ガンダムビルドダイバーズRe:Bond【完結】 作:皇我リキ
嘘みたいだ。
身体は軽いし、自由に動く。
動かない筈の足が動いて地面を踏んだ。
ゆっくりともう片方の足を動かせば、私は───
☆ ☆ ☆
水色の長い髪。
あまり現実的ではない容姿だが、ここGBNでは不思議と馴染む。
少女はそんな水色の髪を揺らしながら、なんでもないそれこそただのロビーを楽しそうに駆け回っていた。
「うはは、あっはは、凄いよケー君! 私、走ってる!」
側から見れば気が狂ってるんじゃないかという光景だが、彼女は本来下半身付随で走るどころか歩く事すら出来ない。
そんな彼女でも、GBNの中なら歩けるし走る事も出来る。
クルクルと回りながらはしゃぐその姿はまるで、ガンダムSEEDDESTINY第一話のとある登場人物のようでもあった。
「浮かれてるバカの演出……じゃ、ないけどな。俺もバカをやるか? バカをさ」
頭を掻いて苦笑いを漏らしながら、ケイスケは「そろそろ落ち着いてくれ」と少女───ユメカの肩を叩く。
「あはは、ごめんごめん。でも、だって、凄いんだよ。私、立ってる。歩いてる。あははっ」
周りから見れば何がそんなに面白いのか。
ただ、ケイスケはそんな彼女を見て自分も嬉しそうに笑った。
連れてこられて本当に良かった、と。少年は彼女の普段とは違う水色の頭をゆっくり撫でる。
「……ありがと、ケー君」
「いや、別に……。たまたま、そういう話を聞いたからさ」
一年前。
この世界───GBNが消滅するか否かという大事件が起きた。
これまでGBNを遠ざけていたケイスケだったが、その出来事が少し気になって第二次有志連合戦での出来事を少し調べた。
そうして彼は、一人のダイバーの言葉を耳にする。
──GBNの中でしか話すことも歩くこともできない。そういった境遇の人間が私の隊にもいる──
それは、第二次有志連合戦に参加していたフォース第七機甲師団を率いるダイバー、ロンメルの言葉だった。
──彼らにとってこの世界はありたい自分でいられる大切な世界。全てなのだ──
彼の言葉を聞いたケイスケは、もしやと思う。
だけど、直ぐには動く事が出来なかった。
この
それから一年。
沢山考えて、自分なりの答えを出した彼は今ここに居る。
「綺麗な世界だよな」
「え? わぁ……」
ふと空を見上げながらそう言う彼に釣られて、ユメカは視線を持ち上げた。
その先に広がる空は嘘みたいに青くて、どこまでも続いているかのように果てしない。
まるで本物の空のようで、ユメカはただ声を漏らす。
「そういえば、なかなか派手な格好してるな……」
視線を落としたケイスケの視界に入るのも、また空のような綺麗な青だった。
普段見慣れない長い髪。何処もなくリアルの彼女の顔には似ているが、その格好はリアルとは似てつかない。
空色の長い髪。服もノースリーブのワンピースと彼の知っている限りではあまり見慣れない姿にケイスケは彼女の姿を覗き込む。
「あ、あんまりジロジロ見ないでよ……。もしかして……変?」
「いや、変じゃない。変じゃない」
長い髪を人差し指で巻きながら首を横に傾けて問い掛けるユメカに、ケイスケは両手を上げてそう答えた。
「可愛い格好だな……と」
「ええへ、でしょー。ほら、私リアルだとお洒落とかあまり出来ないし。髪も伸ばすと大変だから」
続くケイスケの言葉に、ユメカはその場で両手を広げてクルクル回りながらそう言う。
彼女がピタリと止まっても遠心力で揺れる空色の髪から、ふわりと甘い香りを感じた。
これが電脳世界というのだから、未だに信じられない。
その髪は空の色?
