ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

75 / 77
幕間:その日、彼の者は先生と出会った。

 

 

 

 私がその少年に出会ったのは、まだ年が明けていないある冬の日だった。

 当時ある中学校に在籍していた少年に、一目会いたいと足を運んだことをついこの間のように感じる。

 彼に会いに行く時間を捻出するために、日夜仕事に明け暮れたことも記憶に新しい。

 いい歳をした大人が二回り以上も年下の、それも同性である男に対してそこまで関心を持つことは稀有に映るだろう。

 しかし、私が彼にそうさせるだけの関心を抱いたのには理由があった。

 

 

 事の発端は三ヶ月ほど前に起きた一つの事件だ。

 日本のとある中学校内で起きた()()()()()()()

 そのセンセーショナルな見出しは瞬く間に世間を騒がせた。

 僅か2時間の間に生徒33人と教員3人が死亡し、生徒教員を含む14人が重軽傷を負った。

 この数字だけでも恐ろしいことだが、これをやってのけた犯人が学校に在籍していた中学3年生の少年2人と1人の少女だったというのだからその衝撃は察するに容易いだろう。

 さらにその殺害手段も強烈だった。

 遺体は頭部が潰されているものから刃物などで腹部や胸部を抉られたもの、何かによって身体の3割を溶かされたもの、中にはボールペンやハサミで喉や眼球を貫かれていたものもあるという。

 断片的に語られる情報だけでもおぞましく、残酷な事件だろう。

 

 しかしこの事件は単なる凄惨な事件として片付けるにしてはあまりに複雑すぎた。

 

 まず犯行を行った生徒三名は皆、周囲からいじめと呼べる行為を受けていた。

 ある少年はクラスの中心的グループから習慣的に暴力を振るわれていた。

 ある少年は()()()教員から日常的に性的暴行を受けていた。

 ある少女は友人だったはずの同級生によって謂れもない罪を被せられていた。

 それだけでなく、三人を辱めるために彼らに性交を強要させたこともあったという。

 そんな非道なことをさせたのはクラスメイトだと思うだろうがそれは少し違う。

 なんと()()()()()()()()加担していたのだ。

 その場に居合わせていながら。教職者でありながら。

 日常的に周囲の人間から虐げられていた者達。

 その日常は彼らの怒りの発露によって、最悪の形で爆発した。

 彼らはクラスメイト全員と担任の教師、日常的に性的暴行を加えてきた学年主任、そして止めに入った体育教師を殺害した。

 それだけでなく、自分達が受けていた被害を知っていながら見て見ぬフリをしてきた者たち全てに決して浅くはない傷を負わせた。

 その凄惨な悲劇は、生徒からの通報によって駆けつけた警察の手によって三名が確保されたことで終息する。

 以上が事の一部始終だ。

 

 

 

 事件の詳細が明るみになるにつれ、世間の評価は大きく二つに割れた。

 曰く、「やったことが自分に返ってきただけの自業自得だ」。

 曰く、「それでも殺すのはやりすぎではないだろうか」。

 曰く、「いじめを黙認してきた周囲の人間も同罪だ」。

 曰く、「3人を助けてくれる人はいなかったのか」。

 正確には賛否が分かれてはいたが総じて言えるのは、大なり小なり被疑者の3人に同情する声がほとんどだったということだ。

 それほどまでにこの事件の内情が被害者側の劣悪さに彩られたものだったのだから。

 

 しかしマスコミはさらに深い闇へと切り込んでいった。

 結果、この学校からこれまでひた隠しにされてきた問題が多く出てきたのだ。

 取り上げられた問題だけでも次の通りだ。

 

 

 ・教員数名による女子生徒への淫行。

 ・女子生徒による不特定多数の男性との売春行為。

 ・生徒数名の違法薬物使用。

 ・学校長と教育委員会との癒着。

 

 

