翌日
「フェイパ姉ちゃん、スルバ姉ちゃんサヴォッタ!」
「サヴォッタ、リンク。ヒンヤリ煮込み果実出来ているわ。昼間は暑いからしっかり冷やておくのよ」
「お、リンク!スルバ!サヴォッタ!ヒンヤリ煮込み果実、美味しそうだ。色々と凝った料理もいいけれど、朝はやっぱこれだよな!」
ゲルドの街の朝はこれからどんどん熱くなる。
だからこそ手軽且つ、耐暑効果が期待できる食べ慣れた味というのはしっかり根付いている。
「今日は舞踏会の練習をするから、遅くなるよ。もう本番まであんまり時間もないからな」
「あらそうなの?曲があったほうがいいかしら?」
「いいのか?結構長くなるぞ?そりゃ曲の長さを把握したり動きにメリハリをつけるには助かるけどさ」
「勿論よ、アタシだって演奏会では結構無理を言ったしね。これくらいは手伝うわ」
「姉ちゃん達いいなー、今度は僕も混ぜてね!」
「おうよ!次の機会に思いっきり踊ろうぜ!」
「うん!僕も行かなきゃ!今日はスナザラシに乗るんだ!」
「気を付けてね、水分はしっかりと取るのよ」
ゲルドの街 外
「来たなリンク。今日はスナザラシを使った訓練だ。まずはいつも通り3周ほど回ってもらう」
「はい!早速取り掛かります!」
リンクの成長に伴い、それなりにスナザラシを扱えるようになっていた。
課題はリンク自身の重量と腕力が不足であった為、ある程度改善されたのである。
本来はスナザラシを扱うときは手で握るのではなく腰にロープを繋げるが、これだとバランスを崩した時スナザラシに引き摺られてしまう。
扱いに慣れるまでは万が一に備え、手で握ったほうが良いのだ。
1年前と比べて見違えるほど扱いが上手い。
あらかじめ指定されたルートならば多少の疲労こそあれど問題なくこなすことが出来た。
「終わりました、ビューラ様!次はどうしますか?」
「準備運動は終わったな、では次はスナザラシラリー会場へ向かう。入り組んだ道筋に作られた7つのアーチを潜り抜け、流動的に変化する状況でもしっかりと動かして見せるのだ!」
次に行われたのはスナザラシを実践的に使いこなす訓練だ。
ただ指定された道をまっすぐ移動するだけがスナザラシにできる事ではない。
手軽且つ素早く、慣れれば小回りだって効く砂漠の脚なのだ。
「来たようだね、ビューラ様から話は聞いてるよ」
彼女はスナザラシラリーの受付兼、先代チャンピオンの師匠に当たるジャボンヌだ。
現在は先代チャンピオンのパフューが再びチャンピオンに返り咲く為、指導に精を出している。
「一つアドバイスだ、スナザラシラリーはゆっくりしてたら上手くいかない。早さを競う競技だからね。だから予め自分で決めたルートを作った上で壊すのさ」
作った上で壊す…?どういう事だろう。まるで意味が解らないリンクだった。
「私が言った事と照らし合わせろ。時間が惜しい、さっそく始めるぞ」
スナザラシラリーの会場はあくまで公共の場であり、訓練場ではない。
長い時間、独占的に訓練に貸し出すわけにもいかないのだ。
ジャボンヌがヴァーサークと声を響かせるとゲルド族のヴァーイがコースを見学に訪れる。
今でも根強い人気を誇るスポーツだ。
スナザラシラリーの歴史は古い。
1万年以上前から代々受け継がれる伝統と格式ある競技なのだ。
族長であるルージュもかなりの腕前であったりする。
ジャボンヌの開始の合図が砂漠の空へと響き渡る
「ゲルドの伝統競技 スナザラシラリーに 命知らずの挑戦者が現れた!
不敗を誇る チャンピオンの記録… 果たして超えることが出来るのかっ!?
砂漠の獣… スナザラシの準備は整った!
全てのアーチをくぐり 1時間15分以内に ゴールできるのかっ!?
それじゃあ… カウントを始めるよーっ!!」
3
2
1
GO!
始まりの合図と共に、リンクとスナザラシは駆けだす。
砂塵をまき散らし、あらかじめ決めておいたルートを快調に進んでゆく。
1つ、2つ…特に苦労した様子もなく、アーチを潜り抜ける。
だが―
(次のアーチは…狭い!あんな場所にあるのか!)
