ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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彼らは1回目の会合に出向く。

 

 

 

 21時40分。船内のカラオケルームで柚椰と櫛田は顔を突き合わせていた。

 全てのグループが試験の説明を受けたのを見計らって柚椰が呼び出したのだ。

 

「試験の内容は把握したかい?」

 

「うん、グループの中にいる優待者を見抜く試験だよね?」

 

「そう。そしてこの試験で重要な鍵の一つが優待者の存在だということは分かるね?」

 

 その問いに櫛田は頷く。

 

「勿論。一つのグループに4クラスの生徒がいて、優待者と同じクラスの人は解答権がない。つまり優待者がいるクラスはグループ全員に情報を共有させるか、最後まで隠すか選ばなきゃいけないってことでしょ?」

 

「その通り。優待者及び優待者と同じクラスの人間は4つの結果の中から選択を迫られる。全員でプライベートポイントを取りに行くのか、あるいは優待者だけがポイントを得るのか。嘘で他クラスを出し抜いてクラスポイントを取りに行くのか」

 

「1日に2回の話し合いが3日。つまり6回のディスカッションをどう使うかがポイントってことだよね。グループ全員で協力し合うか騙し合うのか……」

 

 櫛田は改めてこの試験の難しさに頭を悩ませた。

 詰まる所、この試験はグループを信じるのか、クラス単位での勝利を目指すのかの二者択一。

 話し合いか騙し合いか。各々が腹の内を探り合う試験なのだ。

 

「まず、4つの結果の中で最も起こりやすいのが結果4だと俺は踏んでいるよ。他クラスを出し抜こうとして自爆する」

 

 柚椰の発言に櫛田は首を傾げる。

 

「え、でも確信がないんじゃ裏切るのも難しいんじゃないの?」

 

「優待者の告発を間違えた場合のペナルティはクラスポイントだ。つまりクラス単位では大きなデメリットにはなっても、裏切り者自身には何のデメリットもない。これが結果4が最も起こりやすい理由で、同時に最も気をつけなければいけない点なんだ」

 

「そっか、正解ボーナス欲しさに勝手に行動しちゃう人を抑えなきゃいけないってことか」

 

「結果4のペナルティにプライベートポイントが含まれていないというのが嫌らしい点だね。極論を言うと、クラスのことを考えなければ好き放題に裏切ることが出来るということだ」

 

「なるほど……」

 

 櫛田は思うところがあるのかなにやら考え込んでいる。

 

「柚椰君はこの試験をどう攻略するかもう考えてるの?」

 

「あぁ。どう立ち回るかは既に考えているよ。この試験のルール、優待者の仕組み、4通りの結果の出し方。それらの要素を熟知していれば、この試験はとても面白い演目になる」

 

 これから起こる展開を頭の中で思い浮かべながら、柚椰はカラカラと笑う。

 彼の態度から櫛田はこの試験の行く先を察した。

 恐らくきっと、この試験は目の前の男が思い描いた展開になるのだろう、と……

 

「さて、君のいる巳グループのメンバーはどうなっているのかな?」

 

「うん、ちょっと待ってね」

 

 櫛田は用意されていたルーズリーフに自分の属しているグループのメンバーを書き込んだ。

 

 

 蛇グループ

 

 Aクラス:五十嵐正人 岸田裕子 小林裕介 武田遥

 Bクラス:折原直志 紀田美優子 竜胆幸仁

 Cクラス:金田悟 冴島実 椎名ひより

 Dクラス;櫛田桔梗 白石愛美 三ヶ島沙優

 

 

「はい。これが私のグループだよ」

 

 櫛田は書き終えたルーズリーフを柚椰に手渡す。

 渡された紙に目を通した後、柚椰はテーブルにそれを置いた。

 

「優待者の発表は明日の朝。まずそこでうちのクラスの優待者を把握するところからスタートだ。これは平田や鈴音も分かっているだろうからわざわざ説明しなくても勝手に情報が集まるだろう。だから桔梗には、今から全グループのメンバーの情報を集めてほしい」 

 

「メンバーの?」

 

