ようこそ人間讃歌の楽園へ   作:gigantus

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彼らは希望へ向けて結託する。

 

 

 

 5月1日、今日も学校開始を告げる始業のチャイムが鳴った。

 それから程なくして担任である茶柱先生がポスターの筒を手に持って教室に入って来る。

 先生の顔はいつになく険しい。

 

「せんせーどうしたんすかぁ? ひょっとして生理でも止まりましたぁ?」

 

 池が先生の様子を見て心底デリカシーの無い発言をかました。

 その発言から、女子たちは汚物を見るような目で池を睨んだ。

 

「これよりホームルームを始める。が、その前に何か質問はあるか? 気になることがあるのなら今のうちに聞いておくといい」

 

 池のセクハラ発言を一切無視して先生はそんなことを言った。

 その口ぶりは、生徒から質問があることを確信しているかのようだ。

 実際その通り、数人の生徒がすぐさま手を上げた。

 

「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてないんですけど。毎月1日に支給されるんじゃなかったんですか? おかげで今朝ジュース買えなくて焦りましたよ」

 

 本堂という生徒が今朝の出来事からそんな質問をした。

 彼の言う通り今日は5月の月初め、ポイントが支給される日なのだ。

 にも関わらず、彼が今朝端末を確認したところポイントが振り込まれていなかったようだ。

 

「本堂、前に説明した通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月も問題なく振り込まれたことを学校側は確認している」

 

「えっ……でも、振り込まれてなかった、よな?」

 

 本道は周りに居るクラスメイトに同意を求めた。

 彼の問いかけに山内や他の男子や女子も頷いている。

 ポイントは振り込まれていない。

 にも関わらず先生は振り込まれたと言っている。

 一体どういうことだと生徒たちは困惑した。

 

「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな」

 

 恐ろしく冷たい声で茶柱先生はそう言った。

 

「愚か、っすか……?」

 

 何を言われたのか分かっていないのか本堂は思わず聞き返す。

 

「座れ本堂、二度は言わんぞ」

 

「さ、佐枝ちゃん先生?」

 

 茶柱先生の底冷えするような声にようやく何かがおかしいと気づいたのか、本堂はどもりながらも席に着いた。

 

「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけ忘れられた、などという可能性も無い。わかったか?」

 

「い、いや、分かったかって言われても、なぁ? 実際振り込まれてないわけだし……」

 

 それでも納得がいかないと本堂は不満気な様子だ。

 他の生徒たちも本堂と同じ気持ちなのか、皆不満そうな表情を見せている。

 

「ははは、なるほど、そういうことだねティーチャー? 理解できたよ、この謎解きがね」

 

 高円寺は何かに気づいたのかそう言って笑った。

 そして机に足を乗せ、偉そうな態度で本堂を指差した。

 

「簡単なことさ、私たちDクラスには1ポイントたりとも支給されなかった。つまりはそういうことだよ」

 

「はぁ? なんでだよ。毎月10万ポイント振り込まれるって……」

 

「私はそう聞いた覚えはないがね。そうだろう?」

 

 高円寺はニヤニヤと笑いながら茶柱先生にも指先を向けた。

 

 

「態度には問題ありだが、高円寺の言う通りだ。全く……これだけヒントをやって自分で気づいたのが数人とは嘆かわしいな。その上、この中で早いうちから気づいていたのは()()()()()だったぞ」

 

 

 

「は……?」

 

「え……?」

 

「黛、君……?」

 

 茶柱先生の発言で、クラス中の視線が柚椰一人に向けられた。

 その視線に折れたのか、柚椰は深くため息をつくと茶柱先生に尋ねた。

 

「星之宮先生に聞いたんですか?」

 

「聞かずとも分かる。入学初日の、それも午後に入ってすぐに職員室に来た1年はお前だけだった。加えて担任である私ではなくBクラス担任の星之宮をわざわざ指名した。その時点で確信したよ。こいつはこの学校のシステムに気づいた、とな」

 

 茶柱先生はニヤリと笑った。

 

「はぁ……そうですね。確かに俺は初日の説明で、先生が毎月支払われるポイントが10万固定だとは一言も言っていないことに気づきました。そして生徒を実力で測るという発言から、その実力に応じてポイントが変化するのではないかと考えた。生徒ないしはクラスの実力、それはテストの成績や授業態度で判断される」

 

