ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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水面下で思惑は広がる。

 

 

 

「〜♪」

 

 船内試験二日目の朝。ビュッフェレストランで一人、上機嫌に朝食を摂ろうとする男子生徒の姿があった。

 いつもはあまり多くの量を食べない彼だが、今日はらしくなく皿には料理が山のように積んであった。

 心が軽くなった今ならば、いくらでも食べられる気がしているのだ。

 目下のストレスから解放された今ならば.

 

「いただきます」

 

 両手を合わせ、感謝の言葉を呟く。

 人としてのマナー、食事をすることへの感謝の気持ちだ。

 手に持ったフォークで早速サラダをつつき口へと運ぶ。

 

「ん〜っ、おいし♪」

 

 新鮮なレタス特有のシャキシャキとした食感と快音に自然と頬が緩む。

 ひんやりとしたパプリカも、綺麗にカットされたトマトも、全てが心地よい。

 別段特別なものではないはずのサラダが、いつも以上に美味しく感じる。

 その感覚にますます気分が高潮する。

 続いてソーセージをフォークで突き刺し口へ運ぶ。

 茹でたてのため歯を立てるとバリッという快音が鳴る。

 ここで食べられるソーセージは自家製と銘打っており肉の中にハーブが練りこまれていた。

 噛めば粗挽きされた肉から出る肉汁とハーブの風味が口の中に広がる。

 

「(おいしいなぁ)」

 

 心の中で思わずしみじみと呟いてしまうほどにその味は極上だった。

 彼がソーセージの味に浸っていると、同じく朝食を食べに来たクラスメイトが彼を見つけた。

 

「よぉ、沖谷。おはよ!」

 

「一人か? なら俺たちと一緒に食おうぜ」

 

「随分盛ったな。お前そんな食う奴だっけか?」

 

 やってきたのは池、山内、須藤の三人。

 彼らは一緒に朝食を食べるためにここにきたようだ。

 声をかけられた沖谷は山内の申し出に快く了承し、空いている席へ三人を促した。

 腰を下ろした三人は改めて沖谷の皿に盛られている料理の数々に目を向けた。

 

「つかどしたん? めっちゃ盛ってんじゃん」

 

「だな。沖谷ってあまり食わないイメージあったわ」

 

「食べ放題でテンション上がってんのか?」

 

「あはは……うん、まぁ、そんなところかな」

 

「食いきれなかったら言えよ。食ってやるから」

 

 それは須藤なりの優しさなのだろうと察した沖谷はふにゃりと微笑んだ。

 

「ありがとう須藤君」

 

「ん」

 

 礼の言葉を受け取りながら須藤は大盛りにしたカレーをがっつく。

 

「まぁでも取りすぎちまうのも分かるけどなー。どれも美味そうだし」

 

「それな。朝からめっちゃ豪華だよなー。つい欲張っちまう」

 

 そう語る二人も思い思いに皿に盛った料理を食べ始める。

 朝食を楽しんでいると話題は昨夜のことへシフトした。

 

「なぁ、夜中に届いたメール見た?」

 

「うん」

 

「そりゃ見るだろ。立て続けに4通も来たら」

 

「夜中に携帯鳴らしやがって」

 

 池が振った話に他の三人はそれぞれ反応を示す。

 

「初日で5グループも試験終了だろ? やべぇよな」

 

「うん、早いよね」

 

「要するに5人裏切り者が出たってことだろ? んで、内一人が高円寺と」

 

「あの野郎、試験ダリィからって適当な奴当ててねぇだろうな」

 

 須藤は高円寺が当てずっぽうで優待者を当てていないか不安らしい。

 池と山内も同じことを考えているようで難しい顔をしている。

 対して沖谷はあまり心配はしていなかった。

 

「どうだろう……でも高円寺君って頭いいよね。案外ちゃんと優待者が誰か見抜いてたのかも」

 

「1日で誰が優待者が分かってたって? マジかよ」

 

「だとしたらどうやってやったか教えて欲しいよなー。ヒントになるかもしれねぇし」

 

