ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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無機質少年は鍍金の女王に糸を垂らす。

 

 

 

 午後3時45分。深く鈍い音が最下層のフロアに響き渡る。機械音がこだまするこの場所に、その少女は一人でやってきた。

 

「なによ、携帯通じないじゃない……」

 

 約束の時刻まであと15分。平田は何の用件で呼び出したのかは語らなかったが昨日の今日で大体の内容は軽井沢でも簡単に想像がついた。

 だからこそ、万が一のときを考えて例の新しい協力者に連絡をしようと考えたのだが……

 

「(電波が入らないんじゃ黛に連絡出来ないじゃん……)」

 

 一旦上のフロアに戻って一報入れることも考えたが、軽井沢はここで連絡を入れることをしなかった。

 彼女は携帯が使えないと分かるとそのままポケットにしまい壁にもたれかかった。そして目を閉じてかすかに口を動かし何かをつぶやく。

 もし呼び出したのが平田以外の誰かだったら、今現在揉めている相手である真鍋達であったなら軽井沢は間違いなく今すぐここを出て行って黛に連絡を入れただろう。

 しかし呼び出したのが平田である以上、あと10分ほどでこの場に彼が現れることは確かだ。

 たとえ彼がここに真鍋達を連れてきたとしても、傍に平田がいるなら安全は確保される。

 万が一真鍋達が自分に何かしてこようとしても、平田がそれを見逃すはずはない。

 どこまでも平和主義な彼がたとえ真鍋達に理由があったとしても暴力を肯定するようなことはないのだから。

 

「大丈夫……あいつらがなんかしてきても黛がなんとかしてくれる……」

 

 数時間前に協力を取り付けた相手は平田よりも頼りになる男子だ。

 本当の事情を話さなくても、こちらの思う通りの反応をしてくれた。

 真鍋達をどうにかしてほしいという願いに対して二つ返事で応じてくれた。

 そのために彼女たちを脅せる材料を集めてくれると言ってくれた。

 黛は平田とは違い、平和的な解決よりも強引な手段で問題を解消してくれる。

 それが分かっただけでも軽井沢にとっては救いだった。

 ピンチのこの状況で最高の武器が手に入ったのだから。

 

「最初から黛の方にしてたらこんなことにはならなかったのかな……」

 

 思わず口をついて出たのは意味の無い仮定。

 入学してクラスの面々を見たとき、軽井沢の寄生先候補は二人いた。

 一人は今現在恋人役として協力関係を結んでいる平田洋介。そしてもう一人が黛だった。

 二人とも見た目も性格も良く、女子からの人気もある。

 軽井沢にとってどちらも寄生先にするには十分だった。

 しかし彼女は結果として平田を寄生先に選んだ。

 正確には黛を選ぶことは難しいと判断したのだ。

 何故なら彼と親しいポジションには入学初日から一人の女子がずっと収まっていたのだから。

 その女の名前は櫛田桔梗。軽井沢と同じくDクラスの女子カーストでトップの地位にいる生徒だ。

 彼女は入学当初から今日に至るまで着々とクラスでその地位を高めていった。

 女子グループの中でもその存在感を確たるものとし、男子からはアイドルのような存在として認識されていった。

 そしてその彼女が最も親しくしている相手こそが黛だった。

 二人は入学初日に知り合い、お互いが校内で初めて出来た友人だというのだ。

 新入生にとってそのアドバンテージは非常に強力だ。

 初日の顔合わせでその情報を聞いた軽井沢は黛を寄生先候補から外した。

 既に顔見知りの異性が、同性から見ても美少女である櫛田というのが分が悪いと判断したのだ。

 軽井沢がやっているのは恋の駆け引きでもなんでもない。

 対象が寄生するのに容易であるか、寄生した後は快適であるか。判断する材料はそれだけなのだ。

 

 ただ、今は思う。思ってしまう。

 

 もし黛が最初にあった同級生が櫛田でなく自分だったら。

 もし黛を寄生先に選んでいたら。

 自分の高校生活は今よりもっと快適だったのではないだろうか。

 今こんな状況に陥ったりはしなかったのではないだろうか。

 そんな意味の無い仮定がこんなときに、こんなときだからこそ頭に浮かんでは消えていた。

 

