【C97サンプル】艦これ~蒼海戦線~ Ⅰ、曙光   作:瑞穂国

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邪砲覚醒(4)

 

 

 

突撃体形作れ(トツレ)

 

 攻撃隊長機からの短い一文に、二十四機の九六陸攻は敏感に反応した。雷装の十二機、爆装の十機が、それぞれに攻撃の陣形へ移行する。

 残る二機については、攻撃隊先頭で誘導を担当していた。誘導の二機は、搭載する爆弾がなかったため、今をもってお役御免となる。

 

 先頭にいた誘導機にバンクを振って、攻撃隊長を務める大崎卓少佐は操縦桿を握りなおした。

 大崎機が率いるのは、硫黄島より避退してきた鹿屋海軍航空隊――鹿屋空の十二機だ。全機が雷装である。

 

 鹿屋空は、硫黄島の第二航空基地を拠点に、陸攻四十機超を擁する部隊であった。しかし、現在残っているのは、大崎直属の雷撃隊十二機と、爆撃隊に六機、発動機の不調で出撃不可と判断された四機だけだ。残った機体は、退避が間に合わず、敵艦隊の砲撃で爆砕されている。その搭乗員も同様に、退避は叶わなかった。どれだけが生き残っているかは今もって不明だ。

 

(今は考えまい)

 

 悲しんでいる暇はない。硫黄島基地と鹿屋空の仲間の仇は、必ず自分が討つ。それだけを心に誓い、大崎は機首の先に見える敵艦隊を睨んだ。

 

 敵艦隊への距離は、すでに三万メートルを切っている。ここまで、敵戦闘機による迎撃はない。空母を伴っているという情報はないから、直掩機がいないのだろう。これなら、攻撃はかなり楽になる。たった十二機でも、うまく雷撃を決められるかもしれない。

 こちらの直掩機である零戦隊は、陸攻の上空に張り付いて離れない。戦闘機の姿が見えないとはいえ、油断は禁物だ。戦闘機隊長はそう判断したのだろう。

 

突撃はじめ(ト連送)

 

 二万メートルを切ったあたりで、雷撃隊と爆撃隊は編隊を分ける。大崎の雷撃隊を追い抜くように、爆撃隊の十機が加速した。その腹には、二発ずつの二十五番爆弾が搭載されていた。

 

 陸攻隊による攻撃は、二段階に分けられる。最初に爆撃隊が水平爆撃を実施し、然る後に雷撃隊が突入する。爆撃で対空砲火を減殺してから雷撃を行う、セオリー通りの攻撃だ。

 高度を稼ぎつつ、前進する爆撃隊。一方、大崎達雷撃隊は、徐々に徐々に、その高度を下げていく。魚雷を投下可能な高度は、五十メートル以下の超低空だ。敵艦隊との距離五千メートルをめどに、高度五十メートル以下の飛行を始めるつもりだった。

 戦闘機隊の半数も、爆撃隊に合わせて加速する。爆撃隊の護衛はもちろんであるが、敵戦闘機が確認されなければ、敵艦に対して機銃掃射を行う手筈になっていた。零戦の二〇ミリ機銃であれば、敵の機銃座を破壊することができる。

 

 攻撃隊それぞれが動き始める中、敵艦隊との距離は一万五千メートルを切った。目を凝らせば、穏やかな海上を悠々と進む軍艦の集団を、見て取ることができる。

 敵艦隊は単縦陣を維持したまま、真っ直ぐに小笠原を目指して進んでいた。その先頭は、一際目立つ威容の、二隻の戦艦だ。先に硫黄島を砲撃し、基地機能を燃やし尽くした張本人たちである。

 

 今回、攻撃隊が狙うのは、先頭の戦艦一隻だ。戦力的に考えて、複数艦を狙う選択肢は取れない。故に、最大の脅威になる戦艦ただ一隻を目標とすると、出撃前に決めていた。

 操縦桿を掴む手から、ふっと余分な力を抜く。高度はすでに五百メートルを切っていた。この先は繊細な操縦が求められる。余計な力を入れると、眼下の海面に衝突しかねない。あるいは、襲い来る対空砲火を掻い潜ることもできない。

 

 次の瞬間、敵戦艦の艦上に閃光が走った。先行している爆撃隊へ向け、対空砲火を放ったのだ。数秒後、上空で対空砲弾が炸裂し、黒い爆炎を多数生じさせる。

 爆撃隊は、密集隊形を維持したまま、敵艦隊上空へと進入していく。その周囲では、数秒おきに対空砲弾の黒い花が咲いた。その様子は、さながら漆黒のカーペットを歩いているようにも見受けられる。

 

(頼むぞ……!)

