ゼルダの伝説 蒼炎の勇導石   作:ちょっと通ります

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第15話 砂漠の移動にはスナザラシを

 宮殿

 

「大魔王ガノンドロフ。肥沃な大地、豊かな自然と心地よい風を持つハイラルを我が物にしようとした魔盗賊の王。聖域への扉が開かれた隙を狙い力のトライフォースを奪取。僅か数年でハイラルのありとあらゆる場所を支配下に置いたとされている」

 

 今日もルージュは禁書の欄に足を運び続きを閲覧する。

書かれている内容のあまりの異常さは彼女にとってあり得ないと思えた。

ハイラルという土地はただ広大なだけではない。

暑い寒いでは済まない程に環境の違いがある。

そして、その場所に住んでいる種族が生存する事に適していた…。

 

言葉で書くとそれだけかもしれない、だが実際には立っているだけで自然発火するような活火山であったり吐息も凍るような氷に覆われた洞窟であったりする。

とてもではないが長居など出来る訳もない、攻め込むなど以ての外だ。

 

その場に住まう者達だって油断ならない、空に舞い攻撃の届かない高度から一方的に攻撃できるリト族。

攻撃どころか自由に移動したり呼吸すらままならない水中で戦いを有利に進めるゾーラ族など様々だ。

 

(わらわが軽く想像するだけでも戦闘にすらならない状況。それをすべて相手取り数年で支配などできるのか…?)

 

次々と読み進めていくルージュ。読み込んでいく度、血の気が引いていくのがわかる。

ゲルド族を引き連れて攻めた記録はない。

兵を率いるのであれば兵站の必要性から書面に記録されるはずである。

その痕跡すら確認できないのだ。

 

そもそも彼が反乱を起こしたのは当時の覇権を握っていたハイラルの城の真ん中だ。

多くの兵を連れてくることはできないし、引き連れたところで環境が特殊過ぎてどうしようもない。

 

この書物から得たルージュの推測。

それは、恐ろしいことに王は一人で全ての場所、種族を支配していたという事。

圧倒的な個人というレベルの話ではない。

一人でその他すべてを抑え続けることが出来た。

そう言ってもいいものだ。

 

 しかもこれだけで終わる野心ではなかった。

ガノンドロフはさらなる力を付ける為、他のトライフォースを狙い続けた。

一度はハイラルの姫を出し抜き、生け捕りにしたと書かれている。

最後には封印されたと書かれているが、どうやって封印されたのかは書かれてない。

諸説が錯綜し、どうなったのかわからなかったらしい。

 

(どういう事だ…?信憑性の高い王家の書物で重要な結末だけ欠けておる…。落丁などは無い。調べるほどに謎が深まるとはな)

 

 翌日

 

「そこまで!ビューラ様の勝ちです!」

 

「ハァ…ハァ…」

 

 リンク達は護衛の仕事に向けて訓練を積んでいた。

これも、砂漠の砂に対応する為に街の外で行われている。

 

護衛をする前なら、砂漠に不慣れだったリンクが負けることもあったが今ではルージュとビューラ以外で勝てる者はいない。

経験が活きているのもあるがそれ以上に意識が変わっている。

広大な外の世界で倒れるという事は死に直結する。

大怪我を負えば治療だって満足にできない。

訓練への集中力が違う。自分を、相手を把握しようとする姿勢が集中力が抜きんでている。

 

「…まだです!ビューラ様、ルージュ様。もう一度お相手願います!」

 

未だにビューラには勝てていないし、ルージュにも負け越している。

以前と比べればいくらか戦えるようにもなっているが、それでも未だに差はある。

 

 以前の戦いから回転斬りを身に着けたリンクだったが、あの敗北からルージュも学んだ。

盾の反動を使った回転斬り。

たとえ神速で切り込んで来ようとも、出てくる場所が決まっている為、最初から軌道の先に剣を置いておけばよいのだから。

 

「…その意欲は評価するがそこまでだ!そんなに消耗した状態でルージュ様や私の相手になると思うのか?」

 

悩ましいことに、ルージュたちとそれ以外の差が広がりすぎた。

彼女たち以外では一対一で疲れ切ったリンクにも敵わない。

 

「しかし!」

 

「護衛の仕事は戦闘だけではない。お前が身につけなければならない事はまだまだある!水分を補給した後、スナザラシに乗る訓練だ!」

 

「はい!」

 

リンクはスナザラシに乗ったことが無い、外である砂漠を移動する時に動くものだからだ。

外を移動したのは護衛の仕事の時であったし、それ以前ではそもそも外を移動する時が無かったからだ。

 

「スナザラシはフラジィが営んでいるレンタザラシ屋で借りてこい。話はつけてあるから心配はいらん」

 

 スナザラシは野生の生き物であるが貸し出しも行っている。

スナザラシは臆病で捕まえるのが難しい上にその挙動は癖がある。

いきなりうまく扱える生き物ではないのだ。だからこそ捕まえる必要が無く、癖を少なくした借りだしようのスナザラシで練習をするのだ。

 

