ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

61 / 77
鍍金の女王の真実と王の懺悔。

 

 

 

 二日目が終わる真夜中。綾小路は船内に設けられているプールを訪れていた。 

 昼間は喧騒に包まれるこの場所も深夜ともなれば人気は全くない。

 彼はあることを確認するため携帯を手に持っていた。

 学校から支給される携帯には、最初から教員のアドレスが入っているため、彼がこれから会う人間とのコンタクトを取るのは容易だった。

 ここはその待ち合わせ場所である。

 真夏とはいえ今彼がいるのは大海原の上。船上に吹く夜風は少々肌寒い。

 

「……待たせたな綾小路」

 

 待ち合わせ場所に現れたのはDクラスの担任である茶柱先生だった。

 

「別に構いませんよ。それより遅くに呼び出してすみません」

 

「生徒からの相談なら、担任の教師にはそれに応じる義務がある。別におかしなことじゃない。それに生徒に呼び出されることは初めてではないからな」

 

「先生にお聞きしておきたいことがあったんですけど……随分顔色が悪いですね」

 

 暗がりで気づかなかったが、茶柱先生の顔色は死人のように青ざめていた。

 

「……気にするな、大人の事情だ。それでなんだ?」

 

 吐く息から感じた独特の香りで綾小路は凡その事情を察しつつも本題に入る。

 

「この学校にはポイントで買えないものはないって言いましたけど、それでも例外はありますよね」

 

「まぁそうだな。例外は当然存在する。非常識なものは当然買えん。教師や生徒の命を要求されたところで常識的にも倫理的にも応えようがないからな」

 

「では過去にポイントによって買われた一番高いもの──」

 

 質問をしている最中、人の気配を感じて綾小路は口を閉じる。

 

「やっほーサエちゃん。元気?」

 

 やってきたのは星之宮先生だった。偶然現れたというにはあまりにもタイミングが良すぎた。明らかに茶柱先生の後をつけてきたとしか思えない。

 

「……酔いつぶれていたんじゃないのか」

 

「え? やだな。私が酔いつぶれるわけないじゃない。あれは寝たフリって奴?」

 

「全く……相変わらず酒に強いようだな。昨日といい今日といい」

 

 呆れたように茶柱先生はため息をつく。

 

「こんばんはー綾小路君。元気?」

 

 星之宮先生は綾小路に近づくと彼の肩に手を回し酒臭い息と体臭で絡む。

 酔っ払い特有の匂いに綾小路の顔が僅かに歪む。

 

「普通です。可もなく不可もなくですね」

 

「ぶー。可愛くない回答だなぁー。綾小路君はサエちゃんみたいなツンツン系のお姉さんが好みなのかな?」

 

「学生に絡むな。実務に支障をきたすぞ」

 

 割って入るように茶柱先生が星之宮先生の襟首を掴んで引き剥がす。

 邪魔が入ったことにぶぅたれつつも星之宮先生はめげずに会話を続ける。

 

「それで二人は何の話をしてたの? こんな真夜中に。これはこれで大問題じゃない?」

 

「大問題? 生徒からの悩み事に対して相談に乗るのは当然のことだと思うがな」

 

「だったら、もっと人気のあるところで落ち合えばいいじゃない。こそこそ隠れるみたいにしてたら怪しいし」

 

 探ってくる星之宮先生に、茶柱先生はどこまでも冷静な対応を続ける。

 

「綾小路が望んだことだ。誰にも見つからずに相談したいとな」

 

「ふーん。まぁ違反をしてるわけじゃないけどさ……」

 

「わかったらバーに戻ってろ。私もすぐに戻る」

 

「はいはーい。ごゆっくりー。でもエッチなことはしちゃだめだからねー」

 

 そんな余計な一言を残し、星之宮先生は船内に戻って行く。気配を殺して潜むようなこともなさそうだった。

 

「すまないな。色々と面倒な教師で」

 

「いえ」

 

 探りを入れられていることを茶柱先生は敢えて触れなかった。

 今までのやりとりで彼女と星之宮先生との間に何かがあることは察せられたが、自分には関係ないことだと綾小路は判断した。

 

「それでさっきの続きだが、過去に買われた最大のポイント、だったな」

 

 綾小路が小さく頷くと、茶柱先生は少しだけ考え込むような姿勢を見せる。

 

「私が就任してからに限定するならば……『学校の校則を変える』だったな。もちろん現実的な範囲での変更だった。例えるなら遅刻と認めるまでの時間を1分長くする、といった具合のな」