 火の無いところに煙は立たないとは言うが、叩けば埃が出るとは言うが、こうも次々と出てくるものかと呆れてしまったのは恐らく私だけではなかっただろう。

 司法に触れるレベルの問題はこれくらいだったが、その他にも他校の学生との暴力沙汰や、教頭と生徒の親との不貞行為など、週刊誌にとっては格好のネタになりうるであろう事実が出続けた。

 そんな問題だらけの学校であることが世間に知られてしまえばタダで済むはずもないだろう。

 ましてや本来是正を促すべき組織である教育委員会でさえ、学校長と癒着しており全く機能していなかったのだから。

 この中学校の問題は最終的に国会で議論されるまでに発展した。

 そして出された結論としては()()()()()()()()()()()というもの。

 一つの公立中学校が無くなるというのは在校生や周辺地域に大きな影響を与える。

 そのような決定は当然簡単に下されることはない。

 しかし教員を替え、生徒を入れ替えて学校を存続させるといった案が通るレベルはとうに超えていた。

 件の事件に関わっていた人間の数があまりに多く、そしてこれまでの隠蔽体質が露見してしまったのだから。

 最早切除すべき癌は一教員や一生徒だけに留まらない。

 元より近隣に公立の中学校が複数あったことや、どういうわけか今年に入ってから生徒が()()()()()()()()こともこの決定を後押しした。

 つまり国はこの学校の汚名を、汚濁を長い年月と労力をかけて浄化することよりも、跡形もなく速やかに消し去ることを選んだのだ。

 そうした方が容易であるが故に。

 私個人としては、この判断を否定しない。

 一教育者として、一国民として、一人の人間として、そうすることが妥当であると判断している。

 在校生はほぼ全て近隣にある他の中学校に特例として転学させられた。

 被害を受け入院していた生徒たちに対しても形式上の転学手続きが取られた。

 一連の問題に関与していなかった教職員は、希望者については来年度以降他の学校への配属措置が取られることが決まった。

 

 

 

 話を戻そう。

 私がこのことを聞いたとき、胸に湧いたのは虐げられていた三人の子供たちへの憐憫の感情だった。

 これほどまでに周囲から迫害されることがあるだろうか。

 本来守るべき大人たちに守られず、寧ろ一緒になって傷つけられることがあるだろうか。

 一教育者として、一人の大人として、彼らを傷つけた者達には怒りを禁じ得ない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 赤の他人である私が、彼らに何か言葉をかけてやることなど出来ないだろう。

 彼らの心に明かりを灯すことなど出来ないだろう。

 けれど、それでも私は彼らに会ってみたかった。

 彼らが周囲の人間によって壊されてしまったことは明らかだ。

 彼らの何かが決定的に変わってしまったことは明らかだ。

 

 では、人が人を壊すに値する()()()()()()()()とは何なのか。

 人が変貌と呼べるほどに変わってしまう決定的な要因とは何なのか。

 

 私は知りたかった。

 そう、単純に知りたかったのだ。

 

 言わば単なる好奇心というやつだ。

 これは決して清純な理由ではない。

 寧ろ一大人が子供に向ける感情としては不純且つ不道徳なものだろう。

 しかしそれでも、私は知りたかった。

 

 

 

 

 

 幸運にも3人全員と私は面会することが出来た。

 私の立場がそうさせたのか、或いは別の要因があったのかは分からない。

 しかし、その時の私にとってはまさに僥倖だった。

 私は彼ら一人一人と時間をかけて対話を試みた。

 実際に話してみてまず驚いたのは、彼らは皆私に対して敵意など微塵も向けることはなく、寧ろこちらの話に対して素直に耳を傾けてくれたのだ。

 事情が事情であるが故に、大人というものに対して嫌悪や憎悪といった感情を向けてもおかしくはなかったはずだ。

 私もある程度の覚悟をした上で面会に臨んでいた。

 だが結果として、そんな覚悟は不要であったため少々肩透かしを食らったのを覚えている。

 彼らに対話の意志があるならこれ幸いと私は聞きたかった事を一つ一つ尋ねていった。

 

