ガンダムビルドダイバーズRe:Bond【完結】   作:皇我リキ

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ガンプラとトラックと

 路地裏を走るトラックの助手席で、男は眠たそうな表情で運転手の肩を叩いた。

 

 

「スピード出し過ぎよ」

「大丈夫っすよ! この辺人通りないんで!」

 運転手は男の言葉にそう返してハンドルを握る。

 

 男は「元気なのはいい事だけどねぇ」と窓の外を見ながら自分の耳に小指を突っ込んだ。

 

 

 とある運送業者の事務員である男は、そのトラックが向かう取引先に用事があったので助手席に乗っている。

 普段一人で仕事をさせているドライバーの社員は、裏道も知っていて運転も上手かった。狭い道で大型のトラックをしっかりと運転するその姿は頼もしい。

 

 確か彼は入社した時「自分は車の運転が好きです」と言っていた事を思い出す。

 新入社員だった頃のドライバーを思い出しながら、ふと道路に視線を戻したその時だった。

 

 

「……ガンプラ?」

 道路の右側にあるプラモ屋から、何か小さな物が転がって来るのが見える。

 ドライバーはそれに気が付いていないようで、男はドライバーの肩を叩きながら「止まれ!」と声を上げた。

 

「───え? うわぁ!!」

 同時にプラモ屋から一人の女の子が飛び出して来る。

 ドライバーはブレーキを踏みながらハンドルを切るが、トラックは少女を轢いて道路を血の海に変えた。

 

 

 

「ユメカ……ユメカ!!」

 プラモ屋から、轢いてしまった少女と同い年くらいの男の子が飛び出して来る。

 女の子は血だらけで横たわっていて、男の子は青ざめていた。

 

 

「……な、なんてこった。ひ、ひぃ……ど、どうしたら……どうしよう!」

「あらら……これはヤバいな」

 片目を瞑って頭を掻く男は、直ぐに携帯を取り出して救急車を呼ぶ。

 ドライバーは事の重大さにパニックになっていて、男はそんな男性の替わりにサイドブレーキを掛けてトラックから降りた。

 

 

「……ガンプラ」

 女の子の元に駆け寄ると、彼女は大事そうにガンプラを抱え込んでいる。

 そんな姿が見ていられなくて、男は女の子から目を逸らした。

 

 

「ユメカ! ユメカ!」

「待て君。おじさんが救急車を呼んだから、下手に触るな。お医者さんに任せるんだ」

 女の子に泣き付く男の子を引き剥がしながら、男はトラックの運転席に視線を向ける。

 

 

 運転手は顔を真っ青にして固まっていた。

 この事故で運転手はおろか会社にも暗い未来が待っているだろう。

 

 ガンプラを握る少女を見て、男はどこか明後日の方を見ながら小さくため息を吐いた。

 救急車が走る音が聞こえる。トラックを退かさないとな。

 

 

 

「……ガンプラ、ね」

 事故後、彼等の勤める運送会社は倒産した。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 鼻歌混じりにプリクラの機械から出て来るヒメカは、取った写真を大事そうに鞄に仕舞う。

 ふと時計を見ると時刻は夕方前で、歩いて帰る事を考えるとそろそろ帰路につかなければいけない時間帯だった。

 

 

「お姉ちゃん、そろそろ帰る?」

 もっと姉と遊びたい気持ちがあるが、車椅子生活の姉にこれ以上無理をさせたくない。

 そんな想いからヒメカは自分から帰宅を提案するが、当のユメカは隣の玩具屋さんに視線を向けている。

 

「……お姉ちゃん?」

「あ、ごめんごめん。帰ろっか」

 ついつい玩具屋のプラモデルコーナーに視線を取られてしまった事を謝りながら、ユメカも時計を確認してそう言った。

 

 

「プラモデル見たいの?」

 しかし、ヒメカのそんな言葉にユメカは焦った表情で首を横に振る。

 今日は妹の為にお出掛けをしたのだ。自分の興味と用事を優先する訳にはいかない。

 

 

「……お姉ちゃんは、ガンダムが嫌いじゃないの?」

 しかし、唐突な質問にユメカは驚いて固まってしまう。

 

 ヒメカは事故の原因になったガンダムもガンプラも嫌いだ。

 それは彼女の優しさが原因でもある。事故にあったのは道路に飛び出した本人が悪い、なんて彼女には思えないのだ。

 

 

「……私は、ガンダムもガンプラも大好きだよ」

 だからこそユメカはそう答える。

 

 自分の嫌いな物を大好きな姉が好きという事実は彼女を傷付けるかもしれない。

 だけどそれ以上に、ガンダムを嫌いでいる事でこの先も妹に辛い思いをさせたくはなかった。

 

