そういうが早いかイグレッタは森の中へ進んでいった。
リンクも彼女とは別の方向を探す。
木々が生い茂り、視界をそして行く手を阻まれ探すのは困難であった。
そんな時である。
「ん?あれは…」
ふとリンクは違和感を覚えた。よく目を凝らしてみると、奇妙な姿をしたものが浮かんでいる。
最初は虫かと思った。確かにここは森の中だ、昆虫と言われる生き物もトカゲの様な爬虫類だっている。
しかし、彼が見つけたものはそのどちらでも無かった。
それはどちらかというと生物というよりも精霊といった方がしっくり来る。
2対の羽を持ち、淡い桃色の光を放つ幻の存在―妖精であった。
(どうか、みんな無事でありますように…)
気休めではあるが、祈りを済ませた直後口笛が鳴り響いた。
見つけたんだ!リンクは駆ける。
自分がもたつけば、それだけイグレッタが危険に晒されるという事でもあるのだから。
起伏もあり、獣道がほとんどの森の中は急いでも中々前に進めない。
気持ちだけが前に進む。
「ち、畜生…!流石に一人じゃ上手くいかないか…!」
何とかして前に進んでいくと開けた場所に出た。
中央にそびえ立つ木の根元でプリコが気を失っており、その近くでイグレッタが忍び衣装に身を包んだ相手と戦っている。
仮面に覆われたその表情にはシーカー族の模様を逆さまにした瞳が描かれていた。
自前の盾とナイフで立ち向かっているが、本職ではないからか兵士達程洗練されていない。
相手は手練れなのだろう、身体は裂傷だらけでかなり押されている。
(くっ、間に合ってくれ!)
「!」
イーガ団末端員が飛びのく、先程までいた所には槍が飛んでいく。
大した瞬発力だ、だが目的は果たせた。
イグレッタから距離を取らせること、言い換えるなら時間稼ぎだ。
「イグレッタさん!ここは私に任せて!」
甲高い笑い声が辺りに響き忍び装束の団員がこちらを向く。
飛退いたかと思えば、煙幕を出し姿をくらませる。
「き、消えた!?」
隠れたのではない、こんな短時間で隠れるのならすぐ近くに潜んでいるはずだ。
この辺りは森の中にしては死角が少なく、視界がいい。
近くで隠れる場所などないのだ。
「上だ!」
イグレッタの叫びに反応し上を振り向くと、空中で静止したイーガ団末端員が弓を引き絞っていた。
「くっ!」
とっさに横に飛び射線から外れる、矢を躱した先でイーガ団末端員が肉薄してくる。
奇襲とワープによる主導権の確保、迅速な弓と刃の使い分けがイーガ団末端員の強みであった。
だが、それだけでやられるリンクではない。
丸みを帯びたゲルドの盾で受け流し、息継ぎをさせない程ナイフを振り下ろす。
縦に、横に、時には突きで。
それでも団員も食らいついて刃で受け止める辺り見事なものだ。
しかし、それは団員にとって非常にマズイものでもあった。
バキン!
鈍い音がした、それはイーガ団末端員の持っていた刃が砕け散った為発生したものだった。
彼が持つ首狩りの刀には特徴的な性質がある。
団員の戦闘は基本的に奇襲と離脱という点に絞られている。
その為、攻撃に使うには優れた殺傷能力を持っているが、腰を落ち着けて戦う訳では無く耐久力は重視されていないのだ。
(チャンス!)
リンクはすかさず刀の柄で団員に当て身をし、意識を刈り取る。
できる事なら情報が欲しいし、放っておいて後から襲撃されたらたまったものでは無い。
(とりあえず、情報を聞き出したいし、逃げられない様縛っておくか…)
そう思い、ロープを取り出そうとした時―
「うわっ!?」
「リンク!?」
突如右腕に激痛が走り、ナイフを落としてしまう。
腕には2本の矢が刺さっており、鮮血が流れ落ちる。
射られた方向を振り向くとイーガ団末端員が弓を引いていた。
(もう1人いたのか!)
慌ててあたらない様移動するが、狙いが正確で躱しきれなかった。
脇腹から焼ける様な痛みを感じる。
イーガ団末端員は姿を現すまで、その存在を確認できないタイプがほとんどだ。
故に奇襲を受けるまで複数いることを確認する事はかなり難しい。
好機と見たか、イーガ団末端員が馬をも超えるかと思われる速さで斬りかかって来る。
首元への横薙ぎをしゃがみ込んで躱し、素早く斬り返して来た一撃を盾で防ぐ。
しかし、団員もそれで終わらない。
直ぐに後ろへ飛び退き弓を構える、射る瞬間、咄嗟に横に飛びこんで紙一重で躱すことに成功した。
無理な体勢での跳躍で傷が開き、その激痛に顔を顰める。
何とか凌いでいるが激しく動けば動くほど、リンクは不利になってゆく。
決定的に辛いのが、武器を利き手で持てないという事だ。
思うように反撃できず、守勢に回り続けるというのはかなり危険なのだ。それが一太刀で致命的なダメージを与えてくる敵なら尚更だ。
「こんな時に身体が動かないなんて…!」
イグレッタも助太刀に入りたいが、先程の戦闘でとても戦いに参加できる状態ではない。
(プリコさんやイグレッタさんを守るには…やってみせる!)
リンクに残った反撃の手立て、それは一体何なのか。
盤面をひっくり返すには相応のリスクが必要になって来る。
(行ける!)