 

 

 

 

『真鍋達が最下層のフロアに入っていった』

 

『そうか。ならもう監視はいい。引き上げて構わない』

 

『止めなくていいの? 万が一ってこともあるでしょ』

 

『その必要は無いよ。時間と場所から、今の状況が作り上げられた舞台だということは明らかだ。ならば、そのフロアには演出家がいる』

 

『……なるほどね、そいつがこの状況を作り出したってことか』

 

『彼がこの状況を利用して何をしようとしているのか。僕はとても興味がある』

 

『だったら尚更監視を続けるべきなんじゃないの? アンタもそいつが何をするのか見たいと思うんだけど』

 

『彼は真鍋達に気づかれないよう息を殺し、しかし意識はどこまでも鋭く張り巡らせているはずだ。君が監視していることがバレれば、彼の計画に支障をきたすかもしれない』

 

『……要はそいつの邪魔をするなって言いたいのね』

 

『君を気遣ってのことだよ。自分の計画を邪魔されたとあれば、彼が君に何をするか分からない』

 

『……分かった。じゃあ私はもう引き上げる』

 

『あぁ、そうしてほしい』

 

 

 

 

 

 

 

「来たな……」

 

 時刻が4時にさしかかる頃、フロアの扉が重い音を立てて開いた。

 気配を悟られないよう、最大限の警戒をして綾小路は物陰に隠れる。

 姿を見せたのはCクラスの3人組。真鍋率いる女子達だ。そしてもう一人。

 雰囲気が佐倉に似た大人しめの女子。彼女が恐らくリカなのだろう。

 真鍋はリカを気遣うようなそぶりを見せながらフロアに足を踏み入れた。

 そしてすぐ軽井沢の姿を見つけることになった。当然軽井沢もそれに気づく。

 

「……なんであんたらがここにいるわけ?」

 

 予期せぬ来訪者にもかかわらず、軽井沢は()()()()()()()()

 そのことに違和感を覚えながらも綾小路は観察を続ける。

 

「あんたがここに入ってくのが見えただけ。あ、ちょうどいいから紹介するね、この子がリカ。軽井沢さんは覚えてる?」

 

 そう言って真鍋は背中に隠れるリカを前に引っ張り出し、両者を対面させる。

 軽井沢は視線を逸らして知らないフリをしたが、態度から覚えがあるのは明らかだった。

 

「ねぇリカ、前に貴女を突き飛ばしたのって軽井沢さんで合ってるよね?」

 

「うん、この人……」

 

 分かりきっていた答えを聞いて、真鍋は心底嬉しそうな笑顔を見せた。

 一方の軽井沢は、明らかに危険な状況に徐々に焦りの表情を浮かべ始めていた。

 

「(後はただ見ていればいい。助けるつもりはない)」

 

 これから起こることを、綾小路はただ傍観する。

 たとえ想定以上のことが起こったとしても、割って入る気はなかった。

 

「リカに謝りなさいよ」

 

「は、誰が謝るのよ。あたしは何も悪くないのに」

 

「この状況でも強がるなんて結構やるじゃん。でも私にはなんとなく分かるのよね」

 

「……分かるって何が?」

 

「昨日もそうだったけど、軽井沢さんって自分の立場が弱くなると途端に情けなくなるわよね? ……もしかして虐められっ子だったんじゃない?」

 

「──っ!?」

 

 自らが隠そうとしていた事実を言い当てられてか、軽井沢は目に見えて動揺した。

 

「ほら図星じゃん。やっぱりねー」

 

「ち、違うし!」

 

 下手な否定は意味をなさない。しかしもし軽井沢が演技が上手かったとしても通用はしない。

 別段真鍋が観察力に優れているわけではない。

 軽井沢の秘密は既に綾小路を通して漏れていたのだから。

『軽井沢は小さい頃からひどい虐めを受けていた。今の彼女にはそのトラウマが強く残っている』と。

 既に解を得ている人間に何を言ったところで無駄なのだ。

 

