ようこそ人間讃歌の楽園へ 作:gigantus
「ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ。ご案内いたします」
「ありがとうございます」
敷地に入った私を一人の教員が出迎えた。
パンツスーツに身を包み、長い髪を後ろで括った若い女性。
その出で立ちはまさに「仕事の出来る女」を体現しているようだった。
女性は二、三歩ほど歩いたが、ふと足を止めてこちらを振り返る。
「申し遅れました。私、市原と申します。本校への処分が執行される年度末までの期間、学校長代理を務めさせていただいております」
自身の名を名乗り、背筋を伸ばしてこちらに一礼するその姿は堂々としており、品のある様を感じさせる。
「これはどうもご丁寧に。私も名乗った方がよろしいですかな?」
「いえ、既にお名前は伺っておりますので」
挨拶もそこそこに、市原と名乗ったその女性は私を校内へと案内すべく足を進める。
道中会話が何もないのは憚られた私は何とは無しに話を振った。
「ここには貴女の他に何名ほど教員が?」
「例の一件以降、処分を免れた教員のほぼ全てが来年度の再配属までの間、休職か自宅待機を選んでいる状態です。そして現在ここで勤務している教員は私を含めて三名です」
「そうですか……臨時とはいえ、学校長の職務はお忙しいのでは?」
「既に職務という職務が存在しているような職場ではありませんので。あくまで学校という体を取り繕うだけの役職ですよ」
歯に衣着せぬ物言いをする女性は投げやりになっているわけではなく、ただ事実をありのままに述べているように見える。
「元々は私も再配属まで休職させていただくつもりだったのですが……学校長として学校に残っていて欲しいと申し出がありまして」
「教育委員会からですか?」
「まさか。もしそうであったら断っていましたよ」
「では一体……」
尋ねた私だったが、同時に頭の中では
教師という立場上、ある種絶対とも言える教育委員会の意向を躊躇することなく拒むくらいには否定していた今の役職。
しかし彼女は現にこうして学校長代理という職務をこなしている。
彼女は暗に言っているのだ。
教育委員会などというものよりも
彼女にそう言わせるだけの存在とは一体何か。
答えは明白だ。
こと
「……
「ふふっ、そうです。彼に言われたのですよ。自分の卒業を見届けてほしい、とね」
頬を僅かに緩めて微笑むその姿は恐らく彼女という人間を知っている人間にとってはとても珍しいものなのではないだろうか。
初対面の私から見ても、彼女は凛としているという表現がまさに相応しいほど引き締まった印象があった。
その彼女が柔らかく誰が見ても嬉しそうに微笑む姿は、そうさせるに値する事象の大きさをこれでもかと感じさせていた。
私と彼女は上の階への階段を上っていく。
「まさか他の教員も、ですか?」
「ええ。ここにいる者は皆、彼に
「つまり、こう言っては失礼ですが……ただ居るだけだと?」
「そう捉えていただいて構いません。やることと言えば教育委員会への報告と、彼との面談を定期的に行うくらいでしょうか」
「面談、ですか」
「形だけのものですよ。報告書を上げるためには面談を行っている、という事実が必要なので。それに、面談の内容も彼の話を聞くというより寧ろこちらの話を聞いてもらうことの方が多いですから」
「市原先生の話を、ですか?」
私が尋ねると彼女は先ほどのような微笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。彼にはよく話し相手になってもらっていたのですよ。それこそ、あの一件よりもずっと前から。さて──」
階段を上り切ったところで彼女は足を止めた。
辿り着いたのは校舎の三階。廊下を見渡すと各教室のドアの上に3-1、3-2といったプレートが見える。ここは三年生の教室が並ぶ階のようだ。
「彼がいるのはここから先へ行った突き当りにある3-4の教室です。案内は必要ないかと」
「……なるほど。案内して頂いてありがとうございます」
どうして教室の前までではなく、階段を上ったところまでで案内を止めたのか。