 

 先生はあくまでも事実ではなく例として答える。

 

「あくまでも参考例、ですか」

 

「不満か?」

 

「まぁ構いませんよ。学校の仕組みとポイントの有用性は理解できますから」

 

 些細なものであれポイント次第で学校の仕組みにも手を加えることが出来る。

 即ち無限大の可能性を秘めているともいえる。プライベートポイントは極めて重要だということだ。

 

「話は終わりか? これくらいならメールでも聞けるだろう。わざわざ呼び出して聞くようなことか?」

 

「メールだと記録が残りますからね。それを避けたかっただけです」

 

 綾小路はそれだけ言い残し、星之宮先生が戻った入り口とは違う扉へ向かう。

 

「近いうちに頼みごとをしに行きますよ」

 

 振り返りながらそうつぶやく綾小路を茶柱先生はやや訝し気な顔で見ていた。

 

 

 

 

 

 深夜2時30分。部屋に戻ってベッドに横になっていた綾小路だが、ふと隣のベッドで寝ているルームメイトが目を覚ますのを感じた。

 男はゆっくりとベッドから抜け出し、部屋を出ようとしていた。

 目論見が上手くいったことを確信した綾小路は男の後を追う形でベッドから抜け出る。

 すると男も綾小路が起きたことに気づいたらしく彼と無言で目を合わせた。

 綾小路が視線を逸らさず用件があることを訴えると、男は無言で廊下で待っていると告げるように指を差した。

 それから廊下に出ると、その男……平田はちょっと困った様子で待っていた。

 

「起こしちゃったのか起きてたのか、どっちなのかな」

 

「後者だ。もしかしたら今日、おまえが部屋を出るんじゃないかと思ってた」

 

「どうしてそんな風に? 真夜中に外出したのは今日が初めてなんだけどね」

 

 そう問う平田に対して、綾小路は誤魔化すこともなく素直に答えることにした。

 

「軽井沢から連絡があったんじゃないかと思ってな」

 

 綾小路のその一言で平田は大体察したようだ。

 

「もしかして何か知ってるのかな」

 

「同じグループだからな。どこまで聞いてるか分からないがある程度把握してる」

 

 それで、と平田は綾小路からその続きの言葉を待っている様子だった。

 

「グループディスカッションでの軽井沢の振る舞いが引っ掛かってな。何か事情があるんだろうと思った。そして今日、軽井沢のことで少々面倒なことがあった。彼女が相談を持ち掛けるとすれば彼氏であるお前だろうと踏んだんだ」

 

「綾小路君は軽井沢さんのことを知ってどうするつもりなんだい?」

 

「別にどうこうしようってわけじゃない。他クラスとの確執があるなら今のうちに清算しておくに越したことはないだろう。それに、今軽井沢がDクラスにおいてどんな立場にあるかはお前も分かってるはずだ」

 

 そう言うと平田は暗い顔で俯く。

 無人島での特別試験を経て、軽井沢を取り巻く環境は一変した。

 彼女が全て悪いわけではないのだろう。

 ただ彼女のこれまでの行動が、発言が、すべて悪い方向で作用してしまっただけのこと。

 幸村は自業自得と言っていたが、軽井沢にもまだ更生の余地はあるはずだ。

 平田もどうにかして彼女を救いたいと思っているはずだと綾小路は暗に指摘したのだ。

 

「……綾小路君が望む情報全部を与えられるかは僕にも分からないよ。

 軽井沢さん自身の気持ちもあることだから」

 

 それだけ言い、平田は廊下を歩きだした。落ちついた様子で急な同行者の出現にも動じた感じは全くない。足取りも静かで時間帯を気にしてか歩き方にも気を遣っていた。

 寝ていたはずなのに髪型にも乱れたところはなく、彼の人付き合いの上手さが察せられる。

 

「綾小路君なら余計なことを言わないと思うけど、これからする話は凄くデリケートになると思う。それに、軽井沢さんが話すことを拒絶して帰ってしまう可能性だってある。それは最初に理解しておいてほしい」

 

