ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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彼は孤独少女と友達になる。

 

 

 

 学校二日目、さっそく今日から授業が行われた。

 初回授業ということもあって、ほとんどの授業はガイダンスのみだった。

 教師陣は明るくフレンドリーだったため、生徒たちは皆直ぐに緊張が解れていた。

 中には初回早々居眠りや私語をしている者までいた。

 しかしそんな生徒たちは教師に注意されることはなかった。

 教師が気づいていなかったわけではない。

 気づいた上で一切注意しなかったのだ。

 しかし、決して無視をしていたわけではない。

 それは教師たちを()れば柚椰には簡単に分かった。

 

「(全ての教師に共通していた感情。それは()()()()……確定だな)」

 

 教師たち一人一人を視た柚椰は彼らの秘めていた感情を読み取っていた。

 授業妨害とも取れる態度を取っている生徒への、ともすればクラス全体への軽蔑。

 そしてこの行為によって後に何かがあると分かっているが故の嘲りの感情だった。

 一般的な学校で考えれば、後の科目別成績評価に響くと考えるのがベターだ。

 しかしこの学校においては違う。

 授業態度の悪さはそのまま生徒自身の評価へと直結する。

 そして評価に直結するということは、ポイントに影響を及ぼすということに他ならない。

 

「(昨日聞いたクラスポイントという単語から察するに、ペナルティはクラス単位で執行される)」

 

 昨日星之宮先生との会話で出てきた単語から、柚椰は今後起こりうる現象について大凡の予想を立てていた。

 そして、それを踏まえた上で今後どう立ち回るか対策を練っていく。

 

「(まだ二日目、今はこの事よりも学校全体について知るべきだ)」

 

 柚椰は一旦そこで思考を打ち切ると席を立った。

 時刻はお昼時。つまり今は昼休みだ。

 であれば当然行くところは決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いただきます」

 

 数十分後、校内の食堂で手を合わせている柚椰の姿があった。

 購買でパンなどを買って教室で食べるという選択肢もあったが彼は学食を選択した。

 理由は単純。昨日の考察通りなら学食にあるであろう無料のメニューを一度試してみたいと思ったからだ。

 案の定学食の券売機には無料と書かれているメニューが存在した。

 名前は山菜定食。その名の通り山菜をふんだんに使用した定食だ。

 手を合わせた柚椰は早速箸で山菜をひとつまみすると口へと運んだ。

 

「あー……んっ……うん、普通だね」

 

 味は可もなく不可もなく。

 山菜らしい独特の苦味が口に広がる。

 味付けはしっかりとされているからか不快感はないようだ。

 一緒についてきた白米と味噌汁は有料のメニューと変わらないためか普通に美味しい。

 総合的に考えると、決して不味いということはなかった。

 柚椰は山菜を食べてご飯を一口、合間に味噌汁を挟むという極めてスタンダードに食べ進めていく。

 しかし一年生が、それも入学二日目で無料メニューを食べているというのは物珍しいのか、食堂にいた他の生徒の視線を嫌でも集める。

 そしてそれは当然、同じクラスの生徒からの視線もだ。

 

「なんだよ黛~、お前なんでそんなもん食ってんだよ~」

 

「んっ?」

 

 声をかけられたことで柚椰は一旦箸を止めた。

 そして顔を上げるとそこには同じクラスである池がいた。

 彼の側には山内、そして女子生徒が数人いた。

 どうやら彼らは柚椰のすぐ近くに座って昼食を摂っていたようだ。

 先の池同様、同伴していた女子たちも柚椰が食べているものが珍しいのか、彼の手元に視線を落としていた。

 

「それ山菜定食だよね? 無料の」

 

「なんでそれにしたの? ポイントいっぱいあるのに」

 

 女子たちはポイントがあるであろうにも関わらずわざわざ無料の定食を頼んだ柚椰が不思議なようだ。

 

「おいおい黛ぃ、まさかもう金欠かぁ~?」

 

「いくら毎月10万もらえるからってはしゃぎすぎだろ~」

 

 池と山内は柚椰が散財の限りを尽くしたと思っているのか、その金遣いの荒さを茶化していた。

 

「いや、確かに昨日は日用品を揃えるために5000くらい使ったけどそれだけだよ。これは単純に興味さ。無料のメニューがどんなものか試したくてね。それに山菜は身体にいいんだよ? 無料で健康になれるなんて良いこと尽くめだ」

 