その疑問は残っていたが、別段今ここで問うことでもないと考えた私は、ここまで案内をしてくれた彼女に礼を述べた。
「いえ、お気になさらず。彼との出会いが、貴方にとって
そう言い残して、市原は階段を下りて行く。どうやら本当に教室までついてくることは無いようだ。
何か理由があるのか、それは分からなかった。
私は促された教室までの道のりを一歩、また一歩と踏みしめるように歩き出す。
「(もし、私の推測が正しいものだったとしたら……)」
歩きながら私は思考していた。
今日この日、ここに来るまでの間にずっと頭の中で考えていた、ある一つの可能性。
件の一件の被疑者である3人の少年少女と深く関わっている『先生』なる存在。
その正体がこの先に待っている一人の男子生徒であること。
それは最早疑いのないことであり、今更否定する道理もないことは分かっていた。
重要なのはその先だ。
『先生』は3人に光を齎した。これは間違いない。
彼らの表情は絶望に濡れてなどおらず、寧ろ天啓を得たと言わんばかりに晴れやかだったのだから。
あのような凄惨な事件を引き起こしたにも関わらず、彼らはその行いを罪深いことだと思っていなかった。
たとえ自業自得であっても、自身が今まで酷い目に遭ってきていても、それでも人を殺めるという行為にはほんの僅かでも罪悪感や後悔の念を抱くはずなのだ。
勿論、世の中にはそのような感情を微塵も抱かずに殺戮を繰り返す残虐な人間も存在する。
しかしその例と彼らでは前提が異なる以上、彼らがその例に当てはまることはない。
生まれながらに狂っていたのではない、それを自覚させられたわけでもない。
彼らは本当に新たな感情を芽生えさせ、その感情の行く先が事件の被害者達であっただけのことだったのだ。
その感情を目覚めさせるきっかけを与えた人物こそが『先生』。
目的の教室に辿り着き、扉の前で足を止める。
扉を開けたその先に、私が会いたいと望んでいた存在が待っている。
彼自身にアポイントを取っていたわけではないため、厳密には待ってはいないのだがそれは些細な問題だろう。
大きく深呼吸をして、私は扉を横へスライドさせ中へ入った。
3人を絶望から救い、生きる意味を与えた『先生』という救世主。
だがこのとき私は、その『先生』が彼らに行ったことの本質について半信半疑ではあるが至っていた──
──『先生』は救世主であるが、その名の通り
扉を開けたその先に広がっていた光景は、教室と呼ぶには少々状況が異なっていた。
まず普通の教室にズラッと並んでいるはずの机と椅子は一つもない。
あるのは長机が二つとパイプ椅子が二つだけ。
恐らく面談の際に使用しているであろうそれは向かい合わせになるように置かれていた。
そしてそれらとは別に、窓際に置かれていた一脚の椅子。
それに腰掛け、本を読んでいる一人の少年がいた。
彼こそ私がずっと会いたかった、
この数か月の間焦がれていた、ただ一人の男であることは明白だった。
「黛柚椰君、だよね?」
「おや、来客とは珍しいですね。どちら様ですか?」
私が声をかけると少年はやや驚いたような、そして不思議そうな表情を浮かべながら本を閉じ、私に何者かを尋ねる。
その口調は柔らかく、コミュニケーションに長けていることが容易に窺えた。
彼が放つ雰囲気と表情はこちらを警戒する素振りなど微塵もなく、寧ろこちらを歓迎するかのような温かさを感じさせた。
それが彼の素の姿なのか、あるいはそうであろうと心掛けているからなのかは分からない。
しかしいずれにしても好意的であるのならそれに越したことは無いと、私は彼との対話を試みた。
「これはすまない、不躾だったね。私は、そうだな……ある高校で理事長をしている者だ」
私がそう言うと、彼はどこか嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか。それで、その理事長さんが俺になにか?」
「君の噂を小耳に挟んでね。是非一度会ってみたかったんだ」
その言葉に彼は首をかしげる。
「噂、ですか……良い噂であることを願いますが」
「君が例の事件の後、他所の学校に移ることを選ばずこの学校に在学することを選んだ唯一の生徒だということを聞いてね。どんな子か気になってしまったんだ」
