ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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鍍金の女王は崩れ、火種は落とされた。

 

 

 

 時刻は午後7時50分。船内で特別試験4回目のグループディスカッションが行われようとしていた。

 しかし卯グループの部屋ではこれまでとは少々異なる光景が広がっていた。

 部屋に来て早々、Aクラスは部屋の片隅に椅子を集めて固まり始めたのはこれまで通りだったが、今回はAクラスの傍にCクラスの女子たちが座っていた。

 正確にはAクラスの町田の傍である。

 

「ねぇ町田君。今日これが終わったら私たちと遊びに行かない? 女子3人で遊ぼうってなったんだけど、遊び相手が見つかってなくって」

 

「……そうだな」

 

 対話に参加しない町田だが、その存在感は女子の中では強い。

 一之瀬や伊吹を除く女子は全員町田に興味があるようだった。

 Cクラスは既に優待者を見つけることは半分諦めているのか、あるいは作戦かは不明だが町田を遊びに誘う。

 町田もまんざらではないようで、考えた素振りを見せつつも少し嬉しそうだった。

 そんなやりとりが行われていると、Dクラスの博士と軽井沢が新たに部屋に入ってきた。

 恐らく偶然タイミングが被ったのだろうが軽井沢は露骨に嫌そうにしていた。

 そして部屋に入るなり博士から距離を取るようにして奥を陣取ろうとする。

 

「ちょっと、そこあたしの場所なんだけど?」

 

 遅れてやってきた軽井沢が、先に来ていたCクラスの生徒を鬱陶しそうににらみつけた。

 他の女子が町田と親しそうに話していた場面を見つけて、より苛立ちを露わにする。

 

「意味わからないんですけど。あなたの場所って何。どこか適当に座ればいいじゃない」

 

「あたしそこがいいの。どいて」

 

「はぁ? 今町田君と話してるんだけど。夜遊ぶ約束してるところなんだから」

 

「ねぇ町田君からも言ってくれない? あたしが隣だって」

 

 町田は少し困った様子で、どちらの味方をするべきか逡巡しているように見えた。

 しかし、その様子をすぐに理解した軽井沢は、真鍋と町田の間に割り込んで手を握り込む。

 

「今度二人きりで遊ぼうよ。それとも、こっちの子と約束しちゃった? あたし二股かける人とか嫌いだから、この子たちと遊ぶっていうならこの話は無しにするけど……」

 

 平田と付き合っていることを知っている人間からすればよくもまぁ言ったものだと呆れるような物言いだ。

 しかし『二人きりで』という部分に強く引かれた町田は、どちらを取るか決めたようだった。

 

「どいてやってくれないか? 昼もここは軽井沢が座ってた場所だからな」

 

「は……? なにそれ、ムカつく……」

 

 あっさり切り捨てられたことでプライドが傷ついたのか、女子はその場から離れた。

 そして空いたスペースに軽井沢が滑り込むように座り込む。

 ほぼ町田に密着するような、最早身体が触れ合っているほどに彼女は近い。

 それを受け入れていることから、町田が彼女に対して心を開いていると分かる。

 厳密には好意を抱き始めていると言ったほうが正しいだろうか。

 外見だけ言えば軽井沢は間違いなく可愛い上に、好かれている側からすれば守ってやりたくなるのかもしれない。

 

「みんなよろしくねっ」

 

 最後にやってきた一之瀬が場を取り纏めるべく全員を見回す。

 しかし場の空気が重たいことを察してかそれ以上不用意に話しかけたりはしない。

 

「(妙だな……)」

 

