ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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快活少女は侮れない。

 

 

 

 時間は少し戻り、6回目のグループディスカッションの開始直後。

 辰グループ同様卯グループもまた、一つの議題について話し合いを始めていた。

 

「この三日間、僕はどうすれば結果1を勝ち取ることが出来るのかをずっと考えていました」

 

 口火を切ったのはBクラスの浜口。

 彼、ひいてはBクラスのメンバーは結果1を目標にこの試験に臨んでいた。

 しかし他のクラスとの足並みが揃わず今の今まで手をこまねいていた。

 

「皆さんも既にご存じですよね? 昨日から広がっている一つの噂。このグループの優待者がDクラスに存在するという書き込みについて」

 

 その話題に一同の緊張が高まる。

 インターバルとして設けられた昨日の深夜に突如として掲示板に投下された書き込み。

 このグループの優待者の存在を示唆する内容が記されたその書き込みは瞬く間に生徒達の間で噂になっていた。

 それが真実であるか、あるいはデマであるかの判断は出来ない。

 ただ書き込みがされたというだけで証拠という証拠がないのだから。

 

「今現在こうして話し合いが執り行われていることから、この場にいる誰一人としてあの掲示板の書き込みを鵜呑みにして行動しなかったことが分かります。当然ですよね。もし嘘だったら結果4を引き起こしてクラスに不利益を与えてしまうのですから。だからこそ誰もが軽率な行動をしなかった。そんな思慮深い皆さんだからこそ、僕の考えを聞いてほしいです。このグループ全員で結果1を目指す方法が一つあります」

 

「──! 本当か浜口」

 

 諦めていた幸村を始めとする一部の生徒に希望の光が灯る。

 

「現状、どのグループもクラスの垣根を超えた協力を取り付けることは出来ていないと考えています。しかしそれはお互いに手の内を晒していないからこそ成しえていないからだと思うんです」

 

「どういうことだ?」

 

「今から僕はこの場にいる全員に携帯を見せます。携帯には学校から送られてきたメールが入っています。()()()()()()()()()()は内容を書き換えることも削除することも転送することもルールで禁止されている。よって、そのメールは真実であるということが保証されています。つまりメールを見れば僕が優待者なのかそうじゃないのかが一目で分かるはずです」

 

「なるほど。つまり浜口君のアイデアはグループ内でメールを見せ合うことで優待者を見つけるってことだね」

 

 一之瀬がそう尋ねると浜口はコクリと頷いた。

 確かにそれは一見すると良い作戦に感じられる。

 しかしそれは誰もが成立しないと理解している案だった。

 

「優待者が分かったところでどうする? 見せた瞬間に裏切られるのがオチだろ」

 

 町田がそう言うようにAクラスの面々は呆れたような顔をしていた。

 

「優待者にとってはメールを明かすことは裏切られることへのリスクを高めます。しかし、優待者でない人間にとってはなんのデメリットもないはずです。この話し合いが終わると同時に試験は終わる。ここで動かなければ最終的には運任せで優待者当てをしなければならない。町田君、それは果たしてAクラスが勝ったと言えますか?」

 

「……」

 

「ルール上、優待者がいるクラスには解答権がない。もし仮に優待者がいるクラスが結託して優待者を守ろうとするのなら、この作戦には乗ってこない。しかし結果として優待者を絞り込むことは可能のはずです」

 

「だが根本的な問題は解決していないぞ。裏切りを確実に防ぐ手段が見つけられない以上、誰が先に裏切るかの勝負にしかならない」

 

「ならば町田君は参加しなければいいだけの話です」

 

 浜口はそう言い切り、自らに届いたメールを公開した。

 

「浜口君の意見に賛成だ。俺も見せることにする」

 

 同じBクラスの別府も浜口に続く形で携帯を全員に見せた。

 

「(どうやらBクラスのプランは俺と同じようだな)」

 

 綾小路が考えていた作戦とBクラスが打ち出してきた作戦の過程は一致していた。

 しかしそこに一体どのような思惑があるのかは分からない。

 自分と同じようにBクラスもまた、何かを考えているのかもしれなかった。

 

