ガンダムビルドダイバーズRe:Bond【完結】 作:皇我リキ
GBNからログアウトする。
「ごめん、ケー君、皆。私、行かなきゃ」
現実の世界に戻ってきたユメカは、携帯端末を手に取って今さっき入ったばかりのメールを開いた。
妹のヒメカからの連絡。
そこには、位置情報だけが記されてある。
「ここは……前、ケー君とアオト君が戦った廃工場」
直ぐに地図を開いて、位置情報の場所を確認した。その場所は、以前GBNのサーバーエラーが続いていた時にアオトがケイスケとバトルをした場所である。
「あそこなら、歩いても行ける。車椅子でも、きっと行ける」
しかし、今ユメカは一人だった。
下半身を動かせない以上、彼女は一人で車椅子に乗るのも難しい。
「待ってて、ヒメカ……!!」
それでも、彼女は何の躊躇いもなくベッドの上から転げ落ちる。
這ってでも前に、少しずつ進んで、数分掛かって、彼女はようやく自分の部屋の扉を開いた。
「絶対に助けに行くから……」
この世界は自由じゃない。
MSに乗って自由に飛ぶ事も、女の子らしくおしゃれする事も、歩く事すら出来ない。
それでも、ユメカにとって今はGBNよりも守らないといけない物がある。
ヒメカがセイヤに連れ去られて、GBNで待っているかもしれない。
その事が分かった時から、こうする事は決めていた。
妹と喧嘩して、ちゃんとした姉として、ヒメカを迎えに行く。
だから、こんな所で立ち止まってる場合じゃない。
「動け……動け私の身体。足が動かないがなんだ! 立てないのがなんだ! 夢が追えなくなったのがなんだ!」
転がるように玄関に辿り着いた。車椅子に這いあがろうとして、その車椅子を横倒しにしてしまう。
「私には皆が居る。ケー君が居る。タケシ君やアオト君も居る。イアちゃんも、ニャムさんもカルミアさんも、スズちゃんやアンジェリカさん、アンディさん達。沢山友達がいる!! 下半身付随がなんだ!! 走れなくても、一人でお風呂すら大変でも、それでも、私はお姉ちゃんだ。だから! 立て!! 立って妹を助けに行く!! お願い、ユメ!! 私に力を貸して!!」
GBNでの自分自身が、支えてくれる気がした。
身体をゆっくりと持ち上げる。感覚がない。けれど、GBNでの事を思い出して。
「行こう……ユメ」
ユメカは立ち上がり、玄関の扉を上げた。
ほんの一瞬。
彼女はその足で、自分の足で歩く。
けれど、現実はGBNのようにはいかない。
彼女は直ぐに転んで、玄関の前で転がった。
「……っ、ヒメ……カ」
分かってる。
そんな奇跡なんて起きない。
だから、何度転んでも、這いつくばってでも、ヒメカの所に行こうと思っていた。
「──ユメカ、ちゃん……だよね?」
「ぇ?」
そんな彼女に、一人の男が話し掛ける。
彼女の家の前で、トラックを降りて立っていた一人の男。
ユメカはそんな彼の事を何処かで見た事があった気がした。
「あなたは……確か、トラックの」
「サトウだ。……そう、君を轢いたトラックの運転手」
サトウは何故こんな所で彼女が転がっているのかと思いながらも、その手を伸ばしてユメカを抱き上げる。
そしてそのまま彼女をトラックの助手席に座らせると「これじゃまるで人攫いじゃないか……」と目を細めながら頭を掻いた。
「……も、もしかして私今から攫われるんですか!?」
「違う!! 違う違う!! そんな事するか!! あー、くそ!! もう!!」
ユメカから目を逸らして「シートベルト!!」と言い放ったサトウはトラックの運転席に座る。
そのまま数秒、沈黙が続いた。
「……あの、えっと……私、いかないと行けない場所があるんです」
「分かってる。……妹ちゃんの所だろ」
「ぇ……なんで?」
想像していなかった返事に目を丸くするユメカ。
サトウは「なんでだろうなぁ」と自分の頭を抱える。
「……あんたさ、俺の事……恨んでるだろ?」
「恨んでないです」
即答。
サトウは拳を強く握り、ユメカを睨み付けた。
「なんでだよ!! お前の、その足を奪ったのは俺なんだぞ!! ガンプラと、俺だ。俺の運転してたトラックが! お前を轢いたんだ!! それなのに……なんで!!」
六年前。
重体で入院していた彼女の見舞いに行ったサトウが見たのは、夢も友達も失った可哀想な女の子だったのである。
彼女の両親がサトウに「あの子の夢は飛行機の操縦士だったんだぞ」と怒鳴りつけてきた時の事を忘れた事はない。
本当に、痛いし苦しい思いをして、前を見れなかった彼女は───それでもその日、サトウにこう言った。
「───私のせいで、ごめんなさい」
その子が何を言ってるのか分からなくて。
サトウは逃げるように病院を後にする。
それ以来、彼女の顔を直接見たのは今日が初めてだった。
「……私が悪いからっていう、私のわがままだから」
「わがまま……?」
「私は、事故でこうなっちゃって……夢も友達も失いました」
「……っ」
「けれど、これ以上何も失いたくなかった。ヤケになって、大切な友達が離れていっちゃうんじゃないかって怖くなった。貴方を責めて、嫌な奴だと思われなくなかった。……これが、私のわがまま。私は貴方が思ってる程、良い子供じゃないです」
サトウの目を真っ直ぐに見て、彼女はそう言う。
本当に、真っ直ぐな目だった。カルミアの言葉が、サトウの中で木霊する。