 部屋の片隅でこれまでの光景を見ていた綾小路は軽井沢の行動が引っ掛かっていた。

 平田という彼氏がいながら町田に擦り寄っているのも勿論不可解だが、それ以上に彼女の行動の強引さが一層不可解だった。

 町田と親しくなりたいのだとしても、あそこまで露骨にCクラスの女子と揉める必要はない。

 しかし、1学期から軽井沢を知る身である綾小路からすれば、先の行動は彼女の性格ゆえのものなのかもしれないと考えた。

 今でこそその勢いは消えているが軽井沢は強気な物言いと態度でDクラスにおける女子のリーダーのような存在だった。

 平田というクラスの導き手の彼女であることもあって男子に対しても強い発言権があった。

 その1学期の軽井沢の行動を、今回の彼女の行動に当てはめるとしっくりくるのだ。

 頼りなさそうな男子メンバーの中で一番強気かつ利己的な回答をする町田に取り入ればこの部屋でも主導権を握れると判断したのだろう。

 事実Cクラスの生徒たちは軽井沢に対して恨みがましい視線を向けてはいるものの、町田に逆らえない状況に渋々引き下がっているのだから。

 しかしそうまでして彼女が得るものとはなんだろうか。

 

「(優越感。自己満足。自己顕示欲、か……?)」

 

 根底は見えてこないが、そういった類の何かであるということはうっすらと見えてきた。

 

「よくないな……」

 

「そうだな。このままいったら優待者の勝ち逃げを許すぞ……」

 

 綾小路の呟きを試験の心配ととらえたのか、隣に座っていた幸村が答えてきた。

 違うと否定するのも面倒だったのか綾小路はそのまま聞き流す。

 

「さてさて、今回もAクラスは対話に不参加な感じ?」

 

「勿論だ。勝手に話し合いをしてくれ。こちらの方針に変わりはない」

 

 堂々と言い切る町田の横で、喜怒哀楽の感情を消し去っている生徒がいた。

 Aクラスの生徒、森重だ。この生徒は綾小路にとって見覚えのある生徒だった。

 柚椰からの情報によるとAクラスを二分している葛城派と坂柳派。

 森重は無人島試験で葛城に反旗を翻していた男の一人だった。

 通常であれば葛城の意見を素直に聞き入れたりはしないのだろうが、坂柳が病欠で不在らしく今回の旅行には参加していない。

 指示を仰ぐ存在が存在しない以上、大人しく従うしかないということだろうか。

 森重がこの2日間沈黙を貫き通しているところからしても、今回の試験は耐えるしかないと判断したのだろう。

 

「じゃあ、無言で1時間過ごすのも勿体ないし今回もトランプで遊ぼうか」

 

 一之瀬も慣れたもので、最初の確認が終わるとすぐにトランプを取り出した。

 そして結局、今回も1時間をトランプ三昧で過ごすと、あえなく解散となった。

 幸村は必死に周囲を観察していたものの優待者らしき気配は掴めなかった。

 しかしそれは他の生徒も全員同じだろう。そしてそろそろ結論づけているはずだ。

 仮に対話を繰り返したとしても優待者は名乗りを上げることはないと。

 一人、また一人と退出していく生徒たちを綾小路は観察していた。

 いつも出て行くのが早いCクラスの生徒はまだ動かない。

 それに対し更に早いAクラスはいつものように一番手に出て行く。

 町田は軽井沢と連絡先を交換したのか、今度連絡すると残し去っていった。

 それから幸村と博士も腰を上げる。

 

「戻ろう。綾小路も行くだろ?」

 

「あぁ」

 

 それとほぼ同時に軽井沢は電話をしながら立ち上がり、面白おかしく談笑しながら部屋を出て行く。

 そして綾小路たちの脇をCクラスの3人が通り抜けていく。

 

「今の3人、どうも様子がおかしくなかったか?」

 

 幸村も異変に気が付いたようで、少し怪訝そうな顔を見せる。

 

「そうでござるか? 拙者は気が付かなかったでありますなー」

 

 めちゃくちゃな口調はさて置いて、博士は気づかなかったらしい。

 しかし彼以外の二人は気づいていた。

 Cクラスの女子たちが相当鬱憤を溜め込んでいることを。

 二人はそっと部屋の扉から廊下の様子を窺う。

 すると軽井沢の後ろをピッタリついていく女子3人が見えた。

 いないのは唯一軽井沢に対して興味を見せなかった伊吹だけだ。

 

