ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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王は動き出し、彼は心を弱らせる。

 

 

 

 辰グループの部屋へ急ぐ一之瀬と綾小路。

 各グループの部屋は全て同じフロアにあるため、目的地に辿り着くまでそう時間はかからなかった。

 プレートが飾られた一室の前に二人は立った。

 中から声は聞こえないが、まだ室内には人の気配がある。

 

「結構時間かかってるみたいだね」

 

「龍園や葛城が話し合いに加わるとは考えにくいけどな。Bクラスの力が作用してるか」

 

「どうかなぁ。神崎君は場を纏めるタイプじゃないし……話を纏めるなら黛君たちDクラスなんじゃない? 堀北さんや平田君もいるし、進行役には事欠かないんじゃないかな」

 

「そうかもな」

 

 規定の時刻を10分ほど過ぎた頃。辰グループの扉が開いた。

 先陣を切って出てきたのは、一之瀬が話すべくやってきた人物である葛城だった。

 後ろには同じAクラスと思われる生徒達の姿もある。葛城はすぐ一之瀬の姿に気がつき顔を向ける。

 

「一之瀬か。こんなところで何をしている。偶然、というわけではなさそうだが」

 

「少しだけ葛城君に話があってね。時間いい?」

 

「この試験はインターバルが長い。時間は持て余しているから問題ない」

 

 どうやら葛城もBクラスのリーダーである一之瀬を無視することはなく、対話には応じるつもりらしい。

 彼は承諾すると後ろの生徒たちに先に行くように指示をした。

 

「俺だけ残っていれば問題ないだろう?」

 

 一之瀬は小さく頷き、通行者の邪魔にならないようにやや壁寄りに集まった。

 綾小路も話の輪に加わるべく彼女の傍に立つ。

 

「話の内容は、葛城君なら見当がついてると思うけど。君が全てのグループに話し合いの拒絶をお願いしたのは本当? もしそうなら、一度考え直してもらえないかな? 今回の試験は対話をもとに答えを見つけるもの。試験そのものが成立しないよね?」

 

「やはりその話か……その話し合いは既に昨日の段階で耳にタコが出来るほど追及された。一之瀬にしては随分と遅い接触だったな」

 

 葛城の作戦は既に多くの生徒に認知されていたらしい。

 自由時間の間も彼の元を訪れた者がいたのだろう。

 

「こっちにはこっちの事情があるからね。それで、葛城君。さっきの質問だけど対話を断つ考え方には賛同できない。考え直してもらえないかな?」

 

 一之瀬の要望に対して葛城は聞き飽きたと言わんばかりに嘆息する。

 

「お前は今回の試験を対話ありきと考えているようだがそれは違う。今回の試験はシンキング、考える試験だ。つまり話し合いはさして重要ではない。俺はしっかりと試験に沿って考え、その上で話し合いの拒絶という選択を選んだだけだ」

 

「でも葛城君の考え方だと、試験を拒否しているように見えるよ」

 

「言葉は悪いが間違ってはいない。この試験だけでなく、今後も試験では、結果の差異がつかない仕組みを探して行くつもりだ。我々Aクラスが今の位置をキープするための手段としては、何も間違っていないと思うが?」

 

「これがクラス対抗の試験ならね。葛城君の考えは間違ってないと思うよ。でも今は全クラス入り混じっての試験、それが本当に正しい意見かな?」

 

 話し合いに応じないAクラスを変えるために葛城に接触した一之瀬だが、当の葛城の意思は固い。

 彼はグループ内の小競り合いに興味はなく、あくまでAクラスのリードを保つことを最優先として考えていた。

 

「これ以上の話し合いが無意味なことは分かっただろう一之瀬。俺は考えを変えない」

 

「交渉の余地はない、ってことかな?」

 

「その通りだ。俺は俺の選択でAクラスを死守する」

 

 話し合いは平行線。最早議論を挟む余地はなかった。

 しかし一之瀬は落胆することはなかった。

 元々望みの薄い賭けだったためか、苦笑いを浮かべるのみだ。

 

「残念だがAクラスが不参加を表明している以上、お前達に出来ることは限られている。そう上手く事が運ぶことはないだろう」

 

