ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

70 / 77
格闘少女は休暇を楽しむ

 

 

 

「澪ちゃんは占いというものを信じるかい?」

 

 雑用をしていた伊吹にそう尋ねたのは家主である柚椰。

 彼が脈絡のない問いかけをするのは珍しいことではないため伊吹はもう驚くことはない。

 

「……何? 藪から棒に」

 

「最近この学校で流行っているらしい。なんでもモールに占い師が来ているようだ」

 

「ふーん、意外だね。アンタがそんなの気にするなんて。占いなんて興味ないと思ってた」

 

「処世術としてね。いつの時代も占いというスピリチュアルな娯楽は人の興味を惹くものだ。相手に関心を持たせるために、会話の切り口として知っておくに越したことはない」

 

「そういう理由ね……で? 占い師が来てるってどういうことよ」

 

「どうやら期間限定で外部から出張扱いでやって来ているらしい。衣食住に事欠かないとはいえ、ここは基本的に外の世界と関わりを持つことは出来ないからね。物珍しさからか一層注目を集めているようだ。地下労働に従事する債務者にビールを差し入れるようなものさ」

 

「アンタもそういうの読むんだね……」

 

「そこのタブレットに全巻入ってるから好きに読んで構わないよ」

 

 柚椰はベッド脇に置いてあるタブレット端末を視線で指す。

 とにかく、と彼は続ける。

 

「外からの来客。持ち込まれたものは占いという神秘的な娯楽。ここの生徒が惹かれるのも納得だ。どんな方法で、何を占ってもらえるのか。それがどれほどの精度なのか僕は興味がある」

 

「ふーん、じゃあ行ってくれば?」

 

 勝手にやってろと言わんばかりに伊吹はなげやりだ。

 

「そこで澪ちゃん、実際に現地に行ってその占いとやらを体験してきてくれないかい?」

 

「はぁ? なんで私が」

 

「これから暫くの間は少しやることがあってね。だから僕の代わりに君に占ってもらいに行ってほしいんだ」

 

「私占いとか興味ないし……」

 

「おや、このまえ本屋で手相占いの本を買っていなかったかな?」

 

「……なんで知ってんの」

 

「たまたま情報が入ってきてね。なにか手相で気になることでもあったのかい?」

 

「アンタとまた関わることでこの先不幸なことにならないかの保険よ」

 

「これは手厳しいね」

 

 プライベートが筒抜けであることへの意趣返しとでも言うように伊吹は毒を吐くが当の柚椰は涼し気に流している。

 

「君も全く興味がないわけではないだろう? 何を占ってもらうかは任せる上に当日の出費は給料扱いで全額出そう。悪い話ではないと思うんだが」

 

「そうね……当日豪遊してアンタに領収書送りつけるのも悪くないかも」

 

「そうだね。友達でも誘って遊んでくるといい。残り少ない夏休みを存分に謳歌してくれ」

 

「……バカにしてんの?」

 

 暗に自分に友達がいないことを揶揄われたと思ったのか伊吹は柚椰を睨む。

 

「君にとってもいい機会だと思うよ。今後の学校生活を有意義に過ごす意味でも、友達は作っておいた方がいい。損得なしに付き合える相手というのもいいものじゃないか」

 

 その言葉がふざけていると思ったのか伊吹は鼻を鳴らす。

 

「生憎Cクラスに好き好んで関わりたいと思える奴はいないんだよ」

 

「別に自分のクラスではなくても、他所のクラスで作ればいいだろう?」

 

「それこそ無理だ。他クラスと軽率に関わると龍園の奴に目を付けられかねない」

 

「そうか。彼の所為で今後はどのクラスも互いに監視の目を光らせそうだからね」

 

「どっかの誰かさんも共犯だったみたいだけどね」

 

「それはそれは、悪い奴もいたものだ」

 

 白々しい会話の応酬に両者とも笑みが零れる。

 

「ていうか、その手のお遣いを頼むならもっと適任がいるだろ。それこそ櫛田とかのほうが違和感もない」

 

「彼女は別件で動いてもらっているよ。と言っても僕が直接頼んだわけではないがね」

 

「前に言ってた勝手に動いてるってやつ?」

 

 以前彼が言っていたことを思い出して伊吹は尋ねる。

 

「僕と彼女の繋がりは広く知れ渡っている。だからこそ彼女も理解しているのだろうね。()()()()()が自分に接触してくるのか。自分がどんな人間と()()()()()()なのか」

