「ふぅ…ご馳走様でした!とても美味しかったです!」
「こりゃ参ったねえ、若いのにこれだけ上手に料理が出来るだなんて」
そう言って、食事の後に茶を飲み干すイグレッタ。
舌を休める穏やかな味わいに茶葉の豊かな香りが何とも心地良い。
「ありがとうございます。お楽しみ頂けたようで何よりです」
「姉様!プリコにも料理を教えて下さい」
「ココナ、せっかくの機会だ。プリコに料理を教えてあげなさい」
「はい、父様。行きましょうココナ」
ドゥランの指示により姉妹は再び席を外す。
扉が閉まったことを確認したイグレッタが尋ねる。
「―さて、本題と行こうか。あの2人に聞かれちゃマズイ話なんだろ?」
「―その通りです。そして貴方達に渡したい物があります」
先程までの笑顔が消え、真剣な面持ちで尋ねるイグレッタ。
対してドゥランは神妙な面持ちで答える。
彼にはカカリコ村へ来た理由は話していない筈だが…
「だろうね、茶を入れてきたフリをしてずっと聞いてたんだから」
おそらく最初に気が付いたのはインパとパーヤであろう。
自分達が普段から飲んでいる物が、いつもと違えば違和感を覚えるものだ。
ましてや緑茶の類でぬるい温度という最も香りを引き出せる状態なら尚更である。
彼女は半信半疑であったが、インパがドゥランの家に泊まる様言いつけた時に違和感を覚えた。
果たして来客用の御宿「合歓(ねむ)」が存在する村でいきなり民家に泊める事を言うだろうか。
そして、先程出された茶によって確信した。
この男は茶を入れるという行為を利用し、ずっと我々の会話を聞いていたのだと。
その為、茶葉を蒸らす時間が少なく薄くなってしまったのだ。
「御二方に渡したい物というのはこちらになります」
そう言って、彼は床下をめくり上げ、隠していた箱を取り出した。
中には顔の部分に布を纏った藁人形が入っていた。
なんと布には呪いと同じ模様が描かれているではないか。
「それは…!?」
「いつか役に立つかと思い、彼らの扱っている呪いを代わりに受け止める人形を用意しておいたのです」
何という事であろうか、リンク達がここへ来る目的の品をこの老人は既に手に入れ終えていたというのだ。
「この人形は傍に置いておくだけで、厄を代わりに受けてくれます。より効果的に使いたいのであれば、この紙に書かれている曲に合わせて舞を踊ってください」
そう言って、ドゥランはリンク達にそれらを手渡す。
「…何故それを持っているか聞いてもいいかい?」
イグレッタは警戒した、確かに求めていたものではある。しかし、最初からできている状態で用意されているなんて都合がよすぎる。
元々これはシーカー族の中でもイーガ団に分かれた者達の物だ。
そうなると考えられるのは―
「―長い話になります。そして私の罪と言っていい内容です。それでも構いませんか?」
「話せ、流石にイーガ団の関係者に隠し事されるのは看過できないね」
インパによって厄除けの当てがあり、代わりに厄を受けて止める人形も手に入れた。
必要なものに関しては問題ない。
問題は目の前の男だ、イーガ団の仲間であるのならこの人形はほぼ罠だろう。
だが罠でないのならこれほどありがたい品はない。
確かめねばならない、後ろめたいではすまない内容だ。ドゥランは重い口を開く。
「…既にお気付きかも知れませんが、あの子達には母がいません。私は元々、イーガ団に所属している構成員でした。そんな私が組織を抜ける際、追手によって妻は…」
そこから先は言えなかった。
父として、夫として決して許されない結果を導いてしまったのだから。
「―辛かったでしょうね、苦しかったでしょうね。今ここで吐き出して下さい」
リンクにだって辛いことはわかる。
あの日以来、父も母も帰って来なかった。
あの時の姉達の悲しみも苦しみも二度と見たくないと思えるほど、彼の脳裏に焼き付いて離れないのだから。
「ありがとう、手前味噌な話ではありますが、娘達は本当にできた子です。我儘ひとつ言わず、父様と私を慕ってくれている。あの齢で母の代わりとしてあれ程の技量を身に着け支えてくれるのですから…。私のせいで母を失っているというのに…!」
自分の過ちで娘達から母を奪ってしまった。
にもかかわらず、自分について来てくれる2人に対する罪悪感が、彼の心にずっと影を落としていたのだろう。
姉妹のどちらかだけでも彼を責めていたら、少しは救われたのだろうか?