とは聞かずに、ケイスケはコンソールパネルを開いてユメカのプロフィールを確認する。
「ユメ、か。まんまだな」
彼女のプロフィールにはプレイヤーネームが記載されていて、ユメカのプレイヤーネームは名前から一文字だけ取ったユメだった。
「そういうケイスケはケイじゃん。まんまじゃん。アバターもリアルと殆ど変わらないし」
「俺は二文字も消した。顔はリアルよりイケメン」
「変わんないよ」
二人して「あはは」と笑い合う。
こころなしかユメカ───ユメがいつもより元気に見えるのは、笑う度に足をパタパタと動かしているからか。
しかしよく考えなくても、彼女は昔から元気な女の子だった。それがある意味、彼女の本当の仕草なのだろう。
「さて、立ち話もなんだし。どこか散歩でもするか? GBNは広いし、結構面白いぞ」
と、ケイスケ───ケイは腰に手を当てて辺りを見渡しながら口を開いた。
初めてGBNにログインしたのは一週間前。
とりあえずと参加したランダムフリーバトルでオーガと戦い、敗れはしたがGBNの事を知るには充分だったのだろう。思わぬ副産物もあった。
それから一週間毎日ログインし続けて、ある程度の下調べは済ませてある。
尤もその程度でGBNの全てを知る事は出来ない。それ程深く広い世界なのだ。
「んー、ケー君がやりたい事をやれば良いよ?」
しかし、ユメは顎に手を当てて少し考えてからそんな返事をする。
ケイは「いや、それは……」と声を漏らすが、彼女はそんな彼にこう続けた。
「だって、GBNに誘ってくれたのはケー君じゃん。ケー君が私としたかった事をしようよ」
ケイを覗き込んでそう言うユメ。少年は「困ったな」と頭を掻く。
GBNで歩けたら喜んでくれるかな、と。
ある意味それだけの事に一心になっていたせいで、その先の事は考えていなかったのだ。
「えーと、それじゃ。ケー君はいつもGBNで何をしてるの?」
「俺? 俺はえーと、ガンプラバトル?」
戸惑っていたケイにそう聞くユメに対して、ケイは首を横に傾けながらそう答える。
「ここでもガンプラバトルが出来るの?」
「まぁ、ここは本来ガンプラバトルをする場所だからな」
ケイの言葉に「おー」と感心な様子を見せるユメ。
勿論彼女の為とは言っていたが、ケイ自身もこのGBNを一週間楽しんでいたのは事実だ。
ここはGBN。ガンプラバトルネクサスオンライン。その名の通り、ガンプラバトルをする場所なのだから。
「それじゃ見せてよ、ガンプラバトル!」
ニカッと笑いながらケイに詰め寄る。
それで良いのかとケイは頭を掻きつつ「それじゃ、付いてきて」と彼女の前を歩いた。
ユメはそんな様子になんだか違和感を覚える。
それもその筈で、いつもはケイに車椅子を押して貰うから彼は普段自分の後ろにいるのだ。
それが、今は彼が前を歩いている。
自分はそんな彼を歩いて追いかけていた。視線に映るケイは、いつもより背が低く見える。
そんな事が嬉しくて、彼女は歩きながらまた満面の笑みを溢していた。
☆ ☆ ☆
爆炎が舞う。
機体を二つに割いた剣を引いて、ケイの駆るストライクは地面を蹴って飛び退いた。
広大なフィールドを炎が包み込んで、ビームが飛び交い砂埃が至るところで舞い上がる。
「ほぇぇ……」
そんな様子を、ユメは目を丸にして観戦していた。口は空いているし、身体は凍り付いたように固まっている。
「な、何これ。ガンプラ? ガンプラってなんだっけ」
彼女が混乱しているのは、視界に入るそんな光景と自分が想像していたガンプラバトルとの差異があり過ぎたからだ。
彼女の知っているガンプラは、ケイスケの部屋にあったような手で持ち上げられるようなサイズのプラモデルである。
しかし今ケイがやっているガンプラバトルで動いているのは、全高十七メートルの巨大なロボットだ。まるで、本物のアニメに出て来るロボットそのままである。
「あら、あなたGBNは初めて?」
そうやって驚いていたユメの背後から声が聞こえて、彼女は首を横に傾けながら振り向いた。
視界に映ったのは強烈なファッションの男性、マギー。彼を知らないユメは、丸い目のままさらに口を大きく開けて「はい?」と間抜けな声を出す。
「私はマギー。たまたま通り掛かった親切なお姉さんよ」