 たとえ3クラスが結束しようとしても、この試験に勝つことは容易ではない。

 試験の仕組みそのものが裏切り者が得をすることになっている以上、協力関係を構築することも維持することも難しい。

 均等にメリットが生まれなければ協力する理由も生まれない。

 

「……一つ聞かせてもらいたい。もし君がAクラスのリーダーだったならどうした? もしかすると同じような作戦を立てていたのではないか?」

 

「さぁ、どうかな? 実際にその立場になってみないと分からないかな」

 

 明確な返答はしなかったが、葛城は目を閉じて腕を組んだ。そして改めて一之瀬と目を合わせる。

 

「これは個人的なイメージだが、君は俺と同じ戦略に至ったと思っている。自らのクラスを守るためならば他の批判など気にも留めないだろう、とな」

 

 葛城は一之瀬が同じ信念を持つと感じているらしい。

 彼の読みを一之瀬は柔らかな笑みを浮かべ流した。

 

「時間取らせてごめんね。なんとなく理解できたよ。葛城君の考え方がね」

 

「それはよかった。では失礼する」

 

 そう言い残して葛城はその場から去っていった。

 

「どうやら葛城の方針は変わらないみたいだな」

 

「そうだねー。でも元々望み薄だったから仕方ないかな」

 

「どうするんだ? ここで神崎が出てくるのを待つのか?」

 

「綾小路君も黛君達を待つんでしょ? 話も聞いておきたいし、一緒に待とうかな」

 

 葛城は考えを変えない以上、他のクラスの面々の意見を聞くという意図もあったのだろう。

 引き続いて一之瀬は他のクラスのメンバーが出てくるまで待つことにしたようだ。

 二人がその場で10分ほど待っていると辰グループの扉が開いた。

 出てきたのは龍園を除くCクラスの生徒、そして平田だった。

 

「綾小路君、それに一之瀬さんもどうしたんだい?」

 

 部屋の外で待っていた二人を見つけた平田が不思議そうに近づいてきた。

 

「こんにちは平田君、辰グループは随分ゆっくりなんだね」

 

「うん、ちょっと色々あってね。一之瀬さんは神崎君を待ってるのかな?」

 

「そんな感じかな。あと平田君達Dクラスの人ともちょっと話したいなって」

 

「黛君と堀北さんはまだ中にいるよ。神崎君もね」

 

「取り込み中か?」

 

 綾小路がそう尋ねると平田は困ったように笑った。

 

「うん……まぁ、そうだね。詳しくは中に入って確かめた方が早いよ」

 

 平田は扉に手をかけ中に入るよう促す。

 

「いいよいいよ、話し合い中なら待つし」

 

「大丈夫だと思うよ。今は自由時間だから、他のグループの人が部屋に入っても問題ないはずだ」

 

 そう言って平田は二人を部屋の中へと案内した。

 中へと入った二人が見たのはこれまた異様な光景だった。

 一つのテーブルを囲むように配置された椅子が四脚。

 それらに神崎、龍園、柚椰、堀北が腰を下ろしていた。

 机上には何やら紙が置かれており、彼らが何やら話し合いをしているのが見て取れる。

 その空間に部外者が立ち入ったことで、それぞれの視線が一之瀬ら二人に向けられる。

 堀北と神崎は表情を変えることはなかったが、龍園は面白そうに小さく笑い声をあげた。

 そして手を挙げ一之瀬を呼ぶ。

 

「よう。わざわざ偵察に来たのか? 遠慮せず座れよ」

 

「随分面白い組み合わせだね。時間外で何を話し合ってたのか興味あるな」

 

「クク。そりゃそうだろうさ。本来ならお前が神崎とこの場所にいると思っていたからな。ところが蓋を開けてみればお前は別のグループ。それも、箸にも棒にも掛からないチンケなチームに振り分けられるなんてな。それとも、お前はそこまでの人間だったか?」

 

「やだな龍園君。戦略もなにも、学校側が決めたことだし詳細は分からないよ。ただ、私たちは与えられた状況、情報をもとに戦うんだよ。その言い方だと順序が逆になっちゃうじゃない。学校は意図してグループ分けしたってこと?」

 