4つのアーチを潜り抜けた後、5つ目を確認して愕然とするリンク。
何故ならそこには無数に広がる岩盤が道を遮り、残された道で通れる場所は片手で数えるぐらいしか見いだせなかったからだ。
これがスナザラシラリーの怖さの1つである。
あらかじめ道筋を立てていたとしても、入り口からでは確認ができない程遠い場所で突然難易度が上がるのだ。
対策とは言っても慣れるまで何度もコースを走るか、落ち着いて進むべき道を照らし合わせ、迅速に決断する他はない。
何とか潜り抜けることが出来たがそれでもかなり遠回りになってしまった。
続いて6つ目のアーチ更なる展開が彼を待ち受けた。
「うわっ!危ない!」
思わず口にしてしまう程の出来事だった、コース上に岩が落ち進路をふさいだのだ。
咄嗟に速度を落とすよう指示を出すリンク。
普段ではまず行わない動作故、バランスが取れず振り落とされそうになってしまった。
ここまで来るともはや新記録どころではない。
完走する事で精一杯だった。
(…知ってた。うん、知ってたよ…)
最後のアーチにも当然仕掛けが施してあり、なんとリザルフォスの集落の真ん中に聳え立っていた。
魔物の住処に設置してあるとか控えめに言っても頭がおかしいのではないのだろうか。
一体どうやって作ったのだろう、彼らに見つからない様ひっそりと地道に建てたのか。
リザルフォス達が手伝ってくれたとでも?想像すると何ともシュールだ。
魔物だらけで危険がいっぱいのゲルド砂漠において、ある意味実戦的でもあるのだが。
櫓から角笛で仲間に知らせる見張り役のリザルフォス。
その合図に反応し、飛び出し襲いかかって来る敵を躱しながら進んでいくリンクだった。
砂地ですらスナザラシに肉薄する速さには改めて危険を思い知らされたが。
――
何とかゴール出来た。
記録は1時間40分
チャンピオンの記録には遠く及ばない。
初出場ならば完走できたことを喜ぶべきかもしれないが。
「1時間40分…。初めてで完走できたなら立派なものだよ。まだまだ粗削りなのはしょうがないさ」
ジャボンヌもタイムはともかく完走できた事を評価している、慣れない初参加ならば記録よりもこの点が重要と考えているのだろう。
「…中々いい走りだった。また来ることを期待する」
寡黙な性格なのかパフューはようやく口を開いた。
口数は少なくわかりにくいが相手を気遣う性格をしているらしい。
「…今では私も挑戦者だ。ともに腕を磨ける存在は歓迎する」
「サークサーク。次は5秒縮めることを目標にします!」
好きな返事だ、パフューは思った。
社交辞令な返事なんか1ルピーの価値すらない。
次も挑戦する、それも既に越えるべき目標を己に立てている。
「いいねえ、いいねえ!こういう姿勢は大事にしな!」
「…待っている」
ジャボンヌはスナザラシラリーへの挑戦を続けてくれることを歓迎し、パフューはともに腕を磨く仲間が出来たことをニヒルな笑みで迎えている。
その返事を聞いた後、リンクはビューラの元へ足を運んだ。
「少しずつではあるが、スナザラシも実用的に走らせるようになって来たな。自分の思うとおりに状況が変化する事などあり得ない。だからこそ臨機応変に対応できる能力も求められるのだ」
ビューラが言った事、ジャボンヌが言った事。
その重要性がはっきりと自覚できた。
ただでさえスピードが出るスナザラシだ。
判断の少しの遅れが大惨事につながる事だってあるだろう。
砂地とは言え所々に岩が存在し、魔物が蔓延っているのだから。
「怪我する前に気が付けて良かったです。次の訓練はどうしましょうか?」
「その前にお前に伝えておかなければならない事がある」
訓練内容を告げるより前に伝えたいことがあるという。
珍しい。彼女は誰よりも訓練に対し、真剣にそれでいて誠実に取り組むゲルドの戦士だというのに。
「来週、私とリンクで御前試合を行う。私の全てをこの試合に捧げるつもりだ、お前も全力で当たれ。半端な状態で私は倒せん」
御前試合―
ゲルドの族長、ルージュの前で正式な試合をすることを意味する。
この試合の特徴は、どちらかが参ったというか続行不能になるまで続けられるという点だ。
流石に族長の御前で殺傷や長を狙う謀反者に早変わりしては問題な為、武器は模擬の物を使う。
それでも何度も攻撃を当てる性質上、普段の訓練よりも負荷がとても大きい。
「これより先の訓練は自由に当てて良い。私からは以上だ」
「…承りました。訓練を行うのでこれで失礼します」
一礼をし、スナザラシで真っ直ぐゲルドの街に帰って行った。