【C97サンプル】艦これ~蒼海戦線~ Ⅰ、曙光   作:瑞穂国

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コミケ当選してましたので、サンプルです


序章、抜錨準備
抜錨準備


 一九四〇年一二月一七日。横須賀沖。

 

 第一艦隊旗艦〔長門〕より、「出港用意」の命令があったのは、三十分前のことだ。半日間をかけた機関の暖機暖管は先程完了している。蒸気タービン機関は轟音を上げて稼働中であり、あとは減速機のギアを噛ませてやるだけで、艦の推進力を産み出す。他にやることといえば、海底に降りた錨を引き上げることだろうか。

 

 抜錨の準備を進める駆逐艦〔吹雪〕の艦橋にあって、雪村きよし少尉は上官のすぐ横で、その指示を待っていた。もっとも、抜錨作業における彼の役目は、無きに等しい。各部で異常が発見されれば、上官宛に報告されるので、伝声管と艦内電話に意識を向けていればいい。これまでの経験上、それらが抜錨作業中に使われたことはない。

 手持無沙汰の雪村は、前甲板の揚錨作業を見守る上官の横顔を窺った。()()の背は雪村より頭一つほど小さく、結果的に見下ろす形となる。

 翡翠色の瞳。細い睫毛。丸みを帯びて幼い顔立ち。黒髪を後頭部で一つ結びにしているためか、どこぞの女学生のようにも見える。しかし、きちりと着こなす第一種軍装には、容姿からは考えつかない、大尉の階級を示す徽章がきらめいていた。

 

 近代軍隊に置いて女性の存在は珍しくないが、彼女の出自は少々特異だ。何しろ、その正体は人間ではないのだから。

 ()()()は、艦娘、と呼ばれる。十年程前より現れ、現在は十八人が確認されていた。船に宿る魂の具現化、とされている。魂という形のないものが、現世で形を得るにあたり、少女の姿になったというのだ。

 

 もっとも、横に立つ彼女――吹雪からは、人ならざる者の雰囲気は全く感じられない。大の大人たちの中に少女一人という状況を除けば、極々普通の美人な女学生にしか見えなかった。吹雪の中身は、お転婆で好奇心旺盛な、少女そのものである。

 雪村は、そんな吹雪の、世話係をしている。職務内容は、副官と呼ばれるお付きの士官と似たようなものだ。ただし、じゃじゃ馬の多い駆逐艦の艦娘の場合は、そこに見張りという職務が追加される。

 雪村の視線に気づいたのか、吹雪が見上げるようにして、こちらへ顔を向けた。にへらっと、崩れた笑みを見せる。

 

「どうしたんですか、きよしくん」

 

 懐かしい呼び方を持ち出した吹雪に、顔をしかめる。まだ若いとはいえ、さすがにくん付けは違和感の出てきた年頃だ。

 

「……職務中に、その名前で呼ばないでください。自分のことは、呼び捨てで結構です」

 

 雪村の苦言にも、吹雪は笑みを深めるだけだ。自分を下の名前で呼ぶのは、家族以外では吹雪ぐらいのものだった。訳あって十年前に知り合ったとはいえ、相変わらずの子供扱いはやめてほしい。〔吹雪〕に乗って最初の日に名前で呼んでくれた時は、憶えていたのかとそれは喜んだものだが、ここまでくると自分の名前が安売りされているような気分になる。

 

「緊張しますか?」

 

 笑顔で核心を突く言葉に、喉の奥が詰まる。反論は出てこない。

 海軍を志した時より覚悟していたこととはいえ、いざ戦闘を目の前にした今、どこかで強張っている自分に気づいていた。

 

「緊張しないと言えば……嘘に、なります」

 

 せめてもの強がりに、吹雪はころころと控えめに笑った。彼女の目は再び前を向き、巻き取られていく錨鎖を見つめる。

 

「大丈夫です。……大丈夫、ですよ」

 

 ぽろりと漏れた彼女の呟きは、とても曖昧な励ましだった。雪村だけでなく、自分自身にも言い聞かせるような言葉に、口を噤む。

 

 抜錨作業を終えた〔吹雪〕は、ゆっくりと横須賀沖を進み始める。〔吹雪〕だけではない。旗艦〔長門〕を筆頭に、集められていた第一艦隊の所属艦たちが、次々に錨を上げ、出航する。

 第一艦隊には、現在確認されている十八人の艦娘全員が集められている。〔吹雪〕が配備された第一水雷戦隊も、所属する十三隻全てが艦娘搭乗艦だ。そのうち、〔吹雪〕は第十一駆逐隊―――十一駆の司令駆逐艦を任されている。元々は〔吹雪〕、〔白雪〕、〔初雪〕、〔深雪〕の同型艦四隻で構成されていたが、今は艦娘が搭乗する〔漣〕、〔電〕、〔五月雨〕が〔吹雪〕の僚艦だ。

 艦娘艦隊とでも言うべき第一艦隊が目指すのは、横須賀と小笠原諸島の中間に位置する海域だ。連合艦隊は、かの海を決戦の場と定めている。

 では果たして、第一艦隊は()()戦うというのか。その答えは、〔吹雪〕たち艦娘搭乗艦が第一艦隊に集められている理由にも直結する。

 

 海より来る災厄の名は、艦の形をしているがゆえに、深海棲艦と呼ばれる。昨日、硫黄島と小笠原諸島を揃って灰燼に帰した張本人だ。人の力では決して抗うことのできない、黄泉からの侵入者である。その襲来は、艦娘が現れる少し前、十三年前に予言されていた。

 そして艦娘とは、この災厄を祓うことのできる、神より授かった力の象徴である。艦娘の搭乗する艦のみが深海棲艦へ有効打を与えることができるとされている。目下、第一艦隊に所属する十八隻の艦娘搭乗艦のみが、深海棲艦に抗することを許された戦力だ。

 予言の通りに現れた深海棲艦を迎え撃つべく、〔吹雪〕たち第一艦隊は横須賀を出港するのだ。

 

 浦賀水道を抜け、大洋へと出た第一艦隊は、隊列を組みつつ、決戦の地へ向かう。小笠原を砲撃後、真っ直ぐに日本本土を目指しているという深海棲艦艦隊とは、約一日で会敵予定であった。




コミケ当日に向け、不定期に途中まで投稿していきたいと思います。
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