 綾小路が隠れて話を聞くという手もあったが、平田がそれを良しとしないだろう。事情があれど軽井沢を騙すようなことを受け入れるはずがない。

 平田は素直に最初から綾小路を同伴させることを選んだ。

 待ち合わせ場所は地下2階の休憩コーナー自販機前だった。

 長い船内の廊下、その中央に位置している。場所こそ人目に付きやすいが、誰かが近づいて来れば必ず見える位置。この場所では隠れて盗み聞きすることは難しかった。

 軽井沢は既に平田を待っていたようで、ジャージ姿でソファーに腰かけていた。

 足音に振り返った軽井沢は平田を見つけ一瞬笑顔を見せるが、その少し後ろに綾小路がいることに気づくとすぐに不機嫌な顔になった。

 彼女が立ち上がると綾小路へ言葉を投げつける。

 

「なんで綾小路君が平田君と一緒なわけ」

 

「僕が呼んで一緒に来てもらったんだ」

 

「平田君が……? どうして? 二人きりで話したいって言ったのに……」

 

「うん。でも軽井沢さんが電話口で言ってたことが少し気にかかってね。状況を知ってるらしい綾小路君に来てもらった方がいいと思ったんだ。勝手なことをしてごめん」

 

 不満全開の軽井沢ではあるが、平田の手前強く言い切ることもできないようだった。

 

「でも……二人きりで話したいんだけど……」

 

「必要ならね。だけど電話で言ってた話は、二人で話して決められることじゃないよ」

 

 真鍋率いるCクラスとのトラブルに関してだと推察されるが、軽井沢はどんなふうに話したのだろうか。

 ただ鬱憤を晴らすために話したのであれば、わざわざ二人きりで会いたいとまでは言わなかったはずだ。

 部外者がいることで話す気になれないのか軽井沢から話が切り出されることはなかった。

 痺れを切らしたわけではないだろうが、このまま沈黙を続けても意味がないと思ったのか平田は、電話で受けたと思われる内容について話し始めた。

 

「今Cクラスの真鍋さん達と揉めてるって話を聞かされたけど、それは本当のこと?」

 

 その質問に軽井沢は小さく何度か口を開きかけたが、綾小路の存在が気にかかってか何も言えない。その沈黙を破ったのは先ほど同様平田だ。

 

「綾小路君は軽井沢さんが真鍋さん達と揉めた話については把握してる?」

 

「それなりには」

 

 平田は会話を進めるために綾小路と話の整合性を取ることにしたようだ。

 軽井沢は不満そうだったが、それでもまだ大人しく話を聞いていた。

 それは恐らく、軽井沢が真鍋に詰め寄られているところを綾小路が見ていたからだろう。

 

「軽井沢さんが言うには、彼女たちに言いがかりをつけられたらしいんだ。それで人気のないところに連れて行かれて、暴力を振るわれる寸前だったって聞かされたんだけど」

 

「あぁ。それは本当だ。実を言うとその現場を目撃したんだ。あと幸村も見てる」

 

「そっか……」

 

 少し考え込むような仕草を見せ、平田は目を閉じた。

 果たして平田はどのような判断を下すのだろうか。

 真鍋達を叱責するために個別に呼び出すのか。或いは学校に報告するのか。

 

「もし真鍋さん達が一方的に暴力を振るったのなら、きちんと対応しなきゃいけない。友達同士で暴力沙汰なんて見過ごせないからね」

 

 平田の正義感溢れる言葉を聞き、一瞬だが軽井沢に笑顔が見えた。

 しかし綾小路が見ていることに気がつくとすぐに不機嫌な顔に戻る。

 

「軽井沢さんが一方的に酷い目に遭わされた。それで合ってるかな?」

 

「いや……」

 

 経緯を答えようとした綾小路だが、軽井沢が無言で睨みつけているのに気づく。

 しかし虚偽を述べることは得策ではないと判断した彼は見たまま感じたままを平田に伝える。

 軽井沢が過去にリカという少女とトラブルがあったこと。

 それを真鍋達が謝罪させようとしていること。

 そして事実、軽井沢が暴力を振るわれそうになっていたこと。

 全てを聞き終えた平田は、聞かされた話との差異を埋めるように何度か頷いていた。

 

「なるほど。それで僕にあんなことを言ったんだね」

 

「あんなこと?」

 

「軽井沢さんは、僕に真鍋さん達への仕返しをお願いしたいって言ってきたんだ」

 

 綾小路が予想していた以上に話は物騒になっていた。

 恐らくやられる前にやるという考えなのだろう。

 その事実を平田から漏らされた軽井沢が短い沈黙を破る。

 

「なんで話しちゃうわけ……」

 

「軽井沢さんらしくないからだよ。暴力で解決したいなんて君らしくない」

 

「彼女が困ってるんだよ? 彼氏なら助けてくれるのが普通じゃない」

 