 犯行はおよそ衝動的に行えるようなものではなかったため、計画的なものであることは明らかだった。

 ならばその計画は3人で立てたものだったのか。

 凶器は自分たちで用意したものだったのか。

 警察に既に聞かれていたであろう事柄に対して、彼らはつらつらと語ってくれた。

 恐らく何度も聞かれたことだったのだろう。彼らは言葉に詰まることはなく、テンプレートであるかのように答えていった。

 計画は3人がそれぞれ意見を出し合って練ったもので、凶器も各々が自宅にあったものや隣県まで足を運んで調達したもの、親の名前を使ってネットで注文したもので揃えたのだと彼らは答えた。

 実際に凶器のほとんどの出所は彼らの話と一致していることからこれは真実だと言えるだろう。

 つまり彼らは綿密な計画と準備を経て犯行に及んだのだ。

 彼らはそこまで追い詰められていたのか、或いは狂気に染まっていたのか。

 それを紐解くべく、私は最も気になっていた事柄を尋ねた。

 

 

「君たちが何故あのようなことをしようと思ったのか。実行に移すまでに至ったのか。勿論君たちが置かれていた境遇については既に知っているとも。だがそれはあくまで()()()()()()に過ぎないと私は見ている。だからこそ聞きたい。君たちに武器を取らせた決定的なスイッチとはなんだったのかな?」

 

 

 人が人を殺そうとするのには理由がある。

 彼らにとってそれが憎悪に該当することは直接言葉を交わさなくとも察せられるだろう。

 しかし、実際に手にかけるとなれば()()()()では起爆剤足りえない。

 虫や犬猫を殺すのとはわけが違う。

 人が人を、つまりは同族を殺すということに対して生物は本能的な忌避感を覚える。

 知性が発達した生命であればあるほどそれは顕著に表れるだろう。

 だからこそ、人は殺人という行為が最大の禁忌であることを無意識の内に知っているし、それを実行してしまった人間に対しては本能的に忌避感を、危機感を覚える。

 勿論衝動的に殺人を犯してしまうケースもあるだろう。

 うっかり、咄嗟にした行動が結果として人を死なせてしまうケースもあるだろう。

 しかしこと今回の事件には、この3人に対してはそれは当てはまらない。

 何故なら彼らは自らを虐げてきた全ての人間を手にかけることを前段階から計画していたのだから。

 なればこそ、問わなければならない。

 

 生物としての本能を振り切った──否、()()()()()のは何なのか。

 

 彼らは私の問いに対して意外そうに目を丸くし、どこか救われたように頬を綻ばせた。

 そして彼らはまるで物語を語り聞かせるかのように私に胸中を明かしてくれた。

 

 

「僕にそんなことを聞いてきた大人は貴方が初めてだ」

「警察は俺がされたことだの、凶器はどこで手に入れただのくだらないことばかり聞いてきた」

「あいつらは私を可哀想な子どものように見てくるばかりだった」

 

「不愉快だった」

「鬱陶しかった」

「何もわかっていない」

 

「僕は、僕たちは確かに辛かった」

「あぁそうさ、確かに何度死にてぇと思ったか分からねぇ」

「誰も私たちの事なんて見ていなかったくせに」

 

「あいつらにとって僕は人間じゃなかった」

「野郎に犯される屈辱なんざ誰も分からねぇだろうな」

「誰も私を助けようだなんて思わなかったくせに」

 

「僕はゴミのように扱われていた」

「俺は奴隷だった」

「私は玩具だった」

 

「だけど」

「けどな」

「けれど」

 

「僕はあいつらが憎くて殺したんじゃない」

「俺があの野郎共に復讐したくてこんなことをしたって?」

「私がただのやり返しであんなことをしたって思ってる?」

 

「それこそ思い上がりだ」

「そんなもんは勝手な同情だ」

「実に安易な思い込みね」

 

「僕はただ知ってほしかっただけだ」

「俺はただ理解しただけだ」

「私はただ見てほしかったの」

 