「良い作戦だと思うけどね。私も携帯を見せることに抵抗はないよ」

 

 一之瀬も例にもれずスカートのポケットから携帯を取り出した。

 彼女のその行動は綾小路にとって好機だった。

 

「お前たちが賭けに出るなら、俺もその作戦に乗ろうと思う」

 

 一之瀬が携帯を見せる前に、綾小路は自らの携帯を差し出した。

 しかし当然それは彼の仕掛けたトラップだ。

 今彼の手にある携帯は()()()()()()()()

 

「綾小路君、いいの?」

 

「あぁ。話し合いが得意じゃない俺に出来るのは真実を見せることくらいだからな。浜口の話に乗るしかない」

 

「正気か綾小路。こんな露骨な作戦上手くいくはずないだろ!」

 

 幸村が止めようとするが、それを振り切り綾小路はメールを見せた。

 そして彼が優待者でないことを知らしめる。

 無謀に映るその行動には当然ながら意味がある。

 鉄壁の牙城を崩す一点の穴を開ける一手。

 

「うん、確かに綾小路君も優待者じゃないみたいだね」

 

「分かった。私も賛成する」

 

 未だ浜口の作戦に難色を示す者が多い中、予想外の人物が新たに賛同の意思を示した。

 それは今まで一貫して沈黙を貫いていた伊吹澪だ。

 

「正気? 私たちに得なんて何もないじゃん!」

 

 リスクを冒すことに反対の意見を出す真鍋。

 しかし伊吹の意志は固かった。

 

「優待者がいないクラスにとって、このまま試験が終わることはデメリットにしかならない。上のクラスに追い付くにはリスクを冒してでも攻めなきゃ何の意味もない。それだけのこと」

 

「それは──」

 

「あんたも優待者じゃないなら見せられるはずよね。携帯」

 

 ある意味脅しとも取れる伊吹の言葉に真鍋は今度こそ黙り込んでしまった。

 そして観念したように携帯を開示し、他のCクラスの面々も続くように携帯を見せ始めた。

 Cクラスに優待者が存在しないということでこれで明らかになる。

 そしてまた一人、この作戦に参加する者がいた。

 ストラップの付いた携帯を取り出して全員の前に差し出したのは軽井沢だ。

 

「お前もか軽井沢。お前もこの作戦に乗るつもりなのか?」

 

「あたしは自分の為にやるだけ。ポイントが貰えるなら貰いたいだけよ」

 

 彼女のメールには優待者ではないと書かれてある。軽井沢も白だ。

 

「えっと……拙者はどうすれば良いでござる?」

 

「自分で考えろ外村。これは強制じゃない。あくまで自主的なものだからな」

 

 状況が刻々と変化する様に困惑するように外村は綾小路に助けを求めるが彼はあくまで外村の意思に委ねた。

 

「ふむ……まぁ長いものには巻かれろといいますからな」

 

 流れに乗るべきだと判断した外村が携帯を見せようとしたが、その手を幸村が掴んで止める。

 

「……本当に見せることが正しいと思ってるのか?」

 

「あんたさっきから、何びくついてるわけ。もしかして優待者?」

 

 ずっと難色を示す幸村に伊吹が突っ込みを入れる。

 その瞬間幸村の表情が硬くなったのは誰にでも分かっただろう。

 

「うわ、マジ?」

 

「いや、幸村は優待者じゃない。前に優待者じゃないと聞いているからな」

 

 慌ててフォローを入れたのは綾小路。しかしあまりに露骨なその行動に一部からは失笑が漏れる。

 

「それを信じろって? こいつが嘘ついてるだけかもしれないでしょ」

 

 当たり前の指摘をする真鍋。彼女は完全に幸村を疑っている。

 否定すればそれだけ疑いは強くなる。

 しかし何かアクションを起こすことは出来ない。

 何故なら幸村は──

 

