翌朝―
いつの間にか眠ってしまっていたリンクの頬に何かが触れた。
それは少しだけ暖かくて、それでいて優しい感触だった。
(あ、あれ?いつの間にか眠っていた?この感じは…)
頭の重さを何とか振り払って目を開けるリンク。
その目先には立てるようになったあの仔馬がいた。
「助かったんだね!良かった、良かったよ!!」
思わず仔馬を抱き寄せるリンク、仔馬も嬉しそうに彼の抱擁を受け入れていた。
しばらくたちラメラの下へ仔馬と共に歩いていくリンク。
「リンクちゃん、それにその仔馬も助かったのね。良かった」
胸をなでおろすラメラ、リンクにとって大きな決断でもあったのがわかっていたからだ。
これで仔馬が助からなかった時の事を考えると目も当てられない。
「心配かけました、色々とわがままを言ってしまいすみません。もう大丈夫です、行きましょうラメラさん」
ラメラの言葉に晴れやかな笑顔で返事をするリンク。
心からの喜びが顔に溢れている。
「おいおい、俺だって忘れて貰っちゃ困るぜ、お嬢ちゃん」
そんな2人のやり取りに忘れないでくれよと入るブグリ。
「すみませんでした、ブグリさん。ガッツニンジンありがとうございます」
勿論忘れていないと頭を下げるリンク。
もし彼がガッツニンジンを持っていなかったらこの仔馬を助ける事は出来なかっただろう。
「その仔馬を見るにガッツニンジンがちゃんと効いたみたいだな。馬は大切なパートナーでもある、大切にするんだぞ。それじゃ、ゲルドキャニオンの馬宿に向けて出発だ」
こうして馬宿に向けて歩いていく3人。
その間仔馬はすっかりリンクに懐いたのか、片時も彼の傍から離れなかった。
ゲルドキャニオンの馬宿
夕方に差し掛かるぐらいまで歩いただろうか、彼らは目的地であるゲルドキャニオンの馬宿に着いた。
馬宿は簡単に言うと馬を預けることのできる宿屋のようなものだ。
丸い筒状に羊毛のフェルトで覆い、空いている頭上部分を天幕を吊るすことで組み立てる移動式の大きいテントだ。
この馬宿は両脇を岩山で挟まれた狭い道の途中にある。
この辺りは非常に乾燥しており、植物はあまり育たないからだろう。辺りを見渡しても殆どが岩である。
「ふぅー、やっと着いたなぁ。それじゃ俺は頼まれていた品を納入しに行ってくるぜ。またな」
道中は同じであったが彼とは目的が違う。
ここでお別れだ。
「ブグリさん、ありがとうございました」
「また機会があったらよろしくね」
リンクとラメラがそれぞれ挨拶を済ませ、解散となる。
そういうと共にブグリは駆け足で馬宿へと走って行った。
短い間ではあったが進む道中は楽しいものだった。
「中々気のいいヴォーイだったね、こういう縁もあるから旅はやめられないのさ」
「ラメラさんって色んなところを旅されているんですよね?」
「ええ、アタイは北東にあるデスマウンテンから鉱石を仕入れてくる事が多いんだけれど土地、気候や自然。そこに住んでいる人と触れたりするのはいいもんだよ」
ラメラは行商人としてはベテランといっていい人間だ。
ゲルドの街からみてデスマウンテンは主要な場所としては一番遠い。
しかも活火山の中で集落を作り生活している亜人種のゴロン族相手に交渉をしている。
いくら暑さに強いゲルド族とはいえそれはあくまで人間の範疇での話だ。
人体すら自然に発火する程の灼熱が相手では全くお話にならない。
これでもかと対策をしなければ立ち寄ることすらかなわないのだ。
「ラメラさんって凄いんですね…。私の護衛は必要なかったんじゃ…」
リンクの言い分にも一理ある、普段からゴロンシティまで一人でも行ける人が最寄りの馬宿まで行けないとは考えにくいからだ。
「そんなことは無いよ、リンクちゃん。確かにデスマウンテンの熱さは砂漠と比べても相手にならないぐらいに熱いわ。それでもゲルドの砂漠だって熱さと寒さがあって砂に足を取られるもの。この場所を通り抜けるだけでもかなり大変なのよ?」
そう言ってラメラはリンクを励ました。
実際にゲルドの砂漠の環境もとても過酷なもので、この場所を安全に抜けられるというのはラメラにとっても意味の大きいものなのだ。
「ラメラさん、サークサーク。そう言って頂けると助かります」
「君はまだまだこれからよ。それとせっかく馬宿に来たんだもの、色々と見て回ってきたらどうかな?バザール程の広さはないけれどそれでも新しい発見も多いわよ」
「それもそうですね、少しだけ見て回ります」
この場所もリンクにとっては刺激的な環境であった。
何しろ初めての砂漠以外の集落だ、住んでいる人の服装一つとっても初めて見る装飾に使っている素材。着こなしも全然違うのだ。
馬宿のテントでもそうだ、ゲルドの街の建物は岩でできているのに対し、こちらは木材で組んだ骨組みに羊のフェルトで覆っている。
ゲルドの砂漠では放牧なんて不可能だし、その素材を使ったテントは重量も大きさも全然違う。
旅の途中で泊まる携帯用のテントならいざ知らず、本格的に住むためのもので移動を考えてあるのは何とも不思議なものに見えた。
(これが馬宿…、壁のところ見たこともない素材を使っているなぁ…軟らかい。あっ、頂上の所、馬をかたどった木像がついているや!ふっしぎー!)