「あぁ、そのことですか。別に深い理由があったわけではありませんよ。ここは家から近いですし、市原先生……あ、今は校長先生ですね。彼女にはよくお世話になっていたので、彼女の下で卒業を迎えたかったのですよ」
彼はつらつらと言葉を述べた。
自分は今の学校長に恩があり、だからこそこの学校での卒業を望んだだけのことだと。
「ここへ案内してくれたのはその市原先生でね。彼女も君のことを話してくれたよ。なんでも、彼女に学校長代理を勧めたのは君だったとか」
「おや、これはお恥ずかしい。そうですね、確かにお願いをしたことはありますよ。俺も全く知らない先生や他所から来た先生から卒業証書を貰うよりは、よく話すことがあった市原先生に貰いたいと思っただけなんです。それに市原先生ってほら……美人じゃないですか」
「ふふっ、そうか。じゃあ君は美人の先生に卒業証書を貰いたかったからそうした、と」
「市原先生には言わないでもらえませんか? その、恥ずかしいので……」
頬を僅かに紅潮させて目を背けながら言うその姿は、まさに思春期の男の子といった感じだった。
俗物的な理由で一人の教員に学校長になることを頼んだということが本人に知られるのは恥ずかしいのだろう。
ここまでの会話において不自然なことは何一つない。
彼がこの学校に在学し続けることを選んだ理由も、件の学校長代理に声をかけた理由も矛盾する点は存在しない。
恐らくこの話を聞いた誰しもが、彼のことをただの思春期に成りたての少年だと解釈するだろう。
しかし、ことこの場に限っては、そしてこと私に関してはその限りではなかった。
私は彼が持つ
彼は自身の発する言葉が、その表情や仕草が、相手にどのような印象を抱かせるのかを熟知している。
知っているが故に、その力の絶大さに気づいているのだ。
会話というものは、やり方ひとつで相手に対して好印象や悪印象を抱かせることが出来る。
つまり相手に好感を抱かせることも、詰まらない人間だと失望させることも容易なのだ。
そして彼はそれを意図的に行っているのだ。
気づいてしまったが故に私は確信する──
──彼こそが
「君は会話の持つ力を……いや、正確には相手の
私は核心に触れた。
彼が持つ力の本質を、彼が持つその力の恐ろしさについて。
同時にこの先の局面を頭に思い浮かべていた。
ここから先は鬼が出るか蛇が出るか。
上手くいけば私にとっては僥倖。だがもし誤れば……
恐らく私は目の前の少年によって
「ふふっ、その口ぶりですと貴方は俺が何をしてきたか知っているようですね」
核心に触れた私に対しても尚、彼は微笑みを浮かべていた。
それは虚勢などではなく、恐らく本当に然したる問題ではないのだということだろう。
彼の反応に私は僅かに胸を撫で下ろす。
もしここで敵意を向けられれば、警戒に値する存在なのだと判断されれば、たとえ客人である私であろうと危機的状況に晒されていたであろうことは想像に難くない。
「あぁ、知っているとも……いや、告白しよう。君に直接会うまではあくまで推測だった。恐らくそういうことなのだろうという推察でしかなかったのだが……こうして相対して確信に変わった、といったところだ」
私は語った。
事件の後、被疑者の少年たちに面会を求めたこと。
彼らから犯行に至った理由を、その本質を聞いたこと。
その本質を説いたものが『先生』なる人物であったこと。
自分が『先生』を探すためにここ一ヶ月近くを費やしたこと。
そして今日この日、こうして会いに来たということを私は全て彼に語った。
彼は時折頷きながら、素直にこちらの話を聞いてくれていた。
その態度は、まるで推理小説の考察を聞いているかのように映る。
「君が『先生』なんだろう? 彼らを絶望から救い、光を齎した」
「……これはまた何とも、物好きな客人が来たものですね」
確信を持って出した私の解答を聞いた彼はどこか可笑しそうに微笑んでいた。
私が言ったことの意味を彼が理解していないはずがない。
彼のことを先生だと言うということは、事件の被疑者たちと関係があったことを言い当てていることになる。
つまり事件に