 何も気づいていないように振る舞う一之瀬だが、それを龍園が素直に信じるわけもなく、彼はクツクツと小さく笑い声を漏らす。

 傍にいる綾小路など眼中にないかのように繰り広げられるやり取りの中、今まで黙っていた柚椰が彼に声をかけた。

 

「清隆、ずっと立っているのも疲れるだろうから座りなよ。椅子はたくさん余っているからね。ほら一之瀬もどうぞ」

 

 そう言って壁に寄せて置いてあった椅子を二脚抱えるとテーブルの傍に並べた。

 彼の厚意に甘えるように二人は置かれた椅子に腰を下ろす。

 

「それとさっき二人がしていた話に関してだけど、この試験のグループ分けが意図的に行われたことは明らかだろう? でなければ一つのグループに各クラスのリーダー格が揃うなんてことは、まずあり得ない」

 

 柚椰は龍園と同じ見解なのか彼が一之瀬としていたやり取りについて触れた。

 龍園はニヤッと口角を上げて柚椰を横目に見ると再び一之瀬に目線を合わせる。

 

「同感だな。だからこそ解せねぇ。Bの筆頭であるお前が外れたのは一体どういうわけなんだろうな」

 

「さぁ。私には理由なんて分からないかな」

 

 一之瀬はあくまで今知った、理由も知らないといったような反応を示す。

 しかしこの場において、彼女がそこまでの考えに至らないほど無能であると認識している者など誰一人とて存在しない。

 同じクラスの神崎は勿論、柚椰や堀北、綾小路も、龍園でさえ彼女のことは一定の評価を下している。

 今更この手の化かし合いに釣られるほど、このメンバーは馬鹿ではないのだ。

 

「フン、まぁ惚けるならそれでいい。それにしても……」

 

 やや呆れた様子で、龍園は綾小路に向けて軽く一瞥を向けた。

 

「俺も女のケツを追いかけるのは好きだが、お前も大概だな。いつ見ても女の横に陣取ってやがる」

 

 確かにこれまで彼が現れた際、綾小路はほぼ毎回誰か女子の隣にいた。

 無人島のときは堀北の、そして今回は一之瀬と行動を共にしている。

 本人にその気は毛頭ないだろうが、龍園の言っていることを否定できないのも確かだった。

 龍園もそこまで綾小路に関心があるわけでもないのか、それ以上なにか言ってくることはなかった。

 

「ところで一之瀬、お前良いところに来たじゃねぇか」

 

「どういうことかな?」

 

 一之瀬の疑問に柚椰が答える。

 

「この試験の今後について話していたんだ。葛城たちAクラスはすぐに出て行ってしまったから、残りのメンバーで色々と話をね」

 

「へぇ、どんな話?」

 

「今日の午前中の段階で既に半分のグループが試験終了になった。その内訳についてだな」

 

 龍園が切り出した話題に関心が寄せられる。

 

「終わったグループの内、午と戌に関しては俺のクラスが裏切った」

 

「それを証明する手段がない以上、信じることは難しいと思うんだけど」

 

 一之瀬の至極当然の指摘を受けて尚、龍園は飄々としている。

 

「勿論、信じるかどうかはお前らの自由だ。だが、ここにもう一つ情報を加えてやる。午グループの優待者はDクラスの人間だった」

 

「──っ」

 

「それで、もう一つのグループに関しては? どうせ明かすのならそちらも教えてほしいな」

 

 堀北が僅かに息を呑む中、柚椰が龍園に更なる情報の開示を求めた。

 すると龍園は嫌な顔一つせずにさらに情報を追加する。

 

「もう一つのグループ。戌に関しては優待者はAクラスだ。これでCクラスはAとD、二つのクラスから50ポイント頂いたってわけだ」

 

「もし龍園君の話が本当なら、どうやって他のクラスの優待者を見抜いたのかな? Cクラスには人の心を読める人でもいるの?」

 

「さぁどうだろうな。もっとも、テメェなら俺が何をしたか分かってるんじゃねぇか? なぁ黛?」

 

 一之瀬の疑問に答えさせるかのように龍園は柚椰に話を振る。

 

「考えられるとすれば、君が自分の力で優待者を導き出した。あるいは他のクラスの中に内通者がいるか、優待者と君が繋がっていたか。可能性はいくらでもありそうだね。でも、君が言った優待者の内訳も本当かどうかは分からない」