「優待者の情報は勿論重要だ。しかし、各グループのメンバーの情報も同じくらい重要なものなんだ。出来れば今日中に情報を集めて俺に報告してほしい。無理なら明日の朝でも構わないよ」

 

「ううん。それくらいだったら多分すぐに集められると思う。だから大丈夫だよ。同じクラスの子に聞けばいいのかな?」

 

「基本的にはそうだね。でも、今から言う生徒には聞かなくていい」

 

 そう言うと柚椰はその特定の生徒の名前を挙げた。

 

 

「綾小路、軽井沢、外村、幸村。この4人にはコンタクトを取らなくていい。彼らが属しているグループの情報は()()()()()()()からね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験説明の翌日。綾小路は朝食を摂るために船内のカフェを訪れた。

 船内には他にも食事の摂れる施設が存在する。

 生徒たちの間ではレストランのビュッフェが人気だった。

 人混みがあまり好きではない綾小路はビュッフェを避け、早朝あまり生徒が訪れないカフェに来たのだ。

 そのカフェの中でも日陰の、人のいないテーブル席に座りながら彼は人を待っていた。

 数分ほどそうしていると、彼のいるテーブルに件の相手がやってきた。

 

「おはよう清隆」

 

「おはよう綾小路君」

 

「あぁ。おはよう柚椰。それと、堀北もおはよう」

 

 やってきたのは柚椰と堀北だった。

 2人は綾小路の向かいに腰を下ろす。

 

「もう先に注文してる?」

 

「いや、2人を待っていたからな。まだ何も」

 

「そっか」

 

「なら早速、試験について話し合いましょう」

 

 3人がここに集まったのは試験について意見を交換するためだった。

 そのため堀北は早く本題に入るよう促す。

 彼女の言葉で男子2人も真剣な表情になる。

 

「それで、柚椰と堀北は同じグループだったってことでいいのか?」

 

「あぁ、ルールについても事前に聞いていたものと同じだった。12のグループで4つの結果の内どれかを選ぶ」

 

「そして今日の朝8時...つまりもうすぐ優待者の発表があるわ」

 

 時刻は7時55分。つまり後5分で予定時刻になる。

 

「ところで、お前たちのグループのメンバーはどうだ? 人数は?」

 

 綾小路の質問に答えるように、堀北が紙をテーブルの上に出した。

 

「ここに書いてあるわ。見たら驚くと思う」

 

 テーブルに置かれた紙を取り、綾小路は目を通す。

 2人が属しているのは辰グループ。

 そこに属している他クラスのメンバーを確認した。

 

「各クラスのリーダー格が揃っている感じだな」

 

「そうだね。でも、葛城や龍園がいるのに一之瀬がいないのは意外だったな。てっきり彼女も辰グループにいるものだとばかり思っていた」

 

 柚椰のその疑問に答えたのは綾小路だった。

 

「一之瀬は俺のグループにいるぞ。卯グループだ」

 

「へぇ、ちょっとメンバーを教えてもらってもいいかい?」

 

「あぁ。俺も事前にメモしてあるから見てくれ」

 

 綾小路は自分のグループのメンバーをメモした紙を2人の前に置いた。

 

 

 卯グループ

 

 Aクラス:竹本茂 町田浩二 森重卓郎

 Bクラス:一之瀬帆波 浜口哲也 別府良太

 Cクラス:伊吹澪 真鍋志保 藪菜々美 山下沙希

 Dクラス:綾小路清隆 軽井沢恵 外村秀雄 幸村輝彦

 

 

「これはこれは、随分と意外な面々だ」

 

「そうね。この顔ぶれに一之瀬さんがいるのは違和感を感じるわ」

 

 綾小路のグループを確認した2人は揃って意外といった表情を浮かべていた。

 やはりこのメンバーの中で異彩を放っているのは一之瀬だろう。

 Bクラスのリーダー的存在である彼女がここに当てがわれたのは何か意図があるのだろうか。

 

「Aクラスは葛城、Bクラスは神崎、Cクラスは龍園。そして俺たちのクラスからは平田と堀北と柚椰。辰グループにリーダー格を集めるつもりでグループ分けがされてるのは間違いないはずだ」