「あの高円寺が素直に教えてくれるわけねぇだろ」

 

 高円寺が性格に難ありというのはDクラスならば誰もが知っていることだ。

 彼に教えを請うたところで素直に教えてもらえるはずもなく。

 結局は自分の力でどうにかしなければならないというのは明らかだった。

 

「そういや昨日で沖谷のグループはもう試験終わったんだよな?」

 

「うん、僕は酉グループだったから」

 

 沖谷が属していた酉グループは昨夜裏切り者の手によって試験終了となった。

 つまり彼はもう試験に参加する必要はなくなったということだ。

 

「誰が裏切ったんだろうなー。つか、そもそも誰が優待者だったんだ?」

 

「僕も分からないけど……でも僕的には良かったかなって」

 

「良かったって、なんでだ?」

 

 須藤がそう尋ねると沖谷は困った顔で俯く。

 

「僕、他のクラスに友達とかいないから……グループにいた同じクラスの人にも仲の良い人いなくて」

 

「あーなるほど」

 

「まぁ普段他クラスとは啀み合ってるからなー。いきなり協力しろって言われても無理だよな」

 

「そう考えると俺と池は同じグループでよかったぜ」

 

 三人は沖谷の心労を察した。

 彼は元々内気な性格で交友関係が広い人間ではない。

 そんな彼が知らない人間しかいない環境で3日間過ごすというのはストレスだろう。

 

「優待者を探るためにグループにいる人全員を疑うのって疲れちゃうからさ。それから解放されるって考えたらなんか肩の荷が下りたっていうか」

 

「だからそんなリラックスしてんのか」

 

「うん、そんな感じかな」

 

 試験が終わったということはもう他クラスと探り合いをする必要はなくなったということ。

 それは沖谷にとって裏切り者が出たことよりもはるかに重要だった。

 

「っていうかさ、俺思ったんだけどよ」

 

 何かを思いついた山内がニヤニヤとした顔で三人に話を振る。

 

「どうした春樹」

 

「どうせロクでもねぇこと思いついたんだろ」

 

「ふっふっふ……ロクでもないかどうかは確かめてから言ってもらおうか!」

 

 須藤のツッコミに気持ちの悪い笑いを漏らしながら山内は携帯を取り出した。

 今の状況で携帯を片手に持っているということに須藤たちの間に嫌な予感が過ぎる。

 

「もう5人も裏切り者が出たわけだろ? ならこっからはどれだけ早く裏切るかのスピード勝負だと思うんだわ」

 

「おい春樹、お前まさか」

 

「裏切られる前に裏切るしかねぇっしょ! ダラダラしてっと他の奴らにポイント持ってかれちまうからな」

 

「ちょっ、待て待て! お前優待者の目星付いてんのか!?」

 

「当てずっぽうでやって当たるわけねぇだろ!?」

 

「そ、そうだよ! もし間違えちゃったら──」

 

「大丈夫だって、怪しい奴はもう見つけてるからよ! これで50万は頂きだ!」

 

 三人が止めようとするが山内は聞き入れることなく、手早く携帯を操作して学校にメールを送ってしまった。

 するとすぐに全員の携帯が一斉に鳴る。

 山内以外の三人が恐る恐る携帯を確認すると.

 

 

『未グループの試験が終了いたしました。未グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

 

 

 昨日から何度も見た文面が表示されていた。

 このタイミングでそのメールが届くということは原因はただ一つ。

 今、目の前でメールを送った山内が試験を終わらせたのだ。

 

「マジでやりやがった……」

 

「これどうすんだ……? 一応クラスに報告した方がいいのか?」

 

 池と須藤は山内の軽率な行動に頭を抱えていた。

 2日目の朝にしてクラス内に新たな裏切り者が出たのだ。

 しかもその裏切り者が山内だというのが余計に頭を悩ませる。

 高円寺の場合は元のスペックの高さからまだ正解の希望が残っていたが山内に関しては.

