ガンダムビルドダイバーズRe:Bond【完結】 作:皇我リキ
お前は何も出来ない。
それは、ずっと言われてきた言葉だった。
自分でも分かっている。だけど、GBNの中でなら違う。
大切な人の夢の為に、自分にも出来る事があると信じていた。
お前はどこにいっても、何も出来やしない。
突き付けられた現実に吐き気がする。何かが自分の中で壊れた気がした。
私は何のために生きているのか。何のために産まれてきたのか。
伸ばす手すらない、前に歩く足すらない。
どうして私には何もない。
「お、おはようですわ」
「ねぇ、アンジェ……。私は……何が出来る?」
私には何もない。
☆ ☆ ☆
都会の中心にある大きな───いや、巨大な豪邸。
「いつ来ても凄過ぎるな……」
見上げるような門扉に目を半開きにしながら、サキヤは辺りの塀のせいで実際より小さく見える撞き鐘を鳴らす。
撞き鐘の脇には大きく『クローデル家』という文字が刻まれていた。ここに来る度に毎度思う事だが、この家の主は何者なのだろうか。
五分待つと、門の内側から車が来る。初めてここに来た時は、何故敷地内から車が来たのか意味が分からなかった。
「トウドウ」
「来る時間を言ってくれれば、事前に車を置いておくのだが」
「そもそも敷地内を車で移動するというのがおかしいんだ」
車を降りて門を開く眼鏡の男に、サキヤは目を細めて片手を上げる。
眼鏡の男は黒い執事服を着ていて、助手席を上げるとサキヤに乗るように手招きした。
彼はトウドウ。名前もそのまま、メフィストフェレスの参謀、クランシェアンドレアを駆るサキヤの仲間である。
「皆は?」
「レフトとライトは急な話だったから来ていない。アンジェリカ
「こんな夜中に突然押し掛けて悪いな」
「まったくだ」
「それにしても……広い庭だ」
「……まったくだ」
目を細めるトウドウ。彼はこの屋敷の使用人だ。
アンジェリカ・クローデル。
フォースメフィストフェレスのアンジェリカ───GBNのダイバーネームと同じ名前の彼女こそ、この屋敷の主人なのである。
「スズ……リンは?」
「アンジェリカ様から聞いてるだろう。部屋に引き篭もっている。食事はアンジェリカ様と取っているが、それだけだ」
「GBNには……」
「あんな事をされて行く気になる訳がないだろう」
トウドウはハンドルを強くながらそう答えた。
NFT二回戦でのアンチレッドとのバトル。ノワールはスズを守れなかったのだろう。仲間として、リーダーとして許されない事をしたと自分でも思っていた。
「すまない……」
「いや、お前を責める事はない。あの試合、俺の作戦がもっと良ければ───」
「待てトウドウ、お前の作戦は完璧だった。お前は試合にも出ていない! スズを守れなかったのは───」
「そうやって自分を責めれば彼女が帰ってくる。……皆、そう思ってスズに手を伸ばすのを怖がっているんだ」
自分の眼鏡を押さえて、トウドウは「やっと着いたぞ」と車の速度を落とす。
見上げる程の屋敷の前に着いた車を降りて、彼はサキヤが座っている側の扉を開けながらこう続けた。
「だけど、お前は違う。スズに手を伸ばしに来たんだろう?」
「……あぁ、そうだ。俺は───リーダーだからな」
誰かの顔を思い浮かべながら、彼は力強い目で屋敷を見上げる。それでもやっぱり、何度見てもこの家の大きさには度肝を抜かれるのであった。
「アンジェリカ様、ご友人をお連れしました」
「来てくれたんですわね、ノワール」
「ここではサキヤだ、アンジェ。……というか、トウドウのソレはなんとかならないのか?」
二人が屋敷の中に入ると、玄関口で待っていた金髪の少女がサキヤに微笑みかける。
GBNとは違い金色の髪を下ろした長髪の少女は「私は何度も辞めろと言っているんですわよ」と困り顔で答えた。
「GBNの中でならいざ知らず、現実のアンジェリカ様を呼び捨てにしては俺の首が飛ぶ」
「それにしては私への扱いがゾンザイではなくて?」
「教育ですよ、アンジェリカ様。ニンジンを残しては立派な大人にはなれません」
「コウ・ウラキもニンジンは要らないって言ってるじゃありませんの!」
「だから奴はガキなんだ。言っておくが夕飯に残したニンジンはまだ取ってある。……明日の朝が楽しみだな」
「ムキー!」
地団駄を踏むアンジェリカ。見た目は大人しいが、中身はGBNと変わらないのが彼女の良い所なのか悪い所なのか。
とりあえず、とサキヤは言い合う二人の間に割って入って本題に入る事にする。
今日は別にアンジェリカにニンジンを食べさせに来た訳ではない。