辺りは岩場がほとんどでところどころに草が見える程度ではあったがそれでも砂漠と比べればうんと多い、自生していたポカポカの実をリンクは集めておいた。
そんな草を食料としているのだろう、馬宿にはロバや馬が飼われていた。
(あっ、馬がいる!もしかしたらここなら馬を預かってもらえるかも?)
リンクはまだ幼い、馬宿がどんな役割を持っている建物であるかも正確に把握はしていない。
ダメもとで仔馬を預けることはできないのか聞いてみることにした。
「いらっしゃいませ!馬宿にようこそ!馬の登録、連れ出し、なんでもお伺いします。さあ御用は何でしょうか?」
馬宿で受付をしているのはピアフェという男性だ。
馬宿ならではの服装なのだろう、デールといって木綿を使った気密性に優れた構造になっており馬に乗りやすい形状をしている。
帽子はマルガェといい彼らは天に対する信仰があり、天と人を結ぶ頭を神聖な所だと考えているそうだ。
「すみません、初めてなんですがこの仔馬を預ける事ってできるのでしょうか?」
恐る恐る聞いてみるリンク。
この場所が馬を預かってくれる場所なのかわからないし、預けられる場合はどうすればいいのかもわからないからだ。
「初めてでございますか、それでは当馬宿のシステムについて説明させていただきます。馬宿は世界各地の街道沿いにあり、登録している馬をお好きな場所から連れ出すことが出来ます。また、預かっている馬のお世話もさせて頂いております」
ピアフェは丁寧に説明する。
馬宿は世界中に展開しており、預けた馬を連れだすことが出来る。
預けている間も馬のお世話もしてくれるようだ、リンクが探している条件にしっかりと当て嵌まるだろう。
「なるほど、それでは馬を家で飼えなくても大丈夫という訳ですね?」
「その通りでございます。登録できるのは一人5頭までで、一頭につき登録料が20ルピー必要となります」
リンクはここならこの仔馬を頼むことが出来るそう思った。しかし、その為にはルピーが20ほど必要だったのだ。
皮肉なことに仔馬を助ける為にすべての財産を出してしまったリンクには絶対に払えない金額であった。
「わかりました、もう少し見て回ってからでもいいですか?」
「かしこまりました、ですが当馬宿も預かれる数は限られております。なるべくお早めにお願いします」
そう言ってピアフェは頭を下げた。
本当にその通りだ、馬宿とは言ってもいくらでもあずかれる訳ではない。
馬宿から少し離れたところでリンクは仔馬に言った。
「ごめんな、僕にはお前と一緒にいることが出来ないみたいなんだ。短い間だったけれど本当に楽しかった。生きていくって本当に大変なんだな」
リンクの言いたいことが伝わったのか、仔馬はリンクの下に寄り添って顔を舐め続けた。
馬の言葉はわからない、それでも離れたくないという意志を伝えているように感じた。
そんな時である。
「リンクちゃん、ちょっと馬宿へ行って火打ち石や松明といった物資を補給お願いできないかしら。これでリンクちゃんのお仕事は最後だから」
依頼主であるラメラがこれから先へ進むための物資の補給を頼んできた。
これを断ることはできないのでリンクはいったん仔馬から離れて馬宿の所から必要な物資を調達する。
馬宿では松明は火打ち石といった旅に必要となる物資は無償で借りることが出来る。
ここから先はラメラ一人の為求められる量は多くはない。
すぐに必要な量を確保しラメラへと受け渡す。
「ありがとうリンクちゃん。これはお礼よ」
そう言ってラメラは袋をリンクへと渡す。
その中身は赤く輝く貨幣20ルピーであった。
何の冗談だろう、物資の補給をしたとはいえホンの5分にも満たない程の仕事だ。
「えっ、ラメラさん。これは一体…?」
「言ったでしょ?リンクちゃん。自分のルピーをどう使うかは勝手だって」
そう言ってラメラはウインクをしてみせた。
(ああ、この人には頭が上がらないんだろうな。)
「ラメラさん!サークサーク!」
仕事の間中々見せなかったとびきりの笑顔をラメラに向けた。
「うんうん、アナタの初仕事。見事だったわ。その仔馬を馬宿へと連れて行ってあげなさい」
どういう問題が起きるのかラメラは予測を立てていたのであろう。
だからこそリンクに必要なルピーを過不足なく正確に渡せたのだ。
「はい!それでは失礼します!」
そう言ってリンクは仔馬を引き連れて馬宿へと駆けていった。
「いらっしゃいませ!先程の方ですね?その仔馬の登録をしますか?」
先程の店主であるピアフェが笑顔で対応する。
「はい、お願います」
「かしこまりました、登録料は20ルピーになります」
「はい、20ルピーです」
迷いなくルピーを差し出すリンク。
その表情は晴れやかであった。