 

 柚椰が言わんとしていることが凡そ察せた伊吹だったがそれ以上深く聞くことはなかった。

 そもそもとして櫛田など伊吹にとってはどうでもよかったからだ。

 

「ふーん……まぁどうでもいいけど。精々背後から刺されないようにね。あの手の人間は常に勝ち馬に乗りたがるタイプだろ? アイツがアンタが泥船だと判断すれば案外あっさり他所の船に乗り換えるかも」

 

 忠告にも似た伊吹の言葉を聞き、柚椰はどこか可笑しそうに笑う。

 

「ふふっ、そうかもしれないね。だが()()()()()()()()()()()、たとえ泥船だろうと乗らざるを得なくなる。いつか沈むと分かっていても、黙って一人水底に沈むなんて殊勝なことは、彼女には間違っても出来ないのだから」

 

 櫛田桔梗という女の在り方を理解しているからこそ、柚椰は彼女に信頼を置いている。

 自由に飛び回りはすれど、自らの首を絞めるようなことは決してしない。

 彼女の根底にあるのは生存本能ただ一つ。

 どれだけ好きに立ち回ろうと、最後に重視するのは自分の身が守られるか否かのみ。

 自己防衛への執着に関して言えば彼女はこの学校の生徒の中でも飛び抜けて強い。

 考えの行き着く先が己自身に帰結するのならば、どこまでも自分本位であるのならば──

 

「どこまでも()()()()()()()だよ彼女は。だからこそこの上なく愛おしい」

 

 そう語る彼の相貌は悪辣に歪んだものでは決してなく、寧ろどこまでも美しかった。

 異性はおろか同性でさえ思わず見惚れてしまいそうなほどに。

 

「……」

 

 だが、そんな彼を見ても伊吹は顔色ひとつ変えることはない。

 何故ならば理解しているからだ。

 彼が誰かを『愛おしい』と形容するときは、彼がそのような顔を浮かべるときは──

 

 

 

「ご愁傷様」

 

 ──対象が辿る結末が、対象を取り巻く環境が、目の前の男によって好き放題に引っ掻き回されると誰よりも知っているから。

 

 

 

「で、結局私はいつ行けばいいわけ?」

 

「三日後、だね。その辺りが丁度いいな」

 

 パソコンのモニターに目を向け、何かを確認しながら柚椰は日取りを指定した。

 

「また妙なこと言うね。明日とか明後日とかならまだしもなんで三日後?」

 

「その辺りがタイミング的には一番うってつけだと思ってね。詳しくは行けば分かるよ」

 

 詳しくは話すつもりはないらしく、どこか勿体ぶるような物言いをする柚椰に伊吹は呆れながらも素直に諦めることとした。

 彼が煙に巻くような言い回しをするのは今に始まったことではないし、どの道すぐに分かることなのだから詮無きことだった。

 

「ところで澪ちゃん」

 

「今日は麻婆豆腐」

 

 皆まで聞く前に伊吹が顎で示したキッチンには既に皿に盛られラップにかけられた料理が二つ置いてあった。

 今やっている雑用の前に予め作っていたのだろう。

 

「おぉ、それはいい」

 

 告げられた料理に想いを馳せているのか柚椰は楽し気な笑みを浮かべる。

 

「食べるなら温めるけど?」

 

「そうだね。いい頃合いだし夕食にしようか」

 

 時刻は午後7時過ぎ。夕食にはちょうどいい時間帯だ。

 その言葉を聞くと伊吹はキッチンへと向かい、置いてあった料理を電子レンジに入れて温め始めた。

 

「澪ちゃん、コーヒーと紅茶どちらがいいかな?」

 

「今日はコーヒー」

 

 料理を温めている間、飲み物を用意しようとした柚椰の問いに伊吹が短く答える。

 

「アイス? それともホットかい?」

 

「このクソ暑い日にホットって言うと思う?」

 

「涼しい部屋ならホットでもいいんじゃないかな?」

 

「今日の麻婆豆腐は辛いから冷たい方がいいんだよ」

 

「おや、なら僕もアイスコーヒーにするとしよう」

 

 冷蔵庫からコーヒーのペットボトルを出すと二人分のグラスに注ぐ。

 それらをスプーンと共にテーブルへ運ぶと、程なくして伊吹が二人分の料理を持ってテーブルにつく。

 二人は手を合わせると早速一口、また一口と食べ始めた。

 伊吹が言っていた通り、四川風の痺れるような辛味が口内を刺激していた。

 合間に飲む冷たいコーヒーが火照った舌を癒すのにちょうど良い。

 

