「何とか抜けられたな、生きた心地がしなかったよ。リンク、サークサーク」
「イグレッタさんも、お疲れ様です。見事な馬の扱いでしたよ」
度重なる脅威を乗り越え一時の安楽を享受する2人。
集中力は維持できたとしても負荷までは誤魔化しがきかないのだ。
何日にもかかる移動にはこういう時間も時に必要となる。
「ここから先は見通しのいい街道が続く、馬の速さと体力を考えるとハイラル宿場跡ぐらいまでは進みたい。そこの馬宿で馬を休ませないとね」
イグレッタやリンクは精神的な消耗の方が大きいぐらいで済んでいるが、馬の方はそうはいかない。
リンク達を運んで長時間走っていれば疲れはたまるし、ストレスだって生命の危険を感じる様な魔物の攻撃に晒されては尚更であろう。
「ハイラル宿場跡…ですか?何だか施設として機能していない様に聞こえるのですが」
リンクの疑問も最もだ、宿場跡なんて言われればすでに宿の機能を有していないと考えるのが自然だろう。
「ああ、確かに最近まで廃墟同然だったさ。でも厄災が封印されて姫様が戻って来たからね。復興の一環で簡易的に馬宿を設置したんだよ。復興と交通網は切っても切れない関係にあるからね」
厄災が封印されてから7年経つ、その間にゼルダ姫を象徴とした復興活動が行われていた。
だからこそ人材や資材、時間は絶対に必要となる。
運び込む為には大切な施設と言える。
「さてこんな話ばかりじゃ気が滅入っちまうねぇ。せっかくカカリコ村へ行くんだ。カカリコ村でやってみたい事とかあるのかい?今回は無理だけどまた機会を改めて行ってみるのも悪くはないよ」
イグレッタは話を切り替えた。
リンクをリラックスさせる意図もあるし、自身のストレスをコントロールする為でもある。
せっかく異国へ行くのだ、
「そうですね…、私はあまりカカリコ村に詳しくはないですが先程使った美白クリーム、あれはいいものだと思います」
「ああ、確かにカカリコ村産だったね。中々いいチョイスじゃないか。美白だけじゃなく香りも上品なのがポイント高いよ。うちでも大量に仕入れたいぐらいさ」
リンクのチョイスが気に入ったのだろう、うんうんと彼女は頷く。
ゲルドのヴァーイだけあってこの辺りのリサーチには手を抜かない。
「アタイはねえ、美味しい料理を食べたいな。異国へ足を運べば当然自分達とは食べるものも違ってくる。見たこともない料理を堪能したいのさ。後は自分でも作れそうなものを調べたいって所」
目を輝かせながらイグレッタは語る。
食文化の違いは当然存在するだろう。
いくらゲルドの街が最大の交易場とは言っても日持ちしない食品などは好んで持ち運んでくるのは難しいし、そもそも作り方は調べでもしないとわからない。
「…イグレッタさん、先程の料理どうやって作ったんですか?」
何故それだけの興味がありながら根本的に間違ったものが出来てしまうのか。
リンク自身、あれは流石に食べたいとは思えなかった。
リンクの周りにはスルバやアローマを始めとして料理が上手な人が多い。
苦手なものだって工夫してくれるので少なくなっている、にもかかわらずあれは本能的に食べたいとすら思えなかった。
「あれは薪が入ってるんだよ。釜土で作ったんだけどさ、使い方に薪をくべるって書いてあったから鍋に入れてみたんだよ。何回やってもうまくいかなくてね」
どうやら書物を通して作っているようで彼女は意外と勉強熱心なようだ。
致命的な読み違いが惨状を引き起こしているだけで。
「イグレッタさん、これは姉から聞いたのですが。くべるは確かに入れるという意味ですけど鍋じゃなくて下の空洞に入れるってことですよ…?」
話して良かった、食べなくて良かった。
明らかに食べるためのものじゃないものを入れている…。
リンクは確信した。
「何…だと…?」
「他に何か入れたりしたんですか?」
「石焼という料理も聞いた事があってね、夜光石を焼いたりもしたかね」
「あ、もういいです。簡単なものでいいので、知り合いに教えて貰いながら練習するほうがいいと思います」
何という事だ、なぜこれで生きてこれたのか。
どれもこれもゲルド族が食べられるものじゃない。
後者に至ってはゴロン族かと突っ込みが入るレベルのものだ。