「ひと悶着あるんじゃないか?」

 

 幸村はどうすべきか尋ねるように綾小路に視線を向ける。

 

「一応追いかけるか。暴力沙汰にはならないと思うが、騒ぎになるかもしれない」

 

「全く軽井沢の奴。他人に恨まれるようなことを勝手にして……こっちは優待者を探すのに精いっぱいだというのに」

 

 博士には部屋に戻ってもらうことにし、綾小路と幸村は4人の後を静かに追った。

 角を曲がるとバタンと非常口の扉が閉まる音が聞こえた。

 エレベーターが混雑しているわけでもないのに非常階段を使う理由はない。

 つまりそれ以外の目的があるということだ。

 

「ちょっと、こんなところに連れ込んでどういうつもり!?」

 

 こっそりと非常口の扉を開けると、近くからそんな声が聞こえてきた。

 

「とぼけんなよ。あんたがリカを突き飛ばしたんでしょ? それに関する話よ」

 

「……は、はぁ? なんであたしなわけ? 別人だって言ったでしょ」

 

 3人は囲い込むようにして軽井沢を壁に追いやり、逃げられないようにしていたが、そんな状況でも軽井沢は謝罪することもなく事実関係を否認する。

 

「あたしこれから用事あんだけど。どいてくんない?」

 

「だったら確認させてよ。今からここにリカ呼ぶから。それであんたじゃなかったら許してあげる」

 

「意味わかんないし。先生に言い付けるから」

 

「先生に何を? 私たち別に暴力振るってるわけじゃないし。なんならリカを突き飛ばしたことを問題にしたっていいんだからね」

 

 真鍋たちも引き下がるつもりはないのか、この場で白黒はっきりつけるつもりらしい。

 その証拠に逃げようとした軽井沢の腕をつかんで再び壁に押し付けるようにして囲い直す。

 女子の一人が、リカという生徒に連絡をとろうと携帯の操作を始めた。

 

「ま、待ちなさいよ」

 

 その様子を見て本気だと悟った軽井沢が操作をやめるよう要求する。

 

「なに。なんで待たなきゃいけないの」

 

「……今思い出したのよ。前にあたしとぶつかった子がいたこと」

 

「しらじらしい。最初から覚えてたくせに。まぁいいや、ちゃんとリカに謝るわけ?」

 

「そうじゃない。あれはあの女が悪かったのよ。どん臭い子だったから」

 

 非を認めるのかと思いきや軽井沢は強気にそう言い放った。

 それが相手の神経を逆撫ですると分かり切っていたにもかかわらず。

 案の定真鍋達は目を吊り上げて怒りを露わにする。

 

「こいつマジムカつく。リカに謝るならさっき私たちにしたことは許してやろうと思ってたのに。もう許さないから」

 

 そう言って軽井沢の肩を掌でどつく。

 

「どうせ最初から許すつもりなんてないでしょ……」

 

 今まで真鍋の後ろにいた山下という少女が、小さく吐き捨てた軽井沢の言葉にキレた。

 

「志保ちゃん。私も我慢の限界。マジで軽井沢許せないかも」

 

「でしょ? 絶対リカにも同じ態度だったと思うんだよね。本気で虐めちゃう?」

 

 今度はさっきよりも強く、掌で軽井沢の肩を突いた。

 幸村が咄嗟に扉を開けようとしたが、綾小路がその腕を掴んで制止する。

 この段階で止めてもその場しのぎにしかならないからだ。

 ならば多少なりとも暴力を振るわれたほうが今後の抑止力にもつながる。

 程度によってはそれを脅しの材料に利用できる可能性もあると考えたのだ。

 何より綾小路から見た軽井沢恵の人物像が今変わろうとしていた。

 

「はぁ、はぁっ……」

 

