【C97サンプル】艦これ~蒼海戦線~ Ⅰ、曙光   作:瑞穂国

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邪砲覚醒(3)

 

 

 

 オアフ島を襲った異変についての報告は、駐米大使館経由で日本政府にも届けられた。もっとも、それは「オアフ島で何かがあったらしい」という曖昧な報告のみであり、詳しい内容は米国政府内で情報の精査が行われた後で判明した。これが、日本時間で一二月一二日のこと。オアフ島で異変が発生してから、実に三日が経過していた。

 

――「オアフ島に異常あり。太平洋艦隊の安否不明。謎の艦艇群出現せり」

 

 だが、それ以上の続報は何も届けられなかった。米海軍でも情報を正確に掴んでいないのだ。大使館が問い合わせても、米政府は何も回答をしてはくれなかった。

 

――「一週間後に、生き残った戦艦が帰ってきます。話はそれからにしていただきたい」

 

 それが唯一の回答であった。

 

 一週間後、明確な回答が届けられる。ただしそれは、大使館を経由した米国からの通達という形ではなかった。

 それは、海軍航空隊が駐留する硫黄島からの、一本の電文であった。

 

――「不明艦隊より砲撃を受けた」

 

 

 

 小笠原諸島唯一の滑走路へ次々に降りてくる大型機を、第十一航空艦隊――十一航艦司令官の葛城(くずき)(たすく)中将は険しい表情で見つめていた。

 

 這う這うの体で滑走路へ降り立つのは、硫黄島から退避してきた九六式陸上攻撃機――九六陸攻たちだ。これより少し前には、同じく硫黄島へ展開していた零式艦上戦闘機――零戦も、父島の基地へ降り立っている。いずれも編隊など組んではおらず、ばらばらに飛んできては、着陸の許可を求めた。

 

 今から二時間前、正体不明の艦隊が現れ、硫黄島の航空基地を砲撃した。同地には二つの飛行場が整備されており、不明艦隊はこのうちの第一飛行場を目標としていた。同飛行場が砲撃を受けている間、第二飛行場に駐機していた機体には直ちに退避命令が出され、可能な限りの機体が飛び立ち、父島にある飛行場へと今降り立っている。

 硫黄島基地からの続報は、一時間前より届いていない。同地の状況は今もって不明だが、二時間という時間は、二つの飛行場を破壊するには十分すぎる。十一航艦は、その重要拠点であった硫黄島の機能を、一度に喪失したことになる。何より、残された基地司令や優秀な搭乗員、整備員の生存は、絶望的であった。

 

「司令官、集計が完了しました」

 

 最後の一機が滑走路へアプローチをかける中、参謀の一人が葛城を呼んだ。彼には残存戦力と被害の集計を任せていた。

 

「わかった、今行く」

 

 滑走路に背を向け、葛城は作戦室へと足を向ける。疑問は尽きないが、状況はひっ迫しているのだ。今は何よりも情報が欲しい。その上で、今後の対応も考えなければなるまい。

 

 葛城が足を踏み入れた作戦室には、すでに参謀の面々が集まっていた。とは言っても、この場にいるのは、十一航空艦隊司令部全員ではない。いるのは司令長官葛城と参謀が三人だけだ。参謀長他数名は本土の司令部に残ったままである。そもそも、葛城が父島の飛行場にいることが、運の悪い偶然のようなものだ。彼は参謀三人を伴って、視察に訪れていただけである。

 とはいえ、こういう事態を覚悟していなかったわけではない。一週間前にオアフ島を異変が襲って以来、最悪の事態として想定していたことではある。今回の視察も、十一航艦の状態を確認する意図があった。

 

 緊張の面持ちを向ける参謀らに頷いて、葛城は先程呼びに来た参謀へ報告を促す。握っていたメモを開き、彼は精一杯強がって答えた。

 

「第二十一航空戦隊の現有戦力は、父島及び硫黄島の残存機を合わせて、戦闘機四十五機機、陸攻三十八機です」

 

