ご了承下さい
どうやら演奏会が始まるようだ。
割れんばかりの拍手が巻き起こる。
今日は娘達の晴れ舞台だ、私自身もこの日の為に指導をしてきたし共に演奏もした。
村の掟により中に入れないのは残念だが…せめてこの耳で彼女達の努力を聞き取りたい。
巻き起こっていた音が静まり返った、いよいよだ。
―いい音色だ、音に艶がある。
娘達は勿論、ゲルドの子も見事な腕を惜しげもなく披露している。
ゲルドの街に合うようにアレンジされた我が故郷の曲、和な曲調もいいが躍動感あふれるこれもいい。
娘達もしっかりと助言を物にしている。父として嬉しく思う。
距離と環境的な問題もあって、中々合わせるのが難しい中でしっかりと演奏できている。
…曲が終わった
拍手喝采、この一言で成否はわかるだろう
思い返せばあっという間の時間だった。
毎回聞きに来ているが、今年の出来は例年と比べて遥かに良かったと断言できる。
長年世界を歩き回り、音の道に生きてきた私だからこそ確信が持てるのだ。
…僅かなどよめきの声が聞こえる。
耳を澄ませていると、観客の歓声が上がった。
どうやらもう一曲演奏するつもりらしい。
これは楽しみだ。
これは ナボリスを繰りし者が まだ英傑と呼ばれる前の物語
その名はウルボザ… ゲルドの長 街訪れし姫に威厳を示し…
―なぜこの曲が?
この曲は市場には出回らない曲だ。
何故なら私が完成させた歌だからだ。
教えていた娘達が歌うといった個人的なものなら納得できる。
しかし、これは演奏会。
まして演奏しているのは、ゲルドの子達だ。
即興でできるほど簡単な代物では決してない。
目を瞑り、より意識を集中させる。
演奏の中心は…竪琴を使っている子だ。
見事なものだ、この歌に込められた意図を正確に把握し皆を引っ張っている。
しかし竪琴か…巡り合わせとはこういうものの事を言うのかも知れない。
――
―
歓声と共に盛大な拍手が贈られる。
紛れもない、大成功だ。
「…良っし!」
フェイパがガッツポーズをし。
「―ふぅ…」
ティクルが胸を撫で下ろす。
「「「「「みんな、応援アリガトー!」」」」」
ナン達5姉妹が観客に対し手を振って感謝を述べる。
「…―」
そして、スルバは未だ冷めぬ興奮に身を委ねていた。
フェイパに促されて我に返った彼女は、改めて観客に満面の笑みで手を振るのだった。
旅人「いやー、見事な演奏だったな。おっ、あっちで揚げバナナ売ってるのか!買いに行かないと!」
しかし交流会にも悪い面もある、その一例がこれだ。
人が沢山出入する為、チェックが甘くなる。
その隙を狙う者が入り込む場合があるのだ。
「いやー、楽しかったー!」
「ええ、私達も楽しかったし、大成功と言って問題ないわ」
「?どうしたの?スルバ」
「え?ええ…」
この演奏会が始まる前から一番気合の入っていたスルバの様子が少しおかしい。
もっと盛大に喜ぶと思っていただけにこの反応は予想外だ。
(どうしよう…心臓の音がずっと聞こえる…)
意識は切り替えることが出来ても、身体の方はそんなにすぐには落ち着くものでは無いという事だ。
「…せいっ!」
フェイパが彼女の髪をわしゃわしゃと撫でた。
スルバの整った青髪が乱れてゆく。
「フェ、フェイパ…?」
「いいんだよ、これぐらい。身体の興奮に心が付いてこないのさ。ちょっと待てば、しっかり元に戻るぜ」
フェイパの奇行に何をしているのかとティクルは怪訝な顔を向ける。
「~!!やめなさい!」
バチン!といい音が響き、頬に紅葉を作る。
「ってー!何もそこまでしなくてもいいだろー!?」
「ヴァーイの髪は命だってアンタわかってるの!?」
「ケンカだケンカだー!」
「あ、あの…、それぐらいにした方が…」
さっきまでの反応は何だったのか、すっかり元気になったスルバ。
いささか元気が有り余ってるようにも感じるが。
「サークサーク、おかげで演奏会も大成功だったわ。約束通り打ち上げも兼ねて、イチゴクレープを作りたいのだけどみんなどう?」
「「「「ヤッター!!!!」」」」
「ありがとうございます。それにしても、良くあの曲を演奏できましたね。演奏前に言われたときは本当に驚きました」
ナンも言うようにアドリブできなせるような代物ではない。
アンコール用に話をされた時は相当驚いただろう。
「お土産で楽譜を貰ったのよ。リト族のプロと聞いていたからナン達のお父さんの曲だと思ってね」
確かに土産で手に入れた楽譜だが、それを持ってきたのはリンクであるという部分は伏せて置いた。