末端員は確信していた。
我らが悲願を果たす為、障害になる2人を始末したい。
1人は解呪の為に遣わされた女性でこちらは非戦闘員だろう。
我らとてハイラル王家の手から生き延びて来た自負がある。
訓練もされていない相手なら問題はない。
もう1人の少女は初め戦闘員ではないと踏んでいたが、予想以上なんて言葉では収まらない強さを秘めていた。
見た目からして齢10にも満たないだろう、より成長した時が恐ろしい。
だからこそ、敵の成長の芽は摘んでおきたい、今は時すら味方につけている。
蹲った彼女に末端員が斬りかかった瞬間、今まで以上の圧力に襲われた。
思わず体勢を崩してしまった末端員は咄嗟にその凶刃を振るうが、その手首を右手が行く手を阻んだ。
負傷した子供の力だ、大した妨害にはならない。
だが全く以て意味のない物とは言い切れないものでもあった。
ほんの僅かにリンクへの攻撃が遅れる。
彼の攻撃が届く直前、肩に鋭い痛みが走り反射的に武器を落としてしまった。
リンクが拾い上げたナイフで切り裂いたのだ。
末端員が苦悶の声をあげる、何故だ武器を持つ事など出来なかった筈だ。
(リンク…?何をしたんだ?)
確かに利き手は使えそうになかった、それにもかかわらずどうやって反撃を可能にしたというのか?
しばらく思案し、凝視してみてようやく気が付く。
(あれは…左手?逆手でも攻撃できるのか?器用だね…でもそれ以上に―)
大した覚悟だ、敵の体勢を崩したのは盾を押し付け、手放したからだ。
負傷した状態で敵を前にし、守りを捨てるのは相当な覚悟がいるであろう。
まして、守らねばならない仲間がいるのならば余計に…いや、その為に危険を顧みず体を張ることが出来るのだから。
負傷した上に武器を失った末端員は、もう1人の末端員を背負い煙とともに消えていった。
「ふぅ…何とか追い払えた…」
ようやく終わったと安堵の表情を浮かべ槍や団員が捨て置いた物を回収した後、ため息と共に地面に腰を下ろした後、仰向けに倒れ込む。
危ない所だった。
もう少し盾を手放すのが遅かったら、斬り倒されたのは自分だったかもしれない。
「おーい!」
村の方から声がした、振り返ってみるとドゥランと共に警備をしているボガードであった。
「御二人ともご無事ですか!?危険な目に合わせてしまい申し訳ありません!」
2人の負傷した姿を確認し謝罪するボガード。
万が一の事を考えていたのだろう。素早く印籠から薬を取り出し患部に塗っていく。
少しだけ傷に滲みるが放置するよりよほどいい。
塗り終わった後には傷口が開かぬよう包帯で少し固定する。
矢のような刺し傷は見た目よりも深い事も多い分、油断は出来ない。
リンクはまだ良かったが、イグレッタの方は全身包帯まみれになってしまった。
「なんだかミイラみたいになっちまったねえ…。ボガードさん、アタイはもう大丈夫だからプリコちゃんを家族のもとに連れて行っておくれ」
自分よりもプリコ達の家族を安心させて欲しいと提案するイグレッタ。
この威勢なら問題はないだろう。
「かしこまりました、プリコちゃんを助けて頂きありがとうございます」
ボガードは正座をし頭を下げ、感謝を述べる。
彼とドゥランは護衛仲間であり、ライバルでもあった。
ドゥランの娘であるプリコやココナは彼にとっても旧知の仲だ。
何故アイツにこんなにいい娘が出来たのか、勿体無いと愚痴る程かわいがっている。
この村には若い子が少ないのもあるだろう。
「よせやい、あの娘を守り切ったのは紛れもなくリンクなんだからさ」
「照れ隠しなんてしなくてもいいじゃないですか。最初に見つけたのはイグレッタさんだし、私が来るまでずっと相手にしてくれていたんですから」
イグレッタもリンクも謙遜する。
この2人、案外いい相性なのかも知れない。
「本当にありがとうございます。この御礼は必ず致します。家で心配している奴がいるのでこれで失礼します」
プリコを背負って駆け足で村へ帰って行った。
何だかんだドゥランが心配なのだろう。
それに続くようにリンク達もカカリコ村へ帰って行った。
――
―
ドゥランの家の前で族長の娘、パーヤとドゥラン、ココナが出迎えてくれた。
「リンク様!イグレッタ様!娘のプリコを助けて頂きありがとうございます!」
ドゥランとココナが正座をし、頭を下げる。
特にココナは安堵の笑みと喜びの涙を浮かべている。
彼は先に来ていたボガードから事の次第を聞いている。
ドゥランは元イーガ団だ、プリコに命の危険が迫っていたと確信している。
だからこそ、その状況から救ってくれた2人には感謝してもしきれない。
改めて感謝の気持ちを伝えていた。
「リンク様、イグレッタ様。村の仲間を助けて頂きありがとうございます。御婆様に代わり、御礼申し上げます」
それに続くように村の代表としてパーヤも頭を下げる。
作法が厳しかったのだろう、礼儀正しく丁寧なお辞儀が良く似合っている。
あのインパが礼節に手を抜く訳が無い。
「細やかではありますが、御持て成しの準備が出来ております。是非ご参加下さい」
そう言って、パーヤが緩やかな丘になっている場所に手を向ける。
篝火で薄っすらと照らされた先には、梅の花が見事に咲いており、この辺りに生息するシズカホタルが静かに踊っている。なんとも穏やかで幻想的な空間だった。
2つの明かりに照らされた場所は、手料理や飲み物が準備されており、主賓の登場を今か今かと待ちわびている。
「いいねえ、いいねえ!せっかく来たんだから参加しようかね。リンクも参加しなよ」
イグレッタもリンクの参加を促す。
彼女が手に入れたい品々は1つは手に入ったし、もう1つはインパの完成を待たないといけない。
結局のところ待つしかないのだ。
「それもそうですね!楽しみましょう!」