「スズと話がしたい」
「それは良いが、話してなんとかなるのか?」
「ありがたい話ですけど、正直こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかないと思いますわ。私だって、早くリンに元気を出して欲しくてなんとかしようとしていましたもの。でも、リンは心に深い傷を負っていますの。……あまりにも、可哀想で」
この二週間アンジェリカはリンを放っておいた訳ではなかった。食事はいつも一緒に取るし、出来るだけの時間を一緒に過ごしている。
しかし、彼女の心に近付こうとしても、それはどこか届かない所まで行ってしまったかのように近付けないのだ。
まるでそこに彼女は居ないかのように、部屋は無音になっていく。
「それでも……このまま止まっているのはダメだ。お前達の所にもオフ会の話、来ただろ?」
「来たな」
「それは、まぁ……。でも、オフ会ですわよ? リンをそこに連れていくのは───」
「だからこそ、今ここでアイツの悩みを吹き飛ばすんだよ。手足がない? そんな事関係ない。そんなのは俺達が一番知ってる。俺達を一番支えてくれたのは誰だ? アイツは何も分かってない」
少しだけ昔の事を思い出した。
ノワールが仲間になって間もない頃、本格的にフォースバトルに挑戦し始めた彼等は初めこそ敵無しで駆け出しフォースとしては周りに一目置かれる存在だったのである。
しかしそれはフォースランクが低い頃の話だ。
名前を上げれば上がる程、挑戦相手も強くなっていく。そうして彼等は初めて負けを知った。
何度も負けた。
「なんでだ……なんで勝てない」
「私のガンプラは……ダメなんですの?」
「───そんな事はない。……まだ、戦える」
挫けそうになった二人に手を伸ばすスズ。
「……私達は何も変わってない。これから変われば良い。何を変えるのか、探せば良い。……何度負けても、立ち上がれば良い」
「スズ……」
「……大丈夫、アンジェのガンプラは最高だ。……ノワールの負けず嫌いも、裏を返せば使えると思う」
そうして彼女達は少しずつ変わっていく。
ノワールをリーダーに、アンジェリカはさらに自分のガンプラに磨きをかけた。新しい仲間も加わって、第一回NFTは一回戦で敗退しても諦めずに進んで来たのである。
「───お前もだ、スズ。お前もまだ変わってない。俺達もお前も、まだ変われる。変わり続けられるんだ」
アンジェリカに連れられて、家の角の大きな部屋に辿り着いたサキヤはドアノブを回して力強く扉を開いた。
広い割には無機質な部屋。
大きなベッドに横たわる黒髪の少女は首の下が布団に隠れている。その布団は小さく盛り上がっていて、しかしやはりそこにある筈の何かがないのであった。
「リン」
彼女の名前はミソラ・リン。
フォースメフィストフェレスの狙撃手、ダイバーネームはスズ。彼女は先天性四肢障害を患った少女である。
「……ノワール?」
急に部屋に飛び込んで来た男に驚いたリンは、首だけを部屋の外に向けて目を見開いた。そして、彼の姿を見て直ぐに顔を晒す。
「ここではサキヤだ。リアルで会うのは久し振りだな」
「出て行って。私を見るな……」
片手を上げて挨拶をするサキヤだが、リンはそっぽを向いたまま「帰って」と続けた。
彼女にあったのは初めてではない。しかし、アンジェリカにあった回数はもう数えられなくてもリンに会った回数は片手で数えられる。
それは彼女が現実で人と顔を合わせるのを嫌がっているからだ。
身の回りの世話をしてくれているトウドウや、ずっと一緒にいたアンジェリカならともかく、他の人間への不信感はどうしたって消えない。
この拒絶は彼女がアンジェリカと知り合うまで他人から受けた傷が爆発した物である。だからこそ、アンジェリカはオフ会に対してスズを連れて行くのだけは賛成出来なかった。
「帰らない」
「……なんで」
「お前を助けに来た」
力強くそう言う。一歩ずつ近付くサキヤは、ゆっくりとこう続けた。
「あの時、お前を守れなくてすまなかった。俺の力不足だ」
「……違う、私が何も出来なかった」
嫌でも思い出す。あの赤いキュベレイとの戦いを。
──いや、お前は何も出来ない。この通り、お前はゲームでもだるまだ。一人じゃ何も出来ない。この偽物の世界で、本当の世界でやれない事が出来る訳ないだろうが!! 無駄なんだよ!! お前はどこにいっても、何も出来やしない!!──
突き付けられた現実。耳を塞ぎたいのに、そうするための手すら彼女にはなかった。
