ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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王妃の毒林檎と虚像の王子

 

 

 

 午後0時20分。船内のとある一室で臨時の職員会議が開かれていた。

 AからDの4クラスの担任全員が顔を付き合わせるのはこの旅行中では珍しいことではなかったが今回は例外だった。

 試験のインターバル中にわざわざ臨時で会議を開く理由などただ一つ。

 現在実施中の特別試験に、具体的にはこの船内に起きている一つの異変についてだ。

 

「もう知ってると思うけどー学校の掲示板に妙な書き込みがあったのよねー」

 

「確認している。まだ試験続行中のグループの一つに関するものだ、とな」

 

 口火を切った星乃宮に対して真嶋は短く会話を済ませる。

 坂上は腕を組んで沈黙しているが、その表情から事情は既に把握しているらしい。

 

「そそ。卯グループの優待者がDクラス、佐枝ちゃんのクラスのメンバーにいるって話」

 

「真面目な場だぞ。佐枝ちゃんは止めろ星乃宮」

 

 話を続ける星乃宮に対して茶柱は呆れたように苦言を呈するが本人は大して気にしていない。

 

「掲示板を読んだ生徒がそこかしこでDクラスの子たちを見てるのよねー。まるでボロを出さないか監視してるみたいに」

 

「それの何が問題なんだ? 試験のルールそのものには違反していないだろう」

 

「真嶋先生の言う通りです。ルールには掲示板を使って情報を流してはいけないとは記載されていない。これも生徒の誰かが弄した作戦の一つであると考えて差し支えないでしょう」

 

 どうやら真嶋と坂上はこの異常について別段問題視はしていないらしい。

 寧ろルールの穴を突いたよく考えられた作戦だとさえ思っていた。

 

「まぁそりゃあそうなんだけどさー。どこの誰がやったのかは気になるじゃない? こんな手の込んだ作戦を思いつく生徒のことをちゃんと評価してあげるのも先生の役目でしょ?」

 

「物は言い様だな。先の無人島のときとは違い、今回の試験は匿名性が保証されているのが肝であり要だ。生徒を丸裸にすればそれは学校側が試験に干渉することと同義だぞ」

 

 茶柱の正論に対して星乃宮は頬を膨らませた。

 

「もー佐枝ちゃんは堅いなぁー。もうちょっとこの問題を楽しもうよ」

 

「井戸端会議をするために臨時の職員会議を開いたわけじゃないだろう」

 

「まぁまぁ。真嶋君も気にならない? 今このタイミングでこんな手に出たカワイイ子の正体」

 

「くだらんな。それに、学校の掲示板を利用した書き込みならいくらでも特定は可能だろう。わざわざ楽しむようなものでもないだろうに」

 

「そ・れ・が、ちょーっと面白いことになってるみたいなのよねー」

 

 そう言うと星乃宮は持ってきていたタブレット端末を操作すると机の上に置いて表示された画面を全員に見せた。

 何を見せるつもりなのかと三人はその画面に目を移す。

 

「掲示板の書き込みは生徒達に配布している端末じゃなくてPCから。つまりノートパソコンかな。それで書き込んだみたいなのよねー」

 

「船内に……いや、この旅行に持ち込まれたものということか」

 

「それも問題ないでしょう。持ってきてはいけないものの中にノートパソコンは含まれていませんし、生徒にも娯楽は必要でしょう」

 

「それにパソコンを使ったとして、その時間にこの船の中にあるネット回線を通しているんだ。端末を使うのと大して差はないだろう」

 

「そうなんだけどー。ご丁寧に串通してるみたいなのよねコレ」

 

「串、ですと?」

 

 聞き馴染みのない単語に坂上は片眉をあげるが、それを察した真嶋がすぐに補足する。

 

「プロキシサーバーのことですよ坂上先生。企業などで外部とのネット通信をする際に間に介在させることで危険な通信を防ぐものです」

 

「なるほど。つまりネット環境を脅かされないための防御策というわけですな」

 

「それで、それの何が問題なんだ?」

 

 茶柱は星乃宮に先を促す。

 すると星乃宮は困ったような、けれど少し面白そうに続きを語る。

 

「この串なんだけどー……どうやら一個じゃないのよねー」

 

「なに?」

 

「つまり用心深く串をいくつも経由させてるわけ。その上で船のネット回線にアクセスして書き込んでるってこと」

 

「それの何が問題なのです?」

 