 

「クク、そうだな。試験の仕様上、終わったグループの裏切り者も優待者も分からねぇ。どのクラスが動き出したのかさえ、な……」

 

「どのクラスも自分たちが抱えている優待者が誰かくらいは把握しているだろう。そこから逆算すれば、現時点で自分たちが守るべき優待者が残り何人かは分かるはずだ」

 

「まぁな。まさかこの期に及んでテメェのとこの優待者すら把握出来てねぇなんてことはねぇだろうからな」

 

「それで? 残り6グループになった今の状況で君はどう動くつもりなんだい?」

 

「決まってんだろ。ここにいるのはAクラス以外の3クラス。そのリーダー格が揃ってる。なら残りの6グループの結果をどう操作するかを話し合うのさ」

 

 そこで一之瀬は龍園の狙いが分かった。

 

「なるほど、つまり龍園君は今残ってるグループの優待者をここにいる3クラスで共有したいってことだね?」

 

「その通りだ。契約によって解答を強制してはいけないなんてルールはない。なら書面にでも起こしてここにいる奴らで情報を占有しても問題はねぇだろ?」

 

「現実的とは言えないわね。裏切り者が誰か分からない以上、契約違反の証拠もまた残らない。ここにいる誰かが情報を独り占めして、そのクラスが勝ち逃げをする危険があるわ」

 

 話にならないとばかりに堀北がそう一蹴する。

 契約によって解答を強制できるというルールの穴を突いた作戦は以前柚椰も指摘していた。

 しかしそれはあくまで優待者が条件を設けて他者に解答を強いる場合についてだ。

 つまり個人対個人の取引であり、契約を結んだその場で解答を行えるからこそ成立するものである。

 だが龍園の提案はクラス対クラスの契約。情報が開示されても彼らが属しているグループ以外のものについては解答権がない。

 

 結果を操作するには、必ず対象のグループに属しているクラスメイトに連絡を取る必要があるのだ。

 

 この手間、このワンクッションこそが罠であることを堀北はすぐに見抜いていた。

 もし残り6グループの結果を3クラスそれぞれがメリットを得られるように割り振った場合、順当に行けば1クラス2グループの割り振りとなる。

 しかしもし誰かがその決まりを破り、他のクラスに充てがわれたグループのクラスメイトにコンタクトを取ればどうなるか。

 裏切り者が分からない以上、どのクラスが裏切ったのかも分からない。

 つまりどこかのクラスが情報を独り占めし、それをクラスの中で共有させることも可能なのだ。

 契約を反故にしたという証拠も残らないため、事実上契約が意味を成さない。

 堀北が言っているのはつまりはそういうことだった。

 

「情報をこの場で共有しても、今この場でこっそりクラス中にメールで内容を送ってしまえばそれまでだ。使い慣れている人にとっては、たとえテーブルの下だろうと、後ろ手でだってメールは打てるだろうからね。それに、残りの6グループの中にAクラスが優待者のグループがあれば当然情報なんてものはない」

 

「それはどうだろうな? 残り半分になった今、どのクラスが何人優待者を抱えてるか分かれば今までよりはかなりやりやすくなると思うぜ」

 

 柚椰の指摘に対しても龍園は織り込み済みなのか強気な姿勢が崩れない。

 彼はもうこの試験の全貌が見えているのかもしれない。

 

「それに、だ。少なくともこの案は俺と一之瀬なら可能だと思うがな」

 

 龍園は一之瀬をチラリと見てニヤッと笑う。

 

「どういうことかな?」

 

「さっきそこのクソ野郎が言ってただろ? どのクラスも自分たちが抱えてる優待者くらいは把握してるだろって。クラスを支配する俺と絶大なる人気を持ったお前。情報の正確さは保証できる。俺はここにいる3クラスで共闘しようなんて本気で思ってるわけじゃねぇ。2クラスあればルールの種を割り出すことは十分可能だ」

 

「買いかぶりだよ。それに、Dクラスだって優待者くらい把握してるはずでしょ」

 