「……私が皆を負けさせた。私の自爆でノワールまでやられて、私が何も出来なかったから……私がアイツを倒せなかったから、私が───」
「皆そう思ってるんだ」
今さっき誰かに言われた言葉を彼女に返す。
「全員自分が悪いと思って、塞ぎ込んでいた。一番辛い思いをした筈のお前に手を伸ばす事もしないで……。許してくれとは言わない、俺も悔しかった。これまでで一番、悔しかったんだ。……仲間を守れなかったのが、本当に悔しかったんだ」
「……ノワール?」
リンの寝ているベッドまで辿り着いて、サキヤは崩れ落ちながら言葉を漏らした。涙を流す彼の言葉に、リンは身体の向きを変えて彼の顔を覗き込む。
「お前はどうだった? リン」
辛い思いをした、というのは嘘ではなかった。誰だって自分のコンプレックスを悪く言われれば傷付く。そのコンプレックスが大きければ大きい程、傷は深くなっていくんだ。
だけどそれよりも、彼女は自分が許せなかったのだろう。
「辛かったか?」
「……私は、アンジェの期待に応えられなかったのが悔しかった。自分には何も出来ない……こんな私は、何も出来ないって思い知らされた」
両手を持ち上げて、彼女はそう言った。両手といっても、肩から少し伸びただけの何も持てない腕である。
リンはそんな腕を、ノワールの頭に乗せてゆっくりと彼の頭を撫でた。
「……そんな事、分かっていたのに」
「リン?」
彼女の言葉にアンジェリカは心配そうに声を掛ける。しかし、リンの顔はしっかりと前を向いていた。
「辛くなんてない。……ただ、自分が無力だって思い知って逃げたくなっただけ。でも……ノワールも、多分皆も同じ気持ちだったのかな?」
首を横に傾けるリンに、アンジェリカとトウドウは無言で頷く。きっとレフトとライトも同じ返事をする筈だ。
彼等はまた大きく負けたのである。
でもそれは終わりじゃない。
「……男の子が泣いてるのに、私が不貞腐れてたらダメだな」
「な、泣いてるわけじゃない」
「心配かけてごめん。……もう、大丈夫」
短い腕でサキヤの頭を撫でるリン。何も出来ないと思っていた自分の身体だが、思っているより何か出来る事が分かって少しだけ嬉しかった。
「こういうの、日本語でナキオトシって言うんでしたっけ?」
「だから泣いてないから!」
「泣いてた」
意地悪に微笑むリンに、サキヤは顔を赤くして立ち上がると彼女に背中を向けてこう口を開いた。
「お前、昔こう言ったな。……私達は何も変わってない。これから変われば良い。何を変えるのか、探せば良い。……何度負けても、立ち上がれば良いって」
「……うん」
「何度目か分からないが、また立ち上がる時が来ただけだ。また変われば良い。……あんな奴の言葉なんて気にするな。お前は俺を慰めてくれた。あの時も、今も。お前に出来ない事なんてない」
そうしてサキヤはもう一度振り向いて、彼女の小さな腕に手を伸ばす。
「行こう、この先に。アンジェと、トウドウと、レフト達と一緒に」
「……うん」
その手を掴んだ。
何も出来ないなんて事はない。そんな何度でも言われた言葉、何度でも跳ね返してみせる。
「リン……」
「アンジェ、心配掛けた。……もう大丈夫」
「リンゥゥ!! うぅ、良かったですわ!! リンゥゥ!!」
「や、ヤメローーー!」
ベッドに飛び込んでくるアンジェリカに悲鳴を上げるリン。その横で、トウドウはサキヤの肩を叩きながら「助かった」と声をかけた。
「……お前のヒントのおかげだがな。正直、俺は必要だったか?」
「お前じゃなければこうはならなかった」
「それがお前の作戦、だと」
「リーダーだからな、お前は」
見透かしたように語るトウドウに半目を向けるサキヤだが、ふと大きな鐘が鳴り辺りを見渡す。
確かこれは客が来た時の鈴の音だったか。トウドウの顔を覗き込むと、彼は「来たか」と言葉を漏らした。
「二人か? 来ないんじゃなかったのか?」
「来ていないとしか言っていない。偶々パーティの用意は出来ているが、な。……俺は二人を迎えに行く。サキヤはオフ会の件をリンに説明しておけ」
面倒な役を押し付けられて表情を歪ませるサキヤだが、この家で客人を迎えに行くのは骨が折れる。
リンは嫌がりそうだが、それもリーダーの役割だと割り切って腹を括った。
「二人共、話があるんだが───」
だって彼は、フォースメフィストフェレスのリーダーなのだから。
メフィストフェレスも完全復活。これでNFTで出来た穴はなくなりましたね!
次回はちょっとした小話を挟みます。読了ありがとうございました!