「もちろんそうだよ。だけど、目には目をの精神は僕にはない。知ってるよね?」

 

 平田と軽井沢。二人の内面、信念のようなものが交錯する。

 

「これから一緒に考えよう。どうすれば真鍋さん達と仲良くなれるのか」

 

「無理に決まってるでしょ。あたしは一方的に恨まれてるんだから。分かってよ……!」

 

「一方的? それは最初に軽井沢さんが諸藤さんと揉めたからだよね?」

 

 諸藤とは、おそらくリカという女子の苗字だろう。平田は他クラスの女子についてもちゃんと把握しているらしい。

 

「だってそれは……仕方なかったんだって……篠原さんたちがいたし……」

 

「篠原がいたから仕方ない? どういうことだ」

 

「あんたは口出ししないで!」

 

 疑問を口にする綾小路だが軽井沢に即大声で怒鳴られる。

 彼女の声は人気のない周囲に大きく響いた。

 

「お願いだから助けてよ……平田君は私を守ってくれるんでしょ?」

 

「勿論守るよ。だけど理不尽な理由で真鍋さん達を傷つけることは出来ない。話し合うことでお互いが納得のいく結論を出すように誘導してみる」

 

「だから無理なんだってば! そんなことが出来るなら助けてなんて言わない!」

 

 無茶なように聞こえるが軽井沢の言い分も彼女の今置かれている状況を考えれば理解できなくはない。

 このままでは本格的な暴力事件に発展してもおかしくはないのだから。

 学校のルールでも縛ることのできないものは世の中に多く存在する。

 世の中で虐めがなくならないのも結局のところ表沙汰にならなければいいというだけの話なのだから。

 平田は軽井沢を心配してはいるようだったが、同時に真鍋達のことも気にかけている。

 円満な解決策を第一に考えたいという姿勢を崩す様子はなかった。

 それは大切な恋人と接するものではなく、他の友達と接しているときと変わらない。

 

「理由が何であれその期待には応えられないよ。僕にとって、軽井沢さんは大切なクラスメイトの1人だ。困っていれば助けるし、守るよ。だけどそのために他の誰かを傷つけることは出来ない。それがCクラスの生徒だったとしてもね」

 

「嘘つき! 守ってくれるって言ったのに!」

 

「嘘? 僕は最初から一貫して同じ態度でいるつもりだよ」

 

 平田は立て続けに、Dクラスの生徒には俄かには信じられないことを口にした。

 

「最初に言ったよね? 僕らは()()()()()()()()()()()。付き合うフリをするのは構わないけれど、君一人に肩入れすることは絶対にしないって」

 

 誰も疑っていなかった二人の関係が偽りのものであると、彼はそう言ったのだ。

 

「っ!? な、なんで今それを言うの!」

 

 それは勿論今のこの場に綾小路がいるが故の不満だろう。

 理由はなんであれ平田が真実を綾小路に明かしたのには意図があるはずだ。

 別に彼は軽井沢を見捨てるつもりは微塵もない。 

 むしろその逆。平田は軽井沢にきっかけを()()()()()ようにも見えた。

 

「そろそろ、新しい選択肢が必要だと思ったんだよ。僕は君を助けたいんだ」

 

 彼は軽井沢のことは本気で救おうとしている。

 取り乱す彼女に近づき声をかける。

 しかし、その細く華奢な肩に触れようとはしない。

 

「あたしが……暴力を振るわれてもいいってこと?」

 

「だからそうは言ってないよ。僕は全力で君を助ける。朝になったら真鍋さん達に話をするつもりだ。これ以上軽井沢さんを困らせないでほしいって。不本意かもしれないけど、軽井沢さんは謝ろうとしていたって伝えても構わないよ」

 

「それは嫌!」

 

 平田の折衷案を軽井沢は突っぱねる。

 真鍋達への仕返しを頼んできたことから浮かび上がってくるのは彼女の本質。

 軽井沢恵という人間には何よりも()()()()()()()がある。

 

「だとしたら僕に出来る手助けはないよ。残念だけどね」

 

 平田はこんなときでも冷静だった。しかしそれは頼もしいと同時に彼に頼る以外に選択肢を持ち合わせていない軽井沢にとっては死刑宣告に等しかった。

 

「綾小路君、君なら何か解決策は浮かぶ?」

 

 あくまで中継役でしかない綾小路に平田は問いかける。

 それは彼に何かを期待しているようにも見えた。

 

