宮殿
「…なるほどな、まずはフラジィの所で話を付ける必要があるな。いくら多くの民の為になるとは言っても彼女達にとっても大事な選択になる。しっかりと利点と欠点を把握し伝える必要もあるじゃろう」
ルージュは先程まで有識者たちを集め、カラカラバザールへのレンタザラシ屋の設置を検討させていた。
技量のある人物の確保、スナザラシの育成施設の設置。他民族でも利用できるようなシステムの構築。
人員を回したことによる他の部署への影響。
大雑把に挙げるだけでもまだまだ沢山あるのだ、
「承知しました、ルージュ様。本日の業務はこれで全てです。そろそろお休みになられてはいがかでしょうか?」
ビューラが本日の業務がすべて完了したことを伝え、その上で休むことを提案する。
ルージュは族長としての仕事に加え、訓練も並みの兵士以上に厳しく行っている。
その後で更に調べ物をしているのだから疲労が溜まり始めているのだ。
現に体の線がぶれ、僅かにふらついている。
負担を隠しながら仕事をこなせるのは大したものだが、長年付き従ってきたビューラがその程度の事を見抜けない訳がない。
「サークサーク、ビューラ。それでは少しだけ休むとしようかの」
無論、ビューラがそれだけの眼力がある事を彼女も知っている。
まだ若い族長ではあるが、それなりに経験は豊富で幼い頃からずっと支えて貰った。
ルージュが最も信頼している部下だ。
2人の間にも確かな信頼が存在していた。
(…やはり休まれぬか。せめて負担にならぬ様できる限り仕事を軽くする必要があるな)
故にビューラにもわかってしまう。彼女は止まらないという事を。
幼い頃にあった、族長としての初めての仕事がルージュを駆り立ててしまっていることも。
自分の準備不足、力不足でナボリスの時のような事が起きてしまうのは絶対にあってはいけない。
なまじ責任感が強い為に無理をしすぎるきらいがあるのだ。
(すまぬな、ビューラ。最悪の場合、あの時を遥かに超える様な…それこそ厄災の再来まである。わらわはあのヴォーイを信じたい。しかし、万が一の時には民を守る責もあるのじゃ)
ふらつきそうな体に鞭を打ちルージュは歩む。
街の為に、民の為に、そして仲間の為に。
翌日
「フェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃん。サヴォッタ!」
「リンク、サヴォッタ!今日は早く起きれたな!」
「サヴォッタ。訓練のおかげかしら?寝坊しなくなってきたわね。今日の訓練は午後からだったかしら?お弁当も作っておいたから」
「サークサーク、スルバ姉ちゃん。それじゃ、いっただきまーす!」
いつもの様に元気一杯といった様子で食卓へ向かうリンク。
今日は珍しく午後からの訓練なのだ。
つまり午前中はフリーである。それぞれやりたいことを食事をしながら決めている。
「やっぱりみんなで演奏会の練習でしょ。本番まであと3日よ?」
スルバは堅実だ、自分のやりたい事なのは勿論だが他の2人の事も考えて提案している。
ただ、最近はその練習に偏っている気がする。
「うーん、僕としては訓練をしていたいかなぁ?最近は色々と改善点が見えてきて面白いんだ!」
リンクは新たな武術の為に練習を重ねたいようだ。
宮殿内の訓練中に別の訓練を勝手にやれない分出来るだけ打ち込みたい。
「待て待て待て、今回ぐらい踊りの練習をしよーぜ。流石に同じ事ばかりだと気が滅入っちまうよ。な?頼むよ?」
フェイパの趣味である踊りの練習はしばらく出来ていない。
気分転換にどうかと頼む彼女がいた。
「なーに?お願いなんてアンタらしくもない。何かあるの?」
しばらく踊りは打ち込んでいなかったとはいえ、この反応はフェイパには珍しい。
何か理由があるのとスルバは尋ねた。
「えっとな?スルバ、アイシャさん知ってるよな?」
頭の後ろをさすりながらちょっと照れくさそうに答えるフェイパ。
かすかに頬が緩んでいる。
「あの宝飾店のオーナーじゃない。それがどうかしたの?」
アイシャは宝飾店 Star Memoriesのオーナーだ。
その類稀な加工技術によって街の外からも注文が来るほどの人物だ。
また、アローマの店である Hotel Oasisの常連客でもある。
「そのな、来年に行われる舞踏会にさ。誘われたんだよ」
彼女は踊ることが大好きで、それでいてとても映える。
太陽を思わせるまぶしい笑顔にしなやかな身のこなし、細部への妥協のなさと動と静の表現が非常に上手いのだ。
「アタイの踊りにインスピレーションを受けたって、それで装飾品を作るから踊ってみないかってさ」
フェイパは御洒落や装飾品が大好きだ。
