ガンダムビルドダイバーズRe:Bond【完結】 作:皇我リキ
トラックのエンジン音が静かに止まる。
鼻歌を漏らしながら抜いた鍵を指で回す男は、眠たげな瞳を駐車場の前で待っていた人物に向けた。
「社長さん自らお出迎えとは、おじさんも出世間際かな?」
そんな軽口を漏らす男だが、社長さんと呼ばれた人物は返事もせずにどこか明後日の方を見ている。
トラックを運転していた男よりも精気を感じない瞳に、短い髪。老けている訳ではないが、若く見えない。少なくともトラックの運転手よりは歳上だ。
「仕事ならこなして来たぜ?」
「……そうか」
そんな男は、運転手の事を見もせずに言葉だけ返す。
運転手は目を細めて溜息混じりにそんな彼の後ろ姿を見た。
「ガンプラへの復讐を始めるぞ。……見ててくれよ、レイア」
夕焼けの赤い空が黒く染まっていく。男の手には一枚の写真が握られていた。
男に似た人物と、赤髪の女の子が映った写真が。
☆ ☆ ☆
ゆらゆらと首が揺れる。
「まーた眠そうだな」
半目で幼馴染みを見るタケシの表情は、心配を通り越して呆れていた。
水曜日の朝。ユメカとヒメカがデパートに出かけていった日曜日から三日後。
寝不足気味のユメカが座る車椅子を押すケイスケも、同じく寝不足なのか歩きながら船を漕いでいる。
「結局月曜日と火曜日でUCを全部見たってのか?」
「そうだな……。日曜日タケシとエピソード3まで見ただろ?」
「ユメカはデルタプラスを気に入ってたな」
「だって凄いちゃんと航空機っぽく変形するんだよ! 格好良いよデルタプラス!」
さっきまで眠たそうにしていたユメカだが、彼女はデルタプラスという機体の名前が出た途端急に元気になって声を上げた。
「私とケー君が初めてGBNで一緒にやったミッションのボスもデルタプラスだったよね」
と、デルタプラスを熱く語るユメカの隣でタケシは「ん?」と声を漏らす。
「SEEDの可変機はともかく、OOの可変機も結構飛行機になるぜ? アレルヤのガンダムとか、イナクトとかフラッグとか」
「デルタプラスはこう……戦闘機って感じがして好きなの! 他の変形するガンダムはロボットって感じだもん」
ユメカのそんなこだわりに、タケシとケイスケは首を横に傾けた。彼女には彼女の航空機に対するこだわりがあるらしい。
勿論何作品かガンダム作品を見て、好きな機体は可変機に寄っている傾向はあるが。
「んで、月曜日はエピソード5まで見たんだけどな。……ユメカが泣いた」
「な、内緒にしてって言ったじゃんケー君! 酷い!」
「いや、エピソード5は泣くって。ジンネマンのさ、こう……俺を独りにするな! って台詞。グーンと来るよなぁ」
「いや違う。ユメカが泣いたのはデルタプラスがバンシィにバラバラにされたシーン」
「どんだけデルタプラス好きなんだよ」
「私のデルタプラスがぁ……ぅ、うぅ……ひっく」
「思い出し泣きするのかよ!!」
タケシが思っていた以上に、ユメカはガンダムにハマっているようである。
「あと、私がGBNで付けてるアクセサリーはデルタプラスのパイロットの人が着けてた奴なんだって分かって嬉しかったよ」
「あー、そういえばなんか着けてたな。それで、昨日はエピソード7まで見終わって寝不足と。……ヒメカちゃんの反応は?」
タケシが一緒にアニメを見たのは日曜日だけなので、彼は月火の事情はしらない。
ふと日曜日の記憶を漁るが、確かヒメカはこんな事を言っていた。
「ガンダムってずっと戦争してるんだね」
言われてみればそうだが、なんとも言えない感想である。
「んー、そうだなぁ」
同じくケイスケも月火と一緒にアニメを見たヒメカの反応を思い出した。それは昨日の夜、アニメを最終話まで見終わった時の事。
「んー、面白かった! なんていうか、分かりやすいお話だったね! ヒメカはどうだった?」
そういうユメカの隣で、ヒメカは目を瞑って自分の顎を指で突く。
どうやら考え事をしているようで、ユメカもケイスケも彼女の考えが纏まるのを少し待っていた。
「……面白かった、かな。です?」
なんとも言えない感想。特段笑っている訳ではなく、でもつまらなそうにしている訳ではない。