「もういい! あたしのお願いを聞いてくれないんなら、あんたなんか必要ない!」

 

 そう叫ぶと軽井沢は持っていた缶ジュースを廊下に叩き落した。

 中身がまき散らされ、甲高い声だけが虚しく響く。

 

「今日で関係は終わり。終わりよ!」

 

 そう言って軽井沢は話が始まる間もなく状況を放棄した。隠していた事実を暴露したことよりも、平田が自らを助けてくれないことへの苛立ちのように見えた。

 走り去っていく軽井沢の背中を、平田は追う姿勢を見せなかった。

 それは今優先すべき事項が彼女ではないことを指し示していた。

 

「綾小路君。僕には出来ることと出来ないことがある。だから、今君がここにいる。それを分かってほしい」

 

 平田は軽井沢の秘密を教える対価として彼女の抱えるトラブルの解決役を綾小路に任せる魂胆だったようだ。

 存外抜け目ないものだと内心感心しつつ、綾小路は平田へ問いかける。

 

「随分勝手だな。俺にそんな大役が務まると思うか?」

 

「僕は軽井沢さんの味方だし、綾小路君の味方だ。でも、当たり前だけど相手によって対応は変えるさ。僕から見て、君はみんなが思うよりもずっとしっかりしてる」

 

「買い被りだな。今まで俺が何か役に立ったことがあったか?」

 

「君は自分のことを大した人間じゃないって思ってるかもしれないけど、君は僕にないものを持ってる。僕が取れない選択肢を選ぶことが出来ると思う」

 

「俺じゃなくても、解決役なら柚椰にでも頼めばよかったんじゃないか? この手のことならあいつの方が得意だろ」

 

「確かに黛君なら真鍋さん達とのトラブルも上手く解決してくれるかもしれない。でも今の軽井沢さんが黛君に助けを求めることは難しいと思うんだ。ほら、無人島試験で色々あったから……」

 

 綾小路は平田の言うこともその通りだと思った。

 先の特別試験でDクラスの面々が一時的に疑惑を保留にした中、軽井沢だけが最後まで柚椰を疑っていた。

 それが結果的に悪い方へ作用してしまったが故に、軽井沢と柚椰の間には確執が生まれている。

 

「勿論黛君は気にしてないって言ってくれていたよ。でも、軽井沢さんにも黛君を疑ってしまった負い目があると思うんだ。だから彼を頼るには、まずそのことについて謝罪することが前提になってくる。真鍋さん達とのことでいっぱいいっぱいの軽井沢さんにそれをするのは難しいことだと思う」

 

「まぁそうだな。それに、謝ったと思ったらいきなり助けてくれなんてのは都合が良すぎるからな。軽井沢自身もそれは非常識だと認識するだけの良識は持ち合わせてるだろう」

 

「うん。だから僕が黛君と同じくらい買っている綾小路君に頼みたいんだ。君なら軽井沢さんの問題を解決できる。そう確信している」

 

 その根拠について詳しく尋ねたかった綾小路だが、ひとまず話を進めることにした。

 

「まずお前と軽井沢の関係について改めて聞きたい。やっぱり付き合っているというのは建前だけで、本当じゃなかったんだな」

 

「その言い方だと、綾小路君には見当がついてたってこと?」

 

「お前と軽井沢が付き合い始めてもう4ヶ月近く経つ。なのに二人の仲は一向に進展する気配がない。もちろんお互いにピュアでプラトニックな関係を築いているって線も考えられるが、それにしても常に一定の距離を保ち続けている。お互いを苗字で呼び合うところとかな」

 

 肉体的に距離が詰まらなくても心が近づいているのであれば呼び方の一つも変わるだろう。

 しかし平田と軽井沢の関係は良くも悪くも当初から()()()()()()()()()

 男女の恋愛関係にあれば、全く変わらないというのは異常なことだった。

 

「その通りだよ。僕らは付き合っていなかった。でも、お互いに付き合うことが必要だと感じたから付き合っていた。この矛盾が理解できるかな」

 

 付き合うことが必要だった。つまりお互いに利益関係があったということだ。

 なら付き合うことで得られるメリットとは何だろうか。

 どちらが頼みどちらが承諾したのだろうか。

 間違いなく軽井沢が平田に付き合うフリをしたいと持ち掛け、平田がそれに応えたのだろう。それは今までの彼女の行動で説明できることが増えてくる。

 

「入学から3週間くらいで噂になって、そこから軽井沢の知名度が急上昇した」

 