「結論を出すのは早いよ。幸村君にだって考えはあるんだから」

 

 一連の様子を見ていた一之瀬は改めて携帯を全員に見せた。

 

「ちょっと流れに乗り遅れちゃったけど、私も見せるよ」

 

 メールには優待者ではないことが記されている。

 これでBクラスにも優待者はいないことが証明された。

 残るのはAクラスと幸村のみだ。

 

「……」

 

 幸村の沈黙の意味が分からないほど、ここにいる生徒たちは鈍感ではない。

 そしてAクラスの町田達も、いつの間にか幸村の様子を窺うようになっていた。

 

「……分かった。見せる。だがその前に一つ、約束してほしい」

 

 観念したように携帯を出した幸村だが彼は全員を見回してそう前置きした。

 

「裏切らないでほしい。この場にいる誰も。特にAクラスは携帯を出して全員が見えるようにテーブルに置いてくれ」

 

 代表する町田にそう声をかけるが、彼は鼻を鳴らし当たり前の言葉を返す。

 

「意味が分からないな。どういうことだ?」

 

「そのままの意味だ。それ以上もそれ以下もない」

 

「……まぁ、いいだろう。置くくらいなら構わない」

 

 町田がそう言うとAクラスの面々はぞろぞろと携帯をテーブルの上に置いた。

 それを確認した後、幸村は表情を曇らせながら手を動かした。

 

「……嘘をついてすまなかった綾小路」

 

 そう小さく呟いて、幸村はメールの文面を見せた。

 その文章を見て驚いたのはDクラスのメンバーだろう。

 

「俺が優待者だ……」

 

 全員とは違う一文が書かれたメール。

 

「ゆ、幸村殿が優待者でござったか……!」

 

 信じられないと言うように外村が驚愕している。

 この状況はDクラスにとって最悪だった。

 しかしこの状況こそ綾小路の狙いだった。

 何故なら幸村こそが、彼が()()()()()()()()()()()なのだから。

 軽井沢も心底驚いているようで表情に動揺が見て取れた。

 幸村が優待者であるはずがない、そんな風に思っていた彼女にしてみれば無理もない。

 

「メールは本物、のようだな。他のメールを見る限り幸村のもので間違いなさそうだ」

 

 町田が許可も取らず他のメールまでチェックして真相を確かめた。

 

「学校からのメールに手を加えるのはルール違反。ってことはこの文章も偽物である可能性は0だね」

 

 一之瀬は冷静に状況を分析していた。

 幸村が優待者であるということは最早疑いようもない。

 

「……これで全員が答えが俺だと分かっただろ。たどり着ける答えが出てきたはずだ」

 

 全員で結果1を達成すれば全員が最低50万ポイントを得ることが出来る。

 達成不可能と思われた結果1に結び付くかもしれない。

 幸村の言葉に一之瀬は一度頷き、何より強くAクラスに願い出る。

 

「お願い。幸村君の勇気を無駄にしないためにも協力して。裏切らないでほしい」

 

「俺たちは元々葛城さんの指示で動いている。勝手な真似はしないさ」

 

 そう答える町田だが、試験終了から解答時間までは30分ある。

 その間、自分たちの仲間だけでなく他クラスの生徒を信頼しなければならない。

 

「俺は信じる。ここまできたら、全員を信じるしかない」

 

 願うように紡がれた幸村の言葉を全員が受け止める。

 彼の想いを汲み、全員で勝利を分かち合うことが出来るだろうか。

 

「(いいや、ありえない)」

 

 綾小路は確信していた。

 間違いなく、()()()()()()と。

 そしてその瞬間、携帯を入れ替えた自分達Dクラスの勝利が確定する。

 同じように幸村も確信しただろう。

 彼は笑いを堪えるのに必死であろうと察する綾小路。

 

 だが、喜びもつかの間、幸村が手にしていた携帯電話が鳴り響いた。

 