「今なら土下座したら許してあげてもいいけど? 得意でしょ、土下座」

 

「っ! ……は? するわけないじゃん!」

 

 逃げるように脇を通り過ぎようとするが、長い髪を真鍋につかまれ壁に押しつけられる。

 復讐の舞台を整えたことで真鍋は愉悦に顔を歪めていた。

 その姿は凶悪であり極悪であり、何より醜悪だった。

 

 

 

 

 

 

 

「人は、自分に一切の責任が降りかからないと分かると理性の枷を自ら砕く」

 

 船の一室で一人、男は語る。

 室内には誰もいないが男は確かに誰かに語りかけている。

 

「社会的制約を、善悪の壁を、ともすれば己自身の心でさえも破壊し突破する」

 

「犯罪者がよく口にする『魔が差した』という言葉がそれに該当する。その魔とは如何なるものであるか。それは悪魔の囁きと呼ばれる悪意の誘惑」

 

「何をしても己に一切の不利益がない状況下で、己が己に囁く甘美の蜜。その蜜はとても美しく、とても甘くて癖になる極上の麻薬だ。だからこそ、状況さえ整ってしまえば人は容易く悪と呼ばれる行為に走る。それは嘗て先人達が行った実験や歴史が証明している」

 

 男は微笑む。

 定められた結果に向かって突き進む者達に親愛を以て。

 

「さぁ、その手を振るってみるといい。そうすれば相手に痛みを与える事が出来る」

 

「その手にある爪を立ててみるといい。そうすれば相手の皮膚が裂けて血が滲む」

 

「その手で首を絞めてみるといい。そうすれば相手は苦しみ、藻掻き、死の恐怖に苛まれる」

 

「その手で刃を持つといい。そうすれば指先一つで相手の命を摘み取ることが出来る」

 

「さぁ、その手で殺してみるといい。そうすれば君は命について知ることが出来る」

 

 男は瞳を閉じて祈る。

 定められた結果に向かって突き動かされる駒達に対して慈愛と憐憫の心を以て。

 

 

 

「君に刃を握らせた存在が、真の悪魔なのだと知らぬままに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったか……」

 

 真鍋達が立ち去ったのを確認した後、綾小路は動き出した。

 軽井沢は蹲って泣きじゃくっていた。

 無理もない。彼女は真鍋達によって好き放題に痛めつけられたのだ。

 そしてそれを見ても尚、綾小路は止めようとはしなかったのだから。

 事前のアドバイスがあったからか、真鍋達は見える部分に傷を付けなかった。

 制服の下は傷が多くあるだろうが、普段服を着ているのだからバレはしない。

 頬が少々腫れていたが、冷やせば明日には引いている程度だろう。

 

「軽井沢」

 

 綾小路が声をかけると軽井沢が顔を上げる。

 

「な、んで……!?」

 

 いるはずのない男が、絶対に見せたくない自分の姿を見ていると知り慌てる。

 しかし何事もなかったかのように振る舞うことは今の彼女には無理だった。

 もしこのまま綾小路が立ち去っていれば、いつかは持ち直すだろう。

 しかし綾小路は動かない。ただひたすらに彼女が会話が可能になるまで待ち続けた。

 それからしばらくして、軽井沢は徐々に落ち着きを取り戻した。

 

「落ち着いたか?」

 

「……まぁ」

 

 綾小路は座り込む軽井沢に手を差し出すが、その手を取ることはない。

 

「平田君は……?」

 

「お前と待ち合わせがあったみたいなんだが、先生に呼ばれて行けなくなったんだ。ちょうど一緒にいた俺が、代わりに声をかけにきたってわけだ」

 

 綾小路は仕方の無い且つ納得のいく理由を述べる。

 この場において真実はさほど重要ではないのだから。

 

「ちなみにどうして泣いてたんだ?」

 

「真鍋たちよ……あいつら絶対許さないっ」

 

 先ほど自分の身に起きたことを思い出したのか、軽井沢の身体が震え出す。

 情けない姿を見せたくないのだろうが、身体に染みついたトラウマを消すことは容易ではない。

 

「そうだ……黛っ……!」

 