 降参と言わんばかりに柚椰は自分が入学初日に立てた仮説を淡々と話していく。

 周りで聞いていた生徒は言葉を失っているようで誰も言葉を発さない。

 

「黛の言う通りだ。このクラスは随分とやってくれたよ。遅刻欠席、合わせて98回。授業中に私語や携帯を触った回数391回。この学校ではクラス全体の成績がポイントに反映される。結果、お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイントを全て吐き出した。つまりお前たちは今回ポイントを与える価値無し、0という評価を受けただけのことだ」

 

 茶柱先生は呆れながら、機械的に状況を説明した。

 

「茶柱先生、僕らはそんな話、説明を受けた覚えはありません……」

 

 流石に理不尽だと思ったのか平田がそんなことを言った。

 彼に同調するように他の生徒も頷く。

 

「なんだ、お前らは説明されなければ理解できないのか」

 

「当たり前です。振り込まれるポイントが減るなんて聞かされてませんでした。説明さえしてもらえれば、皆遅刻や私語なんてしなかったはずです」

 

「それは不思議な話だな平田。遅刻や授業中に私語をしないことは当たり前のことだ。先生の話はちゃんと聞きましょうと小学校、中学校で教わらなかったのかね?」

 

「それは……」

 

「身に覚えがあるだろう。そう、お前たちは嫌というほど聞かされてきたはずだ。そのお前らが、言うに事欠いて説明されなかったから納得できない? 通らんよ、そんな理屈は。当たり前のことを当たり前にこなしていれば、少なくともこの結果にはならなかった。全てお前たちの撒いた種、自己責任だよ」

 

 ぐうの音も出ない正論に平田を含め生徒たちは黙るしかなかった。

 

「高校に上がったばかりのお前らが、何の制約も無く毎月10万も貰えると本気で思っていたのか? 日本政府が作った優秀な人材教育を目的とするこの学校で? ありえないだろう、常識的に考えれば分かるはずだ。なぜ疑問を疑問のまま放置しておくのか理解に苦しむよ」

 

「ではせめて、せめてポイント増減の詳細を教えてください……」

 

 正論の嵐の中、平田はせめてもの疑問に答えてもらうべく尋ねた。

 

「それは出来ない相談だ。査定内容は学校の決まりで教えられないことになっている。だが、私も鬼ではない。一つ良いことを教えてやろう」

 

 そう言うと茶柱先生はクラスを見渡した。

 

「遅刻や私語を改め、仮に今月マイナスを0に抑えたとしてもポイントは減らないが増えることはない。先も言ったが、そんなことはやって当たり前のことだからだ。つまり、来月もお前たちに振り込まれるポイントは0だ。だが裏を返せば、失うものがなにもないということだ。これからはいくらでも遅刻や私語はし放題だ。良かったな」

 

 良いことと言う名の最大限の皮肉に生徒たちは暗くなった。

 これから態度を改めようとしていた生徒もいただろうが、その気も霧消した。

 要はこれから真面目になったとしてもポイントが増えることはないのだから。

 そうしているうちにチャイムが鳴り、ホームルームの時間が終わりを告げた。

 

「無駄話が過ぎたな。いい加減本題に移ろう」

 

 茶柱先生は先ほど持ってきていたポスターの筒を開き、黒板に貼り付けた。

 生徒たちは呆然としながら貼られたその紙に視線を向ける。

 

 

「これは……各クラスの成績、ということ?」

 

 張られている内容から堀北はそう解釈したようだ。

 紙にはAクラスからDクラスの名前とその横に最大4桁の数字が表示されていた。

 この数字こそがクラスポイント。

 支給されるポイントに関係するものであることは想像に難くない。

 恐らくこのポイントに100を掛けた数が支給されるのだろう。

 しかし、驚くべきは各クラスのポイント総数の順位だ。

 Aクラスが940、Bクラスが650、Cクラスが490、そしてDクラスが0だ。

 そう、AからDと綺麗に並んでいる。

 

「ねぇ、おかしいと思わない?」

 

「あぁ……ちょっと綺麗過ぎるな」

 

 表の違和感に気づいたのか堀北と綾小路は小声でやりとりをする。

 

「お前たちはこの1ヵ月好き勝手に生活してきた。学校側はそれを否定するつもりはない。遅刻も私語も、全て最後は自分たちにツケが回ってくるだけのことだ。ポイントの使用に関してもそうだ。どう使おうがお前たちの自由。現にその点に関して制限は何も設けていなかっただろう?」

