元々賑わい事がゲルド族は大好きだ。
リンクもそれに違わずかなり乗り気である。
「ところで…せっかくの宴会だ。酒はあるかい?」
夜の宴会に酒はつきものだ、勿論大人という言葉が前に付くが。
「お酒ですか?お体に障るかと思い、外しておりますが…」
リンクは明らかに子供であるし、イグレッタは負傷が多い。
どちらにも好ましいとは言えないし、主賓が酒を飲まないのに周りだけ飲むというのも如何なものか。
そう判断し準備したことを伝えるパーヤ。
身体の事を考えるのなら何一つ間違っていない。
「せっかくなんだ、出しておくれよ。ここまで来て酒も飲めないなんて堪ったもんじゃない」
滅多に来ることのない異国の地。
必要な事が揃う以上、出発までに英気を養わなければならない。
いや、率直に言うと酒を楽しみたいのだろう、イグレッタは頼み込む。
「承知致しました。直ちに用意いたします」
馳走に預かるリンク達。
夜も更けて来る頃には、イグレッタは酒も楽しんでいる。
ゲルドの活気ある宴会も魅力的だが、静謐な酒というのも新鮮で風情がある。
淡い蛍の光に照らされる御猪口、そこに満たされた酒に浮かぶ梅の花弁。
夕餉の後であったので比較的軽いもので作られているようだ。
御宿である合歓(ねむ)の女将が作ってくれたという料理は、お酒にも合う料理に仕上がっている。
未成年故に、お酒を嗜んでいないココナには少し敷居の高い造りとなっており、趣旨が違うものも多い。
「リンク様、せっかくですしお茶でもいかがですか?」
カカリコ村において比較的年齢が近いココナが話しかけてきた。
この村は限界集落で、若者と言える者はプリコとココナの姉妹とインパの孫娘パーヤぐらいなものである。
プリコの方は今回の事件もあり、家で安静にしている。
「ありがとうございます。こういう場には慣れていなくて」
「私でもこういう場には慣れていませんから、全然おかしくないですよ」
そう言いながらココナはリンクを見つめる。
小さな体だ、幼さが前面に出ているといっていい。
妹を助けてくれたその少女は、全身傷だらけで至る所に包帯が巻き付けられていた。
命の危険すら顧みず、誰かの為に動けるその優しさと行動に敬意を抱く。
「カカリコ村はいいところですね、静かで気分が落ち着きます」
シズカホタルによる淡く、自然な灯りに照らされた幻想的な宴会というのも悪くないものだ。
それを噛みしめるリンク。
「そう言って頂けるとありがたいです。リンク様はお若いのにしっかりしていますね、プリコにも見習わせたいぐらいです」
「いえいえ、これは外へ行く時のものですよ。普段は姉達を呆れさせてるくらいですから」
ココナが言うようにリンクの言動は年頃の物と比べると明らかに大人びている。
物心つく頃には宮殿の訓練場で大人と話す機会の方が多かったし、あの一件以降、護衛の為ビューラから直々に言葉遣いを伝授されたという事が大きい。
あれは戦闘訓練以上にきつかった。
「お姉様がいらっしゃるのですか。どんな方か聞かせて頂いても?」
この少女が素の自分を出せる姉に興味が沸いたココナ。
思わず尋ねてみる。
「勿論です、姉の1人は御洒落と踊りをこよなく愛しています。もう1人の姉は料理と音楽が得意でして、本当なら今日行われていた筈の演奏会で2人の活躍を見てみたかったです」
姉達の努力の集大成を見る事すら叶わない。
残念だというのが伝わって来る。
「…そうでしたか。きっと演奏会も上手くいっていますよ。実を言うとですね、今私達が暮らしている家なんですけど、以前は宮廷詩人が暮らしていたらしいんです」
ココナにはリンク達の事情は分からない。
だけど遠路はるばるカカリコ村へ来なければならない程、重要な内容であることは推測できる。
彼女が楽しみにしていた演奏会に立ち会えないのであれば、せめてこの場ぐらいは楽しんで貰いたい。
「それ本当ですか!?うわぁ、姉ちゃんに伝えたい話が出来たなあ!」
思わず口調が崩れるリンク、今回は探す事は出来ないと思っていた。
しかし、宮廷詩人が実際に暮らしていたらしい場所を見つけ且つ宿泊しているというのだ。
これは土産話としては十分だと考えるリンクであった。