 痛む身体に顔を歪めながら、軽井沢は身体を起こすとフロアの扉に向かってゆっくり歩き出した。

 しかし足腰に上手く力が入らないのかその動きは酷く遅い。

 故に簡単に止められる。

 

「待て」

 

 進行方向先に立つことで綾小路は彼女を止める。

 邪魔をされたことで軽井沢は綾小路を睨んだ。

 

「……どいてよ。私はこれから行かなきゃいけないの」

 

「どこへ行く?」

 

「あんたには関係ないでしょ!」

 

「柚椰に助けを求めるつもりか?」

 

 軽井沢のつぶやきから彼女のとる行動を予想した綾小路が先んじで問いかける。

 

「……だったら何?」

 

「柚椰がお前のことを助けてくれると? 自分のことを嫌ってるお前を」

 

「ふんっ……無人島のことならもう謝ったし……! 黛も許してくれた!」

 

「だから力になってくれるはずだ、とでも言うのか?」

 

「真鍋達のことはもう話してある! 黛ももう動いてくれてるのよ!」

 

「(柚椰……余計なことを)」

 

 先ほどの違和感の正体に気づき、軽井沢に関わる新たな人間の存在に少々苦い感情が沸きつつも綾小路はすぐにその感情を消し去る。

 軽井沢がまだ希望に縋っているのなら、無理矢理にでもその希望を()()()()()()()()()だけなのだから。

 

「その証拠がどこにある。あいつがお前のために動いているという証拠が」

 

「っ! さっきからあんたは何が言いたいのよ!」

 

「分からないのか?」

 

 問いかけると同時に綾小路は軽井沢を壁に押しつける。

 そして無理矢理彼女と目を合わせると言葉を続けた。

 

「もし柚椰がお前のことを守るつもりなら、何故今この場にいない?」

 

「それはっ……! こ、ここは電波が入らないから連絡手段が無くて……」

 

「柚椰は頭がいい。お前が真鍋達にリンチされることくらい予想できたはずだ。この船の中でそんなことが出来るとすれば、それは電波が届かないこのフロアだけ。となれば、このフロアに立ち入らないようお前に注意を促すことくらいはしていたはずだ」

 

「──っ!」

 

「はっきり言ってやる。お前は柚椰を頼っているようだが、あいつは最初からお前を守る気なんてなかったんだよ」

 

 そう、彼女がまだ誰かの庇護を受けられると思っているのなら、その宿り木など存在しないことにすればいい。

 その止まり木は既に、己の安息の地ではないのだと刷り込んでしまえばいい。

 

「平田も柚椰も同じだ。お前を助けもするが他の人間も助ける。事の発端がお前である以上、大事にすれば分が悪いことをあいつらは理解している。だからこそ、平田は穏便な手段をお前に提案し、柚椰はお前を切り捨てることで問題を解消しようとした。結局のところ、二人ともお前が寄生するには不十分な相手だったってことだ」

 

 軽井沢も決して馬鹿ではない。

 今の状況は自分にとって危機的状況であることは確かだが、そもそもの発端が自分の振る舞いから来たものだということを理解していた。

 だが今更どうにもならない。

 どうにもならないからこそ、選択肢を選ぶ余裕は生まれない。

 

「何よあんた……なんでそんな偉そうに言ってんのよ!」

 

「偉そう? 当たり前だろ。いい加減自分の状況を理解した方がいい。今目の前にいるのは誰だ? 平田じゃなければ柚椰でもない。俺だ。お前の過去も、平田との偽りの関係も、今も真鍋達に虐められ泣き喚いていたことも全部知ってしまった」

 

 今目の前に居る男が、己の全てを知る者だと突きつける。

 心臓は既に握られているのだと冷酷に知らしめる。

 

「つまりその気になればいつでも暴露してやれるってことだ」

 

 顔が触れてしまいそうなほどの距離にまで顔を詰める。

 軽井沢の顎を掴み、目を逸らすことを許さない。

 

「なによ、あたしに何をしたいのよ! 身体でも要求したいわけ!?」

 

「身体か……それも悪くないかもな」

 

 嗜虐的な笑みを作り、己が支配者であると認識させる。

 