 そう言って笑うと柚椰は食事を再開した。

 パクパクと食べ進めるその姿を見て、クラスメイトたちはポカンとしていた。

 

「なんか黛君って……」

 

「結構家庭的なんだね」

 

「ん、そうかい?」

 

 女子たちは昨日の櫛田と似たようなことを言った。

 

「でもよ~ポイント残ってんならわざわざタダ飯食わなくてもよくね?」

 

「だな、どうせなら高ぇ飯食ったほうが得だろうよ」

 

 池と山内はポイントに困っていないにも関わらず無料のものを選ぶことが理解できないのか、変なものを見るかのような目でそう言った。

 

「何にしても安くて良いものは知っていて損はないだろう? 調子に乗って物を買いすぎたら、池と山内も食べてみるといい。これはこれでアリだと思うよ……ごちそうさまでした」

 

 定食を全て食べ終えた柚椰はそう言って席を立った。

 そして返却口にトレーを置くとそのまま学食を後にした。

 

「黛って変わってるな」

 

「だな」

 

 柚椰の後ろ姿を眺めながら池と山内はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂を後にした柚椰は校内をぶらりと歩き回っていた。

 その間、彼が考えていたのは食堂を出て行く時に丁度流れた校内放送についてだ。

 

「(先の校内放送を聞く限り、放課後に部活の説明があるらしい)」

 

 放送の内容は今日の夕方、新入生に向けた部活動の説明会が開かれるというもの。

 運動部文化部に関わらず、何か部活に入ろうと考えている1年生にとっては部活の雰囲気を知るのに良い機会だ。

 

「(部活に入る気は無いが、行って損はなさそうだ)」

 

 残りの昼休み全てを校内の散策にあてた柚椰は午後の授業に遅れないように急いで教室へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、綾小路と堀北じゃないか」

 

「ん、黛か」

 

「黛君、私たちがセットのように呼ばれるのは甚だ遺憾なのだけれど?」

 

 放課後、さっそく体育館に顔を出した柚椰は一緒にいる綾小路と堀北を見つけた。

 尤も、堀北に関しては一緒にいるというつもりはないようだが。

 

「コンビニの時といい今回といい、二人は仲が良いのかい?」

 

「勘違いしないで頂戴。嫌な偶然が重なっているだけよ。それに今回に関しては友達のいない綾小路君に仕方なく付き添ってあげているだけ」

 

「そりゃどうも……」

 

 堀北からの言葉のナイフに抉られたのか綾小路は苦々しく言葉を返した。

 

「堀北は優しいんだね」

 

「そうね、哀れな男に付き合ってあげるだけの慈悲はあるわ」

 

「お前、俺以外にロクに話せる奴がいないだけだろ」

 

 息を吐くように罵倒する堀北と低いテンションながらもツッコミを入れる綾小路。

 二人の相性は存外悪くないのかもしれない。

 

「そういえば、綾小路とはまだ連絡先を交換していなかったね。いい機会だから交換しようか」

 

「い、いいのか……!?」

 

 柚椰の申し出に綾小路は目を輝かせていた。

 昨日のコンビニでも似たようなことがあったことから、柚椰は綾小路が友達というものを作ることに不慣れであると気づいた。

 

「クラスメイトなんだから当然だろう? はい」

 

「感謝する……!!」

 

 そう言って綾小路は急いで上着のポケットから端末を取り出すと慣れない手つきで端末を操作して連絡先を交換する。

 二分とかからず無事に交換を済ませると、彼は感慨深そうにアドレス欄を眺めていた。

 

「堀北も、どうかな?」

 

「どうして私と黛君が連絡先を交換しなければならないのかしら? 交換する必要性を感じないのだけれど」

 

 柚椰は傍にいた堀北にも声をかけたが彼女は間髪容れずに断った。

 しかしあっさり断られても尚、柚椰はカラカラと笑っていた。

 

「まぁまぁ、そう言わないで。綾小路とも交換しているんだろう?」

 

「していないわ。するわけがないじゃない」

 

「え、そうなのかい? てっきり昨日のうちに済ませていると思ってたんだけど」

 

「さっきも言ったでしょう。私たちは別に友達でもなんでもないの」

 

「じゃあ俺と第一お友達になろうか」

 

「話の脈絡が無さ過ぎて理解できないのだけれど。一体どうしてそうなったのかしら?」

 

