宮殿 族長の寝室
「来たかリンク。マトリーもご苦労だった」
マトリーはビューラに一礼し隅に移動する。
部屋の隅には他に見覚えのないゲルド族の女性が立っていた。
「…ビューラ様、ルージュ様は?」
リンクとしても倒れたルージュが心配だった。
その上で夜分であるにもかかわらず自分を呼び戻す意図が読めなかった。
「ここで話すより見て貰った方が早いだろう。ルージュ様、失礼いたします」
「…これは!?」
ゲルド族はその伝統的な衣装から肌の露出部分が多い。
族長であるルージュもそれに漏れない。
褐色の肌に瞳を模した赤い模様が現れ、点滅を繰り返している。
「それについては私が説明しましょう」
そう言って、ゲルド族の女性がリンクの方へ歩いてきた。
「…あなたは?」
ゲルドの街で暮らしているリンクでも、彼女の顔を見たことは無かった。
だからこそ警戒する。
「申し遅れたね、私はイグレッタ。ゲルド秘密クラブのオーナーさ」
聞いた事がある。ゲルドの街の端にある会員制のお店だ。
少々、いやかなり怪しいから近づくなとメルエナに言われたことがある。
「心配するなリンク。彼女を呼んだのは私だ」
「ビューラ様!?」
ビューラがイグレッタを呼んだという。
接点が見つからず疑問が増えるばかりだ。
「話を戻そう、ルージュ様に模様が現れているだろう?病気や怪我だったら良かったけれどこれは呪いの類だね」
「…ルージュ様がお倒れになられたのは、人為的なものだったという事だ」
厳格なビューラの顔がいつも以上に険しく、手は堅く握られ震えている。
あの前兆は疲労では無かった、精神的なものでも無かった。
確かにそういう負担になる要素はあったかもしれない。
それでもルージュの強さをもっと信じていれば、あの時もっと多角的にルージュ様の安否を確認していれば。
それでも見落としてしまった事実は変わらない。
「アタイはね、人には言えないような事だってしたし、見ても来た。だからこそわかる事がある。この外法はイーガ団によるものだね」
イーガ団 かつてハイラル王家につかえていたシーカー族の一派である。
その優れた能力を恐れられ、追放された恨みから王家への復讐を誓い厄災ガノンの手先になった者達だ。
「リンク、お前に頼みたいのはイグレッタを連れて至急カカリコ村へ行って欲しい。呪いの種類はわかったが治療方法まではわからなかった。イーガ団と同じシーカー族ならば治療方法がわかる可能性が高い」
前回と同じく護衛の任務の様だ。
しかし、前回と比べると距離も責任の重さも段違いと言えるだろう。
「アタイも旅には慣れてるけれど、明確な悪意が見える以上準備は万端にしたい。こんなシーカー族が関わっているのがまるわかりな呪術とか罠にしか見えないね」
「わかりました。すぐに準備してカカリコ村へ発ちましょう」
そう話が決まるとビューラはいつものように物資を支給する。
前回と比べると遥かに遠い距離という事もありその量は前回の3倍はある。
特に貨幣であるルピーは金色に輝く300ルピーと大金だ。
「今回の護衛はルージュ様の安否に関わる。あらゆる事に手を抜くことは出来ん。急な依頼ですまんが頼む」
ビューラが頭を下げる。
本当なら自分が直接カカリコ村へ出向きたい。
しかしその為に街の政務を投げ出すことは許されないし「雷鳴の兜」を盗まれた時の様に奇襲されたらひとたまりもない。
自分のやるべき事はルージュ様の代わりに政務を行い、刺客が現れないか監視をする事なのだから。
職業柄マトリーも声には出さないが、あまりの事に目を見開き驚いているようだ。
今回の件に関して相当責任を感じているのだろう。
「そんなに思いつめないでください。ビューラ様は私の憧れの一人です。族長様を支える仕事をしながら、武術においてもずっとゲルド族の頂点に立つ凄さはみんな知っています。ゲルド族の為に働いている貴方は本当にかっこいいです!」
リンクはそう言い残し、武器を取りに行く為、家に戻ってゆく。