 レンタザラシ屋

 

「おや、リンクちゃん。ヴァーサーク(いらっしゃい)。ルージュ様から話は聞いてるよ。なんたって広大な砂漠を渡るならスナザラシは必須ザラシ!」

 

リンクはレンタザラシ屋に足を運んだ、ここはゲルドの街の中に存在する為、リンクにも迷わず到着できる。

 

 このフラジィという女性、ゲルド族特有の外の流行を取り入れようとして、どこから仕入れたかは知らないが語尾にザラシを付ける癖があるのだ。

 

積極的に情報を集める性質がこのような珍言動を生んでしまったようだ。

 

「フラジィさんヴァーサーク。スナザラシを借りれますか?」

 

「勿論だよ、最初なら癖の少ないこのスナザラシがいいザラシよ」

 

「(何度聞いても不思議な言葉だなぁ…?)フラジィさん、サークサーク」

 

無事スナザラシを借りてくることが出来たリンク。

実はゲルドの街にはスナザラシを借りることのできるレンタザラシ屋は2か所ある。

南東側のフラジィの店とその娘コームが営む北西の店だ。

 

娘のコームはそろそろヴォーイハントに行く必要のある年齢であるが、レンタザラシの仕事もある為中々街の外へ出れないでいると聞いている。

家業と伝統の板挟み…何とも歯がゆいものだ。

 

「無事スナザラシを借りてこれたようだな。練習内容を説明する。ゲルドの街の周りを3周しろ、ただ回るだけでは意味がないからな、相手より早く周回してみせろ」

 

ビューラが簡潔に訓練の内容を伝える。

スナザラシを用いての移動はかなり難しい。スナザラシと自分をロープでつなぎ足を盾に乗せて滑る必要があるからだ。

 

上級者は腰にロープを繋ぐが、まだ不慣れなリンクは手に握る。

スナザラシはその速さ故に急には止まれない。

転倒して砂漠を引きずり回されてしまうのを防ぐためだ。

 

盾という本来乗っかる為のものではない防具でバランスをとるのはとても難しい、なにせ盾によって材質も違えば形状も違う。

 

その上砂漠の砂という不安定な足場に、スナザラシという別の生き物によって引っ張ってもらう必要がある。

高速で移動できるスナザラシの力は普段では体験できない引力をもつだろう。

 

「はい、ビューラ様!それで相手は…」

 

「わらわが相手だ」

 

相手を探していたリンクがその声に振り向く。

その向こうには族長であるルージュがいた。

 

「ルージュ様!?パトリシアちゃん様をお持ちなのは存じておりますが…」

 

「そう堅くなるでない、わらわとてパトリシアちゃんと動き回りたい時だってある。だがこれは訓練でもある、決して手を抜きはせん」

 

そう言って、スタート位置に着くルージュ、慌ててリンクもスタート位置に移動する。

 

「良いかリンク。初めは動きに慣れよう…などと思うでないぞ。そんな覚悟でわらわに勝つことなど絶対に不可能じゃ。全力を出すことが大切である」

 

(…どういうことだろう?スナザラシに乗ったことのない僕が勝てるとでも思うのだろうか?)

 

助言の意味を理解できず、首を傾げるリンク。

初めてのスナザラシに緊張も高まってゆく。

 

「準備は出来ましたか?ルージュ様、そしてリンクよ。―それでは…始め!」

 

ビューラの号令で両者共スナザラシを動かす。ルージュは慣れたもので最初から一気に全速力で飛ばしていった。

砂海を力強く泳いでゆくパトリシアちゃんとルージュの動きにスナザラシに詳しい者なら、思わず見とれてしまうだろう。

 

「うわっとっと!?」

 

 先程両者共と書いたが、厳密にいうのならリンクの方はバランスをとることが出来ず転倒してしまった。

スナザラシはそれなりにスピードが出る為勢いが止まらず転がってゆく。

服も顔も砂だらけだ、口の中にも砂利が入り込む。

 

「しっかりしろリンク!スナザラシを乗りこなすのはゲルド兵士にとって必要不可欠だぞ!」

 

「は、はい!」

 

砂を吐き出し、ロープを握り再出発の準備に取り掛かるリンク。

 

(予想以上に扱いが難しいな…相当バランス感覚が必要だよ…)

 

元々スナザラシの扱いは上級者向けの技術である。

盾に乗って滑り降りる盾サーフィンの応用だからだ。

 

リンクが苦戦している間にルージュは角を曲がっていきもう見えなくなってしまった。

曲がる時も減速しないで曲がり切っている、凄い技量だ。

 

その後も何度も何度も転倒していくリンク、最初から応用技術など上手くいくはずが無い。

その間にもルージュは彼を周回遅れにしてゆく。

 

(ルージュ様凄い…どうしてあんなに早く移動ができるんだろう?)