 誰よりもその音に驚いていたのは幸村だ。

 慌てて携帯を止めようとするが上手くいかず手から落とす。

 偶然にもその画面が表を向いたまま皆が見ている前に転がっていく。

 画面に表示された発信者の名前は『一之瀬』。

 その本人は目の前で携帯を耳に当てながら、真剣なまなざしで幸村を、そして綾小路を見ていた。

 

「何をしているんだ一之瀬。今幸村に電話をかける意味はないだろ」

 

 怪訝そうな顔で一之瀬を見る町田。

 しかし一之瀬はそれが意味のある行動であったと確信して静かに通話を切る。

 

「ううん、意味はあったよ。これではっきりしたことが一つある」

 

「なに?」

 

 眉を顰める町田を横目に、一之瀬は幸村に問いかける。

 

「その携帯、幸村君のじゃないよね?」

 

「っ! な、なにを言って──」

 

「だって、私と幸村君って連絡先交換してないんだもん。電話が繋がるはずがないよ」

 

 彼女のその言葉に一同に衝撃が走る。

 先ほど幸村の携帯には確かに「一之瀬」と発信者の名前が表示されていた。

 もし連絡先を交換していないのだとしたら、固有名詞が表示されるのはおかしい。

 では一体どういうことか。

 

「その携帯、綾小路君のだよね? 私が今かけた番号は君と交換した番号なんだから」

 

 一之瀬が今コールした番号。それは以前に交換した綾小路の携帯番号だった。

 それは一つの事実を確定させる。

 

「個人メールの送受信履歴や着信履歴だけを移して、あたかもそれが幸村君の携帯だと思い込ませる。手間はかかるけど携帯の中身を入れ替えることはルール違反にならないからね」

 

 それを聞き、町田は血相を変えて一之瀬と綾小路を見やる。

 

「幸村君、ゴールが見えてきたからかちょっと様子が変だったからさ。もしかしたらって思ったんだよね」

 

「……」

 

 幸村は顔面蒼白といった様子で呆然としていた。

 

「携帯を入れ替える作戦は私たちも思いついてた。でも、学校から支給される携帯には一個だけ弱点がある」

 

「弱点だと……?」

 

 町田がそう尋ねると一之瀬が続ける。

 

「SIMロックって言えば分かるかな?」

 

「──! なるほど、そういうことか……!!」

 

 一之瀬の言わんとしていることが理解できたのか町田は驚いている。

 

「例えば私の携帯に入ってるSIMカードと町田君の携帯に入ってるSIMカードを入れ替えると、どっちの携帯も使えなくなって通話をすることは出来ないんだよ。だから誰が携帯を入れ替えたとしても電話を鳴らせば持ち主が分かる。このことに気づいていたから浜口君も携帯を見せ合うプランを提案したってこと」

 

 つまり嘘を見抜く方法があったからこそ、Bクラスは強引な手を打ったのだ。

 一之瀬によって綾小路と幸村の携帯が入れ替わっていたことが明らかになってしまった。

 

「SIMロックを利用して確認されることまでは想定してなかったかな?」

 

 その時丁度1時間の終了5分前を告げるアナウンスが入った。

 5分以内にグループを解散させ、自室に戻るよう命じられる。

 

「くそっ!」

 

 幸村のその叫びは本物。そこに嘘はない。

 

「残念だったな幸村。だが、良い作戦だった」

 

 町田達Aクラスはニヤニヤと笑い、作戦を見破られた幸村を見る。

 同時に作戦に加担していたと思われる綾小路にも一度視線を移した。

 

「これで優待者が綾小路君だって確定した。全員で裏切らずに結果1を勝ち取るって約束してくれないかな?」

 

「あぁ勿論だ。信用してくれ。行くぞ」

 

 一之瀬の申し出に応じるような言葉を返し、町田はAクラスのメンバーを連れて退出した。

 

「Cクラスの人たちもお願い。30分我慢してくれるだけでいいから」

 

 真鍋達はそれとなく頷き、同じように退出していく。

 

「作戦に乗った俺が間違ってた。最悪だっ」

 