 だからユメカは、真っ直ぐに妹の目を見て口を開く。

 

 

「お姉ちゃん……」

「ガンダムもガンプラもね、作った人の気持ちが沢山篭ってるの。私が事故にあったのは、そんなガンプラを守りたかったから」

 あの日、道路に投げられたのはアオトがずっと使い続けて自分なりの想いを込めて作ったガンプラだった。

 

 その頃は別にガンダムにもガンプラにも興味はなかったけれど、幼馴染み達がとても楽しそうに遊んでいるのが印象的だったから。

 今ガンプラに関わって、遊んでみて。その気持ちも少しずつ分かってきたからこそ、彼女はそう言ったのだろう。

 

 

「私は……」

「ねぇ、ヒメカ。ヒメカも一緒にガンプラ作ってみない? 偶に私の飛行機のプラモ作り手伝ってくれるよね? 私、実はまだ自分でガンプラ使った事ないんだよね」

 ユメカは昔から航空機が好きでよくプラモデルを作ったりもしていたのだが、ヒメカもプラモデル作りを手伝ったりした事はあった。

 それと同じ。それで良いから、ガンプラの魅力を妹にも伝えたい。そう思って、ユメカはそんか提案をする。

 

 

「お姉ちゃんと……プラモデル作り」

 ユメカの提案に、ヒメカは目を泳がせた。ガンプラは嫌いだけど、姉と一緒にプラモデル作りが出来るという葛藤に心が揺らぐ。

 

「嫌?」

「い、嫌じゃないよ!」

 姉の上目遣いにヒメカは反射的にそう答えた。

 嫌かどうかといえば分からないが、姉と一緒に何か作業が出来る。それだけでもヒメカは嬉しかった。

 

 

「よーし、それじゃガンプラ買おっか!」

 ユメカのその言葉に、ヒメカは車椅子を押して玩具屋のプラモデルコーナーに向かう。

 お店の奥に鎮座するプラモデルは棚に数えきれない程並んでいた。それを見て、ユメカは困った表情を見せる。ヒメカはそんな彼女を見て首を横に傾けた。

 

「お姉ちゃん?」

「あ、いや……どのガンプラを買おうかなって」

 ガンプラはスタンダードなHG(1/144スケール)の物だけでも、千種類以上の商品が発売されている。

 勿論全ての店に全てのガンプラが置いてある訳ではないが、デパートの中の小さな玩具屋ですらその品数は目を回す程だった。

 

 

「お姉ちゃんが好きなガンダムで良いよ!」

「全部ガンダムって訳じゃないんだけどね。うーん、どうしようか」

 ユメカが知っているガンダム作品はSEEDとOOのアニメと劇場版だけである。

 知っている機体もチラホラあるが、特段どれが好きという訳でもなかった。

 

 

「お客さん、どうかなさいましたか?」

 そうして悩んでいると、店の店員が話しかけてくる。

 ユメカは自分達があまりガンダムを知らない事と、妹と作りたいという事情を簡単に説明した。店員は「なるほどなるほど」とお店の棚を物色し始める。

 

「それなら、このベアッガイは如何ですか?」

 そうして店員が棚から出したのは、カラフルな熊の親子のようなプラモデルだった。

 少しロボットチックな姿はしているが、自分の知る限りガンダム作品には登場しなそうな機体にユメカは目を丸くする。

 

 

「ナニコレ?」

「わー、熊さんだ! 可愛い!」

 対してヒメカはそのプラモを見て年相応の反応をした。テディーベアではないが、まるで熊のぬいぐるみのような感覚である。

 

「これはベアッガイといって、ガンプラのマスコットみたいなキャラクターなんだよ。組み立てるのも簡単で、女の子にも人気なんだ」

「簡単……」

 ベアッガイの説明をしてくれる店員の言葉に、何故かヒメカは眉間に皺を寄せて反応した。

 

 

 簡単という事は、直ぐに終わってしまうという事。それは、姉との時間が直ぐに終わってしまうという事。

 頭の中でそんな方程式を組み立てたヒメカは、大きく首を横に振る。

 

 

「難しいの! パーツが沢山あるプラモデルを下さい、です!」

 間髪入れずに、彼女は真剣な表情でそう言った。

 

「ヒメカ?」

「難しいの、ですか」

 ヒメカの反応に困惑するユメカと店員。理由は分からないがお客さんの要望に応えるのが仕事だと、店員は再び棚を物色し始める。

 

 

「パーツが多くて難しいというと、この辺ですかね。NT-Dバンシィとか」

 次に店員が取り出したのは、黒いガンダムのプラモデルだった。

 見た感じ武装も細かそうで製作は難しそうである。ヒメカはそのガンプラを見て「これです!」と声を上げた。

 