 

「だからこそ、一之瀬がいないことが気になるね……もしかしたら、何かしらの手が加わったのかもしれない」

 

「学校側が一之瀬さんをあえて辰グループから外したってことかしら?」

 

「あるいはBクラスの担任の判断かもしれないね。グループ分けに担任の意向がある程度反映されている可能性もある」

 

「となると、卯グループで警戒すべきは彼女ってことになるわね」

 

「まぁ今の所は推測でしかないね。グループ分けに法則があったとしても、それを確定できる要素はまだないだろう」

 

「問題は優待者が誰になるか、だな」

 

 3人は時間を確認する。

 あと数十秒で予定時刻の8時を迎える。

 

「もうすぐ時間ね。優待者は誰になるかしら……」

 

 時刻が8時を迎えると同時に、3人の携帯が一斉に鳴った。

 すぐに届いたメールを確認する。

 ほぼ同時に内容を読み終えると、互いに携帯の画面を見せ合った。

 

『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人として自覚を持って行動し試験に挑んで下さい。本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。辰グループの方は2階辰部屋に集合して下さい』

 

『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人として自覚を持って行動し試験に挑んで下さい。本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。卯グループの方は2階卯部屋に集合して下さい』

 

 柚椰と堀北、綾小路の受け取ったメールはほぼ同じだった。

 グループが異なるため当然一部違うが、あとは同じ文章が並んでいる。

 

 

「優待者に選ばれていたら文面も違っているのかもな」

 

「そうかもしれないね。ともあれ、俺たちは全員優待者じゃないということだ」

 

「そうなるわね。喜ぶべきか悲しむべきか」

 

「優待者はやり方次第で全ての選択が許されるからな。意味のない仮定だが、この中の1人でも優待者だったら作戦も練りやすかったな」

 

「こればかりは俺たちにはどうすることも出来ないね」

 

「優待者に選ばれたかどうかは大きなポイントね。優待者以外の生徒は、誰が優待者なのか探らなければならない」

 

「柚椰、お前はどう見る?」

 

 綾小路は柚椰に意見を求めた。

 彼自身既に考えはいくつかあったが、協力者である柚椰の見解を聞きたかったのだ。

 

「グループは全部で12。クラスは4つ。単純に考えればどのクラスにも優待者は3人いると考えるのが妥当かな」

 

「学校側が特定のクラスに優待者を偏らせることはないということか?」

 

「そうだね。偏ってしまったら、それこそ試験そのものが出来レースになりかねない。清隆も鈴音も、メールをもう一回見てみてほしい」

 

 そう促され、2人は改めて携帯に目を落とした。

 

「このメールの最初の文面、『厳正なる調整の結果』と書いてある。優待者がプログラムか何かでランダムで選出されているのなら『厳正なる抽選の結果』と書いてもいいはずだ。にも関わらずメールには”調整”と書いてある。ということは?」

 

「優待者は選ばれるべくして選ばれる、ということかしら?」

 

「そうだと俺は踏んでいるよ。試験を公平に執り行うためなのか、あるいは全グループとの兼ね合いなのか。意図は分からないが、優待者は学校側が考えた上で選んでいる可能性が高い」

 

「恐らくリーダー格の連中も同じ考えに行き着いているだろうな。もう幾つか戦略を練っているかもしれない。俺たちもどう立ち回るか早い段階で定めておかないと出遅れるぞ」

 

「分かっているわ」

 

 堀北は言われるまでもないといった態度で返した後、考え込む素振りを見せる。

 

「昼に1回目のグループディスカッションがあるから、そこで顔を突き合わせてみれば他クラスの方針もある程度見極めることが出来る。無人島の時と同じように、他クラスの動きを知るのは攻略する上で必須だね」

 

「柚椰君が一番警戒しているのは誰かしら? リーダー格が集中している私たちのグループは探りをいれる上で要だわ。意見を聞かせて」

 

 堀北の問いに柚椰は暫し考えた後答える。

 

「この試験の複雑さから考えるとダントツで龍園だろうね。彼はDクラスにとって目先の障害であると同時に、脅威になると思う」

 

