ガンダムビルドダイバーズRe:Bond【完結】 作:皇我リキ
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五年前。
町外れの小さなプラモ屋。
少年達はいつもそこで遊んでいた。
プラモ屋の店長は少年達の内一人の父親で、いつもは優しく少年達に接してくれている。
しかしいつからか、彼は仕事中いつも機嫌が悪かった。ついには店の中でガンプラを使って遊んでいた息子達を見て舌を打つ。
「父さん、ガンプラ直し───」
少年が声をかけた時、店長は内に秘めていた何かを爆発させた。
自分の息子が持って来たガンプラを、彼は店の外に投げ付ける。
「───な、何すんだよ父さん!」
「こんな物もう直したってな! なんの意味もないんだ!」
子供に向けられる怒号に、少年は驚いて固まってしまった。
「プラモ、車に轢かれちゃう……っ」
その光景を見ていたのは、少年達の幼馴染みの女の子で。
彼女は店の外の道路に投げ捨てられたガンプラを拾いにお店から飛び出してしまう。
唐突な事に誰もが動けなくて、一人の少年が手を伸ばした時───甲高い音が町に広がった。
轟音と悲鳴。
急に道路に飛び出して来た少女を避けようとして、道を走っていたトラックの運転手はハンドルを切る。
しかし、その結果は───
☆ ☆ ☆
大きな口を開いて、少年は半目を開いた。
「寝不足だねぇ。何かしてたの?」
家の玄関を開けたその少年の目の前に、一人の少女が現れて声を掛ける。
短い黒髪を風に揺らすその少女は、少年を覗き込むように首を横に傾けた。
一方で声を掛けられた少年は半目のまま口を押さえて、茶色い髪を掻く。
「一人でここまで来たのか? いつも通り迎えに行ったのに……」
そして少年は少女を見下ろして、そんな声を漏らした。
見下ろしてというがとりわけ少女の身長が小さいという訳ではない。
彼女は、車椅子に座っている。
「ケー君が遅いから寝坊してるかもって心配で、ヒメカに手伝って貰ったんだよ」
「それ俺が怒られる奴だ……。ご、ごめん」
「あはは、私の足が動かないのは自分のせいなんだから。ケー君はいつもなんで謝るかな」
苦笑い気味に謝る少年に、少女は困った調子でそう答えた。
彼女は五年前、交通事故で骨髄損傷による下半身付随に患っている。
少年はその事故が起きた原因が自分にもあると思っていた。
だからこそ、近所に住む幼馴染みとしても足の不自由な彼女の面倒をよく見ていたりする。
「謝っても謝り足りないよ……」
俯いてそう言う少年を見て、少女は表情を曇らせた。
「それは私の台詞だよ」
そんな彼女の言葉に少年は「いや、それは───」と口を開く。
そんな少年を見上げながら、少女は口元に人差し指を当てて「はい、この話はおしまい」と話を切り上げた。
「遅刻するよ」
そう言って少女は自分の手で車椅子を動かす。
少年はハッとした表情で「待て待て」と彼女の車椅子を押した。
「ユメカ、なんか今日荷物多くないか?」
車椅子を押しながら、少年は少女の鞄を見てそんな言葉を漏らす。
彼等はこれから学校に向かうのだが、それにしては鞄が大きい。
「あ、そうだ。今日ヒメカと私、ケー君の家に泊まるから」
ユメカと呼ばれた少女は、顔を持ち上げて後ろから車椅子を押す少年を見上げながらそう言った。
「は」
と、少年は口を開けて固まる。
「今日からお母さん三日間出張なんだ。ケー君パパとママには言ってあるんだけどな?」
「聞いてないし……」
いい加減な自分の親を思い出しては、少年は目を半開きにして苦笑いを溢した。
「邪魔かな? 何か忙しいの? 寝不足みたいだし」
「あ、いや別に……。あはは……」
