【C97サンプル】艦これ~蒼海戦線~ Ⅰ、曙光   作:瑞穂国

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新章です。艦娘の初戦闘


参章、艦娘戦線
艦娘戦線(1)


 

 

 

 一二月一七日。東京。

 

「深海棲艦で、間違いありません」

 

 断言した御子の言葉に、島田丈太郎軍令部総長は低い唸り声を返す他なかった。

 

 応接用の机で向かい合う二人の間には、数枚の写真が広げられている。数時間前、父島より退避してきた二十一航戦の生き残りが届けてくれた、戦闘の記録である。そこに映っている不明艦の艦影を、御子は指さしていた。

 

「この艦艇たちは、どこからやって来たのです?」

「一週間前に、ハワイで確認された正体不明の艦艇群と、同一と思われます」

 

 副官として島田の横に控えていた女性士官が答える。彼女の答えに納得するところがあったのか、御子は穏やかに頷いた。

 

「なるほど、賢いですね。私が()()でもあそこを選ぶでしょう」

「……彼女、とは?」

「ハワイの主、とでも言うべきでしょう」

 

 御子の言葉は、島田にはとんと理解できない。神の使いを名乗る彼女の言葉を、一から十まで全て理解できる人間など、この国にはいないだろう。説明するということに、彼女は無頓着だ。

 咳払いを一つ挟み、島田は話を続ける。

 

「深海棲艦は人類製兵器で沈めることができない、というあなたの予言は実証されました。では、深海棲艦に対抗可能な艦娘であれば、この艦隊の侵攻を止めることができるのですか」

 

 小笠原諸島を砲撃によって壊滅させた後、敵艦隊が東京を目指して北上していることは、夜明け直後に接敵した偵察機の報告からわかっていた。これに対し、半日前から出撃の準備を整えていた第一艦隊が、邀撃のために横須賀を出港しようとしている。同艦隊には、現在確認されている全ての艦娘搭載艦が集められていた。

 艦娘でなければ深海棲艦を沈められない。御子が語ったことだ。だが今一度、保証が欲しい。第一艦隊の艦娘搭載艦たちであれば、深海棲艦を打ち破り、東京を守り通してくれる、と。

 島田の質問に御子は首を傾げる。

 

「それはあなた方次第です」

「……それは、どういう意味ですか」

 

 御子は微笑む。温和そのものの表情だが、突き放すように残酷な響きも伴っていた。

 

「私たちは、あくまで、力を与えるだけです。艦娘という力を、いかに活かし、いかに災厄を祓うか。それはあなた方次第です」

 

(生き残りたければ、自分たちの力で戦え、ということか)

 

 過度に人類へ干渉する気はないらしい。全くもって、彼女の、そして神々の考えはわからない。

 

「では、私はこれにて。良い結果を祈ります」

 

 御子はおもむろに立ち上がる。お付きの宮内職員を伴って退席する彼女を、島田は一礼して見送った。

 

 扉が閉じられたところで、島田は大きく息を吐き、再びソファに腰掛けた。懐のケースから煙草を一本取り出し、灰皿を手繰り寄せる。マッチをつけようとした副官を手で制し、ジッポーで火をつけた。一息に吸い込んで、紫煙を天井へと吐き出す。

 

(すまん、五十嵐。俺にしてやれることはない)

 

 同期であり、盟友兼好敵手としてきた男の名前を思い浮かべる。瀬戸内海に停泊する戦艦〔尾張〕を住処とする彼は、島田の後を引き継ぐ形で、連合艦隊司令長官になった男だ。

 

 太陽は随分と高い位置まで来てしまった。徹夜で付き合わせてしまった副官を下がらせ、島田も仮眠を取ろうと休憩室へ入る。だが、眠気は一向に訪れず、結局一時間ほどを無為に過ごして、執務室へと戻った。

 

 程なく、第一艦隊が横須賀を出港したと、報告が入った。

 

 

 

 

 

 

 一二月一八日。柱島沖。

 

 連合艦隊旗艦〔尾張〕の一室、連合艦隊司令部の面々が詰める部屋には、重苦しい沈黙が流れていた。司令長官、五十嵐茂大将以下、参謀十数名、誰一人として口を開かない。誰もが真一文字に口を引き結び、腕を組みながら、あるいは時計の針を気にしながら、黙っている。時刻はまもなく正午を迎えようとしていた。

 

 小笠原沖に確認され、目下東京へと北上を続ける敵艦隊――深海棲艦の艦隊を邀撃せんと、横須賀から第一艦隊が出撃して早一日。無線封止中の同艦隊からは、いまだに何一つ報告はない。敵艦隊見ゆの一報も、戦闘開始の電文も、何一つ、だ。

 

(そろそろ、会敵してもおかしくない頃合いのはずだが……)

 