 

 海面まで二百メートルを切りながら、大崎は上空の爆撃隊を激励せずにはいられない。彼らの爆撃の成否が、雷撃隊の戦果にも関わってくる。ここで敵戦艦を屠るには、両者の奮闘が不可欠だ。

 

「敵艦隊まで八〇(八千メートル)!」

 

 副操縦士の報告と、爆撃隊の投弾開始がほぼ同時だった。爆撃隊は一機も失うことなく、敵艦隊の上空へ進入することに成功していた。十機の爆装九六陸攻の腹から、重量二百五十キロの爆弾が二発ずつ、計二十発放たれる。慣性の法則と重力に従って放物線を描き、二十発の爆弾は敵戦艦へ降り注いだ。

 

 最初に落着した爆弾は、敵戦艦左舷至近に水柱を産み出した。第二弾もそのすぐ近くだ。爆弾が炸裂する度、硝煙を含んだ海水が舞い上がって、白濁したカーテンを作り上げる。

 そしてついに、一発が敵戦艦を捉えた。水柱の合間に、炎のそれとわかる橙色が映える。二五番爆弾が敵戦艦の甲板に当たり、信管が作動して炸裂したのだ。

 その後も命中弾が連続する。敵戦艦は回避運動を取っていなかった。爆撃隊の投弾した二五番爆弾は、狙い違わず、その甲板を捉えている。

 最終的な命中弾は五発を数えた。水平爆撃の命中率としてはまずまずだ。ここからは、雷撃隊の仕事である。

 

 一時沈黙していた敵艦隊の高角砲が、射撃を再開した。当然、その目標は雷撃隊十二機だ。七千メートルを切った敵艦隊から横殴りに高角砲弾が飛来し、雷撃隊の周囲で爆発する。炸裂に伴う衝撃が、九六陸攻を小刻みに揺らした。

 全長十六・四五メートル、全幅二十五メートル、全備重量七千六百四十二キロの九六陸攻は、搭載する二基の「金星」発動機によって、三百キロ超の速度を叩きだす。投雷距離一千メートルまで距離を詰めるのに、単純計算で一分強があればいい。

 

(さあ、行くぞ)

 

 数秒おきに襲い来る高角砲弾の衝撃に闘志を奮い立たせ、大崎はさらに高度を落とす。十二機の九六陸攻は、いよいよ五十メートル以下の超低空飛行に突入した。

 

 単縦陣を敷いているせいか、敵艦隊からの対空砲火は、それほど濃密ではなかった。黒にも茶褐色にも見える高角砲弾炸裂の煙は、まばらに生じるばかりでまとまりがない。

 それでも、九六陸攻にとって脅威であることに変わりはない。防弾装備がほとんど施されていない九六陸攻では、たった一発の至近弾でも致命傷になりかねない。

 機体のすぐ上方で、高角砲弾が炸裂する。拳を振り下ろされたように機首が下がりかけ、寸でのところで姿勢を立て直す。海面はもはや目と鼻の先だ。迫る壁のようにすら見受けられる。少しでも操作を間違えば、波に飲み込まれておしまいだ。

 

「距離四〇(四千メートル)!」

 

 その声と同時に、敵艦上に小さな閃光が瞬いた。次の瞬間、光のシャワーが雷撃隊へ伸びる。対空砲火に、高角砲だけでなく機銃が加わったのだ。高角砲弾よりもはるかに多い機銃弾が、攻撃隊を舐めるように飛び交う。時折、機体を銃弾が掠める嫌な音がした。

 

(全機、しっかりついて来いよ……!)

