ガンダムビルドダイバーズRe:Bond【完結】 作:皇我リキ
雨が降っていた。
あの時の事はまだ鮮明に覚えている。
「ごめん……!! ごめんよアオト。僕が間違っていたんだ……許してくれ!! アオト!!」
「……父さん、もう良いんだ。……うるさいよ」
「アオト……」
父親の事が大好きだった。
ガンプラバトルが強い父。ガンプラを作るのが強い父。ガンプラが、ガンダムが大好きな父。
狂ってしまった世界の中で、その事に目を背けながら、子供だった自分なりに考える。
「何が悪かったんだろう……」
幼馴染みの女の子が好きになった。幼馴染みの男の子もその子が好きみたいだけど、その男の子の事も大切で。
だから、真剣勝負。恨みっこなし。
そう思っていたのに。
──ケー……君──
女の子は父が投げ捨てた僕のガンプラを拾いに行ってくれたせいで、車に轢かれてしまう。
でも、それは僕の為に動いてくれた事。そんな風に思って僕は嬉しいと思ってしまった。
けれど、車に轢かれた大好きな女の子に駆け寄った僕の耳に入って来たのはアイツの名前。
自分が最低だってことに、気が付いてしまう。
「そうだよ、悪いのは僕なんだ。父さんの苦しみも分かる、ユメカの気持ちも分かる、ケイスケが凄い奴だってのも分かる。僕はそれなのに、何もできないじゃないか!!」
「アオト……!!」
家を出た。
分かっている。僕は未熟で、ユメカに好かれる男ではなくて、ケイスケの方が優れている事なんて。
ならどうしたら良いんだよ。僕にどうしろって言うんだよ。
父の夢を壊したGBNを恨んだ。僕を選んでくれなかったユメカを恨んだ。僕より優れていて僕からユメカを奪ったケイスケを恨んだ。
恨む事しか出来ない。僕は弱い。僕には何もない。
でも、ひとつだけあるとするなら───
「───ケイスケ」
「───アオト?」
雨の日、大嫌いになった親友の家に行く。
「これ、受け取ってくれ」
僕はお前が嫌いだ。
───けれど、ケイスケ達と遊ぶのが楽しかった事だけは嘘じゃない。ユメカの事が好きだったのも、父を尊敬していたのも。
「……ユメカの事、頼んだ」
「お、おいアオト!」
大切にしていたガンプラを、思い出をケイスケに渡す。
僕はお前が嫌いだ。けれど、ユメカの事もお前達との思い出も、父の大好きだったGPDも、僕にとって大切な物だから。
だから、それをお前に渡したんだよ。
僕は───俺は、お前が大嫌いで、お前の事が本当に羨ましくて。
「ケイスケなら……きっと、ユメカを笑顔にしてくれる」
尊敬していたのだろう。
☆ ☆ ☆
崩れ落ちた。
「……お前なら、良いと思ったんだよ」
「アオト?」
イージスブレイクは再生しない。アオトの戦意が削がれたからか、その気持ちをガンプラが受け取ったからか。
「俺は……お前が嫌いだ! 周りがちゃんと見えて、ユメカ以外の事も考えられて、強くて羨ましい。俺はお前が嫌いになるくらい、お前の事を知ってるんだよ!! だから……だからお前に託したんだ、俺の気持ちを、俺の大切な思い出を!! お前なら守ってくれるって信じられる程、俺はお前の事を知ってる。親友だったんだ!! だから、お前を知ってるから、嫌いになれた!! 嫌いになったんだよ!!」
「アオト……」
手を伸ばして、気持ちをぶち撒ける。
子供の頃からそうだった。
本人が気付いているかは分からない。けど、ユメカばかり見ていた自分と違って彼は本当に周りが見えていたとアオトは思っている。
タケシの事も、勿論アオトの事も。
ケイスケ自身はユメカに好かれたいから、それだけしか考えてないと思っていたのかもしれない。けれど、ケイスケを本気で嫌いになる程知っているアオトには分かるのだ。
彼の魅力が、自分にない物を持っているケイスケという少年の事が。