 荒くなっていく軽井沢の呼吸。痛みを感じ出したのか、両手で頭を押さえる。

 その苦しんでいる姿さえ、真鍋達にとっては不愉快でしかなかった。

 

「今更女の子ぶったって許してやらないから」

 

 真鍋が軽井沢の髪の毛を掴み、項垂れる顔を強引に上げさせる。

 

「私軽井沢の顔嫌い。ぶっ細工じゃない?」

 

「言えてる。いっそズタズタに切り刻んじゃう?」

 

「や、やめ……やめて……」

 

「や、やめて、だって。さっきまでの勢いはどうしたのよ」

 

 ガタガタと震え、ついには半泣きになりながら頭を抱えて動かなくなる軽井沢。

 その姿にはいつもの面影は欠片も残っていなかった。

 

「(もう少し、もう少しで見えてきそうだな……)」

 

 どんどん情けなくなっていく軽井沢を綾小路は具に観察する。

 そうして見えてくるもの次第で、彼女の評価も決まるのだから。

 しかし我慢できないのか、幸村が余計な正義感を見せた。

 綾小路の制止を聞かず扉を開いてしまう。

 来訪者の登場に当然三人は大きく驚き、一方軽井沢は助かったように一瞬安堵の表情を浮かべた。

 

「お前たち何をしているんだ」

 

「何って……別に? ねぇ。軽井沢さんと話してただけだよ。そうでしょ?」

 

 暗に余計なことを言うなと言うように軽井沢を睨む真鍋だが、そんなことで軽井沢は怯まない。

 

「ちょっと幸村君、何か言ってやって? こいつらあたしを強引に拉致して暴力を振るってきたし。マジ最低じゃない? ウザいから消えろとか言われたんだから」

 

 普段幸村のことなど全く相手にしていない軽井沢だが、この場に現れてくれたことをありがたいと思ったのだろう。

 なりふり構わず頼っている様はいっそ清々しい。

 

「軽井沢さんとリカの問題で手を貸してるだけ。ぶつかった話は聞いてるでしょ?」

 

「……穏便にしたほうがいいんじゃないか? ぶつかったのだって別に軽井沢に悪気があったわけじゃないようだし」

 

 部外者である以上、幸村としても月並みなことしか言えない。

 

「あんたは黙ってて。関係ないでしょ」

 

 そう言われて睨まれればそれ以上口を挟むことは出来ず黙るしかない幸村。

 軽井沢はそんな彼を情けない男を見るような目で見ていた。

 大方幸村の振る舞いは期待外れだったのだろう。

 そんな模様を横目に綾小路は静かに携帯を手にした。

 

「さっさと立ち去りなさいよ。じゃなきゃ人呼ぶから」

 

「なに、呼ぶって誰を? 平田君? 町田君? それともヤリマンのあんたには他にも男がたくさんいるわけ?」

 

 最早罵詈雑言と言う他ない言葉を並べて真鍋は軽井沢を詰る。

 流石に潮時だと判断したのか綾小路が非常口に足を踏み入れようとしたその時、階段の下のほうから新たな来訪者が現れた。

 

「……何してんのあんたら」

 

 呆れたような、軽蔑するような声色と表情で現れたのは意外や意外。

 先ほど真鍋達と別れたはずの伊吹だった。

 意外な来訪者に真鍋達は一瞬虚を突かれたが、すぐに顔を顰めて伊吹を睨んだ。

 

「あんたには関係ないでしょ。ていうか、あんた部屋に戻ったんじゃないの」

 

「そうするつもりだったけど、別れるときのあんたらの顔が引っ掛かったんだよ。あんたらがやりそうなことくらいバカでも分かるし。そいつを人気のないところに連れてって好き勝手に尋問するだろってな」

 

 軽井沢を顎で示しながら真鍋達を見下す伊吹。

 その態度に真鍋達の怒りの矛先が軽井沢から伊吹に変わった。

 

「あんたには関係ないでしょ! 部外者は引っ込んでろよ!」

 

「そうよ!」

 