 

スナザラシによる移動は盾サーフィンの上級者向けであるが、初心者向けでもある。

まるで謎かけのようだがこれにはいくつか理由がある。

 

まずは盾サーフィンを行える立地だ。

盾サーフィンは本来、滑り降りる為の高さと斜面が必要なのだ。

 

これが中々難しい、斜面は緩すぎては滑ることはできない。かといって急過ぎればただの飛び降りだ。

高さも必要だがこれを満たす主な場所はへブラ山やラネール山といった極寒の山頂であったり、いるだけで自然発火してしまう程の灼熱、デスマウンテンぐらいである。

 

そもそも滑りに行くまでが命懸けなのである、わざわざそんな場所まで行って練習する強者もいるが…初めての人には絶対にお勧めできない。

 

加えていずれの場所も荒々しい程に起伏に富んだ岩の山であるという事もある。

これを刺激的な滑走の醍醐味と前向きに捉えることもできるが、雪に隠れている岩や氷にも臨機応変に対応しないといけないとも受け取れる。

 

「立ち上がれリンク!ここは砂地な分、傷は浅い!いくらでも失敗できる!」

 

そして何度でも失敗ができるという点だ。先程述べた高地では失敗は出来ない。

 

山々は元々人通りの少ない過酷な場所だ、転倒しようものなら堅い岩場に叩き付けられ死にかねない。

運よく生き延びたとしても、助けてくれる者もいないのだ。

そのまま過酷な環境で凍死、発火、衰弱だってあり得る。

 

その点で言えば、砂漠は足場が砂で岩程の衝撃はない。

加えて言うのならゲルドの街という人がたくさんいる場所で練習ができるのだ。

ある程度の事なら治療だってできる。

 

通常の盾サーフィンより難しい内容だが、練習で数をこなせる。

思い切った練習もできる。

万が一への対応策も他の場所と比べれば断然多い。

 

(そうか!ここは砂場、失敗しているけれど思ったほど傷は深くない!思い切ってもいいんだ!)

 

リンクもビューラの意図を知り、スナザラシを全力で飛ばす事にした。

 

「あ…、あ…れ!?振り…落とさ…れない!?凄い…や!」

 

 全速力を出してみたリンクは先程までとは打って変わり、転倒せずに一気に進んでいく。

砂塵をまき散らし、風を置き去りにし、スナザラシが砂海を駆け抜けてゆく。

 

その慣れない速さ故に、顔に受ける風圧も大きく。思うように話すことが出来ていないようだ。

これがルージュが言っていた意図だった。

 

(全力をだすことが大切とはこういう事だったんだ…)

 

 実はスナザラシは高速で動くのは得意でも低速で動くのは苦手なのだ。

バランスをとるためにはある程度の速さが必要で、それを下回ると動きが左右にぶれてしまう。

当然初心者のリンクにそんな状態で制御などできる筈もなくあえなく転倒していたという訳だ。

 

「いいぞリンク!その調子だ!」

 

(まっすぐは何とか出来た。後は曲がり角をしっかりと移動できるかだけだ。)

 

スピードを上げた状態で角を曲がるリンク。いくら早い方が安定するとはいえスピードがあれば遠心力で大きく膨らむし、支えているリンクにも負荷がかかる。

 

「その遠心力に耐えてみせろ!少しずつでもいい!持っている物を伸ばしていくんだ!」

 

(凄い遠心力だ!ちょっと気を抜いたら飛ばされちゃう!)

 

リンクの弱点…というよりもその幼すぎる年齢が問題であった。

いくら武術で天才的な才能があろうと、7歳で訓練している大人並みの力がある訳がない。

決定的なのはスナザラシとリンクを支える体重だって軽すぎる。

スナザラシの制御は相当に厳しい条件だ。

 

非力な彼には少しの油断も許されない、そのギリギリの状態が少しずつ集中力を高めていく。

それはほんの2,3秒だっただろう、少なくとも見ている者にはわからないだろう。

 

しかし、リンクにとっては10秒以上に時間に思えた。

弾き絞られる腕、無限に思えるほど空気を要求してくる呼吸。外へ流されそうになる遠心力。その負荷がどこまでも彼を責め立てる。

 

(…何とか…曲がりきれた!)

 

そこにかかる力を語るが如く張りつめたロープは軋み、小柄なリンクを支える。

しかし、傍から見ている分には曲がり角1つ乗り切っただけだ。

ゲルドの街は四角形の形をしている。

3周するにはあと11回曲がる必要がある。

 

連続で曲がる為の負荷に耐えられないリンクは何度も手を離してしまい砂に埋もれる。

それでも諦めることもなくすぐにスナザラシに向かって行き、練習に打ち込めるリンクの挑戦はやはり目を見張るものがある。

 

その姿勢に感銘を受けたのか、少し離れたところではハイリア人と思われる男性がリンクに声援を送っている。

 

――

 


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