口籠っていると、視界に二人の通う学校が見えてくる。そうなると道に登校中の学生も増えてきて、一人知り合いを見付けた少年は話を切るように口を開いた。
「おーい、タケシ。おはよう」
「ケイスケか。おは───じゃ、ない……。俺はタケシじゃない。ロックだ! ロックリバーと呼べ!」
少年にタケシと呼ばれた彼等の同級生は、右眼が隠れる程片側に伸ばした髪を掻き毟って声を荒げる。
「あー、はいはい。イシカワ君」
その同級生にケイスケと呼ばれた少年は、苦笑い気味に彼から視線を逸らしてそんな言葉を漏らした。
「ロックだって言ってるだろ!!」
「あっはは」
「ほら学校着くぞタケシ」
「だからロック!」
「ここはロッカーだよ、タケシ君」
「いや別にロッカーとロック間違えてる訳じゃないから! 俺がロッカーな───間違えた俺がロックなの!!」
「ほらとっととロックに靴入れろロッカー」
「ロッカーじゃねーよ!!」
朝から騒がしく、少年少女は笑顔を見せる。
幼馴染みとの生活は昔からほとんど変わらない。
───ただ、一人がこの場にいない事を除いて。
放課後。
「なぁ、タケシ」
「ロック」
「もう良いからそれ」
「よくな───」
「ガンプラってまだやってるか?」
そんな質問を投げ掛けるケイスケ。タケシは眉間に皺を寄せて、彼から視線を逸らした。
「……やってないな。やる気になれないさ」
「そっか」
タケシの言葉に寂しそうな表情を見せて、ケイスケは教室の窓の外を観る。
「あいつは絶対にやってないぞ。……お前は、やってるのか?」
「……うん。やってる」
「まぁ、その方が良いかもな」
そう言って、タケシは「……俺は帰る」と手を挙げてケイスケに背中を見せた。
「お待たせー。帰ろ、ケー君」
少しして、別の教室からやって来たユメカがケイスケに声を掛ける。
ケイスケは「お、おう」と遅れて反応して、いつも通り彼女の車椅子を背後から押した。
「ボーッとして、どうかしたの?」
「今日から土日、家に泊まるんだよな?」
今朝の話を思い出して、ケイスケは彼女にそう聞き返す。今日は金曜日で、三日間の出張の間という事は連休の間丸々という事だ。
「そうだけど……やっぱり邪魔かな? あ、勿論ケー君の邪魔するつもりなんてないんだよ。私は部屋の隅っこで大人しくしてるから、さ。本当は家に居れば良いんだけど、お母さんったら心配性で。あはは……」
「いや、むしろ都合が良いかもしれない。ユメカとしたい事もあったし」
身振り手振りでワタワタと言葉を漏らすユメカに、ケイスケは顎に手を当てながらそう返事をする。
「私としたい事……?」
「うん。ユメカが良ければだけど」
そう言って車椅子を押すケイスケ。家に帰るまでの時間、二人は口数は少なくともどこか楽しげだった。
「お邪魔しまーす」
ケイスケの家に辿り着いたユメカは、他人の家にしては慣れた様子で挨拶をする。
彼女の家はこの家の真隣で、所謂幼馴染みという奴だ。
ユメカの声に、家の奥からトタトタと足音がする。
足の不自由な彼女の靴を脱がそうとしゃがむケイスケの視線に、足音の主である中学生くらいの女の子が入り込んだ。
「あ、ヒメカちゃん。……いらっしゃい?」
「私がやるから大丈夫です!」
そう大きな声を張り上げるのは、どこかユメカに似た黒髪の女の子───ヒメカ。
彼女はユメカの妹である。
ヒメカはケイスケを退けると、姉の靴を脱がして下駄箱に入れた。
「あ、ありがとうヒメカちゃん……」
「別にあんたの為にやったんじゃないから。お姉ちゃん、おかえり!」
ケイスケがお礼を言うと、ヒメカはそっぽを向いてまた家の中に戻っていく。
