【C97サンプル】艦これ~蒼海戦線~ Ⅰ、曙光   作:瑞穂国

4 / 12
艦娘誕生(3)

 

 

 

 一九三六年一〇月二日。

 

 瀬戸内海に浮かぶ見上げるように巨大な艦へと、内火艇はゆっくり近づいて行った。錨を下ろし、海上で休むその艦からは、塗りたてのペンキの匂いが漂ってくるかのようだ。新品そのものの戦艦の各所に目を凝らし、マイケル・ハリス中佐は感嘆の息を漏らした。

 彼はいわゆる駐在武官として、一年前から駐日アメリカ大使館に勤務している、海軍軍人である。情報が第一と言われる昨今の軍事情勢の中、各国の軍関係者と交流することの多い駐在武官の責任は重大だ。今日もそうした活動の一環で、呉を訪れている。

 

 目の前に迫っているのは、ロンドン軍縮条約の下で建造された日本海軍の新造戦艦だ。艦名を〔尾張〕といった。全長二百三十七メートル、基準排水量三万五千トン。一六インチ級の主砲を九門備えた、強力な軍艦だ。真新しい檜が敷き詰められたその甲板上に、ハリスは上がる手筈となっている。

 

 内火艇が〔尾張〕の舷側へ横づけるまで、ハリスは何度も目を通した〔尾張〕建造に関する書類の内容を思い返す。

 目の前の〔尾張〕をネームシップとする〔尾張〕型戦艦は、元々ワシントン海軍軍縮条約内で建造が認められていた、艦齢二十年を超える戦艦の代艦である。日本の場合は、これに〔金剛〕と〔比叡〕が当て嵌まっており、両戦艦を練習戦艦へと格下げすることを条件にして、〔尾張〕と〔駿河〕を建造していた。同様の理由で、合衆国海軍も〔ミネソタ〕級戦艦二隻を建造している。

 ロンドン海軍軍縮会議の席上で、代艦の建造を強硬に主張したのは、他ならぬ日本であった。世界が軍縮へと向かう流れに、真っ向から逆らうものだ。さらに言えば、日本は一九三四年にワシントン軍縮条約を破棄することを各国へ通告し、いよいよ今年から条約が失効する。すでに海軍省では、ポスト条約型――基準排水量三万五千トンを超える戦艦の青写真が引かれているとの噂もあった。

 

――「日本海軍は、死神にそそのかされて、再び軍拡の道を歩んでいる」

 

 というのは、イギリスの駐在武官が冗談交じりに言っていた、何とも笑えない話である。死神の名前は「ミコ」といった。

 

 もしも、このまま日本海軍が、その力を強めていくのであれば、太平洋の対岸に位置する合衆国との衝突は避けられない。再選したルーズベルト大統領は、対日強硬派とのもっぱらの噂だ。

 

(だからこそ、この目でしかと、見極めなければならない)

 

 ハリスに与えられた使命は、〔尾張〕が条約に基づいて建造されているかを視察すると同時に、日本海軍の建造技術を観察し、この先建造されるであろうポスト条約型戦艦がいかなものであるかを推測すること、以上の二点であった。どちらにしろ、合衆国海軍の国防に直結する、重大な役割に変わりはない。

 

「接舷に備えてください」

 

 案内をしてくれている日本海軍の士官が、ハリスに注意を促した。今一度居住まいを正し、しかと手すりに掴まったハリスは、すぐそこに迫った〔尾張〕の舷梯を見つめる。やがて、内火艇の舷側が、柔らかい衝撃と共に舷梯に横づけた。

 

 

 

 二時間の視察を終え、ハリスは呉軍港の岸壁へと戻ってきていた。

 太陽はすでに、山の方へと傾き始めている。波間にオレンジを映す海を振り返り、ハリスは改めて、〔尾張〕を見た。

 個人的な感想としては、実に美しい軍艦であると感じた。後から多くの装備品を追加していったこれまでの日本戦艦とは違い、最初から多くの機能がすっきりとまとめられている。全体的にスマートな印象を受ける艦だ。同じことは、同時期に建造された〔ミネソタ〕級にも言えるだろう。

 

(日本の建造技術は本物だ)

 

 合衆国に並び立つだけの技術を、この国はたった数十年で手にしたのだ。その発展の早さには、敬服する他ない。日本で過ごせば過ごすほど、合衆国の好敵手がいかに強力な相手であるかが、身に染みた。

 

「ハリス中佐」

 