 

「いやいや、こんなのあんまりですよ! どうやって生活しろっていうんですか!」

 

 ポイントが一切支給されないという現実に耐えかねてか池がそう叫んだ。

 山内もこれからの生活に絶望しかないのか阿鼻叫喚といった様子だ。

 

 

「見て分かる通り、他の全クラスはポイントを振り込まれている。それも1ヵ月生活するには十分すぎるほどのポイントがな。言っておくが不正は一切ないぞ。全てのクラスが同じルールの下で審査されている。にも関わらず、ポイントでここまでの差がついた。それが現実だ」

 

「何故……こんなにもクラス間で差があるんですか?」

 

 平田も表の違和感に気づいたのかそんなことを言った。

 

「段々理解してきたか? お前たちが何故Dクラスに選ばれたのか」

 

「え、そんなの適当じゃないんすか?」

 

「普通クラス分けってそんなもんだよね?」

 

 各々生徒たちは仲間内で顔を見合わせてやいのやいの言っている。

 しかし明確な答えは出そうも無い。

 そんな彼らを見て、茶柱先生はため息をついた。

 

「だからお前たちは愚かだと言ったんだ……高円寺と黛、気づいたことがあれば言ってみろ」

 

「フフッ、私は既に気づいたよ。だが、ここは柚椰ボーイに譲るとしよう」

 

 話を振られた高円寺は偉そうな態度で柚椰にそのまま話を振った。

 

「え、気づいたなら自分で言ったほうがいいよ」

 

「先の発言を聞いて分析はキミの仕事だと思い振ったまでさ。さぁ、気づいたことを言ってみたまえ」

 

 傲岸不遜といった態度を崩さず、高円寺は改めて柚椰に促した。

 語るのが柚椰だけと言う事でクラスメイトたちの視線が彼に集まる。

 

「そうですね……ポイントの減少具合で各クラスの状態が大体把握できます。Aクラスは60、Bクラスは350、Cクラスが510、そして俺たちが1000。目を惹くとすればAクラス、減少量が圧倒的に少ない。考えられる可能性は二つ。一つは不真面目な生徒は一部いたものの、殆どの生徒がポイントの仕組みに気づき、真面目に授業に取り組んだ。そしてもう一つは、早々にポイントの仕組みに気づいた生徒がクラスをほぼ完全に支配したか」

 

「「「──っ!?」」」 

 

 支配という物騒な単語に生徒たちは驚愕した。

 

「ただ注意しただけでここまで極端な数字になるとは思えない。恐らく俺が立てた仮説と同じようなことをリークさせたと考えられます。でも、あくまで仮説は仮説でしかない。実際に検証するために不真面目な生徒にだけは教えなかった。結果、このようにポイントは減った。これによって仮説は立証され、仕組みに気づいた生徒はクラスで影響力を持つ。言ってしまえば、Aクラスはその生徒によって掌握されたということが分かる」

 

 目に見える情報を頼りに、柚椰は淡々と各クラスの状況を分析する。

 

「Bクラスに関しては先の可能性の前者のほうだと考えられる。仕組みに気づきはしないまでも、授業はちゃんと受けるべきだと考えた生徒が殆どだったはずだ。恐らくそう促した生徒に多くの生徒が同調した結果だろうね。つまりBクラスは結束が固く、チームワークに長けている。そしてCクラス。減少量が半分以上ということから、恐らく4月の半ばまでこのクラスと同じような状態だった。だが途中から誰かが仕組みに気づき、強引にクラスを纏め上げた。跳っ返りは当然居ただろうが、実力行使に出たんだろう。大幅且つ急速な軌道修正を行なったことから、CクラスはAクラスとは違い、完全な独裁体制だろうと分かる。以上のことから各クラスの環境、生徒のスペックを考えれば、クラスのAからDは()()()()()()()()()()()()

 

「フッ、そこまで詳細に分析するとは。流石は私が認めた男だ」

 

 柚椰の解説に何故か高円寺が得意気に鼻を鳴らした。

 

「確かに、期待以上の回答だ黛」

 

 高円寺に同調するように、茶柱先生もそう言って不敵に笑った。

 

