ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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彼は狼少年に道を示す。

 

 

 

「やぁ、いらっしゃい。適当に座って」

 

「おう」

 

「お茶でも淹れるよ。アイスコーヒーと紅茶どちらがいいかな?」

 

「んー、その二択ならコーヒーで」

 

「分かった」

 

 夏休み中のとある日の午前中。一人の男子が柚椰の部屋を訪れていた。

 事前に連絡を入れていたのか、家主である柚椰はその男子を快く迎え入れた。

 

「っつーか、黛の部屋入るの何気に初めてじゃね?」

 

 ローテーブル前に腰を下ろした男子、山内は部屋の中を見回しながらつぶやいた。

 

「人を招くほど面白い部屋でもないからね。おもてなしできるような物も置いていないんだ」

 

「確かになんかシンプルっつーか、綾小路の部屋と似てんな。あ、でも本めっちゃあんな。てか本棚ゴツくね?」

 

 山内は部屋の中で異彩を放っている大きな本棚に目を向ける。

 それは学生寮の一室であるこの部屋で、最も個性が感じられる点であろう。

 並べられている本のタイトルはどれも山内にとっては聞き馴染みがなく、いかにも小難しい雰囲気を漂わせているからかその表情は引き攣っていた。

 彼が本棚に釘付けになっていると、柚椰が二人分のコーヒーを持って戻ってくる。

 

「ムズそうな本ばっかだな……見てるだけで眩暈しそう。お前漫画とか読まねぇの?」

 

「漫画ならそこのタブレットに入ってるよ」

 

 そう言って柚椰はベッド脇に置いてあったタブレット端末を指差す。

 

「なんだ、ちゃんと漫画も読むんだな」

 

「漫画は電子媒体の方が手軽に読めるからね。それで、今日はどうして俺の部屋に来たいなんて言ったんだい?」

 

「おー、そうだそうだ! 実は黛を男と見込んで相談があってよぉ!」

 

 そう言うと山内は興奮しながら、おもむろに一通の手紙を取り出した。

 

「この前の試験の時に、俺が佐倉のこと狙ってるって話したろ?」

 

「あぁ、そういえば言っていたね」

 

 柚椰は以前、山内とした会話の内容を思い返した。

 山内の意中の相手である佐倉愛里。

 その彼女が唯一心を開いている相手である綾小路清隆。

 彼のことを羨ましいと、恨めしいと思った山内。

 柚椰はそんな山内に一つの光明を示した。

 しかし……

 

「この前の試験は残念だったね。君のいたグループは結果4。裏切り者の君は取り分無しになってしまった」

 

「そうなんだよなぁー……いや、イケたと思ったんだけどよぉ」

 

 山内は件の特別試験が結果3で終わると思い込んでいたのか、今回の結果に大層落胆している様子だ。

 しかしすぐに頭を切り替えたようでニヤニヤとした笑みを作る。

 

「でもさ! 佐倉を手に入れる作戦を新たに考えたわけよ。それがこれ」

 

 山内は手に持った手紙をちらつかせる。

 

「手紙……ということはラブレターかな?」

 

「その通り! 直接話すのが難しいなら手紙で俺の想いを伝えようってわけよ」

 

「なるほどね……ちょっとその手紙を読ませてもらってもいいかい?」

 

「勿論! 今日はそのために来たのさ」

 

 柚椰は山内から手紙を受け取り、中を開いた。

 

 

 

『拝啓、佐倉愛里様。僕は以前よりあなたのことが気になっていました。付き合ってください』

 

 

 

「うん、丁寧なのか簡潔なのか、よく分からないラブレターだね……」

 

 内容に対する素直な感想に山内は頭を抱えた。

 

「そうなんだよ。俺ラブレターなんて()()()()()()()()()()書いたことはねぇしさぁー。何書いていいか分かんねぇっつーか」

 

 山内のその言葉に嘘が混ざっていることなど柚椰は容易に読み取れたが、触れることはしない。

 今は彼の話をもっと引き出すことが何よりも重要だと知っているが故に。

 