にも関わらず、彼は全くと言っていいほど動じていなかった。
寧ろどこか愉快そうに、嬉しそうにしているようにさえ感じられる。
「その解へ至るためのプロセス自体は実に単純だったはずです。彼らから『先生』という単語さえ引き出すことが出来れば、俺へと辿り着くことはそう難しくはない。この学校に残っている在校生が俺一人である以上、『先生』が俺であることは明白だ。しかし、この問題に
「私も彼らが置かれていた境遇を知った時は同情し、彼らを酷い目に遭わせていた者達に対して怒りもした。そして彼らが例の事件を起こしたという結果を見れば、一連の出来事はまさに因果応報。彼らの怒りの発露であることは簡単に分かることだ。警察もメディアもそれが事実であり真実であると認識している。現に私も最初はそう思っていたんだ。だからこそ、事件を起こすに至った決定的なスイッチがなんだったのか知りたかった。彼らに面会を求めたのはそのためだったんだ」
「貴方は聡い方のようですね。人が変わるためには劇的な事象が不可欠であることを、一つの分岐点が行く末を変えるということを理解している」
「その段階ではあくまで推測だったがね。でも、彼らと話しているうちに私の推測は徐々に真実味を帯び始めた。酷い虐めに遭っていたからというのは、あくまで私のような第三者が勝手に定義づけた外付けの理由でしかないのだと。それとは異なる全く別の要因によって、彼らは変わったのだという確信を得た」
「故に尋ねた。その要因とは何だったのかを、ですか?」
彼の言葉に私は頷く。
「彼らはどこか救われたように語ってくれた。私がそれを聞いたことは彼らにとって意外な事柄であり、同時に安堵した事柄であったのかもしれない。彼らは自身が置かれていた境遇と周囲に対する反逆で事を企てたわけではないと語ってくれた。その本質は『相互理解』、『愛情表現』、『存在証明』にあると。そしてそれを『先生』から……つまり君から教わったのだ、とね」
「なるほど……彼らがそんなことを……」
彼はどこか感慨深そうに私の言葉を噛み締めていた。
「彼らの言葉や表情に嘘はなかった。だからこそ人間が持ちうる本能と照らし合わせると大きな矛盾が生じる。しかしそれは矛盾であって、同時に綻びの無い事実でもあった。故に、彼らにその感情を教えた『先生』という存在に強い興味を持ったんだ。そして彼らから『先生』のことについて聞き、その正体が君であることを突き止めた私は、今日こうして会いに来たというわけだ」
「そこですよ。俺が貴方を
少年はそれこそが最も重要な点なのだと主張する。
「例の事件の犯人である彼らと深く関わっており、同時に彼らに何かを説いた者が存在した。そしてそれが彼らと同じ学校の同級生であることを突き止めた。この時点で貴方には二つの選択肢が存在していたはずです。一つは俺を重要参考人になりうる人間だと警察ないしはマスコミにリークする。そして二つ目はこうして直接会い、例の事件との関係を、犯人である彼らを間接的に犯行に及ばせた者であると問い詰める。本来であればこの二つしか選択肢は存在しなかったはず。にも関わらず、貴方はどちらも選ばず全く別の選択肢を選んだ。尤も、先の二つの選択肢に関しては、選び取ったところで
「ああ。私もそれは理解しているよ。だからこそ私は先の選択肢を選ばなかった。私は君を事件の関係者だと言いふらすつもりも、彼らを唆した黒幕だと君を問い詰めるつもりもないんだ」
「そう、貴方は俺を詰問するためにここへ来たのではない。寧ろ、こうして言葉を交わすことにこそ意味を見出している。違いますか?」
「その通りだよ。私にとってこうして君と直接会い、言葉を交わすことこそ最も望んでいた事柄なんだ。私はね、黛君──」
「──君のことを心底敬愛しているんだ」
そう、これこそ私の嘘偽りのない
私は彼を敬愛している。
彼は苦悩や苦痛、涙と絶望に彩られた日常の中にいた少年たちを救った。
彼らに感情を教え、生きる理由を与えた。
もし少年らが彼と出会わなければ、恐らく自ら命を絶っていただろう。
そうあっても可笑しくないほどの環境にいたのだから。
だが結果として、少年たちは今も生きている。