姉達、ルージュ、ビューラ達みんなの為に。
リンクの家
「やっぱり行っちゃうのね、リンク」
帰ってきたリンクにスルバが寂しそうに語りかける。
手には出かける間ずっと作っていたのだろう、旅先で食べられるものがまとめてある。
「ごめんね、スルバ姉ちゃん、フェイパ姉ちゃん。理由は話せないけれど、どうしても行かないといけないんだ」
申し訳なさそうにリンクは謝る。
恐らくは一緒に演奏会にも参加できないだろう、あれだけみんなで練習したのに…そう思うとやるせない。
「内容までアタイらに教えられないとなるとホントに大事な内容なんだな。…簡単な食べ物とかしか準備できなかったけど渡しておくぜ」
リンクの話す内容からどれ程重要な話をされたか理解するフェイパ。
そう言って、姉2人はリンクに荷物を渡す。
心なしか渡そうとする腕が震えていた。
「…サークサーク。それじゃあ、行って来るよ」
微笑みを返し彼は己に誓う、必ず無事に帰る。
大切な家族の為に
ゲルドの街 門前
「もういいのかい?」
門の前ではすでにイグレッタが準備を終えてリンクを待っていた。
彼女も色々と準備をしたのだろう、背中に背負っているカバンがこれでもかと膨らんでいる。
「イグレッタさん、もう大丈夫です。お待たせしました」
「さて、今回の内容は緊急性が高いからね。遠慮なく行かせてもらうよ。2頭借りてきたから、あんたもそれに乗りな」
そう言って彼女は砂地を指さす。
そこにはレンタザラシ屋のスナザラシが待機していた。
「時間が惜しい。こいつに乗ってゲルドキャニオンまで突っ切るよ。それとこいつを持ってきな。荒涼とした場所では持っていて損はないよ」
そう言って彼女が渡してきたのは、木でできた杖だった。
先端に炎が灯っておりうっすらと光っている。
「スナザラシを準備してくれたんですね、サークサーク。温かい…この杖は?」
剣や槍といった武器は訓練でも握ったことがあるが、このようなものは初めてだ。
奇妙なものを確認する様に向きを変え、慎重に触ってゆく。
「そいつはファイアロッドっていう火の呪文を封じ込めたものさ。暗いところや寒いところへ行くときに重宝するよ。その分武器として使うのにはあまり向いてないけれどね」
そう言いながらスナザラシに乗る準備を進めていくイグレッタ。
何度か乗ったことがあるのだろう、一つ一つの動作が道に入っていた。
「武器にもいろいろあると聞いてはいましたが、こういう用途の物もあるのですね」
そういうリンクもスナザラシの準備をする。
曲がる時は不安だが真っ直ぐだけなら何とかなるだろう。
「ホントはもっと落ち着いて話せると良かったがね。行くよ!」
そう言うが早いかスナザラシを全力で動かすイグレッタ、それに追いつくよう必死に急き立てるリンク。
レンタザラシ屋のスナザラシだけあり砂を蹴散らしものすごい力で引っ張られる。
身体に受ける風圧に顔を顰めるも、後れを取る訳にはいかないリンクは必死に手綱を握りしめた。
幸いにして進む方向が決まっており、見晴らしの良い砂漠であった為に訓練時のような急激な曲がりが無いのがリンクにとってありがたかった。
――
―
半日ほど経ち辺りが明るくなった頃、2人はゲルドキャニオンに着いた。
流石はスナザラシ、リンクが一人で砂漠を渡った時の半分ほどの時間で渡り切ってしまった。
最も必要とされる技能が高い為、便利な相棒ではあるが誰もが使えるわけではない。
「ゲルドキャニオンへ着いたな。いいペースで来れている。休むのはゲルドキャニオンの馬宿まで行ってからにするぞ」
だがあくまで曲がることが少なかっただけで無かった訳ではない。加えて長時間強く手綱を握っていたのだ。手は痺れて重く、綱の跡がはっきりと残っている。
「はい!(何とか来れたけど、やっぱりスナザラシは不安だなぁ。思ったより消耗が激しいや。)」
「馬宿までは足で移動するしかない、これを飲んでおきな。あんまり美味しい物じゃないけどね」