 

「「(まず間違いなくハズレだろこれ)」」

 

 普段連んでいる間柄だからこそ分かる山内のスペック。

 テストの出来もどんぐりの背比べであるこのメンツ。

 こんな早い段階で優待者を見抜くほどの頭脳は自分にも山内にもないと須藤と池は確信していた。

 故にこの回答はほぼ間違いなく不正解。

 つまりこの時点でDクラスはクラスポイントを50失ったと考えるのが妥当だった。

 

「ヤベェよ健……どうすっぺこれ?」

 

「とりあえず柚椰と堀北には裏切ったのが春樹だって報告した方がいいかもな」

 

「だよなぁ……よし、じゃあ俺が黛に報告行くからお前は堀北ちゃんのとこ行けよ」

 

「は? ふざけんなよ。俺が柚椰の方行くからお前が堀北のとこ行けよ」

 

「無理無理無理! 堀北ちゃん絶対ブチ切れるって! つか多分ワンチャン高円寺の時点でキレてるって!」

 

「うるせぇ! 男なら腹括れ!」

 

「お前こそ腹括れや! いつも堀北ちゃんと口喧嘩してんだから今更だろ!」

 

「いつものアレと八つ当たりじゃモノが違うだろうが! 堀北のガチギレとか想像したくねぇぞ!」

 

「あの……二人とも、メールで報告すればいいんじゃない? 別に直接言いに行かなくても」

 

 二人の言い争いに沖谷が正論を挟んだ。

 確かに携帯がある以上、報告はそれで事足りるだろう。

 当たり前のことに気づかされたことで二人は一気に落ち着きを取り戻す。

 

「そ、そうだよな。メールで済む話だったわ。うん」

 

「じゃあさっさと報告済ませようぜ。柚椰にメールしとくわ」

 

「あ、俺堀北ちゃんのアドレス知らねぇ」

 

「あ? 俺も知らねぇよ。じゃあ柚椰に堀北にも伝えてくれって打っとく」

 

 須藤は用件を一つ追加した文面を打ち込んで送信した。

 

「(……山内君は間違いなく外した)」

 

 沖谷は山内の様子を静かに観察して確信していた。

 彼が優待者当てを間違えたことを。

 学校に優待者を書いたメールを送った後、山内は上機嫌で食事を再開していた。

 正解を根拠もなく信じているのか、彼の表情からは一切の不安が伺えない。

 しかし沖谷は確信していた。

 間違いなく山内は優待者を外した。

 何故なら山内はメールを送った後、()()()()()()()()()()()からだ。

 それは不正解の証明であると沖谷は知っていた。

 

「(これで僕たちのクラスはマイナス50ポイント。優待者には50万ポイントかぁ……)」

 

 これが後々響かないことを沖谷は内心願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最悪だわ……」

 

 午前10時。平田の部屋に昨日のメンバーが集まっていた。

 全員が揃うや否や開口一番堀北の深々としたため息と共に吐き出された毒舌。

 彼女に同調するように幸村もため息をつく。

 

「同感だ。高円寺に次いで山内まで裏切るとは……しかもそっちはほぼ間違いなくハズレだと? ふざけろ!」

 

「健たちと一緒に朝食を食べていたその席でメールを送ったらしいね。本人は自信満々みたいだけど、健も池も、同席していた沖谷も不正解だと思っているようだ」

 

「そりゃそうだろ。こんな早い段階で確信を持って優待者が当てられるわけがない!」

 

 柚椰から状況を説明され、幸村は一層怒りを露わにする。

 

「山内君のことは一旦置いておいて、とりあえず状況を整理しようか」

 

 平田がフォローするように場を取り持ち、全体に落ち着くよう促す。

 彼の言うことは尤もであるため幸村も一旦矛を収める。

 

「既に試験が終わっているグループは午、未、申、酉、戌、亥の6グループ。残っているのは子から巳までの6グループだね」

 

「このタイミングでの試験終了は結果3か結果4のどちらかだけ。つまり既に終わった6グループはいずれも裏切り者が現れたってことよね」

 