「例えばこの船内でパソコンを使ってAというサイトにアクセスしたとします。何も考えなければ船のネット回線を通るため、この回線にはどの時間にどのパソコンでアクセスが行われたか記録が残ります。そしてプロキシサーバーを通ってその上で船の回線を通してAにアクセスした場合ですが、プロキシサーバーは間に介在させるものでしかなく、結果として船の回線にはプロキシサーバーからアクセスされたという記録が残り、プロキシサーバーの方にはどの時間にどのパソコンからアクセスされたかという記録が残るんです。通常であれば時間はかかりますが特定は可能です。ですが……」

 

「サーバーをいくつも通した場合、その特定難易度は跳ね上がる。中継したサーバーの規模が大きければ大きいほど時間がかかる上に特定も容易ではないということだな」

 

 真嶋の説明に茶柱が補足する。その上でようやく坂上はこの問題の複雑さを認識したようで腕を組んで唸った。

 

「うぅむ……件の生徒はかなり用心深い人間ということですか」

 

「最初はただ単に試験を攻略するための上手い作戦だと思ったんだけどねー。掘り下げてみると随分とゴチャゴチャしてたのよ」

 

「よくそこまで分析できたな。お前パソコンそんなに詳しかったか?」

 

「前に付き合ってた男がパソコンオタクだったのよ。スゴーイって煽ててたら色々教えてくれたってわけ」

 

「相変わらず男を手玉に取るのが上手いなお前は」

 

「佐枝ちゃんに男っ気がなさすぎるだけですぅー。それにオタク男子も結構良いわよ? ちょっとそれっぽいアプローチするだけでとことん尽くしてくれるし」

 

「……お前が夜道で男に刺されないことを友人として祈っているよ」

 

「え、真嶋君。それ普通女が男を刺すパターンじゃない?」

 

「お前の場合は例外になりそうだと思ったまでだ」

 

 真嶋は頭の中で既に状況が思い浮かんでいるのか苦い顔をしていた。

 茶柱もまた、あながちありえない話ではないかもしれないと思っているらしく目を逸らしている。

 

「ぶー。なにさ二人して。私も相手も楽しめたんだからwin-winじゃない。別に騙そうとしたわけじゃないもーん」

 

「熱しやすく冷めやすいと自覚している時点でお前の過失だろうが……」

 

 悪びれもしない友人の姿に茶柱は頭を抱えた。

 同期三人の戯れに流れがシフトしつつある中、坂上の咳払いが響く。

 

「とりあえず現段階ではルール違反と見なされる行為ではありませんし、我々も特に動く必要はないのではありませんか? そもそもとして、この書き込みが生徒達を焚きつけるデマの可能性だってある」

 

「同感ですね。尤も、この手の作戦を思いつきそうな、ルールの穴を突くようなことを思いつく生徒なぞ限られてきますが……」

 

 茶柱は坂上の意見に同調しつつも、意味ありげな視線を彼へ向ける。

 

「……私のクラスの生徒がやったことだとお思いで?」

 

「そうは言っていません。ただ、限られてくると言っただけですよ」

 

「それを言ったら佐枝ちゃんのクラスもじゃなーい?」

 

 坂上と茶柱の睨み合いに星乃宮が茶々を入れる。

 

「どういう意味だ?」

 

「無人島試験のときだって、結果はDクラスの一人勝ちだったわけだしねー。私たち3クラス全部出し抜いて、さ」

 

「フッ、それがどうした? ラッキーパンチなぞ珍しくもないだろう。予想外の事は往々にして起こりうることだ。たまたま不良品が運良く他のクラスよりもポイントを稼いだだけのことだろうに。ただの不良品共が実は有能だった、なんてものは所詮虚構の世界だけに許された理論だ。現実に持ち込むものじゃない」

 

 茶柱は冷静に、どこまでも辛辣に自分が受け持っている生徒達を扱き下ろす。

 とても担任が教え子を評する言葉とは思えない暴言だが、それを聞いて星乃宮は可笑しそうに笑った。

 

「ふふっ、誤魔化すときに饒舌になっちゃう癖。高校の時から変わんないね」

 

「抜かせ。とにかく、だ……私のクラスにこんな手の込んだことを計画できる生徒などいないさ」

 

「それはどうだろうねー。佐枝ちゃん()()()()()()()()なら……どうかな?」

 

「さぁ、どうだろうな?」

 