 幸村は交換していた携帯を綾小路に返し、彼が持っていた携帯を掴んで足早に部屋を後にする。

 続々と退出者が続き、最後に綾小路と一之瀬だけが残った。

 

「皆を信じるしかないね」

 

「あぁ」

 

「……綾小路君は随分と落ち着いてるんだね。不安はないの?」

 

「俺にもう出来ることは残ってないからな。部屋に戻ってる」

 

 これ以上ここに残る理由はないと踵を返す綾小路だったが、一之瀬はそんな彼の肩に手を置き呼び止めた。

 

「ねぇ、ちょっと待って」

 

 その瞬間、両者の空気が張り詰める。

 

「この作戦は誰が思いついたの?」

 

「……堀北だ。後手に回っていた俺たちが打てる起死回生の一手だってな」

 

「……そう。じゃあ堀北さんに伝えてもらえないかな。作戦は成功だったよって」

 

「大失敗の間違いじゃないのか。現に一之瀬に見破られた」

 

「あはは。同じ作戦を思いついてたってのは想定外だったかな」

 

「悪かったな。騙すような真似して」

 

「私たちも勝手に作戦決行しちゃったし、お互い様だよ」

 

「そう言ってくれたら堀北も安心するだろ」

 

 お互いに中身のない会話を繰り広げる中、話を打ち切って綾小路は部屋を後にしようとした。

 

「わ、ちょっとちょっと。まだ肝心の話が済んでないよ」

 

「肝心の話?」

 

「もー、意外と人が悪いよ綾小路君。確かに携帯にはSIMロックがかかってる。でも、ロックを解除する方法もある。星之宮先生に確認したらポイントさえ払えば簡単に解除できるって言ってたから」

 

 その言葉に綾小路の脳内に微かに電撃が走る。

 

「嘘が暴かれたとき、人は新たに浮かび上がった事実を真実だと錯覚する。でも、事実と真実は必ずしも一致するわけじゃない。幸村君と綾小路君は用意されたトラップ。真実はその奥にある。違うかな?」

 

「(やはり一之瀬は侮れないな)」

 

 つまり一之瀬は真の意味で綾小路の作戦を見抜いた。

 罠を罠と悟らせないために張った別の罠。二重のトラップ。

 綾小路が所持している優待者の携帯。それは綾小路のものではない。

 一之瀬が語ったように、彼は携帯を完璧に入れ替える方法に至っていた。

 SIMロックの解除。ポイントを支払うことで達成できるひと手間。

 そのひと手間さえかければ真実を霞の中に隠すことが出来る。

 綾小路が打ち出した起死回生の策。

 それは昨日軽井沢という駒を手に入れたときに実行に移されていた。

 このグループの優待者こそ新たに駒に加えることに成功した軽井沢恵。

 平田から事前に情報を仕入れていた綾小路は彼女を支配した後すぐに行動を開始した。

 彼女の携帯と自身の携帯をSIMロックを解除した上でSIMカードを交換し、同時に()()()()()()()()()の一切の中身を入れ替える。

 こうすることで綾小路は電話番号を持ったまま軽井沢の携帯を使うことが出来る。

 優待者のメールは転送していないためルールにも引っ掛かることはない。

 そして次に優待者のメールを入れている彼の携帯と幸村の携帯を交換する。

 ここは幸村の携帯にあった過去の履歴を入れ替えるだけでいい。

 幸村の役割は『綾小路の携帯を持っていると錯覚させる』ことなのだから。

 綾小路は幸村に自分が優待者であると嘘をついた。

 幸村はそれを信じきっていたからこそ、綾小路が優待者だとバレた際に呆然としていた。

 本当に綾小路が優待者だと思っていたが故に、幸村の反応に嘘はなかった。

 敵を欺くなら味方からとはよく言ったもので、彼は綾小路に利用されたのだ。

 こうすることで万が一携帯の入れ替えに気づいたとしても、綾小路という偽の優待者が明らかになるだけ。

 真実は闇の中。軽井沢恵という優待者には絶対に辿り着けない。

 