「…ドゥランさん、アンタがあの子達を思っている様に、あの子達もドゥランさんを大事に思ってるさ。本当に尊敬してなきゃついてくるなんてありえない。たとえ娘であったとしてもな」
「そうでしょうか…、私にはわかりません」
「気にするなとは言えない、だけど過ちを犯さない人間だっていない。アンタがやらなきゃならない事がある筈だよ」
「そう…ですね…。やるべきことをやらないと…」
ドゥランが人形についての話を終え、罪を告白したその時。
「父様!」
姉であるココナが勢いよく扉を開けた。
落ち着いている彼女にしては珍しく息が弾み、只事では無い事が窺える。
「ココナ、どうした?プリコと一緒ではないのか?」
「プリコが…プリコが!どこにもいないんです!」
「な、何だと!?」
ココナはプリコの身に何かあったのではないかと考えているのだろう。
その表情は蒼白で涙を浮かべドゥランに縋りつく。
「プリコは父様にリンゴバターを作りたいと言って、リンゴを取りに行きました!厨房からは目と鼻の先でしたので直ぐに帰って来る筈なのですが、一向に帰ってきませんでした…村の人に聞いても誰も見ていないらしいのです…!どうしましょう、プリコに何かあったら私…私…!」
「この辺りでは見ていないのですね!?」
リンクは食らいつくように話を聞く。
この涙は嘘じゃない、これだけは断言できる。
あの日、強烈すぎるほどに焼き付いたものだから。
「え、ええ…。今はパーヤ様が中心となって村一同で探しています。未だに帰って来ない事を考えるとまだ見つかっていないのでしょう…」
ココナの不安げな言葉から思案する、村の中で誰一人見ていないとなると村の外の可能性が高い。
外となれば危険性は跳ね上がる。
「2人で外へ出てからそこまで時間は経っていない。遠くても村の周辺といったところな筈だ」
「…ココナさん、ドゥランさんとここで待っていて下さい。私は村の周辺を当たってみます」
「待ちな、アンタ一人じゃ不安だね。アタイも行くさ」
そう言ってリンクだけでなく、彼女も準備をする。
万が一がある事は許さない、2人は駆け出すように扉から出て行った。
カカリコ村周辺 森林
「さて、村の人達の動きを見るにまだまだ見つかってはいないみたいだね。考えたくはないが、犯人に目星はついているんだろう?」
イグレッタの言うように、村の方からは松明と思われる明かりが慌ただしく動いている。
その方向はまばらで遠目に見ても焦りが手に取るようにわかる。
「ええ、ここまでの一連の流れから想像するに―」
「「犯人はイーガ団」」
このカカリコ村へ来ることになったルージュへの呪い。
来るまでの間不自然な程に多かった、妨害の数々。
ここまで揃っていて解らないほうがおかしい。
だが、あの家でそれは言えなかった。
ドゥランはイーガ団にいたことを悔いているし、大きすぎるほどの代償を払っている。
しかし、同時にドゥランが組織を抜けている事の証左でもある。
繋がっているのならプリコを連れ去る理由はないし、そもそも家の中で襲撃すればそれで済む話だ。
「いいかいリンク。今までの襲撃を考えるに奇襲に力を入れているようだ。プリコを見かけてもすぐに追いかけず、アタイに知らせな。アタイが見つけても知らせるから頼んだよ」
そう言いながら、イグレッタは合図として口笛を吹く。
成程、これで遠くの相手に知らせるつもりなのだろう。
「それじゃここで別れよう。気を付けるんだよ!」