「内二人。申の裏切り者が高円寺で未の裏切り者が山内。高円寺の方は分からないが、山内の方は不正解が濃厚、と」

 

 柚椰と堀北、綾小路の3人が淡々と状況を整理していく。

 

「うん。そして午グループの優待者は私たちのクラスの南君。見抜かれちゃったかどうかは分からないね……」

 

 既に試験が終わったグループに存在する優待者のため、櫛田は堂々と名前を言った。

 

「残る優待者は2人。他のクラスはどうなっているか……」

 

「単純に考えればどのクラスも1人か2人は優待者が残っているって計算になるわね」

 

「にしても早すぎるな……こうも簡単に裏切り者が現れるとは」

 

 綾小路は試験の展開が早すぎることに違和感を覚え始めていた。

 誰も彼もが当てずっぽうに、無作為に裏切りを行なった可能性は勿論ある。

 しかし何か裏があるような、()()()()()()()()()()()()()()()雰囲気を感じ取っていた。

 

「裏切り者にはいくつか種類がありそうだね。高円寺のように何かに気づいて確信を持って当てにいったパターン。山内のように勘に身を任せて当てにいったパターン。そしてもう一つは」

 

「誰かから優待者の情報を買ったか、あるいは取引で手に入れた人が裏切ったパターンね?」

 

 堀北の言葉に柚椰は頷く。

 

「優待者の情報は使いようがいくらでもある。例えば自分のクラスの優待者を1人教える代わりに他のクラスの優待者を1人教えてもらう、とかね」

 

「情報のトレードってことね。お互いに相手のクラスの優待者の情報を握っていれば裏切ることによるクラスポイントのマイナスを相殺出来る。でも問題はそこじゃないわ。それによって生まれる利点は──」

 

「そう。優待者の法則を導き出すための判断材料を手に入れることが出来る。自クラスの優待者だけでは法則性を見抜くには不確定要素があるからね。そしてその手を使うためには自クラスの優待者を確実に把握している必要がある」

 

「やってきそうな相手が一人いるわね……」

 

「龍園か……」

 

 龍園が自分のクラスの優待者を確実に知ることができるというのはこの場にいる全員が理解している。

 正確な情報源と彼の性格を考えれば今の推測に当てはまるのは彼以外にいない。

 

「まずいね……俺たちが把握している残りの優待者は1人だけだ。後1人は未だに誰だか分からない」

 

「ここまで黙ってるってことは、もしかしたらその取引に応じてる可能性もあるんじゃないのか? 前に黛が言ってただろ。優待者自身も裏切り者になる可能性があるって」

 

 幸村は以前柚椰が示した可能性の話を思い出していた。

 そのときはAクラスを例に挙げたが、それは他のクラスにも当てはまる可能性は十分ある。

 

「最後の1人が他のクラスと取引をしている可能性......確かにありえるわね。対価として正解ボーナスの何割かを要求するとか、結果を操作することも取引の内容によっては可能だわ」

 

「僕は……信じたい。仲間がクラスを裏切るなんて思いたくないよ」

 

「私も……折角同じクラスになれたのに、裏切る人が出るなんて信じたくないな……」

 

 平田と櫛田はクラスメイトを信じたいという気持ちが強いようだ。

 同じクラスの人間がクラスを裏切るような真似をするとは思いたくない。

 それは偏に2人の仁徳だろうか。

 

「鈴音、今ある情報で優待者の法則まで導き出せると思うかい?」

 

「……正直難しいわ。分かっている優待者が2人だけ。他のクラスの優待者は1人も分からない。あまりに情報が少なすぎる」

 

「そうだね……清隆、高円寺は何か言っていたかな?」

 

 柚椰は昨日電話で綾小路が言っていたことを思い出した。

 高円寺が裏切って試験を終わらせたため、彼がどのようにして優待者を見抜いたのか聞いてみるというものだ。

 もしかしたらそれがヒントになるかもしれないと。

 しかし綾小路は困ったような顔で首を横に振った。

 