「どうだかな。昨日の段階じゃ、Dクラスは二人までしか優待者を把握出来てなかった。加えて今の段階で内一人脱落した。残りの一人がまだ分からねぇなら、この提案には乗れねぇはずさ」

 

 そう言うと龍園は今度は堀北に視線を移した。

 睨め付けるような目で見られた堀北は対抗するように彼を睨む。

 付け入る隙を見せれば一気に飲み込まれると理解しているからこそ、堀北は龍園から目を離さない。

 しかし龍園もこの場にいるDクラスの面々において最も崩しやすいのが今目を向けている彼女だと本能的に感じ取っていた。

 だからこそ柚椰ではなく彼女に視線を移したのだ。

 数秒ほど堀北を見ていた龍園だが、もう興味を失ったのかニヤリとほくそ笑むと椅子から立ち上がる。

 

「フッ、まぁいい。俺は別に必ずしも共闘しなきゃいけないわけじゃねぇからな。精々俺を楽しませてくれよ」

 

 そう言い残して彼は部屋を出て行った。

 

「ふぅ……やっぱり一筋縄じゃいかないみたいだね。Cクラスも」

 

 龍園が出て行くや否や一之瀬は浅くため息をついた。

 しかし特に焦っているようなことはなく、少し疲れている程度の反応だ。

 一方柚椰は龍園の強気な態度が面白かったのかカラカラと笑っている。

 

「しかしまぁ、正直なところ今の状況は龍園にとってかなり動きやすいということは確かだ。彼が言っていたことが本当なら、彼は既に他クラスの優待者の情報を得られるだけの状況を整えている、ということだからね」

 

「あぁ、さっきお前が言っていた龍園が取ったと思われる手段の選択肢。そのうちのどれかか、あるいは全てを握ってる可能性もある」

 

「えーっと、つまり昨日の段階で当てたって言ってたDクラスとAクラスの優待者か、あるいはその子が優待者だって知ってる人と龍園君が繋がってるかもしれないってことだよね?」

 

「つまり内通者がいるかもしれないってことよ……私たちDクラスやAクラス、それこそ貴女達Bクラスの中にも」

 

 堀北は一之瀬と神崎を見ながらそんなことを言った。

 龍園が起こした行動、そして柚椰が示したいくつかの可能性。

 それらが引き起こしたのは自分たちのクラスの中に他クラスのリーダーと繋がっているクラスメイトが紛れ込んでいるかもしれないという疑念だった。

 

「私は信じたくないな……私たちのクラスの中にそんな人がいるなんて」

 

「あぁ。Aクラスに上がることが目下の目標である現状で龍園に協力するような奴がいるとは俺も思いたくない」

 

 一之瀬も神崎も、クラスメイトを信じているのか疑念に呑まれることに抗っていた。

 ここで疑心暗鬼になることは、それこそ龍園の思う壺なのだから。

 

「葛城は現状維持に専念するために籠城。龍園は何をしてくるか分からない。試験は今日入れて残り2日、か」

 

 神崎が淡々と並べる事実に一同の空気がますます重くなる。

 そこで一之瀬が柚椰に目を向けた。

 

「ねぇ黛君」

 

「なんだい?」

 

「今回の試験で、クラスを越えた協力関係は成立すると思う?」

 

「正直に言って、かなり難しいだろうね。 Aクラスは、まず試験の目的そのものが俺たちと違う時点で論外だ。Cクラスに関してはさっき鈴音が言ったように契約反故もやってのける危険がある。そして俺たちDクラスは……はっきり言って、今どのクラスよりも後手に回ってる状態だからね」

 

「──っ、柚椰君」

 

「大丈夫だよ鈴音。一之瀬や神崎になら正直に話したとしても問題はないよ。龍園相手ならまだしも、今この場でBクラス相手にハッタリを利かせるメリットはないんだ」

 

 クラスの現状を素直に明かす柚椰を堀北は思わず嗜めようとするが、当の本人は一之瀬たちを信用しているからか楽観的だ。

 

「それってさっき龍園君が言ってた話? Dクラスはまだ優待者全員を把握出来てないっていう……」

 

「そうなんだ。あと一人。一人だけが完全に沈黙している。平田や桔梗の呼び出しにも答えない状況でね。だからもしあの場で龍園と一之瀬が共闘する、なんて流れになっていたら、こちらとしてはかなりまずかったんだ」