「僕の痛みを、僕の苦しみを、僕の嘆きを」

「俺が本当にやりたかったことを」

「今までオモチャのように扱われていたんだもの、当然でしょう?」

 

「あいつらにも知ってほしかったんだ」

「あいつらに味わってもらいたかったんだ」

「私はここにいる、私はこういう女だって分からせただけ」

 

「それが相互理解というものなんでしょう?」

「それが愛情表現ってやつだろ?」

「それが存在証明と言うのでしょう?」

 

 

 

 

「「「だって、"先生"がそう言ってた(もの/からな)」」」

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()

 決して狂ってなどいなかった。壊れてなどいなかった。

 いや、他の者は彼らのソレを狂気と捉えるかもしれない。

 しかし私はそれを否定する。断じて違うのだと認否する。

 何故なら彼らのソレは狂気と括るにはあまりにありふれていて、凡庸だった。

 そして淡く、儚く、清廉で、なにより尊いものだった。

 私がそう形容するほどに、彼らの表情はまるで新しい玩具を買ってもらった子どものように純粋で、あどけなかったのだ。

 まるで今まで虐げられていたことなど無かったかのように。

 否、虐げられてきた過去は事実として、彼らの根底には確かに存在しているのだろう。

 しかし彼らの表情は、溢れ出でている感情は穢れを知らない幼子のように澄んでいる。

 

 それはあまりにも大きすぎる矛盾だ。

 だがその矛盾に()()()()()()()()

 本当にそうであるかのように彼らの中で根差し、芽吹き、一輪の花の如く咲き誇っている。

 それは豹変なのか、あるいは彼らの防衛本能による退避であるのか。

 人によってその判断は分かれるだろう。

 しかし、私はそれを論ずることに意味を見出してはいなかった。

 何故ならこの時、私の中には()()()()()()()が生じていたからだ。

 

 彼らは皆各々が純粋な感情に突き動かされていた。

「相互理解」、「愛情表現」、「存在証明」。

 それは決して複雑な感情などではない。寧ろ至極シンプルかつ簡単な感情だ。

「分かり合いたい」、「愛を伝えたい」、「己を示したい」。

 彼らの感情を言葉に表すのならばこういうことなのだから。

 だがそれらの感情を持ったきっかけについて、彼らは共通してある人物の存在を示していた。

 彼らは皆、それらの感情の根源を教わったものだと言った。

 それを教えた者こそ、彼らが『()()』と呼んでいる人間だ。

 私はその『先生』なる人物について詳しく尋ねてみると、彼らはこれまた嬉しそうに語ってくれた。

 

 

 

「先生は凄い人だよ」

「俺を地獄から救ってくれた」

「先生は私にとって光なの」

 

「僕に生きる意味を教えてくれた」

「ただ優しい言葉をかけられたくらいじゃ、俺はあの人を尊敬なんてしなかったさ」

「日陰にいた私を照らしてくれた、唯一の人」

 

「学校の教師共は何もしてくれなかったけど、先生は違った」

「先生と話していると、自然と心が安らいだ」

「誰もがいないモノのように扱っていた私に、先生は手を差し伸べてくれた」

 

「周りの人間なんて信用できないと思ってた」

「全てが敵だと思ってた」

「誰も信用できないと思ってた」

 

「でも不思議だけど、先生にはなんでも話すことが出来た」

「けど先生は違うってのは本能で分かったんだ」

「けれど居たのよ。全てを打ち明けられる人が」

 

「先生は僕に沢山のことを教えてくれた」

「先生の話は難しくてよく分かんねぇことも多かったけど、面白れぇ話もしてくれたぜ」

「先生の目は他の誰でもない私だけを見つめてくれた」

 

「先生は本が好きでね、よく勧められたよ」

「タメ語でいいって言ってくれてたけどよ、俺は先生にそんな口は利けねぇな」

「先生に言葉をかけてもらえるだけで、見つめてもらえるだけで幸せだった」

 