「同感だな。単純な学力において優秀なのはAクラスの葛城になるだろうが、警戒すべきは龍園の方だろう。何をしてくるか分からないからな」

 

「無人島の時と同じようにルールを逆手に取ってくるってことかしら? 確かにそう考えると彼は危険ね」

 

「いい天気だな鈴音」

 

 不敵な笑みを浮かべながらやってきた二人組。

 まさに話の渦中にいたCクラスの龍園。そしてもう一人──

 

「気安く名前を呼ばないでと前に言わなかったかしら。それと……この前はうちのクラスが随分世話になったわね、伊吹さん」

 

 龍園の隣には強気な目つきで3人を睨む女子生徒、伊吹の姿があった。

 彼女は堀北の言葉に何か言うでもなく、ただ黙って龍園の横にいた。

 やはり龍園が伊吹を従えているのは事実なのだろう。

 

「メールが届いたと思うが結果はどうだったんだ? 優待者にはなれたか?」

 

「教えるわけないでしょう。それとも、聞けば貴方は教えてくれるのかしら?」

 

「お望みとあればな」

 

 龍園はそう言って隣のテーブルにある椅子にどっかりと腰を下ろした。

 

「昨日の様子じゃ、葛城は随分とDクラスを警戒している様子だったな」

 

「無理もないわ。眼中になかった相手が自分たちを差し置いて1位を取ったんですもの。自惚れていた自分を恥じているんでしょう」

 

「ククッ、違ぇねぇな。だが、アイツは自分が惨敗したタネまでは掴めてねぇ。所詮はその程度の奴ってことだな」

 

 龍園は葛城を取るに足らない相手だと見下していた。

 既に彼にとって葛城は敵に値しないのだろう。

 

「あら、その口ぶりだと貴方は分かっているようね」

 

「あぁ。そこのクソ野郎が一枚噛んでるってことは知ってるぜ? ルールの穴を突くとはテメェもやるじゃねぇか、黛」

 

「お互い様だろう? 君も随分と大胆な作戦を立てていたじゃないか」

 

「ククッ、今回の試験も精々俺を楽しませてくれよ」

 

「まぁそれについては昼にでも話そうか。AクラスやBクラスの動向は君も気になるだろう?」

 

「まぁな。あの葛城がどう足掻くのか、イイ子ちゃん共がどんな作戦を立てるのかは興味がある」

 

 話すことは終わったのか龍園は席を立った。

 

「じゃあな。また昼に会おうぜ」

 

 そう言って彼は伊吹を引き連れて去っていった。

 

 

 

「俺は最後まで眼中になかったな……」

 

 終始居ないものとして扱われていた綾小路がポツリと呟く。

 

「あら、目立つことを嫌う貴方がそんなこと思うだなんて意外ね」

 

「まぁいくら清隆でも、目立たないのと無視をされるのとでは違うってことなんだと思うよ?」

 

「ともあれ、どうやら俺たちが龍園を警戒しているように、向こうも俺たちを警戒してるってことが分かったな」

 

 気を取り直して綾小路は元々話していた内容に戻った。

 

「もしかしたら、俺たちは彼に見張られているかもしれないね」

 

「合流するにしてはタイミングが良すぎる、ってことかしら? 確かに言われてみれば間が良すぎるわね」

 

「元々マークされていた柚椰と、何故か気に入られている堀北。二人と早々に合流したことで俺もマークされるかもな」

 

 龍園が柚椰と堀北をマークしていたとしたら。

 Dクラスに存在する脅威として二人を見張っていたのだとしたら。

 二人と真っ先に合流した綾小路にも疑惑の目が向けられるかもしれない。

 陰に徹するつもりだった彼にとって、今回のそれは大きなミスになったかもしれなかった。

 その懸念は柚椰も感じていたのか、その表情は少し硬い。

 

「迂闊だったね……清隆が頭のキレる奴だということがバレるかもしれない」

 

「ここで考えていても仕方ないわ。今は試験のことを考えましょう」

 