ゲルド族の子供が外へ出るという意味がどれ程の事を表すかを恐れた為である。
突っ込まれれば、両親を亡くした事やリンクが危険な仕事をしている事まで話さなければならないだろう。
「それじゃ、さっそく作るから楽しみにしててね」
言うが早いか家の方へと足を向けるスルバ。
待ってましたと言わんばかりに着いて行く、フェイパとコッツ達。
それを見守る、ティクルとナンであった。
「…よし、出来たわ!ちょっと作りすぎちゃったけど、味の方は問題ないはずよ」
人数分よりもさらに多くのイチゴクレープが出来ていた。
作る為の材料をスルバが準備していたのも凄いが、さり気にティクルもクレープを供給できる量のイチゴを用意している。
リトの子達は初めて見るお菓子に興味津々ですぐにでも食べたそうにしている。
「どうぞ召し上がれ、お口に合うといいんだけど…」
待ってましたと言わんばかりに食いつく姉妹達。
負けるものかと豪快にかぶりつくフェイパ。
「「「「「美味しーい!!!!!」」」」」
良かった、ちゃんと口に合ったみたいだ。
「凄い凄い!これが手作りだなんて信じられないよ!」
「本当に美味しい…。ねえ、スルバ。ちょっとお願いがあるのだけれどいいかしら?」
「内容にもよるけれど、いいわよ」
「これもう1つお願いしてもいいかしら?」
「えー!?お姉ちゃんずるーい!私もー!」
「早合点されても困るわ。父に渡したいのよ。練習中、ずっとお世話になったしせめてお礼をしたいからね」
「勿論よ、お父さんがいなかったら演奏会の成功は無かったわ。私からも1つ、お願いしてもいいかしら?」
「勿論よ、どんな事?」
「それはね―
ゲルドの街 外
「パパ!聞いてくれた?私達にもちゃんとできたよ!」
ナンを筆頭に5人が父であるカッシーワの元へ駆けてゆく。
先程とは違い口調を崩しているナン、まとめ役という事で街の中では気を張っていたのだろう。
待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを携えて娘達を迎えるカッシーワだった。
物腰柔らかな男性で、コンサーティーナーを使うプロの吟遊詩人だ。
「ええ、ちゃんと聞いていましたよ。上手くなりましたね。貴方達なら立派なリトの歌姫になれるでしょう」
リトの歌姫
リト族の女性の憧れであり目標である。
素朴な村の中で、リト族の戦士と共に並び称される誉れ高きものだ。
「「「「ヤッター!あのパパが認めてくれたー!!!!」」」」
優しい父親であるが、音楽に関しては非常に厳しい。
本人にはプロとしても自覚があり、そしてそれ以上の責任のようなものがあるからだ。
「勿論これからも真剣に練習はしましょう。それでナン。手に持っているそれは…?」
「ええこれは、私達と共に演奏してくれた。ゲルドでの友達が作ったデザートです。イチゴクレープというらしいですよ?パパの分も頼みました」
これは嬉しい差し入れだ、流石に街の外である砂漠で待っているというのは好きな音楽鑑賞でも厳しい部分も勿論存在する。
焼き鳥になってしまいそうだ。
「そうですか、直接会ってお礼を言えないのが残念です。ナン、お礼を言っていたとお伝え願えますか?」
「勿論です、早く食べないとみんなが食べちゃいますよ?」
「それもそうですね。それでは頂きます」
そう一声かけてから、口に運ぶ。
…美味しい、長距離移動からの砂漠での待機。
その疲れた体に染み渡るひんやりとしたクリームとイチゴの甘味と酸味。
口に運ぶ度に癒されていく様だ。
これ程の味を娘達と同じくらいで表現できるとは恐れ入る。
リトの村は離れすぎている上に、砂塵によって持ち運びができないのが残念だ。
家で待つ妻へのお土産にしたかったのだが。
「御馳走様でした。大変美味しかったですよ。そのことも伝えては貰えないでしょうか?」
「お伝えしますね、それとその彼女から言伝を預かっております」
「言伝ですか?どのような事でしょう?」
言伝ですか…、顔も知らない私にとは不思議なものです。
「あなたの楽譜を見て感動しました。私を弟子にしてください。ゲルドのしきたりによって顔を合わせる事すら叶いませんが、せめて文通だけでもお願いできませんかと」
驚いた、私に弟子入りしようとする者がいようとは…
それも娘とそう変わらない子供がである。
「私からもお願いします、彼女の竪琴は見事な腕でした。きっとパパが指導すれば更に上達してゆくでしょう」