「股を開け」

 

 命令すると、軽井沢は涙を流しながらも指示に従う。

 しかしその目は決して屈服の目ではない。

 今この場で身体を犯されるかもしれないという状況でも尚、その目は濁らない。

 

「(……やはりこいつは使える)」

 

 綾小路は確信した。

 目の前の少女は目的のためなら自分の身体すら捧げる。

 己の身を守るために身を捧げられる。

 矛盾しているようでそこに矛盾はない。

 

「軽井沢、お前の全てを俺に見せろ」

 

「……ふん、人畜無害そうとか言われてたあんたも結局は変態だったってわけね」

 

「そうじゃない。お前が隠しているものを教えろと言っている。お前が過去にされたこと、受けてきた傷全てだ」

 

 そう言うと軽井沢は口を固く引き結ぶ。しかしその拘束は徐々に解け、やがて観念したようにポツポツと語り出す。

 

「人を虐める奴が考えるようなことは一通りされたわ……物を隠されたり壊されたり、トイレで水をかけられたり、こっそり暴力を振るわれたり。笑えば? 虐められっぱなしの情けない奴だって笑いなさいよ」

 

 軽井沢の言うことが真実ならば、受けた仕打ちは壮絶としか形容できないだろう。

 集団からそのような仕打ちを受け続ければ心が壊れても不思議ではない。

 しかし彼女はこうして生きている。狂ってもいなければ壊れてもいない。

 つまりそれだけの仕打ちを受けながらも彼女は立ち直ったのだ。

 それは偏に彼女の心の強さなのだろう。

 だからこそ、彼女を真の意味で丸裸にする必要がある。

 

「受けた苦しみはそれだけか?」

 

「ぇ……?」

 

「今口にしたことだけなのかと聞いている」

 

 軽井沢が怯えている本当の理由。

 集団で暴力を振るわれる事に対して異常なまでに怯える何か。

 己の身体を差し出すことを躊躇わないまでに隠し通す何か。

 

「お前は何を隠している」

 

「な、なにも……」

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ軽井沢が首と視線を自分の左脇腹に落とした。

 それを見逃す綾小路では無い。彼は軽井沢の制服の上からその部分に触れる。

 

「や、やめて!」

 

 叫ぶ声がフロアに響き渡る。

 綾小路は制服を掴み上へと引き摺り上げる。

 そこにあったのは一つの傷跡。綺麗な肌には似つかわしくない生々しく残った痕。

 鋭利な刃物を用いて付けられたとすぐに分かる一線の切り傷が深く残っていた。

 

「これか。お前の闇は」

 

「う、く、ぅう……!」

 

 軽井沢に残る傷は、下手すれば命に関わるものだったはずだ。

 にもかかわらず、これだけの闇を抱えながらも彼女は折れなかった。

 痛みを知り、苦しみを知り、絶望を知り、理不尽を知った上で尚彼女は生きた。

 

「なんなのよ……あんた……!」

 

 闇を持つ物は惹かれ合う。そして、互いが互いを侵食し合う。

 そして()()()()()()()()()が相手を飲み込むのだ。

 

「お前に約束してやれることが一つある。それは、お前をこれから先虐めから守ってやることだ。他のどの人間よりもずっと確実にな」

 

 深淵を知る男は、闇を抱える少女に糸を垂らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どう? 気は収まった?』

 

『大分スッキリしたわ。ありがと』

 

『そう、それは良かった。これでアイツもちょっとは大人しくなればいいけど』

 

『まだ調子乗ってたらそのときはまた痛めつければいいでしょ』

 

『まぁね。それで? 例の噂については確かめられた?』

 

『あぁそれね。アイツを泣かすのが楽しくて忘れちゃった。まぁでもそっちは別にどうでもいいわ。やりたいことはやれたし』

 

『そっか。まぁ私もアイツを痛い目に遭わせたかっただけだから別にいいや』

 

『じゃあもうこのやり取りは終わりね。バレるとめんどいし』

 

『お互いにこの履歴は消しましょ。証拠は残さないほうがいいわ』

 

『そうね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
あと少しで優待者当て編終了です。

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