 背後から呼びかける声に、ハリスはゆっくりと振り向いた。日本人には珍しく、気さくな調子で呼びかけてきたのは、マイバラという日本海軍の士官であった。階級はハリスよりも一つ下の、少佐である。軍人同士の交流会で顔見知りとなり、不思議と馬が合ったことから、度々話すようになった仲だ。今回の視察にも、わざわざ同行してくれている。彼のおかげで、呉鎮守府内での活動にも全く困らなかった。

 

「お疲れでしょう。宿舎までご案内します」

「ありがとうございます」

 

 力強く頷いて、マイバラは鎮守府内の建物の一つへと案内してくれる。

 

「〔尾張〕はいかがでしたか?」

 

 宿舎への道すがら、マイバラは何気ない風に尋ねて来た。遠回しに「アメリカはこの戦艦をどう評価しているのか」と訊いているのだろうか。そんな考えが一瞬よぎったが、この男にそんなものを考えても仕方のないことだ。マイバラは公私の使い分けが実にうまい。公的なマイバラは油断のならない人物だが、私的な時は実に快活で付き合いやすい。

 今のマイバラは、私的なトーンで話している。単純に、今日の感想を求めているだけだろう。

 

「実に素晴らしい。話に聞く、日本の城郭のようで、実に精悍でした」

「それはよかった」

 

 マイバラは隠すことなく笑みを浮かべる。最新鋭戦艦を褒められたことが、嬉しくて仕方がないという様子だ。かくいうハリスも、〔ミネソタ〕級の写真をマイバラに絶賛された時は、満更でもなかった。やはり、自国の象徴たる戦艦を褒められて、嬉しくならない海軍軍人はいない。

 

「他にも何隻か、視察されればよろしいのに。巡洋艦〔神通〕などは、いくらか伝手もあります」

「そうしたいのはやまやまですが、大使に早く戻ってくるよう言われておりまして」

 

 三か月前に着任した駐日大使は、駐在武官が日本海軍の軍人と個人的に接触することをあまり好ましく思っていなかった。直属の上司ではないが、間借りしている関係上無視もできない。

 

「そうですか。――では、このあと少し、お時間をいただいてもよろしいか」

 

 マイバラの返答に、ハリスはぴくりと眉を跳ねる。会話の途中で、マイバラが急にトーンの公私を切り替えたからだ。

 

「ええ、構いません」

「では、このまま応接室までご案内します」

 

 庁舎のドアを開け放ち、マイバラはそう宣言した。

 廊下を真っ直ぐに歩いて行き、応接室の札が掲げられた部屋に通される。部屋の中には二つの人影があった。

 

「急にお呼び立てして申し訳ない、ハリス中佐」

 

 初老の男性が最初に立ち上がり、握手を求めてくる。顔には覚えがあった。呉鎮守府の長を務めている中将のはずだ。

 そしてもう一人、女性士官が中将の後ろで一礼する。秘書官か何かかと思ったが、大尉の徽章を見てその考えを捨てた。彼女がこの席にいる理由が掴めない。

 

「はじめまして」

 

 中将に続いて握手を求めてきた女性士官の顔を見る。内心の驚きは、何とか精神力で押さえつけた。

 若い。いや、若すぎる。大尉という階級から考えても、いいやその前に海軍士官としても若すぎる。日本人が若く見られがちであることを差し引いても、その顔つきや体格は、十代の少女にしか思えなかった。ハリスとは頭一つ以上、目線に差がある。

 ()()()をしたつぶらな瞳が、温和に笑ってハリスを見つめていた。交わした握手に合わせて、彼女の髪が揺れていた。

 ハリスの疑問に対する答えは、中将に続いて少女を紹介したマイバラによって示された。

 

「こちらは吹雪特務大尉。駆逐艦〔吹雪〕の艦娘です」

 

 

 

 マイバラが出してくれたコーヒーの味は、普段より苦く感じられた。あれだけコーヒーにこだわりのあった彼が、淹れ方をミスするとは思えない。だからこれは、あくまでハリス自身の感覚のはずだ。何しろ、合衆国海軍の人間としては初めて、艦娘と会談する機会を得られたのだから。

 

 全員が席についたのを確認して、中将が話を始める。

 

「我が国が呼びかけている世界の危機については、ご存じですかな」

 

(いきなり切り込んできたな)

 

 数年前から、日本があくまで非公式に訴えている「災厄」というものについては、駐在武官着任前に聞かされている。いわく、一九二七年に日本に現れたというミコが予言したことだという話だ。

 災厄は海からやって来る。そしてそれに唯一対抗できる手段が、艦娘だというのだ。

 