彼女もまた慣れた足取りなのを尻目に、ケイスケは苦笑いを溢して頭を掻いた。
「こらヒメカー。もう、ごめんねケー君」
「あはは……もう慣れた」
いつからか、彼女からの扱いはずっとこんな感じである。理由はわかっているし、なんとも言えないが。
「よし、部屋まで行くか。着替えはいつも通り風呂の後で良いよな?」
「うん。大丈夫」
姿勢を低くして、ケイスケはユメカを背負うと自分の部屋まで歩いた。
二階建てのそれなりに広い家だが、彼の部屋は一階の玄関のすぐそばにある。
よく家に遊びに来るユメカの足の事を考えての部屋割りだ。
「おー、あれ? なんか配置変わったね。というかまた増えた?」
部屋のベッドの上に下ろされて座るユメカは、部屋を見渡しながらそんな言葉を漏らす。
部屋の周りには至る所にガンプラが飾られていた。
それに関しては昔からなのだが、以前来た時よりもガンプラの種類が増えている事に気がつく。
というのも「また」なので、いつもの事なのだが。
「……わ、悪いか」
「ううん。ケー君がプラモ好きなの知ってるし」
「ガンプラな」
ガンダムのプラモデルだからガンプラ。別にケイスケはプラモデルが好きな訳ではなくて、ガンプラが好きなのだ。
「そかそかー、私もプラモは好きだよ。お、このプラモ塗り方凝ってるねー」
と、ユメカは側にあったガンプラを持ち上げて色々な角度から覗き込む。
「ユメカはガンプラじゃなくて戦闘機のプラモだろ」
「戦闘機じゃなくて飛行機全般ですー」
頬を膨らせるユメカ。彼女はガンプラは作らないが、飛行機が大好きで偶にプラモデルも作る程だ。
昔からの幼馴染み
そうしてケイスケは、少しだけ俯いてから意を決したように口を開いた。
「……なぁ、ユメカ」
「ん?」
「ガンプラの事、恨んでないか?」
唐突に真剣な声でそう問い掛けるケイスケに、ユメカはキョトンとした顔で固まる。
その後少しして、自分の足を触りながら彼女は目を閉じてこう答えた。
「そんな訳ないよ。だって、ガンプラのおかげでケー君とタケシ君。……それにアオト君と出会えたんだもん」
そう言ってからユメカは「ヒメカは嫌いみたいだけど」と苦笑いを漏らす。
彼女のそんな言葉にケイスケは身を乗り出して、彼女の目を真っ直ぐに見ながらこう口を開いた。
「なら、俺と一緒に来て欲しい所があるんだ……っ!」
「え、えぇ……っ?」
ケイスケの言葉に驚いて固まってしまうヒメカ。
「どこかに行くって言っても……」
そうして彼女は少し俯いて、困った表情で返事をする。
どこかに行こうと言われても彼女の足では遠出は難しいし、大変だ。
「大丈夫。……その、きっと喜んでくれるし。行くのはそんなに大変じゃないから。それと……その、えーと……黙って着いてこい!」
「……め、珍しいね。ケー君がそんなに必死なの」
キョトンとするユメカだが、どこか安心したような表情で一度目を閉じる。
そうして少し考えてから彼女は「わかった」と返事を漏らした。
「エスコート、お願いします」
「よし」
ユメカの返事にガッツポーズで喜ぶケイスケを見て、彼女はクスリと笑う。
一体何を考えているのか分からないが、彼が楽しそうで何よりだ。
「でも、何処に行くの?」
「GBN」
「じーびーえぬ?」
ケイスケの即答に再びキョトンとするユメカ。
何処に連れて行かれるやら。
「正確にはガンプラバトルネクサスオンラインっていうオンラインゲームだ」
「え、それって……」
しかし、ケイスケの言葉を聞いてユメカは少しだけ表情を暗くする。
彼女の脳裏に、自分達から離れていった一人の幼馴染みの顔が過った。
「……分かってる。だけど、目を背け続けるのもいけないかなって思ってさ。だから、一緒に来て欲しい」