冷めているようで負けず嫌いなのも、夢中になればとことん突き詰められるのも、それはユメカへの気持ちだけじゃない。
ちゃんとガンプラが好きじゃなきゃ、そうでなきゃ、ケイスケとアオトに差はない筈だったのである。
「よくお前達言ったよな。俺はガンプラを作るのが上手で、面白い改造をしてくるって。……全部、俺はユメカに褒めてもらいたくてやったんだよ。バトルだってユメカに認められたくてやってただけだ!!」
最初は勿論ガンプラが好きだった。
けれど、いたからだろうか。ユメカの事しか考えなくて、ガンプラよりユメカの事を考えて。
「でもお前は違う。気持ちは同じでも、本気でガンプラに取り組んでいた。俺に勝った時、ユメカの事を見ずに自分のガンプラをしっかり見ていた。俺に負けた時、ユメカの様子を見ずに自分のガンプラを見て凹んでいた。……俺にはそれがなかった!! 本気でガンプラに向き合う気持ちが。お前は……違うんだ。ユメカへの気持ちだけじゃない。本気でガンプラバトルを楽しんでいた。裏切ったのは俺だ!! ガンプラも、友達も、好きな女の子も、裏切ったのは全部俺なんだよ!!」
けれどケイスケは違う。
ケイスケはちゃんとガンプラに向き合える男だった。
大きな夢があって、必死にその夢を追いかけているユメカにとって、どちらが魅力的だったのかなんて言うまでもないだろう。
「アオト君……」
ユメカもきっと、その気持ちは無意識だった筈だ。
特にアオトとケイスケを比べるような事はしていなかったし、今もしていない。
自然と、静かにでも何かに真剣になれる。そんな格好良い男の子を好きになっただけなのだから。
「……そっか」
「そうだ。失望したか? 俺の……僕の、こんな惨めな姿を見て失望したろ!! お前の知るアオトなんて奴は、偽物なんだよ。お前の友達だったアオトなんてもう居ないんだよ!!」
もう彼には何も残っていない。
だから、彼を認めてくれたイアという少女の存在が心地よかったのだろう。
「……いや、安心したよ」
「なに?」
そんなアオトに、ケイスケはゆっくりと落ち着いた声を掛けた。
「俺も、お前の事ちゃんと嫌いになれそうだ」
「ケイスケ……」
ずっと思っていた事がある。
壊れても、直せば良い。
それは壊れてなければ直しようがないという事。
アオトが自分の事を嫌いでも、自分がアオトの事を嫌いになれないから、壊れ切れてないから、直せないんじゃないだろうか。
でもどうやってもアオトの事が嫌いになれなかった。
ユメカの気持ちは分からない。
けれど、アオトが居なくなってくれたおかげでライバルが居なくなったという最低な気持ちだけが残って。
自分だけが許せなかったのだろう。
「───ふざけんなよ、お前。勝手に負けたつもりになって!! 負け逃げっていうんだよ、それは!! 俺は、お前にちゃんと勝って……ユメカの事が欲しかったんだよ!!」
「───なんだよ、お前。これ以上俺を惨めにしたいのかよ!!」
立ち上がり、闘志の炎のようなオーラを纏うイージスブレイク。
その眼前にストライクReBondが立ち塞がった。
「あぁ、そうだよ。俺は負けず嫌いだから、お前を完膚無きまで叩きのめさないと安心出来なかったんだ!! お前は俺と違うだって? 当たり前だろ!! 俺は自分が満足しないと気が済まないんだ。友達も、ユメカも、全部大切にしてやるんだよ。その為だったらお前を何度でも惨めにする。泣かせてやる。……そして、そんなお前の手を取る!!」
「お前の手なんか取るものか。……俺にはイアが居るんだよ!!」
「なんだ……イアの事知ってたのか。だったら丁度いい。アイツは俺達の仲間だから、またお前から奪ってやる!!」
「お前、この……お前は!! いつもいつも!! ケイスケぇぇえええ!!!」