 

 海面までの距離は二十メートルもない。両翼のプロペラが後方へ投げ飛ばした空気が海水を巻き上げ、飛沫を散らすほどだ。海面の上を飛ぶというより、海面を這っているという表現が近い。あたかも船のような航跡を後ろに従えて、陸攻隊は敵戦艦へ肉薄する。

 

「距離二〇(二千メートル)!」

 

 対空砲火に、高角砲弾が混じらなくなる。時限信管の調停限界に達したのだろう。代わりに、機銃弾がなおも濃密さを増して、襲い来る。高速で移動する航空機に銃弾を当てるのがそう簡単でないと、頭で理解していても、恐怖を覚える。心なしか、機体を掠める銃弾が増えた気もする。

 ここまで来たら、後は押し通るだけだ。

 

「〇八(八百メートル)で投雷する!」

「よーそろー!」

 

 大崎の宣言に、それぞれの持ち場から搭乗員たちが返事をした。大崎機に合わせて、残った十一機も投雷する。

 

「一〇(一千メートル)!」

 

 弾雨の中を抜けることおよそ一分。ついに待ち望んだ瞬間が訪れた。

 

「〇九……〇八!」

「てっ」

 

 魚雷の投下レバーが引かれる。途端、機械的な動作音がして、機体がふわりと浮いた。重量八百キロの魚雷が切り離されたことで、機体が軽くなり、浮かび上がったのだ。操縦桿を押さえて、機の挙動を制御する。

 

「全機投雷完了!魚雷の航走を確認!」

 

 最後尾の見張り員兼機銃座手が報告する。それを確かに聞き届け、大崎は機体を引き起こした。九六陸攻は敵戦艦の甲板すれすれをフライパスする。

 

 艦体色と同じ漆黒の艦橋へ目を向ける。工学的な構造美を有するそれには、窓らしきものが見受けられた。光を反射する窓の奥は、同じく純黒に包まれて窺い知れない。人影を見出すことはできなかった。

 

 いくばくか高度を稼ぎ、大崎機は敵艦隊の上空で旋回する。先程放った魚雷の戦果を確認するためだ。すでに敵艦隊からの対空砲火は止んでいた。

 十二機の九六陸攻から放たれた魚雷は、放射状に広がって敵戦艦を目指す。爆撃の時と同様、敵戦艦に回避運動は見られなかった。このまま進めば、確実に六本は命中するだろうと、大崎は睨んでいる。片弦に六本も魚雷を受ければ、大抵の軍艦を葬ることができる。

 魚雷の航跡は、真っ直ぐに敵戦艦へ突き進む。やがてその先端が、敵戦艦の舷側に吸い込まれた。

 

 次の瞬間、敵戦艦の舷側に、真っ白なバベルの塔が現れた。天を突かんばかりの巨大な水柱。魚雷が命中し、炸裂した証拠だった。

 水柱は一本だけに留まらない。二本、三本、次々に敵戦艦の舷側に生じては、その艦体を揺さぶる。舞い上がった海水の塊が崩れて、スコールのように敵艦へ降り注いでいた。

 機内が歓声で溢れる。たった一隻とはいえ、自分たちは敵戦艦へ魚雷を命中させた。それも、最低限の戦力だけで、だ。それが、硫黄島の仲間たちの仇ともなれば、これほど痛快なこともない。

 やれる。航空機だって、戦艦を沈められる。大崎もまた、強く拳を握らずにはいられなかった。

 

 敵戦艦への命中雷数は、最終的に七本を数えた。撃沈するには十分すぎる数だ。水柱が晴れた時、黒煙を上げ、傾ぎ、断末魔を上げる敵戦艦の姿を、誰もが想像した。

 だが――

 

「!?敵戦艦、なおも健在!」

「なんだと!?」

 

 旋回を続けつつ、大崎は再度敵戦艦へ目を向けた。

 単縦陣の先頭、今しがた、雷撃隊の魚雷七本を受けた戦艦が、そこに浮いている。その様子に、それまでと異なる箇所は、一切ない。黒煙もなく、傾ぐこともなく、速力すら落とさず、まるで何事もなかったかのように、悠々と航行を続ける。

 

(そんな馬鹿なことがあるか!)

 

 何かの間違いだ。そう言いたくて、大崎はさらに目を凝らす。そこで一つ、気づいたことがあった。

 

 敵戦艦の艦上には、傷跡一つ見受けられなかった。爆撃隊の二五番爆弾を五発受けたにもかかわらず、だ。艦上で爆弾が炸裂すれば、多少なりと損傷があるものだ。主砲や機関といった艦の重要区画は無理でも、機銃や高角砲といった比較的防御の薄い装備品は破壊できる。だというのに、敵戦艦にはただの一つも、損傷個所が見受けられなかった。

 

 大崎は強く奥歯を噛み締める。仇は討てなかった。相手は人類製兵器では傷つけられない存在だった。

 だがこれで、一つの事実が確定した。

 