「ケー君……」
真剣な表情のケイスケを見て、ユメカも息を飲む。彼がこんなに真剣に話してくれているのだ、悪ふざけではないことくらい彼女にも分かった。
「……うん。分かった、行こっか」
「ありがとう、ユメカ。……あのさ、ユメカはまだ空を飛ぶのが夢なのか?」
「んえ? う、うん」
唐突な質問にユメカは再びキョトンとした顔で返事をする。
彼女は飛行機が大好きで、彼女の夢は旅客機のパイロットだった。
勿論その夢を諦めた訳ではない。ただ、今の彼女には険しい道なのも確かである。
「ユメカの夢を少しだけ手伝わしてくれ」
そう言いながら、ケイスケはユメカに小さなバイザーのような物を手渡した。
それと一緒に一機の戦闘機のようなガンプラを彼女に渡す。
「戦闘機?」
「これはモビルアーマーってんだけどな。まぁ、戦闘機のような物だけど。名前はスカイグラスパー」
「スカイグラスパー。ふえー、格好良い戦闘機だね!」
飛行機好きの彼女はスカイグラスパーのガンプラを笑顔で眺めて「そういえば」と声を漏らした。
「GBNってオンラインゲームだよね。えーと、ガンプラで戦う? 私、この戦闘機で戦うの? 絶対操縦とか出来ないよ? それに……私の足、さ」
「あ、いや。別に一緒にバトルをしようなんて話じゃないよ。ただ、来て欲しいだけなんだ。えーと、そのプラモはな……一応GBNはガンプラを登録しないとアバターが作れないから」
あたふたと説明をするケイスケに対して、ヒメカは「そっか」と少し寂しげな表情で答える。
別に憂鬱な訳ではない。
ただ、せっかく幼馴染みが遊びに連れて行こうとしてくれているのに。自分の足が動かないせいで迷惑をかける事が情けないだけだ。
「よし、それじゃ。ログインしようか。電脳世界に入ったらまず自分のアバターを作らなきゃ行けないんだけど、そこは任せる」
「うん、分かった」
そう言って二人はバイザーを掛ける。
電源を入れて、ガンプラをセットした途端、二人の意識は電脳仮想空間───GBNへと送り込まれた。
光に飲み込まれるような感覚に目を閉じていたユメカは、ふと不思議な感覚に瞼を開く。
まるで無重力。
浮いているような感覚で、宇宙にでも漂っているかのように綺麗な光景が視界に入った。
そして、そこがその世界への入り口とでも言うように門のような物が開く。
WELCOME TO GBN
「嘘……」
ただ、彼女が感じた不思議な感覚は浮遊感ではなかった。もっと根本的な違和感。だけど、それは懐かしい感覚で───
☆ ☆ ☆
数日前。GBNランダムフリーバトル観戦室。
「ま、マギーさん!」
ケイスケは立ち去ろうとするマギーを呼び止める。
首を横に傾けるマギーに、彼は必死な表情で口を開いた。
「あの……質問があるんですけど。GBNって、ログインしてる人はリアルで歩けない人も歩けるようになったりするって本当ですか?」
「……あら。本当よ」
少し意外な顔をしてから、マギーはそう短く返事をする。
事実、彼の知り合いが隊長を務めるフォースにはリアルで歩く事も喋る事もままならない人物だっているのだ。
しかし、ここは電脳仮想空間。そんな事は関係ない。
嬉しそうに拳を握る少年は、自分達のせいで歩けなくなってしまった少女を絶対にここに連れてくると誓う。
ここはGBN───
☆ ☆ ☆
「ケー君……だよね? 私……私───」
水色の髪の女の子が、震える足で泣きながら
「ユメカ、一人で歩けるか?」
「───うん。私、歩けるよ……っ」
───ガンプラバトルネクサスオンライン。
そこは、ガンプラに魅せられた者達の夢の場所。
誰かが守った、誰かが守ろうとした、そんな場所だ。