「……だから、私、わがままなんです。GBNがないと、私嫌だ。大切な友達と遊べなくなるのも嫌。大好きな男の子が一緒に遊んでくれなくなるのも嫌。妹が辛い思いしてるのも、嫌。……だから、私は妹の所にいかないといけない。邪魔、しないでください」
「そうか。……お前は本当に、良い子なんだな」
溜め息を吐きながら、サトウは車のエンジンを掛けた。
「ちょ、聞いてました!? 私、妹の所に───」
「場所、分かってるんだろ。早く教えろ」
「ぇ……サトウ、さん?」
「妹を迎えに行くんだろ? まさか、お前そのまま這って行く気だったのか!?」
「それは……えーと、ぇ?」
「だから!! 連れてってやるって言ってんだよ!! このバカ!! これだからガキは……」
「サトウさん……!!」
目を輝かせながら、ユメカは自分の端末をサトウに見せる。
目的地は廃工場。
奇しくもそこは、サトウがユメカを轢いた時に働いていたセイヤ達の会社の跡地だった。
「全速力で! 急いで行きましょう!」
「悪いが断る」
「なんで!?」
「安全運転第一に決まってるだろ、バカが。ほら、とっととシートベルトして後方確認を手伝う。それが助手席に座る奴の仕事!」
そんなサトウの言葉にポカンとするユメカ。
「もう人を轢くなんてごめんだね。次免停なんてくらったら、それこそ俺が全部失うっての……。分かったか? ガキ」
「……ぁ、はい! 安全運転でお願いします! あと!!」
「あと?」
「ユメカです!!」
「……ぷっ、ハハッ。分かってるよ。行くぞ、ユメカ」
トラックはエンジン音を鳴らして走り出す。
安全運転で、気持ち早めに。
☆ ☆ ☆
廃工場。
サトウはあらかじめトラックに積んでおいた車椅子を下ろすと、ユメカを座らせて「行くか」と車椅子を押した。
「ありがとう、サトウさん」
「これはケジメだ。えーと、確か……ここか」
工場に入ると、サトウは個室の扉を開ける。
そこには、GBNからログアウトしたヒメカが座っていた。
「ヒメカ!!」
「お姉ちゃん……本当に、来て───わ!?」
「当たり前だよ!! お姉ちゃんだもん」
車椅子から飛び降りて、ヒメカを押し倒すように抱き付くユメカ。
そんな二人を見ながら、サトウは「こんな所でイチャつくな」と目を細める。
「言っとくが、トラックは二人乗りだ。帰りは歩きだぞ」
「うん。本当にありがとう、サトウさん」
「げ……この人お姉ちゃんを轢いた人じゃん!!」
「良く覚えてるな……」
罰が悪そうに目を逸らすサトウだが、ユメカは妹に「そんな事言ったらだめ。ここまで私を連れてきてくれたのは、サトウさんなんだから」と説明をした。
「なんで? あなたも、私と同じで、あのセイヤって人と……GBNを壊すって」
「……カンダさんに、説教されてな。やっと目が覚めた……いや、違うな。ずっと目を逸らしてたんだ。俺達大人が、子供の未来を奪う……俺が君達にした事を、また繰り返す。……そんな事、二度とあっちゃいけないのに」
「サトウさん……」
「だけど、俺に出来る事はもうない。セイヤさんは誰も止められない。……GBNは、もう崩壊する」
「そんな!」
目を逸らすサトウに、ユメカは願うようにヒメカが使っていたログインマシンに目を向ける。
今GBNでは何が起きているのか。
「サトウさん!! お願い、私をまたGBNに連れてって!!」
「おま───ユメカ、妹を置いて家に帰る気なのか!?」
「そんな事しない! ヒメカ、ログアウトしたならそのログインマシン……借りても良いよね? サトウさん。私のIDでログイン出来るようにして下さい。出来ますか?」
「ぇ……ぁ、うん。良いけど」
「出来なくはないが……」
「私は、もう一度GBNに行く。皆を助けなきゃ」
「お姉ちゃん……」
「ユメカ……」
二人は彼女の真剣な表情に圧倒された。
車に轢かれても、夢を失っても、誰にも何も願わなかった彼女が───今、誰かの助けを必要としている。
断る理由があるだろうか。
「ダメ」
「ダメだな」
「ぇ……そんな」
しかし、断られた。
ユメカは視線を落とす。
「お姉ちゃん、言ってくれたよね。私とGBNで遊んでくれるって」
「ヒメカ……?」
「もう乗り掛かった裏切りの船だ。俺もこのまま帰る気はない。この工場にはまだログインマシンが沢山あるからな。準備して、三人で乗り込むぞ。GBNを救いにな!」
「サトウさん……!!」
サトウは言うと同時に、準備に取り掛かった。
その間、ヒメカは自分がログアウトする前に起きた事をユメカに話す。
「機体が動かなくなった……?」
「うん。お姉ちゃんの機体を撃って直ぐ、ゲームの世界を嫌な光が包み込むようになって……。光が、そこに居た皆のプラモを壊したの」
「光が……」
「ハイメガキャノン、か」
二人の会話に、準備を終えたサトウが憶測を口に出した。
セイヤのファーヴニルリサージェンス。その必殺技。
それは膨大なチャージ時間が必要だが、放たれればその宙域の機体を薙ぎ払う事くらい訳がない技である。
サトウはそれを知っていて、もしそうなったのなら───
「……もう、手遅れなんて事になってなければ良いが」
「そんな……」
「お姉ちゃん……」
「とにかく急ぐぞ!! 社長を止める。……未来の子供達の為にな」
───そこに居た物は全滅していてもおかしくなかった。