「ふふっ、それが着飾らない時のリンク様なんですね。そちらも中々素敵ですよ?」
やっと素顔のリンクが見えた気がする、そう思ったココナが微笑みを浮かべる。
背格好から本当は妹のプリコよりも年下なのだろうことが窺える、せめてこの場くらいは羽を伸ばして欲しい。
「あっ、これは失礼しました。しかしココナさんは凄いですね。大人みたいに色々できる上に、見たこともない美味しいお料理を作れるのですから」
「そんなことはありませんよ、この辺りでは有り触れた郷土料理なのですから。よろしければ作り方を書き残しておきましょうか?」
その内容に是非ともお願いをするリンク。
環境の違いであろう、スルバの作る料理と毛色は違う。
だからこそ自分の家でもあの味を再現できるのならば断わる道理などない。
「楽しんで頂けているでしょうか?」
この宴会の代表ともいえるパーヤがリンク達の所にやって来た。
今回の宴会はリンク達をねぎらう為の物であり、リンクが楽しめないのであれば本末転倒と言える。
彼が浮かない様足を運んだのだろう。
「パーヤ様!はい、美味しい料理も頂いておりますし、ココナさんが色々とお話してくれるので楽しいです」
その明るい返答に胸を撫で下ろすパーヤ。
この分ならば自分の心配は杞憂になりそうだと。
「それは良かったです。このパーヤにできる事があれば是非申しつけ下さい。それと、色々と手伝ってくれてありがとうココナ。あなたの御蔭で本当に助かっていますよ」
パーヤは内心、不安だった。
この村には若い人が少なく、リンクの様な子供には楽しめる様なところは少ない。
ましてや宴会など大人の為にあるような行事といってもよい、大人のイグレッタはともかくリンクの為に出来る事はあるだろうかと。
「パーヤ様、このココナ。パーヤ様の役に立てて何よりですよ。リンク様もとても話しやすくて、こちらも楽しませて頂いております」
その返答を聞き僅かに頬が緩む、2人とも社交辞令でなく楽しんでくれている。
自身の繊細すぎる感性がそのことを雄弁に語ってくれる。
本心からそう伝えてくれている事が嬉しいのだ。
「御婆様からの伝言です。プリコを助けてくれた事、長として感謝する。また機会があれば是非遊びに来てほしい。歓迎するぞ。頼まれたものは朝には用意できるからとのことです。それと直接礼を言えなくてすまないとも聞いております」
生真面目な返答だ。
どこの種族でも長は真面目でなければならないのだろうか、自分には無理だなとリンクは思った。
「あの、パーヤ様。リンク様は明日にはもう出られてしまうのでしょうか…?」
僅かに震えるような声でココナは訊ねた。
あまりにも急すぎる、彼女らに対して殆ど何もできていない。
「すみません、ココナさん。大恩ある人の命が懸かっているんです。次は遊びに来ますから」
申し訳ない、それでいてそれを変更する気もない。
そんな意志を感じる返事であった。
プリコよりも年下なのに自分よりも余程大人ではないか。
「気にしないでください、ココナさんに十分すぎる程お世話になりましたから」
それはこちらの方だ、一宿一飯と妹の命。
釣り合うはずが無い。
「ココナ」
彼女の気持ちを察したのだろう。諭すように語り掛ける。
「リンク様達に十分な恩返しが出来ていないと感じるあなたの気持ちもわかります。ですがその為に相手を引き留めてもいけません。出会いがあれば別れも来るもの。それが永遠になるか、一時になるか、それは貴方達次第ですよ」
「パーヤ様…」
「大丈夫ですよ、リンク様はあの英傑様と同じ名を持つ者。約束を違えたりなどしない人です」
「はい。リンク様、また遊びに来てくださいね!」
パーヤが諭してくれたおかげで、ココナの表情に笑顔が戻った。
フェイパの笑顔とはまた違った微笑みが良く似合っている。
「勿論です、やはり俯いているよりも笑顔の方が素敵ですよ」
リンクとしては、元気になってくれて良かったという事を伝えたかったのだが、彼女の顔はリンゴの様に赤く染まっている。
「あっ…し、失礼致します!」
そう言ってココナは家の方へ駆けて行ってしまった。
「悪いこと言っちゃったかな…?」
「そんな事はありませんよ、面と向かって言われ慣れていないだけです」