 柚椰の自由なトークに頭が痛いというように堀北は頭を抱えた。

 しかし柚椰の勢いは止まらない。

 

「難しく考えなくていいんだよ。友達というのは大抵は流れでなるものなんだ。なんでもないことで会話をして、たまに一緒に勉強をしたりして、暇があったら遊ぶ。それが友達だ」

 

「必要性が皆無ね。そんなことをする相手なんて私は欲していないもの」

 

「なんだったら俺が勉強を教えてあげてもいいよ? 案外君より出来るかもしれない」

 

「──! へぇ……随分大きく出たわね」

 

 取り付く島も無かった堀北が、柚椰のその発言にこれまでとは違うリアクションを取った。

 挑発されたと感じたのか、彼女は柚椰を射殺すような目つきで睨んでいる。

 

「食いついたね。まだテストはないからなんとも言えないけど、結果次第ではそうなるかもしれないという話さ」

 

「面白いじゃない。いいわ、乗ってあげる」

 

 堀北はそう言うと端末を取り出した。

 それが了承の意だと受け取った柚椰はニコリと笑うと端末を操作した。

 綾小路とは違い、堀北はやり方自体は知っていたからか交換は直ぐに終わった。

 

「じゃあ堀北の第一お友達は俺ということで」

 

「勘違いしないで。貴方の発言が出任せでないか確かめるための一時的な措置よ。もしテストで私のほうが上だったら、そのときは泣いて教えを乞わせるまでよ」

 

「ふふっ、ならしっかりと勉強しておかないとね。君の授業は厳しそうだ」

 

 好戦的な発言をする堀北に柚椰はそう言って笑った。

 

「一年生の皆さんお待たせしました。これより部活代表による入部説明会を始めます。司会を務めさせて頂きます、生徒会書記の橘です。よろしくお願いします」

 

 柚椰と堀北のやり取りが丁度終わったとき、橘と名乗る女性の先輩のアナウンスの下、体育館の舞台上に部の代表である先輩たちが並んだ。

 その出で立ちは各々スポーツのユニフォームを着ていたり和服を着ていたりと様々だった。

 先輩が一人、また一人と各々の部活について紹介していく。

 

「堀北、どうしたんだ?」

 

 ふと横で見ていた綾小路が突然そのようなことを言った。

 それを聞いた柚椰は堀北へと視線を移した。

 

「……」

 

 堀北は顔を青ざめさせ、舞台上を凝視していた。

 その只ならぬ様子に思わず柚椰も声をかけた。

 

「堀北、大丈夫かい?」

 

「……」

 

 しかし返事が返ってくることは無い。

 堀北の精神状態が気になった柚椰は今一度彼女を()た。

 

「(主な感情は尊敬と……そしてこれは()()か? 彼女は何かに怯えているのか)」

 

 彼女が一体誰にそのような感情を抱いているのか柚椰は興味を持った。

 そしてその答えはすぐに分かることとなる。

 先輩たちによる説明は残すところ男の先輩一人となった。

 最後ということもあって体育館にいる者全員の視線が集中する。

 背丈はそれほど高くなく、身体は細身で髪は黒。

 シャープな眼鏡をかけ、知的な印象を抱かせている。

 マイクの前に立ったその先輩は無言で一年生たちを見下ろしている。

 その沈黙は5秒、10秒と続き、ともすれば30秒近く経過しているような気さえさせた。

 

「がんばってくださ~い」

 

「カンペ、持ってないんすかぁ~?」

 

「あはははは!」

 

 壇上の先輩に対して一年生たちは野次を飛ばした。

 しかしそれでも尚、件の先輩は微動だにせず立ち尽くしていた。

 一言も言葉を発さないその姿に一年生たちは段々と呆れ始めた。

 沈黙を貫く先輩と、呆れかえる一年生。

 しかし柚椰はこの光景に、この沈黙に覚えがあった。

 

「(緊張しているのではない。これは沈黙という()()だ)」

 

 嘗て世界を二度目の戦火の渦へと巻き込んだかの有名な第三帝国。

 その第三帝国総統に君臨していた男が用いていた話術の一種だ。

 彼もまた、観衆が進んで自分の話しを聞くようになるまで意図的に沈黙を貫いた。

 沈黙によって齎される効果。

 それは己の第一声を、聞き手の脳内に強く印象付けるというものだ。

 今この状況において、この沈黙による効果は絶大と言えるだろう。

 既に数多くの部活動が紹介を行っていた。

 しかもその内容はどこも似たり寄ったりといったところで一年生たちは食傷気味であっただろう。

 故にこの先輩の沈黙は否が応でも強烈なイメージを植え付ける。

 