「ええ、存じています」

 

 ハリスは頷く。この件に関して、駐在武官としての回答は一つだ。合衆国は日本の言い分を認めない。

 アメリカ合衆国は勇気ある者を称えるが、基本的には合理性を突き詰める国だ。予言だの神の使いだのという言葉は、現代国家の合理性からは遥かにかけ離れている。国家を動かすのは唯一、国民の意志によってのみであり、独裁者に代表されるたった一人の戯言であってはならない。

 合衆国政府の判断は、「日本が主張する災厄は軍拡を正当化する詭弁である」とするものだった。事実として、日本はロンドン会議で〔金剛〕型代艦の建造を強く主張し、今度は軍縮条約そのものを破棄した。世界大戦を経験した世界が、平和の実現に向けて歩もうとするその足並みを、乱す行為に他ならない。

 ハリス自身も、この件に関して、合衆国政府の判断に全く異存はない。合衆国は常に現実主義を貫く。いずれ来襲するかもしれない宇宙人には備えても、真偽のほどが怪しい災厄に備えるつもりはない。

 

「正直なところ、我が国の話を信じてもらえるとは、考えておりません」

 

 さらりと言ってのけた中将に、ハリスは拍子抜けする。総理大臣の署名付きでホワイトハウスに送られてきた日本の要請書は、どう見ても本気であったと聞いている。だというのに、この温度差はなんだ。ハリスは無言を貫き、中将の言葉が続くのを待つ。

 

「信じてはもらえないでしょうが……知っていただくことはできます。万が一の際に、予備知識があるとないとでは、大違いですからな」

 

 なるほど、一理ある。信じる信じないは別にして、合衆国は災厄の存在を知ることができた。何も起こらないのであればそれでよし。万が一災厄が訪れても、あらかじめそのことを知っていれば、いくらでも対策の取りようはある。

 日本の狙いは、災厄に抗する協力者を募ることではなく、災厄が起きてしまった時の理解者を作ることであったとも言える。

 

「さて、本題に入りましょうか」

 

 話題を切り替えた中将が、隣に座る吹雪を見た。小柄な彼女は、すらりとした背筋をさらに真っ直ぐ伸ばす。

 

「以前より、ハリス中佐は艦娘との会談を望んでいると、聞いております」

 

 ハリスは無言で頷いた。事実、海軍省には公式に何度か要請を出しているし、マイバラにも事あるごとに相談していた。日本の言う災厄に直接関わりがあり、しかも今のところ日本海軍にしかいないとなると、気になるのも当然というものだ。ただこれまで、アメリカ含め各国の軍関係者が艦娘と接触できた前例はない。

 

「彼女たちは、非常に繊細な存在です。できる限り、外部との接触は断ちたいというのが、正直なところでもあります」

 

 ただ、と中将は前置きして、再度吹雪に目線を遣った。

 

「今回は、吹雪大尉たっての希望で、少し強引にこの場を設けさせてもらいました。故あって、短い時間ではありますが、貴官と吹雪大尉の会談を許可いたします」

 

 ハリスも吹雪の方に目を向ける。随分と慣れた様子で、吹雪は一礼した。どれほど幼い見た目でも、彼女が海軍の人間であることを理解させるのに、十分な所作であった。

 

「吹雪と申します。駆逐艦〔吹雪〕の艦娘です。突然お呼び立てしたことを、お許しください」

「いいえ。こちらこそ、お会いできて光栄です」

 

 礼を返したハリスに、吹雪は小さくはにかむ。その笑い方は見た目相応のものだ。あどけなさの残る目が、ハリスを真っ直ぐに見ている。

 

「なぜ、自分に会ってくださったのですか」

 

 最初の疑問を投げかける。吹雪は確認を取るように中将とマイバラを見、それからゆっくりと答えた。

 

「太平洋の対岸に位置している米国は、災厄が訪れた時に、とても重要な協力国になると、私は考えています」

 

 協力国、という言い回しに、ハリスは眉を跳ねさせた。合衆国と日本の間に、軍事的な協力関係は皆無だ。むしろ、太平洋の覇権を争う、ライバル同士と言って差し支えない。だというのに、吹雪は合衆国を、協力国と呼んだ。

 

(災厄が訪れれば、合衆国は否が応でも、日本に協力せざるを得ない、ということか?)