「多分だけど先生はずっとあそこにいるんじゃないかな」

「慈悲深いっつーか愛情深い人だからな。俺にとっては親より大事な人だ」

「これからも私を見守ってくれているはずよ。ずっと、ね」

 

 

 彼らは『先生』との日常やその人柄について嬉しそうに語った。

 大切な思い出を語るように、最愛の人について語るように。

 話を聞けば聞くほど、私はその『先生』という人物に関心を持った。

 彼らは皆等しく心に傷を負い、地獄と言う言葉が生温いほどの環境にいたはずだ。

 しかし、その『先生』なる者は彼らに光を与えた。希望を抱かせた。

 それは誰にでも出来ることでは決してない。いや、寧ろ出来る者が存在することが奇跡と言っていい。

 『先生』という人間は彼らにとって救世主であり、まさに"先生"だったのだ。

 だからこそ知りたいのだ。

 

 

 その『先生』とは一体何者なのか。

 

 

 彼らの話から人物像を絞り込むことは可能だった。

 まず一人の少年が語った「学校の教師とは違った」という言葉。

 このことから『先生』は学校の教師を指すものではないことが分かる。

 続いて二人目の少年が語った「タメ語でもいいと言ってくれた」というのも重要なキーワードだ。

 これは恐らく『先生』が少年と()()()()()()()()()()()ことを表していると推測できる。

 大人が中学生に対してタメ口で話すことを許すことはごく僅かだがあり得るかもしれない。

 それは相手が器の大きい人物であるか、あるいは少年が他者に対して敬語を使うことを苦手としている場合かのどちらかだろう。

 しかし、この場合はどちらでもないと私は確信していた。

 

 何故ならば()()()()()からだ。

 

 彼らは皆同じ学校に通うクラスメイトだ。

 そんな彼らに接触できる人間は必然的に学校関係者に絞られる。

 教師、学校に出入りしている大人、生徒、保護者のいずれかだろう。

 そして彼ら三人のパーソナルデータを踏まえればそこからさらに選択肢は絞られる。

 彼らは三年生であり既に部活動は引退している。しかし現役時にも彼らの所属していた部活動はバラバラだった。

 加えて彼らは三人とも塾や学外のクラブチームに属していたという情報はない。

 つまり彼らの交友関係はあくまで学校内で完結しているものであり、その繋がりは限定的だということが伺える。

 

 そしてここに今までの情報を()()()()()

 彼らは日常的に周囲から虐げられていた。

 その相手はクラスメイト、担任教師、そして学年主任。

 この時点で彼らにとって味方となる人間は存在しなかった。

 つまり彼らから見て、クラス全員は敵だった。教師という存在は敵だった。

 であるならば、これらに属する存在は彼らの心を開かせることはまず不可能だったはずだ。

 次に彼らは自身がされてきたことを隠してきた。当然親にさえ打ち明けていなかった。

 つまり彼らは保護者に対しても心を開いたりはしなかったはずだ。

 親同士の情報網は馬鹿にできない。たとえ他所のクラスの生徒の親だろうと、いじめの事実を知ればいずれは彼らの親に情報が届いていたであろうことは想像に難くない。

 これらのことからまず教師、保護者、クラスメイトは候補から除外される。

 

 残る可能性は学校内に出入りできる大人か、クラスメイト以外の生徒だ。

 この時点で前者の可能性は正直に言ってほぼ無いと私は判断していた。

 通常公立の中学校に出入りできる保護者以外の大人は精々が部活動が招致した外部コーチか、あるいは用務員に属する者くらいだろう。

 そんな人間に彼らの心を開かせられるとは、彼らが心を開くとは思えない。

 