世界屈指の職人であるアイシャに作って貰えるなんて夢のような話だろう。
アイシャの店の強みは大きく分けて2つある。
1つは宝石に秘められている力を引き出せるという事。
そしてもう1つが購入者に合わせた宝飾、即ちオーダーメイドであるという事だ。
彼女は顔見知り相手にしか商売をしない。
より正確にいうと、彼女は相手の姿にも合わせながら作っている。
姿だけではない、その人の個性や性格。立ち振る舞いを見極めながら完成度を高めていくのだ。
「全国的に有名なアイシャさんの装飾なんて、それこそ一生かかってもつける機会なんてないかもしれない。このチャンスを逃したくないんだよ」
彼女の言葉は正直だ、だからこそ情熱的でスルバの演奏会と同じように強い意気込みを感じる。
「フェイパ姉ちゃん…、そうだね!たまには踊ってみようよ!僕、姉ちゃんの踊り大好き!」
ここはリンクが彼女の意見に賛同した。
元々彼も体を動かすのが好きなのと、彼女が本当に好きな事をしている時の表情が見たかったのだ。
「確かにおんなじ練習ばっかりじゃ、集中力も落ちてしまうわね。今日は踊りの練習にしましょう」
最近は演奏会の練習頻度も多かったので気分転換にはなるとスルバも意思を汲む。
「リンク…スルバ…サークサーク!アタイのエネルギッシュで情熱的な舞いを完成させるんだ!」
自分の為に踊りの練習に当ててくれる事が嬉しかったのだろう。
満面の笑みで感謝するフェイパ、ストレートに喜びを出せるヴァーイはそれだけで魅力的なものだ。
ゲルド族は強靭さとしなやかさを併せ持った筋力が特徴である。
伝統的なゲルド族の舞いはそれを活かしたものである。
体の一部を固定し、それ以外の部分を動かす事で表現する事が多い。
例えば、上半身を動かさずに下半身や腕を回したり、回転することがあげられる。
反対に下半身をぶれさせずに上半身をそらしたりしながら曲に合わせて表現する。
やってみるとわかるのだがこれが中々難しい。
意識しなければ軸というものはぶれてしまうし、慣れていない動きというのは相応に負担も大きい。
「いいかリンク、情熱的な踊りを表現するにはただ激しく動けばいい訳じゃないんだ。力強さというのはな、柔らかい動きを混ぜて伝えたいことを目立たせることが大事なんだ」
そう言って彼女は手本を見せる。
よりよく見せる為の動きはまだまだリンクには難しいかも知れないが、楽しめる様にはなって欲しい。
通りがかるものの視線を集め、活力を与える舞いは仲間の間でもちょっとした人気なのだ。
フェイパの踊りの特徴は華麗な力強さと情熱だと多くの人は考える。
それは中らずと雖も遠からずだろう、それ以外の踊り方も熟知しており曲調や相手に合わせる事だってできる。
好みや特徴が活きてくるのは本来の彼女の技量があってこそ。
スルバの音楽と同じように真剣に取り組み、積み重ねてきた修練が支えているのだ。
「凄いよフェイパ姉ちゃん!上手くは言えないけどカッコイイ!」
「うまく言えないってどういうことだよリンクー?」
頬をグニグニと引っ張るフェイパ、柔らかく伸縮している。
(流石にちょっと早かったかな?それでも楽しそうだ、やってみて良かった。)
「また一段と上達したのね、フェイパ。はっきりとした目標が出来て方向性が見えた事、丁寧さからくる踊りの下地がついに花開いたって所かしら?」
「流石だなスルバ、アタイの踊りからその視点が見えるのは。違う分野でも正確に把握できるのはスゲーと思うわ」
ある程度は違いが判るのだろう、スルバは成長とその切っ掛けを考えてくれる。
「アンタだからよ。単純というか本当にわかりやすいもの」
「なんだとー!?っとせっかくの練習だ、今回は動と静、アップとダウンを意識して練習をしよう」
皆が空けてくれた貴重な時間だ、のんびりとはしていられない。
意識を切り替えて舞踊に打ち込むフェイパ達。
スルバがリズムや曲調からのアレンジや修正を考えながらアドバイスをし、フェイパが実演してみせる。
リンクは姉の動きをまねしたり簡単な動きの練習をしている。
「うーん、せっかくだしちょっとだけ変わったやつをリンクに見せてやるか」
「え?そんなのがあるの?」
「ああ、これならリンクも興味がわくと思ってな。いいかリンク、これを使ってだなー…」
そう言いながら、ゴソゴソと彼女は袋の中から道具を選び出す。
「ええっ、これはまずいよフェイパ姉ちゃん」
「大丈夫だって、ちゃんと模擬用だからさー…」
――
―
「凄い…こんなのもあるんだね…」
リンクの驚いた声が街の空へと消えてゆく。
それは見るのも初めてで、それで身近でもあった分衝撃も大きかったのだ。