「試験もロクに参加しようとしてなかったくせに偉そうなんだよ!」

 

「参加してなかったのはあんたらもだろ? Aの男子に尻尾振ってるか、そいつに因縁つけるかしてただけで議論もなにもしてない。私からしたらあんたら三人も役立たずの木偶の坊だよ」

 

「はぁ!?」

 

「伊吹、お前マジ調子乗ってんじゃないの!?」

 

「私たちはこいつとリカの問題を解決してあげようとしてるだけじゃん!」

 

「どうだかな。今そうして詰め寄ってるのはどう見てもあんたらの私怨だろ。友達のためなんて御大層な建前掲げてるみたいだけど、私からしたら自分がAの男子に相手にされなかった憂さ晴らしをしてるようにしか見えないんだけど?」

 

 どこかの誰かのように好き放題に真鍋達を煽る伊吹。

 伊吹が煽れば煽るほど相手のターゲットは彼女に向く。

 

「あんたいい加減に──」

 

「それよりいいのあんたら? このままここにいて」

 

「どういう意味よ!」

 

「私はあんたらがバカなことするだろうなと思ってここに来たんだぞ。まさか一人でノコノコ来るなんて思ってないよな?」

 

 伊吹がそう言うと真鍋達は意味に気づいた。

 今ここでこうなることを予想した上でこの場に現れたということは……

 

「もうすぐ先生が駆けつけてくるぞ。逃げるなら今のうちだな」

 

「──ッ! あんたDクラスの味方なわけ!?」

 

「あんたらがやったことが明るみになってCクラス全体が責任を取らせられたらどうすんだよ。同じグループだったからって私にも責任が問われたら? そんなの真っ平ごめんだな。それに……」

 

 ニヤリと口角を上げて伊吹は真鍋達を侮蔑するように見下す。

 

「あんたらが勝手に他クラスと問題を起こして結果的にCクラスに不利益が生じたら……龍園はあんたらに何をするだろうな?」

 

 その言葉に真鍋達は震え上がった。

 龍園が女相手だろうと容赦しない男だということはCクラスなら誰でも知っている。

 現に彼に逆らっていた伊吹は過去に制裁を加えられているのだから。

 それを受けて尚伊吹は龍園に逆らっているのだが、真鍋達にそんな根性があるわけもない。

 伊吹の脅しにまんまと飲み込まれ身震いしているのが証拠だ。

 

「……絶対リカに頭下げさせるから!」

 

 真鍋は吐き捨てるように軽井沢にそう言い残し、他二人を連れて出て行く。

 軽井沢も必死に強気な表情を作っていたが、そこに余裕がないのは見れば明らかだった。

 真鍋達も彼女の態度が強がりだということには感づいているようで、自分の優位性を疑わずして去っていった。

 

「大丈夫か?」

 

 過呼吸気味の軽井沢を放置するわけにもいかず、幸村が声をかける。

 

「放っておいて……っ!」

 

 近づいてきた幸村の手を払いのけるようにして軽井沢は遠ざかった。

 

「なっ、心配で様子を見に来てやったんだぞこっちは!」

 

「うるさいっ。そんなこと、誰も頼んでないっ!」

 

 そう言い放ち、息を荒らげて一歩を踏み出す。

 威圧されるように幸村が一歩下がる。

 その隙に階段を上がり、非常口のドアを強く開け放った。

 扉の先に綾小路が立っていたことで一瞬立ち止まった軽井沢だったが、彼に対しても強烈に睨みつけてからその横をすり抜けて走り去っていった。

 

「なんなんだあいつはっ! いつもいつも迷惑ばかりかけて……!」

 

 軽井沢の都合の良すぎる振る舞いに幸村は憤慨していた。

 助けに入ったときは情けなく助けを求めてきたくせに、いざ危険が去れば元の偉そうな態度に戻る。

 幸村からすれば勝手極まりないだろう。

 しかし怒りよりも疲れが勝ったのかそれ以上は言葉を発さずに、彼は非常ドアから戻っていった。

 残っているのは綾小路と伊吹のみ。

 黙って立ち去るのも変だと思い、綾小路は非常階段に足を踏み入れた。

 