 ならば必然的に残るのはクラスメイト以外の生徒だ。

 この可能性を考慮した場合、考えられるのは次の二つだ。

 一つは一年生あるいは二年生の生徒、そしてもう一つは彼らの同期である三年生の生徒だ。

 だが先の少年たちの発言を振り返ると、前者である可能性は限りなくゼロだと言っていいだろう。

 何故なら『先生』なる人物はタメ口で話すことを許していた。

 これは後輩が先輩にする行為にしては些か違和感を感じざるを得ないだろう。

 もし仮に『先生』が彼らの後輩にあたる立場であった場合、あそこまで敬意を前面に押し出したような語り方をするだろうか。

 確かに中には年下とは思えないほどに達観し、人徳に溢れた賢い人間というのも存在するだろう。

 しかしその場合、『先生』がすべき行為は許すではなく()()ではないだろうか。

 彼らの語り口から件の『先生』が、自身に対して敬語を使われることを当然と思うような傲岸不遜な人物ということはないだろう。

 であるならば猶更、少年が『先生』への言葉遣いに対して()()()と解釈していることが不可解だ。

 この不可解を解消する上で、後輩であるという可能性の排除は当然の帰結と言えるだろう。

 こうして考察していった結果、私は彼らが慕う『先生』の正体を絞り込むことが出来た。

 

 

 

 

 

『先生』の正体とは、彼らと同じ学校に通う()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

 そこから先、より更なる絞り込みは少々難航した。

 まず件の中学校において、事件発生当時在籍していた三年生は134人の4クラス。

 そこから少年たちが在籍していたクラスの36人を引いた残りは98人。

 この中で、事件によって重軽傷を負った者の中にいた三年生12人は『先生』ではないことは明らかだった。

 少年たちの『先生』に向ける敬愛は本物だ。

 たとえこちらを攪乱させるためだったとしても、彼らが『先生』に危害を加えるとは思えない。

 となれば残る候補者は86人3クラスに渡る。

 ここからの絞り込みは困難を極めた。

 仕事の合間に一人、また一人と候補者に対して選別を行うこと二週間。

 暗礁に乗り上げたかのように見えたが、面会の際の少年たちの発言を思い出したことで光明を見出した。

 

 

 1人の少年は『先生はずっと()()()にいる』と言った。

 1人の少年は『慈悲深く、愛情深い人』と言った。

 1人の少女は『ずっと見守ってくれているはずだ』と言った。

 

 

 それらは彼らの一方的な憧憬の念の発露だと、妄想であると判断することは容易だ。

 彼らが妄信的に『先生』を慕っているが故に出た言葉だと解釈することは簡単だ。

 しかし私は彼らの言葉を敢えて判断材料に加えることにした。

 彼らのその言葉によって新たに加えられる条件はただ一つ。

 

 

 事件発生後に他所の中学校への転入手続きを()()()()()()生徒。

 

 

 取られていないなどということはあり得ないだろう。

 国が一律で全在校生に対して転入への対応を取っているはずなのだから。

 であれば当然、取られていないのではなく取っていない。

 否、正確には国からのその対応を()()()()()()()ということ。

 私にとって、この推測は驚くほどしっくりときたのだ。

 そこから先は早かった。

 何故ならそんな条件に当てはまる生徒など多くはない。

 否──

 

 

 

 

 

──『先生』以外に()()()()()()()()()など存在しないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年の末、吹き抜ける風の冷たさが肌をざわつかせる冬の日のことだ。

 ずっと探していた『先生』の正体を知った私は、その日をずっと待ち望んでいた。

 その日は私のこれまでの人生で、間違いなく最も高揚し、恐怖した一日だった。

 まるで若返ったかのように心が躍っていたことを鮮明に覚えている。

 これから『先生』に会えるのだと、ようやく相見えることが叶うのだと晴れやかな気持ちで朝を迎えた。

 間違っても失礼のないよう、いつも以上に身なりを気にしたのは些か気恥ずかしいことだったかもしれない。

 車を出させ、到着した場所へ降り立ったときの緊張は思わず背筋を伸ばすほどだった。

 はやる気持ちを抑え、私は門を潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 その日、私は『先生』との邂逅を求めて聖ヶ丘第三中学校へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。