 唸る他はなかった。十一航艦には三つの航空戦隊があるが、二十一航戦以外は内地に配備されたままだ。つい数時間前まで、小笠原諸島は最前線基地ではなかったのだから。

 

 そもそも十一航艦とは、近年発展著しい航空機を集中的に運用することを目的とした、航空艦隊構想の下に新設された部隊だ。開設からは半年も経っていない。航空機の集中運用についてもいまだ訓練中という部隊がほとんどだ。

 

 悪い報告は続く。

 

「父島には、航空爆弾も航空魚雷も、ほとんど備蓄がありません。現状では、航空魚雷十二本、航空爆弾は二五番が二十発のみです」

 

 もとより父島は、最前線基地としての機能が弱い。どちらかといえば、内地と硫黄島の中継点という意味合いが強く、武器弾薬はほとんど備蓄されていなかった。むしろ、貴重な航空魚雷が十二本もあったことの方が、奇跡に近い。

 

(反復攻撃は不可能だな)

 

 例え機体が無事でも、再攻撃用の武装がなければ無意味だ。現状で、二十一航戦が戦えるのはただの一度きりということになる。

 

 押し黙ったままの参謀に代わり、葛城は口を開いた。

 

「ご苦労。……硫黄島を襲撃した艦隊について、証言は得られたか」

「はっ。搭乗員の数名が実際に目撃しております」

 

 降り立った零戦や陸攻の搭乗員から熱心に話を聞いていた参謀が答える。

 

「硫黄島を砲撃したのは、戦艦と思しき二隻であったとのことです。この他、巡洋艦数隻と駆逐艦多数を視認されています。いずれも、見たことのない艦型であったと証言しております」

「艦体色については、何か言っていなかったか」

「……新月の海のような漆黒であった、と」

 

 話に聞いた、オアフ島より現れた軍艦の姿と、合致する。とすればやはり、硫黄島を襲撃したのは、オアフ島で確認された不明の艦艇群と同一であろう。十六ノットの速力が出せれば、一週間でハワイから硫黄島まで到達できる。

 

「例の、予言との整合性はどうか?」

「……深海棲艦、ですか」

 

 葛城の言葉に、参謀の一人が反応する。

 

 深海棲艦。それは、御子が予言した災厄に対して、日本海軍が付けた名前だ。海より来る災厄は、艦の姿をしているがゆえに、深海棲艦。艦娘と違って、その名称は公にされていないが、司令部クラスは災厄に対してこの呼称を使っている。

 もっとも、この場にいる誰一人として、実際に深海棲艦と相見えた者はいない。不明艦隊の正体はいまだわからず仕舞いだ。深海棲艦と断定する手段がない。

 

「現状では何とも言えません。我々は黄泉というものがどういう物か、どうやったら見分けられるのか、皆目見当もつかない状況です」

 

 不明艦隊が深海棲艦であるか否か。これを見分けるという一点において、葛城も参謀たちも、何ら役には立たなかった。

 

 不明艦隊の正体については、一旦保留する。

 

「今後の対応については、単純明快だ。不明の艦隊は、明らかに我々へ、敵対行動を取っている。――実力を行使するべき相手だ」

 

 葛城の言葉に異論は出ない。

 

 参謀の一人が、挙手して発言許可を求める。

 

「硫黄島を砲撃した敵艦隊ついて、現地からは既に報告が途切れています。まずは索敵機を出し、情報収集に努めるべきかと」

「索敵用の九六陸攻は、すぐに出せるか?」

「すでに用意を進めさせています。滑走路が空き次第、六機を出す予定です」

 

 参謀の言葉に頷く。その上で、葛城は指示を付け足した。

 

「残った機体には、雷装と爆装をして、待機させておいてくれ。索敵の結果如何によっては、二十一航戦のみで、不明艦隊を叩くことになるかもしれない」

 

 

 

 二十分後には、退避してきた九六陸攻が駐機場へ移動され、入れ替わりに索敵用の九六陸攻が滑走路より飛び立った。

 