 

「私は、生徒会会長を務めている、堀北学と言います」

 

 1分以上沈黙が続き、ついにその先輩が口を開いた。

 

「生徒会もまた、上級生の卒業に伴い、1年生から立候補者を募ることとなっています。立候補するために必要な資格などはありませんが、もし生徒会の立候補を考えている者がいるのなら、部活への所属は避けて頂くようお願いします。生徒会と部活の掛け持ちは原則として受け付けていません」

 

 堀北学と名乗ったその男の口調は柔らかかったが、だからといって緩いわけではない。

 彼から放たれる肌を突き刺すような緊張と空気は体育館にいる一年生たちに有無を言わせなかった。

 

「それから、私たち生徒会は、甘い考えによる立候補を望まない。そのような人間は当選することはおろか、本校に汚点を残すことになるだろう。我が生徒会には、規律を変えるだけの権利と使命が学校側に認められ、期待されている。そのことを理解できる者のみ歓迎しよう」

 

 そう締めくくると、彼は真っ直ぐ舞台を降り体育館を出て行った。

 

「皆さまお疲れ様でした、以上で説明会は終了です。これより入部の受付を開始させていただきます。また、受付は4月いっぱいまで行っていますので、まだ検討中の生徒は後日申込用紙を部まで直接持参してください」

 

 司会の生徒のおかげか、先ほどまで張り詰めていた空気は消え、再び生徒たちの喧騒が戻ってきた。

 そして既に入部する部活を決めていた生徒はぞろぞろと申し込みの受付へと向かっていった。

 

「……」

 

 一年生たちに喧騒が戻っても尚、堀北は立ち尽くしたまま動く気配が無かった。

 放っておけばいつまでもそんな状態だろうと思った柚椰は──

 

 

「とうっ」

 

「あぅっ! ……あ、あら? ここは何処かしら?」

 

 堀北の脳天に軽くチョップをおみまいした。

 頭に衝撃が走って正気に戻ったのか、彼女は目を白黒させて周りをキョロキョロと見回していた。

 

 

「おかえり堀北、やっと正気に戻ったね」

 

「ここは何処の次は私は誰とか言い出すかと思ったぞ」

 

 カラカラと笑う柚椰と冗談を言う綾小路。

 二人の言葉で徐々に状況を理解したのか、堀北は柚椰を睨んだ。

 

「女性に手を上げるなんて乱暴なのね」

 

「放っておいたら夜まであんな調子だろうと思ったからね。あのまま突っ立っていたら周りに迷惑になるだろうし。それに、ちゃんと手加減したから痛くはないだろう?」

 

「……そうね、衝撃こそあれど痛みはないわ。それに、確かに黛君の言う通りね。

 呆けていたのは私の責任だったわ。ごめんなさいね」

 

「(あの堀北が謝った……だと……!?)」

 

 呆然としていた自覚はあったのか、堀北は素直に非を認めて謝罪した。

 彼女が人に対して謝るというのが意外だったのか綾小路は少し驚いていた。

 謝罪された当の柚椰は全く気にしていないのかニコリと笑った。

 

「構わないよ、友達なんだから気にしないで」

 

「さっきも言ったけど、あくまで一時的に交友を持ってもいいと言っているだけで友達になったつもりはないわよ」

 

 そういい残すと堀北はスタスタと人ごみに紛れるように体育館から出て行ってしまった。

 

「おや、怒らせてしまったかな?」

 

「気にしなくていいと思うぞ。にしても、堀北を謝らせるとは凄いな」

 

「そうかな? 堀北も意地っ張りなだけで根は優しい子なんだと思うよ」

 

「……ポジティブなんだな、黛は」

 

 堀北の容赦のない罵倒をいい方に捉えられる柚椰に綾小路は感心しているようだ。

 

「じゃあ、俺もそろそろ帰るよ」

 

「部活は入らないのか?」

 

「ひとまずは保留かな。4月中は受け付けてるみたいだし、焦って決めるものでもないだろう?」

 

「それもそうか」

 

「そういうことで、また明日ね」

 

「あぁ」

 

 綾小路に別れを告げ、柚椰は足早に体育館を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
予約投稿したと思い込んでいたら、実は予約の「よ」の字もしていませんでした。

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