 それはグループディスカッションの場でも似た現象が確認された。

 町田に取り入ることで軽井沢は普段よりも強気な発言を行いその存在感は回を重ねる毎に増している。

 つまり軽井沢から見て平田とは、その地位を確立するための宿木。

 

「お前は軽井沢の立ち位置を手助けするために彼氏役を買って出たんだな」

 

 そう問いかける綾小路に平田は薄く微笑んだ。

 それこそが真実であると導き出した綾小路だったが、僅かに疑念が残った。

 平田も微笑みはすれど、その通りだと認める様子はない。

 そもそも軽井沢は何故そうまでして立場が欲しかったのだろうか。

 彼女のこれまでの振る舞いを振り返ってみればみるほど疑念は深まる。

 

「(横柄な態度を取り続ければいずれはこうなることは予想できたはずだ。第一、何故平田は軽井沢の振る舞いに何も言わなかった?)」

 

 今でこそ鳴りを潜めているが、これまでの軽井沢は明らかに傍若無人といった有様だった。

 調和を重んじる平田が何故彼女を黙認していたのだろうか。

 そもそも、グループディスカッションの場で町田に擦り寄った理由が不明瞭だった。

 グループ内での発言力を得たかと言われればそうではない。

 話し合いの場において、軽井沢は一貫して無言でいる時間の方が長かったのだから。

 では、町田を利用したきっかけはなんだっただろうか。

 

「(なるほどな……)」

 

 ピースは揃い、一つの結論が浮かび上がった。

 そこで綾小路は『軽井沢恵』という少女の本質を知った。

 

()()()()()()()()()、か?」

 

「よくわかったね……今君からその言葉を聞いたとき、正直鳥肌が立ったよ」

 

「考えうる可能性を消去法で切り捨てていった結果、残ったのがそれだっただけだ」

 

「……綾小路君は不思議だね。僕には今の君がいつもの綾小路君だとは思えないよ」

 

「言っただろ。買い被りだ。材料がこれだけ揃っていれば誰だって、それこそ柚椰だって同じ結論に至ったはずだ。別に驚くことじゃない」

 

「でも僕は綾小路君を凄いと思っているよ。他の皆とは少し違う気がする」

 

「やめてくれ。俺は柚椰には遠く及ばない。俺にはあいつほど人の気持ちを汲み取ることは出来ない」

 

「君の話し方には明確なロジックが組み込まれているように思う。黛君が人の気持ちを読むことに長けてるなら、綾小路君は論理立てて考えることに長けてるって感じだ」

 

「……」

 

 自分への評価が揺るがないと悟り、綾小路はそれ以上は何も言わなかった。

 

「君が言ったことだけど、僕が彼氏役を引き受けたのは彼女の身を守るためだよ。彼女に頼まれたんだ。助けてほしいって。ちょっと想像できないかもしれないけど、彼女は小学校から中学校までの間にずっと酷い虐めを受けてきたんだ」

 

「……疑うわけじゃないが、本当なのか?」

 

 そう聞き返す綾小路だったが、彼は平田の話に納得していた。

 思い返すのは今日の真鍋達との一幕。

 過呼吸を起こした軽井沢の姿。

 彼女がああなったのは過去が引き金になっていたと言われれば説明がつく。

 

「もちろん僕が軽井沢さんと出会ったのはこの学校に入ってからだよ。でも、僕には彼女が虐められてきたってことが分かったんだ」

 

「どうしてだ?」

 

「虐められている人には特有の雰囲気があるんだ。だから付き合うことを承諾した。軽井沢さんは僕の彼女という立場を使うことで虐められることを回避しようとしたんだ。今の性格は本当の軽井沢さんじゃないと思う。弱さを見せないように強気に振舞ってるだけなんじゃないかな」

 

 虐められる人間の大半は大人しく弱気な性格であることが多い。

 一方、軽井沢のように強気に出る人間は反対側に位置することが多い。

 しかし彼女の性格がハリボテであるなら。作られたものであるならば。

 平田や町田のような場を支配する人間を立てることで安全な立ち位置を形成したことにも合点がいく。

 

「だが待ってくれ。軽井沢のことは分かったが、彼氏役をやることでお前に何のメリットがある?」

 

 平田は大勢の女子にモテる。軽井沢のために付き合っているフリをすれば本当の恋愛も出来ない。

 どう見ても平田にはメリットが存在しない。

 

「軽井沢さんが虐められずに学校に来られること。それが僕にとってのメリットだよ」

 