そう言って手を出すマギーに対して、ユメは心の中で「あ、怪しい人だ」と震えた。
「ケイちゃんのお友達よね?」
しかし、彼のそんな言葉にユメは警戒を説いて「は、はい。ユメです」とマギーの手を取る。
「GBNが初めてなら、驚くのも無理はないわ」
「あの……アレって、ガンプラバトル何ですか? どう見てもガンプラじゃないですけど」
何かを知っていそうなマギーに、ユメはバトルというか戦闘を繰り広げるストライクを指差してそう聞いた。
今にもその指の先では、ストライクが両手の剣でリゼルというMSと交戦している。
ただ、そのストライクは確かにケイスケの部屋に飾ってあった物と同じ姿をしていた。
「GBNは知っての通り電脳世界、ありたい自分で居られる場所よ。だからガンプラも、ただのプラモデルではなくて実際のMSのように操縦出来るって訳」
「ほぇぇ……」
ユメはマギーの説明に納得するように視線を落とす。これがGBN。
ガンプラバトルネクサスオンライン。
「それじゃ、私も……ガンプラに乗れるって事ですか?」
「そういう事」
──ユメカの夢を少しだけ手伝わしてくれ──
あの時のケイの言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。
「今彼がやっているのは初心者用のチャレンジミッションね。NPCとのバトルだけど、それぞれに特殊なルールやボスがあって、クリアすれば報酬をゲットできる訳」
複数のリゼルと戦うケイのストライクBondを指差しながらそう言うマギー。
彼の言葉を真剣に聞くユメに、マギーは「勿論対人戦もあるけれど、こういうミッション形式のバトルがあるのもGBNの魅力よ」と付け足した。
「今ケー君がやってるのは、どういうミッションなんですか?」
「えーと、そうねぇ、どれどれぇ。……時間内に第一エリアを突破して、第二エリアに待ち構えているボスを倒せばクリアってルールね」
ユメの問い掛けに、マギーはコンソールパネルから情報を引き出してそう答える。
「ボス?」
「見てれば分かるわ」
二度の質問に対しては、マギーはケイの戦っている姿が映るモニターを指差して答えた。
「や、やっとここか。時間が……ない!」
一つ目のエリアを超えたケイの先に現れる灰色の機体。頭部カメラを赤色に光らせて、背中の翼を揺らすその機体の名は───
「デルタプラスね」
「デルタプラス?」
───デルタプラス。ガンダムUCに登場するMSである。
「あの機体の名前よ。……しかし、時間が気になるわね」
ところでケイが挑戦しているミッションには時間制限がある訳だが、ふとマギーが気にすると残りのタイムリミットが迫っていた。
第一エリアを突破するのに時間が掛かったからだろう。ケイは舌を打ちながらレバーを引いて剣を構えた。
「残り時間……三十秒、被弾を気にしてる暇はない! 接近出来れば一撃で!」
そうしてケイの駆るストライクBondはスラスターを吹かしながらデルタプラスに突撃していく。
対するデルタプラスは手に持つビームライフルを発射し、ビームはストライクの右足を捉えた。
「あ……っ!」
ケイの機体の右足が吹き飛んで、ユメは悲鳴のような声を漏らす。
ストライクはバランスを崩して地面を転がった。
「ケー君!」
「大丈夫よ。まぁ、ミッションは失敗になっちゃったけど」
顔を押さえて心配するユメの背中を叩きながら、マギーは優しくそう語り掛ける。
GBNでガンプラに乗ってる時に機体が爆発しようがコックピットを破壊されようが、特に死ぬ訳でもない。これはゲームなのだから。
ほどなくして、ストライクが立ち上がろうという所でタイムリミットが過ぎた。
ミッション失敗のアラートが鳴り、ケイはげんなりした表情でユメ達の元に戻ってくる。
「……任務失敗」
苦笑い気味に頭を掻きながらそう言うケイは、ユメとマギーが一緒に居るのを見て「マギーさん?」と驚いた声を漏らした。
「ハロー、ケイちゃん。素敵なガールフレンドが居たのね」
「が、が、が、ガール、わ、私なんてそんな───」
「幼馴染みなんですよ。ていうか、なんでマギーさんが?」
あまりに華麗なスルーにユメは頬を膨らませる。たとえその気があろうがなかろうが、もう少し意識しても良いのではなかろうか。
しかし大概の幼馴染みというのはそういう物らしい。