 人を食ったような笑みを浮かべる星乃宮と不敵に微笑む茶柱。

 互いの腹を探り合っていることはこの場の男衆も理解していた。

 

「今ここで議論し続けたところで生まれるのはただの予想でしかない。俺達が動くとすれば、それは生徒達が試験のルールないしは学校そのもののルールに違反した行為をした場合のみだ。そうだろう?」

 

「その通りですな。この場でお互いの腹を探り合っていても無意味。我々教員が出来ることは、ただ試験の行く末を見届けること。これに尽きます」

 

「同感ですね」

 

「ぶー……まぁ、それもそっかー」

 

 結論は下った。

 この状況に対して何らかの対応を取ることはない。取る必要はない。

 教師としての彼らの意見は合致しているが故に。

 この状況を作り上げている人間の正体は知らない。知る必要はない。

 それは教師の仕事ではないと判断したが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 午後1時15分。

 

「やぁ、調子はどうだい?」

 

「良好です。今日一日丸々休日ですし、思う存分楽しむ所存ですよ」

 

「おや、君は思いのほか肝が据わっているようだ」

 

「僕の興味を惹くような物はこの船にはありませんし。この旅行中はずっと退屈していましたよ」

 

「そうだろうね。学校に居るときの君は今よりも生命力に満ちていた。君にとっては試験の結果云々よりもエアコンの効いた自室で過ごす日常の方が重要ということかな?」

 

「今回の試験はとうの昔に()()しています。その上で興味なしと判断したまで」

 

「豪胆だね。今回の試験は大勝ち出来ればクラスポイントもプライベートポイントも大儲け。君の生活も潤うと思うんだが」

 

「プライベートポイントは魅力的ですが、個人で稼げるのは精々50万が限度。あとは他者と足並みを揃えなければならないじゃないですか。そんなのは非合理的且つ非現実的です」

 

「契約を下敷きにした協力関係なら上手くことを運ぶことは可能だと思うよ。俺と君の関係のように」

 

「僕と貴方はクリエイターとパトロン。資金と環境を提供していただく代わりに僕は貴方の要望と僕自身の理想を叶える。しかし今回他者と協力したところで得られるものはただの金のみ。何の魅力も感じませんよ」

 

「嬉しいね。それほどまでに俺と関わる事にメリットを感じてくれているとは思わなかった」

 

「……初めて、だったんですよ。()()()()を見て、僕のことを理解してくれた人間は」

 

「君も大概癖が強い人間だからね。もう少し社交的になれば君を買う人間も増えると思うんだが」

 

「さっきも言ったでしょう。僕は僕が魅力を感じた者としか働かない。この船の中に貴方以外に僕が魅力を感じる人間など一人もいません。故に今回も試験には参加せず最後まで傍観させていただくつもりです」

 

「そうか。まぁ今回の試験の結果に関して、君に何かを頼むことはないから安心していい。それよりも俺が興味があるのは、この船の人々が繰り広げる人間模様だ」

 

「……例のスレッドについてですか」

 

「ご名答。今日は朝から随分と騒がしい。あのスレッドは大きな火種になった。君のお手柄だよ」

 

「あの程度で荒れるとは……僕はまだまだ温いと感じたのですが」

 

「状況とタイミング次第では小さな摩擦も火種になるということだよ。予想通りにこの船の中は荒れてくれた。インターバルになるはずの今日この一日はDクラス対A,B,Cクラスの構図がそこら中に転がっている。それは明日の最終日まで続くだろう」

 

「そうまでしてDクラスを……自分のクラスを追い込む理由があるんですか?」

 

「本来は自分のクラスだけではなく全クラスを、この試験そのものを引っ掻き回して終わりにするつもりだったが……少し気まぐれを起こしてね。所謂老婆心というのかな」

 

「理解に苦しみますね」

 

「そうかもしれないね。協力者の子にも言われたよ。クソ野郎とね」

 

「言い得て妙ですね。しかし、僕はそんなクソ野郎も嫌いではないですよ」

 

「奇遇だね。俺もこんな自分が嫌いではないよ。幸いにも俺がこの試験で達成したいことは既に達成できつつある。だからこそ余裕が生まれたのかもしれない」

 

「標的は……」

 

「一人……いや、正確には一人を取り巻く数人、かな」

 

「なにをすればよろしいと?」

 

「まずはスレッドをこのまま盛り上げてほしい。盛り上がれば盛り上がるほどその火種は現実にも波及する。盛り上げ方は君が一番良く知っているだろう?」

 

「言われるまでもないですね。愚か者は嫌というほど見てきましたから」

 

「あと俺がこれから送るIDの持ち主、その端末の情報から動きを探ってみてほしい。動きがあれば適宜対応を。尤も、君にとってはどちらも退屈な仕事になるかもしれないが」

 

「構いませんよ。どうせ片手間で出来る作業です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・特別試験お役立ち情報! 

