ガンダムビルドダイバーズRe:Bond【完結】 作:皇我リキ
真っ暗で何もない場所だった。
「───あれ?」
ふと目を覚ますと、イアの前には暗雲が広がっている。
ここは何処だ。
何故自分がここに居るのかすら分からずに、彼女は辺りを見渡そうとする。
───しかし、そうする事は出来なかった。
身体が動かない。否、身体というものを感じない。
自分というものが曖昧になる。そこには意識だけがあって、それ以外には何もなかった。
何も見えていない、何も感じない。
データの海。
サーバーエラーで止まったGBNの世界で、彼女は何もない筈の世界に一点の光を見付ける。
「君は……?」
「───を、───あげて」
見た事があるような、聞いたことがあるような、感じた事があるような。
何かは、彼女にこう言葉を残した。
「───セイヤを、止めてあげて」
「───君は!」
消える。
そこには、何も残っていなかった。
☆ ☆ ☆
何もない空間。
その場所をあえて何処かだと表現するのなら、GBNのデータの外の世界というべきか。
あるいはゲームのマップ外というと想像出来る場所かもしれない。
通常進入する事の出来ない場所。
ゲームのデータとして用意されたマップの外。
その場所は、そういう場所である。
「───ここは何処だ!」
イアはそこに居た。
「そして君は誰だ!」
「俺はアオト。お前は?」
そして、彼女の前に現れたアオトはそう言ってイアに名前を聞く。
「え? えーと、イアと申します。よろしくお願いします?」
突然名前を聞かれ、反射的にそう答えるイア。
何が何だか分からない。
ReBondがスズと共にマギー達強敵と戦った後、反省会をしていたところまでは記憶があった。
しかし、気が付いたら彼女はこの場所にいて何が何だか分からないでいる。
そしてやっと現れた話す事の出来る相手は、表情を変えないでこう口を開いた。
「本当に人間じゃないのか?」
「何言ってるか分からんけど、ボクはELダイバーって言われてるらしいよ?」
目を細めてそう答えるイア。
その姿は何処からどうみても人間のそれである。
GBNはアバターとしてログインする為に、人外の姿のアバターでもいられる場所だ。
そういう意味で、データとして形のないソレが人の姿をしているだけの物。アオトという少年はELダイバーをそういうものだと思っていたのだろう。
だから───
「……怖いとか、あるのか?」
───彼は、彼女のあまりにも自然な仕草に内心驚いていた。
ただ、それは表に出さずに。
アオトはイアの表情豊かな顔を見ながらそう問い掛ける。
もっとNPCのような機械的な、受動的な存在だと思っていたからだろうか。興味が湧いてしまったという言い方が正しい。
「そもそもボクは今自分の状態が良くわかってない」
「……それは、そうか。お前は俺達に連れ去られて、今ここで拘束されてるんだ」
「なんでそんな事を!? ボク何か悪い事した!?」
「悪い事……」
大袈裟に目を丸くするイアを見て、アオトは固まってしまった。
悪い事。
彼女は何もしていない。彼女を含め、ELダイバー達は何も悪くない。
アンチレッドに所属する者の中には、もしかすればELダイバーに恨みを持つ者も居るかもしれないだろう。
セイヤはNFT以降、理由は違えどGBNへと復讐するという同じ目的を持つ者達を少しずつ仲間にしてその規模を増やしていっていた。
全ては復讐を果たす為。
しかし、少なくともアオトはELダイバーに恨みはない。
彼はただ、自分から全てを奪った一人の幼馴染が許せないだけで───
「お前は、何も悪くないよ」
「お前じゃない。ボクはイアだって言ったろ、アオト」
「……馴れ馴れしいな」
「君は話に聞いてたより無愛想だ」
「聞いていた……?」
ふとイアの口から漏れた言葉に、アオトは目を見開く。
何故彼女が自分の事を知っているのか、理解出来ない。
「ケイやユメとか、タケシから沢山思い出聞かされたぞ? 良く笑う奴だとか、皆を驚かせるのが得意で、ガンプラも! 一番面白い作り方をするってな!」
「ケイスケ……達が」
拳に力が入った。
「───イア、か」
「何?」
「……なんでもない。イア、俺達はGBNのサーバーを暴走させて破壊する。その為にELダイバーをこのエリア外───GBNの裏世界に連れてきたんだ」
「なんでボク達を?」
イアには見えないが、この場所には他のELダイバー達も軟禁されているらしい。
「……ELダイバーという膨大なデータでGBNのサーバーを圧迫して、この世界を壊す。その為にELダイバーをログアウトさせないでこの世界に留めておく必要があるんだ。セイヤさんがそう言ってた」
全てはアンチレッド───セイヤの目的の為に。
「セイヤ……あの人の事か」
アオトはその具体的な方法までは知らないが、彼女達の持つ膨大なデータは一つのゲームサーバーに留めておくにはあまりにも重い物だという。
事実───ELダイバーサラを巡る第二次有志連合戦が勃発した通り、その存在はこの世界の存亡に関わるものだった。
逆に、その膨大なデータ量を逆手に取り───セイヤはこのゲームのエリア外への進入や、アオトのブレイクシステムの開発を成し遂げたのである。
「───つまり、簡単に言うとボクが爆発してGBNが吹っ飛ぶって事だな!?」
「なんでそうなる。……いや、そうなるのか」
「アオトはなんでこの話をボクにしたんだ?」
ただ、気になった。
ELダイバーという存在が。
電子の海で生まれた生命。セイヤはNPCと変わらないと言っていたが、実際に話してみるとどこか違うように感じる。
「……怖いか?」
その神秘の存在に、手を伸ばした。
「そりゃ、ボクが居なくなるのは怖い。でも、分からないな。ボクには、死ぬとか生きるとか。……ボクはもっと、怖いものがある」
「怖いもの?」
「ケイ達と会えなくなる事。……皆と居るのは、楽しいから」
「楽しい……」
忘れていた感情を思い出す。
「……違う」
「アオト?」
「俺は、復讐をするんだ。ケイスケに、ガンプラにな……」
何かの間違いだ。
「お、おい! アオト! アオトってば! もっと話そうよ! ここ暇なんだけど!?」
イアに背中を向けて、アオトはその場を去る。
それはタダのデータだ。
自分を唯一導いてくれたセイヤさんがそう言うのだから間違いはない。
「───おいアオト、何をしていた」
「……セイヤさん。いや、ちょっと……ELダイバーってなんなんだろうと思って」
セイヤに呼び止められる。
裏世界に作られたフォースネスト。
そこが、今のアンチレッドの拠点になっていた。
「話してきたのか」
「は、はい」
「アレはデータだ。レイアもそうだったように。だから、GBNに消された」
セイヤはアオトの目を見ないでそう言うと「そうだっただろう?」と小さな声を漏らす。
そうであってほしかった。
アオトにはそう聞こえる。
「……はい」
そんな事はない。
彼女は生きていた。他のELダイバーも同じ筈である。
きっと、彼が語るレイアだってそうだった筈だ。それなのに、GBNがその命を奪った事が許せない。
なればこそ彼は───セイヤはGBNにされた事への復讐として、同じ事を繰り返そうとしている。まるで仕返しをする子供のように。
───それで良い筈だ。
復讐とはそういう事なのだから。
かつて自らから何もかも奪ったケイスケの、何もかもを奪う。
「……そう、それが俺の復讐だから」
何もかもに背を向けて、彼はそう言葉を落とした。
ガンプラも、GBNも、関係ない。ただ、彼は一人の幼馴染が憎いだけで。
そう、関係ない、筈───