ブレイクバーストが発動する。全身から放たれるビームが、TRANSーAMが終了しているストライクReBondを襲った。
「取り戻したかったら俺を倒せよ!! それで、喧嘩して!! 壊して!!! また直せば良い……そうだろ!? アオト!!!」
何度壊しても。
「嫌いだ!! 嫌いだ!! お前なんて嫌いだ!!」
「俺もお前なんて嫌いだ!!」
また直せば良い。
そう言った少年は、電子の世界で涙を流しながら拳を振る。
受け止める少年の機体は、
「二度目のトランザム!?」
「一人で居なくなって、一人で負けた気になって!!」
「……っ」
その拳がイージスブレイクの頬を穿つ。
「俺はまだ勝ててない。逃げるな……俺から!! ユメカが好きなんじゃないのかよ!!」
「そうだよ……好きだったよ!!!」
イージスブレイクの拳がストライクReBondの頬を捉えた。
「けど、分かってたんだよ俺は!! お前には勝てないって!!」
「何が分かったっていうんだよ。お前は、俺に絶対勝てなかったわけじゃないだろ!!」
「お前のそういう鈍いところが嫌いなんだよ!! 察しろよ!! だからお前はいつまでたってもそんなんなんだよ!! バカが!!」
「バカだとぉ!? 俺がどんな気持ちでお前の事待ってたと思って!!」
武器も捨てて、気が付いたら機体を包み込む光も消えている。
「……何やってんだあのバカ二人」
「私……無理。もう無理」
「ユメが一番可哀想だな」
それはもう子供の喧嘩だった。
あの時の続き、壊れていた物が、治っていく。
「バーカバーカ!! なんにも進展してないバーカ!! どうせ俺を理由にして自分から何もしなかったんだろ!! 本当に最低だなお前は。ユメカかが可哀想で仕方がない。こんな奴にユメカを任せた俺もバカだ!!」
「バカバカ言うなよ!! 俺だって真剣に考えてたんだよ!! ユメカだってこんな俺───」
「そういう所なんだよ!! 本当にそういう所!! 確かに俺も悪かったよ。俺が居なくなって変な空気にしちゃってたんだろ? けどさ、それとこれは違うだろ。何年あったんだよ。五年だぞ五年。俺の事なんかよりユメカをもっと大切にしろよ!!」
「大切だからお前の事でモヤモヤしてだんだろ!! 良い加減にしろよこのバカ!!」
「ほーらお前もバカって言った!!」
「この野郎!!」
「やんのか!? 今ならお前からユメカを奪える気がするぞ!!」
「やってみろ!! ユメカはぜったいに渡さないけどな!!」
「もう辞めて!!! ふたりとも本当に辞めて!!!」
ユメのデルタストライカーが二人の間に入ってロングレンジフィンファンネルを叩き付けた。
顔を真っ赤にしたユメを見て、アオトとケイの顔が真っ青になる。
「あ……ユメ……カ、さん。その……これは」
「ケー君、私……ここに居る」
もう泣きそうな顔でケイを見るユメ。ケイはユメがここに居るのも忘れてアオトと話していた。
彼の気持ちはユメに筒抜けである。
「アオト君」
「はい……」
「バーカ」
「うわ……」
好きだった女の子に罵られて、彼は腰を抜かした。戦意喪失。もう、何も出来ない。
「ケー君」
「いやもう本当にごめんなさい」
「私、ケー君の事好きだから!!」
「いやもう本当に───マジで?」
突然の告白に頭が真っ白になるケイ。
そんな彼を他所に、ロックのサバーニャHellがアオトのイージスブレイクの手を掴んで機体を持ち上げる。
「アイツらぶん殴って良い?」
「いや、やめろ」
「……な、アオト。喧嘩は終わったか?」
「……タケシ」
「ロックな」
何がしたかったんだろうか。
「ゆ、ユメカが……俺の事を?」
「うん……。ずっと、好きだったんだよ?」
ケイスケの事が嫌いだった。憎んでいた。
「俺も……ユメカの事」
「うん。聞いた。私に言うんじゃなくて、アオト君に言ってた。……凄い恥ずかしかった」