どっち付かずの反応にケイスケとユメカは首を傾げる。
「私、戦いのアニメとかそういうの……よく分からないけど。えーと、男子達の言うガンダムが格好良いとかじゃなくて……その、お話のテーマとか。物語は面白かった、よ?」
そうして語られるヒメカの感想に、ケイスケ達は目を合わせて喜んだ。
ガンダムは、ガンダムが格好良いだけじゃない。
作品の中に、物語の中に、登場人物達の想いの中に、沢山の気持ちが込められている。
それがヒメカに伝わったのが、二人は嬉しかった。
「お姉ちゃんがガンダムが好きな気持ち、分かったかも」
そう言って控えめに笑うヒメカの表情は印象的で、どこか許されたような気持ちになる。
「端的に言えば、別に好きになった訳じゃないけど嫌いじゃなくなったって所か」
ケイスケの話を聞いて、タケシはヒメカの心境を考えてみた。
彼女にとってガンダムは、ガンプラは大切な姉から沢山の物を奪った物だったのだろう。
だけど、それだけじゃない事を理解して貰えた。それだけでも、進展があったと言える。
「うん、だから良かった」
安心した表情でそう言うユメカは、ふと口を押さえた欠伸をした。釣られて欠伸が漏れるケイスケを見て、タケシは「お前らな……」と苦笑いを溢す。
「それは勿論良かったけどよ、分かってんだろうな? 今日がどんな日か」
「それは……勿論」
「そうだね、今日から忙しくなるし。いっぱい楽しもう!」
三人は目を合わせて笑い合った。
今日は約束の日。今日から、彼等の新しい生活が始まると言っても過言ではない。
学校終わり。
三人は車椅子を押しながら足早に学校を出て、幼馴染みの家のプラモ屋に向かう。
「いらっしゃい」
そこで待っていたのは三人の幼馴染みであるアオトの父親だった。
彼の店はこころなしか明るくなっている気がする。埃っぽさもどこかなくなっていて、店は全体的に綺麗になっていた。
そしてその店の奥には───
「GBNのログインマシン、四台もある!」
───GPDのマシンが撤去されて空いたスペースに、GBNのログインマシンが四台並んでいる。
「凄いよ店長さん! この機械高いって聞くのに!」
車椅子から落ちそうなくらい前のめりになってそう言うユメカに、店長は両手を上げて苦笑いを漏らした。
元気過ぎる気がするが、彼女が元気で居てくれるのは彼も嬉しい。複雑な気分ではある。
「おじさん、四台も買ってくれたのか。凄いな」
マシンの椅子を触りながらタケシが言うと、店長は「GPDのマシンを撤去したスペースが寂しかったからね」と答えた。
三人が店に来たのは他でもない、今日このように店にGBNのマシンが設置されると聞かされていたからである。
ケイスケはアオトから譲ってもらったログインマシンがあるが、タケシは隣町まで行かなければGBNにログインが出来なかった。
だから休日にしかGBNを楽しめなかったが、この店にマシンが置かれた事で平日でもGBNにログインが出来る。
今日からは毎日でもログインする意気込みで、タケシは息を荒げていた。
「おじさん、ありがとう」
「お礼を言うのは、俺だよ」
ケイスケの言葉に店長はそう返す。
GPDに捉われていた自分を引っ張り出してくれたのは、息子の幼馴染み達だ。
過ちを犯した筈の自分を許してくれた彼等に少しでも報いたい。そして───
「アオトが帰ってきた時の為に四台用意したんだ……。いつか、また四人で遊んでくれたら嬉しい」
そう言って店長は三人をマシンの前に案内する。ふと、ユメカが困ったような表情を見せた。
マシンは常設された椅子があるので、車椅子から移らなければならない。
いつもはケイスケやヒメカに手伝ってもらうのだが、いざとなるとそういう事を誰かに頼むのが苦手なのである。
「あ、えーと……」
それを見て店長が手を伸ばすが、その手は上がりきらなかった。
あの事故の原因を作った自分が彼女に触れて良いのだろうか。
罪悪感が彼の手を下ろす。しかし、その手をユメカが掴んだ。
「……ユメカちゃん」
「ご、ごめんなさい店長さん。……その、手伝って下さい」
申し訳なさそうにユメカがそう言う。
まるで事故の事なんて気にしてないですとでも言うように。いや、本当に彼女は気にしていないのだ。