「今朝聞いてみたんだが、はっきりとしたことは言ってもらえなかった。『気づいてしまえばなんてことはない。実につまらない問題だよ』とだけしか」

 

「口ぶりから察するに優待者が嘘をついていることを見抜いた、ということではなく本当に法則に気づいたみたいだね」

 

「問題はその法則よ。高円寺君はどうやって法則まで辿り着いたというの? 彼は自分のクラスの優待者すら知らなかったはずよ」

 

 高円寺はこの話し合いの場には一度たりとて参加しなかった。

 平田や櫛田から優待者の情報を得ていた素振りもない。

 つまり全く情報を入れずに法則を導き出したことになる。

 

「悔しいけど、今の段階じゃ法則性を見抜くのは難しいね。引き続いて自クラスの優待者を守る方針で、何か進展があればその都度共有し合おう」

 

 平田がそう纏めて今回の話し合いは終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 To:黛柚椰 件名:ポイント 10:30

 

 さっきポイント振り込まれたよ。約束通り半分振り込むから番号教えて。

 

 

 

 To:黛柚椰 件名:ポイント貰えたよ! 10:35

 

 ポイント振り込まれたから黛君にも送るね! 番号教えてほしいな。

 

 

 

 To:黛柚椰 件名:完了 10:40

 

 確認した。徴収後ポイントを送る。これで取引完了だ。あとはお互い好きにやろうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後1時10分前。綾小路は3回目のグループディスカッションのために卯グループの部屋にやってきた。

 開始10分前に来て一番乗りだった彼の次にやって来たのは意外なことに軽井沢だった。

 彼女は綾小路を見つけた直後、一瞬嫌そうな顔をしたがすぐに視線を逸らすと、部屋の隅っこに腰を下ろす。

 綾小路から一番遠い位置に座る辺り、よっぽど近寄りたくないらしい。

 軽井沢は携帯を操作すると耳に当て、誰かと通話を始めた。

 

「あ、もしもしリノっち? 今大丈夫? そっちの様子はどうなわけ? え、こっち? こっちはマジ最悪っていうか。なんかもうゲンナリって感じ」

 

 二人きりの部屋では、当然会話も筒抜けであり軽井沢の陽気を織り交ぜた巧みな会話が綾小路の耳にも入ってくる。

 軽井沢が言う最悪というのは二人きりのこの気まずい状況を言うのだろうと薄々察した。

 それからすぐに通話が終了すると、途端に静寂の時間が訪れる。

 

「あーそうだ。あんたって優待者? 幸村君と外……君は違うみたいなんだけど」

 

 軽井沢がなんとなしに綾小路にそう問いかける。

 外村の名前は覚えていないらしい。

 どうやら軽井沢も自分のクラスに優待者がいるかどうかくらいは確認しておきたいのだろう。

 そう察した綾小路は素直に彼女の質問に答える。

 

「違う」

 

「あっそ。ならいいけど」

 

 否定されればそれ以上聞く気はないのか軽井沢がそこで会話を打ち切る。

 

「信じてくれるのか?」

 

「は? 違うんでしょ?」

 

 疑うつもりがないのか、そもそも興味がないのか。

 本心は分からないが軽井沢はそれ以上追求することはなかった。

 

「二人とも早いねー」

 

 一之瀬達Bクラスの面々がやってきた。

 

「今日もよろしくね」

 

 一之瀬の言葉に綾小路は小さく手を挙げて応える。

 彼女は軽井沢にも声をかけたが、軽井沢は携帯に集中していて反応を見せなかった。

 そして定刻になる直前には全員が揃った。

 しかしその様子は昨日と全く変わらない。

 Aクラスは距離を置き、除いた三つのクラスだけで輪を作る。

 それをみた軽井沢は腰をあげるとAクラスの町田の隣に座りなおした。

 明らかに昨日の真鍋達とのいざこざを受けての防御策だった。

 ほぼ話し合いに参加していない町田だが、存在感は非常に強く発言力も強い。

 男女の差もあり真鍋達女子だけで構成されたCクラスからしてみれば手も足も出ない状態と言えるだろう。

 唯一対抗できる可能性を秘めている伊吹も今まで通り誰とも馴れ合わず腕を組んで黙り込んでいる。

 状況を考えると軽井沢の判断は正しかったと言えるだろう。

 