 

 

 320 名無しのピエロ 2XXX/08/14(木) 13:31:08:69 ID:glo4nqBD

 

 やっほー☆みんな! 優待者が誰か分かったかな? 

 

 321 名無し     2XXX/08/14(木) 13:32:03:44 ID:njoase36n

 

 ピエロ参上! 

 

 322 名無し     2XXX/08/14(木) 13:32:30:11 ID:poapif9m3

 

 待ってました! 

 

 323 名無し     2XXX/08/14(木) 13:33:09:22 ID:iaqhr57hse

 

 っていうかどうせなら他のグループも教えろください

 

 324 名無しのピエロ 2XXX/08/14(木) 13:33:40:24 ID:glo4nqBD

 

 他のグループは皆が卯グループの優待者を特定出来たら教えちゃうかも☆

 さぁ、みんなで優待者を当ててポイントゲットだ! 

 

 325 名無し     2XXX/08/14(木) 13:34:10:21 ID:ha3pjg6bn

 

 つまり4択問題当てたら俺のグループの優待者も教えてもらえる可能性が

 

 326 名無し     2XXX/08/14(木) 13:34:40:31 ID:pokn42bg6e

 

 尚正解はありませんでしたパターンもあるという

 

 327 名無しのピエロ 2XXX/08/14(木) 13:35:33:21 ID:ehuew1bh67

 

 信じるも信じないも皆次第だよ☆

 でも……このままだとまた落ちこぼれのDクラスに勝ち逃げされちゃうかもね 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後2時30分。そろそろ頃合いだと綾小路は行動を始めた。

 これから思い描いた絵を実現させるべく、彼は下準備にと携帯で番号をタップした。

 昨夜半ば一方的に託されてしまった手前、断られることはないだろうと判断した上でこれからする要求を呑んでもらうために。

 

「……どうしたんだい綾小路君?」

 

「平田、これからお前にあることをやってもらいたい。軽井沢に関することだ」

 

「……何かな?」

 

「彼女をこれから指定する場所に呼び出してくれ。呼び出す時間は一時間ほど間をおいてもらえればベストだ。それと、真鍋のIDを知っていれば教えてくれ」

 

「……分かった」

 

 綾小路の要求に対して暫し沈黙した後、平田は肯定の意を示した。

 予想通り平田は要求を呑んだ。そして軽井沢もまた、平田の呼び出しに応じると綾小路は確信していた。勢いで別れると口にしていた軽井沢だが、平田との関係性を失えばデメリットが大きいのは彼女だ。

 真鍋達に目を付けられている現状、軽井沢にとって今後も平田の存在は長い学校生活においてなくてはならないものであるはずだ。

 要求から数分ほど経過した後、平田からメールが届いた。

 

『軽井沢さんと午後4時に約束を取り付けたよ。それと真鍋さんのIDも送るね』

 

 文面には簡潔に内容がまとめられていた。

 どうやら上手く話をまとめて呼び出しに成功したらしい。

 真鍋のIDも既に入手していたようでメールに添付されている。

 綾小路の要求に対して平田は申し分ない働きをしてくれた。

 そしてメールの結びには彼らしい文も添えてあった。

 

『僕はこれ以上嘘で手を貸せない。どうか軽井沢さんを悲しませないでほしい』

 

 その願いは、彼の想いは実現しないものだと綾小路は理解している。

 これから実行しようとしていることは、彼にとって看過できることではないと理解している。

 だがそれは躊躇う理由にはなりはしない。

 最終的に問題にならなければどうということはない。

 一度粉々に壊してしまったとしても、そこから新たに作り上げてしまえばいい。

 継ぎ接ぎだらけの彫刻だろうと、気づかれなければいいのだ。

 たとえ殺人を犯したとしても、証拠さえ残さなければ法の裁きをうけることはないのだから……

 

「そう。要は俺に辿り着く道筋を残さなければいいだけだ」

 