 堀北は試験のことに集中すべきだと主張し、話を打ち切った。

 気がつけば優待者発表から数十分が経過しており、デッキにも生徒の姿がちらほらと見られ始める。

 

「話し合いはひとまず終わりだな。俺はまだ眠いから部屋に戻ることにする」

 

「これからは話し合いの場所を考えたほうがいいかもしれないわね。どこで誰が聞き耳を立てているか分からないわ」

 

「女子の部屋に出入りするのは不味いから、やるなら俺か清隆の部屋だね」

 

「俺の部屋には平田や幸村もいるから意見を聞くこともできる。やるなら俺の部屋が良いと思うがどうだ?」

 

「そうだね。じゃあとりあえず1回目のグループディスカッションが終わったら報告し合おうか。夜の2回目の前にグループの雰囲気をお互い知っておこう」

 

 その提案に綾小路と堀北は頷く。

 3人はそこで別れ、各々の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は12時50分。予定時刻の10分前に平田と堀北は指定された部屋に入った。

 室内にはまだ誰もおらず、二人が一番乗りらしい。

 部屋には円を作るように椅子が並べられており、テーブルは壁に寄せてあった。

 

「まだ誰もいないみたいだね。座って待ってようか」

 

「そうね」

 

 二人は空いている席に適当に座る。

 

「そういえば黛君は?」

 

「さっき連絡したら用事があるらしいわ。時間通りには来るって言ってたけど」

 

「そっか。あと10分だから、もうすぐ来るんじゃないかな」

 

 平田がそう言うと同時に部屋のドアが開かれて生徒が入ってくる。

 

「なんだ、もう来ていたのか」

 

 やってきたのは神崎だった。彼の後ろには同じBクラスであろう生徒が二人いる。

 

「僕たちも今来たばかりだよ」

 

「そうか。黛は?」

 

「ちょっと用事があるみたい。もうすぐ来るんじゃないかな」

 

 そうこうしているうちに、他の辰グループの生徒も次々と室内に入ってきた。

 葛城や龍園もクラスのメンバーを引き連れてやってくると空いている席に腰を下ろす。

 残る空席は堀北の隣にある椅子一つだけになった。

 時刻が12時59分を指し、予定時刻1分前になったギリギリのタイミングで最後の一人が入室してきた。

 

「っと、ギリギリ間に合ったみたいだね」

 

 辰グループ最後の一人である柚椰は入ってくると急いで堀北の隣に腰を下ろした。

 彼が座ると同時に船内アナウンスが響き渡る。

 

『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』

 

 簡潔で短いアナウンス。多くは語らないということだろうか。

 当然、状況も周りのメンバーもよく分からないグループ内では誰も率先して話そうとしない。

 

「えっと、とりあえず学校からの指示通りに自己紹介でもしようか」

 

 場の空気を変えるべく平田が声をあげた。

 しかし殊の外グループのメンバーの反応は悪い。

 

「ルールにあることはやっておいた方がいいかもしれないね。学校の中と同じように監視カメラがあるかもしれない。あるいは盗聴器が仕掛けられていることもあり得る」

 

「確かに。やれと言われたことを無視した結果、全員にペナルティがあるかもしれないからな。ここは指示通りに事を済ませた方がいいだろう」

 

 柚椰と神崎がそう言うと、AクラスとCクラスにも動きが見られた。

 

「そうだな……簡単な自己紹介くらいは済ませたほうがいいだろう」

 

「チッ、面倒くせぇ」

 

 葛城と龍園がとりあえず応じる姿勢を取った事で彼らと同じクラスの生徒も応じるような態度を取る。

 その後、提案者の平田を皮切りにぐるりと一周する形で自己紹介が行われた。

 しっかりと行う者や名前だけを名乗った者などやり方は分かれたが、ひとまず最初の指示は消化した形になった。

 自己紹介が終わると再び静寂が訪れる。

 これ以上は誰も多くは語ろうとはしなかった。

 

「これで学校からの指示は果たしたと思う。あとはこのグループの方針を話し合おうよ。僕としては全員で協力して結果1を目指したいと思うんだけど、どうかな?」

 