「黛の分析の通り、この学校では優秀な生徒の順にクラス分けがされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ、ダメな生徒はDクラスへ、と。つまりここDクラスは落ちこぼれが集まる最後の砦ということだ。敢えて言わせてもらうが、要はお前たちは()()()()()()だということだ」

 

 その発言に堀北の顔が強張った。

 不良品という言葉が余程ショックなのだろう。

 

「しかし1ヶ月で全てのポイントを吐き出したのは過去のDクラスでもお前たちが初めてだ。よくもここまで盛大にやったものだと感心しているよ、立派立派」

 

 拍手と共に、茶柱先生はDクラスの面々に賛辞を送る。

 しかしそれが最大限の皮肉であることは言うまでもない。

 皆が現実に打ちひしがれている中、平田が再度質問した。

 

「このポイントが0である限り、僕たちはずっと0のままということですか……?」

 

「そうだ。このポイントは卒業まで継続する。だが安心しろ、寮の部屋はタダで使用できるし、食事にも無料のものがあるから死にはしない」

 

 先生の言いたいことはつまり必要最低限の生活は保障されるということだが、そんなものは何の慰めにもならない。

 Dクラスの面々は、その殆どがこの1ヶ月贅沢三昧の日々を過ごしていた。

 それがいきなり無一文という地の底まで落とされたのだ。

 すぐに適応しろというのも無理な話だ。

 

「じゃあこれから俺たちはずっと他のクラスから馬鹿にされるってことかよ!」

 

 苛立った須藤が机の脚を蹴り飛ばした。

 クラス分けの仕組みが明らかになった以上、これから先Dクラスは否が応でも他クラスから見下される。

 ポイントが0というのも馬鹿にされるネタとしてはうってつけだろう。

 

「なんだ須藤、お前にも体裁なんてものがまだあったんだな。そう思うのなら頑張って上のクラスに上がれるようにするんだな」

 

「あ?」

 

「クラスのポイントは金と連動しているだけではない。このポイントはクラスのランクにも反映されるということだ」

 

 茶柱先生の言う通りなら、もし仮にポイントが半分でも残っていれば、このクラスはCクラスへとあがっていたということだ。

 尤も、今となっては大きな差が生まれてしまっているわけだが。

 

「さて、もう一つお前たちには残念なお知らせがある」

 

 そう言って新たに黒板に張り出された一枚の紙。

 そこにはクラスメイト全員の名前がずらりと並び、その横にはまたしても数字が記載されていた。

 

「この数字が何を表しているか、バカが多いこのクラスの生徒でも理解できるだろう」

 

 茶柱先生はそう言って生徒たちを一瞥する。

 

「先日やった小テストの結果だ。揃いも揃って粒ぞろい。私は嬉しいぞ。お前らは中学で一体何を勉強してきたんだ?」

 

 表に記載されている点数はその殆どが60点前後。高得点を取っているのはごく僅かの限られた生徒だけだった。

 最低点は須藤の14点、次点が池の24点だ。

 このクラスの平均点は恐らく60点台前半だろう。

 

「良かったな、これが本番であれば少なくとも7人は退学になっていただろう」

 

「た、退学? どういうことですか!?」

 

「なんだ、説明していなかったか? この学校では中間、期末のテストで1教科でも赤点を取れば退学だ。今回のテストで言えば、32点未満の7人が対象だ。本当に愚かとしか言い様がないよ」

 

 その発言に真っ先に驚愕の声をあげたのは該当する7人の生徒たち。

 張り出された紙には赤点のボーダーラインであろう線が引かれており、それより下の生徒は赤点であることを示していた。

 

「ふっざけんなよ佐枝ちゃん先生! 退学とか冗談じゃねぇよ!」

 

「私に言われても困る。これは学校のルールだ。諦めろ」

 

「ティーチャーの言うように、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」

 

 茶柱先生につっかかる生徒たちを眺めながら高円寺が偉そうに微笑む。

 いつのまにか取り出したヤスリで彼は優雅に爪を研いでいた。

 勿論机に足は乗せたままである。

 

「なんだと高円寺! お前だってどうせ赤点だろ!」

 

「フッ、一体どこに目をつけているのかねボーイ。よく見たまえよ」

 

 高円寺は突っかかってきた池に今一度表をよく見ろと指で差した。

 その態度に苛立ちながらも、池は言われた通りに表を下から上まで舐め回すように凝視した。

 すると、高円寺の名前は勿論だが乗っていた。

 しかしそれは表のかなり上の方、つまり上位の層に。

 得点は90点と誰が見ても高得点の数値だった。

 同率で並んでいるのは堀北、そして幸村という男子だ。

 