「ある程度、馴染みがあるからより一層ってやつさ。…っとそろそろ時間じゃね?」
練習に熱を入れていたからか、あっという間に時間が過ぎてしまった。
急いで宮殿に向かわなければ行けない。
「あっ!ホントだ!それじゃ僕もう行くね!」
「怪我には気を付けてね。それじゃ行ってらっしゃい」
宮殿
「うむ、それでは決まりじゃな。よろしく頼むぞ、フラジィそしてコームよ」
先日話をしていたレンタザラシ屋のカラカラバザール支部の設立をフラジィ達話したところ、二つ返事でオッケーが出た。
というのも娘であるコームはそろそろヴォーイハントに出なければならなかったが、家業であるレンタザラシをゲルドの街で行っていては出会いなどゼロである。
ゲルドの街では難しくてもその手前にあるカラカラバザールなら家業とボーイハントの両立が望める。
無論それだけでは個人だけを優遇する事になりかねない、ゲルド族の責任者という立場から予算を使うには公益的な要素が必要になって来る。
そこで昨日まとめられたシステム、スナザラシ複数で荷物を運ばせる案だ。
これはいたって単純でカラカラバザールからゲルドの街へ、行商人が持ち帰った大量の物資を使って高速で運び込むのである。
スナザラシが臆病でありながら過酷な砂漠で生き延びているのは、魔物達でも素早く砂丘を泳ぐ彼らを捉えることが難しいからだ。
「サークサーク、ルージュ様。何から何まで手伝って頂いて」
「よい、その代わりスナザラシの世話がこれまで以上に多くなるであろう。責任も負担も大きくなるが何とかお願いしたい」
ルージュの懸念通り、一度に多くのスナザラシを輸送に使うとなればその世話も、動かし方もより困難なものになるだろう。
レンタザラシ屋として機能する様に仕上げなければならない。
「スナザラシを同時に動かす練習法と指導方法もまとめておきます。兵士さん達にもお渡しするつもりです」
「助かる、いくらスナザラシに慣れてるとは言っても流石に本職で代々続いている人達には敵わん。新たな試みで手探り状態かもしれんが頼みたい」
フラジィの頼もしい返事に、僅かに表情を緩ませるビューラ。
フラジィにはわからないかもしれないが、ルージュにはわかっている。
「お任せください!スナザラシの新たな可能性が見つかりそうで楽しみなんですよ!」
「およそ2ヶ月を目処に施設を作り上げる。その時に完成したカラカラバザール支店を共に下見しよう。ビューラ、レンタザラシ屋における資源と人材の割り振りの書類もできておる。不備が無いか確認をお願いしたい」
「はいルージュ様。…大丈夫です、問題はありません」
「これでわらわからの話は終わる。質問はあるか?」
「大丈夫です、ルージュ様。よろしくお願いいたします」
「うむ、それでは失礼するぞ」
そう言ってルージュは玉座から離れ、訓練場へと足を向ける。
それに付き従うビューラに午後からの予定を確認する事も忘れない。
「では訓練の後はレンタザラシ屋の開設の為、兵士の一部には出向の要請とそれに伴う業務の変更じゃな。訓練が終わり次第すぐにとりかかろう」
「承知しました、ルージュ様。本日の訓練はリンクとの模擬戦、その後に私との訓練が入っております」
今日は模擬戦を行うようだ、それもリンク、ビューラとの連戦なのだから激しいものになるだろう。
「中々苛烈な訓練になりそうじゃな。だがそれでいい」
そんなやり取りをしているうちに訓練場に着いたルージュ達。
中ではすでにリンクを含む兵士全員が待機していた。
「ルージュ様!ビューラ様!お待ちしておりました!兵士一同、模擬戦の準備ができております!」
最前列で兵士達をまとめている兵が報告する。
褐色の肌が自慢のゲルド族にしては珍しい、白い素肌を持つ彼女は隊長のチークだ。
彼女を筆頭に列に並んだ兵士達が各々の武器を携えて直立する。
「ではこれより模擬戦の訓練を始める!前もって伝えた相手と戦え。模擬とは言っても戦いでもある。努々気を抜くな!」
「はい!」
気合の籠った返事が宮殿に響く。
兵士達は各自、決められた相手と向かい合う。
リンクの相手は何度も剣を交えたルージュである。
「おぬしとの手合わせは何度やっても楽しいぞ、やはりある程度実力が近くなくてはな」
「はいルージュ様!今回は勝たせてもらいますよ!」
リンクやルージュの実力はビューラを除けば他の者では相手にならない。
どうしても戦う相手が絞られてしまうのだ。
それでも実力が近い相手との真剣勝負は気持ちが昂るものだ。
「全員そろったな、チーク。お前は私が相手をする。全力でぶつかってこい!」
「は、はい!胸を借りるつもりで御相手致します!」
――それでは、始め!