 

「心配しなくても私は龍園君と協力するつもりはなかったよ。Bクラスの中には彼の行動で傷ついた子もいるから」

 

 柚椰の心配は杞憂だと言うように一之瀬は首を横に振った。

 同じく神崎も無言で頷いている。

 二人ともあの場で素直に龍園と協力するつもりはなかったようだ。

 

「とにかく、今のDクラスは君たちBクラスと同じ土俵にすら立てていないんだ。だから今この場で協力して欲しいなんてことを提案するのはイーブンじゃない。結果的に君たちに多くを求めることになってしまい、かける負担も大きくなってしまう。それは俺としても申し訳ないんだ」

 

「そんな、気にしなくていいのに……黛君には今まで何度も助けてもらったんだから」

 

 どこか他人行儀な柚椰の物言いに寂しくなったのか一之瀬は眉尻を下げる。

 

「そうだ。無人島の時も裏で俺たちを手助けしてくれていただろ。借りを返すという意味でもこちらを頼ってくれて構わない」

 

 神崎も昨日龍園がこの部屋で暴露したことを振り返って一之瀬に同調した。

 それは間違いなく柚椰が勝ち得てきた信頼であり信用だった。

 しかし二人にそう言われても尚、柚椰は首を縦には振らなかった。

 

「俺はここからクラス単位での一発逆転は難しいと思っているよ。残りの6グループそれぞれで、個々の力で以って結果を少しでも良い方へ転ばせるのが関の山、といったところだね。完全に打つ手無しとは言いたくないが、あまりに大きく先手を取られすぎた」

 

「いつになく弱気だな。らしくないぞ」

 

 弱気なことを言う柚椰に綾小路が言葉を投げる。

 しかし彼の言葉を受けて尚、柚椰は弱々しく微笑んだ。

 

「前にも言っただろう? 俺は大した人間じゃないんだ。先んじて手を回す程度のことしか出来ない。既に手が打たれている以上、少しでもその思惑から外れるように策を弄するくらいしか出来ないんだ」

 

 そう言い残して、彼はトボトボと部屋を出て行ってしまった。

 心なしかその足取りはおぼつかず、その背は少し小さく見えた。

 

「あっ……私も部屋に戻るわ。何かあったら連絡して頂戴」

 

 去っていく柚椰を見て少し慌てたように堀北も立ち上がると、最後に綾小路にそう言い残して足早に退出していった。

 部屋に残っているのは綾小路と一之瀬、そして神崎とBクラスの生徒が二人だけとなった。

 

 

「(おかしい……)」

 

 綾小路は柚椰の態度に違和感を覚えていた。

 部屋を出て行くときの彼はそれまでの雰囲気とはまるで異なり、情けなく小さく見えた。

 普通に考えれば、これまで順調だった計画を崩され自信を喪失したように見える。

 勿論そういうこともあるだろう。

 人間誰しも芯となる部分を壊されてしまえば脆いものなのだから。

 だからこそ、その程度で崩れてしまう自信ならいっそ跡形もなく崩れてしまった方がいい。

 こんなことで壊れてしまう男なら、所詮はその程度だったというだけのことだった。

 自分が協力を持ちかけた男は、取るに足らない男でしかなかったというだけなのだから。

 しかし、だからこそ綾小路は柚椰のそれに違和感を募らせた。

 

「(あまりに脆すぎる。本当にアイツは()()()()の奴なのか……?)」

 

 これまで見せていた実力は、今の状況程度で崩れるものなのか。

 上手く事が運ばないくらいのことで、あそこまで弱々しくなるものなのか。

 綾小路には、彼がまだ何か隠していると思えてならなかったのだ。

 

「と、とりあえず私たちも出ようか」

 

 一之瀬がBクラスの面々を見渡してそう言うと、彼女達は揃って部屋を出ようとした。

 

「綾小路君も、よかったら近くまで一緒に行かない?」

 

 一人取り残された綾小路に気を遣ってか一之瀬が声をかける。

 それに無言で頷くと、綾小路もまたBクラスに交ざって部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。つよつよ龍園君と、よわよわ黛君のお話。

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