 平田は誤魔化すことなくそう言い切った。それが自分のためだと迷うこともなく。

 

「納得いかないかな? それだけが理由じゃ」

 

「納得いかないわけじゃない。ただ、何か意味があるんだろ?」

 

 ここまで話したのなら、それも話さなければならないことは平田も分かっていた。

 彼は自販機で飲み物を二本買うと、内一本を綾小路に差し出した。

 

「僕は中二の頃まではクラスの中では目立たない生徒だったんだ」

 

「……ちょっと想像できないな」

 

 リーダーシップを発揮している普段の平田からは想像できない話だった。

 

「目立ちもせず、かといって影も薄すぎず。友達もそこそこいて、本当に普通だった。そんな僕には小さい頃から仲が良かった友達がいた。小学校は6年間ずっと同じクラスで、家も近かったから毎日一緒に登下校してたんだ」

 

 懐かしむように、けれどどこか儚げに平田は過去を淡々と語る。

 

「中学に入って初めて別のクラスになった。最初は一緒に登下校してたんだけど、ある日を境に段々と頻度が落ちてって、僕は新しいクラスの子とばかり遊ぶようになった」

 

「まぁそれはおかしなことじゃないだろ。クラスが違えばどうしても」

 

「うん、そうかもね。でも……僕が友達と遊んでいる裏で、その子は虐めに遭ってたんだ」

 

 そう語る平田の手には缶が強く握りしめられていた。

 その手には彼の様々な感情が込められているのだろうと察しつつ、綾小路は続きが語られるのを待つ。

 

「何度か彼は僕に対してSOSを出してた。顔に怪我をしていたり、身体に痣が出来てたり。だけど当時の僕は深く考えなかった。元々彼は気が強い性格だったから、喧嘩でもしたんだろうって。だけど二年生に上がって再会したとき……既に彼の心は壊れてしまっていた。明るく活発だったイメージは見る影もなくなって、殴る蹴るの暴行は日常茶飯事。授業中に恥をかかされて、それをネタにまた虐められる。そんな光景があった」

 

「それでお前は……」

 

 その後平田がどうしたのかを綾小路は薄々察していた。

 平田はそれを感じ取るように弱弱しくコクリと頷く。

 

「うん。多分綾小路君の予想通りだよ。僕は()()()()()()()。いや、出来なかったって言う方が正しいかな。自分に矛先が向くことを恐れて、今の楽しい日常を失うのが怖くて……何年も前からずっと仲良しだった友達を見捨てたんだ。虐めている人たちも、きっといつかは飽きて止めるだろう。きっと他の誰かが助けるだろう。あるいは彼が不登校になって虐めは終わるだろう。なんて都合のいいことばかり考えて、僕は自分の日常を生きていた」

 

 自嘲するように、過去の己を侮蔑するように平田は語る。

 彼は己自身が今尚許せないのだろう。

 

「それで、そいつは……どうなったんだ」

 

「……あの日のことは今でも夢に出てくる。サッカーの朝練で登校していた僕が教室に戻った時、彼は顔を腫らして僕がやってくるのを待っていた。正直言って、そのときは居心地が悪かったよ。そりゃそうだよね。見て見ぬフリし続けた相手が目の前にいるんだから。小さい頃から一緒に遊んできた友達なのに、もうそのときはまるで他人のように感じられてしまって。彼に関わると僕が虐められてしまうかもしれない。そんな残酷なことすら考えていたんだから。今思うと、彼には僕の心が見えてたんだろうね。何も言わず、だけど訴えかけるように……その日の授業中に教室の窓から飛び降りた」

 

「飛び降りた……? それでそいつは」

 

「死にはしなかった。でも脳死状態で意識は戻らなかった。今も彼の両親は快復を信じて待ってる。だけどそんな状態の彼が、果たして生きてるって言えるのか。でも、心臓が動いているのに死んでるって言うことも出来ない。僕には分からない。ずっとそうだ。あの日の出来事はどこか現実味がなくて、今でも夢なんじゃないかって思うことがある。でもふとした瞬間に、頭の中で彼からの怨嗟の声が聞こえるんだ。忘れようとすればするほど、平和な日常を過ごせば過ごすほど彼は訴えかけてくる。僕が我が身可愛さのために、人を死に追いやったことを」

 

 それが平田洋介の過去。消すことの出来ない、癒えることのない傷だった。

 

「僕のしていることは、結局のところ罪滅ぼしにもならないただの自己満足なんだろうね。ただ、僕はもう誰かが傷ついている現実から目を逸らしたくない」

 

 己の生き方が決して高潔なものではないと自覚しているが故に。

 醜く、浅ましいエゴイズムであると誰よりも理解しているが故に。

 平田洋介は自分自身を決して許さない。

 過去の生き方を決して肯定しない。

 自分自身を否定し続け、己の選択を後悔し続け、人に手を差し伸べ続ける。

 それが自分に与えられたたった一つの選択肢だと知って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・特別試験お役立ち情報! 