 

 その可能性は示唆されている。日本は艦娘を、唯一災厄に対処できる戦力、と説明した。彼らの言う災厄がどういう類のモノかはわからないが、仮に艦娘のみが対抗手段だとすれば、艦娘を持たない日本以外の国は、災厄に対処する術を持たないことになる。

 確かめたいことは山ほどあるのだ。ハリスは口を開く

 

「……まずお尋ねしたい。艦娘とは何です?なぜ、日本の軍艦にしか、現れないのですか?」

 

 ハリスの質問に、吹雪は微笑んで頷いた。先程の笑みとは、いささか印象が違うように感じる。目を細めた拍子に、長い睫毛が瞳にかかった。しなやかに反った睫毛の間から覗く金色の瞳が、雲間に浮かぶ太陽のようでもあった。

 

(……何者だ、一体)

 

 得体のしれない感覚に、吹き出そうになった汗を押さえて、吹雪の返答を待つ。

 

「ええ、そうですね。まずはそこからお話ししましょう。艦娘とは、船に宿る魂の具現化です。神々の力を借り受け、人の似姿を得て、現世へと降り立った少女たちのことです」

 

 黄金色の瞳が、真っ直ぐにハリスを見ている。太陽を宿した眩ゆい輝きから、しかし目を逸らすわけにはいかない。初見の幼い印象は、もはや鳴りを潜めていた。何か巨大なものと対峙している、そんな気がしてならない。

 

「艦娘は、神の使いである御子の力を借りて、現界します。その性質上、御子から離れた場所では、現界が叶いません。御子が日本にいる以上、日本の軍艦しか艦娘を現界させることができないのです」

「……例えば、御子さんに合衆国へ来ていただければ、我が国の軍艦も艦娘を持てるのですか?」

 

 現実的には実現不可能だが、その可能性は考慮しなければならない。

 吹雪はしばし考える仕草をすると、悪戯っぽく笑みを浮かべて、首を横に振った。

 

「どうでしょう。御子の力とはすなわち、日本神話の最高神、天照大神の力です。その力は、この大八州という地を触媒にして発揮されるものですから、この地からあまりに距離がありすぎると、艦娘を現界させることはできないでしょう。艦娘を搭乗させるには、日本の周辺にいることが、必要最低限の条件です」

「それはつまり、たとえ合衆国軍艦であっても、日本周辺であれば、艦娘を得ることができる、ということですか」

「さあて、どうでしょう。()()()()()がありませんので」

 

 吹雪は目を細めて答える。「試したことがない」という文言が、妙に引っかかった。

 

「……では、艦娘には活動できる範囲の制限があるのですか?すなわち、日本周辺でなければ、活動ができない、と?」

「いいえ、その心配はありません。日本周辺にいる必要があるのは、艦娘を現界させる時だけです。一度人の似姿を得てしまえば、あとは艦体そのものが艦娘を現世に留める錨の役割を果たします。それから――」

 

 それから、もう一つ。吹雪は人差し指を立て、どこか情熱的に、そして艶やかに、こう付け足した。

 

「艦娘を現世に繋ぎ止める、いわば『鎖』となる人間が、同じように必要です」

 

(……『鎖』となる人間……?)

 

 時折、吹雪の説明は抽象的に過ぎた。日本語と英語で若干ニュアンスの違いはあるかもしれないが、それにしても彼女の真意は掴みずらい。利根川に棲むウナギを手掴みしようとするような、そんな感覚だ。とにかく掴みどころがない。

 艦娘は御子が作る。その存在は、軍艦の艦体そのものと、「鎖」となる人間が繋ぎ止める。まるで神話を読み解いているような、あるいは難解な詩歌をなぞるような、頭の中をかき乱される感覚がする。残念ながら、どちらもハリスの専門外だ。

 

「――申し訳ありませんが、お時間になってしまいました」

 

 吹雪との会談は、彼女の一方的な宣言によって、唐突に終わりを告げた。心底申し訳なさそうに、彼女は眉を下げている。強引に話を続けたいところであったが、ここが引き際だろうと、ハリスは理解した。

 

「ありがとうございます。大変有意義なお話ができた」

 

 ハリスが先に差し出した右手を吹雪は力強く握り返す。彼女の微笑みは、最初に見た時と同じものに戻っていた。

 

「ハリス中佐。貴方は将来有望な方です。必ずや、米海軍の中枢でご活躍なさる事でしょう。その時はどうか、今日のことを思い出していただきたいのです」

 

 吹雪の言葉に無言をもって答え、ハリスはマイバラの案内で応接室を後にする。最後に一礼した吹雪の瞳は、燦然と輝く太陽の色を失い、たゆたう大海の翡翠色を新たに宿していた。




以上、第壱章でした
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。