ちなみに彼女の読んでいた料理本の作者はミモザというらしい。
「なんてこったい…。どうやら食べられるものから吟味したほうがいい気がしてきたよ…」
イグレッタはしょぼくれる、こんな子供にすら料理でダメだしされているのだ。
凹まないほうがおかしい。
「そ、そうです!カカリコ村には他にどんなものがあるんですか!?」
落ち込む彼女に気を利かせ話題を切り替えるリンク。
意図を察する事の出来ない彼女ではない。
「そうだね~、呉服屋なんかで服を見るのもいいかもね。素朴な感じのものが多くてゲルド族とは反対の奥ゆかしさを強みにしているみたいだよ」
そうだ、ゲルド族の衣装は金属による装飾や露出の多さが特徴的でとにかく目を引く。
だからこそシーカー族の衣装は、使いこなせさえすればゲルドのファッションで頂点に立てる可能性があるともいえる。
というのも目を引くというのは極論、他と違うという事だからだ。
本来目立つはずの白色も同じ色だけ集まればただのキャンパスだ。
逆に地味ははずの灰色が一点だけキャンパスに塗られたらどうだろう。
「なるほど…次の機会があれば姉へのお土産に購入してみたいですね」
「アンタが言ってもいい部分だけでいいから、姉についても聞かせてくれないかい?随分仲がいいみたいだしね」
今度はイグレッタがリンクへ質問をする、自分の事はあまり話はしないが姉の話を交える事が多い。
かなり大切な家族なのだろうことが窺えるというものだ。
「!ハイ!姉は二人いましてね。今日食べたおにぎりなんですが綺麗に握れているのが料理と音楽が趣味の姉でして、今度の演奏会に向けて張り切っているんですよ!そして―」
彼女の何気ない言葉にリンクが目を輝かせ反応した。
出るわ出るわ、リンクにとって優しくて、かっこよくて、綺麗な自慢の姉達だ。
長時間に渡る移動中とは言え、話でもしないと気が滅入ってしまう。
そう思って訊ねてみた所とんだ藪蛇だと彼女は思った。
「―で、もう一人の姉なんですがこちらは舞踊とファッションが大好きなんですよ!本人はアタイに御洒落なんて―とか言ってますけど、興味津々なのがバレバレでそのギャップがいいんですよね!」
「な、なるほどね。若いのに中々やるじゃないか…。そういえば遥か昔に音楽に精通している者がいたと聞いたね。思わぬ掘り出し物もあるかもよ」
イグレッタもこれは堪らない、どうにか話をずらそうと試みる。
その切り口として、音楽が好きな姉からかつてカカリコ村に有名な音楽家がいたと持ち出してみる。
「え!?ホントですか!?サークサーク!」
嬉しそうに返事を返すリンク。
これは思わぬ収穫だ、探してみたい物が明確に出来たのだから。
「さて…今日の所はここまでだね。ハイラル宿場跡に着いたよ」
長話をしながら移動している内に、ハイラル宿場跡にある臨時馬宿にたどり着いた。
夜に差し掛かる時間から移動を始めていたというのに、いつの間にか太陽が頂上まで上り詰めていた。
2人はここで馬と自身を休ませる。
お腹も減っていたので馬宿で肉シチューを注文した。
ここではこういうサービスも行っているらしい。
場所によって様々な特色が出てくるものだ。
職員が外にある鍋を使って調理している時だ。
「イグレッタさん、あの鍋を見て下さい。鍋じゃなくてその下にだけ薪を使っているでしょ。あれがくべるという意味です。流石に薪を料理に混ぜてたら体壊しちゃいますよ」
リンクが調理をしている所を説明する、流石に石や薪を食べて身体にいい訳がない。
「あ、ああ…そう…だな…」
彼は善意から言っている、為にもなる。だけどそれが今はとても辛いと感じるイグレッタだった。
更に言うと料理が出来るまでの間、ずっと2人に眺められる職員はとても作りづらそうだった。
「「それじゃ、いっただっきまーす!」」
2人は肉入りシチューをかき込む。
長旅で使い切ったエネルギーを補充する様に無言で口に運ぶ。
―美味しい。空腹は最大のスパイスだという。
出発前のおにぎりがら何も食べてない2人はその効き目をしかと噛み締めた。
加えて高速で移動し風を受けていたのだ、知らず知らずのうちに冷え切った身体に温かいスープは嬉しいものだ。