 

 

 

 1 名無しのピエロ 2XXX/08/14(木) 03:31:08:69 ID:glo4nqBD

 

 卯グループの優待者はDクラスにいる。

 

 2 名無し     2XXX/08/14(木) 03:35:07:88 ID:neugna5F 

 

 それマジ? 

 

 3 名無し     2XXX/08/14(木) 03:36:03:44 ID:meuws4HU 

 

 どうせガセっしょ。ってか掲示板に情報リークしてOKなん? 

 

 4 名無し     2XXX/08/14(木) 03:38:04:39 ID:iewrabij9

 

 ルールの禁止項目にはなかった気がするけど。

 

 5 名無し     2XXX/08/14(木) 03:39:02:55 ID:bijkh3ags

 

 じゃあこの掲示板で情報流してもルール違反じゃないってことか

 

 6 名無し     2XXX/08/14(木) 03:40:03:33 ID:jnogrsa74

 

 これマジならヤバくね? チョー重要な情報じゃん! 

 

 7 名無しのピエロ 2XXX/08/14(木) 03:41:04:33 ID:glo4nqBD

 

 疑り深い皆のために昨日までに終わったグループの優待者の情報も教えてあげる★

 午の優待者はBクラスだよー♡

 

 8 名無し     2XXX/08/14(木) 03:42:05:55 ID:bjhise73

 

 喋り方キメェww

 

 9 名無し     2XXX/08/14(木) 03:43:08:33 ID:uiw4ae7tt 

 

 なんか一気に胡散臭くなったわー

 

 10 名無し     2XXX/08/14(木) 03:44:02:66 ID:bhiwer6njo3

 

 証明しようがなくね? BとかDの奴に聞いて教えてくれるわけねぇじゃん

 

 11 名無し     2XXX/08/14(木) 03:45:07:88 ID:tkajiw4oo9

 

 それな

 

 12 名無し     2XXX/08/14(木) 03:46:09:33 ID:uiew56mong

 

 でもさ、これがマジなやつだったらDクラスヤバくね? 大ピンチじゃん。

 まぁ落ちこぼれクラスだから関係ねーか。

 

 13 名無し      2XXX/08/14(木) 03:47:02:56 ID:rebi79nsa

 

 とか言ってこれ鵜呑みにしてメール送るバカいそうじゃね? 

 

 14 名無し     2XXX/08/14(木) 03:48:01:88 ID:uioweaj503

 ありそうwwwつか、もしかしてそれ狙いなんじゃん? 

 

 15 名無し     2XXX/08/14(木) 03:49:03:31 ID:iobjklqa3oi

 

 なるほ。自爆狙いってことか。

 

 16 名無し     2XXX/08/14(木) 03:50:02:77 ID:glo4nqBD

 

 とりま今日は試験ねぇし、卯グループのDの奴観察してみるのもいいかも。

 

 17 名無し     2XXX/08/14(木) 03:51:07:88 ID:neugna5F 

 

 お巡りさん。こいつストーカーです。

 

 18 名無し     2XXX/08/14(木) 03:52:03:44 ID:meuws4HU 

 

 つかDの奴って誰だよ。まずメンバーを知らんわ。

 

 19 名無しのピエロ 2XXX/08/14(木) 03:52:30:33 ID:glo4nqBD

 

 卯グループのDクラスメンバーはコチラ★

 

 綾小路清隆←なんか影の薄い奴。大体女子の横にいるよ★

 軽井沢恵←Dクラスのリーダーの彼女。偉そうにしてるからすぐ分かるよ★

 外村秀雄←ザ・キモオタって感じの見た目だから一発で分かるはず★

 幸村輝彦←ガリ勉君って見た目だからすぐ分かるよ★

 

 20 名無し      2XXX/08/14(木) 03:53:02:55 ID:ojaserf37

 

 ★がウゼェ。そして補足情報がdisばっかりで笑うわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。次回で恵ちゃん関連の話は終わらせるつもりです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。