 綾小路は予め考えていた文章を素早く打ち、チャットを飛ばす。相手は今IDを受け取った真鍋だ。そしてここから先は間違っても送り主が綾小路だとバレてはいけない重要なプロセスだった。

 原則としてチャットアプリというものは各携帯につき1つしかアカウントを作ることは出来ない。

 しかしルールには往々にして抜け道が存在するもので、大手SNSと連携させることでもう一つだけアカウントを持つことが出来る。もちろん普段から複数のアカウントを使い分ける生徒はいない。切り替えの手間もかかる上にそもそもメリットが薄いからだ。

 しかし当然ながら利点もあり、アカウントを新たに作ることで正体を知られずに他者と連絡を取り合うことが可能になる。

 

「(手順さえ間違えなければ上手くいくはずだ)」

 

 予想通り、見慣れぬ差出人からの連絡にもかかわらず真鍋に送ったチャットにはすぐに既読がつく。

 

『誰?』

 

 正体不明の差出人に真鍋は至極当然の疑問を返す。

 

『今周りに誰かいるかな?』

 

『一人だけど。誰?』

 

『このチャットは誰にも見せないようにして。あなたのためにもね』

 

『だから誰なわけ?』

 

『同じ相手を憎む仲間、とでも名乗っておこうかな』

 

 その文言にすぐに既読がつくが、意味を量りかねているのか暫く返信がない。

 しかし綾小路は確信している。この言葉は彼女の心を揺さぶるには十分なものであるということを。

 

『……誰かと間違えてるんじゃ?』

 

『間違えてないよ真鍋さん。あなたが憎くて仕方ない軽井沢さんのことで連絡したんだ。もしかしたら相談に乗れるんじゃないかと思ってるんだよね』

 

『意味分からないんだけど。もう送ってくるのやめてくれない?』

 

 真鍋は相手を警戒しているのか文章に敵意を滲ませる。

 ここからは真鍋の敵意を解きほぐし懐柔するためのプロセスだ。

 

『実は、同じクラスメイトとして、日頃から軽井沢さんには手を焼いてるんだ。だから一緒に協力して復讐したいなって思って君を誘ったんだよ。私は彼女と同じDクラスの人間だから直接軽井沢さんに復讐するのは難しい。だから協力してほしいの』

 

『意味分かんない。無視するよ?』

 

 そう言いつつも真鍋はどこか会話を続けたがっていると綾小路は察した。

 何故なら真鍋も本心では軽井沢を痛い目に遭わせたいと考えているのだから。

 それは彼女が強硬手段を取って非常階段に連れ込んだことから明らかだ。

 

『リカちゃんは今でも軽井沢さんに怯えてる。友達として助けてあげたくないの? あなたの顔には復讐したいって書いてあるよ。だけど実行したくても出来ないんだよね? 昨日のことで軽井沢さんは強く警戒してる。しばらく平田君や町田君の傍から離れようとしないだろうね』

 

『余計なお世話。軽井沢さんとリカを強引に引き合わせる。そしたら真実が分かるし』

 

『そんな簡単にいくかな? 平気で嘘をつく彼女が認めるとは思えないよ。寧ろリカちゃんが困るだけじゃないかな。軽井沢さんから心ない言葉を投げられて傷付くだけかも……うん、それだけじゃない。恨みを買ったらリカちゃんが虐められちゃうかもね』

 

『……だったらどうすればいいのよ。方法があるっていうの?』

 

 次の返答次第で全てを左右すると綾小路は確信する。

 自分の言葉次第で今やり取りをしている少女の今後が決まることを。

 そして目下自分が気にかけている少女の今後が決まることを。

 

『あるよ。あなたと私が協力すれば確実に安全に復讐できる』

 

『その保証は? 私を罠にハメて学校にチクる気でしょ。サブアカっぽいし』

 

『もし私が真鍋さんを売ったなら、このチャットを先生に見せればいい。このアカウントは学校の携帯でしか登録できない。つまり軽井沢さんに復讐したいと言い出した私の正体は特定できてしまう。そうなれば一番の責任を負うのは私。違う?』

 

 いくらサブアカウントだとしても、基本的に解析すれば持ち主に辿り着く。

 このやり取りが、この後のことが明るみになった場合、計画を企てた人間が厳しい処罰を科せられるのは火を見るより明らかだ。

 

『今私が学校にこのチャットを見せたらどうする? あなた終わりだよ』

 