 カチカチと規則正しくなり続ける壁時計を見遣り、舞原は心の中で呟いた。彼は昭和一五年(一九四〇年)四月一日付けで、連合艦隊の情報参謀に抜擢されていた。同時に、階級も中佐へと上げられている。

 

 舞原は改めて、部屋の中を見回す。自軍と敵軍を示す駒が置かれた海図を囲み、腕組みをしているのは、司令長官である五十嵐と、参謀長の宇崎総司中将、先任参謀の真鶴亀十郎大佐の三人だ。他の参謀たちは、壁に背を預け、あるいは舷窓から外を眺め、もしくは煙草をふかして、流れる沈黙に従っている。

 戦闘前の、あまりにも長すぎる静けさ。戦場からは遥かに離れているとはいえ、連合艦隊の全てが集まるこの部屋にも、最前線と等しい緊張感が漂っていた。これを取り除ける者は、ただ一人としていない。

 

「……倉橋中将(倉橋望中将。第一艦隊司令官)は何をしておるのだ……!」

 

 耐えきれなくなった航空乙参謀がついに口を開く。誰かが口を開いたことに対する安堵と、今は黙っていてほしかったという溜め息が混じって、ようやく部屋の空気が動いた。

 のそりと腕組みを解いた五十嵐が、海図を見遣って重々しく口を開く。

 

「第一艦隊は、今どの辺りか」

「現在の時刻ですと、この辺りかと思われます」

 

 答えるのは宇崎だ。海兵主席の秀才である。その頭の中には、連合艦隊全ての情報と、参謀全員の思考と知識が詰め込まれているという。事実、よほど専門的なことでなければ、五十嵐の質問には宇崎が全て答えた。

 宇崎が示した海図の一点を、五十嵐と他の参謀たちも確認する。小笠原諸島と横須賀を直線距離で結んだ、そのほぼ中点だ。巡航十二ノットで進んでいれば、大体その位置ということになる。

 

「予想される敵艦隊の位置も、ほぼ同一です。もう間もなく、会敵してもおかしくないかと」

 

 うむ、と五十嵐はわずかに顎を引いた。それ以上に言えることはない。すでに賽は投げられている。第一艦隊の奮戦を祈る他なかった。〔尾張〕含め、呉に停泊している連合艦隊艦艇はいまだ戦闘の準備を終えておらず、向こう三日は出撃できる見込みがない。横須賀で即応状態にあった第一艦隊のみが、現状で唯一、深海棲艦に対抗できる戦力であった。

 

(だが、その状態も万全ではない)

 

 この場の誰もが思い至り、しかし絶対に口にしないことを、舞原も考えている。

 第一艦隊は、深海棲艦の脅威に備え、その陣容を大きく変えている。具体的には、深海棲艦に唯一対抗しうる(と言われている)艦娘が搭乗している艦が優先的に配備、編成されているのだ。ただ、その搭乗率も百パーセントではない。第一水雷戦隊こそ、旗艦〔神通〕以下配備された駆逐艦十二隻全てに艦娘が搭乗しているが、他の巡洋艦や戦艦、空母では、艦娘の搭乗率は三割にも満たない。

 

 先の「小笠原沖航空戦」(二十一航戦と深海棲艦艦隊の戦闘につけられた暫定呼称)において、御子の言葉――「深海棲艦は、人類の技術では沈められない」――が実証された以上、第一艦隊の艦娘が搭乗していない艦は無力といっていい。この状態で、戦艦二隻を有する敵艦隊とどこまで渡り合えるかについては、疑問符が残った。

 再び部屋の中に満ちる沈黙。暗雲立ち込める静寂を故意に破ったのは、意外にも宇崎であった。

 

「第一艦隊はよく訓練が行き届いております。司令官の倉橋中将も、優秀な男です。必ずや、期待に沿う結果を……第十一航空艦隊の仇を討ってくれると、確信しております」

 

 舞原は目を見開いて宇崎を見遣った。常に冷静沈着で感情を表に出さず、その様から鉄面皮、黄金仮面の異名を取った宇崎からは信じられないような、激情の籠る言葉だったからだ。そこでふと思い出す。宇崎と、十一航艦司令官の葛城は、同郷の出であり、海兵も同期であったはずだ。加えて言えば、第一艦隊の倉橋も、二人とは同じ釜の飯を食った仲である。敵わぬと知ってもなお深海棲艦と戦い、責任を一身に受けて小笠原に散っていった親友のことを、思わずにはいられないのかもしれない。今は前線で戦えない自分に変わり、もう一人の親友がその敵を討ってくれることを望んでいるのかもしれない。

 

 宇崎の肩に、五十嵐が手を置く。宥めるように、励ますように、二度肩を叩いて頷いた。

 

「参謀長の言う通りだ」

 

 実に短い一言であった。だがそれで、居合わせた参謀たちの腹は決まった。

 

 一時間後、第一艦隊旗艦〔長門〕より、「敵艦隊見ゆ」の報告電が飛んできた。

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