「たまたま通り掛かったからガールズトークに花を咲かせていたのよ。ユメちゃんは初めてだったから、色々教えながらね」
ウインクをしながらそう言うマギーに、ケイは苦笑いで「ガールズトーク……」と声を漏らした。
そんな彼の反応を気にする事なく、マギーはこう続ける。
「今ケイちゃんがやってたミッション、アレは一人でクリアするのは中々大変なのよね」
「あはは……。おっしゃる通り惨敗でしたけど」
「頼れる仲間が居れば、もしかしたらクリア出来るかもしれないけれど」
ユメを片目で見ながらそんな言葉を漏らすマギー。
当のユメは「え?」と目をパチクリさせて、自分を指差した。
「……私? いや、無理無理。無理ですよ!」
「マギーさん、確かにユメをGBNに誘ったのは俺ですけど。別に一緒にプレイしようなんて思ってなくて、ただ……空を───」
「でもケイちゃん。ここ一週間ずっと同じミッションを受けてるわよね。何か理由があるんじゃないの?」
ケイの言葉を遮ってそう言うマギーに、ケイは「それは……」と口籠る。
「一週間ずっと……」
そんな言葉を聞いて、ユメは一度目を閉じてから直ぐに真っ直ぐな瞳を開いた。
「ケー君。私で良かったら手伝うよ!」
「え、いや、それは……」
「私、ケー君に
マギーの視線の意味は分からない。だけど、なんとなく自分が歩けば前に進める気がして。
今は一人で歩くことの出来る足で、彼女はケイに詰め寄る。
「私も、ガンプラバトルする!」
「ユメ……。……ふぅ、分かった。手伝ってくれ。多分、マギーさんの言う通りユメが手伝ってくれたらクリア出来る」
苦笑い気味にそう答えてから、ケイはコンソールパネルを開いて少しだけプロフィールを弄った。
マギーはそれを覗き込むも、何をしているのかは分からなくて首を横に傾ける。
「でも、私が手伝うだけで本当にクリア出来るんですか?」
「ふふ、さーて。それは、彼とあなたしだいね」
ユメの質問にそう答えて、準備を終えたケイと彼女が再びミッションに参加する姿を見守るマギー。
「……さて、何を見せてくれるのかしら」
あのオーガのバトルから、彼はケイの事が少し気になっていた。
今度は何を見せてくれるのか。これだからGBNは、やめられない。
Mission Start
コックピット、というよりはゲームセンターのゲームのような雰囲気か。
簡易的なレバーやボタンは操縦が分かりやすく設計されている。
「ヘルメットとか要らないのかな?」
モニターに囲まれたそんな場所で、ユメは辺りを見渡しながらそう言った。
「ユメ、聞こえるか?」
少しして、何処からかケイの声が聞こえる。無線通信だろうか、目の前のモニターに彼の顔が映った。
「はーい、聞こえてるよー」
「よし。操縦の仕方はさっき説明した通り、簡単だろ? 発進したら、出来るだけ高度を上げて真っ直ぐついて来て欲しい。特に攻撃とか、援護とかしなくて良いから」
そんなケイの言葉に「え、そうなの?」と首を横に傾けるユメ。
「だから、俺が指示するまで空でも見ててくれて良いよ。なんなら、空の旅を楽しんでればいい」
「あはは、何それ。うーん、でも分かった!」
そんな返事と共に視界が開く。
射出機───カタパルトデッキが開いて視界に空が映った。GBNのガンプラはここから発進してフィールドを駆ける。
彼女のガンプラもまた、そのように。
「───ユメ、スカイグラスパー。発進します!」
それっぽい言葉を漏らすと、身体が揺れた。
一瞬で加速した景色に目を閉じる。
彼女のガンプラはスカイグラスパー。
ガンダムSEEDに登場する戦闘機(厳密にはモビルアーマー)で、彼女の大好きな航空機だ。
それが空を飛んで、目を開いた彼女の視界に青い空が映り込む。
「───ほわぁ」
思わずため息が漏れた。
あたりを見渡しても、青、青、青。
透き通るような、どこまでも続いていそうな綺麗な空に手を伸ばす。
「これが……GBNの空」
何かがこみ上げてきて、彼女は強くレバーを握った。
「私、飛んでる。飛行機を操縦して……飛んでる!」
夢だった空。ゲームの中でも、それはまるで本物の空のようで。
GBNの空を彼女は飛ぶ。
──ユメカの夢を少しだけ手伝わしてくれ──
「あはは、叶っちゃった」
小さな夢が、少しだけ叶った気がした。