「それで、どうして俺にこれを?」

 

「流石の俺もこのラブレターをそのまま出すのはイマイチだってのは分かるんだよ。だから黛にアドバイス貰いてぇなって」

 

「アドバイスか……」

 

「前に相談してた綾小路は佐倉とあんなだし? だったら黛かなって。っつーか黛って綾小路より頼りになりそうだし?」

 

 その発言が綾小路だけでなく柚椰にも失礼であることを山内は気づいているのだろうか。

 いや、気づいていればこんなにも自信満々な顔はしていないだろう。

 目的の相手以外のことには考えが及ばない、目がいかない。

 山内春樹という人間はとどのつまりそういった人間だ。

 しかし柚椰はそんな彼を、そんな彼だからこそ()()()()()のだ。

 

 

「そうか。俺も友人の恋路は応援したいと思っているからね。俺に出来ることなら協力させてもらうよ」

 

「サンキュー! 黛ならそう言ってくれると思ってたぜ」

 

 頼もしい協力相手が出来たことで山内はテンションが上がっているらしい。

 

「まずラブレターという作戦は良いと思うよ。会話のコミュニケーションが難しい以上、直接的なアプローチ以外の方法を取るのは正解だ」

 

「だよな。俺もそう思ったのよ」

 

「それで、肝心の内容だけど……いくつか手を加えた方がいいね」

 

「というと?」

 

「まず第一に、君の名前は()()()()()()()()

 

 柚椰の一つ目のアドバイスは山内にとって予想外だったようで仰天する。

 

「え、なんでだよ!? ラブレターなら送り主の名前は絶対いるだろ!」

 

「普通ならね。でも相手は佐倉だよ? それなら話は別だ」

 

「どういうことだよ?」

 

 わけが分からない様子の山内に柚椰は丁寧に解説を始める。

 

「佐倉は男子相手でも女子相手でも遠ざける子だ。彼女が男子の、それもクラスメイトからラブレターを貰ったとなったら……」

 

「……あ、もしかして」

 

「そう、今まで以上に警戒する。下手をすると君が佐倉に避けられてしまう可能性があるんだ」

 

「マジかよ!? で、でもよ、普通ラブレターなんて貰ったらちょっとは意識したりするもんじゃねぇの?」

 

「普通なら、だよ。普通なら自分を好いている相手が身近にいると分かれば、その相手を意識してしまうものだ。自然と目で追い、気にかけるようになってしまう。でも佐倉はその例には当てはまらない。自分を異性として見ている相手が近くにいると分かれば、相手を避けるどころか今まで以上に周囲と壁を作ってしまうかもしれないんだ」

 

「嘘だろ……マジ難攻不落すぎるって佐倉!」

 

 思っていた以上に佐倉が面倒な相手だと分かり、山内は項垂れる。

 しかし柚椰はそんな山内を見捨てず手を差し伸べる。

 

「だから今は君が佐倉を好きであるということは隠したほうがいいんだ。その上で距離を詰める方法を選ぶべきだね」

 

「え、ど、どういうことだよ?」

 

「そこで先のアドバイスだよ。ラブレターの差出人は不明という形にする。そうすれば相手が君だということはまず分からない。だから佐倉が君を避けるという可能性は潰せるんだ」

 

「そういうことか!」

 

「そして二つ目のアドバイス。これはもうやっていることだけど、手紙は手書きではなく印刷にしておく」

 

「まぁ俺も字下手だから印刷にしたんだけどよ。これってOKだったの?」

 

 山内が持ってきたラブレターはパソコンで作って印刷したものだったのだが、柚椰はこれを良い作戦だと言い切った。

 

「字の癖で差出人が特定される可能性があるからね。特に字が特徴的な人間だと授業のノートとかでバレてしまうんだ」

 

「へぇー、そういうもんか」

 

「相手が佐倉である以上、出来る限り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君個人を意識させるのは追々にした方が、結果的に良い方に転ぶかもしれないからね」