 進行役を買って出た平田が全員にそう促す。

 各クラスの意見を出し合ってもらうためにひとまず自分の意見を述べたようだ。

 

「4つの結果のうち、最もメリットが大きいのが結果1だからな。全員に巨額のプライベートポイントが行き渡れば全員にメリットがある」

 

 神崎も平田の意見には概ね同意しているのか、そんな事を言った。

 

「確かに平田の言う通り、結果1が最も望ましい結末であることは明白だ。だが、俺たちAクラスは全員沈黙させてもらうことにする」

 

 平田に同意する形を取りながらも、葛城は余計なことは話さないという方針を取った。

 彼がそう言ったことで室内の空気が変わる。

 

「それはどういう意味かな?」

 

「余計な話し合いをせず、試験を終えるべきだということだ」

 

 そう言うと葛城は立ち上がり、室内の生徒全員を見渡す。

 

「この試験で避けなければならないこと。それは裏切り者を生み出すことだ。裏切りが成功しようと失敗しようと、どちらにせよ敗北だ。だが、それ以外の答えの場合はどうなる?」

 

「マイナスになる要素は存在しない、ってことかな?」

 

 葛城の問いに平田が答える。

 

「そうだ。残りの2つの結果にはデメリットがない。クラスポイントが詰まることも開くこともない。その上大量のプライベートポイントが手に入り潤う。学校側しか負担を負うことはないということだ。ならば、わざわざ優待者を見つける必要はない。話し合ってしまうことで、周囲の面々を優待者だと疑い、過ちを犯してしまう方がよっぽど危険だと俺は思う」

 

 その主張は尤もらしいものだった。

 しかしその葛城の弁に堀北が異を唱える。

 

「尤もらしいことを言っているようだけど、それってつまりクラスポイントのボーナスを他のクラスに取られたくないってことでしょう? 結果1と結果2によって発生するボーナスはどちらもプライベートポイントのみ。それを目指す方針を取れば他のクラスに出し抜かれることもない。先の特別試験での失態を取り繕っているつもりなのかしら? だとしたら滑稽ね。私たちDクラスは勿論、BクラスもCクラスも、いつまでも今の位置で留まるつもりはないわ」

 

「それは──」

 

「俺も堀北と同意見だな。あと何回特別試験が行われるかも分からない今の現状で、みすみすチャンスを棒に振るつもりはない。昨日も言ったが、いつまでもAクラスに居座れると思ってほしくはないな」

 

 堀北の主張に神崎が続く。

 どうやら彼はAクラスを追い越したい気持ちが強いようだ。

 

「なら反対というわけか。先に言っておくが、既にAクラスの方針は固まっている。それはどのグループでも同じだ。如何なる理由があっても話し合いには応じない事を覚えておけ。お前たちが結託して話し合うなら好きにすればいい」

 

 どうやらAクラスは葛城を中心としてとことん守りに入る方針らしい。

 話したいことは話し終えたのか葛城は腕を組み椅子に腰を下ろしてしまった。

 

「ハッ、なんだよ。前回の試験でビビっちまったってのか?」

 

 葛城の方針が可笑しくてたまらないのか龍園が挑発する。

 

「……好きに捉えてもらって構わない」

 

「穏健派もここまでくるとただのヘタレだな。それじゃあ坂柳には勝てねぇぞ?」

 

「……」

 

 坂柳の名前を出されたことで葛城の眉間に皺が入る。

 龍園は的確に葛城の地雷を踏んだようだ。

 

「ククッ、どうして惨敗したかも分からねぇで挙句守りに入るしかねぇとはな。これじゃあAクラスのリーダーは決まったも同然だな。なぁ? 黛」

 

 龍園が柚椰に問いかけたことで室内の視線が一気に彼に集中する。

 

「……一応聞いておくけど、どうして俺に聞くんだい?」

 

 これから起こる事を薄々察しながらも、柚椰は龍園に問いかける。

 すると龍園は心底楽しそうにニヤリと笑うとその問いに答えた。

 

 

 

 

「そりゃぁ、テメェがAクラスをボロカスに負かした張本人だからに決まってんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
龍園君、黛君の暗躍を暴露するの巻。

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