「もしDクラスに優待者がいなかったらどうしたの?」

 

「クラス内で既に優待者だと判明している人間に携帯を借りて隠し持っておく。そして優待者だと名乗り出ればいい。そうすれば本当の優待者を炙り出すことも裏切りを誘発させることも出来る。それはお前も考えてたはずだ」

 

「えへへ、バレちゃってたか」

 

 彼女は照れ臭そうにポケットから携帯を二つ取り出した。

 片方は自分のもので、もう片方が恐らくBクラスの優待者のものなのだろう。

 

「ここからは私の予想なんだけど、本当の優待者は──」

 

 一之瀬は自らの携帯に短くメッセージを書き込む。

 

「軽井沢恵さん、だったりして」

 

 彼女が見せたのは学校へ送るための裏切りメール。

 その指をタップするだけでメールは送信され、このグループは結果3で終わる。

 しかしその直後、二人の携帯が同時に鳴った。

 

『卯グループの試験が終了いたしました。結果発表をお待ちください』

 

 携帯に届いたのは学校からのメール。

 それは卯グループの中に裏切り者が出たということを告げるものだった。

 

「あーあ、やっぱり誰かが裏切っちゃったか。AとC、どっちだろうね」

 

「……どうして軽井沢だと思った」

 

「幸村君と同じ理由かな。ちょっと挙動不審だったし、今まで気にかけてなかった綾小路君のことをチラチラ見てた。まぁでも、証拠はないからどの道メールは送れなかっただろうけどねー」

 

 どうやら綾小路が立てていた作戦は完全に見抜かれていたらしい。

 

「どうしてさっき言わなかったんだ? 少なくとも嘘は暴けただろ」

 

 その問いに対して一之瀬は笑う。しかしその笑みは決して優しいものではない。

 

「AかC、どっちのクラスが間違えても私たちにとってはプラスだからね。私は最初から結果1も、裏切って勝ち取る結果3も選ぶつもりはなかった。浜口君も別府君も、そして私も優待者じゃないって分かった時点で、どこかのクラスに裏切らせることしか考えてなかったよ。多分裏切ったのはAクラスかな?」

 

「町田か」

 

「ううん、森重君だよ。彼は葛城君の派閥の人間じゃない。だから葛城君に従う理由もない。ポイントを得られるチャンスがあれば飛びつくかもって思っただけ」

 

 そう言って一之瀬は綾小路に背を向けた。

 

「綾小路君って結構凄いんだね。堀北さんも黛君も、そして君も。Dクラスには侮れない人がいっぱいいるなー」

 

「やめてくれ。俺は二人に比べたら凄くなんてない」

 

 そう言いながら綾小路は内心で一之瀬に対する評価を改めた。

 彼女は決して昼行燈ではない。

 徹底したリスク管理と確かな戦略を練られるだけの頭脳が確かに存在する。

 ただ周囲と上手くやっていけるだけでBクラスのリーダーが務まるはずもなかったのだ。

 

「(柚椰が言っていたように、一之瀬のようなタイプこそ油断ならないのかもな)」

 

「それじゃあ、私も部屋に戻るよ。禁止事項に触れちゃうと大変だからね」

 

 そう一之瀬が言いかけた時、再び二人の携帯が一斉に鳴った。

 しかも先ほどのように一度ではない。二度、三度。

 そして最後に四度目の音が鳴り響いた。

 一之瀬は驚愕したように急いで携帯を確認する。

 綾小路もまた携帯を確認し、受信したメールを確認した。

 そこには似たようなメールが全部で四通。

 

 

 

 

『子グループの試験が終了いたしました。結果発表をお待ちください』

 

『寅グループの試験が終了いたしました。結果発表をお待ちください』

 

『巳グループの試験が終了いたしました。結果発表をお待ちください』

 

『辰グループの試験が終了いたしました。結果発表をお待ちください』

 

 

 

 

 

 今回の特別試験は解答時間を待たずして全てのグループが試験終了を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。特別試験終了です。
次で優待者当て編は終わりです。

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