しっかりと煮込まれた肉は口の中でとろけ、隠し味に入れられたヤギのバターの芳醇な香りが一層引き立てる。
添えられた小麦パンが重厚な味のシチューの箸休めとなり舌を休ませてくれるのだ。
千切ったパンで食器に残った僅かなシチューまで残さずきっちりと味わうことが出来る。
食べる人にも、後片付けをする人にも嬉しい心遣いが行き届いている。
「ふぅ…御馳走様っと。美味かったね、掛け値なしに」
「ええ、いつか自分も馬で駆けた後、作っておいた料理を堪能できるようになりたいです」
「いいねえ、その時はアタイもご同伴に預かりたいよ」
「そこは先に料理ができるようになる、でしょう?」
「そりゃ違いないねえ」
2人の笑い声が空に響いていった。
――
―
馬宿で身体をしっかり休めると、すぐに出発の準備にかかった。
もう少しゆっくりしたかったが状況が状況なので仕方がない。
実は常に走り続けるのならば馬よりも人の方が向いている。
短距離でならばもちろん馬の方が速いのだが、二足歩行の方が長時間走るのには適しているからだ。
今は時間という制約がある為、馬を使って休憩を適度に挟んで進んでいる。
ある程度疲労が取れたのだろう、馬宿へ着く直前より心なしか快適に進んでいる気がした。
そんな時である。
「リンク、デグドの吊り橋で言った事覚えてるか?」
イグレッタが真剣な眼差しで改めて尋ねて来た。
「あっはい、未だにピンと来ないですがそれでも警戒はしているつもりです」
リンクにはその真意がわかりはしなかったが、重要な事なのだとは感じられたらしい。
「それでいい、ああいうのは体験しないとわからないからね。今からアタイがいいというまでしっかり掴まってじっとしてな」
何故そんな事を言うのだろう。せめて気になった事でも教えてくれればいいのにとリンクは思った。
街道を進むうち分かれ道が見えて来た。
その分岐点に何かがいる、旅人のようだ。
何やら脚を抑えてうずくまっている、抑えている部分を見てみると魔物にでも襲われたのか靴の大部分が赤く滲み足元には血だまりが綺麗に円を描いている。
「…」
にもかかわらずイグレッタは馬を急き立て駆け抜けてゆく。
「どうしちゃったんですか!?怪我している人を見過ごすなんて!?」
リンクの言い分も最もだ、比較的安全とは言え絶対ではない。
魔物だって出てくるし、野生生物だって襲ってくる。
怪我をしている状態で放置されていたらそれだけで命の危険すらある。
ましてや怪我をした状態で馬宿まで移動できるわけがない。
「リンク」
彼女は今までにない険しい顔つきでリンクに返事をした。
「理由は2つだ、1つはルージュ様を助けることが第一優先だ。優先順位を見誤るな。2つ目、こっちが本命だ。忠告しておいて良かった。
あれは怪我なんてしていない、我々を狙うための罠だ」
「…えっ?」
この状況、冷静になってみるとおかしいのだ。
魔物にしろ野生生物にしろ動けなくなるほどの攻撃をしたまま野放しにすることなどあり得ない。
それだけではない、血溜まりが出来てはいたが、それ以外の場所には一切血の跡が残っていなかった。
加えて綺麗すぎる円形の溜まり、これは動いている時では起こりえない。
つまり棒立ちで一切移動せず足だけに攻撃を受けて、相手は素通りしたという事になる。
「リンク、危険なのは人間も一緒なのさ。良くも悪くもいい人ばかりに囲まれたんだね。だからこそ目を養え。相手が悪意を持った人間かどうか見極める為にもな」
重い言葉だった、確かに姉達を始めとして人に恵まれた自覚はあった。
無意識のうちにいい人ばかりだと思っていたのだろう。
黒い部分も見続けてきた彼女だからこそ言えるものだった。
裏付けるかのように、先程蹲っていた男は何事もなかったかのように立ち上がり、感情を消した顔つきでこちらを凝視しており、手には鎌のように湾曲した刃物が握られている。
気をつけねばなるまい、もし自分1人だったら不意打ちを受けていたはずだ。
ただの素通りでもリンクにとって貴重な経験であった。
旅人が襲ってこないのは、馬で駆けていた為追いかけても届かないからであろう。
――
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