やったことは司法の下においては決して許されることではないが、彼らは生きているのだ。
それは紛れもなく、目の前の少年が成した偉業に他ならない。
少年たちが人を傷つけ、殺めたのは揺るがざる事実だ。
しかしそれはあくまで
現に目の前の少年は彼らに人を殺めろなどと説いたことはなく、ましてや今までされたことをやり返せなどと説いたこともないのだ。
あくまで彼らの抱く感情に名前を付け、その感情を肯定していただけなのだから。
その在り方はとても中学生の子供とは思えないほどに達観している。
私には彼がとても子供のようには見えなかった。
同時に私は彼の中に眠る
「君には教育者としての資質があるように見える。それは人を教え導く生き方……いや、この場合は
「……どうやら貴方は俺の想定を超えていたようですね」
彼の表情はそれまで浮かべていた微笑みから、さらに深い笑みへと変わっていた。
私は彼のその反応で自身の出した答えが正解であったことを察する。
「私が思うに、君は他者に対して何か大きな期待を寄せているように見える。その者が苦難を乗り越え、人として成長することを期待している。一体どうしてだい?」
「彼らを愛しているからですよ」
彼はそう切り出し、自身の胸の内を明かしてくれた。
「人は皆等しく、成長する可能性を有しています。たとえどのような悲劇に見舞われようと、折れず奮起し立ち上がる。あるいはまた別のアプローチで以って状況を打破する。俺はそれを期待して後押しをしているんです。人が困難や恐怖に打ち勝つ姿。悲劇に見舞われようと前を向く姿。それは興味深く、美しく、そして素晴らしい。そうは思いませんか?」
「なるほど。つまり君は人を成長させてみたい。というのだね?」
「端的に言えばそうですね」
それだけ聞ければ十分だった。
彼は己の力の使い方を理解している。その力の大きさを、他者へ齎す影響の大きさを。
大きな力を持っていて且つその振るい方を知っている人間は貴重だ。
──だからこそ私は
「そんな君に提案があるんだが、いいかな?」
「提案、ですか。それは一体どんなものですか?」
「君に、私の学校の生徒になってほしい。君のような生徒が私は欲しいんだ」
「ほう……貴方がわざわざこうして出向いた本当の理由はそれですか」
合点がいったように彼は顎に手を当てた。
「私の学校は全国から優秀な生徒が集まる特殊な学校だ。それは勉学やスポーツだけではなく、協調性や知力、判断力なども評価される。何か光るものを備えている者だけが門を潜ることが出来るんだ。つまり、君が求める人の輝き。それを持っている可能性が高い生徒ばかりが集まる」
「……なるほど。それは面白いですね。詳しく聞かせてもらえませんか?」
彼の興味を惹くことに成功したと確信した私は、駄目押すようにある一つの情報を明かした。
「今度入学する生徒たちの中に、私が知りうる中で最も
「一の経験は百の知識に勝る。知恵とは知識だけで養うことは出来ず、経験を加えることで養われるんです。もし仮に、その少年がこれから経験を積み成長するのだとしたらそれは……なるほど。つまり貴方は、その少年と俺がどのような
「引き受けてくれるかな? これは君にとっても利のある話だと思うんだ」
「……いいでしょう。その話、受けさせてもらいます」
彼から了承の意をもぎ取ったと理解した私は歓喜した。
もし私の想定が正しければ、彼とあの少年は同級生としてあの学校へ入学することになる。
それは想像するだけで教育者としての心が躍るほどの事象だ。
来年度の新入生が、現段階でも粒揃いであることは分かっていた。
私の愛娘も同じように一年生として通うことが既に決まっている。
ベクトルの異なる才能を持った者達がしのぎを削る、まさに実力至上主義の教室。
そこにまた一石、それも私が知りうる限り最も大きな一石を投じることに成功したのだ。
これで心が躍らないわけがない。
「そうか! では、資料を後日ここに送らせてもらうよ。私は坂柳という者だ」
「坂柳さん、ですか。こちらこそよろしくお願いします」
それが私と黛柚椰君との出会いだった。
あとがきです。
前回と今回の幕間は入学前の坂柳理事長と黛君の話でした。
次回から体育祭編になります。よろしくどうぞ