 

「なるほどな!」

 

 柚椰のアドバイスを山内は素直に受け入れている。

 

「そして文面の最後の部分。『僕と付き合ってくれたら毎月ポイントを全部差し出す覚悟です。貢ぎます!』だけど……これは削除した方が良いね。逆に君が思う佐倉の良いところをもっと書くべきだ」

 

「えー、でも可愛い子って貢がれるの好きって言うじゃん? ポイント全部差し出すってのも俺の覚悟っていうか熱意が伝わって良いかなって」

 

「ラブレターというのは俗物的な要素は極力省いた方が良いんだ。手紙にしたためるなら詩的な、もっと言えばちょっとクサいと思えるような要素の方が好ましい。ポイントという現物的な要素よりも、愛や恋といった非論理的な、非科学的なものをふんだんに盛り込んだほうが良いラブレターになると思うよ」

 

「そういうもん?」

 

「そういうものだよ。これは君が佐倉に宛てる最初のラブレターだろう? なら、付き合ったときに与えるものを書くよりも、()()()()()()()()()()()()()()()を素直に書いた方が利口だ」

 

「そっかー……って、最初の? え、ラブレターって一回じゃダメなん?」

 

 ラブレターを今後も送ることなど考えていなかった山内はキョトンとした顔で柚椰を見る。

 

「ただ想いをしたためた手紙を一通送っただけでは、人の心というものは靡かないんだ。特に佐倉は元グラビアアイドルだ。それこそ熱意あるファンレターだっていっぱい貰っていたはずだろうからね」

 

 そこで合点がいったのか山内は手をポンと叩く。

 

「あ、そういうことか! ただ一通送っただけじゃ今まで貰ったファンレターと同じだと思われちまうってことだろ?」

 

「そういうことだね。だから君のラブレターには一通に対する質も大事だけど、それと同じくらいに()()()()だってことなんだ」

 

「なるほどなー! 確かに本気のラブレターが何通も来たら流石に佐倉も信じてくれるだろうしな!」

 

 今までのアドバイスを頭に入れて山内はウンウンと頷いている。

 自身の言葉を真綿のように吸収していく山内を見て柚椰は微笑む。

 

「ほんとサンキューな黛! 俺マジで頑張って佐倉を落としてみせるよ!」

 

「俺はただアドバイスをしただけだよ。実行するのも、その果てに夢を掴むのも()だ」

 

「おう! じゃあさっそく部屋に戻って新しいラブレターを書くぜ!」

 

 そう言うと山内はテーブルに置かれたコーヒーをグイッと飲み干すと立ち上がり、意気揚々と部屋を後にしようとした。

 

「あ、またなんかあったら相談してもいいか? 今後もアドバイス貰いてぇし」

 

「勿論。俺でよければいつでも相談に乗るよ」

 

「へへっ、やっぱ持つべきものは友だよなー!」

 

 ヘラヘラと笑いながら山内は柚椰の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「ふふっ、本当に面白い男だね。君は」

 

 嵐が過ぎ去ったように静かになった部屋で柚椰はつぶやく。

 山内がこれから取る行動が、どんな結果を導き出すのか。

 導き出された結果が、どのようなものかを柚椰は知っている。

 そう、彼は()()()()()のだ。

 山内春樹のような男が何を思い、何をするのか。

 そしてそれが何を生み出すのか……

 

 

 

 

 

「同じようなことを説くのは好きではないんだが……まぁ、これもまた人間の面白いところなのかもしれないな」

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
半年間お待たせしてすいませんでした。
というわけで今回は夏休み中のショートストーリーということで山内君のお話です。

最初の相談相手が頼りない&恋敵!?

たまたま相談した相手が親身になってくれる

新しい作戦にも協力的な態度を取ってくれる

色々アドバイスをしてくれた

もう山内君にとって黛はこれ以上ない程の相談相手になっちゃいましたね。
アドバイスされた内容がアレなことに山内君は気づいているのでしょうか……

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