【C97サンプル】艦これ~蒼海戦線~ Ⅰ、曙光   作:瑞穂国

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邪砲覚醒(2)

 

 

 

「一体全体、なんなんだ、こいつは」

 

 愛機であるOS2U〔キングフィッシャー〕を操りながら、マイケル・フィリップ中尉はそう漏らした。

 彼と、同乗者である偵察員を乗せた〔キングフィッシャー〕は、二十分ほど前に〔アリゾナ〕を発艦した。目的地は、今しがた離脱してきた、ハワイ諸島オアフ島、パールハーバー基地である。黒雲に覆われた基地の状況を確認するのが任務だ。

 

「とんでもないことになってますね」

「まったくだ。こういうのを、地獄の窯って言うのかね」

 

 偵察員の言葉に、フィリップも率直な感想を述べる。

 

 フィリップたちの眼下には、チャートで確認する限り、オアフ島が広がっている。もっとも、肉眼で捉えたその姿は、フィリップの知るオアフ島の景色とかけ離れていた。パールハーバーも、ダイヤモンドヘッドも、クアロアランチも、オアフ島を窺わせるものは何一つ見当たらない。雷をまとった雲が渦を巻き、かつてオアフ島だったものを覆い隠しているのみだ。

 不穏極まりない空気の上を、〔キングフィッシャー〕は飛んでいる。

 

「写真の方はどうだ」

「全体像は撮れました。もう少し、高度を落とせますか」

「わかった」

 

 一つ深呼吸を挟んで、フィリップは操縦桿を倒す。どうしても本能的に、あの雲へ近づくことを拒んでしまっていた。それほどに禍々しい、忌避感の塊のような雲であった。

 

 二翅プロペラを回す〔キングフィッシャー〕の機首が、次第に前へと傾いていく。高度計の針が回り、機体が徐々に高度を落としつつあることが確認できた。高度が三百を切ったあたりで、フィリップは機体を引き起こし、水平飛行へ移る。

 

 今フィリップが飛んでいるのは、フォード島の上空であるはずだ。島のすぐ横には戦艦の泊地があり、〔アリゾナ〕入港前には七隻が停泊していた。しかし、翼越しに見えている光景には、それらの面影すらない。威容を誇った太平洋艦隊の戦艦群は、雲に飲み込まれて忽然と姿を消してしまっていた。櫓のような三脚檣も、要塞のごとき主砲塔も、無数の小火器も、何一つ確認できない。

 代わりに、今は別のモノがフォード島の側に浮かんでいる。半透明の球形をした、謎の物体だ。〔アリゾナ〕が離脱する最中に、ほとんどの見張り員が目撃を証言している。雲と共に現れた、正体不明の物体だ。偵察員はその球体も写真に収めていく。

 

「人影は見えるか」

 

 球体の上空を旋回しつつ、フィリップはもう一つの目撃証言について、確認を求める。こちらは、〔アリゾナ〕の艦内でも、ハリス大佐のみが証言していた。球体のすぐ側に、人影を見たというのだ。

 普段なら「そんな馬鹿な事」と吐き捨てていただろうが、状況がすでに常軌を逸している今、「ありえないこと」というのは存在しない。とにもかくにも、確たる証拠を得られるか否かが、今は一番重要なことだ。

 

「いえ、それらしいものは見えません」

「……そうか」

 

 ハリスの証言については、確証を得るには至らなかった。

 

 フィリップは操縦桿を引き、〔キングフィッシャー〕の機首を上げた。偵察はここまでだ。収集した写真を〔アリゾナ〕へ持ち帰り、しかるべき人間に分析してもらう必要がある。長居は無用であった。

 高度を稼ぎつつ、緩やかに右旋回をかけたフィリップは、ふと、視界の端に何かが映ったことに気づいた。これでも飛行機乗りの端くれだ。視力と勘には自信がある。機体をさらに傾け、フィリップは翼の先を見遣る。

 

「っ!おい、何だあれは」

 

 後ろの偵察員を呼ぶ。同じようにパールハーバーの方を向いた彼も、声を失っていた。

 

 オアフ島を覆う雲と海の境目が、急激に盛り上がっている。雷光をまとう雲から黒い塊飛び出て、ゆっくりと横へ横へ伸びていく。例えるならばそれは、土の中から芋虫が這い出てくるような感じだ。

 広がった雲の塊は、やがてその先端から崩落し、霧散し始める。その中にあるモノを吐き出すようにして。

 黒雲から、同じように黒い物体が現れた。こちらは一目で金属とわかる、光沢をまとっていた。物体の表面は、時折青白い光を帯びているようにも見える。話に聞く日本刀のように細く研ぎ澄まされたその姿が、徐々に徐々に、雲の中から露わになった。

 

 海面を切り裂く鋭角の艦首。要塞のような主砲塔と、突き出る三本の砲身。開拓時代の櫓のような風情をした艦橋。ハリネズミもかくやというほどの副兵装。

 間違いない。あれは戦艦だ。何を確かめる訳でもなく、フィリップは確信した。海洋の覇者に相応しい、堂々たる風格の戦艦が、雲より現れたのだ。

 

「……生き残りが、いたのでしょうか?」

 

 やっとの思いで偵察員が呟いた。だが、フィリップはすぐにその可能性を否定する。合衆国海軍の有する戦艦の艦型は全て頭に入っているが、あの戦艦はそのどれとも合致しなかった。何より合衆国の軍艦は、闇夜の漆黒を写し取ったような艦体色をしていない。

 

 では、あれはなんだ。あんな軍艦は、パールハーバーにはいなかった。

 

(まさか、あの雲から産まれた、なんてことはないだろうな)

 

 そう思えなくもない光景を見ているだけに、ありえない想像が頭をよぎった。フィリップはかぶりを振って、余計な思考を一先ず頭の隅へ追いやる。今は他にやるべき仕事があるはずだ。

 

「……もう一度、高度を落とすぞ」

「……はい」

 

 覚悟を決めた偵察員の返事を聞き届け、フィリップはもう一度、操縦桿を押し込んだ。〔キングフィッシャー〕はゆっくりと機首を下げ、戦艦の方へと緩降下していく。

 

 戦艦から〔キングフィッシャー〕に向けて対空砲火が放たれることはない。戦闘の準備ができていないのか、それとも脅威と認識していないのかはわからない。不気味な沈黙を保ったまま、眼前の戦艦はゆっくりと航進を続けていた。

 

「中尉!」

 

 偵察員の声に、フィリップは目線を戦艦から上げる。そこには信じがたい光景が広がっていた。

 

 黒雲の中より、次々と艦艇が姿を現していた。戦艦だけではない。より小さな巡洋艦級や駆逐艦級と思しき艦影も見える。無数とも思える軍艦たちが、うごめく暗雲より現れる。ざっと見積もっても百隻はくだらない。それどころか、雲の中からはさらに新しい艦船が、次々に姿を見せていた。

 

「だ、大艦隊じゃ、ないですか……!」

 

 戦艦の上空を離れ、再度高度を稼いだところで、偵察員が声を震わせて言った。全く馬鹿げている程に、大規模な艦隊だ。

 

「……〔アリゾナ〕へ戻ろう」

 

 スロットルを一杯に開き、〔キングフィッシャー〕を加速させる。P&W社製のエンジンが唸りを上げ、機体を強く前へと引っ張った。フィリップたちはオアフ島を離れ、自らの母艦へと帰途に就く。その間にも、島を覆う雲からは続々と艦艇が吐き出され、やがていくつかの小さな艦隊を形作り始めた。

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