 硫黄島への索敵が行われている間、残された零戦と九六陸攻は、出撃に備えた整備と燃弾補給を受けている。整備後、稼働可能機を再集計した結果、出撃できる状態になったのは零戦三十八機、九六陸攻三十機であった。これらの機体は、いつでも暖機運転ができる状態で、滑走路脇に待機していた。

 

 索敵機が飛び立って一時間。搭乗員たちの控室は、これ以上ないほどの緊張感に満ちている。肌を焼くようにピリピリとした雰囲気は、作戦室までひしひしと伝わってきた。

 

「失礼します!」

 

 参謀たちも押し黙る作戦室に、電信室から報告が飛び込んでくる。

 

「三号機より入電です。敵艦隊見ゆ!」

「見つけたか……!」

 

 硫黄島を襲撃した艦隊は、いまだに硫黄島周辺を航行していたのだ。

 

 接敵した九六陸攻からの報告は続いた。敵艦隊の編成は、戦艦二、巡洋艦四、駆逐艦二十。単縦陣を形成し、真っ直ぐに小笠原諸島へと向かってきている。

 

「……やはり、こちらへ向かってきますか」

「どうやら明確に、こちらを敵と認識しているようだな」

 

 硫黄島から父島までの距離はおよそ二百七十キロ。海里(ノーティカルマイル)になおせば百四十五マイルほどだ。巡航十二ノットでもおよそ半日、十六ノットなら十時間かからない。

 

 葛城に同行してきた三人の参謀が、判断を仰ぐようにこちらを見ている。全員、腹は決まっているようだ。元より、逃げる訳にはいかない。

 

(貧乏くじを引かせてしまったな)

 

 戦艦二隻を擁する艦隊に、残存の二十一航戦だけで戦えるとは思えない。そもそも、深海棲艦に対して陸攻が有効打を与えられるのか、それすら不明だ。

 

「〔尾張〕から返信はあったか」

 

 報告を届けてくれた電信員に、参謀の一人が尋ねる。伝令として電信室と作戦室を行ったり来たりする彼女は、首を横に振った。

 

 連合艦隊旗艦〔尾張〕には、連合艦隊司令長官以下司令部要員が詰めている。索敵機の出立とほとんど同時に、硫黄島襲撃に関する詳細と、不明艦隊への攻撃を実施する旨、報告を入れた。だが、そこから返答はない。あちらはあちらで、状況の把握と処理に手一杯という状態だ。

 すなわち、全ての判断は今、葛城に委ねられていることになる。

 

「……攻撃隊を出す。手をこまねいているわけにはいかない」

 

 葛城の判断は下った。参謀たちは頷き、すぐに動き出す。出撃を告げるサイレンが鳴り響くと、搭乗員控室からたくさんの足音が駆けだしていった。各々、整備が終わった乗機へ駆け寄る。程なく、整備員たちが発動機の暖機運転を始めた。

 

「三号機は接敵を続けているか」

「ぴたりと張り付いたままです。五分おきに報告を入れさせます」

「他の索敵機も、同じ空域に集まるよう、言づけてくれ。この後の攻撃の様子を、可能な限り記録させる」

 

 相手は不明点ばかりの存在だ。戦闘の様子は、貴重な資料となりうる。撮影した写真を連合艦隊へ届けられれば、日本海軍至宝の頭脳たちが、有益な情報を見つけるかもしれない。

 

「伝えておきます」

 

 答えた参謀が電信室へ話を通し終わった頃、出撃全機の準備が整ったと連絡が入った。

 

 唯一残された滑走路を、零戦が、九六陸攻が駆けていく。滑走路の端を蹴って、空中へ舞い上がった銀翼たちは、高度を稼ぎつつ編隊を形成する。全機が揃ったところで、攻撃隊は南東の方角へ進撃を開始した。

 

 攻撃隊の向かう先を見つめる。水平線の彼方、しかしそう遠くない海域を、こちらへと向かってくる不明艦隊。その先に待つ厳しい戦いを思うと、眉間に力が入る。自覚をしていても、直すことはできなかった。

 

(みな、どうか頼むぞ)

 

 蒼空を進む海鷲たちの奮闘を、祈る他なかった。




基地航空隊使いがちな作者
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