「助かった。まさかお前が止めに入ってくれるとは思わなかった」

 

 綾小路が感謝の言葉を述べると伊吹は腕を組んでそっぽを向く。

 

「別に。あいつらにも言ったでしょ。連帯責任になるのが嫌だっただけ」

 

「それでもだ。正直俺や幸村じゃ上手くやれそうになかった」

 

「そう? 扉の前に突っ立ってた感じだと、私がこなければアンタが割って入ってどうにかしてたんじゃない?」

 

「買い被りだ。俺に女の喧嘩の仲裁は荷が重い」

 

 伊吹はそれ以上追及するつもりはないのか、何か言うこともない。

 そこで綾小路は先ほど彼女が言っていたことを思い出した。

 

「そういえば、さっき先生が駆けつけるって言ってたが」

 

「あんなの嘘に決まってるだろ。現場を押さえられたらそれこそ問題になるじゃないか」

 

「やっぱりか。でも真鍋達には効果があったってことだな」

 

「あいつらはそれよりも龍園の方にビビッてたみたいだけど」

 

 伊吹も龍園の名前を使ったほうが脅しとしては効果があると理解しているようだ。

 結果的に真鍋達はまんまと伊吹に騙されたことになる。

 

「もう用はないから私も帰る。アンタもさっさと戻れば?」

 

「あぁそうさせてもらう」

 

 綾小路に言い残して伊吹は階段を下りて一つ下の階の非常口から出て行った。

 誰もいなくなった非常階段で綾小路は考える。

 考えているのは勿論軽井沢のことだ。

 女王の見せた危うい一面。怯え、震え、動けなくなっていた姿。

 

「(何かあるな……)」

 

 彼には軽井沢が何か事情を抱えているような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これでいい?』

 

『上出来だ。迫真の演技だったよ。君には主演女優賞をあげよう』

 

『なんでわざわざこんなことを。割って入る必要があったわけ?』

 

『割って入ることに意味があるんだ。途中で邪魔が入れば彼女達は不完全燃焼のまま終わる。しかし、そこにはまだ燃え切らなかった燃料と未だ燻ぶっている火種が残っている。その状態は事が起こる条件としては最高の環境なんだ』

 

『……またロクでもないこと考えてるの?』

 

『このことに関して、僕は積極的に介入する気はないよ。僕が燃料をくべなくても()()()()()()()()()()からね』

 

『どういうこと?』

 

『軽井沢恵という人間を欲している人間が現れれば、自ずと燃料は放り込まれるということだ。幸いにも火種はいつでも再燃するだけの熱を保ち続けて存在している。その気になれば誰でも、いとも容易く着火させることが出来る』

 

『意外だな。あんたならそういうの喜んでやりそうなのに』

 

『彼女の人間性は既に知っている。その上で必要ないと判断したまでだよ。彼女が開花することは勿論望ましい。しかし、それをやるのは僕である必要はないんだ。既に彼女の上位互換である人間を僕はとうに見初めているからね』

 

『……なるほどね。櫛田か。あんたの協力者ってのは』

 

『ご名答。彼女は素晴らしい。こちらが言わなくても自分の意志で好き勝手に動き回れるだけの地頭の良さとポテンシャルがある。今回の試験でも()()()()()()()()()みたいだからね』

 

『まぁいいや。私には関係ないし。それで、この後はどうすんの? 今回はこのまま傍観するつもり?』

 

『まさか。出来るだけ面白くなるように場を整えさせてもらうよ』

 

『……ほんと、あんたみたいなのがいるってだけでも周りの奴らに同情するよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 1 名無しのピエロ 2XXX/08/14(木) 03:31:08:69 ID:glo4nqBD

 卯グループの優待者はDクラスにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。優待者編後半ですね。

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