そう言って青い液体が入った瓶を渡す。はっきり言って色からしてかなり怪しい。
彼女はそんな怪しい液体を躊躇いもなく飲み干してゆく。
「イグレッタさん、これは?」
流石にどんなものかわからないの薬は怖いものだ。
効能を聞き出そうとするリンク。
「そいつはゴーゴー薬さ、身体能力を上げる薬でね。主に移動力が上がる効果があるんだ」
確かに薬としてこういうものも存在しているのは想像できる。
リンクは以前、カラカラバザールで薬には虫や魔物を使っていると聞いたことがあるので若干顔が引きつってしまった。
それでも意を決して一気に飲み干す。
「ほう!いい飲みっぷりだ。中々度胸のある子だね。嫌いじゃないよ」
「うえっ、にっがい…。ど、どうも…」
どうやらイグレッタは豪快に飲み干したリンクの事を気に入ったようだ。
こんなものを渡されて一気に飲める人はそうそういない。
リンクはというと強烈な苦みに顔を顰めながら、頭を下げていた。
「休むにしても時間との勝負な以上、効果的に回復したい。ルージュ様の為にも頑張っておくれ」
「勿論です。…イグレッタさんはどうしてルージュ様の為に動いているのですか?」
薬の効果で素早く移動している間、気になったのかリンクはイグレッタに尋ねた。
いくらビューラの頼みとはいえ、イグレッタは曰く付きの人物でもある。
族長に近いところに黒い人物がいるだけで悪影響を及ぼすのは目に見えている。
「…あの方はアンタが思っている以上に立派な族長なのさ。アタイみたいなろくでなしだって全員とは言わないけど、好きでこんな事やってる訳じゃない。どうしようもなくなって道を踏み外しちまった奴だっている」
そう自嘲気味に話す彼女の横顔はどことなく愁いを帯びていた。
リンクが幼いという事もあり今までで始めてみた表情だった。
「ドジ踏んで捕まっちまった時、ルージュ様はアタイの置かれた環境を調べたみたいでね。仲間が苦しまない様、尽力する事が族長の責務だと言って罪を償っている合間に保証制度や事業の見直しといった改善案を持って来て激論を積み重ねたのさ。辛い所も暗い所も見て来たお主だからこそゲルドの街に必要なことを知ってるだろうって」
リンクには街の難しいことはわからなかったが、この人はルージュに対し悪い感情を持っている訳では無いことが分かった。
「馬鹿な話だよね、悪人の話なんて聞いたところで街がいい方向に動くわけがないのにさ。それでもあの方はしっかりと耳を傾け、反映させてくれた。相手が正直に話しているかもわからなければ族長など務まらぬと言い切ってね」
ゲルドの街は世界最大の交易場であり、出入りする人もかなり多い。
女性のみしか入る事が許されず、最果ての場所である過酷なゲルド砂漠を越えなければならないのにだ。
それだけ住んだり、商いをする事に力を注いできたという事だ。
並大抵の事ではないだろう。
「だからアタイはルージュ様の為に動くのさ、迷惑がかからない様要請されたときだけね。ま、悪人らしく金が入るからとでも思っといておくれ」
あっけらかんと言い放つが彼女をルージュの傍で見た事は一度もない。
相手が大切だからこそ離れている、そう言う選択もあるんだとリンクは実感した。
「…イグレッタさん」
「何だい?リンク?」
「絶対に助けましょう。ルージュ様を」
リンクにとってもルージュは大恩ある族長だ、彼女がいなかったら自分達がどうやって生きて行けたのか想像すらできない。
「ハッ!当然だね!ルージュ様以外の族長様なんてこっちから願い下げだ!」
そう交流を深めながら進んでいく2人。
馬宿まであと少しという所まで来た時だ。
「―イグレッタさん」
リンクがイグレッタを制止する様に手で遮る。
護衛の仕事とその為の訓練で身に付けた習慣だ。
「わかってるよ、ファイアロッドを用意しな。そいつは振れば火の球を出せる。こっちは馬宿まで行けりゃあいい」