「えーと、バンシィ。……ガンダムUCって作品のガンダムなんだね」

 知らない機体なので、今度ケイスケに話を聞こうと思いながらレジに向かうユメカ。

 しかし、ふとヒメカを見てみると棚に戻されたベアッガイに視線を取られている事に気が付く。

 

 

 どういう理由か分からないけれど、本当はベアッガイも作りたいんじゃないだろうか。

 そう思ったユメカは自分で車椅子を押して、棚に戻った。そうして戻されたベアッガイのガンプラに手を伸ばすが、車椅子に座ったままでは手が届かない。

 

「お姉ちゃん?」

 レジで会計をしている店員の前で、ヒメカはそんな姉に気が付いて首を横に傾ける。

 

 

「んぬぬ───っあ?」

 必死に手を伸ばすユメカにヒメカと店員が気が付いたその時だった。

 ユメカがバランスを崩して車椅子が傾く。ヒメカが手を伸ばして悲鳴を上げるが、その手が届く距離でもなかった。

 

 

 

 

「───おっと」

 目を瞑ってしまった姉妹の耳に、そんな声が響く。

 それは車椅子とユメカが倒れた音でも、店員の声でもなかった。

 

 

「危ないよ、お嬢ちゃん」

 続くそんな声にユメカが眼を開くと、倒れそうになった自分の身体を二十代後半の男性と思われる男が支えてくれている。

 

 男性は少し長めの髪を後ろで縛っていて、無精髭と眠そうな目が特徴的だった。

 

 

「よっと」

 男性は車椅子にユメカを座らせると「これかい?」とベアッガイのガンプラを彼女に手渡す。

 

 

「……あ、ありがとうございます。助けてくれて」

 驚いたユメカは少したじろぎつつも、男性にお礼を言った。遅れてヒメカが駆け寄ってきて「ありがとう、です」と頭を下げる。

 

「なーに、おじさんが偶々ここに居ただけよ。でも───」

 そう言いながら男性はユメカと視線を合わせた。姉との顔が近い事に眉間に皺を寄せるヒメカだが、男性は特に気にしていない。

 

 

「───事故は危ないから、気をつけな」

 続くそんな言葉に、ユメカは「ご、ごめんなさい。ありがとうございます」と頭を下げる。

 少し意味深げな言葉に首を傾げながら、二人はバンシィとベアッガイのガンプラを買ってデパートを後にするのだった。

 

 

 

 

 デパートの帰り道。

 二人は人通りの少ない路地裏をゆっくりと歩いていく。

 

 鞄と玩具屋で買ったガンプラを持つヒメカは鼻歌混じりで機嫌良くスキップをしていた。

 

 

「嬉しそうだねぇ」

 そう言うユメカ本人も、ヒメカが喜んでいる事を嬉しく思う。

 

 ガンプラが嫌いだったヒメカと初めてのガンプラ作り。

 ヒメカには今の自分とガンプラに向き合って欲しい。そんな願いが叶いそうで、帰るのが楽しみだった。

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん。なんでこの……えーと、ベアッガイも買ったの?」

 一度棚に戻してから、転びそうになってまで手を伸ばしたベアッガイ。

 そうまでして購入に踏み切った訳を、ヒメカは姉に問いかける。

 

「私もね、ガンダムをちゃんと知ってる訳じゃないんだ。……でも、ヒメカが可愛いって思った物を私も可愛いって思ったから」

「お姉ちゃん……」

 そんな姉の言葉が嬉しくて、ヒメカはつい手に取っていたベアッガイのガンプラを落としてしまった。

 

「あー、もぅ。ダメでしょヒメカ」

「ご、ごめんね!」

 笑いながら注意をするユメカに焦って謝るヒメカ。

 

 

 ベアッガイのガンプラは少し転がって目の前の交差点に仰向けになる。

 そんなガンプラを取ろうとユメカが自分の車椅子を押して手を伸ばそうとした───その時だった。

 

 

「───ぇ」

 クラクションが鳴る。

 

 まるで待っていたかのように、ユメカが交差点に差し掛かった丁度その時に、大型のトラックが交差点に向かって走ってきていた。

車の運転手がハンドルを切りながらクラクションを鳴らしているのが見える。時間がゆっくり流れている気がした。

 

「お姉ちゃん!!」

 いつかの記憶が蘇る。

 ガンプラを取ろうと飛び出した道路。吹き飛ばされる自分の身体。激痛と恐怖。

 

 

 

 

 タイヤが滑る音が聞こえて二人は目を瞑った。




交通事故には気をつけようね。

次回もお楽しみに!
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