「そういえば……占いに行くのは別にいいんだけど、その間アンタは何してるわけ?」

 

 食事の合間、伊吹がそう尋ねると柚椰は麻婆豆腐から視線を外し、どこか楽しそうに微笑んだ。

 

「今後を見越した()()()、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最悪……」

 

 三日後、柚椰に指定された日時に言われた通りモールに繰り出した伊吹だったが、彼女は現在進行形で雇用主に対して呪詛の念を送っていた。

 そもそもこんなことを頼む上に日付まで指定していた時点で怪しいとは思っていたが、こういうことだったのかと実際に現地に来てようやく彼女は理解したのだ。

 

「なんでアンタがこんなとこいんのよ」

 

「ここで占いをやってるって聞いてな。どんなものかと思って来てみただけだ」

 

 占いをやっているフロアに出来ていた待機列で出くわしたのはDクラスの綾小路清隆だった。

 先の特別試験で多少なりとも関わりがあったからか両者とも相手がこの場にいることに気づくのが早かった。

 彼も伊吹同様誰か連れてやってきているわけではなく、お一人様の状態だ。

 その有様を伊吹は鼻で笑った。

 

「アンタ一人で? 夏休みなのに一緒に来る相手もいないの?」

 

「それ、お前が言うなってツッコミ待ちか?」

 

「蹴っ飛ばすよ」

 

 キッと睨む伊吹に対して綾小路は乾いた笑いを漏らす。

 見たところ目の前の少女の蹴りはそれなりに強力だと伺えたため口を噤む。

 リスクヘッジの観点から見てもここで不用意に伊吹を煽る意味はないと判断した綾小路は愛想笑いで誤魔化すことを選んだ。

 

「大体二人一組じゃないと受けられないってどういうことよ。占いって普通一対一でやるもんじゃないの」

 

「そうだな。俺もそう思う」

 

「で、アンタは誰か誘って出直さないわけ?」

 

「元々そんなに興味があるわけじゃないからな。ペア以外無理だということなら諦めるしかない。そっちはいいのか?」

 

「……まぁ未練が無いと言えば嘘になるけど」

 

 柚椰からの依頼が達成不可能になってしまうこともそうだが、そもそもよく当たると噂の占いとやらを体験したかったのも嘘ではないのだ。

 何を占ってもらうか具体的に決めてきてはいなかったが、ここであっさり諦めて引き返すのはどこか残念に思えてならなかった。

 しかし当の占いが一人では受けることが出来ないとされている以上、これ以上彼女にできることはなかった。

 いや、厳密には()()()()

 己の欲求と柚椰からの依頼、その両方を満たせる方法が一つ。

 しかしその選択肢は伊吹にとって論外と言わざるを得ないものだ。

 故に彼女は──

 

 

 

「帰る。時間の無駄だった」

 

 苦渋ではあるが諦めることとし、踵を返した。

 ところがそんな彼女の背に綾小路が余計な声をかけた。

 

「同じクラスの女子でも誘えばいいんじゃないか? 友達の一人や二人いるだろ」

 

「……は?」

 

 分からない。何故だか分からないが綾小路のその一言は、伊吹の癇に障った。

 諦めなければならないことに対する苛立ちを抑えていたこともあってか彼女は突沸にも似た怒りに包まれる。

 

「すぅぅぅ……ふぅぅぅぅっ……そういうアンタは友達いんの?」

 

 大きく、それは大きく深呼吸した後、それはそれは底冷えするような冷たい声で伊吹は尋ねた。

 勿論射殺さんばかりの眼光もセットで付いている。

 入学して間もない頃の堀北に匹敵するかそれ以上の威圧感に流石の綾小路も僅かに冷や汗を浮かべた。

 

「お、俺も話し相手くらいはクラスにいるぞ。……2、3人くらい」

 

「休みの日に遊びに行ったりは?」

 

「それは……」

 

 記憶を遡ってみても、クラスメイトから遊びに誘われたことは──

 

「……に、二回くらいだな」

 

「どうせ櫛田とかでしょ。誰でも誘いそうじゃんアイツ。それこそアンタみたいなのでも」

 

 あまりに辛辣な物言いに再び以前の堀北を思い出した綾小路は愛想笑いを漏らす。

 