リンクは失言だったかと考えた時、パーヤがフォローする。
手慣れたものだ、まるで自分がそうであったかの様に妙な程しっくり来る。
「パーヤ様、英傑様とは?」
英傑という言葉にリンクは興味を持った。
自分と同じ名前を持った者、それは彼にとって特別な意味合いを持つ事を母であるメルエナから聞いていたから。
「はい、英傑様は100年程前に厄災と戦う使命を果たした者達です。ゴロンの猛者ダルケル様 リトの戦士リーバル様 ゾーラの姫ミファー様 ゲルドの族長ウルボザ様 ハイラルの姫ゼルダ様 そして「退魔の剣を持つ剣士」リンク様」
パーヤの口から語られる内容にリンクは興味津々だった。
彼が知っているのは精々ウルボザについて位であるし、他の民族から聴く事が出来る機会は貴重であった。
「パーヤ様、もう少しお聞きしたい所があるのですが宜しいでしょうか?」
「はい、このパーヤにわかる事であれば何なりとお申し付けください」
「サークサーク、それでは英傑である筈のリンク様の事をパーヤ様は知っているのですか?まるで100年も前の人に会った事があるみたいで」
その通りだ、長寿で知られているゾーラ族はともかくとして他の種族では生きている方が不思議な程時が過ぎている。
「英傑のゼルダ様とリンク様は今も生きています。今復興の象徴となっている姫様がゼルダ様で、姫様に付き従う近衛騎士がリンク様なのです」
「あの、冗談ですよね?ゼルダ様は若く美しい姫君だと伺っておりますが…」
リンクのいう事も最もだ、100年以上生きている相手を若いと表現できる者がいるだろうか。
英傑のゼルダもリンクもハイリア人、それだけの年月が過ぎて若い見た目などあり得ない。
「そう思うのも無理はないでしょう。2人はとある事情で100年もの間、老いる事無く封印されていたのです。詳しい話は御婆様が知っています。御婆様も英傑様達と共に厄災に立ち向かった猛者ですから」
意外な事実だ、理由はどうであれ英傑と呼ばれる者が殆ど当時のまま生きているというのだ。
更にリンクの興味は尽きない、族長のインパは英傑と共に厄災を相手に立ち向かったというのだ、知っている所ではない。
「英傑のリーダーであるリンク様は7年前、このカカリコ村にいらっしゃりました。あの時の英傑様は城で厄災を抑え込んでいるゼルダ様とこのハイラルを救う為、世界各地を駆けずり回っておられました」
大人しい彼女にしては珍しく非常に雄弁に語っている。
この感覚はフェイパが御洒落について話すときやスルバが音楽に関して語る時に似ている。
先程のココナの様に頬が僅かに赤くなっているのは気のせいだろうか。
「英傑様は忙しい中でも私達の力になってくれました。返せる礼すら待てぬほど己の使命に真摯であったのにです。パーヤはそれが嬉しくもあり、歯がゆかった…」
その表情には様々な色が混ざり、滲み、広がっていた。
彼は自分達の為に沢山の事をしてくれたが、自分には彼の為に出来ることなど殆ど無かった―
「その事を察していたのでしょう。厄災が去りハイラルに再び平和が訪れたら、今度こそは村へ遊びに来ると仰られました。しばらく経ち、厄災が封印されたその日の内にゼルダ様と共に来てくれたのです」
ここまで話されようやく合点がいった。
パーヤは英傑様と似たようなやり取りの末にきちんと再会できたのだ。
それは彼女が礼を返せる機会を得ていたという事。
だからこそココナにも、リンクにも、その可能性を見出すことが出来ていたのだ。
「そういう事だったんですね、英傑リンク様…。ふふっ、奇縁っていうのはこういうものなのかも知れませんねっ…ふわぁ~」
パーヤの話を聞き終わった辺りでリンクは大きなあくびをした。
無理もない、長旅の疲れやインパの長話、加えて連戦の傷に幼い身体には厳しい睡眠不足。
限界が来ない方がおかしい。
「リンク様、お疲れのようですしそろそろお開きに致しましょう。このパーヤ、リンク様とお話しできて楽しかったですよ」
「すみません、明日の用意もあるのでこれくらいで失礼します」
そう一礼しながら言った後、目を擦りながらココナの家へ向かうリンク。
先程までの所作はどこへやら、パーヤにはその背中がようやく年相応に映って見えた。