「絶対須藤と同じ馬鹿キャラだと思ってたのに」

 

「フッ、私をそこに居る愚か者と同類だと思っていたなど心外だな。それにしても……まさか()()1()()とは私も驚いたよ、柚椰ボーイ」

 

「はぁ!?」

 

 高円寺の発言を聞き、池は再度表を見た。

 すると表の1番上、つまり今回最も高い点数をとったという証明の位置に黛柚椰の名前が載っていた。

 得点はなんと100点。全問正解ということだ。

 

「ま、マジかよ……」

 

 池はおよそ自分では取ったことのない数字に面食らっているようだ。

 他の生徒たちも満点という成績に驚いているのか柚椰をポカンとした顔で見ている。

 

「まさか最後の3問を全て正解しているとはね。90点の私が2位である以上、君が単独トップということになる。健闘を讃えさせてもらうよ」

 

 高円寺は難問であった最後の3問をクリアした柚椰に対して最大限の賛辞を送った。

 

「時間ギリギリまで粘って解いていたからね。良い方に転んで良かったよ」

 

 自分を褒めてくる高円寺に対して柚椰はそう答えた。

 

「それからもう一つ付け加えておく。国の管轄下にあるこの学校は高い進学率と就職率を誇っている。恐らくお前たちも目標とする進学先や就職先を持っていることだろう」

 

 この学校が高い進学率と就職率で有名であることは広く知れ渡っている。

 難関大学や一流企業にもすんなり入れるともっぱらの噂だった。

 当然この学校を受験する生徒は、その殆どがそれを目当てに来ている。

 

「だが世の中そんな上手い話はない。お前らのような低レベルな人間がどこにでも就職できるなんてあるはずないだろう」

 

「……つまり希望する進路を叶える恩恵を受けるためにはCクラス以上に上がる必要がある。そういうことですか?」

 

「それは違うな平田。この学校に望みを叶えて貰いたければ、Aクラスに上がるしかない。それ以外の生徒には学校側は何一つ進路について保障することはない」

 

「そ、そんな……聞いてないですよそんな話! 滅茶苦茶だ!」

 

 そう言って立ち上がったのは、先の小テストの成績で高円寺や堀北と同じ2位を取った幸村だ。

 小テストの成績を考えても学力に秀でていることは間違いないだろう。

 恐らく彼も、望む進路を叶えるためにこの学校に入学し、真面目に勉強に取り組んだのだろう。

 にも関わらずこの仕打ちは彼にとって耐え難いものだったのだ。

 

「みっともないねぇ、男が慌てふためく姿ほど見ていて惨めなものはない」

 

 幸村の文句を耳障りとでも言いたげに高円寺はそう言ってため息をついた。

 その言葉が癪に触ったのか、幸村は今度は高円寺に突っかかる。

 

「じゃあお前はDクラスであることに不満はないってのかよ……」

 

「不満? 何故不満を感じなければならないのだね?」

 

「レベルの低い落ちこぼれだと認定されて、その上進路の保障もないって言われたんだぞ! 不満がない方がどうかしてるじゃないか!」

 

「実にナンセンス。愚の骨頂とはこのことだね」

 

 高円寺は爪を研ぎながら幸村を相手にしていた。

 その態度は、まるで眼中にないとでも言いたげだ。

 

「学校側は私のポテンシャルを計りきれなかったというだけのことだ。私は誰よりも自分のことを評価し、尊敬し、尊重し、偉大なる人間だと自負している。学校側がDクラスだと認定しようが、私にとっては意味のないことだよ。仮に私を退学にするというのなら好きにするといい。最後に泣きついてくるのは100%学校側なのだからね」

 

 まさに唯我独尊、傲岸不遜といった態度で高円寺は高らかに語った。

 自分に確固たる自信があるからこその発言だ。

 

「それに私は学校に進学先を斡旋してもらう必要などない。高円寺コンツェルンの後を継ぐことは決定事項なのだから、DだのAだのはどうでもいいのだよ」

 

 御曹司である高円寺がいずれ親の会社を継ぐということはおかしなことではない。

 彼は既に将来を約束されているのだ。

 故に学校側に何かしてもらう必要など皆無だろう。

 幸村は反論する言葉を失い、力なく椅子に腰を下ろした。

 