「随分な言われ様だな……そういえば、櫛田はCクラスの生徒とも仲が良いのか?」

 

「さぁ? 私が知るわけないだろ」

 

 世間話のつもりで振った話題もバッサリ切り捨てる伊吹。

 刺々しい雰囲気は初めて会ったときから何一つ変わっていない。

 これまでのやり取りからも伊吹の他人に対する接し方は敵意を振りまいているようなものだ。

 根本的に他人と接することが苦手なのかもしれないと綾小路は推察した。

 

「刺々しいな。誰にでもそんな感じなのか?」

 

「別に、ただ他人と話すのが緊張するってだけ。緊張するから神経を尖らせる。昔からの癖なんだよ。今更どうにかなるものじゃない」

 

 敵意にも似た雰囲気は緊張によるものであると伊吹は語る。

 他人と会話をする際に身構えてしまうが故につい刺々しい態度になってしまう。

 良く言えば人見知りなのだろう、と綾小路は分析する。

 

「いや、そうでもないと思うぞ。考え方を変えればいい」

 

「は? どういうこと」

 

 思いもしなかった言葉に伊吹は興味を持ったのか綾小路に耳を傾け始めた。

 

「例えば、お前はコンビニやファミレスの店員に対しても緊張するのか? ポイントカードの有無や注文を聞かれたときに」

 

「そりゃまぁ……流石にしないけど」

 

「じゃあそいつらと学校の生徒、両者の違いは何だと思う?」

 

「……今後顔を合わせるかどうか、とか」

 

「その通りだ。だからこそ、そこに様々な想像が生まれる。自分の一挙手一投足が相手にどのような感情を抱かせるのか。相手から見た自分がどう映るのか」

 

 それは良く言えば想像力豊か。悪く言えば被害妄想の類だろうか。

 コミュニケーション能力が高い人間は、得てしてその想像力をプラスの力に変えている者達だ。

 相手に自分が素晴らしい人間のように見せる術を、どうすれば相手に好かれるかを想像し、実行出来る。

 それは無意識に行えるタイプと意識的に行うタイプに分かれるだろうが、やっていることは凡そ変わらない。

 想像力をプラスに働かせられるものは自身を人気者にすることは難しくはないだろう。

 だがマイナスに働いてしまう者は……伊吹のようになってしまうのだろう。

 

「占い師相手だと面と向かって色々と込み入った話をすることもあるだろ。だから緊張する部類の相手かもしれないな。だが結局は想像するかしないかだ。深く考えなければ緊張することもないんじゃないか?」

 

「ふーん……随分饒舌に語るね。いつもそれくらい喋れれば多少なりともクラスに馴染めるんじゃないの」

 

「寧ろ独り身だからこんなしょうもない知識が身に着くんだよ。どうして自分には友達が出来ないのか考え始めて、どうして緊張するのかを考えて、最終的には人間はどこからやってきてどこへ行くのか考えるようになる」

 

「……キモイね、アンタ」

 

「やめろ。女子のキモイは結構男子の心を抉るぞ」

 

 シンプルかつ鋭利な伊吹の言葉の矢が綾小路の心に突き刺さった。

 

「とりあえず俺は帰る。お前は?」

 

「私もそうするつもり。一人じゃダメだっていうならどうしようもないし。天中殺には興味あったんだけどね」

 

「天中殺……不運な時期のこと、だったか」

 

 単語の意味は理解しているからか綾小路はそう尋ねる。

 伊吹も彼が占いの知識が深くないことを察したのか呆れながらため息をつく。

 

「干支になぞらえて自分の悪い時期が見えるって占い。うちのクラスのリーダーがあんなだから厄介事に巻き込まれないかどうか知りたかったんだけど……まさか噂の占いが恋愛メインだとは思わなかった」

 

 恋愛脳の少年少女達を馬鹿にするような目で伊吹は長蛇の列を見る。

 

「学生からすれば恋愛は青春の一コマだろ。占いに頼ってもおかしなことじゃない。それに案外恋愛以外も占ってもらえるかもしれないぞ」

 

 綾小路がそう言うと、伊吹はニヤッと笑みを浮かべた。

 

「ふーん……ならアンタにも協力してもらおうかな」

 

「えっ」

 

 それはなんとなく発した励ましの言葉が藪蛇になった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。お久しぶりですね。
これから週一回更新する予定ですのでまたよろしくおねがいします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。