『真鍋さんはそんなことしない人だと思ってる。信用されるには信用しないとね』

 

『なんとなく言いたいことは分かった。話を聞くだけ聞いてあげる』

 

 そこから綾小路は念入りに真鍋に自分を信用させるように情報を刷り込んでいった。

 如何に軽井沢がクラスの中で威張り散らしているか。如何に彼女を恨んでいるか。

 しかし仕返ししたくても出来ない立場にあること。真鍋達が軽井沢と揉めていることを偶然耳にして接触を試みたこと。

 嘘と少しの真実を織り交ぜて虚構の犠牲者を作り上げた。

 そして学校の目が行き届かないこの期間だからこそ復讐するには絶好のチャンスであることを真鍋に認識させていった。

 真鍋の中にふつふつと沸き上がる怒りを綾小路はゆっくりと確実に呼び覚ませていく。

 

『ここに軽井沢さんを呼び寄せる。後はそっちが勝手に話し合いでケリをつければいい』

 

 船内の最下層のマップを添付してチャットを送る。

 

『ここは電波が入らないから助けも呼べない。普段は誰も来ない場所』

 

『なるほどね……クラスメイトのあなたなら呼び出せるってこと?』

 

『私のプランに乗るのか乗らないのか今決めてもらいたいの。それに呼び出した後復讐するかどうかは会ってから決めればいい。それなら問題も起きないはず、違う?』

 

 その文章に既読がつくと、またしばらく返信はなかった。

 しかしやがて返ってきた文章で綾小路はこの作戦の成功を確信した。

 この後は頃合いを見て釣り糸を垂らすだけだ。

 

「さて、お手並み拝見だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、真鍋さん』

 

『なに? まだなんかあるわけ?』

 

『いや、真鍋さんは例の掲示板の噂についてどう思ってるのかなって』

 

『どうもこうも、根も葉もないデマでしょ』

 

『もし本当にDの4人の中に優待者がいたらどうなると思う?』

 

『たとえそうだとしても確率は4分の1。間違えたらクラスに迷惑をかける。リスクが大きすぎるわ』

 

『そうね。だからこそ皆もデマかどうか慎重に判断して軽率な行動を取ることを避けてる。けど、必ずしもそれが抑止力になるわけじゃない。違う?』

 

『グループの中に、情報を鵜呑みにして4択ゲームに参加する奴が出てくるってこと?』

 

『例えばAクラス。どのグループもだんまりで試験に参加しないみたいな態度を取ってるけど、この前の無人島のときにAクラスはボロ負けしてたよね? 案外私たち他クラスを油断させてあわよくば……って考えかもしれないよ。それに、Bクラスだってただの仲良しグループってだけで上のクラスにいるわけじゃない。他のクラスと裏で繋がってることだっておかしな話じゃないよね?』

 

 

 

『私はね、真鍋さん。今回協力してくれればあなたに皆よりもっと詳しい情報を教えてもいいと思ってるの。4択問題なんかじゃない、もっと簡単なクイズにしてあげられる』

 

『どういうこと?』

 

『実は、昨日の夜に平田君が廊下で話してるのを聞いちゃったんだよね。卯グループの優待者の正体について』

 

『……誰なの?』

 

『もう分かってるんじゃない? 私が真鍋さんにこうして連絡を取ったこと。そして平田君がそんな重要な話を廊下でしちゃうくらいには()()()()()()()()

 

『……なるほどね。で、その話が本当だって証拠はあるの?』

 

『もちろん無いよ。けど、本人に直接聞けば分かるんじゃないかな? 真鍋さんももう分かってるでしょ? アイツ、一人だとなんにも出来ない奴だし』

 

『……そうね。良い機会だから聞いてみるわ』

 

 

 

 

 

 

 

「さて、賽は投げられた。あとは野となれ山となれ、だ」

 

 報告を受けて男は微笑む。

 その笑みを向ける先は一人の少女か、あるいは他の誰かなのか。

 

「王妃の毒林檎を喰らった白雪姫の末路は死か、あるいは白馬の王子による寵愛か……尤も、その王子さえも予め定められた機械仕掛けの人形(デウス・エクス・マキナ)かもしれないというのが皮肉な話だ」

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
担任ズの職員会議と信奉者X、そして綾小路君の下準備のお話でした。

黛君とXに関しては実はかなり前から繋がっています。

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