「浮かれていた気分は払拭されたようだな。お前らの置かれた状況がいかに過酷か理解できたか? であればこの長ったらしいホームルームにも意味はあったと言える。中間テストまで後3週間。じっくりと熟考し、退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している。実力者に相応しい振る舞いをもって挑んでくれ」

 

 そう締めくくると、茶柱先生は教室を出ていった。

 生徒の残る教室はまるで御通夜のような空気だ。

 赤点を取った生徒たちはがっくりとうなだれている。

 あの須藤でさえ舌打ちをして俯いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことなんだよ黛!」

 

 茶柱先生がいなくなってからの休み時間、池がズカズカと柚椰の席に向かうと開口一番そう言った。

 

「どうしたんだい池、そんなカッカして」

 

「しらばっくれんな! お前、ポイントが減るってずっと前から知ってたんだろ!? なんで教えてくれなかったんだよ!!」

 

 池の発言に、周りで見ていたクラスメイトたちも言葉を発さないまでも同調していた。

 何故ポイントの仕組みに気づいていながら、それを誰にも教えなかったのか理解できなかったのだ。

 

「さっき言っただろう? 仮説はあくまで仮説だ。実際に立証できなければただの妄想でしかない」

 

「それでもポイントが減るかもしれないって言うくらいは出来ただろ!?」

 

 その言葉にクラスメイトたちも頷いていた。

 特に赤点組は今にも飛びかからん勢いで柚椰を睨みつけていた。

 しかしそんな視線を向けられても尚、柚椰は飄々としていた。

 

「ふむ……でも、仮にそれを言ったところで君たちは聞き入れたかい? 毎月10万振り込まれると信じて疑わなかった君たちが」

 

「そ、それは……」

 

 柚椰の返しに池は言葉に詰まった。

 

「け、けどよ、黙ってることもなかったじゃねぇか! 友達だろ俺ら!」

 

 池が黙り込んでいると今度は山内がそんなことを言った。

 

「そうだよ……言ってくれれば私たちだって携帯弄るのやめたかもしれないのに」

 

「うん、自分だけ気づいてて黙ってるなんて酷いよ……」

 

 山内に追従するように女子たちからも不満の声があがった。

 

「そうは言っても、君たちは今まで誰にも注意をされなかったのかい? 先生に怒られはしないまでも、後で何があるか分からないから気をつけたほうがいいと」

 

「そんなこと言われてねぇよ!」

 

「そうだぜ!」

 

 池と山内の返答に女子たちも無言で頷いた。

 

「本当に? 今まで、ただの一度も、誰からも、授業態度について何か言われたことはないのかな?」

 

 柚椰は今一度彼らに念を押すように尋ねる。

 

「だから! そんなの誰にも言われて……」

 

「あっ……」

 

 池と山内は何かに気づいたのかそこで黙った。

 女子たちも心当たりがあったのか目を見開いていた。

 

「そ、そういや前に一回だけ、言われた……」

 

 彼らを代表して池が声を震わせながら答えた。

 

「櫛田に言われただろう?」

 

「──っ!?」

 

 図星と言わんばかりに池は飛び上がった。

 

「他の皆も、授業態度が悪かった人は全員一回は彼女に言われたはずだよ。『あとで何かペナルティがあるかもしれないから、ちゃんと授業を受けたほうがいい』とね」

 

 心当たりのある生徒は皆一様に驚愕していた。

 同時に柚椰から櫛田へと視線を移した。

 

「そう、俺は彼女にだけは教えたんだ。毎回怒られはしないが、あとで何か手痛いしっぺ返しがあるかもしれないから気をつけるようにと。そして同じことを授業態度の悪い人に彼女の口から一度忠告しておいてほしいとね」

 

「うん、黛君にそう言われたから私、水泳の初回授業の日に一回だけ皆に注意したよね」

 

 櫛田は柚椰の言葉に頷き、確かに一度だけ注意したと言った。

 

「な、なんで櫛田ちゃんにだけ……」

 

「俺が言うより彼女が言ったほうがすんなり聞き入れると思ったからさ。彼女は男子女子問わず交友関係が広い。それに物腰も柔らかいから角が立たないと踏んだ。男子に関しては素直に言うことを聞くと思ったし、女子も彼女の言うことなら信用すると思った。ちゃんと俺は君たちに情報をリークしようとしていたんだ。でも結局、君たちは考えすぎだとでも思ったのかマトモに取り合わなかった。大方、男子は女子の水着のことで一日中浮かれていたんだろう」