「ありがとうございます。登録された馬ですが、名前はどうされますか?」
「名前…」
「はい、彼は牡馬なので雄々しい名前を付けてあげて下さいね」
そうだリンクはこの馬をどう呼べばいいか考えないといけない。
リンクはこれまで君としか呼んでいなかったし、どういう名前がいいのか少し考え始めた。
(どういう名前がいいのだろう?エポナ…いやこれは雌馬の名前だ。中々思いつかないな…)
彼は自分と同じくゲルドを冠する者だ、やはりそれにちなんだ名前が互いにとっていいように思えた。
ゲルド馬特有の黒い肌、吸い込まれそうな程黒い瞳。そして自分と同じく燃え盛るような赤い鬣。
「…ドラグ…ドラグマイヤ…」
それは特に意識したわけでもなくフッと出た言葉。
何故だか妙にしっくりときた。彼も気に入ったのか肌を摺り寄せてくる。
「決めました、彼の名はドラグマイヤ。愛称はドラグでお願いします」
「かしこましました、それではドラグマイヤで登録いたします。連れて行くことが出来ない間は私共がお世話いたします」
「助かります、私は砂漠に行かないといけないのでドラグを預かってもらえませんか?」
「はい、ドラグマイヤは責任をもってお預かりいたします」
リンクはドラグにまた来るからそれまで馬宿でおとなしくしているんだぞと言い、抱きしめた。
ドラグもリンクの気持ちが伝わったのか、しばらく顔を舐めた後に頷いてピアフェに着いて行った。
「ラメラさん!サークサーク!」
リンクはラメラに向かって走っていきお礼を言った。
「その様子だと上手くいった様ね、良かった良かった」
「おかげさまでラメラさんのおかげです!」
「ふふっ、どういたしまして。さてと、アタイもそろそろ行かせてもらうわ。帰りも砂漠を渡る以上万全を喫すようにしないとだめよ?」
そういいながら、出発する準備を進めているラメラ。
彼女の行商の旅はここでは終わらない。
「色々とお世話になりました!お元気で!」
「リンクちゃんもね、それじゃあサヴォーク(さようなら)」
ラメラを見送った後、リンクは少しだけ馬宿にいることにした。
薪の束や火打ち石といった物資はリンクにとっても補給する必要があったし、食糧も心許ない。
その間に馬宿を見て回るといった感じだろう。
「おや、お客様。先程の方と御一緒では無かったのですか?」
先程の店主、ピアフェが声をかけて来た。
ラメラと話している所も見ているのだろう。
「あ、はい。私はこれからゲルドの街に帰る予定ですので」
リンクは自分はゲルドの街に帰るつもりである事を伝える。
「そうでしたか、そう言えばもうすぐ演奏会もありましたね。お客様もご覧になってはいかがでしょうか?」
どうやら彼はゲルドキャニオンの馬宿の店主だけあって、ゲルドの街にもそれなりに精通しているようだ。
最もリンクとしても参加するつもりであるので鑑賞は出来そうにはないが。
「あ、でもちょうどその日は予定が入っていて見る事は出来そうにないんです」
せっかく提案していただいたのに申し訳なさそうに答えるリンク。
「そうでしたか…、代わりと言っては何ですがこれはどうでしょう?」
そういって彼が気を利かせて渡してくれたもの。
それはリンクが見たこともない曲の楽譜であった。
「こちらの曲も見事なものですよ、リト族の吟遊詩人の方が作って下さったのです。私達は書き写したものがあるのでお気になさらずとも大丈夫ですよ」
これは思わぬ収穫だ、姉のスルバも大いに喜ぶだろう。
曲の持ち主であるリト族の人にも了承は頂いているという事でありがたく頂くことにした。
帰る時の為に、馬宿で火打石や木の束を補給したリンク。
残るは食糧の問題だが中々当てが見つからない。
砂漠ほど食べるものに困る訳ではないにしろ、食べ物が多い環境とは言えないのだ。
馬宿の老人ピルエにこの辺りで食べるものは自生していないかと聞いてみたところ、崖の上に生えるキノコがあると教えて貰った。
崖をよく見ると確かに紫色のゴーゴーダケというキノコが確認できる。
本当に高いところのものは難しいが比較的手が届く範囲のものだけ摘み取ることにした。
(まさか崖を登る技術が大事になるとは思わなかったなぁ…)
料理に使うと移動力が上がる効能があるらしい。取れる場所さえ何とかなれば、とてもありがたい食材だと思うリンクだった。
しばらく休息をとった後、リンクはゲルドキャニオンの馬宿を出ることにした。
行きと違い道もわかっているので順調に進んでいく。
ゲルド砂漠の手前まで来たところで日も落ちてしまったので野宿をすることにした。
(今日もいろんなことがあったなぁ…明日は砂漠に入る。早いとこ寝てしまって体力を回復しないと)
色々とあったからであろうか、実は一人で眠ることは初めてなのだがそんなことに意識を向ける余裕もなく眠りに落ちていった。