「いや、本当にごめん」
けれど、ちゃんと喧嘩したら、何もかもどうでも良くなった。
「……お似合いだと思うか?」
「……俺に聞くな。お前も分かってんだろ」
呆れたようにそう言うと、ロックは地下基地の奥に視線を向ける。
イアの元へ向かったカルミア達の戦闘が激しさを増していた。途中メフィストフェレスや他のフォースの気配も感じたが、一向に戦闘が鎮まる気配はない。
「ユメカ、ちゃんと言うから」
「う、うん……」
「俺、ユメカの事───」
「おいコラ馬鹿共。今そんな事してる場合か。こんな状況でイチャつくな。今の録画してヒメ様にチクるぞ」
ロックのそんな言葉で正気に戻る二人。
まだ何も終わっていない。
「……そ、そうだった」
「私もなんか浮かれてた」
「俺はアオトが可哀想になってきたよ」
そんな三人を見ながら、アオトは笑う。
「本当だよ、全く……あはは」
懐かしい光景。あの時の情景がまた目の前に広がっているような気がした。
「アオト……」
「……もう良いよ、俺の負け。完敗だ、ケイスケ」
そう言って、アオトは地下基地の奥を見る。その先にはデストロイ計画の魂胆を担う機体が鎮座している筈である。
「……俺はお前への復讐っていう目標を失った。この後どうしようとか、お前達に許して貰おうとか、そういう事すら何もまだ考えてない」
そこまで言ってから、彼は少し黙ってこう続けた。
「……けど、俺にはもう一つ目的がある。……俺と同じ、いや……父さんと同じかな。GBNに大切な物を奪われたセイヤさんの復讐の手伝い。あの人にはイアみたいなELダイバーのような人で、大切に思う人が居た。……けど、GBNにその人を殺された。俺はイアと話してわかったんだ。セイヤさんが失った物の大きさが」
「レイアっていう子の事だよね」
カルミアの話を思い出す。
セイヤの復讐。それこそが事の発端だ。
「俺はもうお前達を止めれないけど、応援は出来ない。GBNそのものへの恨みが消えた訳じゃないからな」
「……それで、イアが死んでもか?」
「は?」
思っても見なかったロックの言葉に、アオトは目を丸くして固まる。
言っている意味が分からない。
「イアは他のELダイバーと違ってログアウト出来ない。なんのバグかは知らねーけど、GBNを壊す為には都合が良いんだろうな。あのセイヤとかいう野郎は、GBNからログアウト出来ないイアに膨大なデータを貯蓄させて、GBNのサーバーをぶっ壊すつもりなんだよ」
「そ……んな。セイヤさんは、そんな事……言ってない!!」
イアは他と同じ。ただのELダイバーだ。
だから、この作戦が終われば彼女はこの世界から解放される。セイヤはそう言っていた。
けれど、もしロックが言う事が真実なら、イアはGBNの消滅と共に居場所を失くしてこの世界から消える事になる。
まるで、ついさっきまでの自分のように。
「お前がどうしたいかは知らん。全部終わった後考えれば良いんじゃねーの。俺達は別に、最初からお前を突き放すつもりはねーよ。……けど、イアは俺達の仲間で俺はこのフォースのリーダーだからな。振られて傷心中のお前に構ってるほど暇じゃねーの。だから、行くわ。二人も行くぞ」
そう言って、ロックは未だに轟音が轟く地下基地の内部へと向かっていった。
「……アオト。俺、待ってるから」
「アオト君……。いや、ううん。なんでもない。後でね」
二人も、ロックに続いていく。
一人残されたアオトの機体はその場に座り込んで、何もない虚空を見上げた。
バグが侵食しているのだろう。天井がある筈の底には、何もない空間が広がっていた。
「……そういうの、狡いだろマジで。そういうところだぞ、お前ら」
虚空に手を伸ばす。
そんな事をしていても何も掴めない。それだけは、分かっていた。