 

「ぐっ……」

 

 図星なのか池が言葉に詰まっている。

 それは山内も同じなのか、彼もまた黙り込んでいた。

 

「それに、俺が直接教えなくてもヒントはそこら中に転がっていただろう? スーパーの無料食品コーナーや学食の山菜定食、コンビニの無料ワゴンに無料のミネラルウォーター。湯水のようにポイントを使ってた君たちでさえ手をつけなかったものが、何故この学校にあるのか。それはポイントがない生徒への救済措置だと考えれば分かるだろう。尤も、ポイントが0になった以上、これからその恩恵にどっぷり浸かることになるのは俺たちだ」

 

 それに、と柚椰はさらに付け加える。

 

「今回のことで、ポイントが減少するということは全クラスの全生徒が知ることになった。先んじて対策をしていたAクラスは勿論、BクラスやCクラスもポイントを死守するために躍起になるだろう。上のクラスの人間が各々固まってポイントを減らさない方向で動く以上、落ちてくることはまず無いと思っていい。つまり、俺たちは彼らが立ってるスタートラインにすら立てず、大きく出遅れたということだね」

 

 最早柚椰に文句を言う生徒は一人もいなかった。

 皆が皆分かっているのだ。

 今のこの状況は自分が招いた結果なのだと。 

 

「けど、同時にこれはチャンスでもあると俺は思うよ?」

 

 その言葉に俯いていた生徒たちが顔を上げた。

 

「ど、どういうことだよ黛」

 

「0ということは失うものが何もないということでもあるんだ。ならば後は這い上がるだけだろう?」

 

「這い上がるって言ったって……」

 

「授業態度を改めたってポイントは増えないんだろ?」

 

「そうだよ、一体どうやってポイントを増やせばいいの……?」

 

「私これからずっとポイント0なんて嫌だよ……」

 

 柚椰の言葉がただの慰めでしかないと思っているのか池たちは途方に暮れていた。

 

「何か策があるのかい?」

 

 クラスを代表して平田がそう尋ねた。

 

「この学校は実力で生徒を計る。生徒の実力はクラスの実力でもありポイントに反映される」

 

「それは分かるけど、実力を計る機会が小テストや今回の審査だろう? 他に計るものって言ったって何が……!?」

 

 平田は何かに気づいたのか目を見開いた。

 その様子に柚椰はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「目下にあるだろう。学校で生徒のことを計る一つの試練が」

 

「そうか、中間テスト……! 定期テストは僕たちの実力を計るのにうってつけだ!」

 

「正解。わざわざ茶柱先生が最後に中間テストについて触れていたのが証拠だよ。俺たち一人一人が赤点を取らないことは勿論、好成績を収めればそれはクラスの実力があるということの証明だ。流石に一気に元通りとはならないだろうけど、状況が好転することは間違いない」

 

「そうだね、黛君の言う通りだ! 皆、少しでもポイントを回復させるために中間テストに向けて頑張ろう!」

 

 平田はそう言ってクラスの面々に呼びかけた。

 

「で、でもよ、俺ら小テストでさえ赤点だったんだぜ……?」

 

「だよな、今から勉強して点取れって言ったってよぉー」

 

 赤点組だった池と山内は今ひとつモチベーションが上がらないようだ。

 

「僕が教えるから大丈夫だよ! 他の皆も、少しでも点数が高い人は僕に協力してほしい!」

 

「私も参加するよ! 皆で一緒に勉強しよっ!」

 

 平田の呼びかけに真っ先に答えたのは櫛田だった。

 影響力のある彼女が参加を表明したことで、これまで項垂れていた生徒たちが一人、また一人と目に光を宿し始める。

 

「池君と山内君も、一緒に頑張ろ?」

 

「く、櫛田ちゃんが一緒に勉強するなら、俺もやろうかなぁ……」

 

「だな、ちょっと本気出してやってもいいか」

 

 クラスのアイドルである櫛田に誘われたことで池と山内はあっさりと参加の旨を表明した。

 

 

 

 

 

 こうしてDクラスは来たる中間テストに向けて結束を強め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
今回まさかの1万字オーバーです。
キリがいいところまでと考えていたらこうなりました。

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