは2人と同じクラスの櫛田だった。
彼女がやってくると佐倉の明るかった表情は途端に消え、居心地悪そうな雰囲気に変わった。
明らかに櫛田が現れたことに対する拒否反応だった。
「あ、邪魔するつもりはないよ? 友達と合流することになって来ただけだから」
「……私、部屋に戻るね」
櫛田が慌てて引き留めようとするも、佐倉は駆け足で去っていってしまった。
「うー……ごめんね。タイミング悪かったね。声かけないほうがよかったかなぁ」
残された綾小路に手を合わせて謝る櫛田。
しかし同じクラスの人間がいることに気づけばどの道佐倉が移動してしまうと思った綾小路は気にしていなかった。
「そういえば、船に戻ってから初めて櫛田と話した気がするな。柚椰と二人で居たり色んな子と遊んでるのだけは見たんだが」
Dクラスでも一番の人気者である櫛田は今では全クラスを通して人気の女子になっていた。
佐倉や堀北などの一部の生徒を除き、櫛田の交友関係は一年生全クラスに渡っている。
「今日はCクラスの子たちと遊ぶんだ。あ、もし良かったら綾小路君もどう?」
「え、いいのか?」
「えっ、来るの?」
櫛田の戸惑ったような反応から、彼女の発言が社交辞令だと気付いた綾小路。
変な空気を払拭すべくきちんと断ろうと思った。
「冗談だ。俺が行っても気を遣わせるだろ?」
「あはは、そんなことないよ。でも、綾小路君も冗談言うんだね」
櫛田も綾小路を気遣ってかそんなことを言った。
「じゃあ私行くね」
軽く別れの挨拶を交わしたとき、突如二人の携帯が同時に鳴った。
キーンという甲高い音。それは学校からの重要な連絡の際に鳴る通知音だった。
マナーモードであっても強制的に音が鳴ることから重要性の高さが窺える。
「なんだろうね?」
何事かと櫛田が足を止めて携帯を確認する。
彼女に倣い綾小路もまた自身の携帯が受信したメールを確認しようとした。
すると今度は船内アナウンスが入る。
『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合には、お手数ですが近くの教員に申し出てください。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れのないようお願いいたします。繰り返します──』
アナウンスの内容を聞き終えた二人は互いに顔を見合わせる。
「今届いたメールのことだよね?」
「多分な」
船内にいる全生徒に同時に届いた学校からの通知。
アナウンスに従うように携帯を操作してメールを開いた二人。
メールにはこれから生徒達が取る行動と、その目的が記されていた。
綾小路の携帯に送られてきたメールは以下の通りである。
『間もなく特別試験を開始いたします。各自指定された部屋に、指定された時間に集合してください。10分以上の遅刻をした者にはペナルティを課す場合があります。本日18時までに2階204号室に集合してください。所要時間は20分ほどですので、お手洗いなどを済ませ、携帯をマナーモードか電源をオフにしてお越しください』
無人島試験終了から3日目。
一年生に第二の特別試験が課せられた。
あとがきです。お待たせいたしました。
優待者当て編開始です。