「攻撃隊長より各機。逐次集まれ」

 

 込み上げる悔しさを噛み殺し、攻撃隊に空中集合を命じる。それから大崎は、電信員に電文を打たせた。宛先は、父島で待つ、十一航艦司令部だ。

 

「攻撃成功なれど効果なし。敵艦隊は深海棲艦と認む」

 

 

 

 

 

 

「稼働可能全機の退避、まもなく完了します。残りは九六陸攻三機です」

 

 漆黒の闇に飲まれた作戦室に、参謀の報告が響いた。緊急避難の発令から半日足らず。可能なことは全て終わったと確認し、葛城は静かに頷いた。

 

「そうか。――皆、無事に内地へ辿り着くことを、祈ろう」

 

 航空機に搭乗して避難した者は、おそらく大丈夫であろう。だが、輸送船に分乗して退避した者は、場合によっては敵艦隊に捕捉され、撃沈されるやもしれない。

 

(全責任は私にある)

 

 島民たちは、今の生活を捨てて、退避せざるを得ないのだ。そんな事態になったのは、有効な策を講じることのできなかった、自らの不甲斐なさ故と、葛城は考えている。

 

「……長官、お早く。まもなく、敵艦隊が来寇します」

 

 参謀は葛城の退避を促している。予想される敵艦隊の来寇までは一時間もない。あと一時間もすれば、硫黄島を襲った業火が、この島をも焼き払うことになる。

 だが、と葛城はかぶりを振る。

 

「私は残る」

「ですが、長官……!」

「貴重な戦力を失い、あまつさえ我が国の領土への侵攻を許したのだ。誰かが責任を取らねばなるまい」

 

 そして、責任を取るべき人間は、十一航艦の指揮を執っていた、葛城をおいてほかにない。

 

「……でしたら、私もご一緒します」

「それはならん」

 

 参謀の申し出を、葛城は却下した。それでは意味がない。彼らは日本海軍が誇る、至宝とも呼べる頭脳だ。彼の能力が生かされるべき戦場は、この先いくらでも訪れる。死して責任を取る者は、一人で十分だ。彼らには、生きて果たすべき責任がある。

 

「……」

 

 それでもなお、彼は動かない。無言のその表情は、葛城も退避しなければここから動かないと、雄弁していた。

 

「……これは命令だ。行け」

 

 その時、搭乗員が一人、駆け込んできた。いまだ機体に乗り込んでいない二人を、迎えに来たのだろう。暗闇で目を凝らせば、一度っきりの攻撃隊を任せた、大崎少佐であった。

 

「お早く願います!」

「……いいところへ来た。彼を連れていけ」

「……長官は、」

 

 しかし、それ以上の疑問を、大崎は飲み込んでくれた。

 

「長官!」

 

 大崎に手を引かれた参謀が、最後に直立不動の姿勢を取った。それに応え、葛城もまた、踵を合わせて居住まいをた正す。

 参謀が鮮やかに敬礼を決める。葛城もまたそれに答礼した。彼は名残惜し気に手を降ろし、滑走路で最後に待っている九六陸攻へと駆けていく。大崎もすぐ、それに続いた。

 参謀たちを乗せた最後の九六陸攻が、滑走路を駆ける。双発の航空機はふわりと空中へ舞い上がった。父島基地を一周旋回したあと、九六陸攻は北西の方角へと飛び去って行った。機体の色は闇に溶け、やがて発動機の音すらも聞こえなくなる。

 

 代わりに、別の音が聞こえ始める。聞き覚えのない音だ。甲高い音はどこか気の抜けたようにも聞こえる。その正体はすぐに判明した。

 基地の上空に、ぼうっと淡い光が現れる。子供の頃に見た蛍のような光だが、それよりもずっと大きい。どことなく人魂のような気配さえした。闇夜に二つ、ゆらゆらと漂う様は、不気味極まりなかった。

 

(照明弾、か)

 

 闇夜に紛れていた父島基地を照らし出したのは、二発の照明弾であった。夜間空襲や夜戦時に、敵艦隊の姿を浮かび上がらせるために使用される。

 その照明弾が、今父島基地に使われている。使用した相手には、自ずと想像がついた。

 

 やがて、巨大な物体が大気を切り裂く音が聞こえて来た。その音が途切れた時、父島の滑走路は、巨大極まる地獄の炎に包まれた。




次からいよいよ艦娘の出番です
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