そんな優しい女の子の未来を奪った自分が許せなくて、だけど彼女の想いに答えないといけないと手を強く握る。
「……うん、分かったよ」
店長はユメカの身体を軽々しく抱いて椅子に座らせた。流石大人だなと、ユメカは少し驚く。
そんな二人を見てケイスケとタケシは微笑んでいた。なんだか、あの頃に戻った気がする。
いつか、この三人とアオトできっと───
「よし、始めるか。ロック・リバー様の伝説を!」
PLEASE SET YOUR GUNPLA
「それじゃおじさん、行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい」
マシンの台に自分のガンプラを乗せた三人は、専用のゴーグルを着けて目を瞑った。そんな子供達を見ながら店長は頬を緩める。
どこか寂しかったんだ。子供達が自分の元から離れていくようで。
でも今は違う。こうやって子供達を見送る事が、なんだか嬉しかった。
「キサラギ・ユメカ! いっきまーす!」
WELCOME TO GBN BATTLE START
光が漏れる。
「───さてと」
金髪の青年は数日振りの感覚に慣れるように手を振りながら、一緒にログインしてきた茶髪の青年と水色の髪の女の子に視線を向けた。
一人は現実とさほど変わらないが、もう一人は現実とは程遠い姿をしている。
「何度見てもタケシの金髪は慣れないな」
「ロックだって言ってんだろ。俺は本当ならリアルだって金髪にしたいんだっての!」
ケイの言葉にロックは声を上げて文句を言った。そんな二人を見てユメカは笑う。
「金髪にするとママに怒られるんだ……」
「それは……まぁ、ドンマイタケシ」
「金髪似合ってるよ、タケシ君」
「ロックな」
些細な日常のようで、でもなんだかそれは懐かしくも思えた。
「……さてと、本題に入るぜ」
話を切り上げるように手を叩いたロックは、真剣な表情でそう口にする。
しかしケイとユメは目を丸くして同時に首を横に傾け「本題?」と頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
「これから俺達がやる事についてだよ!」
「え? 遊ぶんじゃないの?」
ロックの言葉にユメはそう返事をする。平日もGBNで遊べると浮かれてはいたが、特に目標がある訳ではなかった。
「そうだよ遊ぶんだよ。真剣に、心からな」
半目でそう語るタケシは、自分のコンソールパネルを開いてユメに見せる。
そこには大きくEの文字が書かれていた。
「E?」
「それが今の俺達のダイバーランクだ。当面の目標はこいつをDに上げる事だな」
ロックの言葉にユメは再び頭の上にクエスチョンマークを浮かべて「なんで?」と問い掛ける。
ケイはなんとなく察した表情をしていたので、ロックの目的が分かっているようだが。
「Dランクになればフォースを結成出来るし。とりあえずはそこまで突っ走って、フォースバトルもガンガン勝ちまくってフォースランキング上位を目指す。……それが俺達の今後の目標だ」
「なんやかんやでタケシ君が一番楽しんでるよね」
「違うわ。……これはアオトが戻って来た時の土台を作る為だっての」
ユメの冷やかしに冷静にそう返すロック。いつになく真剣な彼の表情に、ユメは真面目に彼の話を聞く事にした。
「アオトが戻って来た時……俺達の場所って分かる物があった方が良いだろ。チーム組んで、基地とか用意して。アイツを待つんだよ」
「タケシ君……」
「タケシ……」
「ロックな」
ロックの言葉にユメとケイは感心して目を輝かせる。これまでアオトの事もこれからの事も、何も想像できていなかった。
だけど彼はそんな二人に道筋を見せてくれたのである。不明瞭だった未来が少しだけ見えた気がした。
「目標はただ一つ。GBNをやってないかもしれないアオトにまで届くような有名フォースになる。ふ……そして俺の、ロックリバーの輝かしい名前がGBNで有名になるのさ」
「そっちが本命か」
「やっぱりタケシ君が一番楽しんでるよね」
「なんか言ったか!」
「「なんにもー」」
三人は笑い合って、今後の指針を確認し合う。
幼馴染み達との新しい生活が始まろうとしていた。