「…なるほど、わかりました。私は未熟者ではありますが、その子を弟子に致しましょう。彼女にこれを渡してください」
「「「「ええ~!!!!パパ、いいの~!!???」」」」
「構いませんよ。弟子を取る以上、私も生半可な覚悟ではいけませんから。ナン、お願いできますか?」
――
―
「ナン達みんな、お帰りなさい。気に入ってもらえたかしら?」
「あ、あの…これは一体…?」
ナン達を迎えたスルバの前には人だかりができていた。
何故かフェイパもティクルも大忙しだ。
何があったのか聞いてみたところ、イチゴクレープを美味しそうに食べ歩きしている姿を目撃されたことで祭りの屋台と勘違いされてしまったらしい。
なまじ味が良い事と、イチゴが貴重な事もあって、競合相手がおらず人が集まってしまったようだ。
恐るべし、ヴァーイの街
「お、お前ら頼む!出来上がったイチゴクレープをお客様に運んでくれ!」
「私からもお願い!これ以上は捌ききれないわー!」
フェイパやティクルも悲鳴を上げる。
一応外へ出ている間に、着替え終わっているとはいえフェイパ達は演奏会の主役であった。
そんな彼女達が売り子や作り手になっている為、話題性も抜群だ。
「な、何とか終わったわ…まさかこんな事になるなんて思わないもの…」
最初からずっと作ったり、運んだりしていたゲルドの子達は疲労困憊といったところだ。
ナン達もまさか演奏会だけでなく、こんな事をすることになるとは思ってもみなかったが。
ある意味で貴重な思い出になったかもしれない。
「お疲れ様、イチゴクレープ、大変美味しかったですってパパが言ってたわ。ありがとう」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。…それでもう1つのお願いの方はどうだった…?」
彼女にしては珍しく、恐る恐る尋ねる。
スルバにとって弟子にしてほしいという内容はかなり勇気のいる話だ。
何せ娘達を通してとは言え、顔を見たことすらないのだから。
「スルバ、父から渡されたものがあるわ」
そう言って彼女は手に持っていた布に包まれたものを取り出す。
それは金色輝き、蒼き宝石をはめ込まれた立派な竪琴であった。
「ナン、これは…?」
返事をしながら受け取ったスルバの手が震える。
それもそのはず、渡された竪琴は素人はおろか玄人ですらまず持つ事の出来ない。
装飾にも妥協のない、それこそ王家に献上されるような傑作品だったのだから。
「父からの伝言よ。あの曲を独学で身に着けたあなたの努力を認めます。まだまだ未熟者ではありますが、私で良ければ師になりましょう。その竪琴は私の師匠だった人が使っていた竪琴です。どうか大切に使ってあげて下さい…だって。おめでとう、スルバ」
その言葉にスルバは地面にへたり込み、涙が止まらなかった。
嬉しかった。
顔すら見せる事すら出来ぬ、自分のような不誠実な子供を相手に彼は誠意をもって師になってくれるというのだ。
それもかつての師が使っていたという傑作まで贈りながら。
師との思い出は決して軽いものでは無いだろう、ナン達の話を通して彼の生き様はしっかりと伺っている。
「本当に良かったの…?これはカッシーワさんにとって大事な代物。ナン達だって思うところはないの?」
彼女は思う、娘達が受け継がなくて良かったのか。
「いいのよ、確かに全く欲しくはないかと言えば嘘になる。でもそれは父にとって大切な代物。誰よりも音楽に情熱的で、真剣なあなたが持つ方がいいはずよ。それに」
「「「「スルバ達の演奏で歌うほうが好きだから!!!!」」」」
「そういう事よ、私達では竪琴を埋もれさせちゃう。やっぱり楽器は演奏しないとね」
この演奏会を通して彼女達は父であるカッシーワと少しずつ打ち解けていった。
今まで殆ど家に帰って来なかった彼だけにあまり娘達と上手くはいっていなかったが、ようやく一息つけたのか家に帰ってからはちゃんと娘達と向き合えたのだ。
ナン達も最初は父を避けていたが、次第に彼の誠実な人格に触れ会えなかった時間を取り戻していったのだ。
「良かったな、スルバ。また練習…しようぜ。その楽器に相応しくなれるぐらいにさ」
「そうね、練習相手にぐらいはなってみせるわ。…良かったね」
「みんな…サークサーク…。きっと、いえ絶対に立派な演奏家になってみせるから」
――
―
12月になりました。
寒さと忙しさで体調を崩さない様、お気をつけください。