「大丈夫だ。もし何かあったらすぐに助けてやる」

 

「ありがとう、町田君」

 

 再び自分を頼ってきたことで、町田は完全に軽井沢のナイトを気取っていた。

 性格はさて置いても、軽井沢は外見は可愛い女の子である。

 そんな子に頼りにされれば悪い気はしないだろう。

 たとえクラスが違っても守ってあげたくなるはずだ。

 しかし軽井沢には既に平田という彼氏がいる。

 あわよくばな展開は無いだろう。

 そんな歪な恋模様を横目に他の面々は顔を突き合わせて険しい顔をしていた。

 この場にいる誰もが理解しているのだ。

 自分たちのクラスに優待者がいるのかいないのかが勝敗を大きく左右することを。

 

「さてと。昨日の夜から話し合いは平行線なんだけど……やっぱり私は全員で優待者を探し出すための話し合いを持つべきだと思うの」

 

「またそれか。いい加減成立しないと悟ったらどうだ。俺たちが不参加の状況で優待者を見つけ出すことなんてできるわけがない」

 

 Aクラスからバカにしたようなヤジが飛んでくる。

 

「そうでもないと思うけどね。要は信頼関係の問題だよ。そこで今日は、皆でトランプでもして遊ぼうと思うの。もちろん強制じゃないからやりたい人だけでいいよ」

 

 私物と思われるトランプを取り出し笑顔を見せる一之瀬。

 

「ははは。トランプで信頼関係? くだらない」

 

「くだらないって言うけど、やってみると意外と楽しいよ? それに今から1時間ずっと黙って過ごすのは辛いと思うんだよね。だから退屈しのぎって思ってもらえたらいいよ」

 

 Bクラスからは当たり前のように全員が参加を表明する。

 

「拙者もやるでござる。やることもないですし」

 

 博士に乗っかる形で綾小路も軽く手を挙げて参加を伝えた。

 

「5人だね。とりあえず大富豪でもしよっか」

 

 それからアナウンスがなるまでの間、5人はトランプに興じた。

 大富豪に始まり、最終的にはババ抜きまでと5つほどのゲームを堪能した。

 時間経過を伝えるアナウンスが鳴ったのをきっかけに、トランプ遊びは終了する。

 

「ふぅ……楽しかったでござるねぇ。たまにはカードゲームも悪くないでござる」

 

 博士は有意義な時間を過ごせたと感じているのか満足気だ。

 既にAクラスとCクラスのメンバーは部屋を出て行っていた。

 どうやら本当に決められた時間以上はこの場にいるつもりはないらしい。

 

「さてと、じゃあちょっと行ってくるね」

 

「どこへですか?」

 

「このままAクラスに逃げ切りを許すわけにもいかないしね」

 

「葛城君に会いに行くんですね」

 

 どうやら一之瀬はAクラスのリーダーへ接触を図るつもりらしい。

 人との繋がりを持っていない綾小路にとってこれは絶好のチャンスだった。

 

「もしよかったら俺もついていっていいか?」

 

「ん? それは全然いいけど。もしかして綾小路君も葛城君に?」

 

 単純に疑問に感じたのか一之瀬が首を傾げる。

 

「そうじゃないけどな。葛城がいるグループには柚椰と堀北もいるからな」

 

「そっか、そうだよねー。じゃあ一緒に行こうか。また後でね浜口君」

 

 納得したのか一之瀬は頷いた。浜口なる男子生徒はそのまま見送るつもりらしい。

 同時に話し合いが行われている以上、解散時間も同じだろう。

 一之瀬と綾小路は辰グループの解散前に目的地に着くべく足早に廊下に出た。

 

「ちょっと急ごうか」

 

「あぁ」

 

 二人は早歩きで目的地を目指した。

 

 

 

 

 

 




あとがきです。お待たせしました。

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